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文献名1霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻
文献名2第2篇 松浦の岩窟よみ(新仮名遣い)まつうらのがんくつ
文献名3第12章 無住居士〔1000〕よみ(新仮名遣い)むじゅうこじ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-10-09 10:49:11
あらすじ松浦の谷合の小糸の里は、深き谷川が流れ、岩山の斜面に天然の大岩窟が穿たれている要害である。友彦が住んでいた館は岩窟より手前の平野にあった。サガレン王は平野に館を結び、自らは岩窟に隠れて人を集め、都を取り戻す策を練っていた。テーリスとエームスが館にて武術を練っていると、一人の老人が岩道を登ってきて館の前でバラモン教の神文を唱えている。エームスは老人を館に招き入れた。老人はなぜかサガレン王が岩窟に隠れていることを知っていた。老人は無住居士と名乗り、エームスたちの作戦を見抜いて深い洞察を表したので、エームスとテーリスは、サガレン王に会って助言をしてほしいと頼み込んだ。無住居士は、テーリスが三五教徒でありながら、わが身のためにサガレン王の奉じるバラモン教に入信していたことをも見抜いた。そして、いずれの道でも至上至尊の神様のために真心を尽くし、神のお力にすがって王を補佐する心がけさえあれば、竜雲ごときは恐れるに足りないと説いた。無限絶対の神の力に依り、霊魂の上に真の神力が備われば、一人の霊をもって一国や億兆無数の霊に対しても恐れることはないはずである、とエームスとテーリスに説き諭した。無住居士は二人に教えを垂れるとすぐさま去ろうとした。テーリスは王に面会してもらうように頼み込んだが、無住居士は竜雲のごとき悪魔を言向け和すには、自分自身の心にひそむ執着心と驕慢心と自負心を脱却し、惟神の正道に立ち返りさえすれば十分だと説いた。エームスが王を呼びに行った間に無住居士は、皇大神の前に真の心を捧げ、神の大道にまつろい真心を現すようにと宣伝歌を歌った。神の国を心の世界に建設し、元の心に帰ることにより、神の宮、神の身魂となることができるのだ、と歌って別れを告げ、飛鳥のように濃霧の中に去って行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年09月22日(旧08月2日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年12月30日 愛善世界社版116頁 八幡書店版第6輯 624頁 修補版 校定版120頁 普及版50頁 初版 ページ備考
OBC rm3612
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本文の文字数4635
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本文  松浦の谷間小糸の里は、一方は千丈の深き谷間、南北に流れ、岩山の斜面に天然の大岩窟が穿たれてゐる。此岩窟に達せむとするには、細き岩の路を右左に飛び越え漸くにして渡り得る実に危険極まる場所である。一卒これを守れば万卒越ゆる能はずと云ふ天然的要害の地点である。かつてバラモン教の友彦が小糸姫と共に草庵を結び、教を開きゐたる場所は、此岩窟より四五丁手前の、極平坦な地点であつて、そこには細谷川が流れてゐる。
 サガレン王は此平地に俄作りの館を結び、テーリス、エームスなどに守らしめ、自らは岩窟内深く入りて、回天の謀をめぐらしてゐた。谷路の大岩の傍に王の一行を捉へむと手具脛引いて待つてゐた竜雲の部下、ヨール、ビツト、レツト、ルーズの改心組を初め、サール、ウインチ、ゼム、エール、タールチン、キングス姫は此館と岩窟の間を往復して、暫し此処に足を止め、王の為に心身を悩ましつつあつた。
 テーリス、エームスの両人は平地の館に於て、数多の部下を集め、武術を練り、竜雲討伐の準備にかかつてゐる。其処へ白髪異様の老人只一人、コツコツと杖の音をさせながら岩路を登り来り、館の前に立つてバラモン教の神文を一生懸命に称へてゐる。エームスは一目見るより慇懃に其老翁を館に引入れ、湯を与へ食を供し、四方山の話に夜を更かしながら、遂には其老翁が来歴を尋ぬる事となつた。
エームス『モシ、あなたの様な御老体として、此山路を登り来り、且又道伴れもなく行脚をなされるのは、何か深き御様子のある事でせう。どうぞ差支へなくば、概略御物語りを願ひたう御座います』
『私は無住居士といつて、生れた所も知らねば、親も知らず、子もなし、つまり言へば天下の浮浪人だ。途中にて承はれば、此お館にはバラモン教の立派な方々がお集まりになり、武術の稽古をなさると云ふ事、私も斯う年は老つて居れども、武術が大の好物、一つ其お稽古場を拝見したいもので御座る』
『無住さま、あなたは遥々と此処へお越しになつたのは、只単に武術の稽古を見たい為ではありますまい』
『武術の稽古を見せて貰ひたいと云ふのは、ホンのお前達に対する体好き挨拶だ。実の所はサガレン王様の御危難と承はり、此館にお隠れ遊ばすと聞き、はるばると尋ねて来たのだ』
『其王様を尋ねて何となさる御所存か、それが承はりたい!』
と稍気色ばんで、声を知らず知らずに高め問ひかける。
『アハヽヽヽ、竜雲如き悪神に蹂躙され、金城鉄壁とも云ふべき牙城を捨てて、女々しくも二人の部下と共に斯様な所まで生命惜しさに逃げ来り、岩蜂か何ぞの様に岩窟の中に身を潜め、捲土重来の準備をなすとは、甚以て迂愚千万なやり方では御座らぬか。此方に準備が整へば、向方にも亦それ相当の準備が出来るはずだ。目的を達せむとすれば、先づ第一に間髪を容れざる底の早業を以て、短兵急に攻めよせねば、到底勝算の見込みはない。今や竜雲は勝ちに乗じ、心おごり、殆ど常識を失つてゐる場合だから、此際に事を挙げねば、曠日瀰久、無勢力なる味方を集め居る内には向方も亦漸く目が醒め、一層厳重な警備もし、防禦力も蓄へ、まさか違へば雲霞の如き大軍を以て、一挙に攻め来るやも計り難い。何程要害堅固の絶処なればとて、敵に長年月包囲されようものなら、水道は断たれ、糧食は欠乏し、居乍らにして降服せなくてはなろまい。これ位な考へなくして、如何して奸智に長けたる竜雲を討伐する事が出来ようぞ。又味方の中にも敵がある世の中、能く気をつけたがよからうぞや』
『如何にも御説御尤も、併し乍ら吾々同志は王に対しては、誠忠無比の義士ばかりの集団なれば、外は知らず、決して左様な醜類は混入してゐない筈で御座ります。あなたのお目にはさう映りますかな』
『アハヽヽヽ、若い若い、現に此中には間者が交つて居る。それが気もつかぬやうな事では、如何なる目的を立つるとも九分九厘にて、顛覆させられて了ふであらう』
『其間者といふのは誰々で御座いますか』
『それは今茲では申しますまい。其間者を看破する丈の眼識がなくては到底駄目だ。此館に出入する人々の目の使ひ方、足の歩き方、体の動かし方などを、トツクと御考へなされ! 一目にして正邪が分るであらう』
 エームスは歎息の色を表はし、双手を組み、さし俯むいて思案にくれてゐる。
 テーリスは始めて口を開き、
『無住さま、今回の吾々の計画は完全に成功するでせうか。何卒御神策があらば御教授を願ひたい』
『アハヽヽヽ、成功するかせないか、知らしてくれと云ふのかな。左様な確信のないアヤフヤな事で、如何して大事が遂げられるか。第一お前達は心の置き所が違つてゐる。サガレン王に忠義の為に心身を用ゐるは、実に臣下として感ずるの至りである。が、併し乍ら、サガレン王以上の尊き方のある事は知つて御座るか。それが分らねば今度の目的は、気の毒乍ら全然画餅に帰すだらう。否却て大災害を招く因となるにきまつてゐる。それよりも今の内に甲をぬぎ、竜雲の膝下に茨の鞭を負ひ、降伏を申し込む方が近道だ。アハヽヽヽ』
と肩をゆすつて、大きく笑ふ。テーリスは少しも無住の言が腑におちず、たたみかけて息もせはしく問ひかける。
『吾々は此シロの国に於て、サガレン王よりも尊い者はないと心得て居ります。王以上の尊き者とは如何なる方で御座いますか。どうぞ御教諭を願ひます』
『其方はバラモン教の神司、兼、王の臣下であらう。三五教に信従し乍ら、時の天下に従へと言つたやうな柔弱な考へより、吾身の栄達を計る為、サガレン王の奉ずるバラモン教に入信つたのであらうがな。どうぢや、此無住の申す事に間違があるか』
『ハイ、仰せの通りです。併し乍ら決して決して心の底より三五教を捨てては居りませぬ。何れの神の道も元は一株だから吾々の行動に付いては神さまに対し、少しも矛盾はないと心得ますが……』
『何れの道に入るも誠の道に変りはない。其事は別に咎めもありますまい。さり乍らそこ迄真心を尽して王の為に努めむとするならば、至上至尊の神さまの為に、なぜ真心を尽さないのか。神第一といふ教の真諦を忘れたのか。左様な心掛では何程千慮万苦をなすとも到底駄目だ。神の御力にすがり奉りて、サガレン王を助けむとする心にならば、彼の竜雲如き曲者は、物の数でもあるまい。誠の神力さへ備はらば、竜雲如きは日向に氷をさらした如く、自然の力に依りて自滅するは当然の帰結である。何を苦しんで、数多の同志を集め、殺伐なる武術を練習するか。武は如何に熟練すればとて一人を以て一人に対するのみの働きより出来まい。無限絶対の神の力に依り、汝が霊魂の上に真の神力備はらば、一人の霊を以て一国の霊に対し又は億兆無数の霊に対しても恐るる事はなき筈、又霊力さへ完全に備はらば、汝一人の力を以て億兆無数の力に対し、又汝一人の体を以て億兆無数の体に対抗し、よく其目的を貫徹する事を得るであらう』
テーリス『重ね重ねの御教訓、身にしみ渡つて有難う存じます。就いては奥の岩窟にサガレン王が居られますから、御案内致します。どうぞ一度御面会を願ひます』
『別に王に面会する必要も認めぬ。王に於てわれに面会を望むとあらば、暫時の間タイムをさいてやらう』
エームス『何れの御方かは知りませぬが、さう固く仰有らずに、どうぞ王さまの前までお越し下さいませ。王は定めてお喜び遊ばす事でせうから……』
『アハヽヽヽ、そこが矛盾してゐるといふのだ。われは天下の宣伝使、五大洲を股にかけて万民の不朽不滅の魂に永遠無窮の命を与ふる神の使の宣伝使だ。僅にかかる小国を治めかぬる如きサガレン王に対して、われより訪問するとは、天地転倒も甚しきものだ。サガレン王は単に此島国の人間の肉体の短き生命を保護し監督するだけの役目だ。霊魂上の支配権は絶無だ。かかる体主霊従的精神の除れざる内は、いかに神軍を起すとも、悪魔の竜雲を言向和す事は思ひも寄らぬ事である。最早われは此場に用なし、さらば……』
と云ふより早く、いそいそとして立去らむとするを、テーリス、エームス両人はあわてて袖を引とめ、
『もしもし無住居士さま、暫くお待ち下さいませ。只今承はれば、あなたは天下の宣伝使と仰有いましたが、宣伝使ならば、何卒吾等が誠忠を憐み、最善の方法を教へ下さいませ。そして貴方は何教の宣伝使で御座いますか。それが一言承はりたう御座います』
『別に竜雲の如き悪魔を言向和すに就いては議論もヘチマもあつたものでない。只汝が心にひそむ執着心と驕慢心と自負心を脱却し、只々惟神の正道に立返りなばそれで十分だ。一つの計画も何も要つたものでない。アハヽヽヽ』
と言ひ棄て、又もや袖ふり切つて立去らむとする。テーリスは泣かぬ許りに跪き、無住の杖をグツト握りながら、
『エームスよ、早く王さまをここへお迎へ申して来よ。無住居士に今帰られては、吾々は暗夜に航海する舟の艫櫂を失うたやうなものだ。サア早く早く……』
と急き立つれば、エームスは打頷きながら、急いで危き岩の壁を伝ひ岩窟さして急ぎ行く。
無住『貴重なタイムを、仮令一息の間も空費するは、天地の神さまに対して、誠にすまない。最早無住の用はなき筈、よく本心に立帰り、直日に見直し聞直し、自分の心と相談をなされ』
テーリス『ハイ、重ね重ねの御教訓、誠に有難う御座います。就いては今暫くの間御待ちを願ひます。王さまの此処へお出でになる迄……』
『サガレン王が今の如き精神にてわれに面会が叶ふと思うてゐるか。取違するにも程があるぞよ。われの正体を感知する事が出来るか』
テーリス『ハイ神様とも宣伝使とも見分けがつきませぬ。何卒々々暫くの御猶予を御願申します』
と合掌し、熱涙を頬に流し乍ら頼み入る。
 無住居士は声爽かに、老人にも似ず、勇ましき声音にて歌ひ出したり。
『あゝ惟神々々  神が表に現はれて
 善と悪とを立別ける  とは云ふものの世の中は
 顕幽一致善悪不二  善もなければ悪もない
 心一つの持ちやうぞ  サガレン王に仕へたる
 テーリス、エームス両人よ  神を力に誠を杖に
 朝な夕なに真心を  洗ひ浄めてサガレン王の
 君の命は云ふも更  此世の祖と現れませる
 皇大神の御前に  天地自然の飾りなき
 誠の心を捧げつつ  祈れよ祈れ国の為
 天地の間に生ひ立てる  すべての物になり代り
 罪を贖ひ千万の  悩みをわが身に甘受して
 神の大道にまつろひし  其真心を現はせよ
 神は汝と倶にあり  とは云ふものの汝が心
 いかでか神の守らむや  神の守らす身魂には
 塵もなければ曇りなし  心の空は日月の
 光さやけく照りわたり  平和の風は永遠に吹き
 花は匂ひ鳥歌ひ  実りゆたけき神の国を
 心の世界に建設し  宇宙の外に身を置いて
 森羅万象睥睨し  元の心に帰りなば
 汝は最早神の宮  神の身魂となりぬべし
 あゝ惟神々々  神の大道をつつしみて
 進めよ進めバラモンの  教を奉ずる神司
 それに従ふ人々よ  此老翁が一言を
 別れに臨みてのこしおく  あゝ惟神々々
 われの姿を村肝の  心を定めてよく悟れ
 サガレン王の来る迄  待ちてやりたく思へども
 タイムの力は何時迄も  元へ返さむ由もなし
 いざいざさらば いざさらば  二人の誠の神司
 ここにて袂を別つべし』
といふかと見れば、飛鳥の如く老躯を物の苦にもせず、足を速めて、早くも濃霧の中に消えて了つた。此老人は果して何神の化身であらうか?
(大正一一・九・二二 旧八・二 松村真澄録)
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