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文献名1霊界物語 第68巻 山河草木 未の巻
文献名2第3篇 民声魔声よみ(新仮名遣い)みんせいませい
文献名3第13章 蛙の口〔1737〕よみ(新仮名遣い)かわずのくち
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-07-08 09:38:37
あらすじ右守宅へ、女中頭のシノブが勅旨を装いたずねてくる。シノブは、恋人のアリナを王に立てて、自分は王妃に上ろうとしていた。そのために邪魔になる太子を亡き者にしようと、右守に協力を乞いにたってきたのであった。右守はシノブの計画に賛意を表明したように見せかけるが、その実は、シノブから太子・アリナ両人の居場所を聞き出して亡きものにし、自分の計画を推し進めようとの腹であった。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年01月30日(旧01月7日) 口述場所月光閣 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1926(大正15)年9月30日 愛善世界社版172頁 八幡書店版第12輯 215頁 修補版 校定版173頁 普及版69頁 初版 ページ備考
OBC rm6813
本文のヒット件数全 5 件/左守=5
本文の文字数5370
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本文  五月五日の城下の騒乱勃発に恐怖心を極端に抱きたる右守の司サクレンスの邸宅は、衛兵警吏数十人を以て厳しく警固され、怪しきものの影だにも近寄るを許さなかつた。かかる物々しき警戒裡の門を潜つて悠然と入り来る一人の女は殿中深く仕へたる女中頭のシノブであつた。彼は何の恐るる色もなく殿中に奉仕するという権威を肩にふりかざし乍ら、玄関口に立現はれ、
シノブ『右守様、殿中のお使で厶います。通つても宜しう厶いますか』
と訪うてゐる。
 玄関番のサールは丁寧に頭をさげ乍ら、
『之はシノブ様、よくマア入らせられました。只今御主人に伝へて参りますから、暫時ここにお待ちを願ひます』
と云ひ捨てコソコソと奥の間に進み入つた。少時あつて右守はニコニコし乍ら出で来り笑を満面に浮べ、いとも慇懃な口調にて、
右守『ヤアこれはこれはシノブ様で厶いましたか。サア何卒奥へお通り下さいませ。御用の趣承はりませう』
 此シノブの職掌は右守に比して非常に低級ではあるが、大王殿下の御居間近く仕へ奉る身なるを以て、どことなく権威備はり、且又左守、右守と雖、殿中の女官に対しては常に一歩を譲らねばならなくなつてゐた。万一女官の怒りに触れやうものなら、忽ち影響は各自の地位に及ぼすの恐れあるを以てである。奸侫邪智に長けたる流石の右守も、特に此女中頭たるシノブに対しては、あらむ限りの媚を呈し、追従至らざるなく、地にもおかぬ待遇振りを発揮するのが常である。シノブは悠然として右守に導かれ庭の植込をすかして、彼方に見ゆる、余り広からねども、どこともなく瀟洒たる別間に案内され、宣徳の火鉢を中において二人は頭を鳩め密談に耽る。
右『これはこれは早朝より御入来下さいまして有難う厶います。ツイ寝坊をかわきまして屋内の掃除も行届かず、此間の騒動によつて下男下女等も逃走致し、誠に不都合極まる処へ御来臨を仰ぎ、実に汗顔の至りで厶います。さうして今日お越し遊ばした御用の趣は、如何なる事で厶いませうか。仰せ聞けられ下さいますれば誠に有難う厶います』
 シノブは儼然として威儀を正し言葉もやや荘重に右守を見下し乍ら言ふ、
『今日参りしは余の儀に非ず、大王殿下の勅使として右守殿に申し渡し度き事これあれば、謹んで承はり召され』
 右守はハツと頭を下げ二足三足、後退りし乍ら、
『御勅使様には御苦労千万、殿下より御諚の趣、謹んで拝承仕りまする』
シノブ『今日妾、勅使として参りしは余の儀に非ず。「汝も知る如くスダルマン太子の君は行衛不明と成り、大王殿下に於かせられても御病気の折柄、御煩慮の最中、又もや王女バンナ姫様、昨夜より御行衛を見失ひ、殿中は上を下への御混雑、折悪しくも左守の司は先日の罹災に依つて、胸骨を打ち病床に呻吟いたし、未だ参内致さず已むを得ず警官を四方に派し、夜を徹して捜索すれども、今に何の手掛りも無し。汝右守も病気中とは聞けど、今日の場合、少々の病気は隠忍し、勇気を皷して参内せよ」との御諚で厶る。右守殿、御返答は如何で厶る』
右『ハイ、畏れ多くも御勅使の趣、拝承仕りました。直様、身を浄め、身拵へをなして参内致しますれば、大王殿下の御前、よろしく御取なしを願上げ奉ります』
シ『早速の承引、大王殿下に於かせられても右守が誠忠を御満足遊ばさるるであらう。然らばこれにてお別れ申す』
と言葉終ると共にツと立上り早くも帰路につかむとする。右守は低頭平身、敬意を表し乍ら、勅使の玄関を出づる迄見送つてゐた。
 シノブは一旦表門迄立出で再び引返し来り、又もや玄関口に立つて、
『右守の司様、御在宅で厶いますか。妾は女中頭のシノブと申しまして卑しき身分のもので厶いますが、折入つてお願申上げ度き事の厶いますれば、どうか玄関番様、別格の御詮議を以て、右守様に面会の出来ますやう御取次を願上奉りまする』
 今迄玄関の次の間に出張つて頭を傾け思案にくれてゐたサクレンスは、此声を聞くより隔ての襖をサツと引あけ、現はれ来り、
右『やア其女はシノブ殿か。ようまア厶つた。どうか奥へ通つて下さい。いろいろと相談もし度いからな』
シ『やア之は之は右守の司様、御壮健なお顔を拝し、大慶至極に存じます。妾のやうな不束者が朝も早うからお驚かせ致しまして誠に申訳も厶いませぬ』
右『いや、その御挨拶には恐れ入る。さう七難く云はれずに奥の別室においで下さい。内々相談があるから』
シ『ハイ有難う。左様ならば遠慮なく、奥へ通らして頂きませう』
と云ひ乍ら右守の後について別室座敷の一間に坐を占た。右守は、さも鷹揚な体にて巻煙草を燻らし乍ら、
右『ハヽヽヽ、シノブ殿、此間の騒動には随分気を揉んだでせうね』
シ『はい、気を揉むの揉まないのつて、口で申すやうな事では厶いませぬワ。最前もお勅使の申された通り、殿内は大騒動で御座いますよ。さうしてアリナ様迄が行衛不明と成られたのですから、妾の心配と申したら一通りや二通りでは厶いませぬ』
右『ハヽヽヽ、貴女の最も気にかかるのはアリナさまと見えますな』
シ『ホヽヽヽヽ、そらさうですとも、二世を契つた夫ですもの。女房の妾、これがどうしてジツとしてゐられませうか。御推量を願ひまする』
右『イヤ、これは恐れ入つた。別に結婚の御披露もあつたやうでもなし、何時の間に情約締結をなさつたのですかい』
シ『どうかお察しを願ひます。年頃の女に対し根ほり葉ほりお聞き遊ばすのはチと惨酷ぢやありませぬか、ホヽヽヽヽ』
と些と顔を赤らめ袖に顔をかくす。
右『貴女はかかる混乱の際にも拘らず、恋愛味を充分に味はひ遊ばす余裕がおありなさるのですから、実に偉大な女傑ですよ。この右守も驚愕、否感服仕りました。時にシノブさま、最前御勅使のお伝へによれば、バンナ姫様は御行衛不明との事、太子様と云ひ、お二人共に肝腎の方が御不在では、城内は重鎮を失ひ、王家前途のため実に憂慮に堪へないぢやありませぬか』
シ『その点は妾も、貴郎と同感で厶います。併し乍ら太子様も王女様も貴族生活を大変に忌み嫌つて居らつしやつたから、彼の騒動を幸ひ、何処かの山奥にでも隠れて、簡易生活を送らるる御所存のやうに伺ひます』
右『ヤアーかかる王家の一大事をシノブ殿は、余り意に介してゐられないやうだが、殿中深く仕ふる臣下の身として、余りに不都合ぢやありませぬか』
シ『不都合でも仕方がないぢやありませぬか。何を云つても肝腎の方が居られ無いのですもの、沢山の警官やスパイは四方八方に駆け廻り、鵜の目、鷹の目で捜索しても見当らないもの、もう此上は人力の如何ともすべき処では厶いますまい。何事も神様のなさるままですわ』
右『イヤ、呆れましたね。然し乍ら拙者はお前さまの心の底を看破してゐるのだが、何事も包み隠さず、ここで打割つて明して貰へますまいか。類は友を呼ぶとか云つて、此右守とても腹を叩けばお前さまも同じ事、余心の白うない男ですよ、アツハヽヽヽ』
シ『右守様、貴方のお心の底も、妾にはよく解つて居ります。貴方は弟御のエールさまを此際王位に上せバンナ様に娶し、貴方は外戚となつて国務を総攬し、大望を遂げむとして、種々劃策を廻らしてゐらつしやるでせう』
と星をさされて、右守は稍たぢろぎ乍ら流石の曲者、わざとケロリとした顔を突き出し、
右『ハヽヽヽ、シノブさま、お前さまの天眼通は落第ですよ。どうしてそんな野心を持ちませう。よく考へて下さい、拙者が平素の行動を』
シ『ホヽヽヽ、右守様の白々しいお言葉、妾は平素の貴方の御行動によつて斯の如く推定したので厶いますよ。何程秘密を明かし遊ばしても、妾は決して口外は致しませぬから御安心下さいませ』
右『エー、拙者の事は、おつて申上げませう。種々と痛くない腹を探られては、この右守もやりきれませぬからな、ハヽヽヽ。それよりもシノブさま、お前さまの心の秘密を、スツパ抜きませうかな』
 シノブは思はずビクツとしたが、こいつも曲者、ワザと平気を粧ひ、片頬に笑を湛へ乍ら、
シ『サア何なつと仰しやつて下さいませ。妾の心はあく迄清浄潔白、只一点の野心もなければ欲望もありませぬ』
右『どこ迄も押の強い貴女のやり口には、流石の右守も舌をまきました。お前さまは左守の悴アリナ殿を王位につかせ、自分は王妃となつて栄耀栄華にタラハン国の名花と謳はれ暮すつもりで厶いませうがな』
シ『右守様、何事かと思へば身に覚えもない否、心にも期せない妙な事を仰有いますな。妾は、左様な陰謀を企むやうな悪人では厶いませぬよ』
右『アツハヽヽヽ、それ丈けの度胸があれば、一国の王妃として恥しからぬ人格者だ。又左守の悴アリナ殿も近来稀なる才子だ。寛仁大度にして慈悲を弁へ、人情に通じ、その上容色端麗にして美男子の誉高く、一国の主権者として、吾等が頭に戴いても恥しからぬ人材、いゝ処へシノブさまは気がつきましたね。ヤア右守もズツと感心致しました。御存じの通り、殆ど暗黒に等しい今日の国状、アリナさまの胆勇と、シノブさまの度胸を以て、国政の総攬をなさつたら、キツト国家は安全無事に治まるでせう。実は右守に於ても大賛成で厶います。その代り、アリナさまと貴方の目的が達成した上は、この右守を抜擢して、国務総監左守の役に使つて下さるでせうな』
と、うまく釣り込んで蛙の腸を暴露させむと試みた。賢いやうでも流石は女、さも嬉しげに答へて云ふ、
シ『流石は賢明なる右守殿、その天眼力には敬服致しました。御推量の通りで厶います。さうしてアリナ様は太子様とお約束が済んで居ります。それ故アリナ様が太子に成られるのは別に何の不思議も厶いませぬ』
右『成程、承はれば承はる程、万事万端、注意が行届き、水も洩らさぬ御経綸、愈右守、末頼もしく欣喜に堪へませぬ。ついては、ここに一つの大妨害物が厶いますが、之を何とかして排除せねばなりますまい』
シ『妨害物と仰有るのは何物で厶いますか』
右『外でも厶らぬ、太子の君を此儘放任して置いては後日の迷惑、仮令太子殿下に於て、再び王位に就かむとする念慮は起らないにしても、金枝玉葉の御方なれば、又良からぬ不逞団が太子を擁立し、王統連綿の真理の旗を飜へし押寄せ来らば、折角の貴女の幸福も、夢となるぢやありませぬか。貴女が太子のお行衛を御存じの筈、先づ此方面から処置を致さねば成りますまい』
シ『如何にもお説の通り、将来の邪魔者は、太子様で御座います。幸ひ妾は御所在を存じて居りますれば、何ならお知らせ申しても宜しう厶います』
右『大王様も御存じでいらつしやるのかな』
シ『イエイエ、どうしてどうして御存じが厶いませうぞ。妾はアリナ様から詳しう承はつて居ります』
右『成程、ア、そりやおでかしなさつた。それでは太子を捕虜となし、再び此世に上れ無いやうに取計ひ、一時も早くアリナさまを迎へて王位に即かせ、新に華燭の典を挙げさせ、国政の重任を背負つて立つて頂かねばなりませぬから、どうぞお二方の所在を明細にお知らせ下さいませ』
シ『これ右守様、高うは言はれませぬ。天に口、壁に耳、どうかお耳をお貸し下さいませ』
と云ひ乍ら右守の耳許にて何事かクシヤクシヤと囁いた。右守は吾計略図に当れりと心中雀躍りし乍らワザと真面目を粧ひ、
右『イヤ承知致しました。シノブ殿御安心下さいませ。大王の手前、よしなにお取り計らひを願ひます。そして拙者は御存じの通り目も悪く足も悪く、且此頃流行の感冒に犯されて居りますれば、到底ここ二三日は参内は叶はないだらうと、そこは、それ、宜しく云つておいて下さい。何よりも太子を処分し、アリナさまをお迎へ申すのが焦眉の一大急務ですからな』
 シノブは心の中にて、
『しすましたり、右守の司も比較的組しやすき人物だ。欲に迷うて吾弁舌に翻弄され、本音を吐き、且つ妾がためによくも欺かれよつたな』
と微笑みつつ自分が騙されてゐるのを、うまく騙してやつたと得意になつてゐる。実にうすつぺらの智慧の持主である。盤古神王、もし此場に御降臨あらば彼が心を憐み、且笑はせ玉ふであらう。
 シノブは欣然として右守に別れを告げ、足もイソイソ殿内さして帰り行く。
 後見送つて右守は吹き出し、
『アツハヽヽヽヽ、到頭、シノブの古狸を征服してやつた。何程利口に見えて居つても女は女だ。華族女学校の校長を勤め天下一の才女と云はれてゐる女でさへも葦野の如き怪行者に頤使され情の種迄宿し馬鹿を天下に曝す世の中だから、何程偉いと云つても、女はヤツパリ女だ、アツハヽヽヽ。たうとうこの右守が智慧の光に晦され、最愛の夫の難儀になる事も知らず、本音を吹いて帰りよつたわい、イツヒヽヽヽ』
 かく一人笑壺に入つてゐる。其処へ襖をソツと押あけ入り来りしはサクラン姫であつた。
『旦那様、天晴々々、それでこそ妾の夫、右守の司様ですわ。否近き将来における国務総監様。本当に、知識の宝庫とは旦那様の事ですね。妾、只今の掛合を襖を隔てて一伍一什承はり、旦那様の、非凡な端倪すべからざる御智慧にはゾツコン惚て了つたのですよ、ホヽヽヽ』
 右守は威猛高になり、
『エツヘヽヽヽ、俺の腕前は、まア、ザツと此通りだ。俺の今後の活動を刮目して待つてゐるがよからう、イツヒヽヽヽ』
と腕を組んだまま、上下に身体を揺すり、床板迄もメキメキと泣かしてゐる。
(大正一四・一・七 新一・三〇 於月光閣 北村隆光録)
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