文献名1大本七十年史 上巻
文献名2第4編 >第1章 >2 霊界物語の内容よみ(新仮名遣い)
文献名3あらすじよみ(新仮名遣い)
著者大本七十年史編纂会・編集
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データ最終更新日2023-09-20 14:43:52
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〈国祖国常立尊の神政〉大宇宙の大元霊神たる大国常立大神(天之御中主大神)の無限絶対無始無終の神力によって宇宙は創造され、その分霊神たる国祖国常立尊は妻神豊雲野尊とともに地球の世界を修理固成した。国祖は地の高天原を神都とし、地球上一体としての祭政一致の神政をひらいた。まず天地の律法をさだめ、霊主体従を基本方針として、天使長に神示をつたえ、神政にあたらしめた。世界各地に一二の国魂神を配置し、神政を分掌せしめて世界の経綸を遂行した。しかるにあまたの神人は、次第にわがまま勝手な気風となり、体主霊従(われよし)を方針とする盤古大神やその系統の神人、および力主体霊(つよいものがち)を方針とする大自在天神やその系統の神人に邪霊が憑り、地上の神界を混乱の極にたちいたらしめた。
ここにいう邪霊は、八頭八尾の大蛇・金毛九尾の悪狐・六面八臂の邪鬼の三種である。邪神に憑依された盤古大神系および大自在天神系の暴挙はげしく、国常立尊の分霊神たる稚姫君命ゃ、豊雲野尊の分霊神たる大八洲彦命(天使長)たち、また金勝要神の分霊神たる神人たちは、あいついで隠退させられた。ついには地球の主宰神国常立尊は隠退して「艮の金神」と称せられ、豊雲野尊も隠退して「坤の金神」と称せらるるにいたった(『物語』1~4巻)。
〈盤古大神の神政〉そのあとをうけついだ盤古大神の体主霊従にもとづく和光同塵の神政は、怪事百出し、おさまりようがなかった。やがて大自在天神一派がこれに対抗したので、地上の神界は勢力二分し、混乱に混乱をくりかえした。国祖艮の金神は野立彦命と名をかえて天教山(富士山)にあらわれ、坤の金神は野立姫命と名をかえて地教山(ヒマラヤ山)にあらわれ、正しき神人を集めて宣伝神とし、世界の各地に派遣して国祖の預言警告を宣伝せしめた。盤古神王(盤古大神)や常世神王(大自在天神)は神教に帰順したが、偽盤古神王(ウラル彦命)はしばしば反抗的態度をとり、神人を寵絡したため地上の神界をますます紛糾せしめた。
このようなとき、かねて警告されていたように天地は変動し、五六七日にわたる大洪水と大地震がおこり、地上のすべては滅亡するかと思われたが、艮の金神・坤の金神の至仁至愛のとうといあがないにより、すべてのものは救われた。この大変動によって地軸はおおきく傾斜した。ここで注意すべきことは、艮の金神がふたたびあらわれるまで、地上霊界の主権は盤古大神にゆだねられていたことである。
〈天津神の経綸)大宇宙の主神たる大国常立大神は、伊邪那岐尊、伊霊邪那美尊を降臨せしめ、大洪水後の地球を修理固成し、「国生み・神生み・人生み」の神業を進めさせられた。ところがウラル彦の創設した「大中教」によって、地上の神人は極端な利己主義となり、ふたたび世は暗黒となってきた。そこで伊邪那美尊の神業を補佐するため、野立彦命は埴安彦命とあらわれて「五大教」をひらき、野立姫命は埴安姫命とあらわれて「三大教をおこし、両教を合一して「三五教」が出現し、救世の道がひらかれた。大本出現の由来はことに発しているとするのである。
伊邪那美尊が地上の神政の中心となり、天教山の木花咲耶姫命は神の経綸をつかさどり、日の出の神はその神命のまにまに、世界の各地に神教を宣伝し、各国魂や神柱を抜擢し、かつ養成するために活動をつづけられた。
その後ロッキー山で伊邪那美尊と偽称した大自在天神一派の魔軍にたいし、日の出の神は伊邪那岐大神の神軍をひきいて決戦(黄泉比良坂の大戦い)し、ついにその魔軍を言向けやわして、天教山にがいせんした。(『物語』6~10巻)
〈素盞嗚尊の神政〉ついで伊邪那岐尊の「ミソギ祓い」によって顕現をみる天照大御神に太陽界を、月読命には大陰界を主宰せしめ、豊雲野尊が神格化して顕現化した素盞嗚尊には大海原(地球)の主宰をまかすことになった。
ところが、国常立尊の系統の神々を隠退せしめた魔神の暴動により、ふたたび地上は妖気にみちみち、収拾すべからざる状態にたちいたった。正神界でも素盞嗚尊にたいする疑惑がおこり、天照大神と素盞嗚尊との「誓約」となり、五男神と三女神があらわれることになる。ここで素盞嗚尊の清明無垢の精神があかされたが、八十猛の神の無暴な振舞いのため、天の岩戸がくれとなり、六合はすべて暗黒となった。
やがて天の岩戸はひらかれたが、素盞嗚尊はこの事件の責任を問われ、千座の置戸を負わされて、「神やらい」にやらわれた。(『物語』10~15巻)
〈救世神素盞嗚尊の神業〉神やらわれた素盞嗚尊は、地教山における母神伊邪那尊の神勅により、贖罪神として救世の神業を開始された。西蔵の民衆を救ったのちフサ(イラン)の国、産土山の高原にいたり、ここを経綸地としてイソの館をつくり、この神館を三五教の拠点とした。素盞嗚尊は、その子の八島主命を館の留守居とし、全世界にわだかまる大蛇や悪鬼などの邪霊を言向けやわすため、正しき神人および宣伝使を各地に派遣し、素盞嗚尊みずから変現出没して、救世の活動が展開されることになった。
言依別命は、素盞嗚尊の神命のまにまに教主となり、おのころ島(日本)の国祖の分霊である国武彦命が、時節をまって隠棲されていた四ツ尾山麓(綾部)に錦の宮を造営し、玉照彦と玉照姫の神司を奉じて三五教の聖場をひらき、その教勢は遠く海外までおよんだ。
一方、ウラル彦は常世の国(北米)で大自在天神を主祭神とあおぎ、霊主体従を標榜して極端なる難業苦行の「バラモン教」をひらき、大自在天神の子の大国別命を教主とした。大国別命は、その後エジプトやメソポタミヤへと転々して、ここで死没し、その子の国別彦(後のサガレン王)は追放されてセイロン島にわたった。大国別命の死後、教主となった鬼雲彦の一派は、おのころ島の大江山や三岳山・三国ガ岳にたてこもり、つぎにペルシアに逃げ、ついに印度のハルナの都(ボンベイ)に本拠をかまえ、大自在天神の直系大黒主の神と偽称して、旭日昇天のいきおいとなった。
バラモン教をひらいたウラル彦は、これよりさき、盤古大神を主祭神とする体主霊従の「ウラル教」を開設していたが、ウラル彦の落胤である常暗彦は、印度国のデカタン高原の東北方、カルマタ国に根拠をかまえてから、一時おとろえた教勢をもりかえし、ウラル彦のひらいた教であるバラモン教を帰順せしめ、三五教をほろぼそうとくわだてていた。バラモン教の大黒主は、これを耳にし、ウラル教の本城へは大足別の部隊を、三五教のイソ館へは鬼春別を進撃せしめた。
素盞嗚尊は印度のみは手をつけず、世界各地に宣伝使を派遣して教化につとめていたがついにハルナの都の大黒主に憑依する八岐の大蛇の悪霊を言向けやわすため、黄金姫・清照姫の親子をはじめ、照国別・玉国別・治国別の宣伝使、最後に稚姫君命の再来たる初稚姫の宣伝使をイソ館からつぎつぎに進発せしめた。
これらの宣伝使たちは、ハルナの都をめざして進みゆく途中、いくたびかの危難にあいながら神助をえて、神教宣布の旅をつづけ、いよいよハルナの都にせまったところで、物語第七二巻がおわっている。(『物語』39~72巻)
その後の物語は、文中を総合すると、神素盞嗚大神が三五教の宣伝使をひきい、ハルナの都にせまると、大黒主はふたたびおのころ島の出雲の国にのがれてくる。神素盞嗚大神は、大黒主に憑依する八岐大蛇の邪霊を言向けやはし、「叢雲の宝剣」をえて、これを天祖にたてまつり至誠を天地に表明し、五六七神政を成就して、国祖国常立尊を地上霊界の主宰神たらしめるということで、『霊界物語』が完結をむかえることを主軸とした内容となるものであったと推定される。
〔写真〕
○霊主体従 第1~12巻 p657
○如意宝珠 第13~24巻 p659