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文献名1霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻
文献名2第2篇 幽山霊水よみ(新仮名遣い)ゆうざんれいすい
文献名3第9章 空中滑走〔559〕よみ(新仮名遣い)くうちゅうかっそう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-12-27 17:06:41
あらすじ与太彦、六は昼なお暗い鬱蒼とした谷間に着いて、突風に飛ばされた弥次彦と勝公を探している。与太彦と六は、二人が死んでしまったことを心配しつつ、悲しみを抑えて捜索している。谷川を渡って一町ばかり行ったところで、六は二人が大木の上にひっかかっているのを見つけた。弥次彦と勝彦は、二人が捜索に来たことに気がついたが、弥次彦は幽霊の真似をしてからかってやろう、と言う。勝彦がたしなめるが、弥次彦は勝彦に、芝居口上を上げるように乗せる。勝彦は乗せられて、ここが三途の川を渡った幽界であるかのような芝居口上を述べ立てた。弥次彦はふざけているうちに踏み外して、木の下に墜落して痛がっている。勝彦は芝居の口真似をしながら、竹に飛び移って降りてきた。一同は万歳を唱える。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年03月24日(旧02月26日) 口述場所 筆録者藤津久子 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年11月15日 愛善世界社版148頁 八幡書店版第3輯 212頁 修補版 校定版154頁 普及版70頁 初版 ページ備考
OBC rm1409
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本文  さしも烈しき山颪  嵐の後の静けさと
 天地は茲に治まれど  まだ治まらぬ胸の中
 与太彦、六公の両人は  小鹿峠の谷々を
 木の葉を分けて探せども  梢は暗く下柴の
 茂り茂りて道もなく  遂にその日も暮れにけり
 時しもあれや東天に  雲押し分けて昇り来る
 月の光に照らされて  四辺明るくなりければ
 二人は声を限りに
『オーイ、オーイ、弥次公ヤーイ、勝公ヤーイ』
と叫ぶ声も遂に嗄れ果てて、今は心も皺がれの、声も無ければ音もなき、
 二人の友が消息を  右往左往に踏み迷ひ
 尋ね行くこそ哀れなれ。
 与太公、六公の二人は老樹鬱蒼として昼なほ暗き谷間に辿り着いた。
与『オイ六公、是丈け尋ねても見当らないのだから、もう断念するより仕方があるまいなア』
六『是ほど広い山の中を、人間の一人や二人が一日二日探して見た処が駄目だなア。然し乍らみすみす友の災難を見捨てて帰る訳にも行かず、吾々は息の続く限り、所在をつき留めて、せめては死骸なりと厚く葬つてやり度いものだ』
与『これ丈け尋ねて、生きて居つて呉れれば結構だが、不幸にして、弥次、勝の両人、敢なき最後の幕を降し、死骸となつて横はつて居るとすれば、本当にそれこそ世話のしがひが無いワ』
六『与太サン、ソンナ与太を云つてる処か、本真剣になつて下さいな』
与『真剣とも真剣とも本真剣だが、余り疲れたので足がヨタヨタ、与太サンだよ』
六『あれ丈け呼んでも、ウンともスンとも答が無いのだから困つたものだ。余り偉い風に吹き付けられて、弥次、勝の両人は、鼓膜を破られて、吾々のこの友情の籠つた悲哀的声調が耳に徹しないのだらうか』
与『何、あれ位の風に、耳の鼓膜が破れるものか、縡の糸が切れたのだよ。綽切れたに間違ひない、困つた事だワイ。ことに草深い山中の事といひ、捜索するのも、殊の外、骨の折れる事だ。是ほど呼んでも叫んでも、コトツとも云はぬのは、どうしたものだイ。この谷のあらむ限り悉く、言霊の発射をやつて見やうと思へど、どうした事か、声は嗄れ、貴重な言霊は忽ち停電と来たものだから、仕様事はない、道中で二人の友達を紛失致しましたと云つて、日の出別の神様にどう断りが立つものか。アヽ困つた事だ、コンナ事と知つたなら随いて来るのぢや無かつたにと云つて、慰藉晴らし愚痴の繰言繰り返し、呼べど叫べど死んだ人は、開闢以来帰つたと云ふ事はまだ一度も聞いた事がないワイ』
六『与太公、アヽお前はようことことと云ふ男だナア、生死不明の両人を捉へて、お前は最早死んだ者と覚悟を決めて居るのか』
与『耳も聞えず、物も言へない奴は死んだ者だ。アヽ六日の菖蒲、十日の菊だ、悔んで返らぬ事乍ら、恋しい弥次サン勝サンは、何処にどうして御座るやら、お前は情ない情ない、都合四人の道連れが、半死半生の目に合ふて、どうして之が泣かずに居られうか。アヽ私も一所に殺して下さんせ、死に度いわいなと許りにて、命惜まぬ武家育ち、シヤンシヤンシヤンか』
六『エヽ与太公、ヨタを云ふにも程がある哩、もつと真面目にならないか』
与『真面目になつても、ならいでも同じ事だよ、死んだ者は、どうしたつて帰つて来る例は無い、俺も余り心淋しく悲しくなつて来たので、気まぐれに、莫迦口を叩いて居るのだ。何処に友達の災難を見て喜ぶ者があらうかい。三五教の教には、取越苦労と過越苦労はいたすなよ、勇んで暮せ、刹那心が大切だ、刹那のその刹那こそ吾々の意志のまま、自由行動の勢力範囲だ。一分間前は最早過去の夢となつて、どうしても逆転させる訳には行かず、一分間後の事は人間の自由になるものではない、何事も神様の自由意志の儘だ。斯う云つて居る間も、無情の風とやらの悪魔は吾々の身辺を絶えず附け狙ふて居るのだ。弥次、勝の二人の友達は実に無情至極の烈風に誘はれて之も生死の程は明かならず、吾々はこうして両人に邂り逅ひ、ヤア居つたか居つたか、結構々々、豆で御無事でお達者で、美はしき御尊顔を拝し吾々身に取つて、恐悦至極に存じ奉ります。やア之は之は与太公か六公か、余が所在を尋ね、よくも難路を踏み越え、探しに来て呉れた、大儀々々、余は満足に思ふぞよ。褒美には、これを遣はすと云つて、鼻糞の万金丹でも、ヱンリンのアンカン丹でも御下賜あるに定つて居ると予算を立てて行つて見た処が、算用合ふて銭足らず、予算外の支出超過で、さつぱり二人の友達は破産申請、身代限りの処分を受けて、可愛い妻子をふり捨て、十万億土の冥途とやらいふ国へ移住でもして居つたら、その時こそ、折角張り詰めし心の綱も、頼みの糸も切れ果てて、泣いても悔んでも返らぬ悲惨な幕に打付かるかも知れやしない。その時なにほど失望落胆したつて駄目だよ。アヽコンナことを思ふよりも、日頃の信仰の力によつて強圧的に刹那心を発揮し、われと吾心の駒に慰藉を与へて居るのだよ。陽気浮気で無駄口が云へるかい。啼く蝉よりも啼かぬ螢が身を焦す。嗚呼それにしても、あの元気な弥次彦の顔がもう一度拝みたい。勝公も勝公ぢや、折角、窟の中から助けられ、僅か半日経ぬ内に、無情の風に誘はれて、木の葉の如く吹き散らされ、煙となつて消ゆるとは、何たる因果な生れ附だらう。想へば想へば矢張悲しいワイ。刹那心の奴、どうやら屁古垂れさうになつて来たワイ。アーンアーンアーンアーンアーン、ウーンウンウンウン』
六『日天様はニコニコと御機嫌好く、山の端をお昇りなさつて吾々の頭を照らして下さるが、心の中は雲に包まれ、涙の雨は夕立と降りしきり、何共云へぬ淋しい事だ。人間といふ者は、あかぬものだな。昨日まで、鬼でも挫ぐ様な元気で、機嫌良うはしやいで居つた二人の友達は、今は生死も分らず九分九厘までは彼の世へ行つたものと諦めねばならぬ破目になつて来た、俺も昨日まで、ウラル教の宣伝使であつたが、漸く三五教に帰順したと思へば、弥次彦、勝公に別れて了ふし、何だか知らぬが昨日から交際ふた人とは何うしても思はれない、十年も二十年も昔から交際ふた様な気がする。知り合ひになつてから、三日も経たぬ俺でさへも之丈け悲しいのだもの、与太公は、長い間の馴染、お前の心も察するよ』
与『アヽ仕方がない。此処で屁古垂れずに、もう一遍、大捜索をやつて見やうか、因縁があれば、神様が両人に逢はして下さるだらう、たとへ死骸なり共、もう一目逢ふて、二人の先途を見届けて置かねばならない。エヽ怪体の悪い烏の鳴き声だ、益々気に懸るワイ』
六『オーほんにほんに向ふの谷間の大木の枝に沢山の烏が止まつて鳴いてゐるなア。ハテ、こいつは怪しいぞ、何だか人間の着物らしい物が、梢に見えるぢやないか、見てみよ』
 与太公は両手の親指と人差指にて輪を拵へ乍ら眼鏡の如くに、左右の目にピタリと当がひ、烏の群がり居る樹木の枝に目を注いだ。
与『ヤアあれは的切、弥次公、勝公の着物だぞ。天狗の奴、股から引裂きよつて、着物を木に掛けて置きよつたな、エヽ忌々しい、しかしながら着物でも構はぬ、友達の形見だと思へば宜い、一つ彼の木の根元へ行つて調べて見やう、あの下辺りに、死骸となつて横はつて居まいものでもないワ、彼れが第一、生きて居るのだつたら、烏の声が聞えるだらうから、俺達の言霊も聞える道理だ。一つ力限り叫んで見やうか』
六『叫ばうと云つたつて声の原料が根絶したのだから仕方がない。向ふが烏よりもこちらが声をからすだ、二人で此様な処で、とり留めもない、とりどりの噂をして居るよりも、とり敢ず、手取早く、彼の木の元にとり付いて調べて見やうかい。万一あの木の元に、死骸が一人でも二人でもあつたならば、俺は彼の女房の代り役者となつて、これこれ弥次サン勝サンヘ、逢ひたかつた、見たかつた、と顔や手足に取付いて、前後不覚に嘆きつつ、取乱したるその哀れさ、ヂヤンヂヤンヂヤンヂヤン』
与『俺の真似許りするない。ソンナ処かい、さア駆足だ』
 樹木茂れる中を、茨に引掛り、蜘蛛の巣にまとはれ乍ら、漸くにして谷川の縁に着いた。
与『ヤア、折悪しく、川向ふの松の大木だ、この急潭をどうして渡らうかな、アヽ昨日や今日の飛鳥川、変る浮世といひ乍ら、有為転変も、ここまで往つたら、徹底して居る哩、この川の淵瀬がどうして渡られやうぞ。オイ六公、何とか好い考へは出ないかいのう』
六『俺の考へは只刹那心あるのみだ。この谷川へ飛び込んで、土左衛門になつたら、その時はもう仕方が無い。弥次公、勝公の後を追ふて一所に仲宜く、死出三途同行四人だ』
と云ふより早く、六公は着物を着た儘、ザンブと許り谷川へ飛び込んだ。
与『アツ六公め、気の早い奴だ、エヽ俺も破れかぶれだ』
と又もや、ザンブと身を躍らして、青淵目蒐けて飛び込んだ。折よく流れ渡りに向岸に無事に這ひ上る事を得た。
六『アヽお蔭で川渡りは成功した。与太公もやつたのか、偉いなア』
与『偉いの偉くないのつて、鼻から口から、水を充満飲んだものだから、息が止まりさうにあつたよ、然ながら、斯うぬれねずみでは、着物が足に巻り付いて歩く事も出来はしない、一つ大圧搾をやつて、荒水を取つて着替へて行かうか。ヤア六公の奴、早何処かへ行きよつたナ』
 六公は一丁許り向ふの樹の茂みから、
六『オーイ、与太公、此処だ此処だ、オーイ、弥次公、勝公、俺は此処だヨウ』
与『何だ幽霊の名まで呼んでゐよる。冥土へ行つた弥次、勝と交ぜて俺の名を呼ばれて堪るものかい。顕幽混交だ、縁起の悪い。併しながら、俺は三途の川へ飛び込んで、最早や娑婆の人ではないのかな。何は兎もあれ、六公は頻りに呼び居るから、ともかく行つて見やう』
と独り言ちつつ声を目当てに上つて来る。
与『ヤア六公、どうだ、目的の主は御健全かな』
六『どうやら、姿だけは残つてゐるらしいぞ。何ぼ呼んでも、返事はせないから、生死の程は確かにそれとは計り兼ねる。上つて見やうと思つた処で、コンナ大木で、どうする事も、斯うする事も出来やしない、末期の水もよう汲んで貰はずに死んだかと思へば今更の様に思はれて、俺はもう悲しいわいやい、アーンアーンアーンアーン』
与『何メソメソ吠面かわくのだい、末期の水はなく共、松ケ枝で死んだのだもの松の露位は飲んで死んだらう、死んで了つてから何を云つたつて仕方がない。これからは、二人で弥次、勝の弔ひ合戦をやるのだ、二人寄つて四人前の働きをすれば、二人の亡者も、冥するであらう。もう斯うなれば、追善の為めに、各自が二人前の働きをするより、二人の霊を慰めてやる方法は無いワ』
 松の上より幽かな声で、
弥『オーイ与太公か、六公か、与太六』
与『ヤア、お前は弥次彦か、勝公か、死んだらもう仕方がない、後は俺が引受けて女房までも都合宜う世話してやるワ。迷ふな迷ふな。娑婆の執着心をサラリと去つて極楽参りをしてくれ』
弥『(小声で)オイ勝公、お蔭でこの松の大木に助けられて気が付いたと思へば、与太、六の奴、俺たちを亡者と間違へよつて、アンナ事を云つて居よる。一つ此処まで、軽業の芸当をやつたのだから、このまま下りるのも何だか、変哲がない、一つ亡者の真似でもして、一芝居やつて見やうかな』
勝『お前、よつぽど腹の悪い奴だナ、可愛想に二人の友達が、泣声を出して探しに来て居るのに罪な事をするものちやないワ』
弥『それでも勝公、既に既に、俺たちを亡者扱ひにして居るのだもの、このまま済しちや、折角の芝居のハネ口が悪いぢやないか。ハネ太鼓が鳴るまで一寸演劇気分になつたらどうだ、オイ勝公、お前芝居が下手なら口上言ひにならぬか、拍子木の代りに、両手を叩いて、お客様に口上を申上げるのだ』
勝『さうだ、一寸口上を云つて見様かな。東西々々、今晩御覧に入れまする狂言芸題の儀は、小鹿峠大風の段より三途の川、死出の山、脱衣婆に弥次彦が談判を試みる一条より後に残つた、与太、六といふ二人の腰抜け野郎が、泣面かはいてその後を尋ね、三途の川の向岸で松の大木の根元において嘆き狂ふ愁歎場を、大切と致しまして御高覧に供しまする。何分遽芝居の事にございますれば、神直日大直日に見直し聞き直し、あれは彼れ位の者、之は之れ位の者とお許し下さいまして、お爺サンもお媼サンもお子供衆も、近所隣誘ひ合せ賑々しく、御来場御観覧下さらむ事を、偏に希ひ上げ奉ります、チヤンチヤン』
与『オイ六公、世の中が変れば変るものだな、芝居といふものは娑婆丈けのことかと思へば、幽界に来ても、やつぱり芝居があると見える哩、なにほど幽界は淋しいと云つても、芝居さへ見せて呉れれば、ちつとは気保養も出来るといふものだ、変性男子の閻魔サンが御代りになつてからと云ふものは、地獄の中も、余程寛大になつたといふ事を、神憑の口を通じて聞いて居たが、如何にも変つたものだ、民権発達といふものは、地獄の底まで影響を及ぼし、今度の閻魔サンは、民主主義になられたと見えるな』
六『与太公、何を云ふてゐるのだい、ここは三途の川じやないぞ、小鹿峠の谷間ぢやないかい、勝の奴、好い気になつて、アンナ亡者芝居の真似をさらしよるのだよ。莫迦莫迦しい哩』
与『否々そう早合点をするものぢやない、俺も一旦、谷底へ飛び込んだ時に沢山な水を飲んで、気が遠くなり、大きな川を泳いだ様な気がする、婆の姿は見えなかつたが何でも深い大きな川だつたよ』
六『惚けない、今この川を渡つたとこぢやないか、俺は決して亡者ではないぞ。貴様も俺と一所に渡つたのだから、矢張り娑婆の人間だ。オイ、松葉天狗の弥次公、勝公、早く下りて来ないかい、ソンナ処で目を剥き、鼻を剥き、芝居をやつて居ると、真逆様に顛倒して、それこそ今度は、真正の亡者にならねばならぬぞ。好い加減に下りて来ないかい。貴様が仕様もない事を吐すものだから、与太公の奴、亡者気分になりよつて困つて了ふワ』
弥『(作り声して)ウラメシヤー、無情の風に誘はれて、小鹿峠の十八坂の上まで来た処が、無惨やナー、花は半開にして散り、月は半円にして雲に包まる、有為転変の世の中とは謂ひ乍ら、思ひもよらぬ冥土の旅、ま一度女房の顔が見たい哩のー。それに就いても恨めしいのは、なぜ与太公や六公を冥土の旅に連れて来なかつただらう。三途川の鬼婆奴の吐す事には、貴様は友達甲斐のない奴ぢや、なぜ与太公、六公を見捨てて来たか、水臭い奴ぢや、も一度帰つて誘ふて来いと吐しよつた。アヽ仕方がない………後に残つた与太公や六公の奴、弥次彦勝彦は情ない奴ぢや、何故に俺達を残して冥途の旅をしたのかー、この恨みは死んでも忘れは致さぬと、小鹿山の森林で娑婆の亡者となつて迷ふてゐるぞよ。早く貴様は娑婆の入口まで引返し、松の木の枝から、招いて来いと云ひ居つた。アンナ頑固な腰抜け野郎と、冥土の旅をしたなれば、嘸や嘸厄介のかかる事であらう程に、エヽ三途の川の鬼婆も聞えぬわいのー、ホーイ ホーイ』
六『コラ弥次公、何を誣戯けた真似をしよるのだい、死に損ひ奴が、早く下りぬかい』
与『オーイ弥次公、三途の川の婆が何と云ふたのか知らないけれど、与太公は娑婆で大病に罹つて足が立たぬから暫らく猶予をしてやつて下さいと頼んで呉れえやい。俺はその代りに、貴様の冥福を祈つて、朝晩に鄭重な弔ひをしてやる程に、何卒お婆アサンにその処は宜しう取做しを願ふぞやー、ホーイ ホイホイ』
六『ヤア此奴また怪しうなつて来たぞ、与太公は丸で六道の辻見た様なものだ、エヽ糞ツ、面白くもない、娑婆の幽霊の奴が。オイ弥次公、勝公よい加減に下りぬかい』
勝『ポンポン、東西々々ただ今御高覧に入れましたる一条は、冥土より娑婆の亡者迎への段、首尾よくお目に止まりますれば、次なる一幕を御覧に入れ奉りまーす』
六『エヽ、陰気臭い。下りな下りいで宜いワ、此処に都合の好い竹竿がある、之で貴様の尻をグサと芋ざしに刺してやるから左様思へ。オイ与太公、貴様も手伝はぬかい、たとへ亡者にした処で余りな事を吐す奴だ、突いてやるのだ、恰度竿も二本ある、誂へ向に二本置いてあるワ、オイあの尻を目蒐けてグサツと突くのだぞ』
弥『アナオソロシヤナー、アナオカシヤナー、突かれたらアナ痛やナー、あな畏あなかしこ。ヒユードロドロドロドロドロ』
 手を腰の辺りにブラリと下げ、調子に乗つて松の小枝をスルスルと歩いた途端に踏み外してズル ズル ズル ズル ズル ドターン。
弥『イヽヽイツターイ』
六『流石は弥次彦だ、空中滑走をやつて、御無事御着陸、今度はお次の番だよ。勝公も滑走だ滑走だ』
勝『東西々々、只今は弥次彦が幽霊となつて中空を浮遊し松の根元に着陸いたしました。滑走の芸当、お目に止まりましたなれば、皆サンお手を拍つて御喝采を願ひまーす』
六『コラ勝公、弥次彦が腰を抜いて冥土旅行をしかけて居るのに何をグズグズやつて居るのだ。好い加減に下りて来ぬかい』
勝『東西々々、これから第三段目も御覧に入れまーす。飛行機に乗つて勝彦の無事着陸、お目に止まりますれば今晩は之れにて、千秋楽と致しまする』
と云ふより早く、コンモリとした松の小枝より傍の竹の心を目蒐けて飛び付いた。竹は満月の如く弓となつてフウワリと大地に勝公を下ろした。
勝『お蔭で命だけは、どうやら、此方の者になつたらしいと思ひます。藪竹サン、左様なら』
と掴んだ竹を離せば、竹は唸りを立てて立ち直る。
弥『オイ与太公、貴様こそ本真物か』
与『何だか生死不明の境涯だ』
六『エヽ困つた奴と道連れをしたものだワイ』
弥『アヽどうやら腰が抜けたのでは無かつたさうだ、アハヽヽヽヽヽ』
勝『吾々は不都合な芸当を御覧に入れましたにも抱はらず、神妙に御覧下さいまして、勧進元は申すに及ばず役者一同有難く御礼申上げます、また御暇がございましたら、来年の春、また一座を引きつれて皆サンにお目に掛らうやも知れませぬから、永当々々、倍旧の御贔屓を偏に二重に七重の膝を八重に折り、かしこみかしこみ願ひ上げ奉ると申す、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』
一同『アハヽヽヽヽ、お目出度いお目出度い、甦つた甦つた、千秋万歳 万々歳』
(大正一一・三・二四 旧二・二六 藤津久子録)
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