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文献名1出口王仁三郎全集 第1巻 皇道編
文献名2第5篇 皇道と国体よみ(新仮名遣い)
文献名3第8章 皇国民の踏むべき道(敬神勤王報国の根本義)よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-05-31 17:09:40
ページ320 目次メモ
OBC B121801c41
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本文    三条の教憲

敬神愛国の旨を体す可き事
天理人道を明にす可き事
皇上を奉体し朝旨を遵守せしむ可き事

   (一)

「さとる」
 さとるてふこゝろは、四魂皆是ありと雖も、就中奇魂に最も邇きものなれば、ただしくさとれば智者となり、よこさにさとれば狂となり、迷ひ狂ひて、終には罪を犯し、身の災禍を招くに至るのである。
 人と生れし上は、我身は如何にして生れしや、我国は如何なる国柄なるやを、究めさとりて、神をう敬ひ、国に報ひ、天理に従ひ、人道を踏み、天皇陛下を崇め奉りて、大神の御神勅を守る事の道をさとるが、人たる者の最も重き責務である。
 斯の道がさとれたなれば、日本神国の人民は、神国のおこなひが自然に具はりて、真正の日本魂が輝くのであれども、我皇極の教の道の宏き大いなる事、人々其の究極を弁へさとる事が出来ぬのである。
 是を以て、お上から、殊更に三条の教憲をたてさせられて、斯の道の要めなるこゝろを、御示し下さつたのである。

   (二)

 第一条に曰く、
  敬神愛国の旨を体すべき事
の、敬神とは何を指して言ふや。神には正神あり、邪神あり。すへて正しき神は皆是を敬はねばならぬ。然るに若し邪神を敬う時は、正しき神より罪を受けるものである。中古の頃朝廷より、淫祠邪教と言ひて、神仏まぜこぜに祀り、又種々の怪しき卑しきものを祀り、梓巫女、口寄せ、狐下げ等のいたづらを禁じ給ひし事がある。神の道に入るもの、宜しく守り慎まねばならぬのである。
 敬するとは如何なる事であるか。ただ正しき神様をお祭りして、他の卑しき神に心を寄せぬのが、主一無適といふて敬神のこゝろである。外面からは神の御前に恭しく致すとも、其のこゝろが、主ー無適の精神で無い時は、即ち以て敬神となすに足らぬのである。
 唯我一心を本として、是を尊奉し、是を唯信じ、是に依頼し、是に帰依し、心を一とつにして、誠を貰きて、他の神々に心をそらさぬを、是を敬神と言ふのである。
 人は神に本づくもので、神は実に人を生み給ふたものである、人の神に於けるや、共の源遠しと雖も、一脈の血を分ちて皆同じく其のみながれを汲み以て生れ、以て育つに、各自共の処を得て居るのである。
 人たるものは元より其の源をさとらねぱならぬのである。且神の御徳を行ひ給ふや、ものを生み育て栄えさすのを大御心となし給ひ、衣食住の根本から、よろづの用に至るまで、ものを生み育つるこゝろに出ざるものは無いのであるから、人は固より、其の深き限り無き御恩を思はねばならぬのでる。すでに其の根本をさとり又其恩を思へばどうしても神を敬はなければならぬではないか。
 今此処に人あり、おのれ一人で生れた如くに思ひ、驕り傲り、己の智慧をふるまひ、己の芸能を誇り、少しの学を頼りとして、人に誇るの果ては、遂に神を知らず知らずの間に、蔑にするに至り、殊に我肉体は、神より我に与ヘ給ひしものなる事をさとらぬのである。我霊魂は、これ神のわれに給ふたところであり、我目、口、耳、鼻、手足の触れ感ずる、即ち五官の働きは、これ神の我に給ふところであるをさとらぬのである。
 真に斯くの如き者は其不敬の罪を如何にして免るゝことが出来るであらうか、是故に神の道を守る者は、帥ち自らひくゝへりくだり、悧巧顔を出さずに只神の御教を仰ぎ、心を神に任せ、以て恩徳を報ひ詫びなければならぬのである。夫れ斯くの如くなれば、即ち以て神々に仕へ、神心に叶ふことが出来るのである。
 夫れ敬神の義は皇国の神教の大本である。神武天皇及崇神天皇以来、歴代の天皇は言ふに及ばず、中臣、忌部、物部の氏族、又代々神を敬び祀られたのである。皇祖皇宗の御遺訓、我等の祖先敬神の至誠事蹟に従ひ倣ひ、神国の民として、我等は敬神を第一とせねばならぬのである。
 愛国の根本義は心を竭し力を尽し、以て我国土を愛し守る事。慈悲深き母上が赤児を養ひ育つる如くしきりに、国を思ふ事が愛国である。
 夫れ我日本の国は、豊葦原之瑞穂国というて、天祖天照大神が皇孫命を此の国に降し給ひて、此の国の王となし、以て此の国の人民を撫で慈しみ給ひ、今に及んだのである。併し此豊葦原之瑞穂国と申すは、我日本許りでは無い、此の大地の上のあらゆる国々を指して仰せられたのである。
 夫れ国民は此の国によりてこの生を続け、爺よりして父、さうして、子又孫に世々相享け、此の国の米を食み、此国の君に仕ふるからには、其の依るところを知らねばならぬでは無いか。且地球上人あれば集まりて群れをなし、国をなし、野蛮人と雖も、尚克く各々が住居せる国を愛する事は、知りさとつて居るのである。況や我日本国の如きは、神国と言うて、帥ち世界の祖国本国である。苟くも此の結構な神国に生を預け乍ら、少しも神の恩も思はず、又敬神愛国の心無きものは、人であつて人でない。鳥獣類に劣りたものである。
 鳥や獺の如きものでさへ、己が餌にするところの、獣や魚を神に供へて、恩を謝し罪を詫びるといふ事が書いてあるを見たことがあるが、人にして此の恩を知らず、さとらぬものは、全く鳥獣類にも劣りしものであると、言ふことが、出来るのである。
 人のオギヤアとソコに生るゝや、等しく之父母の養ひ育つることにして、其の性来も身体も、固より己に相似たものである。即ちたれも其身を可愛がらぬものは無いのである。我身を愛するものは、必す其家を愛するものである。家を愛するの心を以て国に及ぼさなければならぬ。船に乗るものは、帆楫の良いのを必ず選む。車に乗る者は轍や心捧の堅固なのを選むのである。船車は、一時に取つて須ふるもの、其の生を預けるや久しくない。然も覆り溺るゝの憂ひあるを、恐るゝのである。
 夫れ国土に至りては、帥ち其の生を托するや久しくして代々易らず。国土の富賑ひや、国力の強きと、平らか安らかなる事は、即ち我等のみの幸福にとどまらす、子孫の幸となるのである。然るに我々の此国土を視るや、一時の用に過ぎざる船車にも及ばす。是果して正なり賢なりとすることが出来るであらうか。すべて物には遠き近き、大き小さきがある。その近くして小さきものは、必す遠く大いなる物のうちにあるのである。
 遠くして大なるものは何であるか、近くして小さきものは又何であるか。我身も家もすでに国土の間にあるのであるが、ともすれば、その身や家の近く小さきを愛し重んじて、国土の遠く大きを捨てゝ省みぬものが多いやうである。人には各々貴き賤しきの分がある。是を以て愛国の道が同じくないのである。
 天子様には天子様の愛国がある。文武百官には、文武百官の愛国がある。商人の商業に於ける、職人大工のそのわざに於ける、農夫の耕耘に於ける、各自其分に従ひ、以て共業に力を尽すも、又愛国の道となすべきものである。国を愛するの道は、尊き卑しきの不同あると雖も、約まるところは、国土を保全つて是を富まし強くし、且これを安く穏かになし、世界の強き国々をして、我国の徳風に靡き従はしめるのが愛国である。
 蓋し国土の広大無辺なる事、一人の力を以ては、是を富まし強め是を安く穏にする事は出来ぬのであるが、多くの勢力を合せ、即ち一致協力して、国を守り保つが肝要である。譬へば大岩の如きものである。共の重みが干斤ありとすれば、細き一筋の紐にては、良くこれを曳くことが出来ぬ。更に幾筋も加へる時は、即ち以て能くこれを曳くことが出来るのである。是多くの力を合せし効能である。今一人の力は小なりと雖も、日本全国九千萬の同胞が、一致戮力して、以て国の富強安寧をはからば即ち斯国を保全ち、隆ならしめんこと何の難き事あらんやである。蓋し愛国の心は、敬神のまことより出づるのである。良く神を敬する者は国家を愛し、国家を愛する者は神を敬ふ。敬神と愛国とは、其義一つである故に『敬神愛国の旨を体す可き事』と、おほせ給ひしものである。

   (三)

第二条に曰く、
  天理人道を明にすべき事
 何をか天理と言ふか。神の定め給ふ所、是を天理と云ふ。人の因て行ふ所是を人道と云ふ。神の霊徳は万物を造りなして、生々止まず。凡て天地之間に在るものは一物として、天理を備へぬ物は無いのである。而も人は万物の霊長である。是を以て天理は全く備はりて、万物に比較ぶるものは無いのである。人は生を天を禀けて生る、所謂性なるものである。是人は天理を以て、性と為す者である。に天理は人道の因て生ずるところ、而して人道は天理のとどまる所である。
 是故に天理即ち人道である。天理も人道も一つであって、二つではないのである。天理に従ひ人道を修める是を天理人道を明にすると言ふのである。人道又五倫の道と言ふ。一に曰く君臣、二に曰く父子、三に曰く夫婦、四に曰く兄弟、五に曰く朋友、是五つのものは、人の踏むべき真道である。君は下を憐み、臣は君に忠義を尽し、父は子に情深く、子は親に能く仕へ、夫は妻を和げ慈み、妻は夫に能く従ひ、兄は弟をいたはり、弟は兄を敬ひ、朋友は互に親切を尽し合ひ義を保つ、是即ち、性を全くするの道である。所謂五倫の道は外では無い。是即ち人道である。是即ち天道である。天理に従い人道を修むるは、実に人の本分である。
 故に『天理人道を明にす可き事』とおほせ給ふたのである。

   (四)

 第三条に曰く、
  皇上を奉戴し、朝旨を遵守せしむ可き事
 何をか『皇上を奉戴し』と言ふのであらうか。曰く皇国の御教は、五倫の道にありて、君臣の分さを定むるを以て、最も重しとなすのである。我国の君臣の分は、実は外国とは全く異つて居るのである。外国の国を建つるや、即ち天下は天下の天下なりとして居るのである。故に禅譲あり、放伐あり、共和ありて、勢力の強きものは君となり、勢を失えば即ち臣となり、君と臣との位置を変える事、幾度と限り無く、全く我国の如く、天地と共に窮り無き、天津日嗣のすべらぎの道で無いのである。
 我日本の国は、天祖天照大神の稜威を垂れさせ給ひて、天孫瓊々岐命、天降りまして、国を建つるの基開け、畏き神の詔勅、一度あらはれて、大義名分堅く定まり、萬世易らぬ一系の血統を以て、天子様の御稜威の輝き渡れる事、猶天に太陽の輝く如く、億兆無数の人民、是を仰ぐ弥々高くして、天が下は即ち天祖 天皇の天下たる事をさとり知らるゝのである。是我国の国体である。
 故に君臣の明分、外国と明に異れるのである。即ち五倫の中にありても、最も是を重しとなすのである。
 天孫瓊々岐命の天より、此の国へ御降臨になつてから、一百七十九万二千四百七十余年を経て、神日本磐余彦天皇御位に即かせ給ひ、更に二干五百九十余年百二十四代を経て、今上陛下の御代に及んで居るのである。歴代の天皇常に人民を愛撫し給ひて国を治め、時に国には艱難の時有りたれど、天子様の尊き事には易りは無かったのである。
 是に由て之を観れば、天子様の尊き事猶我天祖 天照大神の如く尊いのである。天子様の天祖に於けるや、一系連綿として、恰も一筋の金の鎖の続き連りて切れざるが如くである。天祖は神にして、天子様は人である。然も神と人と相連なれるを以て、又神の如く、其平民と其種元を異にするを以て昔より天子様を称へ奉つて、現人神と申し奉るのである。
 夫れ天子様はすでに現人神に坐しませば、其尊き事、天祖の尊きが如くである。即ち人民の天子様於けるや、是を仰ぐ事宜敷天祖の如く、是に仕へ奉ること天祖の如く、誠忠の心を竭し、以て天皇の高き恩に報ひ奉る、是を皇上を奉戴すると言ふのである。
 何をか『朝旨を遵守する』と言ふのであらうか、曰く朝廷のおほせ、是を朝旨と言ふのである。これを従ひ守り苟もしない、是を遵守すると言ふのである。
 夫れ斯の道は天祖の道である。実に皇祖皇宗の御遺訓である。萬劫末代易らない、是惟神の大道である。而して古より今に至る国の掟は、即ち其時代に従ふて変革せねばならぬことがある。是即ち夏には帷子を着け、冬には綿入を着るが如きである。蓋し斯の道は古今を通じて謬る事無きも、尚国の掟は時の宜しきに従はなければならない。神武天皇橿原宮を建つるの令に曰く『夫れ大人の制を立つる、義必時に随ふ、苟も民に利あらば、何ぞ聖の造に妨はむ』と大いなる哉。天皇の詔 豈萬古不動の尊き御遺訓にはあらざるか。
 中世紀より掟の変る事幾度とも知れす、御歴代の天皇の政治に御心を用ひ給ふ事、ひろく公にして遠く三韓の朝貢よりして、その文物をとり用ひ、遣唐使を派して、唐に学び、近くは智識を欧米に求めて、その制度文物の長を探り給へるが如き、長を探り、短を補ひ給ひて、他山の石をかり、以て我国玉を磨き、以て此の国を治め開き、此の人民を安じ給ふたのである。然るに是を思はず、さとらずして、自己の利益自己の都合のみを考へ思うて、朝旨を軽んじ、朝旨に背くが如きことあらんか、不届極まる天子様の罪人にして、又天孫に対する罪人である。何となれば我々の先祖は、いづれも天孫に仕へざるものはなく、其の子や孫の此の世に生ひ育つて、天子様に臣として仕へ奉るものは、又皆天租天孫の残されたる、臣民であるからである。
 夫れ祖親がすでに神の勅令を守り、神に仕へ奉って、今其子孫が恩を忘れ義に背き、天子様の詔勅に叶ひ奉らぬものは、仮令天子様が是を赦し給ふとするも、天祖天孫、又天に坐し在す神霊の、争でか是を罰せずに置き給ふでありませうか。人民たるものは宜しく眼を醒まし心を入れ換へて、敬神愛国の心を起して、お上のおほせのもとに従ひ奉りてまことを尽し、以て天子様の御恩に報ひ奉らなければならない。これ是を朝旨を遵守すると言ふのである。蓋し奉戴も、遵守も、二つの道では無い。遵守の節は、奉戴の誠より出で、奉戴の誠は、必す遵守の節より出づるのである。
 是れ実に人民の大義である。故に曰く皇上を奉戴し、朝旨を遵守せしむ可き事とあるのである。
 抑教憲は只三ケ条に止まれども、其の実は天下の萬事、皆この三ケ条に含まれて居るのである。

   (五)

 三ケ条、是を体と用とに別つことが出来る。
 『敬神愛国の旨を体す可き事』『天理人道を明にす可き事』の二ケ条は即ち体である。『皇上錨を奉戴し、朝旨を遵守せしむ可き事』
の一ケ条は、即ち用である。用は体に本づく、体はよろしくさとり知る可きの精神を謂ふのであつて用はよろしく、勉め行はしむ可きものである。とこに省る、恥,覚、悔、畏の五情は、霊魂の中に惟神に神より賜ひし戒律である。人の作為つた経典、戒律に迷ふてはならない。畏れ多くも、お上より御定めになつた、三ケ条をよくさとり究めて、以て人の本分を竭し、日本魂を磨き、実りと致して此の皇国の光を、天が下四方の国々に輝かさねばならないのである。

(大正十年六月 神霊界 玉の礎七之巻)
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【霊界物語誕生百周年】
大正10年(1921年)10月18日に王仁三郎が霊界物語の著述を開始してから
令和3年(2021年)10月18日で百年目を迎えます。
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