文献名1大本教開祖御伝記
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名31-7よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
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データ最終更新日2024-11-01 03:15:00
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出口家の祖先
出口家の遠祖は丹波道主命に出づ。命は開化天皇の妃田庭竹野姫の子彦由牟須美命の裔なり。道主命は崇神天皇の十年癸巳、教化の将軍を四道に派遣して四民を教化せしめんと即ち命が祖先の出産地たる縁故を以て、天皇の特旨に依り丹波に派遣されたるが、命の教化の力能く功を奏し、終に丹波の何鹿の里に居を構へ威望四隣を圧したりしが、命の後裔なる綾津彦命は綾部の郷神戸の地を卜して永住し、豊受大神を奉祀し居たりしに後神勅に依りて丹波郡丹波村比沼真奈井が岳の麓なる現今中郡五箇村字久次の神境に移し祭り子孫相継ぎ奉仕せしが、雄略天皇の二十二年戊午天照大御神、天皇の御夢に現はれ給ひて、豊受大神を神が兄の伊勢の国山田が原に遷し祀るべく詔らせ給ひしより、天皇は神勅を奉じ直ちに豊受大神を山田原に迎へ玉ひしが、其時神霊に奉侍して移り住みしは出口家の分家なり。今に山田に出口家の子孫現存す。又本家たりし出口氏は現今綾部の地に子孫繁栄して同姓を名告る者殊に多し。斯る深き神縁によりて神道界の英傑開祖直霊女史の現出せしも亦不思議と謂ふベし。只惜むらくは中世祝融子の見舞ふ処となり詳細なる記録系図等の煙滅せし事なり。