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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第1篇 追僧軽迫よみ(新仮名遣い)ついそうけいはく
文献名3第7章 夢の道〔1796〕よみ(新仮名遣い)ゆめのみち
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじバルギーはいつのまにか、破れ寺にやってきていて、一夜の宿を頼んでいる。寺から現れた尼僧は、尼寺に男を泊めることはできないといってバルギーを閉め出す。途方にくれたバルギーは野宿を覚悟するが、そこへ宿の客引き婆がやってきて、小さな宿に案内する。婆が宿の戸を開けると、そこには牛頭・馬頭の妖怪が何十と居て、人間を食っていた。婆は突然、真っ黒な熊となってバルギーを捕まえてしまう。客引き婆は、バルギーを妖怪の晩飯にしようと、連れてきたのであった。バルギーは命乞いするが、熊はバルギーの悪業を数え上げる。牛頭・馬頭の妖怪は、これまでバルギーが殺めて来た人々の化身であり、この地獄はバルギー自身が作ったものであった。バルギーは進退きわまり、ダリヤ姫から聞き覚えた三五教の数歌を唱えた。すると、熊や牛頭馬頭の妖怪たちは次第に影が薄くなり、消えてしまった。気が付くと、枯草が生い茂る道のかたわらに、泥まみれになって倒れていた。バルギーはよろよろと再び歩き出す。すると、以前に尼寺であった尼僧が、青黒い顔を枯草の中からあらわし、バルギーを呼び止め、自分はダリヤ姫であると名乗る。尼僧は言う。自分は、バルギーをだまして家まで送らせようとした、ダリヤ姫の悪念である。不公平のない神界では、だました相手の許しを得て罪の償いをしなければならない。そのために、このようなところにうろついている。神谷村からバルギーが追い出されるとき、バルギーを諭すつもりで頭を三つたたいたが、その罪で、バルギーに頭を三つたたいてもらわなければ浮かばれないのだ、と語る。バルギー尼から渡された扇子で尼の頭を三つ打つと、尼僧の姿はぱっと消えてしまった。次に、山の向こうから「オーイオーイ」と自分を呼ぶ声がする。聞き覚えがある声に引かれてそちらに進んでいくと、たちまち東方の天から大きな火光が現れ、バルギーの面前に落下し、ドンと地響きを立てて爆発した。気が付くと、自分はハル山峠のふもとに、がんじがらめに縛られていた。そこへ、ダリヤ姫、玉清別、村人らがやってきて、助け起こした。村人たちは、神素盞嗚大神の託宣により、バルギーが命をかけて玄真坊らに抵抗してダリヤ姫の居場所を明かさなかったことを知り、助けに来たのであった。バルギーは村に運ばれ、ダリヤ姫に介抱されて玉清別の館で一ケ月ばかり養生することとなった。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年11月07日(旧09月21日) 口述場所祥明館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版89頁 八幡書店版第12輯 532頁 修補版 校定版93頁 普及版41頁 初版 ページ備考
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本文  空一面に漲つた灰色の雲は所々綻びて落ちさうな紅い雲が、所斑ら覗いてゐる。山下の破れ寺の軒には槻の大木が凩に吹かれて、一枚々々羽衣を剥がれ慄ふてゐる。白黒斑の烏が二三羽、縁起の悪相なダミ声でガアガアとほえてゐる。赤茶気になつた瓦や壁の落ちた高い塔が、あたりの全景を独占してゐる。諸行無常を告ぐる梵鐘の声は、此寺からとも見えず遠く遠く響いてゐる。霜柱の立つた半ば朽ちたる木造りの土橋をトボトボ渡る一人の男、青竹の杖をつき乍ら、腰を屈めて、「頼も頼も」と力なげに呼はつてゐる。破れ障子をサラリと引あけ、ニユツと面を出したのは、形相の凄じい尼僧であつた。尼僧は汚な相に面をしかめ乍ら、
『お前は何処の者だい、何用あつて此処へふん迷ふて来たのだ。お前さまの来る処ぢやない、とつとと帰つて下さい』
男『私はバルギーと申しまして、チツと許り名の知られた男です。お尋ねしたい者があつて此処迄やつて参りました。玄真坊といふ和尚は此寺に参つて居りませぬか』
尼『そんな方は知りませぬよ。とつとと帰つて下さい。お前さまは此処を何処だと思つてゐるか、尼許りの住んでゐるお寺で、男禁制の場処だ。男子不可入と立札が立つてゐるのに気が付かないのかい』
バル『あゝ左様で御座いましたか、つい、日の暮まぐれに、慌てたものですから、つい見当りませず、失礼な事を致しました。然し乍ら斯様に日は暮れはて、あたりに人家はなし、男禁制かは存じませぬが、どうかお庭のスミでも宜しいから、一夜の宿を願ひたいもので御座います』
尼『絶対になりませぬ。男子にものを云つてさへも仏の冥罰を被りますから、お前さまの目には何う見えるか知らぬが、此処は極楽の浄土寺といふ立派なお寺で御座いますよ、サアサア早くお皈りなさいませ』
と云ひ乍ら、ピシヤリと破れ障子をしめ、プンプンとして姿を隠した。バルギーは又もや橋を渡り、力なげに何処を当ともなく、ヒヨロリ ヒヨロリと歩んでゆく。半時許り北へ北へと進んだと思ふ時、後の方から「オーイ オーイ」と皺枯声を張上げ乍ら、髪をサンバラに振り乱し、八十許りの黒い面した婆アが飛んで来る。バルギーはツと立止り、怪訝な面をし乍ら、
バル『私を呼んだのはお前さまかな、何用あつて呼び止められたか』
婆『私はあの薮の畔に、グレ宿をしてゐるお熊といふ婆アだ。どうか今晩は私の所へ来て泊つて下さる訳には行こまいかな』
バル『ヤア其奴ア有難い、併しお婆さま、小さいと云つても宿屋をしてる以上は、二間や三間はあるのだらうな』
婆『御心配なさるな、小さいと云つても木賃ホテルだ。お前の一人や二人は、どこの隅でも泊めて上げる』
バル『宿賃は幾らだな』
婆『幾らでも可いから、お前のやろうと思ふだけ下され、別に欲なこた言はないからな』
バル『ヤア、そんなら、宿屋がなくて困つてた所だ、泊めて頂かう』
と婆アの後について、雑草茂るシクシク原を四五丁許り従いて行くと、家のぐるりには牛馬の糞が堆く積み上げられ、臭気紛々として鼻をついて来る。
バル『婆さま、どうも臭い家だな。牛馬もゐないのに、なぜ此様に沢山牛糞や馬糞がたまつてゐるのだい』
婆『毎日泊らつしやるお客さまが、牛糞や馬糞をドツサリたれて帰るものだから、これ此通り……塵も積れば山となる……といつて、糞の山が出来たのだよ』
バル『フヽン、此奴ア妙だ、人間が牛グソをたれ馬糞をたれるとは聞き初だ。そんな人間の面が見たいものだなア』
婆『今の人間は皆獣だよ、それだから狐グソもたれる、馬糞もたれる、狸のタ糞も裏の方に沢山放りたれてあるから、何なら御案内せうかな』
バル『イヤお婆さま、モウ結構です。兎に角雨露さへ凌がして頂けば結構だから、どうか門の戸をあけて下さいな』
婆『ヨシヨシあけて上げよう、ビツクリをしなさるなや』
と破れ戸をガタつかせ、パツと開けた。見れば牛頭馬頭の妖怪が何十とも知れず、庭一面に荒蓆を敷き、胡座をかき、人間の太腿や腕の血のたれる奴を甘相に齧つてゐる。此奴アたまらぬと、バルギーは逃げ出さうとすると、お熊は俄に真黒けの大熊となり、黒い太い爪でバルギーの頭をグツと握り、
熊『コリヤコリヤ泥棒、逃げようと云つたつて、いつかな いつかな、逃がしはせぬぞ。汝も味の悪いやせつぽしだけれど、まだチツと許り血が通ふて居るやうだから、ここで一つ荒料理をして食つてやろ。あの通り沢山なお客さまが泊つて御座るけれど、まだ一人前足らぬので、あれあの通り、大きな口をパクつかせて待つてゐらつしやる、汝がよい餌食だ、イヒヽヽヽ、何とマア、バカ野郎だな、尼寺では突き出され、木賃宿へ泊つたと思へば体を食はれる、何と云ふお前は頓馬だろう、憐な代物だらう、然し乍らここにゐる牛頭馬頭のお客さまは何れも汝に金と命を奪られ、畜生道へおち込んで、行く所へも行けず飢渇に迫り、此木賃宿で虱だらけになつて逗留して御座るのだ。かうなるも皆汝が作つた罪業の報いだから、誰に不足はあらうまい』
バル『モシモシお熊さま、そんな殺生な事を云はずに、どうぞ見逃して下さいな。一生のお願ですから、キツと御恩は酬いますから』
熊『バカを云ふない、泥棒をするやうな奴に、そんな徳義心があつてたまらうかい。お前はスガの里のダリヤ姫に恋慕の心を起した揚句、彼が歓心を得むとして、杢兵衛の家へ泥棒に入り込み、家内中をふん縛り、有金を残らずひつ攫へ、門口の深井戸へ落ち込み、袋叩きに会ふて、追放された代物だらうがな。そんな奴は万古末代助ける訳には行かぬのだ。此婆がそんな事をせうものなら、悪魔の大王様よりヒドいお目玉を頂戴せなくちやならないのだ』
バル『いかにも、せぬとは申しませぬ、泥棒に入りました。併し乍ら盗つた物はすつかり返したのですから、返した後迄罰せられちや耐りませぬワ、返せば元々ぢやありませぬか』
熊『此問題は問題として、汝は之迄随分沢山な女を強姦し、人を殺し、金を盗つたであらうがな、あの牛頭馬頭のお客さまをみよ、皆覚えがあらうがな。ここは汝の作つた地獄だから観念したが可からうぞや』
 牛の如うな角を生やした真黒けの毛だらけの男、のそりのそりと、お熊、バルギーの前ににじり来り、カラ カラ カラと大口をあけて打笑ひ、
男『コーリヤ、バルギー、俺の面を見知つてゐるか、ヨモヤ忘れは致そまいがな。二十三夜の月待の夜、俺の大事の娘を二三人の小盗人と共に奪ひ取りにふん込んだ矢先へ、俺は娘を渡さじと力限り抵抗したら、汝は牛刀を引抜いて、俺の腹をグサツとつき、苦む俺を尻目にかけ、悪口を叩いて帰つた事があらうがな。サ、可い所へ来た。これから俺が其恨をはらす為に嬲殺にした上、肉も骨も叩いて、此牛腹に葬つてやる積だ。俺も折角人間と生れて、汝の為に命を奪られ、其怨恨が重なつて、牛頭の魔王とまで成り下つたのだ、修羅の妄執をはらすのは今此時だ。イヤイヤ俺許りでない、此処にゐる連中は、どれもこれも汝の毒手にかかつた憐れな人間の成の果許りだ。ジタバタしても、モウ逃れつこはないぞ、念仏でも唱へて覚悟をしたが可からう。てもさても小気味のよい事だな、アハヽヽヽ』
と一同の牛頭馬頭の怪物は声を揃へて、天地もわれむ許りに鯨波の声をあげた。
 バルギーは進退維谷まり、一生懸命にダリヤ姫から聞覚えた三五教の数歌を、細いかすつた声を絞つて、一二三四五六七八九十百千万と、やつとの事で唱へ上げた。牛頭馬頭及びお熊等、一同の妖怪は次第々々に影うすくなり、遂には跡型もなく消失せた。あたりをみれば、枯草生え茂る細路の傍に自分は着衣を泥まぶれにして倒れてゐた。バルギーは漸くにして立上り、
『ヤーア、大変な夢を見たものだ、コラ一体何処だろう、暗さは暗し、斯様なシクシク原にねる訳にも行かず、道通る者はなし、困つたものだな。エー仕方がない、コンパスの続く所まで行つてみよう。又此様な所に横はつてゐて、あんな恐しい夢を見ては仕方がない』
と呟き乍ら屠所に曳かるる羊の如くヨボヨボとコンパスの運転を始めかけた。道の傍に以前古寺で出会つた尼僧が只一人、青黒い面をニユツと枯草の中から現はし乍ら、
『モシモシ』
と呼んでゐる。バルギーはギヨツとし乍ら、
『ヤア、お前さまは最前お目にかかつた尼僧ぢやないか、こんな所に何して御座るのだい』
尼『私ですかいな、貴下よく御存じでせう、ダリヤ姫で御座いますよ』
バル『ヘーン、馬鹿にしなさんな、ダリヤさまはそんな青黒いしなびたお面ぢやありませぬわ。お前さまは大方豆狸だらう、最前の尼僧に化けてゐるのだらう』
尼『イエイエ、決して決して、私は豆狸でも何でも御座いませぬ。タニグク谷の泥棒の岩窟に玄真坊が為におびき出され、其急場を遁れむと鬼心を出して、自分の美貌を楯に、お前さまに惚たと見せかけ、吾家迄送らさうとした悪念の強い、私は副守の霊で御座います。どうぞ一言許してやると仰有つて下さい。さうでないと私は浮ばれませぬから、神様の世界はチツとの不公平も御座いませぬ、貴方を欺いた丈の罪はどうしても償はねばなりませぬので、斯様な所にウロついて居りまする』
バル『いかにも、よくよく見ればどつか似た所がある様だ。ヤ、私も貴女に対しては実に済まない無礼な事を申しました。然し乍ら許すも赦さぬもありませぬ、どうぞ安心して下さいませ』
尼『妾は貴下をウマウマと騙した上、畏れ多くも罪の身を有ち乍ら、貴下に御意見を申す積で神様の宿り玉ふお頭を三つ許り叩いたで御座いませう、其罪で頭は此通り禿テコとなり、かやうな所にウロついて居るので御座います。頭を打つべき資格なくして頭を打つたのが大変な罪となつたので御座います』
バル『何とマア、神様の規則といふ者は難しいものですな、そんなら畏れ乍ら、私に加へた無礼の罪を、更めて赦しませう』
尼『ハイ有難う御座います。どうぞ貴下のお手で此扇子を以て私の頭を三つ打つて下さい』
バル『ヤア、これはこれは御均等さまに、左様ならば仰せに従ひ御免を蒙りませう』
といひ乍ら、軽くポンポンポンと扇子の胸で三度打つた。これつきり尼僧の姿はパツと煙の如く消えて了つた。「オーイオーイ」と向方の山の端から吾名を呼とめる者がある。其声に何となく聞覚があるので、バルギーは引ずらるる如き心地し乍ら、声する方に何時とはなしに進んで行つた。忽ち天を焦して東方より一大火光が現はれ、バルギーの面前に落下し、ドンと地響うつて爆発した途端に気がつけば、自分はハル山峠の麓の草原に雁字搦に縛られて倒れてゐた事が分つた。バルギーは縛められた儘、漸くにして身を起し、草の上に胡座をかき、空ゆく雲を眺めてゐると、そこへスタスタとやつて来たのは、ダリヤ姫、玉清別、及び数人の村人であつた。
ダリ『オヤ、バルギー様、おいとしや、何者にさう縛られたので御座いますか、サアサア皆さま、早く縛めを解いて上げて下さい』
バル『ハイ有難う御座います、思はぬ奴と諍ひをやり、何分腰骨を打つて弱つてゐたものですから、脆くも敵にくくられ、気を取失つて居たやうです、ようマアー来て下さいました』
ダリ『バルギーさま、貴方は本当に義の固い方ですね、玉清別の神司に神素盞嗚大神降らせ玉ひ、ハル山峠の麓に於て、玄真坊其他の者に責られ、妾の在所を詰問され乍ら、命を的にお隠し下さつた其義侠心、神様も大変おほめ遊ばし、一時も早く助けに行けよとの御宣示、取るものも取り敢ずお助けに参りました。どうか御安心下さいませ』
バル『イヤ、これはこれは恐入りまする。御礼の申し上様も御座いませぬ。只此通りで御座います』
と落涙し乍ら合掌する。
玉清『バルギー様、貴方の男気には感心致しました。どうか私の家へ引き返し、腰の傷が癒る迄御養生なさつたら如何ですか、今に駕が参りますから』
バル『私のやうな悪人をそこ迄思ふて下さいますか、ヤ、モウ之限り悪い事は致しませぬ。天性の善人に返り、社会の為お道の為に一生を捧げる考へで御座います。何分宜しう御願申ます』
 之よりバルギーは村人に担がれ、ダリヤ姫と共に玉清別の神館に病を養ひ、ダリヤ姫の手厚き介抱を受け乍ら、一ケ月許り逗留する事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。
(大正一四・一一・七 旧九・二一 於祥明館 松村真澄録)
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