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文献名1霊界物語 第71巻 山河草木 戌の巻
文献名2第2篇 迷想痴色よみ(新仮名遣い)めいそうちしき
文献名3第12章 泥壁〔1801〕よみ(新仮名遣い)どろかべ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-05-28 09:08:15
あらすじ玄真坊、コブライ、コオロの3名は、左守館に詰めていた衛兵たちに、苦もなく取り押さえられてしまう。市中の火事も始末がついたところで、3人の泥棒を右守のアリナが取り調べることになった。コブライ・コオロは火事の夜、左守の屋敷に泥棒に入ったと白状するが、玄真坊は、自分の兄弟分である左守の家を火事から守るために加勢に来た、と強弁して譲らない。アリナは扱いに困ってとりあえず牢に戻すが、玄真坊は平気の平左で、左守・右守を茶化す歌を歌う。また、左守・右守を無道の野心家とののしり、天意を行う自分は助からねばならない、などという経を読み、まったく罪の意識がない。様子を見にアリナが牢へやってきても、反省の色も見せず、あべこべにアリナとシャカンナをののしる有様である。
主な人物 舞台 口述日1926(大正15)年01月31日(旧12月18日) 口述場所月光閣 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1929(昭和4)年2月1日 愛善世界社版156頁 八幡書店版第12輯 557頁 修補版 校定版163頁 普及版77頁 初版 ページ備考
OBC rm7112
本文のヒット件数全 29 件/左守=29
本文の文字数4627
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本文  乱麻の如く乱れたる  タラハン国の内政も
 スダルマン太子の即位より  施政方針一変し
 左守右守が朝夕に  治国安民国富を
 培ひ養ひ民心を  得たれば茲に国内は
 漸く塗炭の苦を逃れ  万事万端緒について
 みろくの御世と称へられ  下国民は一様に
 新王殿下を親の如  主人の如く師の如く
 尊敬愛慕しながらも  長き春日は闌けて行く
 山野の花は散り果てて  新緑滴る野の光
 彼方此方に時鳥  世の太平を謡ふ折り
 好事魔多しの世の譬  タラハン城市の目貫の場
 行く道さへも広小路  大廈高楼忽ちに
 火焔の舌に包まれて  見る見る内に倒壊し
 数十軒の豪商は  将棋倒しとなりにける
 この虚に乗じて玄真坊  コブライ、コオロの両人と
 諜し合せて左守司  シヤカンナ館に忍び入り
 金銀財宝を奪ひとり  日頃の大望達せむと
 神ならぬ身の悲しさに  吾身に危難のかかるをば
 つゆ白煙くぐりつつ  左守が館の裏門の
 くぐりを押開け忍び入る  遠く市中を見渡せば
 折から輝く月光は  火焔に包まれ墨の如
 光を失ひ慄ひゐる  その光景ぞ凄じき
 この機に乗じて三人は  奥の間深く忍び入り
 宝庫の錠前捻ぢ切つて  躍り込まむとする時しも
 衛兵共に見付けられ  一網打尽に三人は
 高手や小手に縛られて  本城内の牢獄へ
 投げ込まれたるぞ浅間しき。
 玄真坊外二人は火事の騒ぎを幸ひに左守の館へ忍び込み、宝庫を押破つてシコタマ財宝を奪はむと働く折しも、物蔭に隠れてゐた十数の衛兵に苦もなく取押へられ、タラハン城内の営倉に護送されて一人々々独房に投げ込まれて了つた。
 火事は漸くにして鎮まり、四方より集まる義捐金や同情金によつて再び元の大商店を経営するの運びが纏まり、復興気分が漂ふて来たので、そろそろ三人の泥棒を調べに取りかかつた。先づ第一に玄真坊を引き出し、右守の司のアリナが調ぶる事となつた。
 アリナは厳然として高座に控へてゐる。玄真坊は後手に括られた儘白洲に引出され豪然と椅子に腰打ちかけ、やや反り身となつて右守を睨みつけ、心の中で「この青二才奴、何を猪口才な、まだ口の辺りに乳がついてゐる。何程の事があらう」と口をへの字に結んでアリナの訊問を待つてゐる。
アリナ『その方の姓名は何と申すか』
玄『ヽヽヽヽヽ』
アリ『その方の住所姓名を明かに申せ』
玄『拙者の現住所はタラハン城内の第一牢獄だ』
アリ『姓名は何と云ふか』
玄『此方の姓名を聞いて何と致す。たつて名を名乗れとならば云はぬ事もない、吾名を聞いて驚くな。抑も吾こそは第一霊国の天人、天帝の化身、天来の救世主、天真坊様と云つて左守のシヤカンナが兄弟分だ。火事見舞の為にシヤカンナの館へ乗り込み類焼の難を怖れ、宝庫の宝物を安全地帯へ運びやらむと、取るものも取敢ず錠を捻ぢ切らむとする折しも、訳も分らぬ木端武者共横合より飛び出し、盲滅法界に天来の救世主を科人扱をなし、斯様な所へ押込みよつたのだ。その方の如き青二才には、仮令右守司でも相手にはならない。不審があればシヤカンナを呼んで来い、トツクリと天地の道理を説いて聞かせる程に、アーン……。こりや青二才、俺の縛を解かぬか、煙草を一服呑ませ、左守司の兄弟分を斯様に虐待致すものがあるものか、不心得千万にも程がある。火事見舞の客か泥棒か分らぬ位の事でどうして一国の右守が勤まると思ふか、チト確り致したがよからうぞ』
アリ『然らばその方に尋ねるが、何故火事見舞に出て来るのに覆面頭巾で来たのか、何故兇器を持つて飛び込んで来たのか』
玄『ハツハヽヽヽ、扨も扨も分らぬ右守だな、空からは一面火の粉の雨、火事場へ出て働かうと思へば覆面頭巾は当然の事だ。かの消防隊を見よ、一人も残らず覆面頭巾の装束ぢやないか』
アリ『然らば何故三尺の秋水を閃かして這入つたか、其の理由が分らぬぢやないか、てつきり泥棒が目的ぢやらう』
玄『アツハヽヽヽ、訳の分らぬにも程があるわい。俄火消の事とて鳶もなし、纏もなし、止むを得ず丸太旅館の火事羽織を身につけ、武士の魂たる刀を提げ万一の警戒に備ふる為だ。彼の左守の屋敷には数十人の衛兵が各武器を携帯し、三尺の秋水を抜いて警固厳しく控へてゐるぢやないか。火事の混雑によつて衛兵は七八分迄消防の応援に出掛け、左守の館は実に不安極まる無防備も同様、兄弟分の誼を以て二人の部下を引率れ応援に向つたのだ。かかる親切なる吾々の行動に対し、青二才の分際として訊問するとは片腹痛いわい。汝如き木端武者に話した所で訳が分らうまい、一刻も早く左守を此場に呼んで来い、キツト黒白が分るだらう』
アリ『その方の伴ふてゐた両人を調べて見れば何れも泥棒の目的で這入つたと申し立ててゐるぢやないか。何程汝が小利口に抗弁するとも、已に已に両人の自白によつて強盗に忍び入つたのは明白の事実だ。仮令左守司の兄弟分だと云つても国法は枉げる訳には行かぬ、どうぢや両人の自白を打消す勇気があるか』
玄『アツハヽヽヽ、左様な愚問を発する奴があるか、斯様な事はいい加減に片付けたがよからう。よく考へて見よ、コブライ、コオロの両人は、もとよりシヤカンナ泥棒親分の輩下ぢやないか。タニグク山の岩窟に立籠り、民家を苦め財物を奪ひ取つた鬼畜生の片割だ。彼等二人は元よりシヤカンナ泥棒の輩下だから、人の家へ忍び込めば泥棒に入つたと早合点するのは見えすいた道理だ、吾は天来の救世主だ、天帝の化身だ。何を苦んで目腐れ金に目をくれ、左守の屋敷へ忍びこむ道理があらうぞ。目が見えぬにも程があるわい』
と何処までも押強く、流石の右守も困り果て、
『先づ今日の調べは、之で惜いておく、又明日トツクリと調べるであらう』
と云ひ乍ら白洲の奥へと姿をかくした。
 玄真坊は二人の小役人に引立てられ、もとの牢獄へと帰り行く。
 玄真坊は牢獄に打ち込まれ乍ら、平気の平左で鼻唄を歌つてゐる。
『楽焼見たやうな此方の顔に
  惚れるダリヤさまは茶人さま……と。
 何程左守が威張つて見ても
  もとを洗へば泥棒さま……か。
 泥棒々々と偉さうに云ふな
  左守が泥棒の張本ぢやないか。
 左守シヤカンナの泥棒でさへも
  娘のおかげで世に光る……と。
 子供持つなら娘を持ちやれ
  親も諸共玉の輿……と。
 タニグク谷間の泥棒さまも
  今はタラハンの左守となつた。
 左守々々と偉相に云ふな
  井戸の底にも居る蠑螈。
 右守か左守か俺や知らねども
  井中の蠑螈によく似てる。
 井中の蠑螈は大海知らぬ
  どうして天帝の心が分らう』
 かかる所へ守衛が靴音高くやつて来て、
『こりやこりや坊主、静にせぬかい何を云つてゐるのだ』
玄『守衛々々と偉相にさらす
  貴様は乞食の兄ぢやないか。
 乞食番太に坊主に兵士
  まだも悪いのは下駄直し』
守『こりや坊主、貴様は自分の事を云つてるぢやないか』
玄『俺は天帝の化身の身魂
  頭は坊主に化けてゐる
 仮令頭は坊さまぢやとて
  俺の霊は天帝さまだ』
守『エー、仕方のない坊主だな、静にしろ、右守さまに報告するぞ』
玄『オイ、守衛、左守、右守に俺がことづけしたと云つてくれ、……俺が泥棒なら貴様等もヤツパリ泥棒だ……と云つて居つたと、之丈でいい、其の外の事は云ふな 貴様の身の破滅になるといけぬからのう』
 守衛はプリンと体をふり、面をふくらし一言も答へず、靴の先で牢獄の戸を二つ三つ蹴り乍ら足早やに何処へ行つて了つた。
 玄真坊は退屈で堪らず獄中に縛られた儘俄作りの経文を読出した。

『摩訶般若波羅蜜多心経
無限無量絶対力の権威を具備する天帝の御化身、最高第一天国の天人並びに最奥霊国の天人、天来の救世主、天真坊様は不慮の災難によつて、今やタラハン城内の狭隘なる牢獄に日夜を送る身となりぬ。抑も人は万物の霊長、天地の花、天人の住所なるにも拘らず極悪無道の泥棒が親分、左守司と化けすましたるシヤカンナが今日の暴状、必ずや天地の神は怒らせ玉ひ、地震雷火の雨はまだ愚か、大海嘯の大襲来によつて左守右守は云ふに及ばず、大災害の突発せむは明瞭なり。あゝ憐むべし盲滅法の世の中、天に日月輝く共 中空に黒雲塞がりあれば、天日も地に達せざる道理也。あゝバラモン帝釈自在天大国彦命、一時も早く、天変地妖の奇瑞を示し、此城内を初めとし全国の民衆に目をさまさせ玉へ。吾はもとより泥棒にも非ず、又左守右守が如き野心家にも非ず、只天が命ずるままに天意を行ふのみ、帰命頂礼謹請再拝、南無バラモン天王自在天、吾願望を納受ましませ』
 かかる所へ右守司は玄真坊の様子如何にと只一人、偵察がてらやつて来たが此経文を聞いて吹き出し、
アリ『オイ、天帝の化身殿、大変な雄猛びで御座るな、一時も早く天変地妖の奇瑞が見せて貰ひたいものだなア』
玄『ヤア、よい所へやつて来た、その方は右守のアリナじやないか、どうだ、左守と相談して来たか』
右『黙れ、罪人の分際として何業託を吐くのだ。何と云つても泥棒の目的で忍び込み乍ら、千言万語を費しての弁解も、吾々の聰明を蔽ふ事は出来ないぞ。ここ二三日の間の命だ、喰ひ度いものがあるなら何なりと云へ。今に刑場の露と消ゆる身の上だから、此世の名残に何なりと吐いておくがよからう。その方の罪は已に死罪と定つて居るのだ』
玄『ハツハヽヽヽ、その方が何程死罪ときめても神の方、此方さまから見れば無罪で御座いだ。兎も角左守が此処へようやつて来ん事を思へば、ヤツパリ俺が恐いのだ。そらさうだ、面の皮引むかれるのが嫌さに菎蒻の幽霊のやうに慄ふてゐるのだらう。憐れな老骨だな、イツヒヽヽヽ。何程自身の娘が別嬪で、王妃殿下になつたと云つても、その父親たる自分が泥棒の親方では、到底一国の政治は行はれまい。泥棒の親分になればキツト天下は取れると国民に国民教育の手本を見せるやうなものだ。そんな事でタラハンの国家が続くと思ふか。オイ右守、タラハン国の事を思へば、さう俺が云つたと左守に云つてくれ。俺は已に已に覚悟はしてゐる、然し左守に一度会はねばならぬ。死罪なつと五罪なつと勝手にしたがよいわ。それ迄に是非とも左守に云つておく事がある。左守だつて此世の名残に会はぬと云ふ事もあるまい』
アリ『左様な世迷言は聞く耳は持たない。ま一度白洲で調べてやらう、適確な証拠が上つてゐるのだから』
と云ひ乍ら靴音高く此場を去つた。玄真坊は又もや大きな口をあけ無恰好の目鼻を一緒によせ、やけ糞になつて都々逸をやり初めた。
『逃げた逃げたよ又逃げた  玄真さまの御威光に恐れ
 右守のアリナが尻に帆かけて  スタコラヨイヤサと逃げ失せた
 扨ても憐れな代物だ  左守シヤカンナはさぞ今ごろは
 吐息つくづく机に向ひ  昔の疵を思ひ出し
 頭痛鉢巻汗タラタラと  薬鑵もらしてゐるだらう
 ア、コラシヨ コラシヨと  家を建てるのは大工さま
 壁を塗るのはシヤカンナだ  昔の古疵ゴテゴテゴテと
 泥塗り隠すシヤカンナだ  娘の光でピカピカピカと
 螢のやうな光出す  自分は泥棒して人苦めて
 俺を泥棒と苦める  泥棒するならしつかりやれよ
 七千余国の月の国  大黒主の領分を
 片手に握つて立つやうな  僅かタラハン一国の
 番頭さまでは気が利かぬ  左守かいもりか知らねども
 世間の狭い親爺どの  ア、コラサ コラサ』
と、精神錯乱者のやうに喋り立ててゐる。格子窓の間から遠慮会釈もなく蚊軍が襲撃する。
(大正一五・一・三一 旧一四・一二・一八 於月光閣 北村隆光録)
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