文献名1出口王仁三郎全集 第5巻 言霊解・其他
文献名2【随筆・其他】よみ(新仮名遣い)
文献名3松の露よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ言霊反し(言霊返し)
データ凡例2021/4/11底本(全集5)と照合して校正
データ最終更新日2023-09-28 14:37:40
ページ442
目次メモ
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本文
「猿どもの方から能く似ましてゐるのだ」と、甘く御機嫌を新左に取られて満足した文禄の古親爺が、平安京の聚楽邸で朝鮮人を招き、陶器や茶器を焼いて之を楽焼と称し、大に茶人気分を発揮し、千の利休と共に楽焼の名は今に喧しく其の家系さへ現存して居るが、王仁も一昨年頃から太閤気取りで楽焼をやって見たが、土煉り、茶碗造り、素焼、釉薬塗と、大変な手間が掛つて中々楽やき所の話でなく、真に真に苦労焼だった。
○
言霊学の上から見れば、アの音は天也、地也とあるが、地球上にある五大洲の名義を言霊返しの方法で調べて見ると、亜細亜はアと返り、阿弗利加はアと返り、亜米利加もアと返り、欧羅巴もアと返り、オーストラリアもアの言霊に返るのである。併し乍ら同じア声にしても、それぞれ使命が違つてゐるのは㋐㋔㋒㋓㋑の位置によつて区別がついてゐる。アヤベのア声また大に意義を異にし世界を支配する言霊である。
○
豊秋津洲と云ふは、日本言霊学上五大洲の古称であり、豊秋津根別と称ふるは現代の極東日本国の事である。そして五大洲の縮図として、我日本国が今にその雛型を伝へてゐる。その又我日本国五大陸の縮図は、大島に形が伝はつてゐる。
要するに鹿児島県下の大島郡は、現代我日本国の縮図であり、日本国は即ち亜細亜、亜弗利加、亜米利加、オーストラリア、欧羅巴、以上五大洲の縮図であるのだ。
全大地球上から見れば、我日本国は艮の方位であり、パレスチナは坤の方位にあるのだ。
次に我日本国の上から見れば、北海道が艮となり、大島郡の喜界ケ島が坤となるのである。
地質学上の見地から見れば、綾部は世界の真の中心であり、丹後の冠島、沓島が艮の方位に当り、播州の神島が坤の方位に当るのである。
喜界ケ島は、その昔は鬼ケ島とも鬼界ケ島とも称へられて居たが、明治になつて島名を現今の如く喜界ケ島と改められた。喜界ケ島には宮原山と云ふ小さき丘があり、神島の如く一本の老松が金字形に山頂に立つて居る。島人は之を金字松といふ。此の宮原山は島人より神の山、霊地と畏れられて、足を入れるものが今に無いのである。坤の金神が、パレスチナや神島に隠れられた如く、此の坤なる喜界ケ島にもかくれて居られたのだ。裏鬼門の金神の隠れ島だから、鬼ケ島又は鬼界ケ島と称へられたのであつた。
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鹿児島には真羅と名の付いた、珍々妙々の味のよい○○形の菓子がある。高貴の方に献るには余りに敬意を欠くとかにて、春駒と改称したと云ふ。真羅でも、花駒でも、春駒でも、何だか一種異様の感を与へる。名産地が鹿に因縁ある地名と聞いては、馬鹿にされた様な気にもなる。
○
毎日毎夜チンチン喧嘩の夫婦ども、いつそ人間たることを神様に願い下げして、蟷螂になれ。天消地滅した後で、雌に食はれて満足して死ぬ恋愛の秀逸者になれば良い。
○
仙人の羽化登天、そんな事が何面白い。糞虫でさへ羽を生やして、自由自在に空中をかけり、聖者君子の頭に止まり悠然として糞を放ける。
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二十貫の大男、身体の水分を搾り出したら、残りの貫目僅かに二十五斤。水の御陰で生きて居て、水に溺れて死ぬる弱虫人に対して水臭いのも無理はないわい。
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猶太国ナザレの耶蘇は救世主で、天の独子で、基督の名を恣にして降りたと云ふ。聖書の記すところによれば、あしかけ首かけ三年の民衆宣伝、極めて卑近なる比喩を以て、人を導き病人を癒やし、終に十字架上に生命を失つたに過ぎない。天帝の独子ともあらうものが、十字架にかけられるまで神力がないとすれば、天帝そのものも実に無能無力と云はねばならぬ。アーメンどうだ。基督教のお歴々が、王仁が聖書に警告してある偽キリストぢや、偽救世主ぢやと攻撃してゐる様だが、王仁としては大変な迷惑を感ずるものだ。成る程奉道の初期には、キリスト位の神力よりなかつたから、基督と呼ばれるのは身魂相応かも知れぬ。併しキリストが再生した所で、ゲツセマネで十字架にかかつて死んだ事を思ひ比べて見ると、余りクリスチヤンが鶴首して待つだけの価値があるかどうか、疑はざるを得ない。王仁の教弟子には、既に已に三千人の大キリストがあつて、種々の奇蹟を現はし、万民を救ふの聖業に奉仕してゐる。故に自分はキリストを地上に星の如く生む所の神の真の宣伝使だ。キリストなんか、そんなけちな、小つぽけな事を言つて呉れるな。弥勒も、釈迦も、マホメツトも、キリストも、孔孟も、老揚も、皆王仁の傘下に集つて、昔以上の大神力を発揮してゐるのだ。アア惟神霊幸倍坐世。
○
基督は真の天国を知らない。大本の信者は現幽一致、天国を自ら開拓する。真の神の貴の子ばかりだ。光は東方よりと云ふ聖者の予言を考へて見るが良い。
(昭和三・四 明光誌 第二〇号)