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文献名1三鏡
文献名2月鏡よみ(新仮名遣い)
文献名3意志想念の儘なる天地よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
神の国掲載号1929(昭和4)年04月号 八幡書店版180頁 愛善世界社版 著作集115頁 第五版56頁 第三版56頁 全集488頁 初版38頁
OBC kg286
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本文  人間は天から降つたのか、それとも土から生れたのか、天から降つたものなら、必ず天国へ昇り帰る筈だ、地から生れたものなら再び地底に堕ちて行くだらう。生れない先と、死んだ後は最早人間ではない。人間を論ずるならば、人生で沢山だ、死なんが為に生れたものは死んだがよい。寂滅為楽の宗門の好きな人間なら誰にも遠慮は要らぬ、ドシドシ寂滅して、楽と為すがよい。アダ、イブを人間の祖先と信じ、祖先の罪を引つ被ることの好きな人間は、自分を罪の子として、何処までも謝罪し一生罪人で暮し、十字架を負うたがよい、神の分身分霊と信じ神の子神の宮と自分を信ずるものは、何処までも永遠無窮の生命を保ち、天国に復活して、第二の自分の世界に華やかに活動するがよい。人間はどうせ裸体で生れて裸体で天国に復活するのだ、その間の人間の行路は中々面白いものだ。其所に人生の真価が在るのだ。永遠に生きんとするには、第一に信仰の力が要る、その力は神に依れる力が最も強く、その言霊は大きくなくてはならぬ。人生に宗教のあるのは凡ての樹草に花のあるやうなものだ。花が咲いてそして立派な実がみのるのである。何れにしても信教は自由だ、意志想念の儘になる天地だ、天国に堕つるも、昇るも、地獄に楽しむも苦しむも、自ら罪人となつて歓ぶも、泣くも、意志の自由だ。人間は各自勝手に宗教を選択するがよい、それが所謂信教の自由といふものかも知れぬ。
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