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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第2篇 迷想痴色よみ(新仮名遣い)めいそうちしき
文献名3第15章 紺霊〔1804〕よみ(新仮名遣い)こんれい
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ玄真坊がぶちあたった立石は老婆の姿に変じ、玄真坊の元女房、小夜具染のお紺と名乗る。生前の恨みにより、玄真坊を食らうために待ち伏せていたのだと言う。玄真坊は助けを求め、シャカンナが天の数歌を唱えると、お紺は消えうせてしまった。一同は再び行進をはじめる。玄真坊の前に再び立石が立ちふさがるが、天の数歌によって消えうせる。一同はようやく冥府の赤門にたどり着く。玄真坊、コブライ、コオロの3人は、赤門の守衛からまだ現界に命数が残っていると告げられ、門を締め出される。やむを得ずとぼとぼと引き返し始めたところ、耳元で女の声が聞こえたかと思うと、3人はタラハン河の河下に救い上げられていた。3人を介抱していたのは、千草の高姫であった。
主な人物 舞台中有界、タラハン河の河下 口述日1926(大正15)年01月31日(旧12月18日) 口述場所月光閣 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版196頁 八幡書店版第12輯 572頁 修補版 校定版204頁 普及版96頁 初版 ページ備考
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本文  シヤカンナ、コブライ、コオロの三人は玄真坊の姿を見失はじと行進歌を歌ひ乍ら進んで来る。コブライは甲声を絞り乍ら、
『玄真坊の慌て者  大野ケ原を吹く風に
 驚きをつたか魂消たか  頭を先に尻後に
 突出し乍ら不細工な  スタイルさらして行きよつた
 彼奴のやうな慌て者  生みよつた親の面が見たい
 蛙のやうな面をして  トンビのやうな尖り口
 物云ふ度に目と鼻と  口とを一つによせる奴
 もしも地獄があつたなら  地獄の町の見世物に
 出したらよつくはやるだろ  あゝ面白い面白い
 オーラの山に立籠り  ドエライ山子を企みよつて
 目算ガラリと相外れ  ダリヤの姫には目尻下げ
 面を草紙に使はれて  大きな恥をかき乍ら
 蛙の面に水かけた  やうな彼奴の無神経
 呆れて物が云はれない  又もや一つの大望を
 企むは企んでみたものの  これ又ドエライ失敗で
 火事場泥棒のやり損ね  左守の館で捕へられ
 冷い牢屋へブチ込まれ  右守の司の訊問を
 シヤーツクシヤーの呑気相に  煙にまいて答弁し
 左守の館に引き出され  又も業託相並べ
 お庫の金を取り出して  己がポツポへ托し込み
 夜昼なしに山路を  走つた揚句に情なや
 捕手の奴に見つけられ  千尋の谷間にザンブリと
 俺等と共に飛び込んで  命死せしと思ひきや
 こんな所へやつて来た  不思議も不思議こんな又
 不思議が世界にあるものか  玄真坊の慌て者
 アレアレあこに倒れてる  野壺のはたのクソ蛙
 掴んで大地にぶちつけた  やうなザマしてフン伸びて
 ビリビリ慄ふてけつからア  何と因果な奴だなア
 此有様を眺むれば  お気の毒でもあるやうだ
 又々小気味がよいやうだ  こんな奴等を只一人
 助けてみた所で仕よがない  とは云ふものの俺たちも
 こんな淋しい街道を  行くのにや人数が多い程
 心が丈夫になるやうだ  厭でも応でも助けよか
 コラ コラ コラ コラ玄真坊  早くしつかりせぬかい』と
 胸と頭の嫌ひなく  グチヤ グチヤ グチヤと踏み込めば
 ウンと許りに呻きつつ  息ふき返し玄真坊
 『アイタタタツタ アイタタタ  俺の頭を踏みやがつた
 肋の骨を二三本  どうやらコブライが折よつた
 元の通りにして返せ  親から貰ふた大切な
 一生使ふ宝だぞ  アイタタタツタ アイタツタ
 コレコレシヤカンナ左守さま  私の仇を討つとおくれ
 どしても虫がいえぬ程に  あゝ惟神々々
 目玉飛び出し相だわい』
などと体も動かぬ癖に腮許りを叩いてゐる。
コブ『ハヽヽヽ、オイ玄真さま、起きたらどうだい。体も動かぬくせに毒つきやがつて何のザマだ。サア起きたり起きたり、起きな起きぬで可いワ、吾々三人は放つといて行くからのう。仇討つてくれの何のつて、馬鹿にするない』
玄『オイ、コブライ、さう怒るものぢやないワイ、とつくりと話を聞いてくれ。仇を討つてくれといふのは、此途端の立石を叩き毀してくれと云ふのだ。此奴があつた許りに、俺がこんな目に遇ふたのだもの』
コ『ナール程、此奴ア怪体な石だな。ヨーヨー ヨーヨー ヨーヨー、目が出て来たぞ。それ鼻だ、口だ、耳迄生えて来たぞ。此奴、化立石だな』
 立石は俄に白髪の姿と変じ、
『ギヤアハヽヽヽ、コラ耄碌共、俺を誰だと心得て居るか、俺は月の国でも名高い小夜具染のお紺と云ふ鬼婆だぞ』
コブ『ナニ、小夜具染のお紺?、まるで狐みたいな奴だな。小夜具染でも椿染でも構ふものかい。そんなヒヨロヒヨロした婆アの態をしやがつて、偉相な口を叩くない。俺を何方と心得てけつかるのかい』
お紺『ギユーフツフヽヽ』
コ『コラ、お紺、ソーラ何吐してけつかるのだい。ギユフヽヽヽとは何だい。それ程牛糞が欲しけら、そこらの街道を歩いて来い、馬糞も牛糞も沢山落ちてるワイ。大方汝ド狐の化そこねだろ』
お紺『グツグツ吐すと、わいらも一緒に食つてやろか。折角玄真の野郎を食つてやらうと思へば汝達が出て来やがつて邪魔をさらすものだから、聊か困つてゐるのだ。エ、グヅグヅさらさずに早く何処へ行け。サアこれから汝等が通つた後は、此お紺が玄真坊の体を叩きにして団子に丸めて食つてやるのだ、ギヨーホツホヽヽヽ、何とはなしに甘相な臭がするワイ………のう』
玄『オイ、コブライ、シヤカンナの兄貴、コオロの乾児、ツタに俺を見捨てやせうまいの、此婆アを平らげてくれないか』
シヤ『ウーム、どしたら可かろかの。コブライ、お前は如何する考へだ?』
コブ『……………』
お紺『喧ましいワイ、泥棒許りがよりやがつて、何をゴテゴテ云ふのだ。汝の成敗さるる所は此先にある、楽んで行つたが可からうぞ。此玄真坊と云ふ奴、此お紺と云ふ女房があるにも拘らず、梅香と云ふスベタ女郎に現をぬかし、俺に空閨を守らせた無情冷酷なクソ爺だ。其恨が重なつて道端の立石となり、玄真坊の売僧が、通りやあがつたら通りやあがつたらと、寒い風に吹かれ乍ら、此所に待つてをつたのだ。サ、モウ斯うなりや最早百年目、ジタバタしても叶ふまい。小夜具染のお紺の面を見覚えて居るだろな』
と云ひ乍ら、カツカツと喉を鳴らした途端に、パツパツと火を吹き出し、玄真坊の禿頭を、紅蓮の舌で嘗め尽す。其熱さ苦さに、玄真坊は手足をジタバタさせ乍ら、蚊の鳴くやうな声を出して、
『オーイ、シヤカンナ、助けてくれ助けてくれ』
といふ声さへも次第々々に細つてゆく。シヤカンナは見るに見かねて、一生懸命に「一二三四五六七八九十百千万」と天数歌を歌ひ終るや、小夜具染のお紺の姿は煙草の煙の如くにフワリフワリと空中に揺れ乍ら消えて了つた。
 不思議にも玄真坊は体の自由が利き出し、又もや一行の先に立ち、性こりもなく、頭を先に尻を後にポイポイと蝗の蹴り足宜しく細い脛をふん張り乍ら進み行く。三人は又もや玄真坊に瞬く内に二三町計り遅れて了つた。
コ『モシ、シヤカンナさま、余程玄真坊は罪な男と見えますな。あのお紺といふ奴、一遍玄真坊と結婚したに違ありませぬナ、玄真坊ぢやなくつても、あの面では私だつて厭になりますワ』
シヤ『サア結婚か、お紺か、み紺か知らぬが随分難かしい御面相だつた。斯様な妖怪が出没する以上は、ヤハリ地獄の八丁目に違なからうよ。マアボツボツ前進することにせうかい』
コ『何だかそこら中が淋しくなつたぢやありませぬか、丸切壺を被つてるやうな気分になりました。コオロ、お前は如何だ』
コオ『俺だつて、矢張淋しいワイ。然し乍らお紺でもお半でもよいから、チヨイチヨイ出てくれると退屈ざましになつて可いぢやないか。玄真坊にやチツと許り気の毒だけれどのう』
コ『サ、御両人、参りませう』
と云ひ乍ら先に立ち、
コ『思へば思へば不思議なる  妖怪変化が現はれて
 怪態な面を見せよつた  玄真坊の慌て者
 こんな街道の真中で  よい恥さらしをやりよつた
 彼奴もチツとは良心の  かがやき亘ると相見えて
 俺等三人を後に置き  逃るが如くに行きよつた
 思へば思へば可哀相ぢやな  サアサア之から気をつけて
 行かねばどんな妖怪が  出現するかも知れないぞ
 気をつけめされよ御両人  八衢街道の不思議さは
 到底現界ぢや見られない  あゝ面白い怖ろしい
 恐い悲しいジレツたい  思へば思へば情ない
 あゝ惟神々々  目玉が飛び出し相だワイ』
 玄真坊は一生懸命に進行歌を唄つてゐる。
『あゝ恥しや恥しや  昔の俺の女房が
 執念深くも道端に  石の柱と化けよつて
 俺の通るを待伏せて  どぎつい憂目に合せよつた
 ホンに女といふ奴は  仕末に了へぬ代物だ
 優しく云へばのし上る  きつく叱れば吠えくさる
 殺してやつたら化けて出る  之は天下の通弊だ
 お紺の奴は俺の手で  殺した覚はなけれ共
 悋気の深い奴と見え  執念深くも化けて出て
 俺を食はふと云ひよつた  ても怖ろしい婆アだな
 あんな女にかかつたら  黐桶へ両足を
 突込んだよりもまだ辛い  苦しい思ひをせにやならぬ
 金と女と云ふ奴は  吾身を亡ぼす仇敵と
 今や漸く悟りけり  とは云ふものの何処迄も
 金と女は捨てられぬ  人と生れた上からは
 どしても女と黄金が  無ければ此世が渡れない
 善悪互に相混じ  美醜互に交はつて
 此世の総が出来るのだ  之を思へば地獄だと
 云つた所で何怖い  地獄の中にも極楽が
 キツと設けてあるだらう  それを思へば幽冥の
 旅路も結局面白い  ドツコイドツコイ ドツコイシヨ
 アイタヽヽヽタツタ アイタタツタ  何だか知らぬが足許に
 喰つきよつたに違ない  皆の奴は何してる
 さつてもさてもコンパスの  弱い奴等は仕様がない
 俺はテクシーの自動車で  一瀉千里の勢で
 こんな所迄やつて来た  彼奴等三人の姿さへ
 吾目に入らぬ遅緩しさ  一筋道の此街道
 外へは迷ふ筈がない  あゝ待どうや じれつたや
 アイタヽヽヽ アイタタツタ  又もやこんな街道の
 どう真中に立石が  出しやばりやがつて俺達の
 頭をコンとやりよつた  今度はさうは行かないぞ
 一二三四五つ六つ  七八九つ十百千
 唱へてやつたら滅茶々々に  烟となつて消えるだろ
 一二三四五つ六つ  七八九つ十百千
 万の神の御降臨  偏に仰ぎ奉る
 あゝ惟神々々  恩頼を垂れ玉へ』
 不思議や立石は煙の如く中空に消え失せて了つた。玄真坊は何だか前進するのが俄に恐ろしいやうな気がし出したので、少時路傍に佇んで三人の落伍組を待つてゐると、一行はヤツとの事で此場へ追つ付き来り、
シヤ『ヤ、迚も早いコンパスだのう、又お紺に出会つたのだろ』
玄『お察しの通り、お紺か何か知らぬが、又もや石柱が飛び出しやがつて、頭をおコンと打たしやがつた。けれ共な、お前の数歌の受売をやつた所、烟となつて、コツクリコと消えて了つたのだ。ても偖も数歌の威力といふものは偉いものだワイ………と此様に今感じた処だ』
シヤ『オイ玄真、向方に厳しい赤門が見えるぢやないか』
玄『ウンさうだ、いよいよ赤門だ。何だか小気味が悪いので、実アお前の追付くのを待つてゐたのだ』
シヤ『ハヽヽヽ、ヤツパリ偉相に云つても、心の大根は弱い所があると見えるワイ。サ、俺が先頭に立つから、お前等従いて来い』
と云ひ乍ら、シヤカンナは一行の前に立ち悠々と赤門に近づいた。冥府の規則として白赤の守衛が二人厳然と控へてゐる。
赤『コリヤコリヤ其方は何者だ』
シヤ『ハイ、私はタラハン城の左守の司シヤカンナと申す者で御座います』
 赤は横に細長い帳面を繰乍ら、
赤『成程、お前さまの命数は尽きてゐる。直様天国へやつてやりたいは山々だが、チツと許り八衢に修業をして貰はねばならぬかも知れぬ、何事も伊吹戸主の御裁断を仰いだ上のことだ。サ、お通りなさい』
とシヤカンナの尻を叩けば、シヤカンナは風に木の葉の散る如く、フワフワフワと門内に翔つやうにして這入つて了つた。赤は玄真坊に向ひ、
『オイ汝は玄真坊と云ふ悪僧だらうがな。汝はどうしても地獄代物だ、然し乍ら未だ命数が残つてゐる。現界に未だ籍のある奴ア、此処の管轄区域ぢやない、サ、トツとと帰れツ』
玄『成程、随分私は悪僧で御座います。然し乍ら一つも成功した事は御座いませぬ。何れも未遂犯で御座いますから、どうぞ大目に見て下さい』
赤『エー、ゴテゴテ云ふな、帰れといつたら帰らぬか』
と二銭胴貨のやうな目玉を剥出せば、玄真坊は慄ひ戦き縮こまつて了ふ。
赤『オイ、そこなる両人、其方も矢張泥棒稼をやつてゐる奴だろ、コブライにコオロと云ふだろ』
コ『お察しの通りで御座います』
コオ『其通りで御座います』
赤『汝も仲々罪の重い奴だが、未だ現界に籍が残つてゐる。サア、一時も早く立ち帰れツ』
と赤門をピシヤツと閉め、白の守衛と共に門内に姿をかくした。三人は已を得ずトボトボと元来し道を七八丁許り引き返したと思へば、自分の耳元にやさしい女の声が、電話がかかつて来たやうな程度で聞えて来る。三人は揃ひも揃ふて一度にパツと気がつき四辺を見れば、自分はタラハン河の河下に何人かに救ひ上げられ、沢山の見物に取まかれ、一人の綺麗な女に介抱されてゐた。此女はトルマン国を抜出した妖婦千草の高姫であつた。
 以上は甦つた玄真坊以下の幽界想念の幕である。
(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 松村真澄録)
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