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文献名1霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻
文献名2第1篇 正邪奮戦よみ(新仮名遣い)せいじゃふんせん
文献名3第3章 十六花〔570〕よみ(新仮名遣い)じゅうろくか
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-01-16 01:24:08
あらすじ太玉命が路傍の岩に腰掛けて天津祝詞を奏上するおりしも、夜は明けてきた。そこへ、岩彦、梅彦、音彦、亀彦、駒彦、鷹彦らの宣伝使が、駒に乗ってやってきた。六人は、フサの都より、太玉命の加勢にやってきたのであった。悪神らは巨人と谷川の幻影を見せて一行の進入を阻もうとするが、太玉命らは見破る。一行七人は荘厳な城壁にまでついにたどり着いた。そして、顕恩郷の婆羅門の大将・鬼雲彦に合わせるよう門番を厳しく問い詰める。門番はあわてて、宣伝使たちを城に迎え入れた。婆羅門教の将卒たちが左右に整列して居並ぶ中を、宣伝使たちは奥へと進んで行った。十数人の美人が現れ、一行を奥殿に招き入れる。そこにはご馳走が並べられていた。鷹彦は美人たちに毒味を所望し、安全だとわかると岩彦は盃をぐっと飲み干した。しかし音彦と駒彦は食事に手をつけなかった。鬼雲彦夫婦が現れ、婆羅門教は霊主体従であり、三五教とは姉妹教にあたる、ぜひ提携したい、と腰を低くして挨拶した。そして美人の中の愛子姫、幾代姫に舞を舞わせ、酒食を勧めた。顕恩郷の婆羅門の上役たちも、宴に参加して飲み、かつ食らった。宣伝使らは酒を飲んで酔った振りをしつつ、警戒を解かないでいた。しばらくすると、顕恩郷の上役たちは黒血を吐いて苦しみ始めた。宣伝使たちも、苦悶の態を装って倒れた振りをした。鬼雲彦夫婦は、毒の入った酒を自分の部下に飲ませて宣伝使たちを油断させ、諸共に葬ってしまおうという計略だった。しかし鬼雲彦に仕えていた十六人の美人たちは、婆羅門教の将卒たちが毒に倒れて警備が薄くなったのを見ると、懐剣を抜いて鬼雲彦夫婦に迫った。美人たちは、実は神素盞嗚尊の密使たちであると明かした。鬼雲彦夫婦は形勢不利と見ると、大蛇となり邪神の本性を現して、遠く東方の天を目指して逃げてしまった。十六美人のうち愛子姫を始めとする八人は、神素盞嗚尊の娘たちで、婆羅門教に囚われた振りをして顕恩郷に入り込んでいた。残りの八人は婆羅門教の侍女たちであったが、愛子姫らが三五教の教えを感化し、今は三五教徒となっていたのであった。太玉命は、あらかじめ自分自身の娘たちを敵地に忍ばせて、顕恩郷奪回の準備をされていた神素盞嗚尊の深いご神慮を悟り、ありがたさに涙に暮れて神言を奏上した。すると、そこへ妙音菩薩が女神の姿で現れ、顕恩郷には太玉命と愛子姫、浅子姫が残って守備につき、残りの宣伝使・女人たちはエデン河を渡ってイヅ河へ向かうように、と託宣した。妙音菩薩は、先にエデン河に落ちて帰幽した安彦、国彦、道彦、田加彦、百舌彦の五人は蘇生して、イヅ河のほとりで一行と合流するであろう、と告げて姿を隠した。
主な人物 舞台 口述日 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年12月5日 愛善世界社版28頁 八幡書店版第3輯 290頁 修補版 校定版27頁 普及版12頁 初版 ページ備考
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本文  太玉命は路傍の岩に腰打掛け、天津祝詞を声低に奏上しつつあつた。百鳥の声は遠近の林に聞え始めた。東の空はほんのりとして暁の色刻々さえて来た。数多の魔神の声は森の彼方にザワザワと聞え来る。油断ならじとキツト身構する折しもあれ、馬の蹄の音いと高く、岩彦、梅彦、音彦、亀彦、駒彦、鷹彦は矢を射る如く此場に馳来り、太玉命に向つて、
岩彦『ヤア貴下は太玉命の宣伝使、私等はフサの都に於て、日の出別神の命に依り、貴下と共に顕恩郷を言向和さむと、エデン河の濁流を渡り、漸く此処に走せ参じたり、一行の人々は如何なりしか』
太玉命『ヤア思ひも寄らぬ貴下等の御入来、いよいよこれより敵の牙城に唯一人進撃せむとする場合で御座る。斯の如き曲神の砦を言向け和すは吾一人にて充分なり。折角の御出馬なれど、貴下は速かにフサの都に引返し、夫々の神業に就かせられたし』
岩彦『それはあまり無謀の極と申すもの、吾々は折角山川を渡り漸く此処に立向ひ、目前に敵を見ながら空しく駒の頭を立て直すは、男子の本分にあらず。願はくは吾等を此神戦に参加させ給へ』
 梅彦以下五人の宣伝使は、口を揃へて従軍せむことを強要した。
太玉命『然らば是非に及ばぬ、御苦労乍ら御加勢を願ふ』
『早速の御承知、有難し辱なし』
と一行六人は、太玉命の後に従いて、山深く進み入る。この場の光景は絵巻物を見る如くであつた。
 進むこと一里半許り、此処には深き谷川が横たはつて居る。その幅殆ど十間許り、ピタツと行詰つた。七人の宣伝使は暫く此処に駒を繋ぎ、少憩し、如何にして此渓谷を対岸に渡らむかと協議を凝らしつつありき。谷の向側には、オベリスクの如うな帽子を被つた半鐘泥棒的ジヤイアントが七八人、巨眼を開き、大口開けてカラカラと打笑ひ、
『ワハヽヽヽハア、どうぢや、何程肝の太玉の命でも、この谷川を渡ることは出来まい此川底を熟視せよ』
と指す。見れば川底には、空地なき程、二尺許りの鋭利なる鎗の穂先が、幾百千ともなく、土筆の生えてる様に直立して居る。此川に落ちるが最後、如何なる肉体も芋刺となつて亡びねばならぬシーンを現はして居る。太玉命はカラカラとうち笑ひ、
『これしきの谷川を恐れて、三五教の宣伝が出来ようか、美事渡つて見せうぞ』
と云ふより早く一同に目配せした。一同は心得たりと馬に跨り、太玉命は岩彦の背後に飛乗り、忽ち四五丁許り元来りし道に引返し、又もや馬首を転じ鞭をうちつつ、幅三間許りの谷合を勢に任せて一足飛に飛び越えた。巨大の男は驚き慌て、雲を霞と逃帰る。又もや続いて梅彦、鷹彦、亀彦、その他一同矢庭に駒に鞭つて、難なく此谷川を打渡り、後振返り見れば豈図らむや、谷川らしきものは一つもなく、草茫々と生え茂る平野であつた。
太玉命『アハヽヽヽ、又瞞しをつた、各方能く気を付けねばなりませぬぞ、此前途は仮令如何なる渓谷ありとも平気で渉ることに致しませうかい。神変不可思議の妖術を使ふ悪魔の巣窟ですから、最前も吾妻の松代姫、及び娘照妙姫と変じ、吾精神を鈍らさむと致せし魔神の計略、飽く迄も誑かられない様に気を付けて参りませう』
と先に立つて進み行く。一同は馬を傍の樹木に繋ぎ、山と山との渓道を、宣伝歌を歌ひ乍ら山深く進むのであつた。行く事数里にして、荘厳なる城壁の前にピタリと突当つた。朱欄碧瓦の宏壮なる大門は建てられ、方尖塔の如き冠を被りたる四五のジヤイアント門を堅く守つて居る。太玉命一行は忽ち門前に立現はれ、
『吾れこそは三五教の宣伝使、当国には八岐大蛇、金狐、悪鬼の邪霊に憑依されたる鬼雲彦夫妻立籠り、不公平極まる神政を布き、この顕恩郷をして殆ど地獄の境地と変ぜしめたるは、天恵を無視する大罪なれば、吾は是より鬼雲彦を善道に帰順せしめむため、大神の命を奉じて宣伝に向うたり。速かに此門扉を開けよ』
と言葉厳しく詰り寄る。門番は面喰ひながら、
『暫くお待ち下さいませ、あなた方のエデン河を御渡りありしより城内は上を下への大混雑、如何にして貴下等を満足せしめむやと、鬼雲彦の大将に於かせられても千辛万苦の御有様、やがて開門のシグナルの鐘が響き亘りますれば、それ迄ゆるゆる此処に御休息願ひたし。必ず必ず敵対申す者は一柱も居りませぬ。御安心下さいませ』
音彦『ヤア其方は何ぢや彼ぢやと暇取らせ、其間に戦闘の準備を整へ、吾々を鏖殺せむとするの計略ならむ。ソンナ ヨタリスクは聞く耳持たぬ、速に此門開けよ』
門番『これ程申上げてもお疑晴れずば、御自由に御這入り下さいませ』
と云ふより早く、潜り門を開いて、門内に姿を隠して了つた。
鷹彦『一つ吾々が還元の芸当をやつて、城内隈なく偵察をやつて見ませう』
と忽ち霊鷹と変じ、中空に舞上り、顕恩城の内外を隈なく偵察し、もとの大門に現はれ来り、中より閂を外し、門扉を左右に開いた。
鷹彦『サアサア是から吾々一同が活動のステージだ。轡を並べて七人がスパークを散らして、奮戦するの時や迫つた、ヤア面白し面白し、太玉命続かせ給へ』
と先に立つて進み行く。数多の敵は左右に、蟻の集ふが如く整列して、七人が通行を敵対もせず、歓迎もせぬと云ふ態度にて見まもつて居る。
岩彦『ヤア各方、あれ丈沢山の敵が吾々に抵抗も致さず、各自手槍を携へ乍ら目送しつつあるは、合点の行かぬ次第で御座る。余り軽々しく進み過ぎて、四方八方より取囲まれなば、如何とも出来ない様な破目に陥るかも知れませぬぞ、これは一つ考へねばなりますまい』
太玉命『ナニ躊躇逡巡は三五教の大禁物、生死も、勝敗も、皆神の手に握られあれば、運を天に任せ、行く所迄行つて見ませう』
と太玉命は先に立つて進み行く。鬼雲彦の御殿の前に近付く折しも、瀟洒たる白木の門をサラリと開いて悠々現はれ来る十数人の窈窕嬋研たる美人、スノーの如き繊手を揉み乍ら、
『これはこれは三五教の宣伝使様の御一行様、能うマア遥々お越し下さいました。鬼雲彦の御大将の御命令に依りて、妾一同はお迎へに参りました。訳の分らぬ者共が種々と御無礼を働きましたでせう、何事も足らはぬスレーブの為す業と、広き厚き大御心に見直し聞直し下さいまして、ゆるゆると奥殿にて御休息の上、尊き御話をお聞かせ下さいませ、御大将も定めて御満足の事と存じます』
と言葉スガスガしく、満面に笑を湛へて慇懃に挨拶する。太玉命以下の宣伝使は、張合抜けたる如き心地し乍ら、美人一行の後に伴いて、奥殿に悠々と進み入るのであつた。
 宣伝使の一行は、顕恩城の奥殿に深く進み入つた。山海の珍味は整然として並べられてあつた。美人の中の最年長者と見ゆる、眼涼しく、背の高き愛子姫は溢るる許りの愛嬌を湛へ、
『これはこれは宣伝使様、能うこそ遠路の所入らせられました。顕恩郷の名産、桃の果実を始め、種々の珍らしき物を以て馳走を拵へました、お腹が空いたで御座いませう、どうぞ御遠慮なくお召あがり下さいませ。果実の酒も沢山御座いますれば御遠慮なく……サアお酌をさして頂きませう』
と云ふより早く、杯を太玉命に献した。
『ヤア思ひがけなき山野河海の珍味、御芳志の段恐れ入りました。それに就いても当城の御大将鬼雲彦に面会の上、戴きませう』
愛子姫『御大将は只今御出席になります、それまでに御寛りと御酒を飲つてお待ち下さいませ』
 岩彦、大口を開けて、
『アハヽヽヽ、どこ迄も脱かりのない悪神の計略、太玉命の御大将、迂濶り酒でも口に入れるものなら、それこそ大変だ。七転八倒、苦悶の結果、敢なき最期を遂げにけりだ。ナア梅彦サン、あなたはどう思ひますか』
梅彦『吾々は五里霧中に彷徨の為体だ、夢に牡丹餅、食つた牡丹餅はダイナマイトの御馳走か、何が何んだか、サツパリ不得要領だ。ナア鷹彦サン、あなたはどう思ふか』
鷹彦『先づ十六人の別嬪さまから、毒味をして頂きませう。其上でなくば到底安心が出来ない、ナア愛子姫さまとやら、さう願ひませうか』
愛子姫『オホヽヽヽ、御心配下さいますな、然らば妾がお先へ失礼致します』
と盃に酒を注いで、グツト飲んだ。
岩彦『妙々、これや心配は要らぬらしいぞ、ナア音サン、駒サン………百味の飲食を心持よく頂きませうか』
 音彦、駒彦は頭を左右に打振り、黙然として俯むくのみであつた。奥の襖を引開けて悠々として現はれ来る鬼雲彦夫婦、目鼻が無かつたら、万金丹計量か、砂つ原の夕立か、山葵卸の様な不景気な面付に、所々色の変つたアドラスの様な、膨れ面をニユツと出しドス声になつて、
『これはこれは三五教の宣伝使様、当城は御聞及の通、霊主体従を本義と致すバラモン教の教を立つる屈強の場所、三五教は予て聞く霊主体従の正教にして、ウラル教の如き体主霊従の邪教にあらず、バラモン教は茲に鑑る所あり、ウラル教を改造して、真正の霊主体従教を樹立せしもの、是れ全く天の時節の到来せるもの、謂はば三五教とバラモン教は切つても断れぬ、教理に於て、真のシスター教であります。どうぞ以後は互に胸襟を開いて、相提携されむ事を懇願致します』
と御面相にも似合はぬ、御叮嚀な挨拶をするのであつた。太玉命はこれに答へて、
『何分宜しく、今後はシスター教として提携致したい。夫れに就いては互に長を採り短を補ひ、正を取り偽を削り、神聖なる大神の御心に叶ふべき教理を立てたきもので御座います。吾々一行、当城に参る途中に於て、妖怪変化の数多出没するは何故ぞ。バラモン教は斯の如き妖術を以て世人を誑惑し、信仰の道に引き入れむとするや、其意の在る所承はりたし』
と稍語気を強めて詰問的に出た。鬼雲彦、事もなげに打笑ひ、
『アハヽヽヽ、左様で御座いましたか、諺にも云ふ、正法に不思議無し、不思議有るは正法にあらず。此ソポタミヤは世界の天国楽土と聞えたれば、甘味多き果物に悪虫の簇生するが如く、天下の悪神此地に蝟集して、妖邪を行ふならむ、決して決して霊主体従のバラモン教の主意にあらず。正邪を混淆し、善悪を一視されては、聊か迷惑の至りで御座います。又中には教理を能く体得せざる者多く、或パートに依りては羊頭を掲げて狗肉を鬻る宣伝使の絶無を保証し難し。何教と雖も、創立の際は総て、ハーモニーを欠くもの、何卒時節の力を待つてバラモン教の真価を御覧下さい。創立間もなき吾教、到底ノーマルに適つた教理は、容易に完成し難いのは三五教の創立当初に於けると同様でありませう、アハヽヽヽ』
と腮をしやくり、稍空を向いて嘲笑的に笑ふのであつた。鬼雲姫は言葉優しく、
『これはこれは三五教の宣伝使様、能くこそ御訪問下さいました。教の話になりますと自然堅苦しくなつて、お座が白けます、お話はゆつくりと後に承はることに致しませう。心許りの馳走、何卒御遠慮なくお食り下さいませ、決して毒などは入つては居りませぬから…………』
岩彦『これはこれは思ひがけなき御饗応、吾々の如き乞食宣伝使は、見た事も御座らぬ山野河海の珍味、有難く頂戴致しませう』
 鬼雲彦は、愛子姫、幾代姫に向ひ、
『ヤア愛子姫、幾代姫の両人、遠来の珍客を犒う為、汝等二人はアルマの役を勤め、舞曲を演じて御目に掛けよ』
『アイ』
と答へて、両女は白扇を開き、春野の花に蝶の狂ふが如く、身も軽々しく長袖を翻して、前後左右に踊り狂ふた。顕恩城の上役、数十人は此場に現はれ、酒に酔ひて、或は舞ひ、或は歌ひ、遂には無礼講と変じ、赤裸になつて踊り狂ふ。七人の宣伝使は心許さず、表面酒に酔ひ潰れたる態を装ひ、他愛もなく腮の紐を解いて、或は笑ひ、或は歌ひ、余念なき体を装うて居た。不思議や数十人の顕恩城の上役の面々は、忽ち黒血を吐き、目を剥き、鼻水を垂らし、さしもに広き殿内を、呻吟の声と諸共に、のたうち廻り、顔色或は青く、或は黒く、赤く、苦悶の息を嵐の如く吹き立てた。十六人の美人は、てんでに襷を十文字にあやどりて、人々の介抱に従事した。七人の宣伝使もお附合に、苦悶の体を装ひ、縦横無尽に、
『苦しい苦しい』
と言ひ乍ら、跳廻るのであつた。此態を見て鬼雲彦夫妻は高笑ひ、
『アハヽヽヽ、汝太玉命、吾計略にかかり、能くも斃ばつたな、口汚き宣伝使、毒と知らずに調子に乗つて、命を棄つる愚さよ。吁、さり乍ら味方の強者を数多殺すは残念なれど、斯の如き豪傑を倒すには、多少の犠牲は免れざる所、……ヤアヤア数多の家来共、汝等は毒酒に酔ひ今生命を棄つると雖も、バラモン教の神力に依つて、栄光と歓喜とに充てる天国に救はれ、永遠にバラモンの守り神となるべきステーヂなれば心残さず帰幽致せ、……ヤア三五教の宣伝使、予が身変不思議の神術には恐れ入つたか、最早叶はぬ全身に廻つた毒酒の勢、ワツハヽヽヽヽ苛しい者だなア』
 此時愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫は、鬼雲彦に向ひ、柳眉を逆立て、懐剣を抜き放ち、四方より詰めかけながら、
『ヤア汝こそは悪逆無道の鬼雲彦、前生に於ては竜宮城に仕へ、神国別の部下とならむとして、花森彦命に妨げられ、是非なく鬼城山の棒振彦が砦に参加し、神罰を蒙つて帰幽したる悪魔の再来、復び鬼雲彦と現はれて、この顕恩郷に城砦を構へ、天下を紊さむとする悪魔の帳本、思ひ知つたか、妾十六人の手弱女は、神素盞嗚の大神の密使として、汝が身辺に仕へ、時機を待ちつつありしを悟らざりしか、城内の豪の者は残らず、汝の計略の毒酒に酔ひて、最早命旦夕に迫る。七人の宣伝使には、清酒を与へ、元気益々旺盛となり、一騎当千のヒーロー豪傑、最早斯くなる上は遁るるに由なし、汝速に前非を悔いて三五教に従へよ……返答如何に』
と前後左右より、鬼雲彦夫婦に向つて詰めかけた。残り十二人の美人は、又もや手に手に懐剣スラリと引抜き、
『サアサアサア鬼雲彦夫婦、返答如何に』
と詰めかくる。鬼雲彦は此は叶はじと、夫婦手に手を執り、高殿より眼下の掘を目がけて、ザンブと許り飛込んだ。パツと立ち上る水煙、見るも恐ろしき二匹の大蛇となつて雲を起し、雨を呼び、風に乗じ、東方波斯の天を目がけて、蜒々として空中を泳ぐが如く姿を隠した。
 太玉命一行は、十六人の女神に向ひ、
『ハテ心得ぬ貴下等の振舞、これには深き様子のある事ならむ、逐一物語られたし』
と叮嚀に頭を下げ、両手をついて挨拶するを、愛子姫は言葉淑やかに、
『妾はコーカス山に現れませる、神素盞嗚尊の娘、愛子姫、幾代姫、五十子姫、梅子姫、英子姫、菊子姫、君子姫、末子姫の八人姉妹にて侯、これなる八人の乙女は妾の侍女にして、浅子姫、岩子姫、今子姫、宇豆姫、悦子姫、岸子姫、清子姫、捨子姫と申す者、バラモン教の勢力旺盛にして、天下の人民を苦しめ、邪教を開き生成化育の惟神の大道を毀損する事、日に月に甚しきを以て、吾父素盞嗚大神は、妾八人の姉妹に命じ、各身を窶し、或は彼が部下に捕へられ、或は顕恩郷に踏迷ひたる如き装ひをなして此城内に運び入れられ、悪魔退治の時機を待ちつつありしに、天の時到りて太玉命は、父の命を奉じ当城に現はれ給ひしも、全く吾父の水も漏らさぬ御経綸、又八人の侍女は、今迄鬼雲彦の側近く仕へたるバラモン教の信徒なりしが、妾達が昼夜の感化に依りて、衷心より三五教の教を奉ずるに至りし者、最早変心するの虞なし。太玉命の宣伝使よ、彼等八人の侍女を妾の如く愛し給ひて、神業に参加せしめられよ』
と淀みなく述べ立つる。太玉命は首を傾け、感歎の声をもらし、
『吁、宏遠なるかな、大神の御経綸、吾等人心小智の窺知すべき所にあらず。大神は最愛の御娘子を顕恩郷に乗込ましめ置き乍ら、吾れに向つて一言も漏らし給はず、顕恩郷に進めと云ふ御託宣、今に及んで大神の御神慮は釈然として解けたり。吁、何事も人智を棄て、神の命のまにまに従ふべしとは此事なるか、アヽ有難し、辱なし』
とコーカス山の方に向つて、落涙し乍ら手を合せ神言を奏上しける。六人の宣伝使を始め、十六人の女性は、コーカス山に向つて両手を合し、太玉命と共に天津祝詞を奏上した。忽ち何処ともなく、馥郁たる芳香四辺を包み、百千の音楽嚠喨として響き渡り、紫の雲天空より此場に下り来り、容色端麗なる女神の姿、中空に忽然として現はれ、
『われは妙音菩薩なり、汝が行手を守らむ、益々勇気を励まし神業に参加せよ。また、安彦、国彦、道彦を始め、田加彦、百舌彦の五人は、一旦エデン河の濁流に溺れて帰幽せりと雖も、未だ宿世の因縁尽きず、イヅの河辺に於て、汝等に邂逅せば彼も亦再び神業に参加するを得む。一時も早く、太玉命は本城に留まり、愛子姫浅子姫は太玉命の身辺を保護し、其他の宣伝使と女人はエデン河を渡りて、イヅ河に向へ、ゆめゆめ疑ふ事勿れ』
と云ふかと見れば、姿は掻き消す如く、百千の音楽は天に向つて追々と消えて行く。一同は声する方に向つて恭敬礼拝し、感謝の意を表したりける。
(大正一一・四・一 旧三・五 松村真澄録)
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