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文献名1霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻
文献名2第1篇 千状万態よみ(新仮名遣い)せんじょうばんたい
文献名3第5章 秋鹿の叫〔871〕よみ(新仮名遣い)あきしかのさけび
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-03-11 21:19:00
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月18日(旧06月26日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月15日 愛善世界社版49頁 八幡書店版第6輯 59頁 修補版 校定版51頁 普及版22頁 初版 ページ備考
OBC rm3105
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本文  紅井姫は命にも代へて恋ひ慕つて居た初恋の国依別に介抱され、其嬉しさに病気は段々と軽くなり、殆ど全快に近付いた。紅井姫はまだ十九才の花盛り、国依別は早くも四十の坂を三つ四つ越してゐた。されど球の玉の神徳にてらされて、元気益々加はり、血色よく、一見して三十前後の若者とより見えなかつた。紅井姫は侍女を遠ざけ只一人、心淋しげに一絃琴を弾じ、心の丈を歌ひ居る。
『天と地との水火をもて  生れ出でたる人の身は
 如何でか神の御恵み  蒙らずしてあるべきや
 秋野にすだく虫の音も  木々に囀る百鳥の
 長閑な声もをし並べて  恋を語らぬものぞなき
 恋路に迷はぬ者あらむ  心の底の奥山に
 清く照りはふ紅井の  紅葉の色に憧がれて
 妻恋ふ鹿もある世の中に  国依別の神さまは
 どうして斯くも情ないぞ  此方が思へば先方の方で
 思ひ返さぬ恋の暗  迷ふ吾らの苦しみを
 折りある毎に打明けて  語らむものと思へ共
 女心の恥かしく  汝が御身を思ふとは
 思ふ人には思はれじと  思ふは誰を思ふなるらむ
 あゝ惟神々々  結ぶの神の幸はひに
 紅井姫が真心を  国依別の御前に
 夢になり共知らせたい  目ひき袖ひきいろいろと
 遠くまはして知らせ共  野山の諸木かの石か
 巌の如く頑として  歯節も立たぬ国依別の
 犯しがたなき其心  益々募るは恋の意地
 汝が身の為には吾命  仮令野の末山の奥
 屍を曝す世あり共  などか厭はむ一ことの
 汝が命の御口より  優しき言葉の花の色
 うつさせ玉へ紅井姫が  このいじらしき真心を
 知らぬ顔なる恨めしさ  それに引替へ朝夕に
 執念深くも附け狙ふ  厭な男の秋山別や
 内事司のモリスまで  言葉巧に言ひ寄りて
 秋波を送る厭らしさ  恋しき人は知らぬ顔
 生命かけての紅井の  吾言霊も木耳の
 少しも響かぬつれなさよ  金勝要大神の
 御霊幸はひましまして  添ひたく思ふ国依別の
 縁を結ばせ玉へかし  うるさき二人の恋心
 一日も早く皇神の  尊き御稜威を現はして
 思ひ切らせて玉へかし  あゝ惟神々々
 男と生れ女子と  生れ来るも神の世の
 深きえにしのあるものぞ  今に妻なき国依別の
 神の司よ紅井姫が  清き心の初恋を
 叶へて汝と吾と二人  国魂神の御前に
 手に手を取つて潔く  鴛鴦の契の礼参り
 一日も早く片時も  思ひを叶へ玉へかし
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』
と歌ひ終り、一絃琴を横に置き、木茄子の皮を剥き、一口喉をうるほし乍ら、又もや恋に悩みつつ、双手を組みて溜息をつき居たり。斯る所へ、国依別は数多の人々に鎮魂を施し、稍手すきになつたのを幸ひ、紅井姫の居間に休息がてら入り来り、
『紅井姫様、確に一絃琴の音が聞えて居りましたが、随分お上手で御座いますなア。どうぞ私にも聞かして下さいませぬか?』
 此言葉に紅井姫は、最前の歌を聞かれたのではあるまいかと胸を轟かせ、忽ち面部をパツと紅の色に染乍ら、
『ハイ妾の手慰びを残らずお聞きになりましたか?』
と恥かしげに俯むく。国依別は何げなう、無雑作に、
『イヽエ承はりませぬ。少しく手すきになりましたので、御機嫌を伺はふと思つて、長廊下を参りますと、あなたの御居間に琴の音が聞えて居ますので、どうぞ一つ聞かして頂きたいと思ひ、そこ迄参りますと、早くもお琴の音は止まりました。残念な事を致しましたよ。モ一息早く伺へば、妙音菩薩の音楽が聞かれる所で御座いましたに』
 紅井姫は、
『ホヽヽヽヽ』
と袖に顔を当て、恥かしげに笑ふ。
『姫さま、永らく御厄介に預りましたが、明日は、お暇を頂戴して帰らうと存じます。就ては明朝早くなりますから、あなたの御休眠中にお目をさましてもなりませぬから、是きりで暫くお目にかからないとも分りませぬ。ここで明日の御別れの御挨拶を致しておかうと存じます』
 紅井姫は俄に顔色を変へ、
『エヽ何と仰せられます。明日御帰りとは、そりや又余りぢや御座りませぬか。妾がこれ丈……』
『永らく御親切に預りましたが、是から、ハルの国を渡りウヅの国へ参り、言依別命様に会はなくてはなりませぬ。それ迄に二三人の男を助けねばならぬ事が御座いますので、非常に心が急ぎますから、是非々々明日は出立を致さねばなりませぬ。永らく懇意に預りましたが、生者必滅会者定離、会ふは別れの始めとやら、どうぞ是迄の御縁と思召して下さいませ、貴女の御健全な様に日に日に御祈りを致しますから、御病気の事なぞ、必ず御心配なさらない様に頼みます』
 紅井姫は『エヽ』と云つた限り、其場に驚いて倒れむとし、忽ち目は眩み、耳は早鐘をつき心臓の鼓動烈しく、不安の状態現はれ来たる。国依別は……ハテ困つた事が出来たわい……と稍心配して居る。紅井姫は怺へ切れなくなつたと見え『ウン……』と一声其場に悶絶して了つた。国依別は驚いて、直に、姫の手を取り、指先より息を吹きこみ、いろいろと介抱の結果、漸く姫は正気づきぬ。
『お姫様、お気が付きましたか。マア結構で御座いました。私も大変に心配致しましたよ。何事の御心配がお有りなさるか知りませぬが、世の中は如何しても、人間の思ふ様には行くものではありませぬ。何事も神様の御心の儘によりならないものです。例へば夫婦の道だつて、添ひたひ添ひたひと思うてゐる女があつても、神の御許しがなければ添う事は出来ず、嫌いでならない女房を持つて、一生を不愉快に暮す者もあり、又好きな者同志が夫婦になり、一時は非常に楽しく暮して居た者が中途に邪魔が這入り、障害が出来などして、破鏡の歎きを味はふ者も御座います。それだから人間は到底自分の思ふ様にならないものだと思つて居れば、何事も諦めが付くもので御座います』
 紅井姫は恨めしげに国依別の顔を見つめ、何か云はむとして口籠るものの如く、上下の唇をビリビリと震はせゐる。
 国依別は紅井姫の背を撫でさすり、いろいろと慰めゐる折しも、俄に足音高く、隔ての襖を静に荒く引あけて、ヌツと首を出した秋山別は、
『ヤアお楽みの所へ、行儀も知らぬ不作法者がやつて参りまして、何とも早面目次第も御座いませぬ。併し乍ら国依別さま、お前さまは誰に断つて姫様の御居間へお越しになつたのですか。御病気なれば兎も角も、此頃は最早全快遊ばし、お前さまの御祈念を御願する必要もなくなつた今日、何の為、姫様一人の居間へ御出でになり、其上お手を握り、背を撫で、何と云ふ不作法な事をなさいますか。不義は御家の御禁制、サアサア、此秋山別が現場を見着けた上は、如何に御弁解をなさらうとも、承知仕らぬ。今日限り此館をトツトと退去なされ。ヒルの館の総取締秋山別が、職名に依つて申付けまするぞ』
『これは心得ぬあなたの御言葉。国依別があなたの目からは不義者と見えますかナ』
『見えるも見えぬもない、現に今姫様の御体に手をさへたぢやないか』
『コレ秋山別、人様に向つて、さうズケズケと御無礼な事を申す者でない。妾が今急病を発し、苦みて居た所を通りかかつて苦悶の声を聞き、助けに来て下さつたのだよ。どうぞお前も疑を晴らして御礼を云うて下さい』
『何とお姫様、あなたも此頃は随分旅の方になられましたねえ。国依別さまのお仕込で、イヤもう秋山別もあなたの言霊には、ヘヽ閉口致しますワイ』
『コレ秋山別、お前は妾を足袋の型と今言つたが、そりや又如何いふ訳だい。知らしてお呉れ』
『中々此頃はお姫様もお口が上手にお成り遊ばし、御弁解が甘くて足袋の型で中々手に合はぬと言つたのですよ。アハヽヽヽ』
『秋山別さま、必ず御心配下さいますな。国依別もいよいよ明日より出立致しますから、何分姫様もお弱い体、どうぞ気を付けて上げて下さいませ』
『仰せ迄もなく、昼夜の区別なく、姫様の御体を大切に保護を致す此秋山別、御注意は御無用で御座います』
と憎々しげに言ふ。
『いよいよ明日は国依別様、お立ちで御座いますか。余り意地くねの悪い秋山別が、いつもあなたの御心を損ねまして、実にお気の毒で申訳が御座いませぬ。是もヤツパリ妾の罪で御座いますから、どうぞ秋山別が悪いとは思召さず、妾をお叱り下さいませ』
『これはしたり、お姫さま、これ程親切に、身命を賭して貴女様の事計り思つて居る秋山別を、意地苦根悪い男とは、チと聞えぬぢやありませぬか。大方国依別さまに入れ智慧をして貰ひなさつたのでせう』
『其様な御無礼な事を云つてはなりませぬ。何と云つても、妾は国依別さまが命がけの好きなお方、お前はゲヂよりも嫌ひだよ。総取締の役であり乍ら、お道の方はそつち除けにして、妾の側計り、間がな隙がな、厭らしい目附をしてお出でだから、妾も穴でもあれば、お前が来る度に、這入りたい様な心持がして、病気が段々重くなる計りだよ。それで兄さまに一伍一什を申上げたら、今に秋山別を放り出して、外の者と入れ替へするから、暫く辛抱せよと仰有つたよ。モウ斯うなつては仕方がないから、包まず隠さず、露骨に言つて上げるからお前も良い加減に諦めたが良からう。女の部屋へ男の来るものではない。サア早く彼方へお行き、御用が支て居るぢやないか』
『チヨツ、エヽ仕方がない、何程親切を尽しても、私の心は汲み取つて紅井姫かなア。ナニ此処を追出されるのなら、モウ破れかぶれだ、恋の叶はぬ意趣返しに、一つ国依別のドタマをかちわつて、恨を晴らしてやらう』
と云ひ乍ら、傍の火鉢を取るより早く、国依別目がけて打つける。国依別はヒラリと体をかはし、
『アハヽヽヽ、危ない危ない、秋山別さま、姫さまのお言葉を真に受けては可けないよ。口で悪言うて心でほめて、蔭の惚気がきかしたい……と云ふ筆法だから、安心なされませ。何と云つても国依別は明早朝ここをお暇せなくてはならないのだからなア』
 秋山別は嬉しさうに、
『国依別様、失礼を致しました。是も一時の狂言で御座いますから、必ず悪く取つて下さいますな。どうぞウーンとやられちや大変ですから、お腹が立ちませうが、どうぞそこは神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ』
『左様な事で腹の立つ様な国依別では御座いませぬ』
『どうしても、あなたは可憐な私を捨て、明日お立ちで御座いますか?』
『ハイ、折角お馴染になつて、実に残り多う御座いますが、神界の御用が急ぎますから、今晩は楓別命様にトツクリと事情を申上げ、お暇を頂戴致す考へで御座います』
 紅井姫は『アツ』と叫んで又もや其場に打倒れ、前後不覚に陥りにける。
(大正一一・八・一八 旧六・二六 松村真澄録)
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