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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第2篇 迷想痴色よみ(新仮名遣い)めいそうちしき
文献名3第11章 異志仏〔1800〕よみ(新仮名遣い)いしぼとけ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-05-28 02:49:56
あらすじ玄真坊は逃げるうちにコブライ、コオロとはぐれてしまう。そこへ、二人の捕り手に追い詰められ、道ばたの辻堂に逃げ込み、石仏に化けてやり過ごそうとする。二人の捕り手は玄真坊を追って辻堂にやってくるが、玄真坊が化けた石仏が生きているのに肝をつぶし、腰を抜かしてしまう。玄真坊は逆に捕り手の食料を奪い、打ち倒してゆうゆうと逃げ去る。その後、泥棒をしながらタラハン市の宿屋に逗留していたが、偶然、宿帳にコブライ・コオロの名前を見つけ、二人の部下と合流することができた。3人は、かつて自分たちの頭領であったシャカンナが、今は国家の左守として権勢を振るっているのをやっかみ、左守の屋敷に泥棒に入ることに決めた。深夜、闇にまぎれて左守家に向かっていた矢先、火事が起こって市中騒然となる。が、3人は逆に火事場泥棒を決め込んで、泥棒を決行する。
主な人物 舞台 口述日1926(大正15)年01月31日(旧12月18日) 口述場所月光閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版143頁 八幡書店版第12輯 552頁 修補版 校定版149頁 普及版70頁 初版 ページ備考
OBC rm7111
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本文  玄真坊はコブライ、コオロの両人と思ひ思ひに追手に驚いて別れて了ひ、当途もなしに西へ西へと月夜を幸ひ駆け出したが、殆ど空腹の為に身体は弱り果て、足の歩みも捗々しからず、どつかの民家を尋ねてパンにありつかむものと、煙が何処かに見えぬかと、一生懸命に空を向き、覚束なき足で歩んでゐると、傍の森林の中から「オイ、オーイ」と人を呼ぶ声が聞えて来た。玄真坊は「ハテ訝かしや、かやうな所で自分を呼とめる者はない筈だ。察する所昨夜の捕手の奴、こんな所迄出しやばつて、吾々の先廻りをしてゐるに違ひない、コリヤうつかりして居れぬ、三十六計の奥の手は逃ぐるに若くはなし」と疲れたコンパスに撚をかけ、又もや草花の茂る綺麗な原野を一生懸命に駆け出す。後から二人の追手が十手を打振り乍ら、「オイ、オーイ」と声を限りに追つかけ来る。トンと突き当つた前方の峻山、最早自分は到底逃おうす事は出来まいと、路傍の辻堂を見付けて、少時姿を隠さむと這入りみれば、等身の石仏が立つてゐる。矢庭に玄真は満身の力をこめて、首のあたりをグツと押すと、石仏は苦もなく倒れて了つた。玄真は石仏の倒れた後の台石にスークと立ち不格好な羅漢面をさらし乍ら左の手をふりあげ、右の手を膝のあたり迄さげ石仏に化けて追手の目を遁れむと、早速の頓智、そこへ漸く駆つけやつて来た二人の追手は辻堂を見付けて、
甲『オイ、あの泥棒はどつか、ここらの草の中へでも沈澱しやがつたとみえて、影も形も無くなつたぢやないか、こんな者探しに行つたつて雲を掴む如うなものだ、彼奴ア魔法使かも知れぬぞ。兎も角此辻堂があるのを幸、コンパスに休養を命じたらどうだい。腹も相当空つて来たなり、命掛の活動をして捉まへた所で、僅の目くされ金を褒美に貰ふ丈だ。一遍散財したら了ひだからのう』
乙『そらさうだ、俺だつてお前だつて、今斯うして堅気になり、追手の役を勤めてゐるものの、元を洗へば立派な人間ぢやないからの、グヅグヅしてをれば鼻の下が干上るなり、せう事なしの追手の役だ。マア此春の日の長いのに泥棒の一人位掴まへたつて、余り世の為にもなるまいし、体が肝腎だ。ア、此辻堂を幸一服せうぢやないか』
甲『此処には妙な石仏が立つてゐるぞ、此石工は誰がやつたのか知らぬが、丸で生仏の如うだ、一つ煙草でも喫もうぢやないか』
と云ひ乍ら、ケチケチと火打を打ち出し、煙管の皿の如うな雁首に煙草を一杯盛つて火をつけ、両人はスパリスパリと吸ひ始めた。一服吸ふては石仏の足の甲へポンポンと火を払ひ、又煙草をつぎかへては吸ひつける。玄真坊は熱くてたまらず、黒い面の真中の方から、白い目を剥出し、涙さへたらし出した。二人はフツと上むく途端に、石仏の目がグリグリと廻り、涙さへ落してゐるので、
『ヤア、此奴化物だ』
と驚きの余り、アツと云つて腰をぬかし、
『アヽヽヽ、羅漢さま、どうぞお許し下さいませ。エライ失礼な事を致しました。どうにもかうにも腰が立ちませぬワ。どうぞ一口許すと云つて下さいませ。さうすると恋しい女房の家へ帰る事が出来ます。其代り追手の役は孫子の代まで致しませぬ』
と両手を合せて一生懸命に頼み込む。玄真は心の中で「ハヽア、バカな奴だな、此奴、本者だと思つてゐるらしい、腰が抜けたとあらばモウ大丈夫だ、ソロソロ還元してやらうかな………」と台の上からポイと飛びおり、
玄『コーリヤ、木端役人共、神変不思議の俺の魔力には驚いただろ、俺は泥棒の張本玄真坊様だぞ。ここな石仏は此通り、俺の小指一本で押倒し、其跡へ俺が立てつて居つたのだ。腰が抜けたとありや、何うすることも出来まい。汝も少々位は金を持つてをらう。有金残らずこちらへよこせ……ナニ、ないと申すか、腰にブラ下げてるのは、そら何だ』
甲『ヤ、コリヤ弁当の残りで御座いますよ』
玄『ヨーシ、分つてる、俺も腹の空つた所だ。仮令汝の食ひさしにしろ、命にはかへられぬ、此方へよこせ』
と云ひ乍ら、無理無体にひきむしり、一人の弁当を平げて了ひ、又次の奴の腰の弁当をむしつて一粒も残らぬ所迄、いぢ汚く食ひ了り、弁当箱は小口から舌の川で洗つて了つた。
甲『モシ玄真さま、お前さまは大変な神力のある方だな、到底吾々の手には合ひませぬワ。お前さまの面を見てさへ此通り腰が抜けて了ふんだもの』
玄『ワツハヽヽ、此方の御神力には随分驚いただろ、汝は一体何といふ奴だ』
甲『私なんか名のあるやうな気の利いた者ぢや御座いませぬ。然し乍ら親が附けてくれたか人が附けてくれたか知りませぬが、私はトンビと申します。モ一人の男はカラスと申します』
玄『成程、トンビにカラス、此奴ア面白い、そんなら俺も二人の家来が途ではぐれて了つたのだから、お前等二人を家来にしてやらう。どうだ改心致して追手の役はやめるか』
ト『ヘーヘ、やめます共、何程追手よりもお前さまの乾児になつてる方が気が利いてるか知れませぬワ。のうカラス、汝もさうだらう』
カ『お前の意見通だ。モシ、玄真さまとやら、どうか宜しうお願ひ申ます』
玄『ヨーシ、分つた。そんなら之から俺のいふ通するのだよ。何でも命令に服従するのだぞ。サア、行かう』
ト『モーシモシ玄真さま、行かうと仰有つても腰が立ちませぬがな。どうか貴方の神力でお直し下さる訳には参りませぬか』
玄『エー、仕方がねい、直してやろ。其代り此腰が直つたら最後、俺の神力は認めるだらうな』
ト『ヘーヘ、認める所の段ぢやありませぬ、已に已に腰を抜かした時から、お前さまの神力を認めて御家来にして下さいと願つてゐるのですもの』
玄『ウーン成程、さうに間違なからう』
と云ひ乍ら、両人の腰の辺りをメツタ矢鱈に握拳を固めて擲りつけた。二人は余りの痛さに思はず知らず立上り、一間許り逃出し、又もやパタリと倒れて了つた。
玄『ハツハヽヽ腰抜野郎だな、此様な者を何万人連れてゐたつて、手足纏ひになる許りだ。又腰が直つたらついて来い、キツト家来にしてやらう。俺は天下経綸の事業が忙しいから御免を蒙らう、ても偖も憐れな代物だなア』
と腮を三つ四つしやくり、阪路を元気よく鼻唄歌ひ乍ら登り行く。
 之より玄真坊は彼方此方に、昼は山野に寝ね夜は泥棒を稼いで、百日余りを過した。又もやダリヤ姫の事を思ひ出し、会ひたくて堪らず、何とかして甘く彼女を手に入れたいものだと、少々懐が温くなつたので、タラハン城市へ変装して忍び込み、タラハン市中でも一等旅館と聞えたる丸太ホテルに泊り込んで了つた。玄真坊は奥の二間造りの別室に居を構へ、種々とタラハン城転覆の夢を辿つてゐる。そこへ下女が茶を汲んで出来り、
『モシお客様、主人から、ネーを承はつて来いと仰せられましたが、どうか此宿帳にお記し下さいませ』
玄『あゝよしよし』
と云ひ乍ら、スラスラと宿帳に記した。宿帳の面にはバリヲンと書き記し、
玄『俺はな、ハルナの都から遙々と大黒主さまの命令に仍つて、諸国視察の為行脚に出て来てゐる者だが、最早七千余国は遍歴済となり、当家に於てゆるゆると二三ケ月許り休息さして貰ふ積りだから、主人に宜しく云ふてくれ。そして宿賃には決して心配かけないから、朝夕の膳部にはな、気をつけるやうに頼んでおく』
といひ乍ら、宿帳を二三枚繰返してみると、二三日前から、コブライ、コオロが泊つてゐると見えて、自筆の姓名が記してある。玄真坊は何食はぬ面して下女に向ひ、
『ここにコブライとか、コオロとかいふ客は泊つて居ないかのう』
下女『ハイ、泊つて居られましたが、昨日の日の暮に、一寸そこ迄見物に出ると仰有つたきり、まだお帰りになりませぬので、心配をしてゐる所で御座います』
玄『あゝさうか、フーン』
下『何か貴方、此方に御関係が御座いますのですか』
玄『ナーニ別に関係も何もない、見ず知らずの人だが余り面白い名だから、一寸尋ねてみたのだ。ヨ、之は俺の心付だ』
と云ひ乍ら懐から鳥目を取出し、下女に投げ与へた。下女は喜んで押し戴き、母家の方へ帰つて行く。後に玄真坊は腕を組み吐息をつき乍ら、
『アーア、世間と云ふものは広いやうでも狭いな。三月以前に追手にかかり、彼等両人にはぐれて了ひ、何処へ行つたかと思ふてをれば、而も同じ宿に泊つてゐたとは実に不思議だ。ア、察する所、彼等両人は此俺がタラハン市へ大望遂行の為に来てゐるに違ひないと目星をつけ、彼方此方と行方を捜してゐるのだらう。何れ今日明日の内には帰つて来るだらうから、様子も分らうし、マア緩り休養せうかい』
と独ごちつつ肱を枕にゴロンと横たはり、グウグウと雷の如うな鼾をかいて寝て了つた。
 少時すると又もや下女がやつて来て、
『モシモシお客さま、エー、貴方のお話になつて居つた面白い名の方が二人帰つてみえました。御用がありますなら会ふて上げて下さいませ』
 玄真坊は目をこすり乍ら、
『ナアニ、コブライ、コオロの両人が帰つたといふのか』
下女『左様で御座います。二人のお客さまに、貴方の御面相から、お背恰好をお話し申しましたら、お二人さまは、どうか其方に一目会ひたいものだと仰有るのでお伺ひに参りました』
玄『別にそんな野郎に会ふ必要もなし、見た事もない男だが、所望とあらば、俺も一人だから、退屈ざましに会つてやらう、ソツと此方へ通してみてくれ、首実検の上、言葉をかけてやるかやらぬかが定るのだ』
下女『左様なら さう申し上ます』
と云ひ乍ら別れて行く。少時すると二人はドヤドヤと玄真の居間にやつて来た。
コブ『イヤー、親方、どうも久振りだつたな、一体何処をうろついとつたのだい、どれ丈捜したか知れないワ、のうコオロ』
 玄真は右手を上げて空中にふり乍ら、
『オイ小さい声で云はないか、近うよれ近うよれ』
コブ『ハイ』
と云ひ乍ら耳許に両人共より添ふた。
玄真『どうだ、タラハン城の様子は……偵察したか』
コブ『ハイ、大変なこつて御座いますよ。タニグク山の岩窟で吾々の親分になつて居つた、あのシヤカンナさまが左守の司となり、娘のスバール姫は王妃殿下と成上り、立つ鳥も落す如うな勢で、城下の人気と云つたら、素晴らしいものだ。今日のシヤカンナは泥棒の親分でなく、最早一国の主権者も同様だ。玄真僧都の目的は、マアマアマアここ百年や二百年は到底立ちますまいよ』
玄『何と、人の出世といふものは分らぬものだの。ウン、さうか、あの爺、又元の左守に還元しやがつたな。ヨーシ、それを聞くと、俺もむかついて堪らぬ。何だシヤカンナの爺が一国の棟梁とはチヤンチヤラ可笑しいワ。併し両人、大分に稼いだらうな』
コブ『稼いでみましたが、ヤツとの事で両人が宿賃が払へる位なものです。然し乍ら金の在所は沢山に見届けておきました。どうも大将の智慧を借りなくちや、吾々の手に合ひませぬワイ』
玄『フン、さうか、それぢや今晩一つ、何処の宝庫を拐かしてみようかい』
 それより三人は浴湯を使ひ夕食を了り、又もや一間に入つてコソコソと大望遂行の下準備の相談をやつてゐた。
 三人は愈左守司の屋敷へ忍び入り、しこたま金をふんだくらむと覆面頭巾の扮装で裏口からソツと抜け出し、町裏の細路を伝ふて、左守の館をさして忍びゆく。折柄チヤン チヤン チヤン チヤンと半鐘の声、瞬く内に炎々天を焦してタラハン市の目抜の場所と聞えたる広小路が焼け出した。殆んど森閑として山河草木居眠つてゐたやうな星月夜も俄に目を醒したやうに、あたりが騒がしくなつて、何処の家も彼処の家も火消装束でトビを担げて飛び出し、危険で堪らず、三人は或家の軒下に身を忍び、又もやコソコソと相談を始め出した。
玄『オイ今夜はダメかも知れぬぞ。これ丈何処の家も何処の家も一度に目を醒し、トビを担げて飛び出してゐやがるから、街道の混雑といつたら大変なものだ。こんな晩に仕事をしなくても又明日の晩があるぢやないか』
コブ『泥棒稼ぎには持つて来いの夜さですよ。何奴も此奴も火事の方に気を奪られてるから、火事泥と云つて、何処彼処となし火消に化けて飛び込むのですよ。あ泥棒はこんな時に限りますよ、のうコオロ』
コオ『ウンそらさうだ、今一番現ナマを余計持つてる奴、左守の司と云ふ事だ。何時も彼奴の家には衛兵が三四十人は居やうが、こんな時は余程の大火事だから、皆火消に出てゐやがるから家はがら空だ。サ、行かうぢやないか。ナ、千万両の金をふんだくり、其次にや民衆を買収して、タラハン城の転覆を企てるには恰好の時期だ。玄真さま、こんな可い機会はありませぬよ。左守の屋敷はすつかりと査べておきましたから、私に案内さして下さい』
玄真『成程、お前の命令には従はねばならぬのだつたな。ヤ、こんな命令なら服従する』
と云ひ乍ら、自分の身に災難が罹るとは、神ならぬ身の知る由もなく、火事の騒ぎに紛れて左守の裏門より、ソツと三人共忍び込んで了つた。
(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 松村真澄録)
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