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文献名1出口王仁三郎全集 第2巻 宗教・教育編
文献名2【宗教編】第2篇 新興宗教よみ(新仮名遣い)
文献名3第3章 大祓の権威よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考2023/10/02校正。「地理学上より見たる日本と世界との比較対応地図」と「国魂学上より見たる日本と世界との比較対応地図」は何故ここに挿入されているのか不明。本文とは関係がない。初出の神霊界には挿入されていない。
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-06-01 17:34:01
ページ61 目次メモ
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本文  大祓は国家の権威なり。
 国体の本源愈々崇高なれば、大祓の意義は益々至厳なるべきなり。
 古は、大嘗祭の行はるるに際して、九月より三ケ月間を以て散斎とせられ、猶散斎の期に先だちて、天皇躬ら河上に行幸ありて御禊を修し給へる例なりき。
 御曽岐又豊御禊とも河原大祓とも名づけ、行幸の場所は古来一定せざりしかども、仁明天皇の御代以来は、賀茂川に行はせらるるを例とせり。又祭事に関る諸職員も、昔は荒見河の祓とて(後世は専ら紙屋河に行ふ)潔斎の式を行ふべき定めなりき。
 大嘗祭は国家至重の祭事なり。潔斎の厳なるべきこと、洵に当然なるは謂ふまでも無き事ながら、其の潔斎の本源に遡りて、至厳なるべき所以を深く拝察する時は、其の深奥の意義の頗る至重なるものあるに、敬虔の情いやが上に崇高を禁じ得ざるものあり。
 潔斎とは身を潔くし、心を斎くして、明き清き真心もて、神に司へ乃至己が職分を行ふべきの意義たること、今更爰に謂ふまでもなし。されど大日本国に於ける大祓の意義は、決して普通に解せらるるが如き浅薄なるものに非ずして、大祓潔斎の本義は実に実に至大の奥義を含めり。古来の学者は大祓を解する者なく、和光同塵の二千載には斯土に大祓の本義を見ること皆無なりとは雖も、専ら日本古典の真研究に基き、大祓の本義を解する時は、未だ嘗て何人も夢想せざりし幽玄の大事の含蓄さるるに喫驚せざるものなからむとす。
 大祓には三種あり。大潔斎、中潔斎、小潔斎、これなり。一身を清め一家を清むるは小潔斎なり。国土を潔斎するは中潔斎なり。天地の妖気を払ひ乾坤を清むるは大潔斎なり。
 一言に大祓と謂ふ時は、大中小三種の大祓を兼ね称して、之を大祓といふなり。現代の人々の解釈する所の潔斎大祓は小潔斎に止まれり。よしや国土の潔斎に及ぶものあるも、其の根本意義は到底明かに之を知るものに非ず。三種大祓の真義は、一朝一夕に誌上に於て陳べ難し。今聊一端を披瀝して忠誠の士に研究の必要なる所以を警告せむと欲するに止む。
 人心腐敗其極に達して疾病と罪悪とは国内に旺溢充満し、個人の潔斎すら猶頗る至難の今日に於ては、中大潔斎の行はれむこと殆んど之を望むべくもあらず。されど個人は個人として世に生活するに非ずして、国家の一員として社会の共同生活を営むものなるが故に、一身の潔斎を施さむには、国土の潔斎に待つべきものの多きこと、識者を俟つて知るべきにあらず。切言すれば個人の潔斎は、国家の潔斎にして行はれざれば、到底根本的に行はるべきものに非ざるべきなり。腐敗の空気中に生存しながら、健全なる生活を為さむは不可能事なるべきなり。故に小潔斎は先づ之を中潔斎に待ち、中潔斎は更に個人の潔斎を促して、国土人心爰に創めて清かるべきなり。
 さはいへ国土の潔斎は之を如何にか決行し、其の実績を挙ぐべきにや。これ先決問題なり。樹静まらむと欲すれども風息まず、中潔斎は更に一段高き所の大潔斎に其の遂行の根基を得ざるべからざるなり。大潔斎は大祓なり。天地の潔斎なり、天地の潔斎とは換言すれば、天神地祇を真実に祭祀する事なり。(真実の二字に留意せよ)祭祀はマツルなり。マツルは真釣るなり。天神地祇の御神慮のままを斯土に真釣合すなり。真実に天地の潔斎を成就せむには、真釣の外毫も他に手段のあるべきなし。大祓は即ち天地の真釣なり、祭祀なり。
 今や祭祀の真義に就て大に其の本源の忘れられたるもの多し。祭祀の本源を正しうせずして茲に大祓を修せむと欲すといへども、神は決して非礼を饗くべきにあらざるなり。神典の正解を得ずして祭祀の本義に通達せむと欲する似而非学者、神官等の跋扈跳梁する世は禍なるかな。斯くして天地の潔斎行はれず、国土紊擾を醸して、諸事悉く転倒を免れざらむとす。政治界然り、教育界然り、宗教界然り、実業界然り、天下挙げて混乱の巷と化しぬること、蓋し其の本源は一たり。曰く国土に真実祭祀の義なき故のみ。天地怒つて国土災厄に陥り、国土災禍に陥つて民衆悉く禍乱を蒙る。豈畏懼すべきの至りに非ずや。
 古の散斎に入るべき月は、毎年九月に定めあり。散斎はアライミと訓み荒忌みの義なりと解せらる。致斎に対して稍軽き意義なりと伝へらる、本義爾あるべし。されど荒斎は須らく強烈なる潔斎にてあらまほし。天下の混濁を祓ふに須らく強烈なる大祓を要すべし。大祓は太刀佩く伴男、靱負ふ伴男の行事なり。大命一下して
 科戸の風の天の叢雲を吹き払ふが如きを欲するなり
 焼鎌の敏鎌以て大叢小叢の紛糾を一掃すべきを要するなり。
 荒斎に拠らずむば現代の如く根底無き混濁は、潔斎さるべきにあらざるべきか。天地に震憾せよと、太祝詞の宣べらるべきを欲するなり。大祓は国家の権威なり。大祓の意義と其の権威の大小とは、国家の本質に基を発せり。
 大祓の尊厳なるは国家の尊厳たるなり。
 神武天皇の御即位式の御有様は、伝へられて古語拾遺並に旧事本紀に在り。古今の学者は神武天皇御即位式の大儀に関する真意義を知らず、単に文字面の一班を知るに止まりて、其の根本の絶大なることは到底夢にも識るの輩なし。上古質朴なる御代にも御盛大なる御事なりき等と称し、中古以降の美華なる儀式に比して、幾層の懸隔ありしや、僅の御行事の中にも絶大の意義の籠れるには思ひ及ぶものあることなし。就中御即位礼の大嘗祭とを個別に考へ、古来の儘の御神事に対する大義を失却せむとするものすらありしは、歓ずべきの至りといふべし。
 国土は大なる祭祀の戒壇なり。天地の潔斎は戒壇を清くし、万民潔斎せられて、国土創めて清く、国土潔斎せられて天地創めて清し 天上天下、国土万民、潔斎清浄の檀上、万乗の子孫は茲に宇宙統理の大権を承継し給ひ、万有万生の主師親具備の御光として降臨の実を示させ給ひ、天国は斯土に移されて、祭政の一致は彩華の如く麗しく、万衆の喜悦は音楽の如く楽しく、波に万歳の響きあり、風に千秋の歓びあり、時々清風五夜毎に一雨を降らし、天人和調して長へに永世の泉に浴しなむ。これ神国の実現にして、日本使命の成就なり。
 天上に声あり耳を傾けて聴くべし。
上則答乾霊授国之徳 下則弘皇孫養正之心 然後兼六合以開都 掩八紘而為宇不亦可乍
これ神武天皇の御詔勅なり、畏しとも畏からずや。
其選群卿遣于四方 令知朕憲 若有不受教者 乃挙兵伐之
こは崇神天皇四道将軍を遣はし給ふ時の御詔勅なり。凛烈として仰ぎ見るべからず。大祓は国家の権威なり、大祓は至厳至重の祭事なり。大祓は天地の真釣なり。
 大中臣天津金木を千座之置座に置足らはして天津祝詞の太祝詞事を宣るべき大事なり。
 大祓は天皇の朝廷を始め奉り、天の下四方には罪といふ罪はあらじと祓給ひ清め給ふべき大祭事なり。致斎はさる事ながら、先づ国に強烈なる荒斎を決行して、至厳の行事を施行あるべきにこそあれ。国土は痛く佐夜芸弖阿利鳧、起れよ颯々たる朝の風、夕の風、おこりて朝霧夕霧を速に吹き放ち給へ、大津辺に居る醜の大船を舳解き放ち艫解き放ちて大海原へ押し放ち給へ。謹而白す
(大正七、六、一、神霊界)


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