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文献名1霊界物語 第80巻 天祥地瑞 未の巻
文献名2第1篇 忍ケ丘よみ(新仮名遣い)しのぶがおか
文献名3第1章 独り旅〔2005〕よみ(新仮名遣い)ひとりたび
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ水上山に国土の司の長男であった艶男(あでやか)は、竜の島根に行くことになり、竜女たちの恋の嵐に取り巻かれた。竜女のひとり、燕子花(かきつばた)との恋に落ち、一緒に竜の島根を抜け出して、水上山に帰り、燕子花を妻とした。しかし燕子花は出産後に竜神の体に戻っていたところを艶男に目撃され、恥ずかしさのあまり大井川の淵に身を沈めてしまった。竜の島根から艶男を追ってきた三柱の竜女神の霊と燕子花の霊は恋を争った。その激しさに艶男はついに淵に身を投じたが、暴風、大雨、地震が起こり、水上山は修羅の巷と化した。阿鼻叫喚の地獄となってしまったが、御樋代神である朝霧比女の神が四柱の侍神を従えて水上山に降臨し、言霊によって天変地異の惨状をしづめた。朝霧比女の神は、国司夫婦を引退させ、艶男と燕子花の子・竜彦が成人するまで、重臣の巌ケ根に水上山の国政を託した。竜彦は侍神の子心比女の神が預かることとなり、御樋代神一行は高光山に宮居を定めて国土に君臨することとなった。その後、巌ケ根は、予讃の国の国務を余念なく務めることとなった。水上山から高光山までは、三百里の遠距離であったが、その間の開拓を成し遂げようと、巌ケ根は日夜心を砕いていた。巌ケ根には、四人の息子、春男、夏男、秋男、冬男がいた。葭原の国土は、地上一面葭草に覆われ、その間に水奔草(すいほんそう)というものが発生していた。水奔草は見た目は美しいが、毒をもち、これに触るものはたちまち命を落とした。それがために国津神も禽獣虫魚も原野に住むのを恐れていた。原野に住んでいたのは、甲羅のある鰐に似た怪獣と、蛇とカデを混同したようなイチジという爬虫族のみであった。巌ケ根はこの原野を開拓しようと、まず四男の冬男を高光山まで派遣した。冬男はまず国土を視察しようと、水奔草の茂る原野を勇んでまい進していた。すると、一つの低い丘山に行き当たった。ここには多くの国津神があちこちに穴を掘って住居し、やや広い村を形作っていた。しかしこれは実は生きた人間ではなく、水奔草の毒にあたって生命を失った水奔鬼という幽霊の集団であった。そのようなことは露知らない冬男は、この丘のとある小さな家に一夜の宿を乞うた。すると屋内より、年老いた白髪異様の婆が現れ、「笑い婆」と名乗った。婆は笑いながら歌を歌い、娘ともども冬男を歓迎しようと述べた。冬男は婆の勧めに屋内に進み入ると、容色端麗な乙女が三人、笑みをたたえて愛想よく迎え出た。そして、冬男を誘惑する歌を歌った。冬男は困惑を歌に現すが、終日の旅行に身体縄のごとく疲れ、ぐったりとその場に倒れ伏してしまった。
主な人物 舞台 口述日1934(昭和9)年07月26日(旧06月15日) 口述場所関東別院南風閣 筆録者森良仁 校正日 校正場所 初版発行日1934(昭和9)年12月5日 愛善世界社版 八幡書店版第14輯 295頁 修補版 校定版15頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm8001
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本文  人を喜ばせ、人を泣かせ、人を怒らせ、人を死なしめ、山野を滅尽し、大廈高楼を覆へして修羅の巷と世を化す魔物は、大三災の風水火ならずとも、小三災の飢病戦の災ならずとも、表面より見れば、さも美しく味ひよく、春陽の気を四辺に漂はしむる恋愛そのものである。雲の上人も、農工商も、ルンペンも、禽獣虫魚も、恋のためには、生命を賭して戦ふものである。
 茲に水上山の館に、国土の司として鎮まれる艶男は、竜の島根にゆくりなくも救ひ上げられ、恋の嵐、愛の雨、情の礫に取りまかれ、不知不識に落城して、人面竜身の燕子花の恋に囚はれたるが、数多の女竜神等の羨望の的となり、竜の島ケ根に居たたまらず、燕子花と諜し合はせ、月夜を幸ひ、窃かに竜の都の表門を忍び出で、八尋鰐や水火土の神の舟に助けられ、水上山の父母の館に帰り、燕子花を妻となし、琴瑟相和して楽しき月日を送りけるが、好事魔多しとの譬に洩れず、竜の島根の女神、白萩、白菊、女郎花の三人は元の竜体と変じ、玉耶湖の波を渡りて、艶男の住まへる水上山の麓を流るる大井川の対岸、藤ケ丘に身を潜め、艶男の日夜の声を聞きて楽しみ居たりけるが、茲に艶男の妻燕子花の子を生める苦しさに、元の竜体となりて玉の御子を抱き寝れるを垣間見され、その恐ろしき姿に仰天して、艶男は吾館に逃げ入りて震へ居たりける。
 さて燕子花は、その浅ましき竜体を夫に見付けられしを恥ぢ、御子を産屋に残し置き、大井川の深淵に身を投じて淵の鬼となりけるを、妻の愛情忘れ難く、恐は怖はながら、恋しさ、悲しさ、大井の淵に舟を浮べて清遊を試むる折、白萩、白菊、女郎花の竜神の霊、燕子花の竜神と恋を争ひ、互に鎬を削りて、口を紅に染めけるが、艶男も堪りかね、忽ち淵に身を投じたるより、天地震動し、暴風吹き起り、大雨頻りに臻り、忽ち暗黒界と化し、水上山の聖場は修羅の巷となりにける。国津神は嘆き悲しみ、阿鼻叫喚の地獄を現出したる折もあれ、御空の雲を分けて悠然と水上山の頂上さして、御樋代神なる朝霧比女の神は、四柱の侍神を従へ降りまし、厳の言霊を宣り上げて、天変地異の惨状をしづめたまひて、天国浄土を築かせたまひ、艶男と燕子花との中に生れたる嬰児の竜彦が成人するまで、子心比女の神に托し給ひ、世継の御子を失ひし老夫婦を退隠せしめ、重臣の巌ケ根をして、竜彦の成人まで国務を預らしめ置きて、茲に朝霧比女の神は従神と共に生言霊の雲を起し、遥かの空に聳ゆる高光山の東面に御宮居を定め、永遠に此国土に君臨せむと出でさせ給ひける。跡に残りし巌ケ根は、御樋代神の神言畏み、老いたる君に仕へつつ、予讃の国をして至治泰平の世となし、老身夫婦の心を慰め、御樋代神の恩命に報いむとして、朝な夕な神を祈り、国津神を愛み、以て国務に余念なかりける。
 水上山より以東約十余里の地点は、山神彦の力によりて開拓され、国津神等も心を安んじて耕作の業に従事し居たれども、高光山の山麓までは約三百里までの遠距離あり。而して高光山以西は御樋代神の御命令に依り、水上山の国館の執政巌ケ根は、如何にもして開拓せむと日夜焦慮しつつありける。この巌ケ根は意外の子福者にして、春男、夏男、秋男、冬男の四柱の男子を持ち、何れも一人世に立つまでの成年者なりける。
 葭原の国土は其名の如く地上一面葭草に充たされ、其間に水奔草なるもの発生し、黄色き花を開き、外面より見れば実に美はしき花なれども、其花に葉に茎に強き毒を含みて、之に触るるものあれば、何れも其毒に中り、忽ち生命を落すが故に、国津神等も禽獣虫魚も、其難を恐れて広き原野に棲むものなかりけり。只生命を保ち得るものは、甲羅のある鰐に似たる怪獣と蛇と蜈蚣を混同したる如きイヂチといふ爬虫族の棲みて、あらゆる人畜に害を与へれば、国津神の住むに応はず、開拓の始めより葭草や水奔草の茂るに任せありけるが、その物凄きこと言語に絶せり。巌ケ根は此荒地を開拓すべく、先づ第四男の冬男をして冒険的旅行を為さしめ、高光山の頂上に遣はしにける。冬男は只一人父の命を奉じ、雄心勃々として際限なき原野を開拓せむと、先づ第一着手として国形を視察せむと、全身を皮衣に固め、水奔草の生ひ茂る中を勇往邁進せるが、一つの広き低き丘山に突き当りける。此処には数多の国津神が彼方此方に穴を穿ちて住居し、稍広き村落をなしけるが、何れも生きたる人間にあらず、水奔草の毒に中りて生命を失ひし水奔鬼といふ幽霊の集団なりける。斯かることとは露知らぬ冬男は、此丘にたどりつき、とある小さき家に立寄り、一夜の宿を乞はむと門に立ちて訪ふ。
『醜草の生ひ茂りたる荒野越えて
 来りしものよ一夜の
 露の宿りを許せかし
 吾こそは水上山の神館に
 時の執政巌ケ根が
 四男と生れし冬男なり
 此国原を開拓かむと
 父の御言をかがふりて
 毒草茂る荒野越え
 高光山の聖場に
 進まむ道を黄昏れぬ
 一夜の宿り許せよ』
と歌へば、屋内より年老いたる白髪異様の婆、跛曳き曳き門口に立ち現はれ、

『国津神吾は笑ひといふ婆ア
  おかまひなくば宿らせ給へ。

 アハハハハ吾はをかしき癖ありて
  人の顔さへ見れば笑ふも。

 イヒヒヒヒ
 ウフフフフ
 エヘヘヘヘ
 オホホホホ
 をかしやをかしやおもしろや
 この婆久しくここに棲みなれて
 神代の事もことごとく
 つぶさに知れり一夜は
 いふも愚かや三日五日
 十日二十日もかまはずに
 留まり給へ吾家は
 穢けれども奥広し
 玉をあざむくまな娘
 山、川、海の三人持ち
 いと安らかに暮すなり
 先づ先づ奥へ進ませ給へ
 アハハハハ
 イヒヒヒヒ
 ウフフフフ
 エヘヘヘヘ
 オホホホホ
 あな面白や、あなをかしやな』
と言ひつつ、婆は腹を抱へ大地にのた打ち廻りて、をかしさに堪へかぬるものの如し。
 冬男は婆の勧めによつて、奥深く進み入れば、容色端麗なる二八の乙女三人、笑を湛へて愛想よく出で迎へ、

『君こそは水上の山の聖場より
  来りし神か雄々しき姿よ』

と先づ姉の「山」が歌へば、次なる妹の「川」は其後をついで、

『美はしき大丈夫なるよその眼
  その顔は月に似たるも。

 夜な夜なに吾夢に見し艶人は
  君の姿によく似ましけり。

 この丘に朝夕住みてなつかしの
  君の出でまし待ちわびしはや。

 君こそは吾背の君と定まりし
  此村里の司にますぞや』

 海は歌ふ。

『姉妹が今か今かと待ちわびし
  美しの君に会ひにけるかな。

 此里に出でます上は元津国に
  帰しはやらじあきらめ給はれ』

 冬男は怪訝な顔をしながら歌ふ。

『あやしかることを聞くかな吾は今
  国土開拓かむと進み来るを。

 一夜の宿りを乞ひて明日は早く
  高光山に旅行く身なるよ。

 美はしき三人乙女に止められて
  吾魂はをののきにけり』

 山は歌ふ。

『怪しきはうべなり恋のくせものに
  とりかこまれし君にありせば。

 醜草の野路を渉りて来し君は
  再び御国に帰り得ざらむ。

 如何程に藻掻き給ふも三人の吾等
  如何で許さむ明日の旅出を』

 冬男は歌ふ。

『御樋代の神の神言を畏みて
  国形見むと来りし吾なり。

 なまめかしき三人の女の言の葉に
  留まるべしやは国津神吾は』

 川は歌ふ。

『吾姉の宣る言の葉をいなみまさむ
  君に力の如何であるべき。

 恋すてふ心をもたぬ大丈夫は
  木石に似て醜のたぶれよ。

 此里は寝たびの里よ村人は
  如何で君をば安く帰さむ』

 冬男は歌ふ。

『おそろしき醜草原を過ぎて来し
  吾は再び女になやむかも』

 海は歌ふ。

『道の辺の水奔草のわざはひに
  かからせ給ふ君と知らずや』

 冬男は歌ふ。

『皮衣着つつ過ぎ来し吾なれば
  如何で生命にかかはりあるべき』

 斯く歌ふ折しも、以前の笑ひ婆は跛曳き曳き奥に入り来り、

『三人の娘の力に及ばずば
  吾何処までも許さざるべし。

 ハハハハハ
 イヒヒヒヒ
 さもいぢらしき男かな』
と言ひつつ再び表をさして出でて行く。冬男は終日の旅行に身体縄の如く疲れ、グツタリと其場に伏しけるが、三人の乙女は、頭辺に、足の辺に、腰の辺に、喰ひつく様にして、何かひそひそ呪文の如きものを唱へ居たりき。夜は深々と更け渡り、此の丘の辺に棲む禽獣虫魚の怪しき声は、四辺の闇をさいて次第々々に高まり来る。
(昭和九・七・二六 旧六・一五 於関東別院南風閣 森良仁謹録)
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