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文献名1霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
文献名2第4篇 清風一過よみ(新仮名遣い)せいふういっか
文献名3第19章 笑拙種〔1825〕よみ(新仮名遣い)しょうせつだね
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2017-11-26 20:17:41
あらすじ
主な人物ブラバーサ、マリヤ、ヤコブ、サロ、綾子、お花 舞台橄欖山の祠の前 口述日1925(大正14)年08月21日(旧07月2日) 口述場所丹後由良 秋田別荘 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年11月7日 愛善世界社版257頁 八幡書店版第11輯 592頁 修補版 校定版261頁 普及版63頁 初版 ページ備考
OBC rm64b19
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本文  ブラバーサ、マリヤの両人は、キリスト再臨の一日も早からむ事を祈願すべく、手を携へて、早朝より橄欖山の祠の前に端坐して祈願をこらしてゐる。そこへヤコブ、サロの両人が無我の声といふ歌を唄ひ乍ら登り来り、ブラバーサの姿を見て、サロは、
『ヤ、これはこれは神縁浅からずとみえて、又此聖地でお目にかかりましたワ。何うで厶います、其後の御消息は。一度御訪ね致したいと思つてゐましたが、貴方にお別れしてから、アーニヤ方面へヤコブさまと、世間がうるさいものですから転居して居りました。先づ御壮健なお顔を拝し、何よりお目出度う存じます』
 ブラバーサは、
『ヤア、お珍しう厶います。サロさま、其後は打絶えて御無沙汰を致しました。先づ先づ貴女も御壮健で何よりで厶います。何時やらもエルサレムの書店で、貴女のお書になつた「鳳凰天に摶つ」といふ小説を拝見致しまして、親しく貴女にお目にかかつた様な思ひが致しましたよ。中々御上手になられましたね』
『ハイ、お恥かしう厶います。どうも此頃は不景気で書物が売ないので、どこの書店主もコボして居ります。いつもだつたら随分沢山の原稿料もくれるのですけれど、ホンの鼻糞許りよりくれないので、原稿稼ぎも約りませぬワ』
『サロさま、ヤコブさま、久しうお目にかかりませぬ。貴女の小説を拝見致しましたが、マリヤが考へますに、あの材料はどうやら橄欖山を中心として取られた様で厶いますな』
『ハイ、実ア、貴女とブラバーサさまのローマンスを骨子とし、私とヤコブさまの苦労話をそこへ拵へてみたのですが、中々思ふ様には行かないのですもの、本当にお恥しう厶いますワ』
『サロさま、私やブラバーサさまを材料にするなぞと、殺生ですワ』
『そら御互様ですよ。ブラバーサさまだつて、日下開山をお出しになつたでせう。私あれを読んで、顔がパツと赤くなり、ヤコブさまにどれ程気兼したか知れませぬワ、ホヽヽヽ』
『何と云つても、一流の文士許りがよつてゐられるのだから、いつも吾々は槍玉に上げられるのですよ。私も筆さへ立たば、マリヤさまとブラバーサさまのお安うない御関係を素破抜きたいのですけれどなア、アハヽヽヽ。実の所は此姫神さまがマ一度橄欖山へ登り、小説の材料を拵へたいと御託宣遊ばすものですから、何か可い種がないかと、はるばるアーニヤからやつて参りました。今朝の六時にエルサレム駅に安着し、有明家で一寸一服して、今此処へ登つたとこで厶います』
『ヤ、険呑険呑、モウ マリヤの事なんか、書かない様に願ひますよ』
『新聞記者だつて、口止料が要るでせう。サロに対して幾ら出しますか』
『これは恐れ入りました。嘘八百万円許り進上致しませう。ホヽヽヽ』
『オイ、姫神さま』
『厭ですよ、ヤコブさま、姫神さまなんて。なぜサロといつて下さらぬのですか』
『ソンならサロさま』
『さまなぞと、ソンナ事厭ですよ』
『ソンナラ橄欖山で宜しいかな』
『ソラ サロの雅号ですよ』
 マリヤは、
『ホヽヽヽ、お仲の好い事、丸切り一幅の小説みた様だワ。あの紅葉山人の金色夜叉を、私読みましたが、随分面白いですね、恋に破れて、金に勝つといふ仕組ですもの』
 サロは、
『ありや、紅葉山人ぢやなくて紅葉山人とよむのですよ。そしてあの小説の名は金色夜叉といふ方が穏当だと思ひますワ』
『著者の名義や書物の読方位は、何程無学なマリヤだつて存じてをりますが、一寸洒落に言つて見た許しですワ、オホヽヽヽ』
『貴方は今日、有明家で一服して来たといはれましたが、有明家には綾子といふ大変な美人が居りますよ。あの綾子を主人公として、一つ小説を仕組まれたら大変面白い物が出来るでせう。一時は幽霊小説や霊界の消息を幾分加味したものが流行しましたが、現今では艶つぽい恋物語が一般の気に向く様ですね。人心は非常に悪化し、真心の土台が動揺し、生活難の叫びが盛んなる今日では、一層の事、肩の凝らない、面白い、恋愛を加味した読物が時代に能く向く様です』
『ブラバーサ様、私もさう考へまして、実は材料の蒐集に、久し振りでやつて参りましたのよ』
 かく話してゐる所へ、有明家の綾子が一人の箱屋をつれて、しなしなと登つて来た。
 ブラバーサは一目見るより、
『もし、サロさま、的さまがやつて来ましたよ。頗る尤物でせうがな』
『成程、あれ位な美人だつたら、余程もてるでせう。併し乍らヤコブさまやブラバーサさまに、あゝいふ美人を見せるのは目の毒ですワ、ねえマリヤさま』
『そらさうですね、併しあの綾子といふ女は評判の酒くらひで、酔つたが最後、前後を忘れて醜体を現はすのださうです。併し乍ら義理固い事はエルサレム第一との評判ですワ』
『綾子に付いて何か御聞及びの事が厶いましたら、サロに聞かして下さいませぬか』
『大いに厶いますよ。日出島から来てゐる、守宮別さまとの関係に付いて面白いローマンスがあるさうです。守宮別といふ男、女にかけたら仕方のない人物で、三角関係はまだ愚か、四角関係の実演をやつてゐるさうですワ』
『ヤ、そりや面白いでせう。サロも一つ探索してみませうかなア』
『どうやら、あの綾子も此祠へ参る様子ですから、吾々は傍の樹蔭に控えようぢやありませぬか』
とヤコブは樹蔭に忍び入る。
 『宜しかろ』と、一同は十間許り隔つた橄欖樹の、コンモリとした樹蔭に立寄り、橄欖の梢を折つて敷物となし、此処に尻を卸した。有明家の綾子は何の気もなく、あたり憚らず、祠の前に祈願をこめ出した。
『神様、私は大変な罪を重ねまして厶います。どうぞ許して下さいませ。ぢやと申しまして、どうしてもあの男を思ひ切る事が出来ませぬ。併し乍らあの男には五十の坂をこえた熱心な恋女が二人も厶いますから、到底妾は楯つく事は出来ませぬ。又楯ついて人を困らせ、自分が勝利を得ようとは思ひませぬが、何卒々々三人の女が心の底から解合うて、守宮別さまを保護致しますやう、さうして妾はどこ迄も守宮別に見捨てられぬやう願ひます。そして父のヤクは怪我を致しまして、カトリック僧院ホテルに寝てゐますが、之も早くおかげを頂いて元の健全な身体になります様、御願ひ致します。又あやめのお花さまも、今御入院中で厶いますが、一日も早く御全快遊ばす様、妾の為にお花さまはあの様な目にお会ひになつたので厶います。又守宮別さまの心を迷はしたのも妾の罪で厶います。どうぞ之もお許し願ひます』
と祈願してゐる所へ、入院して苦しみてる筈のお花が比較的元気よい勢ひで、ステッキをつき乍らあわただしく登り来り、綾子が一生懸命に祈願してゐる姿を見て……何だか不思議な女がゐるワイ………と首をひねつて考へてゐたが、有明家の綾子といふ事が分つたので、クワツと逆上せ上り、首筋に手をかけ、猫をつまみたやうにひつさげ、右の手の拳骨を固めてポカンポカンと打据ゑ、
『コーラ、淫売女め、ようもようも、人の夫を寝取りよつたな。汝の為に頭を傷つけ、私は病院へやられたのだ。ヤツトの事で全快し、お礼参りに来て見れば、何の事だい。此スベタめ、私を祈り殺さうと思つて……図太い女だ。さ、どうぢや、守宮別を思ひ切るか、返答を致せ』
 綾子はビツクリして、
『どうぞお許し下さいませ。私が悪かつたので厶います』
『ヘン、悪かつたで事がすむと思ふか。男泥棒め、盗猫め、サ、ここであやまり証文を書け』
『ハイ、仰に従ひ、如何様共致します。併し乍ら鉛筆が厶いませぬから、又後して書かして頂きませう』
『エ、甘い事をいふな、ここに万年筆がある、紙も貸てやる。お前の手で判然りと書け。立派に……守宮別さまとは関係致しませぬ……といふ事を書きさへすりや、褒美として金を百両やる。どうぢや、得心だらうの』
『仮令百万両貰ひましたつて、コンナ事は金づくでは書きたくはありませぬ。余りお前さまの心が可哀相だから、書いて上げようかと思つてゐるのですよ』
『ナニツ、此淫売女奴、へらず口を叩くな。わづか一円や二円の金で転ぶぢやないか』
 木蔭に潜みて見てゐた四人は、見るに見兼ねバラバラと側により、
『ヤ、貴方はお花さまぢやありませぬか。かかる聖場で人を擲つたり、ソンナ乱暴な事をなさつては可けませぬよ』
『誰かと思へば、お前は女惚けのブラブラぢやないか。コンナ所へ出て来る幕ぢやない、すつ込んでゐなさい。何ぢや、ヤコブにサロ、マリヤ、ホヽヽヽ、色とぼけのガラクタ許りが、ようマア寄つたものだなア』
 マリヤは、
『もしお花さま、貴女も色呆けぢやありませぬか。此喧嘩も元は色からでせう』
『ヘン、構うて下さるな。此奴ア大事の大事の私の夫を寝取つた、男泥棒だから、今談判をしてゐる所だ。門外漢のお前さま達が容喙する所ぢやない。すつ込んで下さい』
『お花さま、貴女は独身者と聞いてをつたのに、何時の間に夫を有つたのですかい。何と人間といふ者は妙な者ですな』
 お花は腮を二三寸前へつき出し乍ら、
『ヤコブ様、妙でせうがな。女に男、男に女、両方から引つついて、天地の神業を勤めるのは、開闢以来の法則ですよ。お前さまだつて、サロさまに現つをぬかしたぢやないか。ブラバーサだつて、マリヤに首つ丈はまつて、女房の有る身で居乍ら呆けてゐるのだないか。此お花が守宮別を夫に持つたつて、何がそれ程不思議なのだい』
『不思議ですがな。守宮別さまは貴方のお師匠さまの夫ぢやないか。弟子のお前さまが師匠の夫を横領するといふやうな、不人情な事が何処にありますか』
『ヘン、放つといて下さい。之には深い訳があるのだ。お前さま達の知つたこつちやない。此問題は当人と当人でなければ分らないのだ。いらぬ御節介をするより、サロさまとしつぽり意茶つきなさい。それがお前さまの性に合ふとりますわいな、イヒヽヽヽ』
と小面憎相に又腮をしやくつて見せる。綾子は此間にお花の隙を伺ひ、逸早く箱屋と共に、木蔭へ身を隠して了つた。お花は綾子の姿が見えなくなつたのに気がつき、
『ヤア、すべた奴、何処に逃げよつた。生首引抜かねばおかぬ……』
と地団太ふみ乍ら、四人の止むるのもふり放し、一生懸命、髪ふり乱し、西坂をトントントンと地響うたせ乍ら降り行く。
 四人は一度に岩石でも砕けた様な調子で『ワハツハヽヽヽ』と笑ひこける。橄欖山の木の茂みから山鳩が『ウツフ ウツフ、ウツフヽヽヽ』と啼いてゐる。
(大正一四・八・二一 旧七・二 於由良海岸秋田別荘 松村真澄録)
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