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文献名1霊界物語 第23巻 如意宝珠 戌の巻
文献名2第3篇 有耶無耶よみ(新仮名遣い)うやむや
文献名3第10章 家宅侵入〔722〕よみ(新仮名遣い)かたくしんにゅう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-06-30 17:12:16
あらすじ高姫は熊野の若彦館で、人々に無理難題を言って放り出され、すごすごと帰ってきた。今度は部下を四人(貫州・武公・鶴公・清公)引き連れて、生田の森の館にやってきた。元の杢助館で、今は玉能姫が守っている。高姫は、生田の森の館の錠をねじ切って中に勝手に入ろうとしていた。そこへ玉能姫が、虻公と蜂公を従えて戻って来て、高姫を見咎めた。高姫と玉能姫は、入れろ・入れぬで言い争いになる。高姫は憎まれ口を叩きながら生田の森の館を去ると、浜辺にやってきた。そこで玉能姫が所有の舟を見つけた。高姫が舟に乗ろうとしていると、舟の監督を任されている船頭たちがやってきた。船頭たちによると、玉能姫は月に一回、この舟に乗ってどこかに出かけるのだという。高姫は、玉能姫の船出の日数から、どの島に出かけているかを聞き出す。船頭たちは家島だろうと答え、高姫はてっきり玉は家島に隠してあると思い込む。高姫は船頭たちに、この舟を出してくれるように頼むが、船頭たちは杢助や玉能姫から厳しく言われているからと断る。高姫はあきらめた振りをして森の方に去ったが、船頭たちが行ってしまったのを見届けると、勝手に舟を出してしまった。玉能姫は、船頭たちの報告を聞いて来て見ると、舟が無くなっている。玉能姫は虻公と蜂公に留守を言いつけると、自分は高姫を追って家島に行くのだ、と言い残して舟を出した。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年06月12日(旧05月17日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年4月19日 愛善世界社版158頁 八幡書店版第4輯 551頁 修補版 校定版161頁 普及版73頁 初版 ページ備考
OBC rm2310
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本文
 晴れては曇る秋冬の  空高姫は改心の
 真如の月を曇らせて  心の海に荒波の
 立騒ぎては又曇る  慢心改心行き交る
 心の色も定めなき  執着心のムラムラと
 又もや頭を抬げつつ  金輪奈落どこまでも
 三つの神宝の所在をば  探さにや置かぬと焦だちて
 四人の従者を伴ひつ  山の尾渉りやうやうと
 南の果に紀の国の  道の熊野も恙なく
 あてども那智の滝水に  胸を打たれてシホシホと
 若彦館に立向ひ  胸の炎の燃ゆるまに
 無理難題を吹きかけて  若彦夫婦其他の
 信徒達を悩ませつ  常楠爺さまの腕力に
 館の外に放り出され  無念の歯切り噛み締めて
 後振り返りふりかへり  館を睨みスゴスゴと
 四人の男と諸共に  心さかしき山路を
 登りつ降りつ浪速江の  よしもあしきも白妙の
 衣を纏ひ引返す  再度山の山麓に
 新に建ちし神館  初稚姫の守りてし
 生田の森に帰り行く。
高姫『アヽ此処が意地クネの悪い杢助の元の館だ。玉能姫は今迄聖地に羽振りをきかして、ピカピカと螢の様にチツと許り光つて居つたが、到頭慢心強く、欲心が深いものだから、杢助の奴にウマウマと計略にかけられ、結構な聖地を飛び出し……お前は如何しても生田の森に因縁があるから、御苦労だが再度山麓の神館の守護をして呉れ……なんて巧い辞令にチヨロまかされ、こんな所へ左遷せられて、有頂点になつて喜んで居る様なお目出度い奴だ。誑す狐が騙されたとは此事だ。実に気の毒なものだワイ。悪人には悪人が寄ると見えて、若彦館に集まつて来よつた連中のあの面と云つたら、泥坊でもしさうな奴ばかりぢやつた。……是れからお前達も充分に気を付けて、誰が何と云つても、日の出神の命令に反く事は出来ないぞえ。貫公、武公、しつかりなされや』
貫州『委細承知致しました。併し是れから日の出神様は聖地へ御帰り遊ばすので御座いますか、但は他の方面へ御出張になりますか、一寸伺つて下さいませな』
高姫『何と云ふお前は頭脳の悪い事だ。日の出神様に伺つて呉れとは、そりや何を言ふのだ。日の出神様と高姫と別々に考へて居るのだな。それがテンから間違だ。高姫は即ち日の出神、日の出神は即ち高姫だ。霊肉一致、誠生粋の大和魂の高姫だ』
貫州『それでも貴女、何時も日の出神の生宮と仰有るぢや御座いませぬか。宮と云ふものは物も言はず動きもせぬものだが、あなたの宮はどこへでもよく動きますな』
高姫『エー分らぬ男だなア。どこへでも思うた所へ行きよるから、イキ宮と云ふのだ。お前は、霊肉一致の此水火が分らぬから仕方がない。余程偉い男だと見込んで遥々紀の国まで連れて行つたのだが、此日の出神が若彦館からつまみ出されて腰を打ち、苦んで居るのに、一口の応対もようせず、蒸し返しも致さず、菎蒻の化物の様にビリビリ慄うて泣き声を出し……モシモシ高姫さま、一体如何なるので御座いませう……なぞと、アタ甲斐性のない、あまり阿呆らしうて、愛想が尽きました。アーア何奴も此奴もマサカの時になつたれば弱いものだ。ここへ来て居る四人連は高姫様の為になれば何時でも死にますの、生命を差上げますのと、よう言はれたものぢや。それ丈の勇気が有るのなら、なぜ生命を的に、若彦や其他の乱暴者を打懲さなんだのぢや。内覇張りの外すぼりとはお前の事ぢやぞえ。是れからチツと腹帯を締め、心を入れ直して貰はぬと、肝腎要の御神業に奉仕する事は出来ませぬぞえ。是れから心を入れ替へて何でも日の出神の云ふ事を聞きますか。サア返答を改めて聞かして下さい。今迄の様なヨタリスクはモウ喰ひませぬから、駄目ですよ』
貫州『ハイ今日限り心を改めて、どんな事でも貴女の言は絶対服従を致します』
高姫『仮令妾がお前に死ねいと云つても、死にますかな』
貫州『ハイ一旦約束をした上は、私も一丈二尺の褌を締めた男だ。決して間違は御座いませぬワイ』
高姫『アヽそれでヤツと安心をした。コレコレ武公、清公、鶴公、お前等は如何だな』
武公『ハイ私も略同意見で御座います。事と品に依れば生命でも差上げます』
高姫『略同意見とはソラ何事ぢや。優柔不断瓢鯰主義の言依別命の御霊にまだ感染されて居ると見えるワイ。そんな筒井式の連中は、今日限り絶縁しますから、トツトと帰つて下さい』
武公『さうだと云つて、一つよりない生命を、さう無暗に貴女に上げられますか。私は大神様に差上げた生命、さう貴女の自由にはなりませぬ。絶対服従と云つてもヤツパリ制限的絶対服従ですから………なア貫州、貴様の絶対服従は先づここらだらう』
貫州『………』
鶴公『オイ貫州、貴様は高姫さまに絶対服従し、源平の戦ひぢやないが、長門の壇の浦迄行く積りか知らぬが、俺等三人が高姫様に破門された時は如何する考へだ。我々四人は何処までも行動を共にすると誓つてある事を忘れはせまいなア』
貫州『そりや決して忘れては居らぬ。互に忘れてはならぬぞと云ふ約束はしたが、まだ細目は定つて居ないのだから、そこは自由意志に任して貰はなくちや可けないよ。其代りに忘れなと云ふ約束は、どこまでも守つて忘れないから、安心して呉れ』
鶴公『何を吐しやがるのだい。実行が肝腎だ。忘れる忘れぬは畢竟末の問題だ。俺達三人は是れから……高姫さまに暇を頂いたのだから、貴様と絶縁をする。其代りに月夜許りぢやないからな。暗の晩には用心なさりませ』
貫州『さう団子理屈を捏ね廻したり、脅喝されては堪らぬぢやないか。チツと淡泊な精神になつて、俺の言ふ事を善意に解して貰はぬと困るぢやないか』
武公『何と云つても我々は執着心の強い高姫さま仕込だから、淡泊になれよと云つたつてなれるものかい。鳶にカアカアと鳴け、鶴にコケコツコウと唄へと云ふ様な注文だ』
高姫『コレコレお前達は大変な御神業を前に扣へ乍ら、妾が一口云つたと云うて、其言葉尻を掴まへて何をゴテゴテ云ふのだ。お前達の心を鞭撻する為に酷い事を云うたのだ。此高姫だとてコレ丈味方が無くなり………オツト……ドツコイ無形の味方が沢山あるわいな。此場合に一人でも大切だ。誰が破門したい事があるものか。そこは推量せなくてはならぬぢやないか。なア鶴公、清公、皆さま、さうぢやないか』
と、たらす様に云ふ。
鶴公『貴女からさう砕けて出て下されば、我々も別に額口に癇筋を立て、糊付け物の様に鯱張りたい事は御座いませぬ。何でも承はりますから、どうぞ御用を仰せ付け下さいませ』
高姫『あゝそれでヤツと内乱も無事に鎮定しました。又してもお前達は革命気分を唆るやうな事を云ふから困つて了ふ。サア是から日の出神の生宮の云ふ事を聞きなされや』
鶴公『ハイハイ承はりませう。何事なりと御遠慮なく仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』
と芝生の上に端坐し、両手をついてワザと丁寧に挨拶をする。
高姫『そんなら此館は今戸締りぢやが、錠を捩切つてでも中へ這入つて、調査て来て下され。玉能姫の奴、どんな事をして居るか知れやしない。箪笥の抽斗を一々点検して、秘密書類でもあつたら、抜目なく持出して来るのだよ』
鶴公『主人の不在宅に這入る事は、何となしに心持があまりよう御座いませぬがなア、そんな事すれば、家宅侵入罪とか無断家宅捜索とかになりはしませぬか。予審判事の令状が無ければ到底執行する事は出来ませぬだらう』
高姫『お前はそれだから可かぬのだ。舌の根の乾かぬ内に、直に反抗的態度を執るぢやないか。勿論不在宅へ這入ることは出来ないが、ここは三五教の支社ぢやないか、謂はば吾々の部下でもあり、居宅も同然だから、そんな遠慮は要らぬ。命令に服従しなされ』
鶴公『オイ貫州、武公、清公、如何しようかなア』
貫州『モシ高姫様、貴女先へお這入り下さいませ。大将より先に立つと云ふ事は御無礼で御座います。私は貴女のお出でになる所は、どこまでもお供を致す従者ですから……さうでないと天地の道理が合ひますまい』
高姫『エー間に合ぬ男だなア』
と無理に戸を捩あけようと焦つて居る。斯る所へ玉能姫は虻公、蜂公両人を伴ひ、スタスタ帰り来り、
玉能姫『貴女は高姫様、仮りにも妾の不在宅を、誰に断つてお開けなさるのだ。チツと乱暴では御座いませぬか』
高姫『イヤお節か、要らぬおセツ介ぢや。三五教の支社を自由自在に開けるのは、日の出神の特権ぢや。玉隠しの大罪人の分際として、何をゴテゴテ云ふ資格があるか。今日から此館は日の出神の仮の御住居、お前は是れから引返し、御苦労だがマ一遍紀の国へ行つて、恋しい男と末永う楽んで暮しなさい。さうすればお前さまも思惑が立ち、面白い月日が送れるだらう。此閾一歩たりとも跨げる事は許しませぬぞや』
玉能姫『何と仰有つても此館は妾の監督権内にあるもの、何程日の出神様でも、指一本触へる事は許しませぬぞ』
と優しき女に似ず、稍言葉に力を入れて極めつけた。
高姫『あのマアおむつかしい顔ワイナ。ホヽヽヽヽ、若彦に会うて、甘つたるい言葉を聞かされて居なさつた時の顔と、今の顔とはまるで地蔵と閻魔の様に変つて居る、あゝそりや無理もない。憎うて憎うてならぬ邪魔者の高姫と、可愛て可愛てならぬ若彦とだから、無理もありますまい。思ひ内に在れば色外に露はるとやら、結局お前は正直なからだ』
と肩を揺り腮をしやくる憎らしさ。
玉能姫『何と仰有つても、高姫様を此館へ入れてはならぬと厳命を受けて居りますから……』
高姫『何と言ひなさる。厳命を受けたとは、そりや誰から受けたのだ。そんな権利を持つて居る奴は三五教には一人もない筈だ。大方僣越至極な行動を敢てする言依別か杢助の指図だらう。サア此一言を聞いた上は、どこまでも白い黒いを別けねば置かぬ。……誰が言うたのだ。有態に白状を致されよ』
と威丈高になる。
玉能姫『オホヽヽヽ、高姫様の恐ろしいお顔、モ少し淑やかに低い声で仰有つて下さいましても、玉能姫の耳はよく通じますのに……妾は日の出神から厳命を受けました』
高姫『日の出神とは妾の事ぢや。妾が何時そんな命令を致しましたか』
玉能姫『ハイ何時も厳しく仰せられます。自分の守つて居る館は、仮令教主でも、如何なる長上の方でも、生神様でも、黙つて入れてはならぬ。絶対に其処を守り、他の者は寄せ付けるでないと、貴女は始終仰有つたぢやありませぬか。教主も妾の長上なれば貴女もヤツパリ長上の仲間です。又自分以下の役員様、信者と雖も、自分の守護神の許さぬ事は絶対にならないと、貴女の日の出神様の厳しきお警告でせう。妾は日の出神様に絶対服従ですから……』
高姫『それならば何故日の出神に服従せないのだ。お前は日の出神には服従しても、高姫の云ふ事は聞かぬと云ふ精神だなア。高姫が即ち日の出神、日の出神が即ち高姫、密着不離の関係を知らぬのか。それが分らぬ様な事で、如何して此結構な神館が守れますか』
玉能姫『………』
高姫『口が開きますまい。無理を通さうと云つても、屁理屈や無理は日の出神の前では三文の価値も有りますまいがなア。オツホヽヽヽ』
玉能姫『何と仰有つても、妾は這入つて貰ふ事は出来ませぬから………』
高姫『何と剛腹な女だなア。理屈は抜にして、同じ道に居る吾々、チツとは融通を利かしたらどうだな』
玉能姫『融通を利かす様な行方は、変性女子の言依別の行方だ、日の出神は一言云うたら、どこまでも間違へられぬのだと仰有つたでせう。それだから何処までも其御神勅を遵奉致しまして、お気の毒乍ら今回はお断り申しませう』
虻公『コレコレ高姫さまとやら、貴女は館の主人がこれ程事を解て仰有るのに、なぜ分りませぬか』
高姫『エー喧しいワイ。新米者の癖に………泥棒面をさげやがつて……玉能姫に従いて来る様な奴に碌な奴は一人も居りやせぬ。二人が二人乍ら、どつかで泥棒でも働いて居つた様な面付をして居る』
蜂公『是れは怪しからぬ。何時私がお前さまの物を窃盗しましたか。お前さまこそ、人の不在宅を窃盗しようと思つて予備行為をやつて居つた所、玉能姫様に見つけられたぢやないか。泥棒の上手な奴は、滅多に夜間這入るものぢやない。日天様のカンカンお照り遊ばした時、公然と不在宅へ大勢連れで、近所の人にワザと用がある様な顔して這入るのが奥の手だ。お前さまも随分鍛練したものだなア。実に感心致しますワイ。永らく泥棒をやつて居つた蜂……オツトドツコイお方と見えて、中々肝玉が据わつて居るワイ』
高姫『的切りお前は泥棒商売をやつて居つた奴に違ひない。さうでなければそんな秘訣が分る筈がない。玉隠しの玉能姫に従く様な奴だから、ようしたものだ。類は友を呼ぶと云つて玉盗人の家来だから、キツト泥棒しとつたに違なからう。日の出神の目で睨んだら間違はあるまいがな』
蜂公『ハイ、どうも若い時から何々を商売にやつて居つたものだから、何れそんな臭気がするかも知れぬが、今日は清浄潔白、水晶魂の真人間だから、あまり昔の事を言つて、過越苦労をせぬ様にして下さい』
高姫『ハヽヽヽ、ヤツパリ泥棒上りぢやな。泥棒と聞く以上は、折角の水晶魂が泥に汚されては大神様に申訳がない。サア貫州、武公、清公、鶴公、妾に従いて来なさい、グヅグヅして居ると、お前達も折角身魂の垢が除れかけた所、又逆転して泥まぶれになると険難だから……、サアサア早く妾に従いてお出でなさるが宜からう。コレコレお節、お前は良い家来が出来ました。後でゆつくりと、三人三つ眼になつて、此世を紊す御相談でもなさるが性に合うて居りませうぞい。オホヽヽヽ』
と嘲り笑ひ乍ら、早くも此場を見棄てて森の彼方へ姿を隠す。四人は心無げに従いて行く。高姫は生田の浜辺に着いた。四五艘の舟の中に玉能丸と書いた船を見つけ、
高姫『ハハア、此奴は何でも宝を隠しに行きよつた時に使用つた船らしい。他人の船に乗つて行けば泥棒になるが、此奴ア同じ三五教の所有の船だ。そして又隠しよつた船に乗つて探しに行くのは縁起がよい。コレコレ貫州外三人、早く船の用意をなさつたがよからう』
 かかる所へ二三人の船頭現はれ来り、
船頭『コラコラ何処の奴か知らぬが、俺達の監督して居る船を、自由にどうするのだ』
高姫『コレはお前達の船かな』
船頭『俺の船ではないが、監督を頼まれて居るのだ。生田の森の玉能姫様の所有船だ。毎月一遍づつ此船に乗つて島へ行かつしやるのだよ』
高姫『大略何日程往復にかかつて、玉能姫様は帰つて来られるかな』
船頭『早い時は日帰りの事もあり、風波が悪いと三日もかかられる事がありますワイ』
高姫『さうするとお前さんの考へでは、どこらあたり迄往く様に思ふかな』
船頭『マアさうだな、家島辺りだらう。俺達も風波の良い日は家島へ往復するが、恰度一日のよい航程だから、何でも家島辺に結構な神様があつてそこへお参詣なさるのだらう』
高姫『同伴者は何時も何人位あるのかな』
船頭『あの人は綺麗な別嬪の癖に、自分一人で艪を漕いで、此荒波を渡つて行くのだから、吾々船頭仲間も偉い女だ、神様の様な人だと云つて呆れて居るのだ』
 高姫は舌を巻いて、
高姫『なんと偉い奴だなア。併し宝の隠し場所は何でも其辺に違ない。あゝ好い事を聞いた。あゝこれで前途が明かるくなつた様な気がする。船頭さま、お前一つ御苦労だが家島までやつて呉れぬか。此船に乗つて……』
船頭『なんと仰有りましても行きませぬ。お前は三五教の宣伝使でせう。笠の印にチヤンと現はれて居る。三五教の宣伝使が来たら、何と言つても渡す事はならぬと、今聖地へ往つて偉い者になつて御座る杢助さまや、玉能姫さまから頼まれて居るのだから、何程金をくれても出す事は出来ませぬワイ』
高姫『何と云つても、行つて呉れませぬか』
船頭『船頭仲間にもヤツパリ一種の道徳律がありますから、そんな、約束を破らうものなら、竜神さまに如何な罰を被るか分つたものぢやない。船頭は誰も彼れも貧乏人ばつかりだが、併し乍ら金銭の為に動く奴は一人も無い。そんな事は何程頼んでも駄目だ。オイ源州、金州、早く取締の宅まで往かう。グヅグヅして居ると又叱責を言はれるからなア』
金州『オウさうだ。急いで行かう。……オイオイ女宣伝使、決して此船に指一本触へてはならぬぞ』
高姫『アヽ仕方がない。そんなら妾も帰らうかなア』
と四人に目配せし乍ら、生田の森の方面指して走り行く。三人の船頭はヤツと安心し乍ら此場を立去つた。
高姫『オツホヽヽヽ、どうやら船頭の奴、安心して帰つて行きよつたらしい、サアお前達、是れから玉能丸に乗込み、一生懸命に家島に向つて漕ぎ出すのだ』
とクレツと踵を返し、浜辺に駆けつけ手早く綱をほどき、艪を操り櫂を漕ぎ乍ら、黄昏の空を暗に紛れて力限り走り行く。暫くあつて、玉能姫は船頭の報告に依り、二人の男を引連れ浜辺に来て見れば、玉能丸は既に見えなくなつて居る。玉能姫は、
玉能姫『アヽ失敗つた。高姫一派の者、宝の所在を嗅つけ船に乗つて往つたのに違ひない。コラ斯うしては居られぬ。我船はなくとも後から断りを言へば良いのだ。サア虻公、蜂公、用意をして下さい。一刻も猶予はなりませぬ』
虻公『此暗いのに船を出した所で方角も分りませぬ。明日になさつたら如何ですか』
玉能姫『イヤ一刻も猶予はなりませぬ。サア早く用意をなされ。一刻遅れても一大事だから……』
虻公『私は船を操つた事は、生れてから有りませぬ。蜂公と云つても其通り、如何したらよからうかな』
玉能姫『そんならお前達は、又高姫一派が不在宅へやつて来ると困るから、早く帰つて留守番をして下さい。妾の帰るのが仮令一日や二日遅くなつても心配せずに、神妙に留守して居て下されや』
虻公『貴女は如何なされますの』
玉能姫『アヽどうでも宜しい。早く帰つて下さい』
蜂公『それでも貴女の御行方を承はつて置きませぬと困りますから……』
玉能姫『妾は家島へ行くのだ』
と云ふより早く艫綱を解き、櫓を操り、星のキラめく海面を、矢を射る如く辷り出した。二人は是非なく館へ帰り行く。
(大正一一・六・一二 旧五・一七 松村真澄録)
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