文献名1霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻
文献名2第3篇 幽迷怪道よみ(新仮名遣い)ゆうめいかいどう
文献名3第13章 蚊燻〔1620〕よみ(新仮名遣い)かくすべ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ
データ凡例
データ最終更新日2020-05-24 08:59:12
あらすじ人(精霊)が内面的状態に居るときは、自有の意志をそのまま思索する。その想念は元来の情動であり、愛そのものから来るものである。そのとき、想念と意志は一致する。この一致によって、人の内面的なる精霊は、自ら思惟するとは思わず、ただ意志するとのみ思うものである。言説をするときもこれに似ているが、違う点は、言説は意志に属する想念そのままを赤裸々的に露出することをはばかる情が籠っているのである。その理由は、人(精霊)が現界にあったときに俗を追ってその生を営んだ習慣が、その意志に付属するに至るからである。精霊が内面の状態に居る時は、その精霊(人)がいかなる人格を所有していたかということを明らかに現すものである。この時精霊は、自我によってのみ行動するからである。現界に在った時に内面的に善に居った精霊は、ここにおいてその行動の理性と証覚とにかなうこと、ますます深きものとなるのを認めることができる。今や肉体との関連を断ち、心霊を混迷せしめ執着させる物質的な事物を、全部脱却したからである。これに反して精霊の内面が悪に居たものは、今や外面的状態を脱してしまい、その行動は痴呆のごとく狂人のごとく、現世にあったときよりもますます癲狂状態を暴露し、醜悪な面貌を表すものである。外面上善人を装い学者識者をもって擬していた人間は、馬糞を包んだ錦絵の重の内のようなものである。外面は美麗な光沢を放っているが、その覆い蓋をのけて内面を見るとき、はじめて汚物が隠れていたことをみて驚くようなものである。現世にあったときに神格を認め神真を愛し、内面の良心にしたがって行動を為したものは、霊界に入り来るとき、直ちに内面の状態に導き入れられて、永い眠りから醒めたようでもあり、暗黒から光明に進み入ったもののようである。その思索もまた高天原の光明に基づき、内面的証覚より発し来るゆえに、すべての行動は善から起こり、内面的情動からあふれだすものである。高天原は想念と情動の中に流れ入り、歓喜と幸福とでその内面を充満せしめ、いまだかつて知らざる幸福を味わうものである。こうなった上は高天原の天人との交通が開けているので、主の神を礼拝し真心を尽くして奉仕し、自主の心を発揮し、外的聖行を離れて内面的聖行に入る。これが三五教の教示によって内面的善真の生涯を送ったものがまさに享受する状態である。三五教以外の教団に入信したものでも、神真を愛し内面的善に住し、神格を認めて奉仕したるものの精霊も同様である。これに反し現世にあって偽善に住し神を捨てて悪に住し、良心を滅ぼし神格を否定し、あるいは神の名を称えることを恥じて、種々の名目にかくれ霊的の研究に没頭し、凶霊を招致して霊界を探り現世の人間を欺瞞し、またはいったんは三五教を信じながら心機一転して弊履のごとくこれを捨て去り、あるいは誹謗し、世間の人心を誑惑したものの精霊界における内面的状態は、これとはぜんぜん正反対である。また内心に神格を認めず、あるいは軽視し、何事も科学に立脚して神の在否を究めようとし、自己の学識に誇るものは、みな悪に霊性である。たとへ外面的想念においては神を否定せず、これを是認し、少しは敬神的態度に出づるものといえども、その内面的精神が違っているのであれば、やはり悪である。なぜならば、神格を是認することと、悪に住することとは互いに相いれないからである。神を信じず、自分が解釈した予言を信じて、その通りにならなかったら神の聖団を形体的にも精神的にもたたき壊し、たくさんな債務を後に塗り付け、神柱を谷底へ突き落して頭上に煮え茶を浴びせかけ、尻に帆をかけて逃げ出し、また種々の企てを始める守護神のごときは、実に内面の凶悪な精霊である。このような精霊は、表面に善の仮面をかぶり、天人のごとき善と真との言説を弄するがゆえに、現界においては容易にその内面の醜悪を暴露しないものである。このような精霊が霊界に来て内面的状態に入ると、発狂者のごとく見え、一切憎悪の相を表し悪の実相を示し、悪行をあえてしてほとんど人間の所作かと疑わしめるばかりである。現世に在った時には外的事物のために制圧せられており、また彼らが生前に所有した理性力はみな外面に住していたから、このような悪相を現すのである。しかも彼らは、他人に優って内面的証覚があると自信していたものなのである。今日の学者や識者と言われる人の精霊は、概して外面的情態のみ開け、内面はかえって悪霊の住所となっているものが大多数を占めているようである。さて、高姫は戸口の外で説法を始めようとするが、その高慢な言動からまたカークスと言い争いになってしまう。高姫は伊太彦に向かい、高姫が大弥勒の身魂だと信じることが改心だと得意になって説きかけた。伊太彦が、なぜ大弥勒様がこんなところに一人でいるのだと問うと、まだ時を得ていないからだと強弁する。そして伊太彦の師匠が玉国別だと知ると、玉国別の過去に尾ひれをつけて非難し始めた。伊太彦は、師匠の悪口は聞きたくないと一同を連れてその場を退散した。高姫はろくなものたちではなかったと捨て台詞を吐く。アスマガルダは去り掛けに、高姫がどうやってスーラヤ山の死線を越えて竜王の岩窟にやってきたのか尋ねた。高姫は、ここはフサの国のテルモン山の麓の高姫高原の神館だと言い張り、アスマガルダが何もわかっていないと馬鹿にする。アスマガルダは怒って高姫に鉄拳をふるおうとするが、伊太彦がなんとか引き留めた。高姫は憎まれ口を叩いて裏の柴山を駆け上り、どこともなく姿を隠してしまった。
主な人物
舞台
口述日1923(大正12)年05月24日(旧04月9日)
口述場所竜宮館
筆録者北村隆光
校正日
校正場所
初版発行日1926(大正15)年2月3日
愛善世界社版177頁
八幡書店版第11輯 325頁
修補版
校定版182頁
普及版64頁
初版
ページ備考
OBC rm6313
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