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文献名1霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻
文献名2第1篇 南海の山よみ(新仮名遣い)なんかいのやま
文献名3第1章 玉の露〔713〕よみ(新仮名遣い)たまのつゆ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-06-21 18:31:14
あらすじ国依別と玉治別は、熊野の滝にこもる若彦の宣伝使に会おうと、大台ケ原の峰(青山峠)を旅していた。すると後から三五教の宣伝歌を歌いながら追ってくる二人がある。それは魔我彦と竹彦であった。魔我彦と竹彦は、国依別と玉治別に谷底をのぞかせると、後ろから谷底に突き落としてしまった。魔我彦と竹彦は、変性男子の系統である高姫を差し置いて、若彦の妻・玉能姫にたいへんなご神業をさせたのは、国依別と玉治別らの企みだとして、天下国家の害毒を除いたのだ、と嘯く。魔我彦は、自分の策謀で最終的に言依別命を狙っていることを明かし、そのために若彦のところに行って活動するのだ、と言う。竹彦はしかし、魔我彦の陰謀を知って、それをゆすりの種にしようという素振りを示す。魔我彦は青い顔になって大台ケ原の峰を行く。夜が更けてくると、竹彦は霊懸りになって国依別・玉治別の怨念を語りだした。魔我彦と竹彦は恐ろしさにその場に人事不省となり倒れてしまった。夜が明けると魔我彦と竹彦は目を覚まし、国依別と玉治別が昨晩幽霊になって竹彦の体に懸ってきたくらいだから、両人はすでに死んだと安心し、杖をつきながら岩道を下っていった。一方、突き落とされた国依別・玉治別は鋭い崖石にもぶつからず、谷底の青淵に落ち込み、ちょうどそこで水行をしていた杢助に助けられていた。国依別と玉治別は杢助の問いかけに対して魔我彦と竹彦を怨んではいない、と答え、三人揃って熊野の滝を指して進んで行った。
主な人物 舞台青山峠 口述日1922(大正11)年06月10日(旧05月15日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年4月19日 愛善世界社版7頁 八幡書店版第4輯 495頁 修補版 校定版7頁 普及版2頁 初版 ページ備考
OBC rm2301
本文のヒット件数全 5 件/宣伝歌=5
本文の文字数6401
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本文  経と緯との機を織る  錦の宮の御経綸
 玉照彦や玉照姫の  神の命の神勅を
 四方に伝ふる宣伝使  国依別や玉治別の
 神の命は神徳も  大台ケ原の峰つづき
 日の出ケ岳より流れ来る  深谷川の畔をば
 青葉滴る木の茂み  飛沫を飛ばす千仭の
 谷の絶景眺めつつ  足を休らふ折柄に
 追々近付く宣伝歌  後振り返り眺むれば
 草鞋脚絆の扮装に  金剛杖に饅頭笠
 二つの影はゆらゆらと  此方に向つて進み来る。
国依別『玉治別さま、あなたも随分永らく無言の行をやつて居ましたネー。若彦の宣伝使が熊野の滝で荒行をやつて居ましたが、どうでせう、まだ依然として継続して居るでせうか』
玉治別『私も実は若彦さまに会ひたいので、やつて来た途中、ゆくりなくも貴方にお目にかかり、様子を伺ひたいと思つた所です』
国依別『玉能姫さまが、あれ丈の御神業を遊ばしたのだから、若彦の宣伝使も聞いたら大変に喜ぶ事でせう。それに就ては何時までも紀の国路に居つて貰ふ訳にはゆかないから、実は言依別命様の内命を奉じて、お迎へに来たのですよ』
玉治別『私も堅い秘密を守り、玉能姫の御神業を口外する事は出来ないのだが、貴方と二人の中だから云つても差支あるまいが、併し乍ら悪霊は吾々の身辺を付け狙うて居るから、迂濶した事は云ひますまい。……時に彼の宣伝歌はどうやら三五教らしいですな。何人か、近寄つて来る迄、此絶景を眺めて待ちませうか』
国依別『ヤアもう顔が判然する程近寄つて来ました。兎も角待つ事にしませう』
 斯く言ふ折しも、宣伝歌は俄に歇んで、二つの笠追々と、木の茂みを分けて近寄つて来た。見れば魔我彦、竹彦の両人、二人の端座せるに驚いた様な声で、
魔我彦『ヤア貴方は玉治別、国依別の宣伝使で御座つたか。何れへ宣伝にお出でになるお考へですか』
国依別『誰かと思へば、魔我彦さまに竹彦さま。あなたこそ何方へ、何用あつて御出でになります。言依別の教主より御命じになつたのですか。此紀の国の方面は若彦の宣伝区域と定つて居る。其処へ貴方がお出でになるのは、チツト合点が行きませぬ』
と問はれて魔我彦稍口籠り、手持無沙汰の様な顔付して、
『ハイ……私は宣伝に来たのでは有りませぬ。熊野の滝へ、罪穢れを洗ふ為に荒行にやつて来たのです』
玉治別『遥々斯んな所まで荒行に来なくても、聖地には立派な那智の滝が落ちて居るぢやありませぬか』
 魔我彦はソワソワし乍ら、
『なんと、天下の絶景ですな。緑滴る木々の梢と云ひ、此谷川の水音と云ひ、実に勇壮ですなア』
と成るべく話を外へ転ぜようと努めて居る。玉、国の二人は其意を察し、ワザと忘れた様な風をなし、
玉治別『流石は大台ケ原に源を発した丈あつて、随分に立派な流れです。あの渓川の巨岩怪石に水の噛み付いて、水煙を立て、白銀の玉を飛ばす光景と云つたら、実に天下の絶勝です。斯う云ふ所にせめて三日も遊んで居れば、生命が延びるやうな気が致しますワイ』
 魔我彦は恐相に谷底を覗き見て、驚いた様に、
『アヽ大変々々』
と足掻をする。玉、国の二人は其驚きに何事か大事の突発せるならむと、慌て谷底を覗く。魔我彦は竹彦に目配せし乍ら、全身の力を籠めて二人の背後よりドツと押した。何条堪るべき、二人は千仭の谷間に風を切つて顛落した。木々の青葉は追々黒ずんで、太陽の高山の頂きに姿を隠し、黄昏の空気四辺を圧する。
魔我彦『アハヽヽヽ、何程立派な宣伝使でも、斯うなつては駄目だ、玉、国の両人、言依別の教主に巧く取り入り、変性男子の系統の高姫さまに揚壺を喰はし、若彦の女房…元のお節や杢助の女つちよに御用をさせる様にしよつたのは、皆此奴等の企みだ。是れから先、生かして置けば、どんなに邪魔をしやがるか分つたものぢやない。一つはお道の為、国家の為ぢや。竹彦、巧く行つたぢやないか』
竹彦『俄に其処らが暗くなつて来て分りませぬが、うまく寂滅したでせうか。万一此中の一人でも生き残つて居ようものなら、忽ち陰謀露顕、吾々は到底此儘で安楽に神業に参加する事は出来ますまい』
魔我彦『アハヽヽヽ、そんな取越苦労はするものでない。断崖絶壁屹立した、岩ばかりの所へ落ちたのだから、体は忽ち木端微塵、こんな者が助かるなら、それこそ煎豆に花が咲くワ。アハヽヽヽ』
と心地よげに笑ふ。
竹彦『それでも煎豆に花の咲く時節が来ると、神様が仰有つた以上は、油断がなりませぬぞ』
魔我彦『そりや比喩事だよ。そんな事を心配して居て思惑が成就するか。高姫様を表面へ出さねば、到底五六七の神政は完全に樹立するものでない。吾々は天下国家の害毒を除いた殊勲者だ。万一一人や半分生き残つて居つて不足を云つた所で、肝腎の高姫さまの勢力さへ旺盛ならば何でもない。勝てば善軍、敗くれば魔軍だ。何程平等愛の神様の教でも力が肝腎だ。力が無ければ国祖国常立大神様でも、むざむざと艮へ押籠められなさるのだから、兎も角吾々は勢力を旺盛にし、部下を多く抱へ、一方には害物を除却せねばならぬ。摂受の剣と折伏の剣は、平和の女神でさへも持つて居るのだから……』
竹彦『こんな宣伝使の二人位葬つた所で、肝腎の言依別命が頑張つて居る以上は何にもならぬぢやないか。根本的治療を施さんとすれば、先づ言依別を第一の強敵と認めねばなるまい』
 魔我彦はニタリと笑ひ、
『天機漏らす可からず。吾神算鬼謀、後にぞ思ひ知らるるであらう』
竹彦『大樹を伐らむとする者は、先づ其枝を伐るの筆法ですかな』
魔我彦『音高し音高し。天に口、壁に耳、モウ此話は只今限り言はぬ事にせう。是れから熊野の滝へ下り、若彦に会つて其上に分別をするのだから、ウツカリ喋舌つてはならないぞ。お前は表面俺の随行者となつた心持で、何を若彦が尋ねても、知らぬ存ぜぬの一点張で居るが宜からうぞ』
竹彦『委細承知しました。併し乍ら私の副守護神が喋つた時は如何しますか』
魔我彦『そんな副守護神を何時までも抱へて居る様な奴は、忽ち……ムニヤムニヤ』
竹彦『忽……の後を瞭然聞かして下さい』
魔我彦『そんな事聞く必要が何処に有るか』
竹彦『我身に係はる一大事、どうも意味有り気なお言葉でした。猿の小便ぢやないが、キに懸つてならない。それを聞かねば、私も一つの考へがある』
魔我彦『ハテ困つた事を言ひ出しやがつたものだ』
竹彦『こんな事なら竹彦を連れて来なんだがよかつたに……併し乍ら二人の奴を、谷底へ転るのには、一人では都合好う行かず……アーア一利あれば一害ありだ。肝腎の処になつて竹彦の副守護神が発動し、斯んな事を素破抜かうものなら、高姫も、魔我彦一派も、それこそ大変だ。アーア後悔しても仕方がない。……と云ふ様な貴方の心理状態でせう。御心配なさいますな。私も同じく共謀者だから滅多に拙劣な事は申しませぬ。併し国依別、玉治別の亡霊が貴方や私に憑依して喋つた時は、コリヤ例外だから仕方がない、アハヽヽヽ』
と気楽相に笑ひ転ける。魔我彦は双手を組み、蒼白な顔になつて、肩で息をし乍ら思案に暮れて居る。夜の張はますます濃厚の色を増し、遂には相互の姿さへ闇に没して了つた。木々の梢を揉む暴風の音、何となく騒がしく、陰鬱身に迫り、鬼哭啾々恰も根底の国に独り彷徨ふ如き不安寂寥を感じた。二人は互に負ん気を出し、何となく心の底の恐怖を抑へ、強い事を話し合つて、此寂しさと不安を紛らさうとして居る。風はますます烈しく、夜は追々更けて来る。女を責める様な小猿の声、彼方にも此方にも、キヤアキヤアと聞えて来るかと思へば、山岳も震動する許りの狼の声刻々に高まり来る。青白い火は闇の中よりポツと現はれ、ボヤボヤと燃えては消え、燃えては消え、二人の身辺を取り巻き、遂には頭上を唸りを立てて燃え狂ふ。二人は目を塞ぎ、耳を詰め、頭抱へて大地にかぶり付いて了つた。首筋の辺りを、誰ともなく氷の如うな手で撫でるものがある。頭の先から睾丸までヒヤリと氷の如き冷たさを感じて来た。竹彦は慄い声を出して、
竹彦『のー恨めしやなア。如何に魔我彦、騙し討ちとは卑怯未練な奴。モウ斯うなる上は汝が素つ首を引抜き、根の国底の国に落して呉れむ。覚悟せーよ』
と暗がりに霊懸りをやり出した。魔我彦は、
『オイ竹彦、厭らしい事をするものではない。チツと落着かぬか。そりや貴様、神経だ。今から発狂して如何なるか。チト気を大きう持たぬかい』
竹彦『何と云つても此恨み晴らさで置かうか……押しも押されもせぬ宣伝使の玉治別、国依別を亡き者にせうと企んだ、汝の心の鬼が今此処に現はれ、竹彦の肉体を借つて讐を討つてやるのだ。其方も今迄高姫の部下となり、変性女子を苦めよつた揚句、猶飽き足らいで、我々両人を谷底に突き落し殺すとは、極悪無道の痴者。只今幽界の閻魔の庁より命令を受けて、汝を迎へに来たのだ。サア最早逃るるに由なし。尋常に覚悟を致せ。花は三吉野、人は武士だ。せめてもの名残に潔く散つたがよからう』
と冷たい手で首の周囲を撫でまはす。青い火は燃えては消え、燃えては消え、ブンブンと唸りを立てて魔我彦の周囲を飛び廻る。猿の声、狼の声は刻々に烈しくなつて来る。魔我彦は余りの恐さに魂消え、其場に人事不省になつて了つた。竹彦も亦其場にバタリと倒れて、後は風の音のみ。やがて下弦の月は研ぎすました草刈り鎌の様な姿を現はし、熊野灘から浮上り、二人の姿を怪しげに覗いて居る。夜は漸くにして明け放れた。小猿の群、何処ともなく両人の前に飛び来り、足の裏を掻き、顔を掻いた。其痛さに気が付き、両人は期せずして一度に起きあがりたり。
魔我彦『アヽ夜前は大変な恐ろしい目に遇うた。お蔭で新しい日天様が出て下さつて、稍心強くなつて来た。これと云ふも全く日の出神様のお助けだ。月の御魂と云ふものは出たり出なかつたり、大きうなつたり、小さくなつたり、まるで変性女子の様なものだ、チツとも当になりやしない。天地から鑑を出して見せてあるぞよ……と仰有つたが、本当に愛想がツキの神ぢや。何時も形も変らず晃々と輝き給ふのは日の出神様ばかりぢや。それだから俺は日の出神の生宮でなければ夜が明けぬと云ふのだ。月の御魂なんて、精神の定らぬ事は、天を見ても分つて居るぢやないか。それに就て坤の金神ぢや。未や申と云ふ奴は碌な奴ぢやない。紙を喰らつたり、人を掻きまはしたりする奴だよ』
竹彦『本当にさうだなア。猿の奴悪戯しやがつて、そこら中を掻きむしりやがつた。此方が吃驚して起きるが最後、一目散に逃げて了ひやがつたぢやないか。是れもヤツパリ坤の金神の力の無いと云ふ証拠だ。アハヽヽヽ』
魔我彦『併し昨夜の両人は如何なつただらうかなア』
竹彦『どうも斯うもあるものか。人の体に幽霊となつて憑つて来やがつた位だから、心配は最早有るまい』
魔我彦『そらさうだ。青い火を点して、パツパツとアタ煩雑さい、出て来やがつて、思ひ切りの悪い奴だなア。サアこれから若彦の居所を訪ね一つの活動をするのだ。グヅグヅして居ると険難だから、早く目的地点まで往かう』
と先に立ちスタスタと坂路を、又元の如く蓑笠を着け、金剛杖を突いて、ケチンケチンと音させ乍ら岩路を下つて行く。
    ○
 谷底には一人の男、赤裸となつて水行をやつて居た。そこへ薄暗がりに二つの影、青淵へ向つてドブンと許り落ち込んで来たものがある。男は驚いて手早く二人を救ひ上げ、イロイロと人口呼吸を施したり、指を曲げたりして蘇生せしめた。
男『モシモシあなたの服装を見れば、夜陰にて確には分りませぬが、宣伝使の様に見えますが、一体どなたで御座いますか』
国依別『悪者に突き落され、思はず不覚を取りました。其刹那、吾身は最早粉砕の厄に遭うたものと覚悟をして居ましたが、よう助けて下さいました』
玉治別『私も実は宣伝使です。此れだけ沢山の岩が並んで居るのに、少しの怪我もなく、此青淵へうまく落込んだのも、神様のお蔭、又貴方様のお助けで御座います。此御恩は決して忘れませぬ』
男『確かに分らぬが、お前さまは何処ともなしに聞覚えの有る声だ。玉治別さまに国依別さまぢやありませぬか』
と問はれて二人は、
玉、国『ハイ左様で御座います。さうして貴方は何れの方で……』
と皆まで聞かず男は、
男『アヽそれで安心致しました。私は初稚姫様のお指図に依つて、言依別の教主の承諾を得、此谷川へ、何故か急に派遣され、水行をしかけた所へ、あなた方が落ちて来られたのです。モウ少し私の来るのが遅かつたならば大変な事でした。私は杢助ですよ』
と聞いて二人は、安心と喜悦の念に堪へず、杢助の体に喰ひついて、嬉し泣きに泣くのであつた。
杢助『随分暗い夜さだが、其二人の声で少しも疑う余地はない。斯様な所に長らく居つては面白くない。今回の私の使命はこれで終つたのだらうから、どつか平坦な所へ行つて、詳しう話を承はりませう。何を言つても此谷川の水音では、十分の話が出来ませぬ』
と云ひつつ、闇に白く光つた羊腸の小径を、探り探り下つて行く。路が木の蔭に遮られて見えなくなると、白い白狐の影一二間前をノソノソと歩む。杢助は其跡を目当に七八丁許り降り、平たき岩の上に腰をおろし、
杢助『サアサア御二人さま、此処でゆつくりと夜明けを待ちませうかい』
 二人は『ハイ』と言ひ乍ら、濡れた着物を脱いで、一生懸命に絞り直し、岩にパツと拡げて乾かして居る。昼の暑さに岩は焼けたと見え、非常な暖かみがある。着物は少時の間に元の如く乾燥した。
国依別『天道は人を殺さずとはよう言つたものだ。何処も彼も夜露で冷やかうなつて居るのに、此岩計りは全然ストーブの様だ。日輪様もお上りなさらぬのに、着物が乾くと云ふ事は珍しい事だ。これもヤツパリ神様の御恵だらう。サア皆さま、神言を奏上致しませう』
と茲に三人は天地も揺ぐばかりの大音声を発して、スガスガしく神言を奏上し、宣伝歌を歌つて、暫く夜明けを待つ事にした。夜は漸くに明け放れ、木々の梢に置く露に一々太陽の光宿つて、恰も五色の果実一面に実のるが如く麗はしくなつて来た。
玉治別『スンデの事で、玉治別も魂の宿換へする所だつたが、東天には金烏の玉晃々と輝き玉ひ、一面の草木には吾輩の分身分魂、空間もなく憑依して居る。ヤツパリ玉治別の宣伝使に限りますよ。なア杢助さま』
杢助『アハヽヽヽ、体や着物が燥やいだと見えて、徐々燥やぎかけましたなア』
国依別『オイ玉公、そんな気楽な事言つてる時ぢやないぞ。昨夜の讐を討つと云ふ……そんな気は無いが、併し吾々二人にあゝ云ふ非常手段を用ひた以上は、何かこれには深い計略が有るに違ない。余程これは考へねばなるまいぞ。杢助さま、どうでせう』
杢助『さうだ。グヅグヅして居る時ではない。余程注意を払つて居らねば、此辺は某々らの陰謀地だから……。さうして其悪者は誰だい。名は分つて居ますかなア』
玉治別『分つたでもなし、分らぬでもなし。他人の事は言はぬが宜しからう』
国依別『マガな隙がな吾々の行動を阻止せむと考へて居るマガツ神の容器でせう。何れ心のマガつた奴に違ありますまい』
玉治別『悪人タケタケしい世の中だから、誰だと云ふ事は、マア止めにして推量に任しませうかい』
杢助『モクスケして語らずと云ふ御両人の考へらしい。ヤア感心々々。それでこそ三五教の宣伝使だ。今迄の二人に加へた悪虐無道を無念には思つて居ませぬか』
玉治別『過越苦労は禁物だ』
国依別『刹那心だ。綺麗さつぱりと谷川へ流しませう。天下の政権を握る内閣でさへも、敵党に渡して花を持たす志士仁人的宰相の現はれぬ時節だから……アハヽヽヽ……マア此岩の上でカトウ約束をして、杢助内閣でも組織し、熊野の滝へ政見発表と出かけませうかい』
 杢助外二人は蓑、笠、金剛杖、草鞋、脚絆に小手脛当て、宣伝歌を歌ひ乍ら、熊野の滝を指して進み行く。
(大正一一・六・一〇 旧五・一五 松村真澄録)
(昭和一〇・六・四 王仁校正)
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