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文献名1霊界物語 第50巻 真善美愛 丑の巻
文献名2第3篇 神意と人情よみ(新仮名遣い)しんいとにんじょう
文献名3第14章 虬の盃〔1308〕よみ(新仮名遣い)みずちのさかずき
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-07-21 20:58:50
あらすじ高姫はそれから、初稚姫、楓姫、珍彦、静子を憎むことはなはだしく、どうにかして彼らを亡ぼそうと考えるようになった。しかしこうなってはもはや初稚姫に言うことを聞かせることはできないだろうし、そうなると、彼らを害そうとすればスマートが飛び掛かってくるに違いなかった。そこで高姫は、腹中の悪孤たちと相談し、一種の妖術をかけることにした。虬の血を絞って百虫を壺に封じ込み、血染めの絹を護摩の火で灰にして壺に封じる。この灰を四人に盃に塗って飲ませれば、飲んだ者は神徳を失い、人の怨みを受けて身を亡ぼすのだという。高姫はそれから、悪孤の言うとおりに妖術の材料を集めて準備した。そして四人に怪しまれないようにおとなしく過ごし、すべてが整うと、珍彦館を訪れて自分の非を涙ながらに詫び、仲直りの酒宴を開くと言って招くのだった。初稚姫は高姫の企みをすっかり見抜いていた。そしてその妖術も、兇霊の妄言であり何の効果もないことも看破していた。初稚姫はなんとかしてこの機会に高姫に改心してもらいたいと心に誓った。高姫の誘いに楓は嫌悪の情を現したが、初稚姫が酒宴への参加を促したので、一同は危険がないことを暗に悟り、高姫の館に向かった。初稚姫が毒見をし、一同は妖術を施してある御馳走をすっかり平らげてしまった。珍彦は厚く礼を述べて妻子を引き連れて帰って行った。また高姫は、楓と遊んでくるように初稚姫に言ったので、初稚姫も珍彦館に行くことになった。後に残った高姫は、計略が当たったと一人喜んでいる。高姫の腹の中から、悪孤たちが計略の成功を自慢する笑い声が聞こえてきたので、高姫は滅多なことを言うなと憑霊たちをたしなめたが、まるで聞かない。戸の外には、彼らが恐れるスマートの吠える声が聞こえてきた。高姫は頭をかかえて震えあがり、腹中の悪孤たちも一斉に黙ってしまった。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年01月21日(旧12月5日) 口述場所 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年12月7日 愛善世界社版189頁 八幡書店版第9輯 219頁 修補版 校定版196頁 普及版97頁 初版 ページ備考
OBC rm5014
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本文  高姫は、それより初稚姫、楓姫、珍彦、静子を憎むこと甚だしく、如何ともして彼等を亡ぼさむと夜着を被つて怖ろしき鬼心を辿つて居る。されど何う考へても普通ではいかない。又まさかの時になれば、怖ろしいスマートが飛び出して来る。これが高姫の第一の頭痛である。もうかうなつたら、如何程スマートを帰せと云つても初稚姫は帰すまい。又母としての権利を振ひ、彼女を強圧し吾意に従はしむる事も到底駄目だと考へた。そこで高姫は一計を腹中の悪狐と相談の上ねり出した。外でもない、それは一種の妖術である。虬の血を絞つて百虫を壺に封じ込み、当の四人を調伏の為に血染の絹を拵へ、護摩の火にかけてこれを焼き尽し、壺の中に秘めて置き、和合の酒宴と称し、ソツと四人の盃に人知れず塗りつけて置き、甘く其酒を飲ます時は、之を飲んだものは自ら神徳を失ひ、又人の心に逆らうて恨みを受け、遂には其身を亡ぼすに至るものだ……と云ふ事を教へられた。それより高姫は森の中に表面散歩の如く見せかけ、虬を探し百虫を漁つてこの怖ろしい計画に全力を尽した。さうして漸く註文通りの品が揃うたので自分の床下に隠し置き、時の到るを待ちつつあつた。
 高姫は斯くして、何時とはなしに四人を亡ぼさむと思ひ、ほくそ笑みつつ、表面柔順と親切を装ひ、あまり小言も云はず、憎まれ口もたたかず、可成四人が自分を信任し且心を許すやうにと勤めて居たのである。実に女の悪霊に迷はされ、狂熱の極点に達した時位怖るべきものはない。女は最も心弱きものの又最も強きものである。一旦決心した上は、俗にいふ女の一心岩でも突き貫くと云つて中々容易に動くものではない。高姫はかくも怖ろしき悪計を敢行すべく決心の臍を固めてしまつた。
 斯る企みのありと云ふ事は、初稚姫を除く外は誰一人として悟り得るものはなかつたのである。
 一切の計略の準備が調うたので、高姫は自ら珍彦館に立ち出で、叮嚀に笑顔を作り辞儀をしながら、態とに優しき声を絞り、
『ハイ御免なさいませ。此間は病気上りの事とて頭が変な工合になりまして、つひ皆さまに御無礼の事を申し上げましたさうで厶います。何分逆上致して居りましたので、如何なる不都合の事を致しましたやら皆目存じませぬ。今日義理天上日出神様が、こんこんと夢中でした事をお話し下さいましたので私も吃驚致しまして、真に済まない事を致したと悔やんで見ても後の祭り、初稚さまにも楓さまにも御夫婦様にもえらい失礼を致したさうで厶います。私はそれを天上様から承はり、立つても居ても居られなくなりましたので、お詫のため恥を忍んで参りました。何卒私の罪をお許し下さるやうお願ひ致します』
と泣き声になつて空涙をこぼして詫び入るのであつた。初稚姫は高姫の腹のどん底までよく知つて居た。さうしてその魔術は唯兇霊の妄言にして何の寸効なき事を看破して居たのである。故に高姫の悪計を自分一人の心の中に包んで置きさへすれば、天下泰平である。併し高姫さまが悪魔に嗾されて斯様な心を起されるのは真に御気の毒だ。何とかして此際に改心して貰はねばならないと、堅く決心して居たのである。
珍彦『これはこれは高姫様とした事が、何と仰有います。貴女にお詫を云はれて何うして私が耐りませう。尻こそばゆくてなりませぬ。何事も吾々がいたらぬから起つた事で厶います。何卒今後はよろしくお叱り下さいますやうに』
『イエイエ私が悪いので厶います。つひ私には神経病が厶いまして、時々脱線を致しますので、何時も人様に御迷惑をかけますので、神様に対しても貴方等に対しても済みませぬ。のめのめ来られる筋では厶いませぬが、面を被つて怖る怖る参りました。それに就いては詫びの印及び貴方等と入魂に願ふ喜びとして、手製の御飯とお酒を上げたいので厶いますが、どうぞ余り遠い所では厶いませぬから、来ては下さいませぬかなア。何を申しても貴方等は御親切なお方ですから、私の居間まで位は来て下さることと固く信じて参りました』
『ヘイどう致しまして、貴女に御馳走頂いては済みませぬ。私の方から実は差上げたいので厶います。』
『さう仰有らずに私の願を聞いて下さいませねえ。私がどうしてもお気に召さないので厶いますか、さうすれば是非は厶いませぬ。私は喉でも突いて死なうより道は厶いませぬ』
と又もや巧妙に空涙を絞る。
静子『これ珍彦さま、あれだけ親切に仰有つて下さるのだもの、お世話になつたらどうでせう』
『ウンさうだな。折角の思召、無にするのも却て畏れ多いから、お言葉に甘へて伺ひませうかなア』
『お父さま、お母さま、貴方高姫さまの所へいつてお酒や御飯を頂くのなら、神丹をもつてお出でなさいませよ。又此間二度目に文珠菩薩様が下さいましたのねえ。あれさへ頂けば、どんな毒が入つて居てもすつかり消えますからねえ。高姫さま、毒散などは今度は入れてはありますまいな、仮令入れてあつても、私等は神丹を持つて居るから些も構ひませぬけれどねえ』
と態とにあどけなき小児の態を装ひ、高姫の荒肝を挫がうとした。
珍彦『これ、お前は何と云ふ失礼な事を云ふのだい。高姫さまが何そんな事をなさる理由があらうか、お前は夢を見たのだよ』
『何でも夢にして置けばよいのですなア、初稚姫さま、貴女もさう仰有つたで厶いませう。併し私は義理天上さまの所へ往つて、お茶一杯でもよばれるのは否ですわ』
静子『これ楓、お前はそれだから困ると云ふのだ。ほんにほんに仕方がないなア、ちつと初稚姫さまの爪の垢でも煎じて頂かして貰ひなさい』
 高姫は態とニコニコしながら、何気なき態にて心の驚きを隠しながら俄かに作り笑ひ、
『ホホホホホ、やつぱりお若い方は夢を御覧になつても現実だと思つてゐらつしやるのですねえ。ほんとに可愛い正直な楓さまだこと、これ楓さま、何卒皆さまと一緒に来て下さいな』
『それなら叔母さま、往きませう。初稚姫の姉さまも御一緒でせうねえ』
『お前さまの好きな初稚さまも一緒だから、何卒一緒にお膳を並べて、仲ようこの婆が心を召し上つて下さい。そして私も一緒に頂きますから』
『皆さま、お母さまがあすこ迄親切に仰有つて下さるのだから、サア参りませう』
と勧める。親子三人は初稚姫の言葉に確証を与へられたる如く、安心して高姫の居間に列する事となつた。
 高姫は追従たらだら、あらゆる媚を呈しながら、心の裡に、
『いよいよ願望成就の時が来た、この時を逸しては、またとよい機会はあるまい』
と思ひながら他人に膳部を扱はせず、今日は高姫の赤心を現はすのだからと云つて、いそいそと唯一人台所を立ち廻つて居るのが怪しい。
 高姫は漸く膳部を五人前揃へ、酒の燗迄ちやんとして虬の血を塗つた盃を四人の膳に一つづつ配り置き、
『サア皆さま、お待たせ致しました。どうぞ何も厶いませぬけれど、どつさりお食り下さいませや、今日は初稚、お前もお客さまだよ』
『お母さま、本当に済みませぬねえ。子が親にお給仕をして貰つたり、御飯をたいて頂いたりするとは、ほんに世が転倒ですわ。勿体なくて冥加に尽きるかも知れませぬが、お母さまのお言葉に従ひ、今日だけはお客さまにならして頂きます』
『アアさうさう、さう打解けて下されば、この母もどれだけ嬉しいぢや分りませぬ』
珍彦『どうもお手間の入りました御馳走をして下さいまして、実に有難う厶います』
静子『大勢が及ばれに参りまして、真に済みませぬ』
『サア初稚姫さま、お前さまから毒試をするのだよ』
と燗徳利を差出した。初稚姫は、
『皆さま、お先に失礼致します』
と会釈し、盃を両手の掌にきちんとのせ、
『お母さま、虬の血の色のしたお盃は、ほんに気分が宜しう厶いますね。百虫を壺に封じたやうなお酒の味がするでせう』
と云ひながら高姫の顔を一寸覗いた。高姫は初稚姫の言葉に驚いて燗徳利をパタリと其場に落した。瀬戸物の燗徳利は忽ち切腹の刑を仰せつけられ、腹一杯呑んでゐた酒を残らず吐き出して了つた。
『お母さまとした事が、えらい事をして見せて下さいますなア。これは何の法式で厶いますか』
『これはなア、高姫の腹には何もない、この通り清い清い混りのないお酒のやうなものだと云ふ赤心を示すための、昔から伝はつた一つの法式ですよ』
 初稚姫は態と空惚けて、感心さうな顔をしながら、
『何とお母さまは故実に通達したお方ですねえ。何卒、このお盃に一杯注いで下さいませ』
とわざとに突き出す。高姫はヤツと初稚姫の何気なき言葉に安心の胸を撫で下し、笑顔を作つて、
『アアよしよし、初ちやまから注いで上げませう。サア盃をお出しよ』
 初稚姫は嬉しさうに盃に酒を注いで貰ひ、グウグウと飲んで見せた。それから来客一同に盃を廻し、又毒の禁厭のしてある御馳走を遠慮会釈もなく、心地よく平げてしまつた。さうして珍彦は妻子を引き連れ、厚く礼を述べて館へ帰つた。初稚姫も高姫が「ゆつくり楓さまと遊んで来い」と云ふので、これ幸と珍彦館に至り、素知らぬ顔をしていろいろのお道の話をして居た。
 高姫は、四人の出て往つた後を篤りと見送り、再び障子襖をたて切り独り言、
『ああ、たうとう願望成就の曙光を認めた。やつぱり常世姫の御魂は偉いものだなア、ああしておけば自然弱りに智慧は鈍り体は潰え、人望は落ちるのは目のあたりだ。ああ気味のよい事だなア。ああ今日より此常世姫は枕を高うして寝る事が出来る。ああ惟神霊幸倍坐世。神様、あなたの御神力によつて邪魔者が亡びますれば、此高姫は千騎一騎の活動を致しまして、天晴手柄を致して御目にかけませう。ああ何だか今日位心地のよい日は厶いませぬわい』
とほくほく喜び、嫌らしき笑を漏らして居る。腹中より、
『オイ高姫の肉体、どうだ。此方の智略縦横のやり方には降参しただらうなア』
『シツ、又しても出しやばるのか。秘密は何処迄も秘密ぢやないか。肝腎の時になつて仕様もない事を口走つて見よ、この肉体が承知を致さぬから』
『イヒヒヒヒヒ、オイ黒、八、テク、蟇、大蛇、猿の連中、どうだ、この金毛九尾のやり方は実に偉いものだらう。水も漏らさぬ此方の仕組、サアこれから瑞の御霊の教を片端から打ち砕き、俺達の世界にするのだ。何と心地よき事ではあるまいかなア、エヘヘヘヘヘ』
 又腹中より種々の声が出て、
『有難う存じます有難う存じます、金毛九尾様、畏れ入つて厶ります。これから何事も九尾様の御命令に従ひます。此蟇公も一切万事今後は御指揮に従ひまアす』
と一句々々声のいろが変つて聞えて来る。
『こりや、腹の中の我羅苦多共、何をつべこべと大事の事を吐くのか。沈黙致さぬか』
『アハハハハハ、どうもはや常世姫の肉体には、此方も畏れ入つたぞや。ほんに確りした肉体ぢや。この肉体さへあれば五六七神政を妨害し、忽ち悪魔の世と立替へるのは火を睹るよりも明かな事実だ。思へば思へば心地よやなア、エヘヘヘヘヘ』
『こりや、皆の守護神共、静にせいと申せばなぜ静に致さぬのか。困つた奴だなア。さうして其方は今の五六七の世を妨害して闇の世界にすると申したな、何と云ふ不心得の事を申す……サアもう常世姫の肉体は貴様等には借さぬから、エー出て呉れ、シツシツシツ』
『イヒヒヒヒヒ、何と云つても此肉宮を帰ぬ事は嫌だよ』
『それなら早く改心を致して、五六七神政の御神業に参加致すと申すか。サア早く返答を聞かせ』
 腹の中より、七八種の声、一時に起り、
『アハハハ、イヒヒヒ、ウフフフ、エヘヘヘ、オホホホ、カカカカ、キキキキ、クククク、ケケケケ、ココココ、パパパパ、チチチチ、キヒヒヒヒヒ』
 戸の外にはウウーウーウーワウワウワウと、怖ろしきスマートの吠える声、高姫は頭をかかへて慄ひ上る。腹の中の沢山の声は水を打つた様に一時にピタリと止まつてしまつた。スマートは益々戸外にウウウーと唸り立てて居る。
(大正一二・一・二一 旧一一・一二・五 加藤明子録)
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