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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第2篇 迷想痴色よみ(新仮名遣い)めいそうちしき
文献名3第8章 無遊怪〔1797〕よみ(新仮名遣い)むゆうかい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ玄真坊・コブライ・コオロの三人は、バルギーを袋叩きにした後、ダリヤ姫は逃げてしまったと思い込み、あきらめてハル山峠を上っていく。玄真坊は、天下を驚かすようなことをやって英雄ともてはやされれば、ダリヤのような美人は思いのままだと一人合点し、一旗あげようと思案をめぐらす。コブライにどうやって活動資金を作るのかと聞かれ、玄真坊は似せ坊主をやめて、また盗賊に戻るつもりであることを明かす。そうこうするうちに、コオロは大あくびをして目を覚まし、夢の中で夢の国の国王となっていたと語る。玄真坊は、その夢を売ってくれと掛け合い、コオロは、夢を売る代わりに自分に命令権を与えてくれと要求する。玄真坊は承知し、一同は山を下っていく。
主な人物 舞台 口述日1926(大正15)年01月31日(旧12月18日) 口述場所月光閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版105頁 八幡書店版第12輯 537頁 修補版 校定版109頁 普及版49頁 初版 ページ備考普及版・校定版「夢」。八幡版は目次「夢」、本文「無」。
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本文  オーラ山に立籠り、星下しの芸当を演じ、三千人の小盗児を集め印度七千余国を吾手に握らむと雲を掴む如うな泡沫に等しく、天に輝く星を竿竹でガラチ落す如うな空想を描いて、不格好に出来上つた鼻つ柱をピコつかせてゐた玄真坊は三五教の梅公別に踏み込まれ、最愛の妻ヨリコには愛想をつかされ、兄弟分と頼むシーゴーには絶交され、折角の策戦計画も愈画餅に帰し、僅三百の悪党輩を引具し、第二の作戦計画を遂行せむと、閂の女が又しても男を好く如うに彼方此方とウロつき廻り、遂にはスガの港のダリヤ姫に現を抜かし、数多の部下に別れタニグク山のシヤカンナが岩窟に天晴救世主と化込んで罷越し、シヤカンナには荒肝を挫がれ、ダリヤには御丁寧に顔に落書までされ、其上後足で砂をふりかけ、ドロンと消えられた悔しさに、シヤカンナの部下の応援を頼み、自分はコブライと共に山阪を駆めぐり、玉清別が館にダリヤ姫の忍びゐる事をつきとめ、執念深くも姫を奪取せむと蛇が蛙を狙ふ如うに、鎖された門の前にコブライと共に夜警の役を勤めてゐた。そこへ玉清別の悴に身を現じた神の子の言霊に打ちまくられ、ダリヤ姫は既に已に玉清別の館を逃げ出したりと信じ、ハル山峠の麓迄やつて来たが、同じシヤカンナの部下であつたコオロと出会し、バルギーを叩き伸ばし、此処に三人は手を携へて、ダリヤの事は兎も角も鉢巻締直し、一奮発をやつて天下の耳目を驚かすやうな大事業を遂行し、天晴れ英雄豪傑ともてはやされなば、ダリヤの如き美人は求めず共雨の降る如く寄つて来るだらうと独り合点し、不細工な目鼻を一所へ集中させ、出歯をむき出し、禿茶瓶から湯気を立ててニタリと笑ふた其御面相は、平素苦虫をかんだやうな難かしい男も思はず吹き出さずには居られない如うなスタイルであつた。
 玄真坊はコブライ、コオロの両人を後前に従へ、ハル山峠の頂上に辿りつき、東南の方を瞰下すれば、タラハン城は甍高く壁白く夕陽に輝いて、何ともなく壮大な気分が浮いて来た。玄真坊は頂上の右側なる大岩の上にドツカと団尻を卸し、夏の夕の蟇の蚊を吸ふ如うな調子で口をパクパク開閉し、腮をしやくり乍ら独言、
『ヤア見渡す限りの連山は樹木繁茂し、土地肥たる原野は際限もなく展開し、タラハン城市は何となく殷盛を極めた様な光景が目に映つてゐる。大丈夫たる者当に此世に於て永住し、天下に覇をなすべきである。シヤカンナも、かのタラハン城の左守として時めいて居つた奴、あれ位な男が左守になれる位なら、吾法力と才智を以て臨めばタラハン城を吾手に入れる位は何の手間ヒマが要るものか、オヽさうぢや さうぢや、これから一つ頭の改造をなし、大計画に取かかつてやらう。就いては棟梁の臣がなくては叶ふまい、何とかして好い家来が持ちたいものだが、三千の部下を引つれた此玄真坊も今日の所では実にみじめなザマだ。栄枯盛衰常ならざるが人生の経路とはいひ乍ら、泥棒の小頭をやつてゐたコブライや小盗児のコオロ両人が左守右守では到底駄目だ。吁何とかして、せめてはシヤカンナの部下を糾合し、又オーラ山からひつぱり出した三百の部下を集めて、種々の訓練を施し、天下を取つてみねば、自分の肚の虫が治まらない。ダリヤ姫も捨て難いが、タラハン城も捨て難い、ナアニ精神一到何事か成らざらむやだ』
と岩上に突つ立上り、東南の空をハツタと見下した其眼光、どこともなく物凄く見えた。コブライは此様子を見て、吹き出し乍ら、
『ウツフヽヽ、もし玄真坊さま、何だか知りませぬが、大変な雄猛びで御座いますな、丸切り枯木に花が咲く様な御計画の如うに、一寸盗み聞を致しましたが、一体どんな御計画ですか、タラハン城なんか到底駄目でせう。あの城内には綺羅星の如き名智の勇将が林の如く並んで居りますれば、何程玄真坊さまが天来の救世主でも、一寸挺には合ひますまい。空想に耽るも結構だが、ここは一つ相応の理といふ事を御考へにならないと、御身の破滅を招くかも知れませぬよ。私は忠実なる臣下として、貴方の将来の為に御忠告を申上げます』
玄『ナアニ、盗人の分際として英雄の心事が分るものか、先づ細工は粒々、俺のする事を見てをれ』
コブ『盗人の分際と仰有いますが、貴方だつて盗人の親分ぢやありませぬか。殊勝らしく数珠を爪ぐり、金剛杖をつき、救世主と化込んで御座るが、心の中はヤハリ虎狼に等しい大泥棒、斯う云ふと、チツタお気に障るか知りませぬが、貴方の御面相には凶兆が現はれてゐますよ。匹夫の言にも亦真理ありで、吾々の云ふ事もチツとは耳を傾けて聞いて貰ひたいものですな』
玄『ソリヤお前の云ふ事も聞かねばなろまい、然し乍ら俺だとて一足飛にヒマラヤ山の上まで上らうと云ふのぢやない。之から順を逐ふて味方を増し、力を養ひ、其上に於ていよいよ実行に取り掛る積りだ。何と云つても三千人の部下を統率して来た腕に覚のある玄真坊だからのう』
コブ『成程、ソラさうでせう、貴方の御器量はコブライと雖も、毛頭疑は致しませぬ。然し乍ら何をやるにも金が先立つぢやありませぬか、其金は何れどつかに隠してあるのでせうなア』
玄『ソリヤ秘してある共、あのタラハン城を見よ、町の所々に白い蔵の壁が見えるだろ、あれは残らず俺の財産がしまひ込んであるのだ』
コブ『アハヽヽ何程財産がしまひこんであつても、自分が所有主でない限り、公然とひつぱり出して使ふ訳には行きますまい、如何なさる御考へですか』
玄『そこが天帝の化身、天来の救世主だ。此地の上にありと所在財産は皆神の造つた物、手段を以て取り出し使ふ積だ』
コブ『あ、さうすると、貴方も矢張り、天来の救世主の仮面を脱ぎ、元の泥棒の親方と還元なさる御計画とみえますな』
玄『千変万化変現出没極まりなきが、大英雄の本領だ。キリストも云つたでないか…人は神と金とに仕ふる事能はず…と、大宗教の法主が不渡手形を発行したり、貴族院議員が詐欺広告をやつて貧乏人の金を絞つたりする世の中だ。何と云つても金が元だ。汝も俺の目的が達したなれば、キツと重く用ゐてやる、それ迄は何んな事でも俺のいふ事は、善にまれ悪にもあれ服従するのだ。第一お前の肚さへ定まれば、此玄真坊は神算鬼謀のあらむ限りを尽し、大望を起してみようと思ふのだ』
コブ『成程、此奴ア面白からう。然しながら貴下が天下を取つた時や、此コブライは、キツと左守か右守にして下さるでせうなア』
玄『ウーン、又其時や其時の風が吹くだらう』
コブ『其時の風の吹き様によつては、どんな運命に陥入れられるかも知れませぬな。そんな頼りないお約束は出来ませぬワ』
玄『今から取らぬ狸の皮算用を行つて居るよりも、先づ実行力が肝腎だ。実行さへすれば、お前が嫌だと云つても、俺の方から頼んで左守になつて貰ふワ、論功行賞は成功した後の事だ。サ、之から一つ、俺も数珠を投捨て、金剛杖をへし折、天晴れ泥棒の張本石川五右衛門の再来となつて、大活動をしてみよう』
といひ乍ら、数珠をズタズタにむしつて、岩上にブチつけ、百八煩悩にかたどつた、百と八つの菩提樹の玉は雨霰と四方に飛散り、金剛杖は三つにへし折られ、恨めし相な面をして大岩の麓に倒れてゐる。
 玄真坊は流石に数珠に幾分の執着が残つたか、飛ちる数珠の玉を眺め乍ら、
『南無百八煩悩数珠大菩薩、南無大救世主遍照金剛杖如来、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏』
と手向けの言葉を残し、岩上を降つて、峠の余り広くない赤土の道へ出た。コオロは旅の疲れで、コロリと横たはり雷の如き鼾をかいてゐた。玄真坊は之を眺めて、
『オイ、コブライ、コオロといふ奴、気楽な奴ぢやないか、こんな所に何時追手が来るかも知れないのに、雷のやうな鼾をかいて寝てゐやがる。一つ揺り起してみたらどうだ』
コブ『玄真坊さま、此コオロといふ奴、何が何だか分りませぬぜ。ワザとに狸の空寝入りをして、貴下と私の計画を残らず聞取りタラハン城へでも行つた時にや、恐れ乍らと内通をする奴かも分りませぬ。どうも此奴のそぶりが変だと思つて、始終注意を怠らなかつたのですが、こんな所で鼾をかくとは益々怪しいぢやありませぬか、災を未然に防ぐは智者のなすべき所、二葉で禍根を刈り取るが将来の安全策と心得ます。斧鉞を用ゐても手に合はない如うになつてからは、最早如何ともすることが出来ますまい』
玄『さう深案じをするものでない、此面で何が出来るものか、マア心配をするな、俺に任しておけ』
コブ『ヘーン、さうですかいな、そんなら私の提案をどうぞ此コオロに話さないやうにして下さいや』
玄『ウンよしよし、いらざる事を喋つて、同僚間に内訌を起させる如うな拙劣な事はやらないよ、マ、安心したが可いワ』
 コオロは「ウーンー」と手足を伸ばし、ワザと三つ四つビリビリとふるひ、アーアーと欠伸をつづけて後、目をこすり、どん栗眼をギロリとむき出し、
『アーアーよう寝た よう寝た、たうとう華胥の国の国王殿下になりかけてゐたのに、惜い夢が醒めたものだ。……命にも替へて惜けくあるものは、みはてぬ夢のさむるなりけり……だ。ヤ、玄真坊さま、ア、コブライの哥兄、えらい失礼をしたな』
玄『よく寝たものだな、併しお前は華胥の国の国王になつた夢をみたといふが、そら可い辻占だ、其夢を俺が買つてやらう』
コオ『ハイ、有難う御座います、然し乍らこんな夢を金銭で売る訳には行きませぬ。所はハル山峠の頂上、常磐堅磐の岩の根で見た夢ですから、キツト之は実現するでせう、絶対に売る事は出来ませぬ』
玄『何と云つても夢ぢやないか、元がかかつてゐるのぢやなし、百両やるから売つてくれ』
コオ『…………』
コブ『モシ、玄真さま、そんなバカなこた、おいたら如何ですか、折角の計画が夢になつちや約りませぬがな。無形の夢を有形の宝で買はうとは、チツと貴方も頭が悪いですな』
玄『バカを云ふな、夢は無といふ、無は無なり、無より有を生ず、有にして無なり、無にして有なり、之れ即ち言霊学上アの言霊活用だ。アは天なり父なり、大宇宙なり、大権威なり、どうしても此睡眠中に見た霊夢を俺の手に入れねば、目的が成就せない。こらキツと神さまがコオロにお見せなさつたのだろ。お前と俺とがタラハン国を占領し、国王にならうと迄計画を立ててゐる、其足許で見た夢だから、現幽一致だ、こんな瑞祥は又とあるまい。それだから、コオロが売らないと云へば、其夢を此玄真が取つて了ふのだ。元より人の物を奪るのは俺の商売だから、アハヽヽ』
コブ『何程泥棒が商売だと云つても、人の夢迄ふんだくるとは、余り念が入りすぎるぢやありませぬか』
玄『水も洩らさぬ仕組といふぢやないか、念には念を入れ、細より微に入つて、注意をめぐらすのが、正に智者のなすべき所だ。至大無外、至小無内の活用が即ち神たる者の資格だ』
コブ『貴方は今、数珠を捨て、金剛杖をヘシ折り泥棒に還元し、天帝の化身を廃業なさつたぢやありませぬか。最早只今となつては、神様呼ばはりは通用致しませぬよ』
玄『アハヽヽ、神にもいろいろある、俺は正神界は辞職したが、之から邪神界の神となるのだ。泥棒にも神さまがあるよ、俺は之から泥棒の神だ、ボロンスの神だ』
コブ『ヘー、フンさうすると貴方は天国浄土の死後の安住はお望みにならないのですか』
玄『オイ、泥棒の分際として、或は人の国を占領するといふ豺狼の心を抱持し乍ら、天国浄土もあつたものかい、霊肉共に地獄の覇者となつて活動するのだ。極楽浄土へ行つて百味の飲食を与へられ、蓮の台に安逸な生活を送り無聊に苦しむよりも、地獄の巷に駆入つて、命を的の車輪の活動の方が何程楽しいか知れやしないワ。極楽なんか俺たちの性に合はない所だ』
コブ『ウン成程…チギル秋茄子…地獄御尤もだ。そんなら私も玄真坊の悪鬼羅刹が乾児となつて修羅の巷に突入し、獅子奮迅、暴虎憑河の勢を以て、タラハン城を根底から、チヤチヤに覆へし、お目にかけて御覧に入れませう、イツヒヽヽヽ』
玄『オイ、コオロ、どうしても俺に売つてくれないか』
コオ『ハイ、売りませう。其代り私に一つの註文があります。金は要りませぬ、私に命令権を与へて下さい』
玄『よし、与へてやる。其代り夢は確に此方へ受取つたぞ』
 コオロは横を向いて一寸舌を出し、素知らぬ面して、
コオ『ヤ、有り難い、サ、之から玄真坊だらうが、コブライだらうが、俺の命令に服従するのだ』
といひ、肩を聳かし、俄に元気づく。
玄『ハヽヽ仕方のない代物だな』
コブ『ヘン、こんな奴の命令を聞いて堪るかい、チヤンチヤラ可笑しい、臍茶の至りだ。併し玄真さま、こんな山の上に何時迄居つても、食物もなし、何処の人家を襲ふて腹を拵へようぢやありませぬか。日も西山に傾いたし、此麓の里迄はまだ三里も御座いますよ、サ、参りませう』
とコブライは勝手覚えし山路を、先に立ち、三人急阪を降り行く。
(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 松村真澄録)
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