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文献名1二名日記
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名36月2日 於大洲佐賀宅よみ(新仮名遣い)
著者月の家(出口王仁三郎)
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-08-19 19:44:14
ページ339 目次メモ
OBC B117500c29
本文の文字数1035
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本文
有明の望の夜の月高山に懸りて朝空澄み渡りけり。
大洲村産土総社へ宣信徒伴ひ参拝玉串棒呈す。
大洲支部北村宣使神前に詣でて神言奏上を為す。
不老庵臥龍ケ淵に遊ばんと自動車連ね大橋渡る。
不老庵主人上甲文友氏いと丁寧なる挨拶されたり。
大洲神社森の茂みに郭公声も長閑に鳴き渡る庵。
富士山如宝寺の森青々と茂る木の間に多宝塔見ゆ。
声清く彼方此方と肱川の流に河鹿啼くぞ凉しき。
この勝地亀山公園亀山城並びあるこそ床しかりけり。
肱川に架けたる浮木橋の下越えて川瀬を上る清しさ。
少名彦神の遺跡と聞えたる梁瀬の霊山新緑深し。
三隻の船を並べて弁当を開きながらに清き瀬上りぬ。
名物の蝦を捕らんと手網もて禁漁区域の上に乗り行く。
河鹿啼く遠山無限碧層々と臥龍の淵の眺め佳きかな。

 臥龍ケ淵を中心点として上下流域三百間は、県庁より禁漁区域となせるを以て魚族多く、深淵清流に浮遊して中々面白く興味深し。富士山の如宝寺の御堂や多宝塔は樹間にその雄姿を露はし、老松老杉の翠殊に妙にして、山麓は肱川の清流に包まれ、郭公老鶯の声河鹿の啼く音等、一として旅の無聊を慰めざるはなし。上甲氏の別荘不老庵は臥龍ケ淵の上に風流に建てられ、翠巒緑峰四方を囲み、肱川の清流永久の神秘を伝へ、亀山公園梁瀬山は上流に清く位置して風清く、さながら大仙境に遊ぶの心地したりき。
 三隻の館船を進めて、餌を竹の先端に縛り付け、蝦の香を嗅ぎ集まり来たるを待ち構へて、小さき長柄の網にて後方よりすくひ捕るの方法なり。二十五名の船客は各自に精魂を盡し殆ど六時間にして車蝦数十尾を獲たり。日は高山の峯に春きて、一同の船は清流を下り大洲鉄橋を潜れば、亀山城下の川岸なり。折からまちかまへたる数台の自動車に分乗し、常磐町なる佐賀淑子嬢の生家に立ち寄り夕飯を饗応され、宿に帰れば室内電灯皎々たり。

川岸に船を繋ぎて小網持ち蝦漁れども容易に捕れず。
亀の子の川底に這ふ状を見て佐賀淑子氏網もて掬へり。
蝦一つ蟹三匹を半日の苦労を積みて捕りし吾かな。
亀の子に酒を呑ませて臥龍ケ淵放てば二三度浮き上りけり。
折角の獲物の蟹も愛善を思ひて川に放ちけるかな。
半日の漁遊にいたく疲れ果て前後不覚に眠りけるかな。

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