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文献名1その他
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3宗教と愛善苑を語る(座談会)よみ(新仮名遣い)
著者
概要
備考出典:『愛善苑』第二号(昭和21年6月1日発行)P5~10 発言者:真渓涙骨(またに・るいこつ、愛善苑顧問、中外日報社主)、牧野虎次(愛善苑顧問、同志社大学総長)、出口伊佐男(宇知麿、愛善苑委員長)、出口貞四郎(三千麿、愛善苑委員)の4人。
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-11-01 08:14:27
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本文

宗教と愛善苑を語る(座談会)




真渓涙骨
牧野虎次
出口伊佐男
出口貞四郎

 二月十日は上天気で、寒いながらも流石に立春を過ぎた山の樹々には新芽のもよひが感ぜられ、陽の光にも何となく春めいた明るさが充ちてゐた。この早春の光をあびて天国の姿そのまま信農一如の営みに輝く亀岡中矢田農場を訪れた愛善苑の両顧問、真渓涙骨氏(中外日報社主)と牧野虎次氏(同志社総長)。玄関口から涙骨氏独特のアハハハの爆笑があたりをどよもすといふ調子で出口伊佐男氏、貞四郎氏、新衛氏、榮二氏、光平氏等、若い苑の設立者との間に、全く親子のやうな親愛の雰囲気の中に歓談が交はされた。




【真渓】 この近くの出雲神社の宮司の広瀬さんが二三日前に社へ電話をかけて来られて、昨夜のラヂオで戦争犯罪人として真渓の名が出てゐたやうに思ふが異変はありませんかと訊ねて下さつたさうですが、聞いて見ると、愛善苑のことを放送した中に私等の名前があつたのを聞違へたのですね。

【牧野】 それでは私も戦争犯罪人のお仲間入りをさせられたのですねアハハハハハ

【伊佐男】 あの放送は朝日新聞に出た記事そのままです。愛善苑にお二人の名前が出ることが異様に感ぜられるやうで、非常な反響を呼んでゐますね。

【牧野】 私のところへも、君は大本教の顧問になつたさうだが、どういふわけだといつてエライ真面目な態度で詰め寄つて来た人があつた。

【真渓】 もう余り説明せんでおきませう、或人が牧野先生のところへ来て是非一緒に連れて行つてくれ、それは果して本物か贋物かを見届けてやるといふのです。

【貞四郎】 親切なのですね。先生のために心配してゐるのですよ。こちらも責任があるわけだ。

【伊佐男】 本当に責任がありますよ。

【牧野】 何もお役に立たぬのに余り人々の注意を引いては恐縮に思ふわけですが、この間私の気のついたのは、朝日でしたか、あなたのお話しとして、従来出口家といふものとの関係が一緒であつたのを、全く別なものにして出発するといふことが出て居りましたが、あれは世人の誤解を一掃する上に大変良いことと思つて大いに同感致して居つたのですが……

【伊佐男】 愛善苑の出発は全然新発足であるから世襲制といふやうなこととは関係は無いといふことを言つたのです。今宗団の大きな問題になつて居るやうですね。

【真渓】 事実としては結局同じ所へ行くのですが、ハツキリ名分を明かにしておくといふことは良いことと思ひます。しかしなかなか容易なことで分けられるものではない、例へば本願寺でも寺と大谷家を分けるといふやうなことを言ひますが、幾ら分けても事実としては同じことです。何としても選挙でやつても大谷光照はきつて出ます。こちらでもきつと出口伊佐男氏が出ます。

【牧野】 ボツタム宣言でも日本の民意を認めるといふのですから、建前はさうしておかうといふわけです。

【伊佐男】 西本願寺の法主さんが真渓先生のお宅を訪ねられたやうですね。

【真渓】 あの人だけが本当に真剣に悩んで居ります。責任を感じて居ます関係もありますし、やはり、それだけ鋭いのですね、けれども何う思召すか知れませんが、私としては本願寺に対する任務が終つたのです。あの象牙の塔に閉籠つて居る上人様を街頭に追出したのですから……私が言ふと大変おかしいですが……

【牧野】 真渓さんにして初めて出来たことです。

【真渓】 これから後は自分で切拓いて行つたら良いのです、法主でも実に変りました。私らが行きましてもちつとも垣を設けません。今まではうるさくて会はうと思つてもなかなか会へなかつたものです。この間も同朋社の帰りがけに一寸寄りました。何も用事が無いのだがと言ひましたが、是非一寸でも上つてくれといふので上りました。さうすると回りの者は、皆居らぬやうになつてしまふ──訓練されてゐるのですね──さうして私と法主だけになります。別に秘密な話も無いのですが……さうして出て来る時、寒い日でしたが、玄関の所まで来て見送られる。生憎ダツトサンが喘息を起して幾ら注射をやつても動かぬ。どうぞ入つて下さいと言つても入らないで、じつと立つて見送つて居られましたが、かういふ事は実に画期的なことです。非常になつかしい人です。……先日は要法寺といふ法華のカチカチ──念仏無間禅天魔といつて排斥する法華の本山へ門徒の中枢を引出し、それにカトリツクやキリスト教、金光教などまで来たのですから、その事だけで座談会以上に意義があります……東本願寺は奥さんといふスペキュレーションを持つて居りますからこれには皆が押され通しに押されて来たのです。これも一寸精算されて来ました。

【牧野】 さういふ所は非常に影響して来たでせうね。

【真渓】 この間、私の家へ来られた時「大分風当りが強くなりましたが奥さん何うします」──「奥さん」などと言ふのは私だけでせう──さうしたら「私はちやんと覚悟致して居ります」と言つて居られました。息子さんを連れて突然三人で私のところへ来られたのでビツクリしました。今帝大に居られるのですが、良い息子さんですね。
 今、現実の世界としては非常に複雑して居りますから、仕事をする時には矢張り線を幾つも書いておかんといけませんね。第一線にはこれだけ、この人間は第二線まで、この人間は、第三線までといふやうに識別がなければいかんでせう。

【牧野】 識別と無差別と両方ですね。

【真渓】 すべてを抱擁せねばならぬが、識別するといふこと、それがすべてを抱擁する道ですね、この間西の法主にも言つたのです。警戒するのとは違ふが、この人間はこの位のものだなといふ眼識がなければならぬ、それは中心人格の最も大事な所だ、わかりますかと言つたら、解りますと言つて居りました。これから私は余りあなたの所へ来ません、この上へばりつくことは嫌だ、だから御自由におやりになるとよい、私は遠くから見て居つて、こいつはいかん。危いと思つた時だけ言いに参りますわ、とこんなエラさうなことを言つて来たのですが……

【貞四郎】 本願寺顧問ですね。

【真渓】 顧問となるとかなわん。おいてき放りを喰つたやうで……顧問といふのは一種の偶像ですからね。或る意味で後になると邪魔物扱ひされるやうになるものですから、それまでにこちらは引込まぬと……

【貞四郎】 両先生は或る意味で仏教界とキリスト教界を代表していただくわけですから、よろしくお願ひ致します。

【真渓】 愛善苑は実際理想的なものですね。もう一ついへば、今全国の者は皆が或る意味で戦争犯罪人ばかりで、多少とも犯罪の臭気がある。それが無いのは此処だけです。

【牧野】 その通り。

【真渓】 神様の摂理でせう。その間放り込んでおいてくれたのですから明かに無傷ですね。一番傷の多かつた者が無傷になつたのだから面白いね。

【伊佐男】 愛善苑は出口王仁三郎、真渓涙骨、牧野虎次、このお三人の合作で大渦を捲起していただくのですね。私共は何彼と仕事の方はやらしていただきますから、大いに切回して頂きたいと思ひます。

【真渓】 さういふ事は言はずに……先生は真中に居つて眼識さへ光つて居つたらよろしい、我々も適当な所へ配置されて居るのだアハ……

【牧野】 全く……

【貞四郎】 牧野先生、アリカでは新教と旧教と何ういふ勢力ですか。

【牧野】 人数の上からいへば旧教の方が多いやうです。兎に角政治の方面から言ふと、カトリツクは一つですし新教の方は分れて居りますから政治的にいへば比較にならぬ程勢力が大きいです。カトリツクはローマ法皇の教書で一遍に一つになつてしまひます。新教はさういふわけには行きません。

【貞四郎】 大体国民の智識階級といふものはどちらに属するのですか。

【牧野】 それはプロテスタントの方が多いと思ひますが、しかしそれが派が幾つも分れて居りますから、政治的の勢力といふものはとてもカトリツクには対抗は出来ません。

【真渓】 妙にカトリツクと組合教会といふものは平素には親しまないで、むしろ対立したやうな形になつて居つたのですね、何ういふものでせうか。

【牧野】 これは所謂ルーテルの宗教改革以来の伝統で、ヨーロツパにはキリスト教会以外に他の宗教といふものは、マホツトなどはあつても問題にならぬ位で、キリスト教の中で新旧対峙が一番の対峙ですから、それで互ひに相手といへば、カトリツクからいへばプロテスタント、プロテスタントからいへばカトリツクと、他に無いのですから、それで互に先天的にといふ位に、相対する相手といふ風に考へられて居るやうです。

【真渓】 私共は狭い範囲ですが、触れて見た感じでは、妙にカトリツクの神父さんの方が新教の牧師さんより親しみを感じますね。

【牧野】 そのやうですね。

【真渓】 人間的に非常になつかしさを感ずる。新教の方へ行くと、どこかにシユンとした所がある。それは何故かといふと知識的階級の人が多いからだらうと思ふ。

【牧野】 名前からプロテスタントで反抗者なのですから、プロテスタントする人間だといふことが本人にも一番先に出て来ます。何事に対しても、プロテストするといふ感じがあります。

【貞四郎】 大体宗教といふものはさういふ二つの傾向を持つのぢやないのでせうか。一つは殿堂宗教に法悦を感じて行かうといふのと、一つは宗教を理性にあてはめて行かうといふのと、新教と旧教の二つの傾向はどうしても生じて来るのぢやないでせうか。

【真渓】 理性にあてはめて行かうとする時、弱さがありますね。

【牧野】 それはプロテスタントの弱点といへば弱点で、本領といへば本領で、兎に角ローマ法皇にプロテストしたのがプロテスタントですから出発点が反逆ですから……

【真渓】 今度の戦争以後、その間が若干解けて来たのぢやないですか。

【牧野】 第一次の欧洲戦争の時もアリカではプロテスタントとカトリツクは一緒になり、のみならずユダヤ教まで一緒になりました。恐らく今度の戦争でもさうだと思ひます。丁度日本で各宗教の信者等が大同団結の態度に出たのと同じやうに、殊にアリカの現在の軍隊では、軍隊布教師といふやうなものは新教とカトリツクとの区別をして居りません。一本建てです。プロテスタントもカトリツクも一視同仁です。中では区別して居りますが、軍隊付きのチヤプレンとしては一本建です。

【貞四郎】 宗教は殿堂ではないが、殿堂をすつかり無くしてしまつてもいけないのぢやないでせうか。

【牧野】 やはり象牙の塔みたいな組織と、そして実際社会に活躍する方面と両面がないといけないでせう。

【貞四郎】 ただ今までの日本の宗教が余りに殿堂に捉はれて居るからそれを破らなければならぬと言ふので本来は象牙の塔を持つて、而もその殻を破つた自由な所が必要ぢやないでせうか。

【真渓】 「変る」といふことが必要なのでせうね、走馬燈みたいに変つて行つて、変つて行くと終ひには同じ奴が出て来る、あれと同じことだと思ひますね、同じものが出て来るが「時」が違ひますわね。

【貞四郎】 成程時がね。

【真渓】 だから始終変るといふことがよいので、又変りつつあるのです(机の上の皿をとつて回しながら)丁度八角形の皿みたいなもので、ここがマルキシズム、ここは自由主義ここは何とかいふ風に幾つもありこれが回つて居る。この中に居る人間がウジャウジャしてゐる。マルキシズムの出た時は、マルキストが出て並ぶ。暫くするとスツと変る。さうすると又適当な人間が出てその面に躍る。暫くすると又変る。しかしそれは部分的に変つて居るので、全般的のものは中心を握らなければなりませんね。何処に向つても応用の出来るもの、大本などもそれを握らなければなりませんね。

【牧野】 その中心を握ることがなかなか容易ぢやないでせうが、中心を見分けることもなかなかむづかしいですね。

【貞四郎】 変るといふことが一番大事だと言はれるのですね、何ういふ風に変ることですか、今までの宗教の一番の欠陥といふものは何ですか。

【真渓】 商業化したことです。

【伊佐男】 適切なお言葉ですね。

【真渓】 信仰といふものを商業化したことです。だからそれをぶちこわさなければならぬ。殿堂が出来たり法主といふものが華族になつたり、あれが皆有象無象です。あれをこわさなければいかん、商業化した固まりを。私は終戦後初めて法主に会うた時に「なさけないものが残りましたね、若し爆弾でやられて居つたらよかつたのに、この殿堂が残つたために真宗の改革が五十年遅れた」と言つたのですが、実際遅れましたよ。それは皆肯定しますね。

【貞四郎】 将来殿堂が出来るとしても、現在は破壊される時代ですね。又古いものが出て来るかも知れんですね。しかしそれは将来であつて、現在はぶち破られる時だといふわけですね。

【真渓】 大本がぶち破られたといふことは進展ですね。そして八年も牢の中でじつとして居つたといふことは実に恵まれたことです。その間に死なずに居つたといふことは大きな神の摂理があると思ひますね。

【貞四郎】 殿堂が破壊されたといふことは結構ですね。

【真渓】 あれでスイとしたのです。だから私は再出発といふことは気に入らん、新出発ですよ。「再」の字はヤることだね。

【伊佐男】 その点は機会ある毎に強調してゐます。朝日新聞にも「新出発」と書いてゐました。再建の構想を聞きたいといふので、それをよく説明したのです。

【真渓】 どこにもこの型が無いのです。皆殻に納つたままで来て居る何とかして持つて行かうといふ努力に過ぎない。だから根本的でない。根本的に破つてしまふ時は素裸になります。それは言葉ではない。清濁併せ呑むとか、すべてを容れるといふやうな立場になると、旧来のものには少しもありません、此処だけです。そこに私らは非常な興味をもちます。原子爆弾で焼けた時、そこらに家が残つて居つたり大きな石が残つて居つたりすると其処からは新芽が生へません。やられる時はこつきりやられる。焦土化するといふことは非常によい一遍焦土化した時、初めてよい芽が吹く。大本は一ぺんは焦土化した。だから初めて新しい芽が吹く。他の方にはさういふ恵まれた世界はありません。

【牧野】 一時は罪のない石ころまで破壊されたが、考へて見ると今のお話の通りですね。

【伊佐男】 天の深い恩恵ですね。それは中に坐つてゐる時、しみじみこれで本当のものが出来ると感じました。

【真渓】 全く大本は無傷ですから、或る意味で神の摂理によつて大本といふものを残しておいたのでせうね。それで或る大きな使命を果させるために新出発させるのだと思つて行かねばならぬと思ひますね、さう信じます。

【伊佐男】 その意味で恵まれた境遇ですね。

【真渓】 五十年間既成の教団ばかり扱ふて来ましたが悉く失望より失望へです。こちらの思ふことが間違つて居るのかも知れませんが……

【貞四郎】 宗教界にも沢山人物が居られるでせうが、さういふ方々が殻を破らうとして破られず、そうした努力にムダな日を過されるのは惜しいと思ひますね。宗教界には人物は沢山居られるでせう。

【真渓】 それは居ります。居りましても人だけではあきません。時と背景が加はらねばならぬし、又しかし人が大抵時を作るので、そこまで行けば大きなものですが、──時に乗ぜねばならぬし、その時は必ず人が作るのですね。かうやつて居るうちに大きな時を作つて居るのですよ。

【貞四郎】 さういふ有能な人物が自由な天地を築かうとして築かれぬのは惜しい。

【真渓】 さういふ者が皆寄りますよ。そこに面白い使命が出て来ると思ひますね……、私等は年が寄つてあかんし、思想一つなし、信念一つなし──一寸卑下し過ぎたがアハハ……。──けれども一つの体験をもつてをりますから大抵めやすがつくのです。これは幾ら言つてもダだなといふことは直ぐめやすがつくのです。そこは相当に眼識をもつて居りますからアハハ……

【伊佐男】 なかなかすごい眼ですよ。

【牧野】 岡目八目で……

【真渓】 ついて行く時と離れて行く時の機微、それはまことに大事なものですね。それから又熱といふものは大事なものですね。熱意をもたなければ幾ら力んでもあかん。人に惚れたと同じです。理窟はわからんが惚れれば熱をもちますね。あなた方のやうな新しい清新なお方にさういふ話をしては非常にすまんが、私の体験だけです。体験であるから、こいつはダだなといふことは直ぐわかるのです。その時一寸転進する、ひよつと外すのです。そこがむづかしい所です。

【牧野】 以心伝心ですね。

【真渓】 不立文字が建前になつて居る禅宗の坊さんが長いお経を誦む、人の詣つてをらぬ時は短いが人が詣つてをると長い、又お布施が多いと長いのを誦む、皆商業化したものですね。

【貞四郎】 キリスト教の方には今のお話のやうな商業化したといふやうな点はありませんか。

【牧野】 さういふ嫌ひはありますね。殊にキリスト教の葬式には繁文縟礼の多いこと、過去はさうぢやなかつたのですが、何時の間にやら郷に入つて郷に従へといふのか、それでないと商売にならぬといふのか。

【真渓】 食はんならんですからね。出口家でも若し愛善苑で食はんならんやうになつたら必ずさうなりますよ。出口家の生活といふやうなものは切離しておかぬと……

【伊佐男】 今度は愛善苑の方は予算を立て、出口家の会計と切離したです。こんな機会がなかつたらなかなか行はれません。

【貞四郎】 プロテスタントはさういふ商業化されたものに対してプロテストして来たのですから、さういふ傾向が少いのぢやないですか。

【牧野】 やはり四五百年経つて来ましたからその間に俗化したといひますか。各々派により教会により、又国柄と環境なり時なりの関係で厚薄の別はありますが、今申した葬式の事は日本での話ですが、とんでもない見当違ひの人が出て来て弔辞を読んだりして、曾てはキリスト教の葬式は一番簡単で如何にも時代に適はしいと思つて居つたのが、今ではキリスト教の葬式が念が入つて時間がかかつて閉口だと感ずる人が段々出て来て居り、それはほんの一例で、やはりそういふ例に現れるほど俗化したといふわけでございませう。

【真渓】 実は初めは牧野先生は近寄り難いお方のやうに見えて居りましたが、最近段々とお交際するに従つて全く人に惚れてしまつた。珍らしいお方ですよ。それによくものが見えて居るのですから。

【牧野】 それは怪しい。

【伊佐男】 そして絶えず毅然たるものをもつて居らつしやつて決して時代におもねられない……

【真渓】 同志社総長といふ風に「長」になつたら大抵は、おづしの中に半分納められるものですが、先生はこれで青年ですよ。頭が禿げて居らうが白髪になつて居らうが、そんな事はどうでもよい、街頭へ放出しても堂々と通れる人だ。それを周囲の者がムリにおづしの中へ入れようとしたがるがそれは日本人の小ささです。

【牧野】 きつと取巻き連中が出来、さうして絶えずそれに「致」されてしまふ。

【貞四郎】 牧野先生はお幾つですか。

【真渓】 寅年でせう。

【牧野】 いや未です、羊ではあまり弱いといかんと思つて親爺が虎の名をつけたのぢやないかと思ひます。いかにも羊頭虎肉で、どういふ所から虎といふ名をつけてくれたものか親爺が早く亡くなつて尋ねる機会もなかつたのですが……

【真渓】 私は博打打ち的のところがあつてあの親分子分の意気といふものがとても好きなんです。私はさういふ所へ打込むのです。とてもたまらんね悪いですけれど……、この性格のために一生の中に幾ら損をしたか知れぬ、又得をしたことがあるかも知れぬが、兎に角「やつちやれ」といふ気分です。

【牧野】 私は同志社を卒業して最初の踏出しは北海道の監獄の教誨師でした。一年間ほど重罪犯人の友として殆ど朝暗いうちから寝るまで一緒に居りましたが、それが今日まで非常によい教訓になつて居ります。

【真渓】 教誨師でなくて囚人であつたら尚よかつたねアハハ……

【牧野】 実際さうですね。囚人を一人々々部屋へよんで来てよく言つて聞かせたことは、若し私が君の立場に居つたら同じ事をやつて居つたらう、いやそれ以上の事をやつて居つたらうと。それは心からさう思ひましたね。

【真渓】 惜しい事に囚人でなかつた。

【牧野】 全くさうです。そのために伊佐男さん等の御体験の所までよう行かなかつたのですから……

(完)

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