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文献名1霊界物語 第70巻 山河草木 酉の巻
文献名2第3篇 理想新政よみ(新仮名遣い)りそうしんせい
文献名3第16章 天降里〔1783〕よみ(新仮名遣い)あまくだり
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ太子は貧民窟の有様を見て、国の改革の思いを新たにする。そこへ、番僧が人員調査のためにやってくる。レールとマークは、太子一行を自分の妻と友人として番僧に説明する。太子は、この番僧がむしろ向上主義運動者たちに共感しているのを見て取って、自分の素性を明かして仲間に誘う。番僧テルマンは承諾して、レール・マーク・太子たちの仲間となる。
主な人物 舞台 口述日1925(大正14)年08月25日(旧07月6日) 口述場所丹後由良 秋田別荘 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年10月16日 愛善世界社版201頁 八幡書店版第12輯 464頁 修補版 校定版207頁 普及版102頁 初版 ページ備考
OBC rm7016
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本文  シグレ町の貧民窟の九尺二間にはレール、マークの両人が俄にテイラ、ハリス、チウイン、チンレイの新しい四人の珍客を迎へ、どことはなく大活気が漲つて来た。新来の珍客は何れも古ぼけた労働服を身に纏ひ、之が太子か、貴婦人かと見まがふ許り、服装を落して了つた。それ故七軒長屋の隣りの婆嬶連も、夢にも太子や王女の変装とは知る由もなかつた。
 朝も早うから女議員が、カバンの代りに手桶をさげて、井戸端会議を燕の親方よろしく開催してゐる。
甲『これ、お梅さま、レールさま処へ此頃妙な、落ちづれものが、やつて来てゐるぢやないか。あら、大方、乗馬下しの貴婦人かも知れんが、長屋の規則を守つて、饂飩一杯づつ配りさうなものだのに、まだ挨拶にも出て来ぬぢやないかい』
乙『お竹さま、饂飩か蕎麦の一杯貰ふやうな事があつたら、それこそ大変ですよ。あとが煩さいからな』
竹『それでも、私が去年の暮に此長屋へ流れ込んで来た時、お前さま等が率先して、何かと世話をして下さつた際に、長屋の規則だから、饂飩か蕎麦を一杯づつ向ふ三軒両隣りへ配れと云ひなしたものだから、親爺のハツピを質において饂飩を一杯づつ配りましたよ』
梅『そら、さうですとも、普通の人間なら、互に仲ようして、お交際をして貰はなくちやなりませぬが、あのレールさま、ま一人のマークさまの二人はラマ本山のブラツクリストとか云ふものについて居る人物で、いつも番僧さまが如意棒をブラ下げて調べに来るぢやないか。あの人は向上会員とか、黒い主義者とか云ふぢやないか。そんな人と交際でもしようものなら、番僧さまにつけねらはれ、誰もいやがつて日傭者にも雇うて呉れませぬワ。さうすりや忽ち親子の腮が乾上つて了ふぢやありませぬか。親爺さまは毎日土方をやり、私等はマツチの箱貼をして会計を助けては居るものの、雨が三日も降りや忽ち土方も出来ず、親子が飢ゑ死せねばならぬと云ふ境遇だもの、番僧さまなんかに睨まれちや堪りませぬわな』
お竹『何とマア怖ろしい人が此路地へ這入つて来たものぢやないか。此頃はあんな人がうろつくので寺庵異持法だとか、国士団、………法とか、難かしい法律が発布され、三人寄つて話をして居つても、直に引張られるさうだから、かう五人も六人も一緒に水汲みをやるのは剣呑ですぜ』
お梅『タカが女ぢやありませぬか。本来裏長屋の嬶連が、何人寄つて雀会議をやつた処で何一つ出来やしないわ。何程盲の番僧さまだつて、女まで引張つて帰るやうな無茶な事はしますまいよ』
お竹『何、女でも仲々手に合はぬ連中さまがありますよ。今時の女性は皆、高等淫売教育とか、云ふものを受けてゐる人だから、女権拡張とか女子参政論だとか、いろいろのオキャンや、チャンピオンが現はれて、ラマ本山の頭を痛めるものだから、此頃は女でも容赦なく、番僧さま、一寸怪しいと見たら直に引張つて行くさうだよ。あの向上会員さまの中にも、どうやら高等淫売らしい、綺麗な女が三人まで、やつて来てゐるのだもの、何時番僧さまがやつて来るか知れないわ。蕎麦の御馳走所か、此方が側杖を喰はされちや堪りませぬな。サアサア帰りませう』
と五六人の婆嬶が手桶をヒツ下げて各自小さい破れ戸をくぐつて姿を隠して了つた。
 チウインは共同井戸の側にある穢しい共同便所に這入つて居つたが、此女連の話を一伍一什聞き終り、そしらぬ顔をして帰り来り、
チウ『オイ、レールの兄貴、僕は妙な事を聞いて来たよ。イヤ、もう大に社会教育を得た。人間と云ふものはホンに生活上に大変な懸隔があるものだな』
レ『長屋の雀や燕が云ふ事ア大抵極つてゐますよ。私を向上会員だと云つて、いつも口を極めて悪口を云ひ、テンで怖がつて交際をせないのです。随分、悪垂れ口を叩いたでせう』
チウ『ハヽヽヽ仲々面白いわ、イヤ然し面白いと云うては済まぬ。此トルマン国には一人も貧民のないやうに、何とかして骨を折らねばなるまい』
レ『タラハン国のスダルマン太子は、アリナ、バランスと云ふ賢明な棟梁の臣下を得て、教政の改革を断行されたと云ふ話ですが、屹度よく治まるでせう。まだ今々の事ですから、その結果は分りませぬが、今日の場合あゝするより外に道は御座りますまい。トルマン国も今は改革の時期だと思ひます。どうか太子様の英断を以て一日も早く教政の改革を断行し、国民の信望をつなぎ、天下の名君と仰がれ玉ふやう、吾々は努力したいと思ひます』
チウ『ヤ、実は僕もスダルマン太子のやり口には感服してゐる。どうしても思ひきつて決行せなくちや駄目だ。兎も角、やれる丈けやりたいものだな』
レ『今度の宰相は余程分つてゐるやうですが、浄行の古手や首陀の大将や毘沙頭の古手が、いくら頭を悩まし、教政内局を組織した処で、その寿命は長くて一年半、短い奴は三月位で倒れて了ふのだから、吾々教徒はいい面の皮ですよ。今日は最早、人文発達して人民が皆自覚して居りますから、古疵物は信用しませぬ。兎も角、清浄無垢の民間から出たものでないと、大衆の信望をつなぐ事はむつかしいですな』
チウ『そらさうだ。会衆の古手や首陀頭や浄行や金持会衆が、何遍出直した所で、まるで子供が飯事をしてゐるやうなものだ。亡宗政治、骸骨政治、幽霊政治、日暮し政治、軟骨政治、章魚政治、圧搾宗政ばつかりやられて居つちや、大衆は到底息をつく事は出来まい。僕もどうかして此際、かくれたる智者仁者を探し求め、善政を布いて見たいと思ふのだ。然し乍ら、まだ自分は部屋住の事でもあり、両親の頭が古くつて時代の趨勢が分らないものだから、実は困つてゐるのだ。何とか一つ大きな目覚しが来るといいのだけれどな』
レ『太子様、必ず心配して下さるな。吾々は王室中心向上主義ですが、現代の大衆は何時でも一撃の梵鐘の響と共に起つやうになつて居ります。テイラさまや、ハリスさまの前で、こんな事を云ふのはチツト許り云ひにくいけれど、今度の戦争がなかつたなら、吾々は已に已に左守、右守の両人を斃し、宗政の改革を太子様にお願ひする処だつたのです。既に既に矢は弓の弦につがへられて居つたのです。左守、右守の浄行も戦争の為に斃れたのだから、御本人にとつては非常に光栄だつたのでせう。さうでなくつても今日まで二つの首はつながれて居ない筈ですから』
 テイラ、ハリスの両人は平気な顔して笑つてゐる。
レ『もしテイラさま、ハリスさま、貴女はお父さまの事を云はれても、何ともないのですか』
テイ『ハイ、子として父の死を悲しまぬものはありませぬ。然し乍ら大衆の怨府となり、非業の最後を遂げられやうなものなら、それこそ子として堪りませぬが、危機一髪の場合になつて、王家のため国教のために戦つて死んだのですもの、全くウラルの神さまの御恵だと思つて有難う感じて居りますわ。ネー、ハリスさま、貴女だつてさうお考へでせう』
ハリ『何事も皆、因縁事ですもの、仕方がありませぬわね』
レ『イヤお二人とも、立派なお心掛、向上会の私も今日の上流に、こんな考への人があるかと思へば聊か心強くなつて来ました。オイ、マーク、トルマンの国家も心配は要らないよ、喜び給へ、此若君を頂き、此賢明な左守右守のお嬢さまが上にある以上は、国家は大磐石だ。俺等も今迄十年の間、国事と改宗に奔走した曙光が現はれたやうなものだ』
マ『本当にさうだ。僕も何だか、死から甦つたやうな晴々した爽快な気分になつて来たよ。何と云つても年若き貴婦人の身として、駒に鞭韃ち砲煙弾雨の間を、三軍を指揮して奔走された女丈夫だもの。僕等の如き痩男は姫さまの前ではサツパリ顔色なしだ、ハツハヽヽヽ』
 かく話してゐる所へ如意棒の音がガラガラと聞えて来た。
レ『ヤ、又番僧がやつて来よつたな。チウインさま、どうか本名を云つちや、いけませぬよ。皆さま、そのつもりでゐて下さい。屹度人員調査にやつて来たのでせうから』
チウ『よしよし、心配するな』
番僧『レールさま、一寸戸を開けて下さい』
 レールは入口の破れ戸をガラリと押開けニコニコし乍ら、
『ヤア、これはこれは、朝も早うから御苦労で御座ります。何の御用か知りませぬが、トツトと御這入り下さい。拙宅も此頃はお客が殖えまして大変賑かう御座ります。俄に六人家内となつたものですから、懐の寒いレールにとつては聊か困つて居りますわい。貴方も此頃は物価騰貴で、さぞお困りでせうな』
番『君の云ふ通り僕も大変生活難に襲はれてゐるのだ。女房の内職で、どうなりかうなり、ひだるい目はせずに暮してゐるが、随分辛いものだよ。君はこれと云ふ仕事もしてゐないやうだが、随分裕福な暮しをしてゐるらしいね。鶏が叩いてあるぢやないか。然し此四人の方は何処から来られたのだ。実は此長屋の嬶が本山へ密告して来たものだから、職務上調べぬ訳にも行かず、又君に苦い面をしられるのを知り乍ら、之も職務上やむを得ないのだから、一応取調べに来たのだ。どうか悪く思はないやうにして下さい』
レ『久し振りで郷里の友人や、私の女房や、マークの女房が尋ねて来てくれたのですよ。明日はどうして喰はうかと兵糧がつきたので頭痛鉢巻をやつてゐた所、郷里からこの通り鶏と米と酒を持つて来たものだから、久し振りで御馳走にありつかうと思つて、朝から立働いてゐた所ですよ』
番『成程、どうも田舎の人らしいね。然し乍ら田舎にしては、云ふと済まぬが、垢抜けのした方許りだな』
レ『此友人はバクシーと云つて、チツト許り財産を持つて居ります。吾々二人は国士として国家の為、身命を賭して活動してゐるものだから、妻子を養ふ事が出来ないので、此バクシーさまの家へお世話になり、下女奉公に使つて貰つて居つた所、女房が一度夫の顔が見たい顔が見たいとせがむものだから、遙々と女房を連れて、バクシー夫婦が昨日来てくれたのです。マアお前さま久し振りだ、一杯やつたらどうですか。別に貴方の職掌にも影響するやうな事はありますまい』
番『イヤ、有難う。それでは一杯頂戴しようかな。僕だつて同じトルマン国の人民だ。如意棒をブラ下げて居る丈けの違ひだ。一つ上司の機嫌を損じたが最後、忽ち丸腰になつて労働者の仲間へ入れて貰はなくちやならないのだから、今の間に君等と懇親を結んでおかなくては、忽ち自分の前途が案じられて仕方がないからな。どうかレールさま、よろしく頼みますよ』
レ『今の高級僧侶等は、何奴も此奴も皆賄賂をとつたり、御用商人と結託して、甘い汁をしこたま吸ふてゐやがる餓鬼許りだ。役僧の中でも比較的潔白なのは君等番僧仲間だ。それでも小ラマ位になると随分予算外の収入があると云ふ事だ。君等も労働者の前で如意棒を見せて威張り散らす位が役得では詰らぬぢやないか。普選が間もなく実行される世の中だ。君も吾々仲間に這入つて向上運動の牛耳をとり、会衆にでも選出されて、国政と宗政の大改革を断行し玉へ。月給の安い番僧なんかやつて居つた処で、つまらぬぢやないか。何程出世したと云つた処で、番僧の出世は小ラマが関の山だ。それも三十年位勤続せなくちや、そこ迄漕ぎつける訳にや行かないからな、ハヽヽヽ』
番『ウン、そらさうだな。会衆にでも出て、うまく立働けば伴食浄行位はなれるかもしれない。悪くした所で首陀頭の椅子位には有りつけるかも知れぬ。生活の保証さへしてくれる者があつたら、僕は今日からでも辞職して君等と一緒に活動するつもりだがな』
レ『そりや面白い、番僧の中でも、君はどつか違つた所があると向上会員の仲間からも云はれてゐるのだ。思ひきつて番僧なんか棒にふり玉へ。君の生活は、このバクシーさまが屹度保証して下さるよ。さうしてバクシーさまに附てさへ居れば、最早大磐石だ。寺庵異持法、国士団、…………法も、何も、へつたくれも、あつたものぢやない』
チウ『こいツア面白い番僧さまだ。オイ君、僕は実の所、打割つて云ふがチウイン太子だ。教政を改革せむために向上会員の仲間へ偵察に変装して来てゐるのだよ。君もどうぢや、今日限り番僧をやめて向上運動に没頭する気はないか。浄行位にや屹度僕がしてやるよ』
番『本当ですか、腹の悪い、人を嬲るのでせう。恐れ多くも太子様が、かやうな処へおいでなさる道理はありますまい』
チウ『因習に囚はれた現代人は、太子と云へばどつか特種の権威でもあるやうに誤解してゐるが、太子だつて神柱だつて白い米を食つて黄い糞を垂れる代物だ、ハツハヽヽヽ』
番『イヤ分りました、間違ひ御座りますまい。何だかどこともなしに気品の高い人と思つてゐましたが、さうすると此御婦人達は何れも雲の上に生活を遊ばす貴婦人でせう。私はテルマンと申す小本山の番僧で御座ります。どうか宜しう今後は御指導を願ひます。如何なる御用でも犬馬の労を惜みませぬ』
チウ『ハ、よしよし、これで新人物を一人見つけた。早速の穫物があつた、ハヽヽヽ』
 戸の隙間から太陽の光線が五条六条黒ずんだ畳の上に落ち、煙のやうな埃がモヤモヤと輪廓を描いて浮游してゐる。豆腐屋のリンが微に聞えて来る。新聞配達のリンが一入高く響く。
(大正一四・八・二五 旧七・六 於由良海岸秋田別荘 北村隆光録)
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