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文献名1霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
文献名2第4篇 月光徹雲よみ(新仮名遣い)げっこうてつうん
文献名3第15章 破粋者〔1739〕よみ(新仮名遣い)やぶれすいしゃ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ秋野が原のあたりに人気もない片隅に、古ぼけた水車小屋が立っていた。カーク、サーマンという二人の男が小屋の番をしている。二人は右守サクレンスの手下であった。これより以前に、太子とスバール姫は右守の手下たちに捕らえて、小屋の地下室に幽閉されていたのであった。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年01月30日(旧01月7日) 口述場所月光閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年9月30日 愛善世界社版204頁 八幡書店版第12輯 226頁 修補版 校定版207頁 普及版69頁 初版 ページ備考
OBC rm6815
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本文  那美山の南麓、秋野ケ原の片隅に古ぼけた茅葺の水車小屋が建つてゐる。附近に人家もなく、見わたす限り、東南西の三方は原野の萱草が天に連なつてゐる。此水車小屋は水車の枠も損じ杵も折れ、所々に雨もりがして、今は全然活動を中止してゐる。カーク、サーマンの二人は何事か此茅屋に秘密の蔵するものの如く、お勤め大事と蛙面をさらして仁王の如く仕へ乍ら、雑談に耽つてゐる。
カーク『オイ、サーマン、此間は随分骨が折れたぢやないか。彼の古寺へ十人づつの手下を引つれ、つかまえに行つた時や、俺も「到底此奴ア駄目かなア……」と一時は匙を投げたが、断じて行へば鬼神も之を避くとかいつて、たうとう物にした。あの時に俺の勇気が途中に挫けやうものなら、サツパリ目的物は取逃し、百円づつの懸賞金は駄目になる所だつた。汝等も俺のお蔭で、百円の大金にありついたのだから、チツとは俺の恩恵も知つてゐるだらうな』
サーマン『ヘン、偉相に云ふない。汝は太子の一瞥に会うて、ビリビリと震ひ出し、地上へ平太張つて、息をつめ、物さへ碌によう云はなかつたぢやないか。其時、俺が「オイ、カーク、しつかりせぬかい」と靴で汝の尻を蹴つてやつたので、漸く輿を上げよつたぢやないか。行きなり、女つちよに睾丸をつかまれて悲鳴をあげて青くなり、歯をくひしばり白目許りにしやがつて、フンのびた時のザマつたらなかつたよ、余り偉相に云ふものぢやないワ』
カ『それだつて、太子のカークれ場所は此古寺だと、カーク信を以て報告したのは俺ぢやないか。それだから何と云つても俺は功名手柄の一番槍、誉れは天下にカークカークたるものだ』
サ『何程発見者だと云つても、ヤツパリ俺の勇気がなかつたら、汝はあの山奥で冷たくなり、狼共の餌食になつてゐる代物だ。命の親のサーマンさまだぞ。オイ百両の内五十両位俺にボーナスを出しても、余り損はいくまいぞ。五十両で命が助かつたと思へば安いものだ。俺の名を聞いても一切衆生が成仏するんだからなア』
カ『ヘン、欲な事をいふない。此方の方へ五十両よこせ。右守の大将、誰も誰も平等に、皆百円づつ渡しやがつたものだから、論功行賞の点に於て、非常に不公平があるのだ。俺やモウこんな淋しい所で、一ケ月僅十円やそこらの月給を貰つて居るこた厭になつた。俺やモウ明日から辞職するから、汝一人で番するがよからう。汝は自ら称して救ひの神だと云つてゐやがるから、虎が来たつて、狼が来たつて大丈夫だらう、ウツフフフ。とつけもない救世主が現はれたものだ、イツヒヽヽヽ』
サ『コリヤ、カーク、余り馬鹿にするない。お経の文句にも、「曩莫三満多」といふ事があるぢやないか。「三満多」さへ唱へたら、三災七厄も立所に消滅し、豺狼毒蛇盗人の難も火難水難剣の難も一遍に逃れるという結構なお経だよ。その名をつけてるサー満だから、俺は即ち天下の救世主サーマンといふのだ、エツヘヽヽヽ』
カ『併し地下室の太子は何うしてゐるだらう。舌でも噛んで死によつたら大変だがなア。「どこ迄も殺さないやうにせ、飲食物を与へず、干殺せ」と、右守司の御内命だから、自殺でもやられちや、忽ち俺等の首問題だぞ』
サ『そんな心配はすな。何というても隣室に古今無双の美人が這入つてゐるのだもの、あの細い窓の穴から互に顔を覗き合うて、甘い囁きをつづけ、楽く面白く平然として日夜を送られるかも知れぬ。吾々下司下郎の心理状態とは又、格別違つたものだからのう』
『何程太子だつて美人の面許り見て居つても腹は膨れないよ。諺にも……腹がへつては戦争が出来ぬ……と云ふぢやないか。饑渇に迫つて恋だの鮒だのと、そんな陽気な事思うてゐられるか。汝も余程理解のない奴だなア』
サ『ナアニ、「兎角浮世は色と酒」と、俗謡にもある通り、飯よりも酒が大事だ、酒よりも大切なは色だ。其色女と仮令隔てはあるにしても、毎日顔見合はして、甘つたるい事いつて楽しんでゐる太子の胸中は、暖風春の野を渡るが如き心持でゐられるだらうよ。恋は生命の源泉だと云ふぢやないか。俺だつてあんな美人に恋されるのなら、百日や千日、一杯の水を呑まいでも、一椀の食をとらいでも得心だ。何と云つても天下の名誉だからなア』
カ『アツハヽヽヽ、法外れの馬鹿野郎だなア。飲食物を断てば人間は死ぬぢやないか……死んで花実が咲くものか……といふ俗謡があるだらう。世の中は命が資本だ。人間は飲食物を取り命を完全に保つてこそ、恋といふものの味はひが分るのだ。筍笠のやうに骨と皮と筋とになつて痩衰へ胃病薬の看板の様に壁下地が現はれ、手足は筋骨立つて竹細工に濡れ紙をはつたやうなスタイルになつては恋も宮もあつたものかい』
サ『恋でも宮でもないよ。海魚の王たる鯛子様だ。それだから太子霊従の行動を遊ばすのだ。政治なんか如何でも可い、親なんか如何でも可い、自分の恋の欲望さへ遂げれば人生はそれで可いのだ……などと云つて、あらう事か、あろまい事か、山海に等しき養育の恩を受けた父親の難病を見捨てて、好いた女と手に手を取つて随徳寺をきめこむといふ粋なお方だからなア』
カ『それだから親の罰が当つて、こんな所へ投込まれたのだ。つまり吾身から出た錆だから、気の毒でも仕方がないぢやないか。……天のなせる災は或は避くるを得べし。自らなせる災はさく可らず……といふ教がある。丁度それにテツキリ符合してゐるぢやないか。虎か山犬のやうに、檻の中へ放込まれて、飲食物を与へられず、悶え苦んでゐるとは、実に気の毒千万だ。併し乍ら之も自業自得だから仕様がないワ』
サ『さう悪口を云ふものぢやない。汝だつて俺だつて百円の大金にありつき、女房に立派な着物の一枚も買つてやれたのは、体主霊従様が、あゝいふ事をして下さつたお蔭ぢやないか。余り粗末にすると冥加が悪いぞ。オイ汝、何とかして焼芋のヘタでも買つて来て、ソツと放込んだら何うだ。其位な人情はあつても、余り罰ア当るまいぞ』
カ『馬鹿いふな、そんな事をしようものなら、俺等の身の破滅だ。何と云つても自己愛世間愛の尊重される世の中に、そんな宋襄の仁は止めたが可からう。吾身の保護上険呑至極だぞ』
サ『それでも汝、万々一太子が再び世に出られ、王者に成られた時は如何する積りだ。俺を苦しめよつたと云つて、首をうたれても仕方あるまい。さうだから今の内にチツと位同情の涙を払つて、焼芋のヘタ位は恵んでおく方が、自己愛の精神上最も賢明な行り方ぢやないか』
カ『ヘン、モウ斯うなつた以上は籠の鳥だ。天が地になり、地が天となり、太陽が西から上る事があつても、……………世に出るやうな事があるものか。兎も角長い者にはまかれ、強い者の前には尾をふつて従ふのが、自己保存上唯一の良法だ。俺は断じて何物も与へない積だよ』
サ『汝、さういふけれど、太子の死な無い内に右守の司の陰謀が露顕し、太子の在処が分つて、立派な役人共がお迎へに来たとすれば、「其時や大切にしておきやよかつたに」と、地団駄踏んで悔むでも、最早及ばぬ後の祭りだ。六日の菖蒲十日の菊だ。それだから汝の利益上、俺がソツと忠告するのだ』
カ『俺は断じてそんな女々しい卑屈な事はせないよ。時の天下に従へといふぢやないか。権威赫々として、月日の如く輝き亘る右守の君にさへ、お気に入れば可いのだ。オイ汝、地下室へ行つて、一寸査べて来い。俺や此処で外面の看視に当るから……』
 太子は地下室の牢獄に投げ込まれて今日で三日、一飲一食もせず、細い狭い窓を覗いて、スバール姫の顔を幽に眺め、それをせめてもの慰となし、死期の至るを従容として待つてゐた。其処へ看視役のサーマンがやつて来て、
サ『モシモシ太子様、貴き御身を以つて、かやうな処に断食の御修業を遊ばすとは実に恐れ入りまして厶います。私もタラハン国の国民の一人で御座いますれば、何とかして殿下に対し御恩報じが致したい考へで厶いますが、何分相棒のカークといふ奴、無情冷酷なる鬼畜の如き動物で厶いますから、私の申す事を聞入れず、何かお腹にたまる物を差上げたいと焦慮して居りますが、もしもそんな事を致しまして、右守司の耳へ入れば忽ち私の首は一間先へ転り、ヤツと叫ぶ間も無く死出の旅立と、約らない事になつて了ひますなり、殿下の御境遇は察し参らして居りますが、今日の場合如何ともする事が出来ませぬから、どうぞ因縁づくぢやと諦めて姫様の顔を見て、心をお慰めなさいませ。暗があれば明りもある世の中、殿下だつて何時までもかやうな不運が続くものぢや厶いますまい。屹度元の貴い御位にお上り遊ばす事が無いとも限りませぬ、其時には何うぞ私を御引立て下さいませ。お馬の別当でも、お馬車の馭者にでも結構で厶いますから……』
太子『ハヽヽヽ随分辞令の巧な野郎だなア。それ程親切があるなれば、何故余を捕縛したのだ。汝が二十人の悪人輩を指揮して、予を斯様な所へ投込む様に致しただ無いか。そんな偽善的同情の詞は聞くも汚らはしい、そちらへ行け』
サ『それは殿下の誤解と申すもので厶います。私は決して殿下をお苦め申さうなどの悪心は厶いませぬ。元より殿下に対し、何の怨みもない私で厶いますから』
太『アツハヽヽヽ怨みはなからうが恩恵は味はつただらう。予を捕縛した為に百円の懸賞金を貰つたぢやないか』
サ『ハイ、ソリヤ受取ましたけれど、女房の着物を買つたりなど致しまして、私の身には一文もつけた覚えは厶いませぬ。甘い酒の一杯も呑んだ事もなく、つまり全部嬶の奴にふんだくられて了ひました。どうか恨があるなら内の嬶を恨んで下さい。一文も儲けてゐない私に対し、そんな事仰有るのは余り御無理ぢや厶いませぬか』
太『ハヽヽヽ、妙な団子理窟を捏る奴だな。汝は常識をどこへやつたのだ』
サ『ハイ、情色は女房が内に大切に保護致して居ります。何程夫婦の間柄でも、斯う所を隔つて住まつて居りますれば、情色の楽しみも到底味う事は出来ませぬ』
太『テモ扨ても情ない野郎だなア。サ早く此場を立去れ』
サ『殿下さうポンポンいふものぢやありませぬよ。生殺与奪の権は、言はば間接に吾々が握つてる様なものですから、チツとは監視役の私に対しては、もうチツと許り丁寧に仰有つても、余り御損にもなりますまい。余りポンつき遊ばすと、貴方の御為になりませぬぞや』
と堅固なる檻に、猛悪なる虎を押込めて、外から苛責でゐるやうな心持になつて、下司下郎が威張つてゐる。隣の室よりスバール姫は窓をさし覗き乍ら、
『あの太子様、左様な獣に相手におなりなさいますな。妾は残念で厶います』
太『成程、其方のいふ通りだ。今後は何も云はうまい。オイ野郎共、邪魔になる、早く上へ上つて、水車小屋の立番でも致せ』
と大喝され、流石のサーマンも首をすくめ乍ら、鼠のやうに此場を逃去つた。カークは此間に頬杖を突き乍ら、コクリコクリと居睡つてゐた。
サ『コリヤコリヤ、カーク、職務を大切にせぬか、白昼に居睡るといふ事があるかい』
カ『ヤア、サーマンか、俺やチツとも居睡つてはゐないよ。俯むいて沈思黙考、哲学の研究をやつてゐたのだ』
サ『ヘーン、うまい事いふない。鼾をかいてゐたぢやないか』
カ『きまつた事だ。哲学上鼾の原理は如何なるものなりやと、実地の研究をやつてゐたのだ。無学文盲な汝に哲学の研究が解るか。それだから常識がないといふのだ』
サ『エー、太子にも、情色がないと誹られ、又汝にも情色がないと誹られ、本当に男の面は丸つぶれだ。併し乍ら余りいうて貰ふまいかい。女房がある以上情色はあるぢやないか。汝こそ鰥暮しだから、情色なんか味はつたこたあるまい』
カ『ハヽヽヽ、色情と常識と間違へてゐやがるな。オイ、コラ、此カークはな、天下一の男地獄、色魔の先生と謳はれて来たものだよ。汝等のやうな唐変木の敢て窺知し得る範囲ぢやない。鼠とる猫は爪隠すと云つてな。女の無いやうな面してる奴に、却て女が沢山あるものだ。汝は此間の消息を知らないから、恋や情を語るに足らない人物だ』
サ『ヘン、仰有いますワイ、汝のやうな、鳶の巣と間違へられるやうな頭の毛をモシヤモシヤと生え茂らせ、和布の行列然たる着物を着やがつて、色魔だの、男地獄だのと、そんな事吐す柄ぢやあるまい。ヤツパリ睡呆けてゐやがるな。オイ、そこの小溝で手水でも使うて来い』
カ『そこが汝らたちの解らない所だ。……恋の上手は窶れてかかる……と云つてな、俺の様な者が却て女に惚られるのだ。汝の様に女子の真似をして、頭にチツクをつけたり、石灰の粉を塗つたり、嬶の月経を頬辺に塗つて、色男然と構へてる奴にや女の方から愛想をつかし、唾でも吐つかけ逃て了ふものだ。尻の大砲や肱の鉄砲を打かけられ、鳩が豆鉄砲を喰つたやうな面で指を喰はへて、女の後姿を怨めしげに眺めてゐる代物は、汝のやうな柔弱男子の身の果だ。ヘン馬鹿々々しい』
サ『ほつといてくれ、女房のある立派な人間と嬶なしとは到底間が合はぬからのう。汝は最前俺を無学文盲だと云ひよつたが、汝位無学文盲な奴はあるまいよ。無学の奴を称して、ヨないカカないと云ふぢやないか、ザマア見やがれ。之にや一句もあるまい、イツヒヽヽヽ』
カ『コリヤ、そんなこたどうでもよい。地下室の様子はどうだつたい。隊長に報告せぬかい』
サ『何も報告すべき原料がないぢやないか』
カ『ハハア、汝は太子に叱りつけられ、謝罪つて帰つて来やがつたな。どうも汝の素振が怪しいと思つてゐたよ』
サ『然り然り、然り而うして俺の方から叱りつけて来たのだ。流石の太子もオンオンと声をあげて泣いてゐたよ。何と云つても偉い者だらう。畏れ多くもタラハン城の太子を一言の下に叱咤するといふ蘇如将軍のやうな英雄だからなア』
カ『ヘン、そんな事が何自慢になるか。堅固な檻の中へ這入つてゐる以上は太子だつて、虎だつて、狼だつて、何うする事も出来ぬぢやないか。誰だつて叱る位は屁のお茶だ』
サ『ナニ、理窟からいへばそんなものだが、実地に臨んでみよ。どこ共なく威厳が備はつてゐて、其前へ行くと体はビリビリ慄ひ、目はまくまくし、舌は上腮の方へひつついて固くなり、胸はドキドキ、足はフナフナ、仲々叱る勇気は容易に出て来ないよ。俺ならこされ、一口でも叱りつける事が出来たのだ』
カ『アツハヽヽヽ、手厳しく反対に、叱りつけられよつたのだらう』
 かく話す折しも吹来る西風に送られて、幽かに宣伝歌の声聞え来たる。
(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 松村真澄録)
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