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文献名1霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻
文献名2第3篇 千里万行よみ(新仮名遣い)せんりばんこう
文献名3第16章 天狂坊〔882〕よみ(新仮名遣い)てんきょうぼう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-04-10 18:39:33
あらすじ木の下で休息していた秋山別とモリスが木に登って来ようとしたので、国依別はにわかに天狗の声を出して驚かした。国依別は二人に、紅井姫とエリナは日暮シ山の岩窟に居ると真実を告げるが、以前にやはり天狗の声色でだまされた二人は容易に信用しなかった。そこへ、紅井姫とエリナがやってきて、秋山別とモリスの手を取ると、恋人気取りで行ってしまった。安彦と宗彦は、日暮シ山に居るはずの紅井姫とエリナが突然ここにやってきたことを不審がるが、国依別は、あれは白狐の旭明神・月日明神が自分たちを助けてくれたのだ、と教えた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月19日(旧06月27日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月15日 愛善世界社版188頁 八幡書店版第6輯 112頁 修補版 校定版193頁 普及版89頁 初版 ページ備考
OBC rm3116
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本文  国依別一行は山桃の木の頂点に三つ巴となつて息をころし、早く樹下の二人の此処を立去れかしと、心中私かに祈つて居る。三人が樹上に隠れてゐるとは、神ならぬ身の知る由もなく秋、モリ二人は、木の根株に腰を打かけ、
『オイ、モリス、何と不思議な事があればあるものぢやないか。現に丸木橋を歌を歌つたり、話合つて通つたのも確実だ。又欅の木に書おきがしてあつたのも、又夢でもなければ、幻でもない。さうすれば何うしても此道を来なくてはならぬ筈だ。何程足が早いと云つても、女の足でさう早く行ける道理もなし、大方天狗にでも抓まれたのではなからうかな』
『ナアニ秋山別、そンな気遣ひがあるものかい。キツと此処へ出て来るに違ひないワ。それにしても、小気味のよい事ぢやないか。国依別が後追つかけて来るとうるさいから、秋さま、モリさま、あの一本橋を落して下さい……なんて、小ましやくれた事を書いてあつたぢやないか。俺やモウあの一言でサツパリ得心して了つたよ。併し乍ら大分に諦めかけて居つた俺の恋は、再燃して炎々天を焦し、咫尺暗澹、疾風迅雷目を蔽はれ、耳を聾せられ、精神恍惚として、魔風恋風に包まれて了つたようだ。それにしてもあの橋位落した所で、国依別の奴、二人の後を嗅ぎつけてやつて来るに相違ないワ。一層の事、国依別が茲へ来るのを待ち受けて脅かしてボツ返してやらうか。それに付いては幸ひ、此山桃の木だ。此上へあがつて天狗の声色を使ひ、呶鳴りつけてやつたら、流石の国依別も思ひ切つて、引返すに違ない。なンと妙案だらう。サアやがて来る時分だ。登らう登らう』
と木の幹に手をかけ、一間計り登りかけた。
 国依別はコリヤ面白くない。俺の方から一つ天狗になつてやらうと、心の中に決心し、破れ鐘のやうな声を張上げて、
『ウー』
と唸り出し、
『此方はブラジル山の大天狗、天狂坊であるぞよ。数万年来山桃の木を住家と致し居るにも拘はらず、汚れ果てたる人間の身を以て、此木に登れるなれば、登つて見よ。股から引裂いて了うぞよ。ウー』
 二人は俄に顔を真青にし、
『ヤア此天狗は神王の森の天狗とは余程実のある奴だ。グヅグヅして居るとどンな目に合ふか知れぬぞ。オイ、モリ公、お詫をせうぢやないか』
 モリスは慄ひ乍ら、
『モシモシ天狗様、秋公が登らうと云つたので御座います。私は決してそンな失礼な事は致す考へは御座いませぬ。どうぞ許して下さいませ』
『其方は三五教の宣伝使国依別が、一本橋を渡る隙を考へ、橋を落さうと致した大悪人、容赦はならぬぞ』
『ハイハイ、誠に済まぬ事を致しましたが、これもヤツパリ秋公の恋の懸橋をおとした国依別で御座いますから、仕方がなしに落さうと致しました。併しそれが為国依別が怪我をしたのでも、死ンだのでもありませぬ。どうぞ神直日大直日に見直し聞直して下さりますよう御願致します』
『其方は二人の女の行方を知つて居るか』
『ハイ、確にあの丸木橋を渡り、こちらへ来た筈で御座いますが、どこに沈没致しましたか、未だに行方不明にて捜索の最中で御座います。どうぞ御慈悲を以て彼が所在を御知らせ下さいますれば、誠に以て有難き仕合せと存じ奉ります』
『汝が尋ぬる二人の女と申すのは、紅井姫、エリナの事であらう』
『ハイ御存じの通り、其女で御座います。今はどの辺に居りますか、どうぞ附け上りました事で御座いますが、一寸お知らせ下さいますれば大変に都合が宜ろしう御座ります』
『其女は日暮シ山の山麓、ウラル教の館に、両人共機嫌よく暮して居るぞよ。何を踏迷うて斯様な所へ出て来たのか。大盲奴』
『オイ、ヤツパリ日暮シ山の岩窟かも知れぬぞ。今天狗さまが、あゝ仰有ると、俺も矢張そンな心持がして来だしたよ』
 秋、小声で、
『馬鹿云ふない、あの通り立派に女の手で書残しもしてあるなり、現に一本橋を渡る時の声を聞いたぢやないか。此天狗さま、何を云ふか分りやしないぞ。野天狗と云ふ者は嘘計りいふものだから、ウツカリ信用は出来ないぞ』
『此方の申す事をまだ疑うて居るか。それ程疑ふのなら、許してやるから、トツトと此木の上へあがつて来い、天狗の正体をあらはし、アフンとさしてやらうぞ』
ヽヽ滅相な、決してウヽヽ疑は致しませぬ。天狗さまに間違厶いませぬ』
『其方が神王の森に於て出会うた天狗とは種類が違うぞよ。天狗と云ふ者は千変万化の働きを致すものだ。又其国々の、国魂に依て別られてあるから、チツとは調子も違うぞよ。余り口答へを致すと、一つ目の剥ける様な目に会はしてやらうか。キジキジも鳴かねば安彦とうたれはせうまいぞ。マチマチに其方の心がなつて、統一致さず宗が彦々、宗彦と動いて居るから、チツと気を落つけて考へたがよからう。此山桃のモリスに立寄り、口を秋、山をアフンと致して眺め、別の分らぬ面付で、何程女の後を捜したとて、分りさうな事はないぞよ。サア早く迷ひの夢を醒まし、一時も早くヒルの国へ帰り、楓別命にお詫を致して、帰参を許して貰ひ、神妙に神界の御用を致すがよからうぞ。ウー』
 斯かる所へ見目形美はしき二人の女、スタスタと谷を伝ひ来り、森蔭に立寄り、
『誰かと思へばお前さまは、秋山別さまであつたか。あゝどれ丈捜した事だか分りやしないワ。マアよう無事で居て下さいました。お懐かしう存じます。妾はヒルの館で別れてより、今頃はどうして御座るかと、寝ても醒めても心配致して居りました。私は秋山別さま、あなたの御嫌ひ遊ばす可憐の女紅井姫と云ふ者です。アンアンアン』
と目に袖をあて、泣き伏して見せる。
『誰かと思へばモリスさま、私はエリナで御座ります。一度会うた其日から、お前と私は生別れ、何の便りも内証の、話せうにも言づけせうにも、人目の関に隔てられ、会ひたい見たいと明くれに、こがれ慕つて居りました。お前に会うてさまざまの、恨みも言はう、心の丈も聞いて貰はうと、思ひつめては、又もや起る持病の癪、アイタタアイタタ会ひたかつたわいなア。モリスさま、お前と私と暮すなら、仮令アマゾン河の畔でも、ブラジル山の谷あひでも、厭ひはせぬ、どうぞ私を憐れの女と、可愛がつて下さりませ。コレのうモシ、モリスさま』
『ヤアよう来て下さつた。モリスとても御身を思ふ心に変りのあるべきぞ。雨のあした、風の夕べ、そなたは何処の果てにさまよふかと、思ひつめたるモリスの厚き心、必ず恨ンでばし、下さるなや』
と芝居気取りになつて、やつてゐる。秋山別も負ず劣らず、
『これはしたり御姫様、チトお慎みなされませ。不義は御家の御法度、何程惚れた男ぢやとて、はるばるブラジル山の谷底まで、尋ね来るとは、チと無分別では御座らぬか。某とても木石ならぬ青春の血に燃ゆる男の身、無下に返したくはなけね共、姫様の行末を思へばこそ、情ない事を……申しませぬ。
ホンに可愛い姫ごぜの、はるばる茲に尋ね来て、夫の後を附け狙ひ、来る心根がいとしいわいのオンオンオンオン、コレを思へば前の世に、如何なる事の罪せしか、千里万里の山坂越え、一丈二尺の褌を締めた、此荒男の身も恥ず、姫の行方を尋ねむと、さまよひ巡りて今茲に、お前に会うた嬉しさは、コレが忘れてなるものか、金勝要大神様の御情深い縁結び、あゝ有難や勿体なやと、大地にカツパとひれ伏し手を合し、男泣きにぞ泣きゐたる』
『ホヽヽヽヽ』
『ヒヽヽヽヽ』
『コレコレエリナ殿、ヒヽヽとは何事で御座るか、モツと品よくお笑ひなさらぬか、見つともなう御座るぞや』
『ホヽヽヽヽ呆けしやますなや』
『呆けたればこそ、女一人の後逐うて恥も外聞も打忘れ、茲まで苦労を致して居るのでないか、コレ、エリナ姫、野暮な事を言やるなや』
 国依別は樹上にて、こばり切れず、思はず、口の紐を千切つて、
『ワツハヽヽヽ』
と笑ひ出せば、安彦、宗彦も同じく、笑ひ出す。
 秋山別は、
『ヘン野天狗さま、是でも日暮シ山の岩窟に居りますかい、済みませぬなア。色男と云ふものはマア、ザツとこンな者ですワイ。お前さまもチツとやけるでせう。気の毒乍ら天狗と云へば偉いようだが、ヤツパリ畜生の中だ。早く千年の修業を了へて、人間に生れて来さんせ。こんなローマンスを実地にやらうとママだよ。なア、モリス、何んぼ天狗は女は嫌ひだと申しても、閻魔さまでも女の白い手で肩をもンで貰うて嬉しさうにして居るぢやないか。天の岩戸の始めより、女ならでは夜の明けぬ国だ。エツヘヽヽヽ、ちツと野天狗さま、けなりい事は御座いませぬか。お前さまの目の前でこンなお安うない所をお目にブラ下げて、お気の毒ですが、これも因縁づくぢやと諦めさンせ。サア紅井姫ここへおぢや』
『エリナ殿サアお出でなさいませ。モリスが案内仕りませう』
 『アイ』『アイ』
と優しき声を出し、二人の男に手を引かれ、ドシドシと東南を指して従いて行く。
『サア、もう好加減におりようぢやないか、随分迷惑したねー。今夜木の下で寝でも仕よつた位なら、下りるにも下りられず、大変に困る所だつた。結構な御手伝ひが現はれて、先づ俺達も安心だ』
『どうして又紅井姫さまやエリナさまが、こンな所迄従いて来て、あれ丈あなたにホの字とレの字だつたのに、俄に心機一転遊ばしたと見え、あンな男と意茶ついて、手を曳いて行くなンて、合点が行かぬぢやありませぬか。それだから女は化者だ、油断がならぬと人が云ふのですな』
『本当に化者だよ。うつかり鼻の下を長うして涎をくつてると、眉毛をよまれ、尻の毛迄ぬかれてアフンとするのは、ウスノロ男の常習だよ』
『何とマア変れば変るものですなア。この宗彦も今度計りは呆れて了ひましたよ。モウ女はゾツとしました。女が是からは何程甘い事を云つたとて、うつかり乗れませぬ哩』
『そンな心配すない。お前等に甘い事を言つてくれる女があるものかい。俺だつて、仮令うそでも良いから、一口位惚れたやうな事を言つて貰ひたいと思うのだが、なかなか言つてくれぬなア。まだ彼奴ア、瞞されてゐるか何うか知らぬけれど、俺から見ると余程女にもてると見えるワイ。エヽ怪体の悪い、本当にのろけを聞かしよつて、彼奴の往つた後を通るのも厭になつて了つたワイ』
『アハヽヽヽ矢張悋けると見えるなア。勝手に男と女とが勝手な事をして居るのだ。別に法界悋気をする必要もないぢやないか。そンな事ではまだ神様の御用をつとめる所へは往かないぞ』
『おかみさまの御用なつとさして頂けば結構だが、私の様な者は到底駄目ですワイ。女に嫌はれるやうな事で、何うして神さまに好かれる道理が御座いませう』
『アハヽヽヽ、ありや女ぢやない化者だよ』
『七人の子はなす共、女に心許すなとか云ひますなア。本当に女と云ふ者は一寸髪を結ひ、白粉をつけ、口紅でもすると、鬼の様な洒面が俄に天女の様に見えるのだから、堪りませぬワイ』
『あれは本当の女ぢやないよ』
『さうでせうなア、男でさへも人三化七と云ひますから、何れ四足の容物でせう。お姫さまもあこ迄堕落しちや、モウ駄目ですな。何程新しい女が流行すると云つても余り極端ぢやありませぬか。丸で狐が化けとる様なスタイルをしよつて、吾々の前であのザマは一体何だい』
『どこ迄も分らぬ男だなア。あの御方は旭明神、月日明神と云ふ御二方だよ。吾々の迷惑をお助け下さつた結構な白狐さまだよ』
『あゝそれで安彦も分りました。何だか尻に白い尾のやうなものがブラ下がつてゐましたワ。是からあの二人は何うなるでせうかなア』
『どうせアフンとするのだらう。サア行かう』
と国依別の詞に二人は足を早め、谷路を東南さして進み行く。
(大正一一・八・一九 旧六・二七 松村真澄録)
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