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文献名1幼ながたり
文献名2獄中記よみ(新仮名遣い)
文献名3孫の絵便りよみ(新仮名遣い)
著者出口澄子
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
ページ 目次メモ
OBC B124900c43
本文のヒット件数全 1 件/出口直美=1
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本文  京都の未決に四年いて今度は大阪に移されることになった時のことです。四年と一口で言えば短いようですが、もしこれから四年と言われれば誰でもこれはまことに長い期間であります。いつ晴れるとも知れぬ月日へ、先生と宇知麿と私は同じ車で大阪へつれて行かれました。お互いに話したくても警護の役人の監視がきびしくてそれもならず、時々先生の方を案じて見るのが関の山でした。京都ではよかったが大阪はつらいことやろうなア、と車にゆられゆられ思っておりました。大阪に着いたのは確か冬の日の出頃でありました。
 大阪の監房には窓にこまかい金網が張ってありました。それにどこからとびこんできたのか、一匹の蝿が、ゆうゆうと空中を廻っていました。こういう時には一匹の蝿にも、興味がわくものです。尤も昔から蝿は川柳などにうたわれて、愛きょうのあるものです、蝿は太閤さんの頭の上にも上るし、どんな格式の高い坊さんの頭にもとまります。大臣の頭の上でも、したい放題のことをして平気でいる虫で、このごろは伝染病の媒介をするというのでひどく嫌がられますが、監房の中に、たった一匹あらわれてくると、いかにもシャバらしい感じをさすものです。子供の時からのことが思い出されて、夏の日の昼餉や、昼寝の風情や、煮売屋の店先や、こんペい糖の壷や、はては牛小屋のまわりや、荷馬車の馬が腹の肉をふるわせているところや、馬の尻尾にはらわれてはたかる町辻の風景といろいろのことが、描かれて無性に懐かしく、思いをめぐらし、いろいろの回想を次々と追うものです。
 わたしは、京都、大阪を通じて、警察の署長さんでも監房の看守長さんでも、うちの人だと思っておりますから、監房の暮らしを、それほどにつらいことに感じたことはまあないといえます。これは性来ののん気な性質が、大いに助けとなったのでありますが、ゆくところ、ゆくところに、それぞれ楽しみがあって、昔の人のいうた“住めば都”という言葉は、なるほどよくいうてあると感心したのであります。私はそれで真実──ここも天国じゃなあ──と思いながら、毎日暮らしていたので、世間では主食の配給などで栄養失調になって、病気がでたり、ひどく体重が減ったりした人があったそうですが、私は差入屋の弁当だけで、かえって太りまして、夜もよく眠れて不思議なほど、からだの調子もよく、そんな性質でありました。しかし私にとって、苦中楽ありの思いを深くしてくれたものは、やはり孫のくれた絵便りでありました。

おばばちゃま、だんだんさむくなりましたが、おげんきですか。わたくしはたいへんげんきです。十三まいりのしゃしんもすぐおくります。いまはいねかりもすんで、むぎまきに一っしょうけんめいです。わたくしもいまはしけんなので一っしょうけんめいにべんきょうをしています。ふくだのばばちゃんも、もうかえられました。もうすぐお正月ですね。お正月には、おばばちゃまのところへかきぞめをおくります。きのう、がっこうで先生に、かきかたが上手になったといってほめてもらいました。こちらはみなげんきですからごあんしんください。それでは、おからだをおだいじに、さようなら。
 おばばちゃまへ   なほみより

なおみの絵手紙を早速に、四、五尺くらいの高さの見よい壁にはりました。この壁は、何十年も塗り替えたこともない汚れた壁ですが、はったらもう楽しいやら、懐かしいやらで、何日も何日も同じものをはって取りたくなかったものです。不思議なことに、それはそれはやかましい警察が見て見ん振りで済ませてくれたのは今から思うても不思議で、結構なことでした。
 私はこんな処にいても孫達が楽しくしてくれ、力づけてくれることを有難いことやと思いました。じっと絵手紙を見ていると気が軽くなります。表にしたり裏がえしたりしては壁にはりました。めしつぶはほとんどが麦でホロホロと落ちる。同じものを十日ばかり貼って楽しみました。すると又、みちゑから便りが来ました。

おばあちゃま、おげんきですか。わたくしもげんきです。ふみさとちゃんはごはんのとき、まんままんまといってよびにきます。ふみさとちゃんはほんとうにかわいいです。わたくしは、おじいちゃま、おばあちゃま、おじちゃまが、はやくかえられるようにまいにちおがみます。それでは、ごへんじをください。さようなら。
 おばあちゃまへ   みちゑより

 私も孫達へ早速便りを出しました。手紙を書く時は、担当が庭にムシロを敷いておかしな机を持って来てくれました。私は先のまるくなった古い筆で返事を書くのです。“元気でいる。絵便りを何よりの楽しみにしている”あんまりこみいったことは書けません。それでも私は警察やみんなを憎いとは少しも思いませんでした。事件のことが心から離れず、晴れたことのない気持ちですが、だんだん悟って来ていました。
  世の中の良きも悪しきも遠ければ朝夕神の声のみをきく
 京都より大阪の方がかえって楽しく、ちょっともつらくなかったのです。いっときは五畳敷くらいの部屋に囚人が入れ代わり立ちかわり入って来て、四人も五人も一しょにいた雑房生活もありました。
「お前達は腹がへってやろう」と言うて、囚人達にめしとおかずを半分ずつ、一人びとりに朝と昼夕食の時にかわるがわる食わしてやりました。私は小食ですから半分彼等に与えても、そんなに苦痛でもありません。皆はおばちゃん、おばちゃんと言うて、肩をもむ、たたく、それは大事にしてくれました。
「おばちゃんの傍にいたら、もう外にも出たくない」と言って、それはそれは親しくなってくれました。面白いものです、人買いやら泥棒、中には前科何犯のねえさんと言う連中とも一しょのことがありました。いろいろと面白い話もあります。
 私は何処へ行っても親切にされました。また担当が大変大事にしてくれて「寒いなア」と普通の言葉ですが、よく声をかけてくれ、それにえろう温まりが感じられて嬉しかったのをよう忘れません。人買いが肩もみをしながら、今までやって来た過ぎこしかたを語ってくれますのが、それは私に知らない世界のいろいろの物語りで、おかしい話やが見聞がえろう広くなったものです。

おばあちゃん、おげんきですか。ぼくは一っしょうけんめいにべんきょうして、おばあちゃん、おじいちゃん、おとうちゃんのおかえりの日をまっています。
 おばあちゃまへ   和明

おばあちゃん、おげんきですか。ぼくもげんきで学校へかよっています。さようなら。
 おばあちゃんへ   いさみ

 監房の冬はとても寒いものです。火鉢とかそんな火の気のあるものは何一つありません。夏は蚊帳一つあるでなし、蚊はぶんぶん飛んでさす。からだは蒸されているようで部屋はくさい。そんな生活の中で孫達の「遠足の絵」やら「山や草や木」「猫や船」の絵は、これら孫達の日常への想像は、私を子供の頃にかえらします。
 それは、十五、六の私市に奉公していた頃へさそい入れます。奉公先の家はまことにしまりやで、一日家内中六人で米六合、あとはわずかな麦と大根ばかりの御飯をたいたこと。夜の雑炊のこと。ある夕方のこと、私は牛をつれて草を喰べさせるべくいつものように野山の草を目あてに出歩きます。私はチョコチョコと草刈りです。くせの悪い、私をよく困らせた牛。黄昏の中を私は牛が見つからんでどうしようと小さい胸で思案し、木蔭にたたずんで泣いていたこと。それからやっとのことで牛を見つけて暗くなった家路をたどりましたが、この径は牛糞が散在してまことに足は牛グソまみれ、ヒヤメシ草履がベタベタでハネが尻の方まであがります。やっとのことで家についた私は牛小舎から屋敷の裏口へ、そして土間に入りました。熱い!私はうなりました。真暗な土間に雑炊の鍋がさましてあって、私は足首まで雑炊の中へつっ込んでしまったこと。そこで大急ぎ、足を投げ入れた部分だけ雑炊を鶏にやっておいたこと。夕めし時、奉公人の一人が「何んや今夜の雑炊にはスナがある」と不審がり、私は食べないわけにもゆきませんので隅の方を撰って茶碗によそい、何くわぬ顔でカサカサと食べていたこと。

 おばあちゃま、おげんきですか。わたくしはたいへんげんきです。きょうは二月一日です。二月四日はせつぶんですね。それから二月八日は、おばあちゃまのおたんじょうびですね。このえは、わたしたちが、えんそくにいってるときのえです。わたしは、はるが一ばんすきです。おばあちゃまはいつがすきですか。いまは二月ですからもうじきはるです。きょねんのいまごろは、たいへんさむいでしたが、ことしはたいへんあたたかいです。ゆきがつもったのは二へんだけです。はるになったら、またてがみをだします。それではかぜをひかないようにおからだにきをつけてください。さようなら
 おばあちゃまへ   出口直美

 私は野や山が大変好きです。遠足などの幼な心の味わいは知りませんが、そのかわり山へ柴刈りに行ったものです。
 人間はひどい環境に押さえつけられている時は、余計に深い深い思い出に入って行きやすく、これはごく自然なことであります。こんな自由までとり上げられたら、まことにかなわんことです。結構なことに、どんなひどい目に逢っても、こういう世界はちゃんと神様が与えて下さっておるのであります。

 おばあちゃま、おてがみをださないでごめんなさい。しけんがあったの。これからたくさんお便りします。朝は、ごはんのできたしらせのりんと一しょにおきようと思いますが、なかなかじっこうできません。ではおからだをごたいせつに早くかえって下さい。みいはそればかりまっております。さようなら。
 おばあちゃまへ   みいより
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