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文献名1霊界物語 第63巻 山河草木 寅の巻
文献名2第1篇 妙法山月よみ(新仮名遣い)すだるまさんげつ
文献名3第5章 宿縁〔1612〕よみ(新仮名遣い)しゅくえん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ伊太彦、カークス、ベースの三人はスーラヤ湖の湖辺の漁村に出た。竜王がいるスーラヤ島に渡る舟を探して訪ね歩いた。船頭はみな出払っており、老夫婦の親切によって宿泊して舟を待つことになった。伊太彦はスダルマ山の麓で神懸状態になってからにわかに若々しく美しくなっていた。これは木花姫命の御魂が伊太彦に大事業を果たさせるべく、御守護になっていたからであった。しかし伊太彦当人はまったくそのことに気づいていなかった。老夫婦もカークス、ベースも、伊太彦がなんとなく威厳が備わっているので下にもおかず親切にする。伊太彦は別亭に案内されてそこで休むことになった。老夫婦には年若い兄妹があった。兄のアスマガルダは船に乗って漁に出ており、家には妹のブラヷーダがいた。深夜に老夫婦の娘ブラヷーダが伊太彦の寝所にやってきた。ブラヷーダは三五教の神のお告げがあり、伊太彦が夫になる男だと告げたという。伊太彦は返事に困り、ブラヷーダと問答しながら夜を明かした。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年05月18日(旧04月3日) 口述場所教主殿 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年2月3日 愛善世界社版66頁 八幡書店版第11輯 286頁 修補版 校定版68頁 普及版64頁 初版 ページ備考
OBC rm6305
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本文  伊太彦、カークス、ベースの三人はスダルマ山の麓より間道を通り抜け、スーラヤの湖辺に出た。ここには此湖を渡海する船頭の家が十四五軒建つて居る。三人は一々船頭の家を尋ねて、湖中に浮べるスーラヤ島に渡るべく探して見たが、何れも漁に出た留守と見えて一人も船頭は居なかつた。家に残つたものは爺婆か、嬶子供ばかりである。一軒も残らず尋ねて最後の家に至り、最早船がなければ仕方がない、船頭衆が帰つて来る迄ここに待つ事にしようと、爺さま、婆アさまに渋茶を汲んで貰ひ、遂に其夜は老人夫婦の親切によつて宿泊する事となつた。
 庭先には栴檀の木が香ばしく薫つて小さき賤ケ屋の中を包んで居る。爺さま婆アさまの子には二人の男女があつた。兄をアスマガルダと云ひ妹をブラヷーダと云つた。兄妹共に天稟の美貌でキも細かく兄の方は瑪瑙の様な美しい肌をしてゐるのでそれを名としたのである。アスマガルダと云ふ事は瑪瑙の梵語であり、ブラヷーダと云ふのは梵語の珊瑚である。伊太彦外二人は先づ夕餉を饗応され庭先に向つて天津祝詞を奏上し、再び家に帰つていろいろの話をしたり、「是非とも明日はスーラヤ山に登り夜光の球をとつて来ねばならぬ」と希望を抱いて勇ましく嬉しげに四方八方の話に耽つて居た。
 伊太彦はスダルマ山の麓に於て暫らく神懸状態となつてより俄に若々しくなり、体の相好から顔の色迄玉の如く美しくなつて了つた。これは木花姫命の御霊が伊太彦に一つの使命を果さすべく、それに就いては大変な大事業であるから御守護になつたからである。併し乍ら伊太彦は自分の顔や姿の優美高尚になつた事は気がつかず、依然として元の蜴蜥面であると自ら信じてゐた。三人が話をして居ると土間の襖をソツと開けて珊瑚樹の様な顔をした女がチヨイチヨイ偸む様な目をして覗いて居た。伊太彦は「娘が何の意で自分等を覗くであらうか、余り珍妙な顔をして居るので面白がつて、チヨコチヨコと化物の無料見物をやつて居るのだらう。アヽ斯うなつて来ると人間も美しう生れたいものだ。何故俺はこんなヒヨツトコに生れて来たのだらう」と心の底で呟やいて居た。爺さまも婆アさまもカークスもベースも何となく伊太彦の威厳の備はりたるに畏敬尊信の念を起し恰も救世主の降臨の様にあらゆる美しい言葉を並べて、何呉れとなく世話をする。伊太彦は、
『何とまア親切な人もあるものだな。こんな僻地だから人間が純朴で親切なのであらう。まるで神代の様だなア』
と今度は感謝の意味に於て腹の底で囁いた。此老夫婦の名は、爺さまをルーブヤ(銀)と云ひ婆アさまをバヅマラーカ(真珠)と云つた。年はとつて居るものの、何処ともなしにブラヷーダの様に美しい面影が残つて居る。爺さまのルーブヤは嬉しさうに伊太彦の前に進みよつて両手を支へ、
『これはこれは何処のお客さまか存じませぬが、よくもこんな山間僻地を訪ねて来て下さいました。承はりますればスーラヤの島に夜光の玉をおとりの為お渡りとの事ですが、昔からあの島へ渡つて玉を取りに行つたものは一人も生きて帰つたものは厶りませぬ。夜分になると、それはそれは立派な光が出ますので欲に目のない人間はソツと渡つて命をとられるのです。併し貴方はかう見た所で普通の人間と見えませぬ。神様の御化身と思はれます。何卒あの玉をとつてお帰りになれば此村中は申すに及ばず、国人が再び生命をとられる事がなくなります。貴方なれば屹度玉をとつて帰れるでせう。忰のアスマガルダが明日は帰るでせうからお伴を致させます。何卒御成功をお祈り致します。そして私の家は御存じの通り、かう云ふむさくるしい狭い所で厶いますが、まさかの時の用意に裏の林に狭い乍らも新しい亭が建ててありますから何卒それへお寐み下さいませ』
伊太『これはこれはお爺様、俄に御厄介になりまして、さう気を揉んで貰ひましては誠に済みませぬ。庭の隅でも結構です。夜露を凌げたら宜しいのです。私は三五教の宣伝使として山に寝たり野に寝たりして修行に廻るものですから、そんな処に寝まして貰うと畏れ多う厶います』
ルーブヤ『さう仰有らずに何卒老人夫婦の願ひで厶いますから新建へ行つてお寝みを願ひます』
伊太『そこ迄仰有つて下さるのにお断りするのも却て失礼に当りますから、然らば御厄介になりませう』
バヅマラーカ『何卒そうなさつて下さいませ。お床をチヤンとして置きましたから』
伊太『然らば寝まして頂きませう。カークスさま、ベースさま、サア御一緒にお伴致しませう』
 カークス、ベースの両人はモヂモヂとして居る。
ルーブヤ『いえいえ、このお二人様は私の宅に寝んで頂きませう。貴方は神様ですから何卒新しい処で寝んで下さいませ』
伊太『左様ならば御主人の御命令に従ひお世話になりませう』
と婆アさまのバヅマラーカに導かれ清洒とした涼しい新建に案内された。
 このルーブヤの家は此近辺の里庄をつとめて居るので、見た割とは富裕であつた。それ故万事万端、座敷の道具等が整頓して何とも云へぬ気分のよい住居である。
 伊太彦は婆アさまに案内され久し振りに美しき座敷に泊る事を得て非常に喜び、且つ明日の希望を思ひ出すと何だか気が勇んで寝る事が出来ぬので、横に寝たまま目をパチつかせて居た。
 子の刻とも思き時、ソツと表戸を開けて足音を忍ばせ乍ら暗に浮いた様な年若い美しい女が、伊太彦の枕辺に近くやつて来た。
伊太『ハテ不思議な事だなア。夜でしつかりは分らぬが、どうやら素敵な美人らしい。此色の黒い蜴蜥面の、自分でさへ愛憎の尽くる様な俺に女が秋波を送つてやつて来る筈もなし、これは屹度此林に居る狐が化て居るのかも知れない。こりや、しつかりせねばなるまい』
と轟く胸を抑へ、稍慄ひを帯た声で、
伊太『誰だ。この真夜中に人の寝所を襲ふ奴は妖怪変化か、但しは人目を忍ぶ盗人か、返答を致せ』
 暗の影は幽かの声で恥かしさうに、
『妾はブラヷーダで厶います』
伊太『ブラヷーダさまが此伊太彦に何用あつて今頃おいでになりましたか。御用があらば明日承はりませう。男の寝所へ夜中に御婦人がおいでになるとは、チツと可怪しいぢやありませぬか』
 ブラヷーダはモヂモヂし乍ら、
『ハイ、妾は一寸此座敷に忘れ物を致しましたので尋ねに来たので厶います。夜中にお目を覚まして誠に済まない事で厶いました』
伊太『ハテ、合点の行かぬ事を仰有います。貴女の家に貴女の物があるのをお忘れになつたといふ道理はありますまい。又明日お探しになつては如何ですか』
ブラヷーダ『いえいえ是非とも今晩、それを捉まへなくてはならないのですもの』
伊太『その又捉へなくてはならぬと仰有るのは何んなもので厶いますか。何なら私もお手伝ひして探しませうか』
ブラヷーダ『ハイ、有難う厶います。何卒手伝を願ひます』
伊太『品物は何で厶いますか。それを聞かなくちや探す見当がつきませぬがな。簪ですか、櫛ですか、笄ですか』
ブラヷーダ『いえいえ、そんな小さいものでは厶いませぬ。妾の大切の大切の一生の宝のイタ……で厶います』
伊太『それは又不思議なものをお尋ねになるのですな。洗ひ張りでもなさるのですか。ゆつくり明日になさつたらどうです』
ブラヷーダ『いいえ、板ぢや厶いませぬ。あの……彦さまで厶います』
伊太『ますます分らぬぢやありませぬか。板だとか彦だとか、まるで私の名の様なものをお探しになるのですな』
ブラヷーダ『その伊太彦さまを探しに来たので厶いますよ』
伊太『ハヽア、さうするとお前はここのお嬢さまに化けて来てゐるが、大方ナーガラシャーだらう。此伊太彦が明日夜光の玉を取りに行くのを前知し、害を加へにやつて来たウバナンダ竜王の使だらうがな』
ブラヷーダ『いえいえ、決して其様な恐ろしいものでは厶いませぬ。妾は此家の娘、正真正銘のブラヷーダで厶います。貴方は神様のお定めになつた妾の夫で厶います』
伊太『もしお嬢さま、冗談云つちやいけませぬよ。此様な色の黒い菊目石面の蜴蜥面に揶揄つて貰つちや困るぢやありませぬか。自分でさへも愛憎のつきた此面付、そんな事を仰有つても伊太彦は信ずる事は出来ませぬ』
ブラヷーダ『貴方、そんな嘘が見す見す云へますね。三十二相揃ふた女神の様なお姿をして厶るぢやありませぬか。妾はここ一週間程以前に三五の神様のお告げによつて夫を授けてやらうと仰有いましたが、只今神様が妾の耳の辺でお囁きになるのには、お前の夫は、今晩お泊りになるあの宣伝使だと仰有いました。是非とも妾の夫になつて頂き度いもので厶います。否々神様からお定めになつた夫で厶います』
伊太『ハーテ、ますます分らぬ様になつて来たわい。アヽ如何したら宜いかな。嬉しい様な気もするし、何だか、つままれて居るやうな気もするし、神様に済まぬやうな気にもなつて来た。ハハアこいつは神様のお試練だらう。ヤア剣呑々々、惟神霊幸倍坐世』
ブラヷーダ『マアお情のない貴方のお言葉、さうじらすものではありませぬよ』
伊太『それだと云つて余り思ひがけもないぢやありませぬか。マア明日迄待つて下さいな。ゆつくり考へさして貰ひませうから』
ブラヷーダ『明日迄待てる位なら女の身として貴方の居間へ誰が出て参りませう。決して不潔な心で来たのではありませぬから御安心下さいませ。只一言「ウン」と仰有つて頂けばそれで宜しう厶います』
伊太『アヽ兎も角、私にはお師匠様も厶います。又貴女にも御両親やお兄様がありますから、双方相談の上、どんな約束でも致しませう』
ブラヷーダ『仰せ御尤もでは御座いますが、神様のお告げは一刻の猶予も厶いませぬ。そんな事を仰有らずに何卒よい返事をして下さいませ』
伊太『ハテ、どうしたらよからうかな。あゝ惟神霊幸倍坐世』
ブラヷーダ『惟神霊幸倍坐世』
 かく両人はお互に問ひつ答へつ暁の鳥の声する迄夜を更かした。果して、如何落着をしたであらうか。

 思はざる家に泊りて思はざる
  時に思はぬ人に会ひける。

 ブラヷーダ明日をも待たず直ここで
  返答せよやと迫る割なさ。

(大正一二・五・一八 旧四・三 於教主殿 北村隆光録)
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