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文献名1霊界物語 第64巻下 山河草木 卯の巻下
文献名2第4篇 清風一過よみ(新仮名遣い)せいふういっか
文献名3第18章 誠と偽〔1824〕よみ(新仮名遣い)まことといつわり
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-03-25 15:05:22
あらすじ
主な人物守宮別、綾子、ツーロ、お寅 舞台僧院ホテルの二号室、三号室 口述日1925(大正14)年08月21日(旧07月2日) 口述場所丹後由良 秋田別荘 筆録者加藤明子 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年11月7日 愛善世界社版244頁 八幡書店版第11輯 587頁 修補版 校定版247頁 普及版63頁 初版 ページ備考
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本文  僧院ホテルの第二号室には、守宮別と綾子の二人が、喋々喃々と何事かしきりに喋べり立てて居る。
『これや、綾子、昨日は俺の睾丸を引張つて締め殺さうとしたぢやないか。それほど憎い俺を、再び訪ねて来るとは合点がゆかぬ。此間の払ひでも請求に来たのかな』
『私は貴方が、独身生活をして厶るお方だと許り思つて訪ねて来ましたのに、化物のやうな女が口の間に寝て居るものですから、嫉けて耐らず、前後を忘れて真に済まない事を致しました。どうぞ耐へて下さいませねえ』
『エー、よしよし、過ぎ去つた事は仕方が無いわ。あのお花と云ふ奴、見かけによらぬ淫乱婆アでね。妙な関係になつて、俺も鳥黐桶に足をつきこみたやうな目に遇つて居たのだ。幸ひお前が来て喧嘩して呉れたおかげで、お花も諦めがついてよいと、実は喜びて居るのだ』
『私だつて昨夕はゆつくり貴方と語り明さうと思ひ、親方さまにお暇を願ひ折角やつて来ましたのに、あの騒ぎで恋しい貴方と引きわけられ、有明楼に送り返された時の残念さ。昨夜は一目も眠めなかつたのですよ。幸ひ私の父が怪我をして床について居るものですから、見舞にやらして呉れと親方にねだり、やつとの事で恋しい貴方のお側に来る事が出来たのですわ。貴方は本当に罪な方ですね。本当は守宮別さまで在り乍ら、私に漆別だなぞと、よう胡麻化されたものですなア。お寅さまとも深い関係があるなり、お花さまとも関係があり、其上又私とも関係をつけ、女に気を揉まして喜んで居ると云ふ、女蕩しの、後家倒しの勇者だから、本当に私も安心が出来ませぬわ。コンナ気の多い人、ふツつりと思ひ切らうかと、幾度か思ひ返して見ましたが、どうしたものか罪な貴方が、可愛ゆうて可愛ゆうて、忘れられないのですよ。どうか私を下女になつと使つて、お傍において下さいな。本妻にならうなどと、ソンナ欲望は起しませぬからな』
『何と云ふお前は立派な女だらう。お前の父親のヤクは、仕方の無い代物だが、何で又アンナ男の胤に、お前のやうな立派な淑女が生れたのだらうかな。まるきり雀が鷹を生みたやうなものだよ』
『ホヽヽヽヽ、私を讃めて下さるのは嬉しう厶いますが、肝腎のお父さまをさうこき下して貰ふと、些と許りお腹の虫が騒ぎますよ。ねえ旦那さま』
『ヤアこれは失礼、誠に悪かつた。お前のやうな女を女房にしたら、一生の幸福だらうよ。良妻賢母の模範になるかも知れないよ』
『今日の所謂良妻賢母にや成りたくはありませぬわ。良妻賢母などと云つて、孔子とか孟子とか云ふ唐の聖人が、女の道徳許り説いて、男の事は些とも云つて居ないぢやありませぬか。第一に良妻とはドンナ型の婦人を指すのか、それから定めて置かねばつまりませぬわ。此事についちや、女子大学の先生だつて、的確な説明は出来ますまい。夫は晩酌の相手や飯焚き許りさしておいて、良妻だと云つて居りますが、私に云はすと、忠実な下女たる事を強要して居るものでせう。小供が悪戯をすれば、お前の躾が悪いからと妻君を叱りつける許りで、賢母の何たる事を弁へない男が多いのですわねえ』
『如何にもそれやさうだ。仲々利口な事を云ふわい。それが所謂良妻賢母になるべき資格を持つて居るからだ。オイ綾子、三千世界にお前より外に、私は好きな女はないのだからな。どうだ、これから一つ千辛万難を排し、恋の勇者となつて善良な夫婦の模範とならうぢやないか』
『私は善良なる妻として、どこ迄も仕へますが、旦那さまのやうに、沢山な細女をお持ちなさつては、善良な夫とは世間から云つて呉れますまい』
『それやさうぢや、実に困つた事をしたものだよ。あの執念深いお寅だつて、お花だつて、仲々この儘にしておいて呉れる道理もなし、一層の事病院で死んで呉れるといいのだけれどなア』
『旦那さま、ソンナ無情な事が厶いますか。私も昨夜は嚇と腹が立ちましたが、家にかへり、よく考へてみましたが、どれ程旦那さまが恋しうても、あれ程年をとられたお寅さまや、お花さまがいらつしやるのに、若い私が独占すると云ふ訳にはいけますまい。何程旦那さまが私を愛して下さつても、お二人の方に対してすみませぬもの。私の若い年や美貌で、恋を争ふのなら、何程お寅さまやお花さまが、かにここをこいて気張られても耐へませぬ。きつと月桂冠は私が取りますが、併し人間と云ふものは、そんな我儘勝手は出来ますまい。どうか、お寅さまと、お花さまの仲を和合させ、仲好う暮して下さいませ。私は下女となつて忠実に勤めさせて頂きますから』
 守宮別は綾子の言葉の意外なるに驚歎しまじまじと顔を打ち守り乍ら、
『ヤア綾子、お前は本当に神様だよ。しかも平和の女神様だ、俺も今迄の心をすつぱり改めて、善良なる夫となるから、どうぞ見捨てて呉れな』
『ハイ、どうして見捨てませう。併し旦那さま、私だつてお花さまだけの年を取つて居りましたら、きつとお花さまのやうに見捨てられたかも知れませぬよ。それを思ふと、お花さまや、お寅さまに気の毒で耐りませぬわねえ』
 かく話して居る所へ夜叉の如き面貌で、ツーロの案内につれ登つて来たのはお寅であつた。
『ハイ御免なさいませ。憎まれ者のお寅が、お一寸お邪魔を致しましたが、どうか暫くでよろしいから、守宮別様に御面会が願ひとう厶います』
と三号室に立ちはだかつて呶鳴つて居る。守宮別は此声を聞いて肝を潰し、夜具を頭から引つかぶつて、
『ヤア大変だ、お寅がやつて来た』
と云ひ乍ら身体をビリビリふるはして居る。
『ホヽヽヽヽ、あのまア旦那さまの気の弱い事。お寅さまが御訪問下さつたぢやありませぬか。別にこれと云ふ悪事を遊ばしたのでもなし、正々堂々とお会ひなさつたらどうですか』
『ヤ、煩さい煩さい。留守だと云つて逐帰して呉れ、頼みだから』
『留守でもないのにソンナ嘘が申されますか。ソンナラ私が代りにお目にかかりませうか』
『おけおけ、又撲りつけられて、病院行をせなくてはならないやうになるぞ。アンナ狂人婆には誰だつて叶はない。况てお前の美しい顔を見よつたら、悋気の角がますます尖つて、ドンナ目に遇はすか知れやしないわ』
『ホヽヽヽヽ、何を仰有います。女一人と、女一人、何程強いとて知れたものぢや厶いませぬか。それなら私がお寅さまに御挨拶に行つて来ます。どうか折を見て御挨拶に出つて下さいませ』
と云ひ乍らドアを開け、三号室に悠々と現はれ見れば、お寅は火鉢の前に座を占て、すぱりすぱりと煙草を燻らして居る。
『アヽこれはこれはお寅さまで厶いますか。好くこそ旦那さまを訪ねて上げて下さいました。ちつと許り御不快でやすみて居られますので、私が代つて御挨拶を申上げます。私は有明家の賤しい勤めをして居ります綾子と云ふ芸者で厶います。ふとした事から守宮別さまの御贔屓に預かり、お世話になつて居ります。どうかお見捨てなく、宜しうお願ひ申します』
と両手をついて慇懃に挨拶をする。
『お前があの評判の高い有明家の綾子さまですかい。見れば見る程お綺麗なお子ですこと。成程守宮別さまが首つ丈はまつて、呆けられるのも無理は厶いますまい』
『素性の賤しい女で厶いますから、到底神様の御用をして入らつしやるお方のお傍へは、寄りつけないのですけれど、神直日大直日に見直し聞直されて、赦されて居るのです。私の父がひどく御厄介になりましたさうで、有難う御礼申上げます』
『お前のお父さまと仰有るのは、誰人の事だい』
『ハイ、あの酒喰ひの仕方のないヤクで厶います』
『ナントまア、縁と云ふものは不思議なものだなア。さう聞くとヤクさまの目許にお前さまの目はよく似て居ますわ。どうして又ヤクさまのやうな男に、コンナ娘が出来たものだらうかな。時に綾子さま、お前さまは噂に聞けばお花さまを逐出したと云ふ事だが、私はそれを聞いて本当に痛快に思ひましたよ。どうか精々死力を尽して、あの悪魔を排除して下さい。守宮別さまの御身の為だからなア』
『お寅さま、承はりますれば貴方は、守宮別様とは師弟以外の深い深い御関係がお有り遊ばしたと云ふ事ですが、それや本当で厶いますか』
『本当だとも、神様から結ばれた御魂の夫婦だよ』
『それに又お花さまにお譲り遊ばしたのですかい』
『決して譲りませぬ。お花の奴いろいろと奸策を弄し守宮別さまをちよろまかし、私の男を横取したのですよ。本当に仕方のない売女ですよ』
『そりや大変お気が揉める事で厶いませうね。御心中お察し申します。私だつてやつぱし守宮別さまを横取したやうになりますわ』
『そらさうでせう。併し乍ら私の男を貴方は取つたのぢやない。私の男はお花が取つたのだ。お花の男を又お前さまが取つたのだ。それだから私はお前さまに対して感謝こそすれ恨みなどは些とも懐いては居ませぬよ。お前さまがあつたらこされ、私の胸が晴れたのですよ。本当に御器量と云ひ、スタイルと云ひ、お賢い処と云ひ、守宮別さまには打つてすげたやうな御夫婦ですわ、オホヽヽヽ』
『誠にすみませぬ、畏れ入りました』
『これ綾子さま、お花は博愛病院へ入院して居るさうだが、彼奴が帰つて来ても負けちやいけませぬよ。お前さまの美貌と愛嬌とで守宮別さまを蕩かし、お花の方へは一瞥もくれないやうに、守宮別さまの心を翻して下さい。私も力一杯お前さまに応援しますからなア』
綾子『私は貴女に会はす顔が厶いませぬ』
と差俯向いて顔をかくす。守宮別は最前から様子を考へて居たが余りお寅の話ぶりが穏かなのでやつと安心し、アアと欠伸をしながら、三号室に出で来り、
『ヤ、これはこれはお寅さま、ようまあ来て下さいました。些と許り私はお花の奴に睾丸を締め上げられ、此通り顔は掻きむしられ、蚯蚓膨が出来ましたので、臥せつて居りました。さアどうぞお茶なと呑つて下さい』
『ホヽヽヽ、妙な顔だこと。あまり箸豆なものだから、天罰が当るのですよ。全く日の出さまがお花の手を借りて、貴方を御折檻なされたのだ。よい加減に御改心なさらぬと、怖い事が出来ますよ。又なんであんな色の黒いお花に呆けたのです。大方悪魔に魅られたのでせう』
『お二人様のお話の邪魔になるといけないから、一寸失礼さして頂きます。父が病室を其の間に見舞ふてやりますから』
と粋を利かして此場を退いた。
『これ守宮別さま、なぜお花のやうなガラクタ霊にお前さまは呆けるのだい。私と約束した事を、お前さまは反古にする気かい』
と胸倉をグツと取つて揺する。
『ヤお寅さま、御立腹は尤もだが、これには深い深い訳があるのだから、決してお寅さまを捨てはせぬから、まアとつくりと私の腹を聞いて下さい』
『ヘン、また例の慣用手段を弄し、お寅を胡麻化さうと思つたつて、今日は其手には乗りませぬよ。サ一伍一什を白状しなさい。大それた結婚するなぞと、あまりぢやありませぬか』
『まアお寅、気を落ちつけて私の云ふ事を一通り聞いて呉れ。実はな、お前と私と、かうして日々宣伝をやつて居ても、軍用金があまり豊富でないものだから、立派な家を借る訳にもゆかず、あんな狭い露地の家で、ミロクの御霊城だと何程叫んで見た処で駄目だから、そこでお花の懐中にある一万円の金を此方へひつたくり、お前とホテルでも借り、お前と大々的宣伝をやらうと思つて、甘くお花の喉許に入り、八九分成功して居る所だから、さう慌てずに暫く見て居て呉れ。さうすれやお前も私の誠意が分るだらうから、何と云つても金の世の中だからのう』
『なる程、それで分りました。併し祝言の盃したのは、チツと怪しいぢやありませぬか』
『誰が心の底から祝言なんかするものかい。そこ迄して見せぬとお花が安心せないからだ』
『成程、滅多に守宮別さまに、ソンナ馬鹿な事があらうとは思はなかつたですよ。日の出の神さまも矢張偉いわい。仰有つた通りだもの』
 守宮別は、
『ハヽヽヽ、仕様もない』
お寅『併し乍ら、これ守宮別さま、有明家の綾子に、お前さまは有頂天になつて居るぢやないか』
『なに、お花の気を揉まして、悋気の角を生やさせ、二人に競争させて、お花の懐中の一万円をおつ放り出させる算段だ。あの綾子は決して俺との間に妙な関係は結びて居ない。彼奴は芸者だから、金さへ遣れや、どんな芝居でも打つ代物だから、俺に惚たやうな顔をして、お花に競争心を起させ、ますますあれの愛着心を強うさせ、一万両をおつぽり出させ、お前にそつと渡すと云ふ俺の六韜三略だよ。何と甘いものだらう』
『遉は軍人育ち丈あつて、軍略にかけたら偉いものだ。日の出の神も守宮別の神謀奇策には舌を捲きませうわいホヽヽヽ』
(大正一四・八・二一 旧七・二 於由良海岸秋田別荘 加藤明子録)
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