文献名1浪の音
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3竜宮島よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
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データ最終更新日2024-10-31 06:24:00
ページ103
目次メモ
OBC B120900c21
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本文
八千尋の波の上を往く吾が舟は木の葉の如く浪にさゆれつ
恙なく海原わたり御神示の島にのぼりしうれしさにをり
百千々の樹木しげれるこの島は竜宮島の御名にふさはし
文禄年間海賊三草の四郎左衛門立籠りしと伝ふる孤島よ
海賊を滅ぼさんとし岩見重太郎が奇計をたてし島なりと伝ふ
汀辺の荒石いくつ飛び越えて鳥居の真下に一行進めり
大蛇大亀
大なる蛇のそのそと這ひ出でて動くともせず床しき島なり
御開祖は竜宮の眷族御苦労と宣らせ給へば蛇は動けり
大なる蛇は見る間に雑草を伏しなびかせつ姿かくせり
五月八日聖地立ち出で九日の朝竜宮に着きしうれしさ
浦島子亀の背に乗り竜宮に渡りしと言ふはこの島と伝ふ
大なる亀波の上に馬のごとき大頭あげて泳げるを見し
老人島神社
百鳥のさへづる声のにぎはしく潮風すずしき竜宮の島
朝つ陽は若狭の山のいただきゆ沖の波濤を照らしのぼれり
だんだんと開祖は老人島深く宮居の前に進ませたまひぬ
御開祖のあとに従ふ男女四人謹ましやかに大前に進めり
老人島神社の大前右ひだり数百の旗立てかざしありぬ
五月五日丹後地方の漁人等の旗をかざして詣づる日といふ
五月五日祭祀のあとをとどめたる白赤の旗に姓名誌せり
五日の夜半老人島の神新崎に神幸ありとて夜舟を出さず
五月五日桑名の徳蔵が舟出して神怒にふれしと漁夫は語れり
御開祖は天津祝詞を奏上され吾等もともに神言宣りぬ
神前に端坐しながら御開祖は冠島の神と言問ひたまふ
地に穴を数千となく穿ちつつ海鳥の卵生みてありけり
みろくの世招来せんと大神は吾等を島に招ぎたまひけむ
地の上にありとあらゆる草木の茂りあひたる神の島かな
いにしへは稲麦豆粟きびの類生ひたりといふ竜宮の島
千年の老樹の幹枝苔むして神さびにたてる蔭のすずしさ
絵馬堂にあまたの額面かかげありて崇敬者多きを物語りをり
絵馬堂に入りて休らひ昼飯を終りて磯辺に立ち出でにけり
六蔵は開祖を背に負ひ荒石を飛びかひ小舟に運びまゐらす
吾もまた六蔵のあとに従ひて小舟の中に飛び入りにけり
岩吉は澄子を背負ひ磯づたひ舟にはこびて得意然たり
慶太郎平蔵二人もからうじて漁夫に守られ舟に飛び入る
帰航の途
東北の風に麻の帆あげにつつ冠島をあとにかへり路につく
潮風になれたる声を張りあげて水夫二人は唄ひ初めたり
よき程の海風ありて帆ははらみ舟脚はやく波の上をすべる
波の上ゆあと振りかへり振りかへり竜宮島に名残惜しみつ
水夫等は声高らかに漁舟呼び新らしき鯖を買ひて呉れたり
やうやくに博奕ケ崎に帰り見れば海の面にさざなみもなし
湾口にすすめば横波松原の松のこずゑに夕陽のこれり
舞鶴港
舞鶴の港口近くかへり見れば波にかがよふ港町の灯影
大丹生屋の主人いそいそ出で迎へ無事の帰港を祝し喜ぶ
大丹生屋二階の一間に夕飯を食ひつつ身体動揺してをり
小舟にて海上往復四十浬疲れたるにや口熱たかし
大丹生屋主人の案内に田辺屋の旅館に一行宿泊を為せり
旧五月十日の朝を宿立ちて暑き舞鶴立ち出でにけり
海上にてわが作りたる宣伝歌高く歌ひつ帰途につきたり
一本松地蔵の茶屋に休憩し伊佐津の川に咽喉を濡らせり
真倉村黒谷村の山間をぬひつつ帰るあつき日のたび
上杉村大石木下慶太郎の家に休らひ昼飯をなす
御開祖はしづかに筆を執り玉ひ冠島の神業記したまひぬ
いつとなく離れし信者集ひ来て開祖の労苦に感謝して居り
大石の信者は開祖を慰撫しつつ珍らしきもの献りけり
信徒等の篤き心を賞でにつつ開祖は直筆書き与へたまふ