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文献名1霊界物語 第67巻 山河草木 午の巻
文献名2第2篇 春湖波紋よみ(新仮名遣い)しゅんこはもん
文献名3第9章 ダリヤの香〔1711〕よみ(新仮名遣い)だりやのか
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-05-13 18:29:07
あらすじダリヤがアリーの部下、コークスに操を破られそうになる。そこへ通りかかったアリーはコークスを殺し、ダリヤを助ける。この件を機に、親の仇とダリヤを殺そうとしていたアリーは改心する。そこへ、妹のダリヤを探していた兄のイルクが宣伝歌を歌いながら通りかかる。イルクは、船上にて梅公の教えを聞き、三五教に改心していた。その歌により、ダリヤは自分を心配して危険を冒して捜索に来た兄の心を知る。腹違いの兄弟たちが和解して大団円。
主な人物【セ】コークス、ダリヤ、アリー【場】-【名】梅公別、神素盞嗚大神、アンナ、イルクの父(アリス)、アリーの父(アリスタン) 舞台波切丸 口述日1924(大正13)年12月27日(旧12月2日) 口述場所祥雲閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年8月19日 愛善世界社版119頁 八幡書店版第12輯 73頁 修補版 校定版121頁 普及版68頁 初版 ページ備考
OBC rm6709
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本文  ダリヤは船底の密室に監禁され、此船がスガの港へ着く迄には、アリーが暴虐の手にかかつて死ぬるものと決心してゐた。そして健気にも辞世の歌等を詠んで、死期の至るを待つてゐた。そこへコツコツと忍び足に錠前をねぢあけて這入つて来たのは自分が小舟に乗つて離れ島へ遊びに行つた帰りがけ、かつさらはれたコークスであつた。コークスは小声になつて、
『コレ、ダリヤさま、お前さまは此船が遅く共、明日の日の暮にはスガの港へ着くのだから、今夜中に殺されますよ。どうです、私が小舟を卸して、お前さまを乗せ離れ島へ漕ぎつけて助けて上げようと思つてゐるのだから、物も相談だが、私の女房になつて下さるでせうなア』
と糞蛙が泣きそこねたやうな面から、臭い臭いドブ酒の息を吹かけ乍ら口説きかけた。ダリヤは柳眉を逆立て、蜂を払ふ様な素振をして、
『エー、汚らはしい。今更親切ごかしに妾を助け出し、それを恩に着せて、女房になつてくれなどと、ようマアそんな厚かましい事が云へましたなア。妾がこんな破目に陥つたのも、皆お前さまのなす業ぢやないか。いはばお前さまは妾の敵だ。妾の命をおとすのも、お前さまの為ぢやないか。何程命が惜しいと云つても、そんな悪党な卑劣な泥棒根性のお前さま等に靡くものがありますか。エ、汚らはしい、とつとと、サア彼方へ行つて下さい。胸がカして来ましたよ。一体お前さまの名は何と云ふのだい。冥途の土産に聞いておきたいからなア』
コークス『俺はな、アリー親分の片腕と聞えたるコークスといふ哥兄さまだ。何と云つても命が資本だから、そんな悪い了見を出さずに、俺の云ふ事を聞いた方が可からうぜ。何程名花だつて、梢から散りおつれば三文の価値もない。お前さまの容貌は天下に稀なる美貌だ。丹花の唇柳の眉日月の眼、縦からみても横から見ても惚々するスタイルぢやないか。此名花をザと散らすのは国家の為に大なる損害だ。否天下の美人を可惜地上に失ふといふものだ。俺は天下の為に、お前の今晩散る事を惜むのだ。どうだ、物も相談だが、私と一緒に逃出す気はないか。そして私と夫婦になつて睦じう暮したら何うだい。何程此顔はヒヨツトコでも、メツカチでも、云ふにいはれぬ味が、どつかには含んでゐますよ。あの鯣をみなさい。干つからびた皺苦茶だらけ、みつともない姿をしてゐるが、しがんでみると随分甘い味がしますよ。何とも云へぬ風味が含まれてゐる。それを一寸遠火に焼くと、尚更味がよくなる。どうだい、此コークスの意に従ふ気はないかな。お前さまも命の瀬戸際に立つてゐるのだから、些と許り男が悪うても辛抱するのだな。何と云つても辛抱は金だから、悪い事は云はない。お前の為だ。一つは俺の為だ。いいか、些とは道理が分つたかい』
ダリヤ『ホヽヽヽヽ、いかにもコークスといふ丈で、黒い顔だこと。お前さまは舟の燃料になるのが天職だよ。天成の美人ダリヤ姫に向つて、恋の鮒のと、しなだれかかるのは身分不相応といふもの。可いかげんに断念したが可からうぞや。あたイケ好かない、ケチな野郎だな』
コー『オイオイ、ダリヤ姫。さう芋虫のやうにピンピンはねるものぢやない。人は愛情がなくては、木石も同様だ。折角人間に生れて、木石に等しい冷血漢になつちや、最早人間の資格はありませぬよ。お前さまも人間らしい。女らしい返答をしたら何うだい』
ダリ『ホヽヽヽ、人間に対しては人間らしい事をいひ、獣に対しては獣らしいことをいふのが天地の道理でせう。それが相応の理による惟神のお道ですよ。お前さま、それでも普通の人間だと思つてゐるのかい』
コー『オイ、あまツちよ。失敬な事をいふな。今首のとぶ分際でゐ乍ら、何と云ふ業託を吐くのだ。人間を超越して、三間四間権現さまの生れ代りだ。余り見違をすると、お為にならないぞ。此鉄棒が一つ、お前の横ツ面へお見舞申すが最後、キヤツと一声此世の別れだ。好きでもない冥土へ死出の旅と出かけにやならぬぞ。オイそんな馬鹿な考へをすてて、俺の言ふ通り、そツと此処を脱け出さうぢやないか。そして、俺の女房になる成らんは後の事だ。ぐづぐづしとるとお前の命が失くなつちや、さつきも云ふ通り地上の損害だからな』
ダリ『ホヽヽヽヽ、大きにお世話さま。妾はアリーさまのお手にかかつて殺されるのを無上の光栄としてゐますよ。同じ殺されるにしても、お前さまのやうな、人間だか狸だか鼬鼠だか正体の分らぬ妖怪野郎に、仮令殺されなくつても、ゴテゴテ云はれるのが苦しい。況んや夫婦にならうの、助けてやらうのと、何といふ高慢をつくのだい。サアサア早くお帰りお帰り。こんな所を船長に見付けられたが最後、お前さまの笠の台が宙空に飛びますよ』
コー『実の所はお前さまと一緒に殺されたら得心だ。やがて船長が、お前さまを殺しに来るだらうから、どうか、お前さま一緒に死んで下さらないか。せめても、それを心の慰安として、どこ迄も冥土のお伴をする積だから』
ダリ『エ、頭が痛い、厭な事をいふ野郎だな。サアサア早く出て下さい。シーツ シーツ シーツ。一昨日来ひ一昨日来ひ。ぐづぐづしてゐなさると線香を立てますよ』
コー『丸切り、人を青大将か蜘蛛のやうに思つてゐるのだな。箒を逆さまに立てて頬冠りをさしたつて、いつかないつかな此コークスは動かないのだ。お前さまも可いかげん我を折つて、ウンと一口言はツしヤい。ウンといふ一声がお前さまの運の定め時だ』
ダリ『誰がお前さま等に向つて、ウンだのスンだのいふ馬鹿がありますか。チツトお前さまの顔と相談しなさい。否知恵と相談なさつたが可からう。何程お前さまが手折らうと思つたつて、高嶺に咲いた松の花だ程に、スツパリと諦めて、釜たきなつとやりなさい。お前さまの顔は猿によく似てゐる。猿猴が水にうつつた月を掴まうとするやうな非望を止めて、船長殿に忠実にお仕へなさい。そしたら又正月になつたら、おくびなりの餅の一切れや二切れは食はして貰はうとママですよ、ホヽヽヽ』
 コークスは到底言論ではダメだ、直接行動に限ると決心したものか、猛虎の勢を出して、矢庭にダリヤを其場に捻ぢ伏せ、「オチコ、ウツトコ、ハテナ」を決行せむとした。ダリヤは一生懸命の声を絞つて「アレー助けてくれ 助けてくれ」と身をもだえ乍ら、生命限りに叫んだ。船長のアリーは、折節監禁室の前を通り、怪しき声がすると思つてドアに手をかくれば、何者かが已に入つてるとみえ、かぎもかけずにパツと開いた。みれば右の有様である。アリーは懐剣を閃かして、後からコークスの背部を骨も通れとつきさした。コークスはアツと悲鳴をあげ、空を掴んで其場に黒血を吐いて倒れて了つた。
アリ『ダリヤさま、危い事で厶いましたな』
ダリ『ハイ、誰かと思へば船長さまで厶いましたか。よう来て下さいました。あなたの折角のお楽しみを、此奴が横領せむとし、乱暴に及んだ所、折よく来て下さいまして、先づあなたの為には好都合で厶いましたね。私は貴方のお手にかかつて死なねばならぬ身の上でございますから、あなたが、私を嬲殺にして、お楽しみなさるのを、私も楽しみにしてまつてゐたのでございますよ』
アリ『ダリヤさま、私も心機一転しました。どうぞ卑怯者と笑つて下さいますな。デッキの上でも上つて、星影でも見て楽みませう』
ダリ『これは又御卑怯な、なぜ一旦決心した事を掌を返す如くにお変へなさつたのですか。妾は不賛成です。サア、どうぞ、始めの御意見の通り、スツパリと殺して下さいませ。妾も一旦死を決した以上は、初心を曲げるのは心恥しう存じます。貴方が妾を殺さないのならば、妾の方から自刃して果てます』
と云ふより早く、アリーの懐剣をもぎ取り、吾喉につきあてむとする一刹那、アリーは驚いて、其の手に飛付き、短刀をもぎとつた。其はづみに、アリーは自分の親指を一本おとして了つた。ダリヤは驚いて其指を拾ひあげ、アリーの手にひつつけ、自分の下帯を解いて、クルクルと繃帯した。鮮血淋漓として銅張りの船底を染た。
 ドアの開いた口から、さも流暢な歌の声が聞えて来た。アリー、ダリヤの二人は耳をすまして、ゆかしげに其歌を聞いてゐる。
『ハルの湖水の小波よする  スガの港の片ほとり
 薬を四方にひさぎつつ  彼方此方とかけめぐり
 妹の所在を尋ねむと  神に願をかけまくも
 畏き恵の御露に  浴せむものとハルの湖
 彼方此方とかけめぐり  何れの船を調べても
 恋しきいとしき吾妹の  影だに見えぬ悲しさに
 天に哭し地に歎き  波切丸の甲板に
 涙を絞る折もあれ  三五教の神司
 梅公別の神徳に  今は包まれ吾母や
 行方も知れぬ妹の  只冥福を祈りつつ
 家に帰れば改めて  三五教の大神を
 斎まつりて遠近の  世人救はむ吾覚悟
 うべなひ給へ惟神  皇大神の御前に
 畏み敬ひねぎまつる  大日は照る共曇る共
 月はみつとも虧くる共  救ひの神に身を任せ
 救ひの船に乗せられて  浮世を渡る身にしあれば
 如何なる悩みの来る共  恐るる事のあるべきや
 あゝさり乍ら妹は  ウラルの神の御教を
 朝な夕なに諾なひて  身の幸はひを祈りしが
 いかなる魔神の計らひか  島の遊びの帰り路に
 心も荒き海賊の  群におそはれ其行方
 命のほども計られず  悲しき破目と成果てぬ
 日頃信ずるウラル教の  神を祈りて妹の
 なやみを救ひ助けむと  家のなりはひ打すてて
 彼方此方とさまよへる  吾心根を知らせたい
 何処の人の憐みを  うけて命を保つやら
 但しはあの世に落ゆきしか  心許なき吾思ひ
 恵ませ給へ大御神  救はせ給へ三五の
 神素盞嗚の大神の  御前にすがり奉る』
と歌ひ乍ら、チクリチクリと此方に向つて近より来る。ダリヤ姫はどこやらに聞覚のある声だなア……とアリーの負傷を介抱し乍ら、耳を傾けてゐたが、いよいよ兄のイルクと確信し、監禁室の中から、細い声を出して、
ダリ『モシ貴方はお兄イさまぢや厶いませぬか。妾はダリヤで厶いますが』
 此声にイルクは狂喜し乍ら、ドアのすきから室内を覗き込み、アツと云つたきり少時は声さへ発し得なかつた。
ダリ『お兄いさま、最前のお歌を聞きますれば、不束な妹をすて給はず、家業を他所にして、妾の所在を捜してゐて下さつたさうですが、そんな親切なお心とは知らず、今迄腹違の兄さまの様に思ひ、おろそかに致してゐました妾の罪を許して下さい。そんな清い美はしいお心を知らず、僻根性を出して、お恨み申し、いつも憂はらしに島へ遊覧に行つた、その帰りに、冥罰が当つて、海賊に捉へられ、かやうな所に押込められ、ここに殺されてるコークスといふ悪性男に操を破られむとしてる所を、此船長さまに救はれた所で厶います。どうぞ兄さまから船長様へ、宜しく御礼を云つて下さいませ』
イルク『あゝさうであつたか、怖い所だつたな。イヤ船長さま、どうも妹が大い御世話になりました。何からお礼を申してよいやら、余り有難くつて、お礼の言葉も存じませぬ』
アリ『イヤ決して、私はダリヤを助けるやうな良い心は有つてゐなかつたのですが、何だか不思議なもので、つい助ける気になつたのですよ。貴方のお父さまは、私の仇敵、何とかして仇を打ちたいと思ひ、たうとう海賊になつて敵討の時機を狙つてゐたのです。然る処手下のコークスが貴方の妹を甘く生捕つて来てくれたので、せめては此娘を殺し、亡父の霊魂を聊か慰めたいと思ひ、ダリヤさまを殺す計画をきめたのですが、余り立派なお志と其落ついた挙動に感服し、今は全く恨も何もサラリと晴れて、却つてダリヤさまのお味方をするやうになつたのです。それのみならず、此通り、拇指を切落し、困つてゐた所、ダリヤさまの介抱で漸くウヅキも止まり、却て御礼は私の方から申上げねばならないのです』
と自分の母のアンナが、イルクの父に無理往生に操を破らせられ、泣きの涙で女房になつたことや、又自分の父が之を恨んでハルの湖に身を投げて死んだことなどを、涙と共に物語つた。イルクは始終の話を聞いて、深い吐息をつき乍ら黙然として二人の顔を見つめてゐた。之よりアリーは梅公の懇篤なる神の教を受け、悪心を翻し、海賊をサラリと止め、此湖水を渡航する船客の守り神となつて、其美名を永く世に謳はれた。
 翌日の夕暮頃、波切丸は無事にスガの港へ横着けとなりにけり。
(大正一三・一二・二 新一二・二七 於祥雲閣 松村真澄録)
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