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文献名1霊界物語 第25巻 海洋万里 子の巻
文献名2第1篇 相縁奇縁よみ(新仮名遣い)あいえんきえん
文献名3第1章 水禽の音〔747〕よみ(新仮名遣い)すいきんのおと
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-08-20 19:02:59
あらすじ時間空間を超越して、現幽神の三界を過去・未来・現在に通観した物語も、教祖が現れたもうた明治二十五年にちなんだ第二十五巻に達した。高天原の大宇宙の外側に身を置いて全宇宙を隈なく見渡し給う瑞御霊・神素盞嗚大神の御心を汲み取り給う大八洲彦命は、月照の神と現れて、五十二歳を越えた赤子の口を借りて述べ立てる。オセアニアの一つ島にて、黄金の砂を敷き詰めた地恩の郷に三五の教えを開いた五十子姫や梅子姫、小糸姫らが、仁慈無限の元津御神の御心を覚って道に尽くした古き神代の物語である。黄竜姫(小糸姫)が治める地恩城では、出奔した高山彦の後釜に、清公が任命されていた。しかし要職に上り詰めた清公は思い上がって傲慢な態度を取っていた。そのために城内は宰相・清公派と、副宰相・鶴公派に分かれて暗黙の対立が起こっていた。清公と鶴公は二人とも、黄竜姫の侍女・宇豆姫に懸想していた。スマートボールは鶴公派として、強権的に宇豆姫を娶ろうとする清公への批判を、チャンキーとモンキーに披露していた。そこへ貫州と武公がやってきて、友彦がジャンナイ教徒たちを組織して、仕返しに地恩城へ攻め寄せてくるという噂が立っていることを伝えた。それを聞いた蜈蚣姫は早速、軍備を整えて迎え撃とうとする。蜈蚣姫はスマートボールに、迎撃の軍備を整えて出撃するように命じると、いそいそと去ってしまった。そこへ清公が従者をしたがえてやってきて、スマートボールらに友彦軍の迎撃を命じる。しかしスマートボール、貫州、チャンキー、モンキーらから、思い上がった言動を批判されてしまう。スマートボールはさらに、清公は鶴公にその地位と宇豆姫を譲るべきだ、と迫り、その旨自分が宇豆姫に直談判に行くと息巻く。清公はその場の雰囲気に気おされてしまう。そこへさらに、鶴公がやってくる。清公は、友彦襲来の一件を持ち出して鶴公に意見を求めるが、鶴公は何事も宰相である清公に命に従う、と述べると、清公は黄竜姫に諮ってくるといってその場を立ち去った。鶴公を宰相に戴こうとする一同に対し、鶴公はあくまで謙虚の態度を示して、下の者が上の者を使うべきだと持論を展開する。スマートボールを始め鶴公の徳に感心しているところへ、清公派の金州、銀州、鉄州がやってきて、清公に対する謀反を黄竜姫に奏上するのだ、と言い捨てて行ってしまう。
主な人物 舞台地恩城 口述日1922(大正11)年07月07日(旧閏05月13日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年5月25日 愛善世界社版7頁 八幡書店版第5輯 31頁 修補版 校定版7頁 普及版2頁 初版 ページ備考
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本文の文字数9140
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本文  時間空間超越し  現幽神の三界を
 過去と未来と現在に  通観したる物語
 伊都の教祖が艮の  神の御言を蒙りて
 現はれ給ひし瑞祥の  明治は二十五の年
 それに因みし巻の数  須弥仙山に腰を掛け
 三千世界を守ります  神に習ひて掛巻くも
 畏き神の現れませる  高天原の大宇宙
 その外側に身を置きて  ここに六合隈もなく
 見渡し給ひし瑞御霊  神素盞嗚の御心を
 汲み取り給ふ大八洲彦  神の命は月照の
 瑞の御霊と現はれて  綾の聖地に身を潜め
 五十路の阪を二つまで  越えた赤子の口を借り
 大海原に漂へる  名さへ芽出度き竜宮の
 一つ島なるオセアニヤ  黄金の砂を敷き詰めし
 地恩の郷に三五の  神の教を開きたる
 五十子の姫や梅子姫  鬼熊別の珍の子と
 生れ出でたる小糸姫  仁慈無限の天地の
 元津御神の御心を  覚りて道に尽したる
 古き神代の語り草  松竹梅の大本の
 竜宮館を立出でて  流れも清き小雲川
 並木の老松ふくの神  風に誘はれ吹き立てる
 法螺貝喇叭にあらねども  夢か現か誠か嘘か
 嘘ぢやあるまい誠ぢやなかろ  さても解らぬ物語
 心真澄の松村が  口と鉛筆尖らして
 吾が口述を書きとめる  松雲閣の中の間に
 無尽意菩薩を始めとし  五六七太夫や加藤女史
 やがては急ぎ北村の  隆々光る神界の
 御稜威を畏み村肝の  心清めて書きとむる
 所謂三界物語  辷り出でたる蓄音器
 取手を握りクルクルと  螺旋仕掛のレコードが
 茲に廻転始めける  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ。
    ○
 地恩城の役員控室には、スマートボール(敏郎司)、チヤンキー(英吉)、モンキー(米吉)其他二三人、赤裸の儘、芭蕉の実を喰ひ乍ら雑談に耽つて居る。
スマートボール『皆の御連中、人間も良い加減なものだなア。俺達も蜈蚣姫様に朝夕真心を尽し、随分忠勤を擢でて、危険区域に往来出没し、種々雑多の艱難辛苦を嘗めて来た者だが、海洋万里の竜宮島までお供をして来乍ら、吾々は平役人の一部に加へられ、清公さまの頤使に甘んじて居らねばならぬのだから、暗君に仕へるのは実に不利益此上なしだ。此頃は蜈蚣姫さまも女王様に会うた嬉しさに、俺達の殊勲を念頭から遺失して了ひ、今迄は寝ても起きても「スマート、スマート」とお声がかかつたが、此頃は何処のスマートに居るかとも言つて下さらぬ。本当に良い加減なものだよ。俺ア……モウ同伴者が有つたら波斯の国へでも帰りたくなつて来たワイ』
チヤンキー『お前が蜈蚣姫さまに夫丈尽したにも関はらず、抜擢されないのは、みんな身魂の因縁だ。前生からの罪の借金済しを指して下さるのだから、それで大変な御恵に預つて居るのだよ。俺だとて肝腎の黄竜姫様を、シロの島から生命からがら送つて来て、中途で難船をした殊勲者だから、何とか御言葉が懸りさうなものだけれど、ヤツパリ平役人の仲間だ。モンキーだとて其通り、そこが神様の依怙贔屓のない処だ……なア、モンキー、貴様もさうだらう』
モンキー『吾々小身者の分際として、チヤンキー モンキー言つて見た所で、歯節は立たぬよ。マアどうなりと生命さへ助けて貰へば、結構だなア』
スマートボール『それだと云つて、清公の奴、高山彦の後釜に坐り、宰相面をして俺達に何事も指揮命令する特権を与へられたのは、チツと合点がゆかぬぢやないか。何程身魂の因縁性来かは知らぬが、吾々の見る所では、何一つ是れと云ふ手柄をした様にもなし、半泥的の友彦宣伝使のお供をして来た平信者の分際として、出世すると云つてもあんまりぢやないか。レコード破りと言はうか、破天荒と言はうか、譬方の無い黄竜姫のやり口、人も有らうに、清公の様な若輩に、あれ丈の重任を御負はし遊ばしたのは、如何考へても合点の虫が承認して呉れないよ。それ程賢い人間でもなし、どつちかと云へば、チツと許り落して来た様な代物ぢやないか』
チヤンキー『さうだからお筆先に……阿呆になりて居りて下されよ。神の道は悧巧を出すと失敗るぞよ。他人が出世を致したと云うて嫉むでないぞよ。身魂の因縁丈の御用がさせてあるのだから……とお示しになつてるぢやないか』
スマートボール『それに……まだまだ業の沸く事がある……と云ふのは噂にチラツと聞けば、天下無双のネース宇豆姫さまを女房に貰ひ、ブランジー(国主)、クロンバー(国妃)の夫婦が後釜になると云ふ事だが、それが実際とすれば、俺達ア馬鹿らしくて、ジツとして居る事が出来なくなつて了ふ。其時にや貴様達は如何考へるか』
チヤンキー『アハヽヽヽ、又人の疝気を頭痛に病んで居よるな。実際の事を言へば、貴様宇豆姫に大変な執着心を懸けて居るのだらう。チツと妬けとると見えて、酢につけ味噌につけ因縁を附けるのだなア。……何時やらの月の輝く夜の事、宇豆姫さまが庭園を天女の様なお姿で、スラリスラリと木蔭を逍遥ひ遊ばした時、貴様は差足、抜足後の方から近寄つて、電話姫の様に……モシモシと吐した処、宇豆姫様にエツパツパを喰はされ……サーチライス、ユーリンスユーリンスと謝罪つて逃げ出したと云ふ専らの評判だよ。其時のエツパツパの肱鉄を根に持つて居るのだらう』
 スマートボールは顔赭らめ、俯むいて黙つて居る。
モンキー『アハヽヽヽ、ヤツパリ……さうすると、火の無い所に煙は立たぬ。何時も……女なんか汚らはしい……と云ふ様な面付をして、スマーして御座るスマートボールさんも、ヤツパり気があるのかなア。恋に上下の隔てないとはよく言つたものだ』
スマートボール『馬鹿を云ふな。それや俺の事ぢやない。鶴公の事だ。……鶴公がなア、性懲りもなく宇豆姫さまのお臀を嗅ぎ廻り、幾回となくエツパツパ エツパツパを喰ひ、悲観の極、失恋病に罹り、柿の木で人知れず首をツル公とやりかけた処、此様子を物蔭より見すまして居たスマートボール……ヘン此方が矢庭に其場に駆出で、プリンプリンの最中をギユツと下から抱きあげ、……如何に鶴さまだとて、首をツルと云ふ事が有るかい、マア待て、死は一旦にして易く、生は難しだ。キツと俺がお前の願望を叶へ指してやるから……と云つて慰め、漸くボールス(自殺)を中止させたのだ。其責任上俺は如何しても清公の縁談に水を注し、鶴公の女房に宇豆姫さまをせなくては、一旦男の口から吐いた唾を呑み込む訳にはゆかぬ。それ故昼夜肺肝を砕き、何とかして鶴公の恋を叶へさせてやりたいと、宇豆姫さまの間近く寄つて、機会ある毎に掻き口説いて居るのだ。それを心なき没分暁漢の連中が、俺が姫さんにスヰートハートして居る様に誤解して、下らぬ根無し草の噂の花を咲かして居るのだ。諺にも……人の口に戸は閉てられない……と云つて、一々俺がそんな弁解に廻る訳にもゆかず、千万無量の俺の心中を、チツとは察してくれの鐘だ。烏はカアカアと啼いて塒を定め、夫婦睦まじく暮して居るに、鶴公のやもを鳥、宇豆姫の事を思つて心をウヅウヅさせ乍ら……アーア夏の夜も蚤はせせり、蚊が喰つて寝られないワイ……と歎息して居るのを思ひ出すと、俺だとてそれが袖手傍観出来るものか。早く鶴公さまの恋をかなへさせて、夫婦睦じく卵子を生み、川と云ふ字に寝さしたいのだがそれや将来の事として、一時も早くリの字にさしてやりたい俺の一念。……アーア待つ間の長き鶴公の首、千歳の松の末永く、梢に巣籠る尉と姥との、高砂の謡曲が早く聞きたいので尽力して居るのだよ』
と心配さうに俯むく其様子、冗談とも思はれなかつた。斯かる所へ貫州、武公の両人現れ来り、
貫州『ヤア御連中、何か面白いお話でも有りますかなア』
チヤンキー『今チヤンキー モンキーと、スマートボールのローマンスを遺憾なく聞かして頂き指を銜へて居た処なのだ。……貫州さま、お前此頃の清公の横柄振を何と考へて居るか』
 貫州、稍仰向き気味になり『フ、フーン』と云つた限り、力無げに笑ふ。
武公『イヤもう此頃の清公の態度と云つたら、さつぱり、ブランジー気分になり、クロンバーを得むとして、種々と暗中飛躍を試みて居ると云ふ事だ。併し乍ら到底物にはなるまいよ。アハヽヽヽ』
貫州『そんな問題は如何でもよい。国家興亡に関する大問題が今別に突発して居るのだが、お前達分つて居るか』
スマートボール『分つて居らいでかい。鶴公を黄竜姫の夫に推薦すると云ふ大問題だらう。……併し其奴は駄目だから、せめて宇豆姫さまの婿にしてやりたいと思つて、昼夜肝胆を砕いて居るのだ。併し清公の奴、どうやら予約済の札を掛けて居る様だから、此奴もならず、実に世の中は意の如くならないものだ。何か良い智慧を貸して呉れないかネー』
貫州『そんな事が国家興亡の問題かい。あゝ貴様も知つて居る通り、鼻赤の友彦の奴、ネルソン山を西へ渉り、ジヤンナイ(治安内)教のテールス(照子)姫の夫となり、大変な勢でオーストラリヤの西部一帯を勢力範囲となし、今に軍備を整へて此地恩城へ鬼の様な荒武者を引率し、やつて来ると云ふ噂があるのだ。お前達も聞いて居る通り、黄竜姫様は元は友彦の女房だつたが、地恩郷の奴等に打ちのめされ、城外に担ぎ出された其無念を晴らすべく、一挙に当城へ攻め寄せ、否応言はさず、黄竜姫様に兜を脱がせ改めて友彦の第二夫人になるか如何だと、大変な威喝的態度で蹂躙すると云ふ計画オサオサ怠りなしとのこと。吾々は斯うしてジツとして居る訳には行かぬ。婦人問題などの気楽な話に没頭して居る時ぢやない。何を云つても内輪を固めなくては、外敵に当る事は不可能だ。地恩城には清公派と鶴公派が互に鎬を削り、内争絶間なく、如何して此城が持てるものか。兄弟垣に鬩ぐとも、外其侮りを防ぐと云ふ事があるから。サア皆一致和合して、今迄の態度をスツカリ改めて貰ひたいものだよ』
スマートボール『それが又神界の御都合だよ。よく考へて見よ、夜中夫婦喧嘩許りして居る家には泥棒も這入らない。互に軋轢して力比べをし、今の今迄演習をして置くのだ。力士だつてさうぢやないか。一生懸命に稽古と云つて挑み闘ひ、其間に天晴れと力が付いて晴れの場所で格闘すると云ふ段取りになるのだ。友彦が門前まで押寄せ来るを待ちて、協力一致すれば良いのだよ。サアサア モツトモツト内乱を奨励せなくちや本当の勇士は造れないワ。アハヽヽヽ』
と笑ひに紛らす。此処へ蜈蚣姫は稍腰を屈め、ヒヨコヒヨコやつて来て、
『お前はスマートボールに貫州、武公、チヤンキー、モンキーの頭株ぢやないか。今……金、銀、鉄等三人の注進に依れば、鼻曲りの意地クネの悪い友彦が、ジヤンナイ教の荒くれ男を率ゐ、当城へ攻めて来るとの急報……サア早く防戦の用意をせなくてはなりますまい』
スマートボール『蜈蚣姫様、無抵抗主義の三五教の本城に防戦とは心得ませぬ。武器と云つては寸鉄もなく、如何したら良いのですか』
蜈蚣姫『サア其防戦は善戦善闘だ。本城へ押寄せ来らぬ間に、ネルソン山の山麓に、威儀を正して友彦の軍隊を待受け、所在款待をするのだ。さうして飽く迄忍耐振と親切振を発揮する。これが第一の味方の神法鬼策、六韜三略の奥の手だ。さうだと云つて、決して権謀術数を弄するのではない。誠一つの実弾をこめて、誠を以て戦ふのだよ。分つたか』
スマートボール『ハイ、根つから……よく分りました』
蜈蚣姫『何だか歯切れのせぬ返答ぢやないか』
スマートボール『返答だか、弁当だか、テントウ様だか、テンと訳が分りませぬワイ。先方は吾々を殺しに来ると云ふ、此方は御馳走の弁当を拵へて歓迎せよと仰有る。ベントウとか天道とかは、人を殺さぬとか…殺すとか云ふぢやありませぬか』
蜈蚣姫『オホヽヽヽ、何でも良い。お前ではチツと事が分り兼ねるに依つて、貫州、武公、チヤンキー、モンキー等の大将株と相談して、最善の方法を講じて下さい。妾は是れから神殿へ参つて御祈念を致すから、周章てず騒がず、静に急いで準備をするがよからうぞや』
スマートボール『徐かに急げとは尚々以て不得要領だ。寝て走れ、目噛んで死ね、睾丸銜へて背伸びせいと云つた様な御註文ですなア』
チヤンキー『御チウモンも表門もあつたものかい。……モシモシ蜈蚣姫様、チヤンとチヤンキーが胸に御座いますれば、どうぞ御心配なくお帰り下さいませ』
蜈蚣姫『そんなら是れでお別れする。よきに取計らひなされ』
と握り拳を固め、蝦の様になつた腰を三つ四つ打ち乍ら、
蜈蚣姫『エーエ、人を使へば苦を使ふ』
と呟きつつ奥の間に姿を隠した。
スマートボール『訳も知らずにチヤンキー モンキーと雀の親方見たいに、チヤアチヤア吐すな。鶏は跣足だ。モンキー、馬は大きくてもフリマラだよ。アハヽヽヽ』
 斯かる所へ威風堂々として四辺を払ひ、二三の従者を伴ひ、現れて来た清公、
『ヨー、スマートボール其他の役員さま、大変な事が出来致しました。蜈蚣姫様から一応お聞きでせうが、あなた方は其準備を早くして貰はねばなりませぬ』
スマートボール『ハイ先づ内を固めて外に向ふのが順当でせう。外部の敵は、駆逐する事は何でもありませぬが、先づ内部の敵から言向け和せ、其上の事に致しませうかい』
清公『コレだけよく治まつた地恩城に内紊のあらう道理がない。それや又如何した訳でそんな事を言ふのですか』
スマートボール『只今地恩城の俄宰相清公のブランジーに対し、挙国一致的強敵が現はれ居ますぞ』
清公『其敵と云ふのは誰ですか』
スマートボール『其敵は本能寺にあり。汝の敵は汝の心に潜む。先づ清公さまのブランジー気分を撤廃し、自由自在に開放なさらなくては、内部の敵も外部の魔軍も、如何ともする事が出来ますまい。先づ第一に私の方から条件を提出致しますから、御採用になるかならぬか知りませぬが、其上で吾々は決心を定めませう。……貫州、武公さま、サア是から君が特命全権公使だ。早く談判の口火をお切りなさい』
貫州『清公のブランジーさまに質問があります。お前さまは謙遜と云ふ事を知つて居ますか。三五教の教理は如何御解釈になつて居りますか。言心行一致の実をお示し下さらなくては、吾々は去就を決する事が出来ませぬ。斯う言へば表だつて議案を提出せなくても、一を聞いたら十を覚る鋭敏な頭脳の持主と、黄竜姫様が御信任遊ばした貴方だから、一伍一什お分りでせう』
清公『さう突然訳の分らぬ事を言はれても返答の仕方がありませぬ。吾々の施政方針にあなた方の御意に召さぬ欠点が有ると云ふのですか』
チヤンキー『有る有る、大有りだ。大あり大根で胴体ばつかり大きくても味もシヤシヤリも…ないじやくりだ。それだから誰も彼も清公さまには、キヨう交際は出けぬと此処に居る御連中が不平して居ましたぞや。チツと重しをかけて、糠味噌の中へ突込んでやらねば、良い味は出なからうと言つて居ました。重りが重い程圧迫が強くて漬物の味がよくなると云ふ事だから、吾々が尾張大根の重り石にならうと相談をして居つた最中だ。……ナア、モンキー、間違あるまい』
モンキー『何だか知らぬが、エライ人気だ。あつちにも、こつちにも、チヤンキー モンキーと清公さまの不信任問題が喧伝されて居る。先づ是から先へ解決を付けて貰ひませうかい。解決と云つても、股にキネ糞を挟んで立派な礼服を着し、座敷の正中に坐り込み、立ちもならず動きもならぬ様な、蛇の生殺しの様な解決では、此危急存亡の場合、駄目ですよ。流れ川に尻を洗つた様に、綺麗サツパリと、川の流れの宇豆姫さまを思ひ切つて、鶴公さまの女房となし、お前さまは鶴さまに代つて、裏の柿の木でブランジーとぶら下らうと、それや御自由だ。兎も角鶴公さまが宇豆姫にエツパツパを喰はされ、柿の木でブランコをやりかけた位だから、友人を思ふ真心があるならば、自分の愛を犠牲として、信任深き鶴さまにラバーを譲つてやりなさい。是が先決問題だ。グヅグヅして居ると、鶴さまの恋は九寸五分式だから、センケツ、リンリ問題が突発するかも知れない。……アーアあちら立てれば此方が立たず、両方立てれば宇豆姫さまが立たず、世の中は思ふ様に行かぬものだ。併し乍ら清公さま、大勇猛心を発揮し、一皮剥いたら、誰しも髑髏のみつともない肉体計りだから、宇豆姫さまの事をスツカリ思ひ切つて、国家の為にそれ丈の決断力を、今此場で発揮して貰ひませう』
 清公、俯むいて『ムニヤムニヤムニヤ』
 スマートボールは、
『危急存亡の此場合、唯一言の御返答もなきは、不承諾と見えます。それならば其れで宜しい。吾々も共同一致的に不承諾だ。……コレ清公さま、大勢と一人には換へられませぬから、どうぞ早く城を明け渡し、陣引きをなされませ。其後は鶴公さまがブランジーとなつて、地恩城を総轄し、宇豆姫をクロンバーの位置に据ゑ、神業に参加すれば、万代不易の基礎が建つ。サア御返答を承はりませう』
清公『宇豆姫さまは承諾せられますかなア』
と確信あるものの如く冷笑を向ける。
スマートボール『皆さま、暫く此処に待つて居て下さい。これより宇豆姫さまの居間に参り、直接談判をやつて来ますから』
チヤンキー『そんなにグヅグヅして居つたら、友彦が軍勢を引連れやつて来ますぞ。蜈蚣姫様の仰せの如く此方より無抵抗主義の先鞭を付け、友彦の進軍をネルソン山麓に待受け、互に諒解を得なくてはなりますまい。宇豆姫さまより、清公さまの返答さへ聞けば解決の付く話だ。左様な廻りくどい事をして居る場合ではありますまい。……サア清公さま、あなたも立派な堂々たる七尺の男子だ。直に御返事を承はりませう。色男気分になつて、独断的に、私はブランジーだから、きつとクロンバーになるのは宇豆姫に定まつたりと、自惚心を起して威張つて居つても、先方の精神はまだ明瞭と分つては居りますまい。万一最後の一段になつて、宇豆姫さまにエツパツパを喰はされ、アフンとして男を下げるよりも、今の間に綺麗サツパリと断念なさつた方が、何程立派だか知れますまい。是れチヤンキーが心よりの貴方に対する真実なる忠告ですから、空吹く風と聞き流してはなりませぬぞ。男は断の一字が最も必要だ。サーチライス、ユーリンス ユーリンスと頭を抱へて恥を掻き、蚤の様に頭ばかり突込んで尻を盛立て、恥を掻くよりも、今の間に思ひ切つたが、貴方に取つて最も賢明な行方だ。さうすれば永遠無窮に地恩城の右守神となりて、尊敬の的となり、神業に参加することが出来ませう。何程井モリの神ぢやと云つても、黒焼になる所まで妬いちや可けませぬよ』
と揶揄ひ半分に忠告する。ここへ何気なうやつて来た右守神鶴公、
『ヤア皆さま、大変な事が起こつた様ですなア。……モシ左守神の清公殿、如何なさいますか。御所存を承はりたい』
 スマートボール初め一同は拍手し乍ら、
一同『鶴公さま、万歳、ウロー ウロー』
と叫ぶ。
鶴公『兎も角、友彦の寄せ手に向ひ、最善の方法を講ぜねばなりますまいが、清公殿、如何の御所存で御座いますか』
清公『先づ右守神の御意見を承はりませう』
鶴公『吾々は左守神の次の位置に位する者、何事も貴方の指揮命令に従ふのが本意で御座いますから、どうぞ御腹蔵なく仰せ付け下さいませ』
貫州『左守神は最前より吾々一同種々と申上げましたが、何の返答もなされませぬ。察する所、自ら総統権を棄却された事と察しまする。さうでなければ精神錯乱か、或は本城の危急存亡を対岸の火災視し、利己主義を立て通す体主霊従の御方と断定するより道はありませぬ。宇豆姫様さへ手に入らば、地恩城も三五教も、清公さまの眼中には無いと云ふ事を赤裸々に表白されて居ります。吾々は如何しても斯様な御人格の方の風下に立つて活動する事は到底出来ませぬ。さうだと云つて三五教の神の教は大切なり、其教の全権をお握り遊ばす黄竜姫様を御見棄て申す訳には参りませぬ。徹頭徹尾辞職などは出来ませぬから、先づ第一に吾々の代表的犠牲となつて、左守神様から処決して頂きませう』
 清公は一同に向ひ、
『これより奥殿に入りて、黄竜姫様の御意見を伺ひ、其上に処決する事に致しませう。何は兎もあれ、出陣の用意急がせられよ』
と言ひ棄て、此場を逃ぐるが如く姿を隠した。
チヤンキー『猫に追はれた鼠の如く、左守神も到頭尾を捲いて奥の間へスゴスゴと隠れて了つた。何時まで待つて居たつて、出て来る気遣ひはあるまい。吾々は鶴公様に身も魂も捧げて、如何なる指揮命令にも服従する考へであります。皆さまの御精神は如何で御座いますか』
と一同の顔を看守つた。スマートボールを初め並居る面々口を揃へて、
一同『大賛成大賛成』
と叫ぶ。
鶴公『皆さまはそこまで不束な私に対し、同情を寄せて下され、実に感謝に堪へませぬ。が、併し乍ら清公さまは私の上役、左守神を差し措いて如何する事も出来ませぬ。左様な僣越の行動は神の赦し玉はざる処、先づ第一に清公様のお身の上の解決が付いた上、皆さまの思召に応じ、御用を承はりませう』
スマートボール『モシモシ右守神さま、貴方は吾々の上に立つ御方、下の者に対し御用を承はらうとは、チツと矛盾ぢやありませぬか』
鶴公『イエイエ、上に立つ者は決して下を使ふ役ではありませぬ。あなた方が吾々をお使ひなさらねばならぬのです。吾々の命令を聞いて活動をする様な事では、木偶も同然だ。何時までかかつても神業は発達致しませぬ。先繰り吾々の仕事を拵へて、斯うして呉れ、ああして呉れと御註文下さらねばならぬのです。今の世の中の人は上に立てば下の者を弟子か奴隷の様に使ふべきものだと誤解して居る。上に立つ者は要するに下から使はれるのだ。広大無辺の国祖大神でさへも、吾々の願事を聞いて下さるではありませぬか。所謂吾々は………斯く申せば少しく語弊が有りますけれども……神様は要するに御使ひ申して居る様なものだ。何卒御見捨てなく御用を仰せ付け下さいませ』
と道理を分けて説き諭す。スマートボールは黙然として、時々頭を上下に振り『ウンウン』と頷いて居たが、忽ち鶴公の前に両手をつき、
『イヤ何事も諒解致しました。然らば是れから貴方を充分に酷使致しますから、其お積りで御願申しませう』
鶴公『何分宜しく御注意下さいまして、末永くお使ひの程をお願ひ申します』
 一同感歎の声を洩らして居る。此処へ金、銀、鉄の三人現はれ来り、
金州『ヤア貴方は鶴公様、只今戸外にて承はればハツキリ訳は分りませぬが、危急存亡の今日の場合、清公様に対しストライキをなさると云ふ御相談らしい。宜しい、これから奥殿に参り、此由黄竜姫の御前に奏上致しますから、其お積りで御決心をなさるがよからう』
と捨台詞を残し、三人は足早に奥を目蒐けて進み入る。
(大正一一・七・七 旧閏五・一三 松村真澄録)
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