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文献名1霊界物語 第65巻 山河草木 辰の巻
文献名2第1篇 盗風賊雨よみ(新仮名遣い)とうふうぞくう
文献名3第4章 不聞銃〔1660〕よみ(新仮名遣い)きかんじゅう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年07月15日(旧06月2日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年4月14日 愛善世界社版48頁 八幡書店版第11輯 627頁 修補版 校定版50頁 普及版24頁 初版 ページ備考
OBC rm6504
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本文  虎熊山は昼夜の区別なく盛んに噴火してゐる。そして時々鳴動を始め、地の震ふ事も日に三四回はあつた。セール、ハールの両人は旅人を、乾児に命じて甘く此岩窟に引ずり込ませ、赤裸にしては四肢五体を解き、此噴火口に放り込み焼いて了ふのを例としてゐた。セールは夜が明けてフト目をさました時は既に酔は醒めてゐた。併し乍ら昨夜ハールに突当り、ハールは九死一生の場合になつてゐた事を思ひ出し、もしや蘇生しよつたら大変だから、今の内に片付けて了はむと、自ら抜身を提げてうす暗い牢獄の前に行つてみると、ハールの姿は影も形もなくなつてゐた。其実ハールはセールの酒に酔うての独言を聞いて「此奴ア大変だ。かやうな所に居つては何時自分の命が亡くなるか知れぬ」と、頭に繃帯をし杖をついて夜陰に紛れ、此岩窟を脱け出して了つたのである。
 セールは二人の女の牢獄の前に只一人進みより、顔色を和らげて猫撫声をし乍ら、牢獄の扉を自ら開き、髯武者武者の顔にも似ず、
セール『ウン、お前は淑女のデビス姫さまであつたか、ホンに苦労をしただらうな。何分ハールの奴、罪もないお前たちを拐かし、かやうな残酷な事を仕やがつて、俺も可哀相で、何うとかして助けてやりたいと朝夕心を砕いてをつたが、何しろ彼奴は柔道百段の強者だから、俺が大将となつてゐるものの、其実権はハールが握つて居るのだから仕方がなかつた。昨夜は計らずもお前の仇をうつてやつたのだから、云はばお前の命の親だ、どうだ嬉しいか。ブラヷーダといふ女も可哀相だが、彼奴ア何だかハールの奴と甘つたるい事を云つてゐやがつたやうだから、ひよつとしたら情意投合でもやつたかも知れない。何分青白い瓜実顔だから……それで先づ彼奴は後廻しとして、最も愛するお前の方から助けてやらう。どうぢや嬉しいか。さぞ嬉しいだらうの』
デビス『御親切は有難う厶いますが、余り嬉しうは思ひませぬ。何だかあなたのお面が怖ろしうなつて来ましたもの』
セール『ソリヤお前取違ひといふものだ。ハールの様な、女か男か分らぬやうな優しい面してゐる奴に、人を殺したり、大泥棒のあるものだ。俺のやうな髯武者武者の黒い面してゐるものは却つて心が美しいものだよ。サア、そんな事を言はずに、お前の命の親だから、とつとと出たが可からうぞ』
デビス『妾はここを出るのは厭で厶います。万劫末代永久に岩窟姫神となつて、虎熊山の主になりますから、どうぞ、そんなせうもない事を云はないでおいて下さいませ。それよりも一時も早く妾の命を奪つて貰へば満足で厶います。かやうな所から引出され、あなたの弄物になるよりも、此儘死んだ方がいくらマシだか知れませぬワ』
セール『これは又、悪い了見と申すもの、命あつての物種だ。そんな分らぬ事をいはずに、俺の云ふ事を聞いたら何うだ。又面白い事や嬉しい事が、タツプリと見られるかも知れないぞや』
 隣の間よりブラヷーダは細い声で、
『姉さま、デビス姫様、出ちや可けませぬよ。獅子の餌食になるよりも、自由自在にここから天国へ行かうぢやありませぬか』
デビス『あゝブラヷーダ様、あなたも其お考へですか、そんなら両人共永久に此岩窟に鎮まることに致しませう。私は岩窟姫になりますから、あなたはお年が若いから木花咲耶姫にお成り遊ばせ。そして私は世界人民の寿命を守り、あなたは世界の平和を守る神とおなり遊ばせ。それが本望ですワ』
ブラ『さう致しませう。決して出ちや可けませぬよ』
セール『オオ、きつい事同盟したものだな。コリヤコリヤ両人、二人一緒に出してやるから、両人仲よく一ぺん面会する気はないか』
ブラ『私も一度姉さまの顔がみたいから、厭だけれ共、お前さまの願ひを許して、出てあげまほうかな』
セール『エーエ、仕方のない姫御前だなア』
と云ひ乍らガタリガタリと両方の牢獄の戸を捻ぢ開けた。二人は飛立つ許り喜んで、牢獄を立出で、互に抱きついて嬉し涙にくれてゐる。
ブラ『姉さま逢ひたう厶いました』
デビス『ブラヷーダさま、お顔が見たう厶いましたよ』
と絡ついてゐる。
 セールは之を見て、ワザと高笑ひ、
『アツハヽヽヽ、先づ先づ目出たい目出たい。天の岩戸が開けたやうだ。あな面白し、あなさやけ、おけ。アテーナの女神様が、セールの七五三縄によつて、再び世にお出ましになつたのか、暗澹たる天地も茲に六合晴れ渡り、光明遍照十方世界の光景となつて来た。謂ば此セールは天の手力男の神さま同様だ。サアお二人の姫神様、私の居間へお出で下さりませ。之から賑しく、男女三人が御神楽を奏げませう』
 両人は目と目を見合はせ乍ら……此奴に酒を呑ませ、操つてやらうと思ひ、セールの居間に進んでゆく。セールは満面に得意の色をあらはし、
セール『あゝどうも男一人に女二人は都合の悪い者だ。何とか一人の姫様に別室に控へて貰ふ訳には行くまいかな』
ブラ『姉さま、厭ですワネ、私とあなたとは神さまから結んで下さつたフラチーノですものね。之から二人が同盟して、セールさまを一つ包囲攻撃せうぢやありませぬか、砲弾の用意は出来ましたかな』
デビス『新式の三千彦砲も厶いますなり、極堅牢な肱鉄砲不聞銃も所持致して居りますわ、ホヽヽヽ』
ブラ『妾だつて、最新式の伊太彦砲やエッパッパ銃に、セール親分の恋は何うしても不聞銃を沢山に用意して居りますから大丈夫ですよ。モシ泥棒の親分様、あなたの方にも戦備は整つて居りますかな』
セール『調つて居らいでかい。すべて此世の中は言向和すのが神の教だ。刀剣を鋤鍬に替へ、大砲を言霊に代へ、爆弾の音を音楽に変へて、世界万民を悦服させるバラモン教の元大尉だから、モウ泥棒の名称は、女将軍殿に返上する。おれは音楽の王たる三味線はフエムーロに挟んでゐる、一寸弾じてみると、チンチンチンと味はひ良くなるのだ。随分可い音色がするぞ。何と云つても金で面を張つた一番上等の○○紫檀の棹だからなア』
デビス『ソリヤ違ひませう。あなたのはツンツンと浄瑠璃三味線のやうな音がするでせう。何と云つても、特製の太棹ですからね。ホヽヽヽ』
セール『アハヽヽヽそんなら一つ太棹の音を聞いて貰はうかな』
ブラ『姉さま、太棹も細棹も聞きたくありませぬね』
セール『そんなら太鼓のブチにせうか。それが嫌なら尺八は何うだ』
デビス『オホヽヽ。すかぬたらしい。あのマア デレた面ワイの、モシモシ親分さま、涎が流れますよ。アタみつともない。牛の様ですワ』
セール『エー、時に、冗談はぬきにして、お前に直接談判がある。キツト聞いてくれるだらうな』
デビス『ソリヤあなたのお言ですもの、聞きますとも、其為に耳があるのですもの』
セール『イヤ、其奴ア有難い。キツと聞いてくれるな。間違ひはないなア』
デビス『キツと聞きます』
ブラ『ソリヤあなたのお言は、聞かねばなりませぬもの』
 セールは面の紐を解き乍ら、さも嬉しげに、
セール『ハツハヽヽヽ、イヤ、之で何もかも万事解決だ。矢張り女は女だ。ソレぢや今露骨にいふが、デビス、お前は今日只今より拙者が宿の妻、またブラヷーダは第二夫人として採用するから、さう心得たが可からうぞ。イヽヽヽ』
デビス『アレまあ、何事かと思へば、好かぬたらしい、誰があなた方の妻になつたりしませうか。ねえブラヷーダさま』
ブラ『さうです共、貞女両夫に見えずといひますから、何程男前が好くつても、金持でも、吾夫より外に身を任すことア、出来ませぬワ、ましてこんな鬼のやうなしやつ面した盗賊の親分に身を任してたまりませうかねえ』
 セールは、不機嫌な顔して、
セール『コリヤ女、俺を嘲弄致すのか、今、何でも聞くと云つたぢやないか』
デビス『お約束通り聞いたぢやありませぬか。聞いたればこそ、応答してるのですよ。あなたのお言葉を採用する、せぬは、私たち両人の自由ですもの、天女の様な美人に対し、恋慕するとは、チツト分に過ぎとるぢやありませぬか。あなたの御面相とチと御相談なさいませ。あのマア怖い面……。一石の米が百両するやうな面付だワ』
セール『エー、仕方のない奴だ。最早堪忍袋の緒が切れた。恋の叶はぬ意趣返し、再び牢獄へ打ち込んで嬲り殺しにしてやらう………。ヤアヤア乾児共、此女両人を引捉へ、牢獄へ打ち込め』
と怒り狂うて牢獄内がわれる程呶鳴立てた。声の下より七八人の乾児はバラバラと入り来り、矢庭に両人の手を取り足を取り、エツサエツサとかき込んで、旧の牢獄へブチ込んで了つた。あとにセールは吐息をつき、
「あゝ恋許りは暴力でも、金力でも、脅迫でも、絶対権威でも可かぬものだなア。併し乍ら、一旦男が言出した事、此儘にしては、何だか吾れと吾心に恥かしい。水責火責に会はしても、こちらの心に従はさねば、親分の権威にも関係する。大勢の子分を使ふ身で居乍ら、かよわい女二人位を自由にする事が出来ないでは、最早おれも駄目だ。ヨーシ、一つ之は食責に会はすが一番だ。獅子でも虎でも狼でも食物で責さへすれば、人間の云ふ事を聞く。コリヤ食責めに限る」
と独言を云つて居る。そこへ慌ただしく帰つて来たのは、乾児のタールであつた。
タール『モシモシ親方様、今よい鳥を見つけて参りました』
セール『何? よい鳥を見つけて来たとは、一体、美人か、金持か、どちらだ』
タール『ハイ、ヤク、エールの両人と腹を合せ、治道居士の一行を巧く引張込んで来ましたが、何う致しませうかな』
セール『治道居士とは、あの鬼春別将軍ではないか。あの男ならば、定めて金は持つてゐるだらうな。中々智勇兼備の勇将だから油断はならぬ。何は兎もあれ、巧くだまし込んで、牢獄へ打込んでおけ』
タール『ハイ、承知致しました。併し乍ら一行五人、其中で四人は盗賊の改心した奴です。治道居士も、岩窟の親分セール大尉を始め、其外一同の奴を、誠の道とか、間男の法とかで、改心さしてやると云つて、強い事を云つて居りますから、どうぞあなた一寸来て下さいませな』
セール『イヤ、おれは何程盗賊の親分でも、一旦主人と仰いだ将軍を、手づから放り込む事は出来ぬ。乾児が全部集まつて、五人の奴を皆ブチ込んで了へ。そして弗々と持物を引たくり、甘く片付けて了うのだ。可いか、キツとぬかるでないぞ』
タール『ハイ承知致しました。そんなら第一の牢獄へ、五人共放り込んで了ひませうか』
セール『ウーン、第一が可からう。水一杯与へちやならぬぞ。そしてヤク、エールの両人はどこに居るのだ』
タール『ハイ、治道居士の両側について居ります』
セール『あゝさうか、ソリヤ可い事をした。始めての功名だ。誉てやらねばなるまい。併し汝と一緒に行つたエムは何うなつたか』
タール『あのエムですか、彼奴ア俄に善の道へ堕落しやがつて、麓の森林で治道居士に道義とか、真理とかを説き聞かされやがつて、涙を流し、尾を振り、首をすくめてどつかへエム散霧消して了ひました。本当に腑甲斐のない奴ですな。まだ彼奴ア盗賊学に達してゐないものですから、たうとうお蔭を落しました。どうも助けやうがないので見遁してやりました』
セール『ヤア、其奴ア大変だ。エムの奴、此団体を逃出し、そこら中へ廻つて喋らうものなら、何時捕手が出て来るか知れたものぢやない。なぜエムをつれて帰らなかつたか、馬鹿な事をしたものだのう』
タール『それでもあなた、此方は三人、向方には豪傑が五人、エムなんかに相手になつて居れば、肝腎の玉を台なしにして了ふと思つて、逐はなかつたので厶います』
セール『仕方がない。既往は咎めぬから、今後は心得たがよからう。サア早く五人の奴を打ち込んで了へ』
 タールは逸早く此場を去つて、治道居士以下四人を、第一牢獄へ巧く打ち込んで了つた。治道居士は何か心に期するものの如く、さも愉快気に四人をつれて牢獄へ、何の抵抗もせずもぐり込んだ。ヤク、エールの両人は最早今日では泥棒心を改め、治道居士の味方となつてゐた。されどセールを始めタール其他の盗人連には、一人も之を知るものがなかつた。夫故ヤク、エールは五人の牢番を命ぜらるる事となつたのは、治道居士にとつて非常な便宜であつた。
(大正一二・七・一五 旧六・二 於祥雲閣 松村真澄録)
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