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文献名1霊界物語 第47巻 舎身活躍 戌の巻
文献名2第2篇 中有見聞よみ(新仮名遣い)ちゅううけんぶん
文献名3第11章 手苦駄女〔1244〕よみ(新仮名遣い)てくだおんな
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-04-22 18:39:01
あらすじ人間の肉体は精霊の容器であり、天人の養成所である。一方で邪鬼、悪鬼の巣窟ともなる。この変化は、人間が主とするところの愛の情動如何によるのである。人間が現世に住んでいる間は、すべての思索は自然的であるゆえに、人間の本体である精霊が、精霊の団体中に加わることはない。しかしその想念が肉体を離脱する時は、各自所属の団体中に現れることができる。肉体を持っている精霊は、思いに沈みつつ黙然として徘徊しているので、精霊たちはこれをすぐに区別できる。精霊がこれと言葉を交わそうとすれば、肉体のある精霊は忽然として消失するのである。人間が肉体を脱離して精霊界に入るときは、睡眠でもなく覚醒でもない、一種異様の状態にいる。そのときその人間は、十分に覚醒していると思っているし、諸々の感覚も肉体が覚醒しているときと少しも変わりはない。むしろ五感は精妙となる。この状態で天人や精霊を見るときは、その精気凛々として活躍するを認めることができ、また彼らの言語も明瞭に聞くことができる。また親しく接触することもできる。この状態を霊界では肉体離脱の時と言い、現界から見たときは、死と称しているのである。人間は、その内分すなわち霊的生涯においては精霊である。人間の想念および意志に属することからそのようにいうことができる。意志・想念に属している事柄は人の内分であって、霊主体従の法則によって活動する。これが人をして人たらしめている所以である。人は、その内分以外に出ることはできない。だから精霊すなわち人間なのである。肉体は精霊の活動機関である。本体である精霊の諸々の想念や情動に応じて、自然界における諸官能を全うする。肉体がこの機関としての活動を果たせなくなったとき、それを肉体上の死と呼ぶのである。精霊と呼吸および心臓の鼓動との間には、内的交通がある。精霊の想念は呼吸と相通じ、愛より来る情動は心臓と通じている。肺臓と心臓の活動がまったく止むとき、霊と肉とがたちまち分離するときである。肺臓の呼吸と心臓の鼓動とは、人間の本体である精霊そのものを肉体につなぐ命脈であり、この二つの官能が破壊されるときは、精霊はたちまち己に帰り、独立して復活することができるのである。精霊の躰殻である肉体は、精霊から分離されたゆえに次第に冷却し、ついに腐敗糜爛するに至るものである。人間の本体である精霊は、肉体分離後にもしばらくはその体内に残り、心臓の鼓動がまったく止むのを待って、全部脱出する。この現象は人間の死因によって違ってくる。ある場合には心臓の鼓動が長く継続し、ある場合には長くない。いずれにしても、この鼓動がまったく止んだ時は、人間の本体である精霊は直ちに霊界に復活しえるのである。しかしこれは瑞の御霊の大神のなし給うところであって、人間自身が行うことのできるところではない。心臓の鼓動がまったく休止するまで精霊が肉体から分離しない理由は、心臓は情動に相応しているからである。情動は愛に属し、愛は人間生命の本体である。人間はこの愛によっておのおの生命の熱がある。愛による精霊と肉体の和合が継続する間は、精霊の生命はなお肉体中にあるのである。人の精霊は、肉体の脱離期すなわち最後の死期にあたって、その瞬間抱持した最後の想念を死後しばらくの間は保存するものであるが、時を経るにしたがって、元世に在った時に平素抱持していた諸々の想念のうちに復帰する。古人のことわざに最後の一念は死後の生を引くと言っているのは、誤謬である。どうしても平素の愛の情動がこれを左右するのである。そこで人間は平素よりその身魂を清め、善を云い善のために善をおこない、智慧と証覚とを得ておかなければならないのである。さて、治国別と竜公は、八衢の関所に進んでくる精霊と赤白の守衛との問答に、謹慎の態度で聞き入っていた。そこに心中した男女の精霊がやってきた。赤の守衛が二人を怒鳴りつけて呼び止めると、二人は路上にうずくまってしまった。二人は別々に引き離されて取り調べを受ける。女は生前は芸者で、八衢の守衛を色仕掛けで買収しようとする。赤の守衛は口八丁で口説きたてる女に辟易し、また後で取り調べると言い渡して岩窟に放り込んだ。男の方は、女芸者に入れあげて勤め先の店の金を横領していた。男は、大きなお金をごまかした方がかえって政府から見逃され、有力者となり社会の善人となるのだ、と反論した。そしてそれが冥途の法律と違うのなら、なぜ最初から現界に冥途の法律を発布しないのか、と怒鳴りたてる有様であった。守衛は現界からやってくる精霊のありさまを嘆いた。そして大神様が厳の御霊、瑞の御霊の神柱を現界に送って改造に着手されているから、四五年もすれば効果が現れて今やってきたような人間の数が減るだろうと語り合っている。治国別と竜公はこの様子を見て、自分たちが現界に帰ったらしっかりと舎身的活動をしなければならないと肝に銘じている。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年01月09日(旧11月23日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年10月6日 愛善世界社版155頁 八幡書店版第8輯 529頁 修補版 校定版163頁 普及版77頁 初版 ページ備考
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本文  人間の肉体は所謂精霊の容器である。そして天人の養成所ともなり、或は邪鬼、悪鬼共の巣窟となるものである。斯の如く同じ人間にして種々の変化を来すのは、人間が主とする所の愛の情動如何に依つて、或は天人となり、或は精霊界に迷ひ、或は地獄の妖怪的人物となるのである。さうして、人間が現世に住んでゐる間は、すべての思索は自然的なるが故に、人間の本体たる精霊として、其精霊の団体中に加はることはない、併しながら其想念が迥然として肉体を離脱する時は、其間精霊の中にあるを以て或は各自所属の団体中に現はるることがある。此時或精霊が彼を見る者は容易に之を他の諸々の精霊と分別することが出来るのである。何とならば肉体を持つてゐる精霊は、前に述べた万公の精霊の如く、思ひに沈みつつ、黙然として前後左右に徘徊し、他を省みざること、恰も盲目者の如くに見ゆるからである。若しも精霊が之とものを言はむとすれば、彼の精霊は忽然として煙の如く消失するものである。人間は如何にして肉体を脱離し、精霊界に入るかと云ふに、此時の人間は睡眠にも居らず、覚醒にもあらざる一種異様の情態に居るものであつて、此情態に在る時は、其人間は、只自分は充分に覚醒して居るものとのみ思うて居るものである。而して此際に於ける諸々の感覚は醒々として、恰も肉体の最も覚醒せる時に少しも変りはないのである。五官の感覚も、四肢五体の触覚も特に精妙となることは肉体覚醒時の諸感覚や触覚の到底及ばざる所である。此情態にあつて、天人及び精霊を見る時は、其精気凛々として活躍するを認むべく、又彼等の言語をも明瞭に聞く事を得らるるのである。尚も不可思議とすべきは、彼等天人及び精霊に親しく接触し得ることである。此故は人間肉体に属するもの、少しも此間に混入し来らないからである。此情態を呼んで霊界にては肉体離脱の時と云ひ、現界より見ては之を死と称するのである。此時人間は其肉体の中に自分の居る事を覚えず、又其肉体の外に出て居ることをも覚えないものである。人間は其内分即ち霊的生涯に於て精霊なりといふ理由は、其想念及び意思に所属せる事物の上から見てしか云ふのである。何とならば此間の事物は人の内分にして即ち霊主体従の法則に依つて活動するから、人をして人たらしむる所以である。人は其内分以外に出づることを得ないものであるから、精霊即ち人間である。人の肉体は人間の家又は容器と云つても可いものである。人の肉体にして即ち精霊の活動機関にして、自己の本体たる精霊が有する所の諸々の想念と諸多の情動に相応じて、其自然界に於ける諸官能を全うし得ざるに立到つた時は、肉体上より見て之を死と呼ぶのである。精霊と呼吸及心臓の鼓動との間に内的交通なるものがある。そは精霊の想念とは呼吸と相通じ、其愛より来る情動は心臓と通ずる故である。夫だから肺臓心臓の活動が全く止む時こそ、霊と肉とが忽ち分離する時である。肺臓の呼吸と心臓の鼓動とは、人間の本体たる精霊其ものを繋ぐ所の命脈であつて、此二つの官能を破壊する時は精霊は忽ちおのれに帰り、独立し復活し得るのである。
 斯くて肉体即ち精霊の躯殻は其精霊より分離されたが故に次第に冷却して、遂に腐敗糜爛するに至るものである。
 人間の精霊が呼吸及心臓と内的交通をなす所以は、人間の生死に関する活動に就いては、全般的に、又個々肺臓心臓の両機関に拠る所である。而して人間の精霊即ち本体は肉体分離後と雖も、尚少時は其体内に残り、心臓の鼓動全く止むを待つて、全部脱出するのである。而して之は人間の死因如何に依つて生ずる所の現象である。或場合には心臓の鼓動が永く継続し、或場合は長からざることがある。此鼓動が全く止んだ時は、人間の本体たる精霊は直に霊界に復活し得るのである。併しながらこれは瑞の御霊の大神のなし給ふ所であつて、人間自己の能くする所ではない。
 而して心臓の鼓動が全く休止する迄、精霊が其肉体より分離せない理由は、心臓なるものは、情動に相応するが故である。凡て情動なるものは愛に属し、愛は人間生命の本体である。人間は此愛に依るが故に、各生命の熱があり、而して此和合の継続する間は、相応の存在あるを以て、精霊の生命尚肉体中にあるのである。
 人の精霊は肉体の脱離期即ち最後の死期に当つて其瞬間抱持した所の、最後の想念をば、死後暫くの間は保存するものであるが、時を経るに従つて、精霊は元世に在つた時、平素抱持したる諸々の想念の内に復帰するものである。さて此等の諸々の想念は、彼れ精霊が全般的情動即ち主とする所の愛の情動より来るものである。人の心の内分即ち精霊が、肉体より引かるるが如く、又殆ど抽出さるるが如きを知覚し、且つ感覚するものである。古人の諺に最後の一念は死後の生を引くと云つてゐるのは誤謬である。どうしても平素の愛の情動が之を左右するものたる以上は、人間は平素より其身魂を清め、善を云ひ善の為に善を行ひ、且つ智慧と証覚とを得ておかなくてはならないものである。
 さて治国別、竜公は極めて謹慎の態度を以て、赤、白の守衛がここに進み来る精霊との問答を一言も洩らさじと、小男鹿の耳ふり立てて聞き入つた。そこへノコノコやつて来たのは男女二人の精霊であつた。赤面の守衛は両人に向ひ、
『ヤアヤアそれなる両人、暫く待て。ここは八衢の関所だ。汝生前の行動に就いて取査べる必要がある』
と呶鳴りつけた。二人はオヅオヅしながら、
『ハイ』
と云つたきり、路上にうづくまつて了つた。
『其方両人は何者だ』
『ハイ、私は呉服屋の番頭で徳と申します』
『私は叶枝と申す芸者で厶います』
『ウンさうだらう、其方両人は情死を致して、ここ迄気楽相に手に手を取つて意茶ついて来たのだらう。さてもさても暢気な代物だなア』
『ハイ、誠に面目次第も厶いませぬ。中々何うして何うして、気楽所か、今此先で、三途の川を渡り、お婆アさまに散々膏をとられた上、いろいろと恥をかかされ、ヤツとのことで此処まで逃げて参りました』
『其方徳とやら、暫く此方へ来て待つてをれ。女の方から査べてやる』
『ハイ、どうぞ一緒に、なることならば………査べて頂き度う厶います。二世も三世も、仮令野の末山の奥、どこへ行つても離れないといふ固い約束を結んで参つたので厶いますから、仮令一分間たりとも離れることは出来ませぬ』
『そんな勝手な事が、霊界では通ると思ふか。暫く控へて居らう………オイ白さま、暫く此徳を豚箱の中へ放り込んでおいて下さい』
『コレ徳さま、辛からうが、少時の間だから、マアこちらへ来てゐなさい。三五教の宣伝使も一服してゐられるから………豚箱なんどに入れやしないから、霊界のお茶でも呑んで、叶枝さまの査べが済むまで、此方でお休みなさい』
 徳は涙を流しながら………
『ハイ有難う厶います。あなたの様に同情のあるお言葉でいつて下されば、半日や仮令一日位離れた所で別に苦しいことは厶いませぬ。頭から役人面して、怖い顔で呶鳴り立てられると一寸の虫にも五分の魂、チツとはカツきますからなア』
 赤は目を怒らし、
『黙れ! 人間の分際として左様なことを申すと直様地獄へ落してやるぞ』
『ハイ………どうせ、私は男地獄、叶枝は女地獄と、娑婆でさへも仇名をとつてきた位で厶いますから、地獄落は覚悟して居ります。併しながら、どんな辛い所でも構ひませぬから、二人一緒にやつて下さい。そればつかりが一生の御願で厶います』
『エヽ喧しい、白さま、早く徳を隔離して下さい』
『サア徳さま、こちらへお出でなさい』
『オイ、叶枝、おれのことを忘れちやならないよ。俺もお前のこた、一瞬間も忘れないからなア』
 叶枝は何の応答もなく、うつむいてメソメソ泣いて居る。徳は色白き守衛に導かれ館の玄関指して行く。
 赤は帳面をくりながら、
『オイ女、其方は随分悪い事を致して居るが、逐一此処で白状致すのだぞ』
『ハイ、別に悪い事を致した覚えは厶いませぬよ』
『バカを申せ、其方は芸者で在りながら、芸を売らずに肉を売つてゐるぢやないか』
『ハイ、芸を売つても肉を売つても、商売に二つは厶いませぬ。歌を唄つたり三味をひいたり、太鼓や鼓を拍つのは遊芸で厶います。そして肉をうるのは岩戸開きの神楽舞、曲芸をやつて、お客さまに喜ばせ楽します清き商売で厶います。それ故相場師か博奕打の様に片一方が喜び片一方が悔むといふよなことは、決してやつた覚えは厶いませぬ。どのお客さまも此お客さまも、皆、アハヽヽ、オホヽヽ、エヘヽヽと笑ひ興じ、まるで天国の春に逢うたやうだと仰有つて、喜んで下さる方ばかりで厶います。両方のよい商売といふのは、芸者と頬冠り位なものです。これ程人間を喜ばして来た芸者に罪が厶いますなら、政治家や宗教家、一番悪いのはお医者さま、其外娑婆に居る一般の人間は皆大悪人で厶います。私は一旦言ひ交した男に心中立てをして、命まですてて、ここ迄やつて来た貞節な女で厶います。どうぞ私の清い美しい心をお調べ下さいまして、どうぞ天国へやつて下さいませ。そしてあの徳さまだつて、決して悪い人ぢや厶いませぬ。どうぞ私と一緒に天国の旅をさして下さいます様に御願致します』
『馬鹿を申せ、徳のこと迄、貴様がゴテゴテ云ふ場所ぢやない。貴様のことばかり白状すればいいのだ。何だベラベラと自己弁護ばかしやりやがつて、おマケに情夫の事迄口出しするとは、中々以ての外の代物だ。斯うなると何うしても、貴様達両人は一緒におくことは出来ぬ』
『あ、左様で厶いますか、折角ここ迄ついて来ましたけれど、あなた様の御命令で引分けて下さるのならば、冥土の規則だと思うて、妾はチツとも異議は申しませぬ。実の所私は無理心中をさされましたのです。現界といふ所は思ふ様に行かぬ所で厶いまして、好きなお方は色々故障が出来て、常住会ふ訳には行かず、お金はなし、これに反して、嫌ひで嫌ひで仕方のない男は金を持つて、丸で大根畑へネチがついた程、うるさい位しがみつきに来ますなり、本当に浮世がイヤになつて了つたのですよ。……
 嫌なお客に笑うてみせて
  好きの膝にて泣きくらす

といふ憐れな生涯を続けて来ました。実際のこと申しますれば、あの徳といふ男、御存じの通り、頭迄がトク頭病で、そしてヅぬけたトク等の馬鹿で厶います。とくとお査べの上、どうぞ私と一所に居らない様に、特別の御取扱を御願致します』
『アハヽヽヽ、貴様は余程やり手だつたと見えるのう。およそ幾人ばかり地獄へおとしたか』
『ハイ、私が落したのぢや厶いませぬが、勝手にお客さまの方から落ちたのです』
『それでも貴様が原動力だ。直接におとさいでも、間接に落して居るのだ。現に今来た徳公でもさうぢやないか』
 叶枝は稍言葉馴れ、娑婆で人間をあやつつて来た地金を出し、赤の肩先を平手で三つ四つポンポン叩き、おチヨボ口に袖をあてながら、
『ホヽヽヽヽ、あの六かしい顔わいな。わたえ、そんな赤い面した、目のクルリと大きい、口の大きい男らしい男、本当に好きだワ。なア赤さま、チツと可愛がつて頂戴ね』
『コリヤ怪しからぬ、何と心得てゐる。ここは言はば霊界の予審廷だぞ。審判官に向つて、何といふ失礼なことを申すか』
『ホヽヽヽヽ、あのマア、六かしい顔しやんすことえな。あたえ、ますます可愛くなつてよ』
『エヽ、馬鹿に致すな。何と心得て居る』
『お気に障りましたら御免なさいませ。併しながら霊界だつて、愛の情動に変りはありますまい。現界の役人だつて六かしい顔をして被告人を裁いてゐやはりますが、女の被告が行きますと、忽ち目を細うし、涎をくらはります。あんただつて、女に対する男やおまへんか、さう七六かしう、四角ばつてゐなしては、世の中が殺風景でたまりませぬワ。どこもかも行詰り、不景気風に吹捲られて、娑婆の人間は青息吐息の為体、憂鬱に沈んでゐる亡者共を、妙音菩薩にも比すべき芸者が、慰安を与へ、小口から天国に救うて上げて来たのですよ。お前さまだつて、何時迄もこんな所に、そんな六かしい顔をして、しやちこばつてゐるよりも、私と一緒に天国へでも新婚旅行と洒落たらどうだす………余り悪い心持やしませぬで。わたえの荷位は持たして上げますワ』
『エヽ仕方のない代物だなア。貴様余程娑婆で暴威を揮うて来たのだらう。中々弁舌はうまいものだ』
『ホヽヽヽヽ、その声で蜥蜴くらふか時鳥、外面如菩薩内心如夜叉、表裏反覆常なきは世の中の真相ですよ。お前さまもチツと世間を知つて来なさい。さうすりや、そんな偏狭な頭が改造されて、新しい男の仲間に這入れないものでもありませぬワ、大臣だつて国会議員だつて、元帥だつて、紳士紳商だつて、片つ端からこの靨の中へ、皆吸ひ込んで了ふ技能を持つてゐる、天然の美貌、千変万化の魔力を使ふ女ですもの、門番さまの一人や二人位、噛んだり吐いたりするのは、屁のお茶でもありませぬワ。お前さまも有名な芸者の叶枝にこれ丈言葉をかけて貰うたら、余程の光栄ですよ、本当に仕合せな御方ねえ』
 竜公は思はず知らず、
『ウツフヽヽ』
と吹き出した。
『貴様の調べは一朝一夕に行かない。人の庫を呑み、山を呑み、田畑を呑み、数多の亡者を製造したしたたか者だから、又追つて調べてやる。サア立てツ』
と云ひながら、松の木の荒皮の様な腕をグツと突出し、葦の芽の様な柔こい腕をグツと握り、岩の戸をパツとあけて、岩窟内へ放り込みおき、再び徳を此場に引ずり来り、鹿爪らしい顔をして査べ始めた。
『其方は生前に何商売を致して居つたか』
『ハイ、最前申した様に呉服屋の番頭に間違ひ厶いませぬ』
『其方は幾らの月給を貰つて居つたか』
『ハイ、月に親方の食事持で十円ばかり頂いて居りました』
『其方は月に十五六回も叶枝の側へ通うたであらう。チヤンと此帳面に記してあるぞ』
『ハイ仕方がありませぬ、仰有る通で厶います』
『一度遊びに行くと幾らの金が要るか』
『ハイ、少い時が七八円、多い時は五十円も要ります』
『僅か一ケ月十円の給料で、何うして其金が出来るのだ』
『ハイ、私の役徳によつて、それ丈生み出します』
『バカを申せ。帳面づらをゴマかしたのだらう』
『帳面づらをゴマかすのは悪う厶いますか。娑婆の人間は筆の先で一遍に五万両、十万両とゴマかして居りますよ。現に積善銀行を御覧なさい。二千万円も筆の先でゴマかしたぢや厶いませぬか。それでもヤツパリ紳士とか紳商とか、有力者とかの名を恣にして居ります。そして政府は余り之を厳しく詮議立て致しませぬ。之を思へば一つでもウマく帳面づらをゴマかした奴が、所謂社会の善人です。私の様な者をお責めなさるよりも、モツと大きな奴をお査べなさりませ。月に金の百両や二百両誤魔化した弱い人間や、米の一升や金の五十銭位盗んだ憐れな人間を査べるよりも、なぜモツと大きな悪人の巨頭をお査べなさらぬのですか。そんなことで何うして八衢審判所の権威が保たれませうか。現界に於ても微罪不検挙の内規が行はれて居りますよ』
『馬鹿を申せ、現界と違つて、霊界の審判所は、一厘一毛の相違も許さぬのだ。仮令塵切れ一本でも取つた奴は盗人だ』
『それなら何故冥土の法律を現界へ発布して下さらぬのか。私達は現界の最善を尽さうと思へば、霊界へ来て咎められる、本当に善悪の去就に困ります。それ程、今となつて小さいこと迄詮議立てなさるのなら、なぜ夢になりとも、冥土の法律は斯うだと知らしては下さらぬのだ。丸で人間を陥穽へおとすよな、そんな残酷な法律がどこにありますか。私は決して左様な不徹底な不完全な法律命令には絶対服従致しませぬ。それよりも、あなた、大切な私の女房をどこへ隠しましたか。あべこべに誘拐罪で、冥府の審判所へ告発致しますぞ』
『今の娑婆に居る奴は、ドイツも此奴も、皆弱肉強食、優勝劣敗を以て最善の生活法ときめてゐやがるからサツパリ始末に了へない。スツカリ良心が痳痺し、癲狂痴呆の境遇に陥落して居るのだから、罪の断じやうもない、癲狂者や痴呆に対し、法律の適用は出来ないから、貴様は放免する。其代り一生八衢の四辻に立つて、亡者の道案内なと致すがよからう』
『構うて下さるな、自由の権です。お前さま達が人間を審く権利がどこにあるか。人間を審く者は神様より外にない筈だ。ヘン余り偉相に言ふな、婦人誘拐者奴が、今度は俺の方から承知をしないのだ。サ早く叶枝をここへ出せばよし、出さぬに於ては死物狂ひだ。荒れて荒れて荒れまはしてやらうか』
『あゝあ、困つた気違の夫婦がやつて来たものだなア。現界の人間は何奴も此奴も皆こんなものだ。なア白さま、コリヤ一つ現界から根本改良やらねば駄目だなア』
『あゝさうだから、大神様から厳の御霊、瑞の御霊の神柱を現界に送り、今や改造に着手されつつあるのですよ。やがて四五年も先にゆけばキツと効果が現はれ、癲狂者や痴呆や、盲聾の数が減るでせう。さうすれば吾々も御用が勤めよくなるでせう』
『モシ先生、厳の御霊、瑞の御霊の神柱が現界へ出してあると言はれましたなア。大方変性男子、変性女子の事ぢやありますまいか』
『ウンさうだ。俺達も余程シツカリ致さねばならないわい。お前も之から十分注意をして娑婆へ帰つたら、舎身的活動をやるのだなア』
(大正一二・一・九 旧一一・一一・二三 松村真澄録)
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