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文献名1霊界物語 第29巻 海洋万里 辰の巻
文献名2第2篇 石心放告よみ(新仮名遣い)せきしんほうこく
文献名3第7章 牛童丸〔829〕よみ(新仮名遣い)うしどうまる
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-12-24 17:26:50
あらすじ高姫は疲れて細谷べりで休息し、一夜を明かすことになった。常彦と春彦は後から遅れて追いかけてきた。里の童が牛をに入れた後、その背に乗って横笛を吹きながら帰っていく。常彦はその牛にぶつかってしまった。そのひょうしに牛は驚き、童は背から落ちてしまった。童子は子供らしからぬ権幕で常彦を怒鳴りつけた。常彦は謝るが、童子は怒って春彦にも謝罪を要求する。そのうちに童子は、自分が誰だか言い当てたら赦してやると謎を言い出した。常彦は高砂島にたびたび出現する童子神・牛童丸様ではないか、と答えた。童子は、牛童丸は何神の化身か知っているか、と謎を続ける。牛童丸は百姓の神・大歳の神だと明かし、春彦を呼んで横笛でひっぱたいた。そして二人に牛を与えると、高姫が休んでいる場所を教え、牛に乗ってアリナの滝まで行くようにと伝えると、姿を消した。二人は牛を連れて、牛童丸が教えてくれた高姫が寝ているところにやってきた。高姫は目を覚まし、常彦と春彦を見るとまた憎まれ口をたたき出した。常彦は、牛童丸に玉の詳細を聞かされたと言って牛に乗って先に行こうとする。高姫は慌てて引きとめ、三人は腹の探りあいをひとしきりした後、牛を返して街道に出た。七日をかけてようやく、蛸取村の海岸に出たときには、すでに日は沈んでいた。三人は月に向かって天津祝詞を奏上し、夜中もアリナの滝に向かって歩いていく。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月11日(旧06月19日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月3日 愛善世界社版97頁 八幡書店版第5輯 500頁 修補版 校定版98頁 普及版44頁 初版 ページ備考
OBC rm2907
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本文  高姫は長途の旅を思ひ切つて駆け出し、喉は渇き、身体は疲れ、止むを得ず、路傍の樹蔭に身を横たへ、細谷に喉をうるほし、蔓苺をむしつて食ひ、一夜をここに明さむと、小声になつて、天津祝詞を奏上しゐたり。
 常彦、春彦の二人は十丁計り遅れた儘、一生懸命に身体をはすかひに、余り広からぬテルの街道を南へ南へと走つて行く。里の童が夕暮に牛をに入れ、其背に跨つて、横笛を吹き乍ら帰つて行く。常彦は一生懸命に吾前に牛の居ることも気がつかず、ドスンと牛の尻に頭突を持つて行つた。牛は驚いて飛び上り、背に乗つてゐた童は忽ち地上に顛落し、ムクムク起上り、牛の綱をグツと握り乍ら、
童児『オイ、どこの奴か知らぬが気をつけぬかい。貴様の目玉は節穴か』
と、小さき童に似ず大胆にも大の男に向つて呶鳴りつけたる。
常彦『これはこれは誠に日の暮の事と云ひ、チツと気が急きましたので、牛の尻餅を突きました。どうぞ御勘弁下さりませ』
童児『コリヤ謝つて事が済むと思ふか。人を牛々云ふ様な目に合はしやがつて、只一言の断り位で此場を逃ようとしても、牛叶はぬぞ。オイ、そこに一寸平太れ!』
常彦『ハイ、そんなら平太りますワ。どうぞこれで勘忍して下さい』
童児『お前計りでは可かぬ。モ一人の蜥蜴のような顔した奴、そいつも坐れ!』
春彦『なんとマア、小つぽけなザマして、大人に向ひ御託をほざく奴だなア。俺は別に突当つたのぢやない。俺迄が謝つてたまるかい』
童児『お前も同類だ。グヅグヅ云ふと牛にケシをかけ突殺してやろか。俺は身体は小つこうても、俺の家来の牛は大分に大きいぞ』
常彦『モ牛モ牛、童児さま、モウいゝ加減に了見して下さいなア』
童児『俺の正体を誰ぢやと思うてるか。それを当たら許してやらう』
常彦『ハイ、確かにお前は牛童丸さまぢや御座いませぬか。高砂島には、えてしては、牛童丸と云ふ神さまが現れて、牛に乗つて横笛を吹いてゐられると云ふことを聞きました』
童児『牛童丸は何神の化神か、知つて居るだらうなア』
常彦『ハイ、知つて居ります。御年村の百姓、自称艮の金神さま……とは違ひますか』
童児『私は百姓の神だ。大歳の神の化身だよ』
春彦『ハアそれで常彦があなたの牛にぶつかり、背中から童児を大歳の神さまですか、アハヽヽヽ。但は小つこいザマして、大きな人間をオウドシの神さまだらう』
童児『お前は春彦と云ふ男だなア、一寸ここへ来い。お前にやりたい物がある』
春彦『ハイ有難う。出すことなら、舌を出すのも、手を出すのも嫌だが、貰ふ事なら、犬の葬連でも、牛の骨でも頂きます』
と子供だと思ひ、からかひ半分に童児の前にすり寄つた。童児は横笛を逆手に持ち、春彦の横面を目蒐けて、牛の背中から、
牛童『大歳の神が横笛を以て、お前の横面を力一杯春彦だよ』
と首がいがむ程叩きつけ、
牛童『モ一つやらうか』
と平然として笑つて居る。
春彦『モウモウ沢山で御座います。随分お前さまは小さい癖に、エライ力だな。これ丈の腕があれば、大の男を捉まへて嘲弄するのも無理はないワイ。それだから神さまが何程小さい者でも侮ることはならぬ、どんな結構な方が化けて御座るか知れぬぞよ……と仰有つたのだ。……オイ常彦、モウいゝ加減にこらへて貰つて、行かうぢやないか』
常彦『さうだな。……モ牛モ牛牛童丸様、そんならこれでお別れ致します』
牛童『待て待て、お前達両人にモ一つ大きな物をやりたいのだ』
春彦『イヤもう結構で御座います。モウあれで沢山で御座います。此上頂きますと、笠の台が飛んで了ひます』
牛童『イヤ心配するな。此牛をお前にやるから、アリナの滝迄乗つて行け。大変に足も草疲れてゐる様だから……。そして高姫はこれから十丁計り南へ行くと、小がある。其小を左にとつて十間計りのぼると、そこに高姫が休んで居るから、此牛に乗つて、をバサバサと上つて行け。左様なら……』
と云ふかと見れば、最早童児の姿は見えなくなり居たり。
常彦『オイ春彦、どうだ。俺が突当つた計りで、こんな結構な乗物を頂戴したぢやないか。サア是れから二人共此牛の背中に跨つて往かうぢやないか』
春彦『お前は結構だが、俺は横笛でなぐられ、痛くて仕方がないワ』
常彦『ナニ、神の恵の鞭だよ。牛童丸様になぐられたのだから、余程貴様も光栄だ。これが高姫にでも撲られたのだつたら、それこそ腹が立つてたまらぬけれど、何しろ神様が、春彦モウ別れるのか、おなぐり惜しいと云つて、お撲り遊ばしたのだよ。サア早く乗らう。牛と見し世ぞ今は恋しき……と云つて、今が一番結構かも知れぬぞ。据膳食はぬは男の中ぢやない。サア早く乗つたり乗つたり』
春彦『コシカ峠の弥次、与太の夢の様に又牛に乗つて、牛の奴から小言をきかされるやうな事はあろまいかな』
常彦『心配するな』
と云ひ乍ら、ヒラリと背に跨つた。春彦は牛の綱を引き乍ら、南へ南へと進み、遂に童児の教へた細谷を左に取り、を溯りて、高姫の休んでゐる二三間側まで進み、『オウオウ』……と牛を制し、ヒラリと飛び下り、
春彦『モシモシ牛さま、エライ御苦労で御座いました。モウどうぞお帰り下さいませ』
牛『ウン ウン ウン ウウー』
と山もはぢける様な声を出して唸り立てる。高姫はウツラウツラ夢路を辿つてゐたが、此声に驚いて目を覚まし、巨大の牛の両側に常彦、春彦二人の立つてゐるを見て、
高姫『お前は常、春の二人ぢやないか。何だ、そんな大きな物を引つぱつて来て……又道中で百姓の宝を何々して来たのだらう。どこ迄も泥棒根性は直らぬと見えるワイ。さうぢやから此高姫がお前の様な者を連れて歩くと、神徳がおちると云うたのだよ。エヽ汚らはしい、トツトと帰つて呉れ。ツユー ツユー ツユー』
と唾を吐き出して、二人にかける真似をする。
常彦『高姫さま、心機一転もそこまで行けば、徹底したものですなア。モウ私はお前さまになんにも言ひませぬ。玉の所在もお前さまの心を見抜いた上で知らしてあげたいと思つてゐたが、さう猫の目のやうにクレクレクレと変るお方は険呑だから、これきり秘密は云ひませぬから、其の積りでゐて下さい』
高姫『オイ常、ソラ何を言ふのだい。大それた日の出神の生宮に向つて、言うてやるの、言うてやらぬのもあるものか。妾が知らぬやうな顔して気を引いて見れば、エラソウに恩に着せて、序文や総論計りを並べ、肝腎の中味は水の中で屁を放いたやうな掴まへ所のないことを云ふのだらう。日の出神様から、玉の所在はチヤンと聞いたのだ。モウお前さまに用はない、一生頼みませぬ。トツトと妾の目にかからぬ所へ往つてお呉れ』
常彦『高姫さま、さう啖呵を切るものぢやありませぬよ。腐り縄にも亦取得と云つて、私にでも頼まねばならぬことが、たつた今出て来ますから、余りエラソウなことは云はぬが宜しからうぜ』
高姫『エヽうるさい』
常彦『そんなら、此牛に乗つて、一口一両の、ア、リ、ナーへお先へ失礼致しますワ。私は途中で牛童丸さまに一伍一什教へられ、お前さまのここに居ることも、チヤンと知らして貰ひ、結構な四足の乗物まで頂戴して来たのだから、一寸も草疲れはせぬ。モウ十日計りアリナーまでかかるけれど、これで乗つて行けば三日計りで行ける。……ぢやお先へ、高姫さま……アバヨ』
 又もや牛に跨がらうとする。高姫はコリヤ大変と、慌しく起上り、常彦の腰をグツと引掴み、
高姫『待つたり待つたり常彦、妾が悪かつた。さう腹を立てて下さるな。一寸お前が如何云ふか知らぬと思つて気を曳いて見たのだよ』
常彦『又何時もの筆法ですかな。其手は食ひませぬワ。……サア春彦、お前も乗つて呉れ。……高姫さま、お先へ、如意宝珠、其他の御神宝を頂いて帰ります。アリヨース』
高姫『コレ常公、春公、待てと言つたら、待ちなさつたら如何ぢや、さう高姫を嫌つたものぢやないぜ』
と円い目をワザと細うし、おチヨボ口を作つて機嫌をとる。月夜でスツカリは分らねど、言葉の云ひ方から、スタイルでそれと肯かれた。
高姫『モウ牛は帰つて貰つたら如何です。却て修業にならぬかも知れませぬで』
常彦『アヽさうだなア。そんなら牛さま、モウ帰つて下さい』
 牛は常彦の一言に泡の如く其場に消え失せけり。高姫は之れを見て、稍安心の胸を撫で下し、ソロソロ又強いことを言ひかけた。
高姫『何程お前の足が達者でも、私には従いて来られますまい。それだから慢心はなさるなと始終教訓してゐるのだよ』
常彦『又高姫さまは弱味をつけ込んで、そんなことを仰有る。アヽこんな事なら、牛に帰つて貰ふのぢやなかつたに。……モシモシ牛さま、モ一遍こちらへ帰りて下さい。そして牛童丸の仰有つた様に、アリナの滝迄連れて行つて下さいな』
と当途もなく叫んだ。呼べど叫べど梨の礫の何の音沙汰もない。
常彦『アヽ折角牛さまに助けて貰うたと思へば、明日は又砂つぽこりの道を、親譲りの交通機関に油でもかけてテクらねばならぬかいな。……牛と見し世ぞ今は恋しき……と云ふ歌の心が、今は事実となつて来たワイ』
高姫『オツホヽヽヽ、そら御覧、驕る平家は久しからず、……と云つて、何時迄も柳の下に鰌は居りませぬぞや。お前のやうな人を連れてゆくのは手足纏ひだが仕方がない。そんならドツと張込んで、お供を許してあげよう。サアゆつくりと此処で休みなさい』
春彦『そんな事を言つて、俺達がグウグウ休んでる間に、ソツと高姫さまが抜け出し、先へ行つて、玉をスツカリ取つてしまはつしやるのだなからうかな』
常彦『ウン、まさか、そんなこともなさるまいかい。兎も角私の聞いて居るのは又外にあるのぢやから、さう心配したものぢやないワイ』
高姫『お前達はそれだから可かぬと云ふのぢや。心を疑ふといふ事は神界で大変な罪ですよ。疑を晴らして、綺麗さつぱりと改心なされ、改心が出来ねば御供は許しませぬぞや』
常彦『ハイ改心致します』
高姫『春彦もさうだらうな』
春彦『尤も左様で御座います』
 斯く話す所へ大杉の枝の梢から何者とも知れず、
『高姫々々、常彦コツコ、春ヒコツココ』
と梟鳥のような声でなき出した。
 高姫うす気味悪くなり、スゴスゴと座を立ちて、元来し道へ逃出した。二人も薄気味悪く高姫の後に従ひ、テルの街道へ出て、三人は一生懸命に南へ南へと眠い目を俄にさまし、トボトボと歩み行く。
 草を褥に木株を枕に芭蕉の葉をむしつて夜具に代用し乍ら、七日計りを経て漸く、猿世彦の奇蹟を残した蛸取村の海岸に出た。此時既に日は西山に没し、二日の月は西方の波の上近く浮いた様に見えてゐる。三人は月に向つて合掌し、天津祝詞を奏上し、天の数歌をうたひ乍ら、夜中をも屈せず、アリナの滝を目当にトボトボと進み行く。
(大正一一・八・一一 旧六・一九 松村真澄録)
(昭和一〇・六・七 王仁校正)
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