文献名1霊界物語 第66巻 山河草木 巳の巻
文献名2第2篇 容怪変化よみ(新仮名遣い)ようかいへんげ
文献名3第8章 神乎魔乎〔1690〕よみ(新仮名遣い)かみかまか
著者出口王仁三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日----
あらすじ
主な人物【セ】ヨリコ姫(女帝、贋棚機姫)、シーゴー坊、玄真坊、パンク(小頭)【場】-【名】ヨリコ姫の母(サンヨ)、ヨリコ姫の妹(花香)
舞台オーラ山
口述日1924(大正13)年12月16日(旧11月20日)
口述場所祥雲閣
筆録者北村隆光
校正日
校正場所
初版発行日1926(大正15)年6月29日
愛善世界社版115頁
八幡書店版第11輯 771頁
修補版
校定版115頁
普及版67頁
初版
ページ備考
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本文
美の化身、愛の権化、善の極致、真情の発露にして平和の女神と渇仰憧憬さるる天成の美人も、一度霜雪を踏み激浪怒濤の中に漂ひ、あらゆる危険と罪悪との渦に巻かれて、其精神内に急激なる変調を来した時は、忽ち鬼女となり悪魔となり、竜蛇となり国を傾け城を覆へし、あらゆる男子の心胆をとろかし、男子の稜々たる気骨も、肉離れのする所まで魔の手を伸ばすものである。実にも女は外道の骨頂、鬼畜の親玉、悪魔の集合場、暗黒無明の張本となつて天下を混乱し、あらゆる害毒を流布するに至る。彼ヨリコ姫は梅花の唇、柳の眉、鈴をはつたやうな眼、白い顔の中央に、こんもりとした恰好のよい鼻、白珊瑚の歯の色、背は高からず低からず、地蔵の肩、ふつくりとして恰好のよい乳房、滑らかな玉の肌、髪は漆の如く瑠璃の如く黒き艶を腮辺に放ち、象牙細工のやうな手首、指の先、瑪瑙のやうな爪の色、歩行する姿は春の花の微風に揺れるが如く、縦から見ても横から見てもどこに点の打ち所のない嬋娟窈窕たる傾国の美人であつた。彼はタライの村の吾家にある頃より、その美貌が災して、あらゆる男子に恋の矢玉を集中されたが、彼ヨリコ姫の意思に合つた賢明にして勇壮なる男子の本領を具備した恋人が見付からなかつた。さうして彼は蜥蜴面、蛙面、閻面、南瓜面、瓢箪面、瓜実顔、茄子のやうな黒い顔等の悪性男に包囲攻撃され、日夜男子たるものの弱点を知り、嘔吐を催す思ひに十六の春より三年の光陰を味気なく情けなく感じつつ暮してゐた。世の中の男子と云ふ男子は一人として碌なものはない、一寸見ては才子と見え勇者と見え、或は人情深き有徳者と見え、間然する所なき男の中の男だと世の誉を専らにする男子に接して見ても、その魂を包んだ肉体と云ふ表皮を破羅剔抉して精神のドン底を洞察すると、何れも悪臭蝟集して恰も塵捨場の如く、糞尿の堆積せるが如くに感じ、恋てふものの到底、完全に味はふべからざる事を知つた。彼ヨリコ姫は比較的他の女に比べて理智に富んでゐた。凡てが男性的であつた。それ故なまめかしい香油の香や白粉の香で、ごまかして居るハイカラ男子を見ては蛇蝎の如くに忌み嫌うた。さうして男子てふものの卑怯さ、腑甲斐なさ、女に対して無力なる真理を悟つた。彼は如何にもして自分に勝る逞しい、雄々しい男子と結婚して見たいとの念慮を離さなかつた。
時しもあれ、バラモン教の修験者玄真坊なるもの、荒風吹き捲くる或日の夕、門口に立つて一夜の宿を乞うた。彼ヨリコ姫は戸の節穴より修験者を垣間見れば帽子を深く被つて居るためその面体は確と分らねど、どこともなしに逞しい、男らしい男だと直覚した。そこで彼は心よく戸を開いて修験者を呼び入れ、いろいろと世の有様を徹宵して語り合ひ玄真坊の普通人とは異なり、どこともなく山気のあるに心を傾け、不満足乍らも……普通の男子に比ぶればチツトは男らしい処もある、盈つれば虧くる世の習、到底明暗行交ふ世の中には、円満とか具足とか完全とか云ふ事は望まれなからう、エーままよ、此男と、母と妹にはすまないが共に手を携へ、吾家を抜け出し、一つ天下を驚かすやうな大賭博が打つて見たい。のるか、そるかだ、事の成功不成功は問ふ所でない。一度死んだら二度とは死なぬ。何事も死を決して断行すれば鬼神も避くるとかや、あゝ断行々々……と首肯き乍ら自分の方から玄真坊を口説き落し、あくる日の真夜中頃、両人手に手を執つて、十八年住みなれし故郷を後に、彼方此方と漂浪ひ乍ら、遂に十八才の暮、此オーラ山に立て籠り大陰謀実行の第一歩を進めんとしたのである。
彼女は時期の至るまで表面に柔順と貞淑を粧ひ豺狼の心を深く胸に包み、おひおひ月日が経つに従つて、鼻持のならぬ香を感じて来た玄真坊に、表面あらゆる媚を呈し、夫婦となつて時の至るを待ちつつあつた。彼は、もはや、躊躇すべき時に非ず、シーゴー坊や玄真坊の部下に集まる三千人の悪党輩を利用してトルマン国を吾手に入れ、バルガン城を根拠として月の国七千余国の大女帝となり、驍名を天下に輝かさむ事を日夜神に祈つてゐたのである。それ故彼は今迄塗つて居た金箔を剥がし生地を表はして、シーゴー、玄真の二巨頭に向ひ思ひきつた言動に出たのである。果して二巨頭は彼の大胆不敵なる言と、其度胸に心胆を奪はれ、旭に霜の当つて消ゆるが如く、もろくも彼が前に甲を脱ぎ、彼を女帝と仰ぎ謀主となし、遂に幕下となる事を甘諾したのである。
シーゴー『女帝様、吾々が日頃の望みを遂行する為には、如何なる方法手段をとれば、いいでせうか。御指導を仰ぎ度いもので厶います』
ヨリコ『お前達両人は妾の言に背きはせないか。まづ、それから定めておかう』
シーゴー『今となつて何しにお言葉に背きませう』
ヨリコ『よしよし、玄真坊は如何だ』
玄真『私もシーゴーと同意見で厶います』
ヨリコ『そんなら、妾が空前絶後の大計画、神算鬼謀の奥の手を教へてやらう。先づ当山に古くより祀られある天王の社を策源地と定め、玄真坊は表面天より降りし救世主となり、シーゴーは三千の部下を統率し、妾は天より降りし棚機姫の化神となつて天下の万民を誑惑し、まづ第一に挙兵準備のため金品、糧食、軍器を徴集する事に着手せねばならぬ』
シーゴー『成る程、先立つものは金銭と糧食と武器で厶います。それを無事に蒐集する方法は如何致したら宜しう厶いますか』
ヨリコ『先づ玄真坊は天来の救世主と揚言し、当山の有名なる大杉の上に、日夜天の星下つて救世主の教を聞くと遠近に触れ廻はり、ギャマンの中に油を注ぎ、之に火を点じ、昼の中より杉の木の梢に十五六ケ計り火を点じ遠近の民を驚かせ、天王の社を信仰の中心と定めるのだ。一方シーゴーは数多の部下を使役し、あらゆる富豪の家に忍び入り、美人を奪ひ帰り、当山の天然岩窟に幽閉し置き、而して後、シーゴーは救世主玄真坊の高弟と称し、娘を奪はれし家々に修験者となつて立ち現はれ頻りに宣伝をなし、幸に之を信じて来るものには天地八百万の神を招待し、神助を願ふため、信者の財産の高に応じ一戸につき金子五十両乃至五百両、之に加ふるに穀物は一俵乃至百俵を神に献らしめ、夜の間に、オーラ川の谷間に鉄線を通じ、滑車を以て谷底に輸送し、数多の部下は沢山の運送船を造り、米麦は船にて八里の下流ホーロの谷間迄輸送しバルガン城攻撃の時の糧食に宛て妾は天王の社に身を潜め、迷信深き愚夫愚婦に神託を伝へ、出師の準備を致さうではないか。これに勝したる巧妙な手段はあるまいと思ふ。両人、吾神策には恐れ入つたであらう』
シーゴー『成程、水も洩らさぬ御計画、いや、もう感心仕りました。オイ玄真坊、知識の源泉たる天来の女傑、到底吾々の及ぶ所ではない。どうだ、お前も感心しただらうのう』
玄真『イヤ、もうズツト感心した。それでは一つ大芝居にとりかからう』
之よりシーゴーは谷間の大木を伐り倒し、沢山な舟を造り、兵糧運搬の用に供すべく数多の部下を使役して、昼夜兼行して舟の建造に着手し、玄真坊は大杉の木に縄梯子をかけ、ギヤマンのランプを樹上高く輝かすことに苦心した。
附近の村民はオーラ山の大杉の木に、夜な夜な燦爛たる光のとどまり輝くのを見て何れも不審の眉をひそめ、日の暮るるを待つて村人が花火を見る如くワイワイと囃し立て、種々雑多の批評を下してゐた。シーゴーは三千の部下の中より力の強い気の利いた奴を百人斗り選み、遠近の村落に放ち、あわよくば直接金品を奪ひ、或は富豪の娘を掻攫ひ、密にオーラ山に連れ帰り数多の天然岩窟に押込めおく事にとりかかつた。遠近の村民は盗賊横行し、娘や妻を奪はれると云ふ噂が、それから、それへと伝はり、何れも夜分になると戸を鎖し、遂には樹上の梢の光を見物するものもなくなつた。シーゴーは修験者に化け済まし、遠近の村落を、
シーゴー『諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽、本来無東西、何所有南北、迷故三界城、悟故十方空、生者必滅、会者定離、南無波羅門帝釈自在天、帰命頂礼謹上再拝』
と錫杖を振り乍ら村々の目星しき門戸に立つて順礼した。この宣伝は大に効を奏し、何れも戦々恟々として悲歎の淵に沈む人は、オーラ山の救世主を頼り一切の災厄を免れむ事を希求するに至つた。シーゴーは部下を修験者に仕立て遠近を巡錫せしめ、
『オーラ山には天来の大救世主出現し玉ひ、山河草木、禽獣虫魚は云ふも更なり、万有愛護の教を垂れさせ玉ひ、遂には天地の神明もその徳に感じ、夜な夜な救世主のまします珍の聖場の傍に立てる大杉の梢に天降り、燦爛たる光明を放ち救世主の教を聞かせ玉ふ。前古未曽有の瑞祥なり』
と言葉巧に宣伝をしたので娘を失ひしもの、妻を失ひしもの、病に苦めるものは、吾も吾もと先を争ひオーラ山の救世主に面会せむと、蟻の甘きに集ふが如く参詣する事となつた。
今迄人跡さへ絶えたるオーラ山は救世主出現ありとの評判に、老若男女の嫌ひなく金銭、物品、穀物は云ふも更なり、家の重宝として保存しありし、槍薙刀等の武器迄も神器と称して奉納する事となり瞬く間に穀物の山、矛の林が築かれた。玄真坊は処狭き迄集まり来る人々に向ひ、大杉の大木を小楯にとり、さも鷹揚なる口調にて、
玄真『汝等一切の衆生、善男善女、吾教ふる言を聞け。吾は父なく母なく天を以て父となし地を以て母となす宇宙唯一の天帝の再来なるぞ。先づ吾を信ずるものは躄は立ち、盲は明りを見、聾は聞き、癩病は清まり、身体壮健にして無限の長寿を保ち、富貴繁昌し、死しては天国に上り、百花爛漫芳香馥郁たる天国の楽園に無限無極に歓喜の生涯を送り、求めずして百味の飲食を給せられ、不老不死なるべし。汝等かかる美はしき天国に至らむ事を望まば吾救世主の言を聞け。汝等が花婿をとり、花嫁をとるにも、相当の結納が要るだらう、金銭なり、物品なり、箪笥、長持、旗、指物、武器等は嫁入りに要する肝腎要の結納なるべし。汝等天国の楽園に至り天人と結婚をなし、平和の生涯を永遠に送らむとせば、先づ神の御前に結納金を献上すべし。金銀珠玉米穀その他あらゆる武器を天帝の化神たる吾前に奉り、永遠無窮の幸福を得よ。汝等の知る如く、吾を天帝の化身として久方の天津空より天の星下らせ玉ひ、吾徳を慕ひ、吾説法を聴聞し玉ふ。その証拠には毎夜この神木に星光燦爛たるを見るならむ。決して疑ふ事勿れ。怪しむ事勿れ。疑は信仰の門を破り、疑は地獄を造り、暗黒を作り、滅亡を招くものぞ。愛善なる神に対するには愛と善を以てせよ。信真なる神に対するには信と真とを以てせよ。神は相応の理に住し玉ひ、内面外面共に汝等の行為を調査し玉ふ。神の愛するは即ち吾身を愛し吾家を愛し、国土を愛するの謂ひなり。疑ふ事勿れ。善男善女よ、一切の衆生よ、帰命頂礼神道加持、謹上再拝々々々々』
日々集ひくる愚夫愚婦に対し、右の言葉を繰返し、鼻をすすらせ嬉し涙をこぼさせ軍資の蒐集に心力を注いでゐた。さうして大切な娘や妻を紛失したるものに対しては特別の祈祷と称し、沢山の金品を献納せしめ、ヨリコ姫の贋棚機姫が忍び居る天王の社に伴ひ行き、神勅を受けしめつつあつた。何れも深山の事とて朝は夜明け頃より参来集ふものあれども、玄真坊の託宣により、七つ下れば一人も残らず此山を下らせた。その理由は、
『七つ時以後は天神地祇八百万の神、毎夜下り玉ひて、天下救済の為に玄真坊の説法を聞かせ玉ふ。それ故智慧証覚の劣れる凡人は遠慮すべし。万一強ひて止まらむとするものは神罰忽ちに至るべし』
と脅威し、信徒の帰り去つた後は、あらゆる美味を食ひ、酒を飲み、ヨリコ姫を真中にシーゴー、玄真坊は三つ巴となり、その他の頭分は傍に侍して暴飲暴食に舌鼓を打つて居たのである。
ヨリコ『シーゴー殿、随分お骨折と見えて、非常な効果が上りましたよ。世界の愚夫愚婦共は蟻の如くに集まり来り、沢山な金銭物品を此きつい山も顧みず送つて来るやうになつたのは全くお前のお骨折だ。此調子で六ケ月も続いたならば、最早兵糧は心配は要らぬ。仮へ十万の部下と雖も、容易に養ふ事が出来るだらう。汝の天晴な働きはまさに勲一等功一級だよ』
シーゴーは得意な顔してさも嬉しさうに、
シーゴー『不束な吾々の微弱なる働き、女帝様のお褒めに預りまして身に余る光栄で厶います。尚此上は粉骨砕身、犬馬の労を厭ひませぬ。どうか大望成就の上は宜しくお引立をお願致します』
ヨリコ『そんな事は、言はいでも分つてゐるよ。お前は妾の右の腕だ、腕なしには働きは、どんな英雄だつて豪傑だつて出来はせないよ。乾児あつての親分、親分あつての乾児だ』
シーゴー『エヘヽヽヽ有難う厶います、鹿猪尽きて猟犬煮らる……と云ふ様な惨めな目に合はしちや、いけませぬよ』
ヨリコ『ホヽヽヽヽ何れ悪党と悪党との結合だもの、それも保証の限りではなからうよ、ホヽヽヽ』
玄真『女帝様、私の働きはどうで厶いますか』
ヨリコ『お前の働きは又格別だ。何と云つても天帝の化身だからね』
玄真『どちらの功績が大きう厶いますか。それを聞かして頂かないと、ネツカラ励みがつきませぬがな。そして競争心が一向起りませぬがな。凡て物事は競争によつて進歩し発達するのですからな』
ヨリコ『お前は左の手だよ。右の手も必要なれば左の手も必要だ。お前等両人は何れも兄たり難く弟たり難しと云ふ間柄だ。決して手柄に甲乙はない。妾の手柄はお前等二人の手柄、否部下一同の手柄、お前等初め部下一般の手柄は妾の手柄、上下一致不離不即の鞏固の関係が結ばれてゐるのだ。何れも協心戮力して印度統一の為に活動して下さい。今日は部下一般にも祝の酒を与へたがよからうぞよ』
シーゴー『ハイ、承知致しました。部下も喜ぶで厶いませう』
かかる所へ小頭のパンクと云ふ男、恐々現はれ来り、三人の前に両手を突き、
パンク『お頭様に申上ます。大変な事が起りました。どうかシーゴー様にでも来て貰つて取押へて貰はなくては、到底パンクの腕では解決がつきませぬ』
ヨリコ『パンク、どんな事が起つたのか』
パンク『ハイ申上兼ねますが部下共が食糧の事について叱事を申し、もうお暇を貰つて国に帰り正業につくとか申しまして二百人斗り同盟軍を組織しました。成るべく、こんな内輪揉めはお頭に聞かし度はありませぬが、もう駄目で厶います。彼等の主張する所によれば、お頭や頭株は百味の飲食に舌鼓を打ち、俺たちは高梁や炒米の味ないものに甘んじ菜葉斗り食はして、骨から肉離れがして、到底動けないから帰らう帰らうと云つてゐるのです』
ヨリコ『成る程、それも尤もだらう。これシーゴーさま、一時も早く今、妾の云つた通り酒を一般にふれまひ、かう沢山集まつた御馳走に舌鼓を打たしてやつて下さい。獅子、狼、虎、山犬等も腹さへよけりや人に噛みつかぬものだから、ホヽヽヽヽ』
シーゴーはパンクと共に谷底の部下の集団を目がけてヨリコの命を伝ふべく縄梯子に乗つて下り行く。
(大正一三・一二・一六 旧一一・二〇 於祥雲閣 北村隆光録)