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文献名1霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
文献名2第3篇 開花落花よみ(新仮名遣い)かいからっか
文献名3第14章 花曇〔1820〕よみ(新仮名遣い)はなぐもり
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-05-25 09:43:13
あらすじ
主な人物お花、ヤク、警官、守宮別 舞台僧院ホテル 口述日1925(大正14)年08月20日(旧07月1日) 口述場所丹後由良 秋田別荘 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年11月7日 愛善世界社版188頁 八幡書店版第11輯 565頁 修補版 校定版191頁 普及版63頁 初版 ページ備考
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本文  お花はヤクと共に、次の間に端坐し乍ら、守宮別の帰館を、今やおそしと待ち構へ居たり。
『これ、ヤクさまエ、旦那さまは宗教独立運動に行くと云つて、ここを出られたきり、今日で三日目になるのに、まだお姿が見えないのは、チト怪しいとは思ひませぬか。もしやお寅さまの所へでも、あの金を握つたのを幸ひ、ズボリ込みてゐるのぢやなからうかな』
『何おつしやいます。旦那さまに限つて、ソンナバカなことなさいますか。あれ程お寅さまに愛憎をつかして、ゲヂゲヂのやうに云つてゐられましたもの』
『それだつて、あの旦那さまはアーンと欠伸をなさつたら険呑だよ。それを境界線として、いつも心機一転する癖があるのだもの。これから旦那さまが外出される時は、ヤクお前は見えかくれにでも、ついて行つて貰はねばならないよ』
『それまで夫婦間で疑つちや駄目ですよ。夫は妻を信じ妻は夫を信じなくちや本当の夫婦ぢやありませぬよ。旦那さまに限つて、ソンナバカな事はなさりやしませぬ。此ヤクがキツト保証しておきますわ』
 かく案じてゐる所へ、ボーイの案内につれてエルサレム署の警官が、
『守宮別さまは居られますか』
と尋ね来たりぬ。お花は警官の姿を見て、
『ハハ守宮別の運動によつて教会の独立が許可になるのだらう。その報告のため上官庁の内命をおびて調査に来たのだな。こりや此際十分高尚に構へて居らねばなるまい』
と思案を定め、俄にオチヨボ口をし乍ら、
『妾こそはシオンの娘、木花咲耶姫命の精霊を宿した大救世主、あやめのお花が肉宮で厶るぞや。警官どの、サアサア調べて下され。シオンの娘に間違ひありませぬぞや。これ、ヤク殿、守宮別が不在だによつて、そなた代つて、警官殿のお相手をなさつたが宜しからうぞや』
『これはこれは警官様、御苦労で厶います。あの、何で厶いますか。宗教独立の許可になつたので厶いますかな。小身者のヤクも鶴首して吉報を待つて居ました』
『いや、左様な事で来たのぢやありませぬ。実は、一昨日の夕方、停車場街道で此方の主人守宮別殿に出会ひ、挙動不審と認めて、警戒の巡査が取調べた所、別に怪しき方でないと判明し、直に放免しました。その後で、大枚三千円入りの蟇口が落ちてゐるので、本署へ届けて来ました。署長と立会ひの上調べて見ると、僧院ホテル第一号、二号、三号室、守宮別と書いた名刺が這入つてゐましたので、篤と調べた上お返しに参りました。どうか此帳面に印をおして下さい。受取書は、ここに書いて来ましたから』
 神さまを装つてゐたお花は、此事を聞いて俄に神様の形態をくづして了ひ、ツカツカと警官の傍により、
『これはこれは警官さま、よう、マアおいで下さいました。守宮別さまとした事が、大枚三千円の金を落し、言訳がないと思つて、どツかへ逐電なさつたのだらう。何と云つても気の良い人だからな。イヤ確に受取ました。どうぞ署長さまに宜しくお伝へ下さい。これ、ヤク、門口までお見送りせぬかいな』
 警官は受取書に印を貰ひ、ヤクの見送りを拒絶し乍ら足早に帰り行く。
 お花はヤクをつかまへて積んだり、くづしたり、守宮別の身の上を案じてゐると、そこへ守宮別はブラリブラリと帰つて来た。流石のお花も守宮別の姿を見て、『どうも白粉臭ひ香がしてゐる、此奴は腹を探つて見ねばなるまい』と早くも覚悟を極めた。
『女房、今帰つたぞや。アーア、酒を一本つけて呉れないか』
『これはこれはよう帰つて下さつた、大変に暇が入りましたな。私心配してゐましたよ。そして、タゴール博士の方は、どうなりましたか、早く吉報を聞かして下さいませな』
『ウン、大変好都合だつたよ、あの三千円の金は、随分働いたものだ。何と云つても世界一の、シオン大学の教授を五人迄動かし、愈独立運動の許可が下る処迄漕ぎつけて来たのだから、マアお花、喜びてくれ』
『これ守宮別さま、女たらしの後家倒しさま、一体お前は、どこへ行つてゐたのだい』
『どこへ行つたつて?大臣や博士の官宅を歴訪して居つたのだ。三千円位費つたつて安いものだらう、目的さへ達成したらいいのだから』
『ヘン、嘘ばつかり云つたつて、ソンナ事に騙されるお花ぢやありませぬよ。貴方の頬辺に白粉がついてるぢやありませぬか。その白粉はどうしてつけたのですかい。サアその因縁を聞かして下さいな。私も考へが厶いますから』
『アーア、おしろいへ気をつけたり、前へ気を付けたりして舎身活躍をやつて、今塗り立ての大学の白壁にブツつかつたものだから、白くついたのだよ。お前も罰があたるぞや。コンナ夫を持ち乍ら何をゴテゴテ云ふのだい』
『白壁の香と、白粉の香と、嗅分けぬやうなお花ぢや厶いませぬよ。ソンナゴマかしは、お寅さまには利くかは知れませぬが、此お花には駄目ですよ。サア、キツパリ白状しなさい』
『これは御明察恐れ入りました。実は、博士や大臣をある料亭へ招待し、目的貫徹の為、心にもない白首を招んでな、杯盤の間を斡旋させたのだよ。そしたら、そそつかしいキーチャンの奴、大臣と俺と間違へて俺の頬辺に吸ひつきよつたのだ。大方、その時、ついたのだらう』
『何、キーチャンが頬辺に吸いついたと?』
と早くもお花の顔には低気圧が襲来したり。
『これ、守宮別さま、旦那さまと云ひたいが、今日限り改めますよ。その積りでゐて下さいよ。色情の道にかけては、オーソリチーの私をバカにしようと思つても、その手は喰ひませぬぞや。大方どつかのスベタ女と、くつついて来たのでせう。これは一体何ですか』
と三千円の蟇口を守宮別の前に投げ出して見せる。
『お花、これや俺の紙入ぢやないか』
『さうでせうとも、中をあけて御覧なさい。手のきれるやうな、百円札が三十枚目をむいて居りますよ。ヨウマア大臣や博士を招待したなぞと、ソンナ嘘が言へたものですな。ツヒ、先刻、警察から届けて来てくれたのですよ、お前さま、街路警戒の警官につかまへられて身体検査までやられたぢやありませぬか、これでも抗弁なさいますか、これ守宮別さま、お花の躰にや息が通つてゐますよ。決して人形ぢやありませぬからね。お前さまの玩弄になつて堪まりますかい。ヘン阿呆らしい、あまりの事で、アフンが宙に迷ひますわ』
『何、お花、確に三千円運動費に使つたのだ。俺がな子母仙と云つて仙人の使ふ法を知つてゐるのだよ。此三千円に一寸魔法をかけて使つたのだから、もとの蟇口を恋しがつて、帰つて来たのだよ。床の下に不思議な虫が親子棲んでゐたのだ。その親子の虫をな、俺が捕獲して、三十枚の百円札には子の血を塗り、蟇口には親血をぬつておいたのだ。それだから、子の血がついてゐる百円札には、子の霊がかかつてゐるだらう。それだから親の血や魂のかかつた蟇口を慕うて帰つて来たのだ、つまり三千円のお金を三千円使つて、あとに三千円残つてゐるのだから、コンナ結構な仙術はあるまい』
『どこの床の下に、ソンナ虫が居たのですか』
『ソンナ事ア秘密だ。子母虫が、……どうぞ貴方限り、秘密にして下さい……、と願ひよつたからの。この秘密を明かすと、これからの仙術が利かないから、発表を見合せておかう。又三千円もうけねばならぬからのう』
 お花は腮をつき出し乍ら、
『子供か、何ぞのやうに、ソンナ嘘は喰ひませぬよ。それが本当なら、蟇口はお前さまの懐中にありさうなものだのに、それが警察にあるとは不思議ぢやありませぬか』
『きまつた事よ。三千円の運動費を使つた後、俺の懐にある母虫の霊が呼んだので、仔虫の霊のかかつた金が、帰つて来たのだ。それをお前、警官に真裸になつて身体検査をされた時、ツヒ落して了ひ、警官に拾はれたのだ』
『そのお金は、いつ落したのですか』
『さうだな、エー、昨日、一昨日と昨夜と大臣博士を招待して費つて了ひ、朝になると俺の懐中の蟇口へお金が帰つて来てゐたのだ。それを落したのだよ』
『嘘許り云ひなさるな、警官に調べられたのは、一昨日の夕方ぢやありませぬか。ここを立出て、ステーション街道の方へ行きなさつたでせう』
『アーア、もうたまらぬ たまらぬ』
『これこれ守宮別さま、その、アーアはまだ早いぢやありませぬか。本当の事を云つて下さい。何と云つても、お金がここへ帰つて来て居るのだから、少々の欠点位あつたつて、不足は申しませぬわ』
『ア、さう追撃されては落城せざるを得ないわ。実はブチ明けて云ふがな、お花、タゴールさまのお宅を訪ねようと思つてホテルを出たものの何と云つても、秘密運動だから、お邸の方へ足を向けては秘密が曝露すると思ひ、廻り道して、ステーションの方へ行つた所、警官に調べられ、そこで落したのだ。博士に運動したと云つたのは皆嘘だよ。お前に申訳ないからヨルダン川に身を投げようかと思つたが、水が冷たいし、樹に首を吊らうかと思つて枝振のよい木を探したがよい松の木が無く、一層、鉄道往生しようかとレールを枕に待つてゐると、一里も二里も先からレールがドンドンと響くので、刻一刻、死に近づくと思へば恐ろしくなり、エー、死ぬのなら何時でも死ねる、一辺恋しいお前の顔を見てから死んでやらうと、このやうに思つて帰つて来たのだ。これが誠の告白だ。どうか、さう、苛めずにおいて呉れよ、頼みだからな』
『ア、さうでしたか、それ聞いてチツト許り安心しました。も一つ合点の行かぬ事がある、それを聞かして貰ひませう』
『合点が行かぬ事とは何だい』
『お前さまの頬辺についてゐた白粉の因縁から聞かして下さいな』
『何と六つかしい事だな。ソンナラ詳さに言上仕まつらう。実は、鉄道往生しようと思つて、レールの上をうろついてゐた時、機関車にはね飛ばされて、傍の草原に気絶して居つた時、どこの女中か知らぬが通り合して、殆ど冷きつた俺の身体を肉体で温めて、一旦甦生らして下さつたのだ。それが本当の告白だよ。アー眠むたい眠むたい。酒も碌に飲まして貰へず、お白洲の訊問を受けて居つてもつまらぬわい』
『その命を助けて下さつた御婦人は何と云ふ名ですか。お礼に行かねばなりますまいからな』
『ウン、何でも、あや子とか、おや子とか云ふ名だつたよ』
『お処は聞いておいたでせうね』
『ウン、処か。処が、その処を聞くのをスツクリ忘れて了つたのだ』
『今、旦那さまに承はれば、あや子とか仰有いましたね。この広いエルサレムの町に、あや子と云ふ名は、私の娘一人ほかありませぬがな。何とマア、神さまの御因縁で旦那さまの命を助けさして頂いたのでせう』
『これ、ヤクさま、お前は一人者だと思つてゐたのに娘があるのかいナ』
『ヘーヘー、お多福娘が、一人厶いますが、今では私を親のやうに致しませぬので、勘当同様の中になつて居りますわい』
『エーエもう、いい加減に寝たらどうだい、ヤクの奴、やかましいわい。
 綾の高天の聖場で
  天人天女が舞を舞ふ。
 お花のやうなよい美人
  あや子も糞もあるものか。
 あや子のあやはあやめのあやよ
  あやと錦の機織虫が
 やつて来たのはエルサレム
  何程世界の美人でも
 あやの名のつくあやめさま
  生宮さまには及ばない
  ドツコイショ ドツコイショ
あゝ今日は頭が痛いから皆揃ふて寝たり寝たり』
と布団を被つて空鼾をかき、お花の形勢如何と考へてゐる。お花は神前に額き、神籤をとつたり、卦を立てたりし乍ら、その夜はマンジリともせず、コケコーの鳴く迄起きて居た。アヽ此結果はどう治まるだらうか。暴風怒濤の襲来か、地異天変か、雷ユサユサ地震ゴロゴロの大椿事の突発か、刮目して次章を待たれむことを。
(大正一四・八・二〇 旧七・一 於由良 北村隆光録)
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