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文献名1百千鳥
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3国分寺よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-10-31 18:51:00
ページ79 目次メモ
OBC B129900c18
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本文 大阪に愛善の道ひらかむと出雲神社にまづ詣でけり
大堰川渡し渡れば保津の里若葉のかをり夏を光れり
保津山の青葉がかげに時鳥なく音を聞けば何かかなしき
牛松の山の若葉をふくみつつさびしくなけり山時鳥
毘沙門の高地に立ちて南桑の野辺をし見れば麦畑明るき
   国分寺の跡
その昔栄華の夢をとどめたる国分寺あとの銀杏は太きも
三抱へにあまる銀杏の大木は幾本となく乳枝たらせり
門柱の礎石と伝ふる大石は約八畳敷の面持てりけり
   古寺
見るかげもなき古寺のただ一つ銀杏の木かげに淋しく立てり
古寺の門口くぐれば穴太なる金剛寺の前住住みゐたりけり
この坊主金剛寺の財産を売りはたし傘一本でほり出されし人
この僧侶つくづく我が顔見守りて喜楽ぢやないか何しに来たと問ふ
一の宮出雲に詣づる道すがら国分寺あとを見むためと答ふ
国分寺朝日の昇る勢も時の力にかくすたれたり
   僧と尼僧
国分寺荒廃のさまをながめつつ諸行無情の感深かりき
折もあれ銀杏の梢に時鳥なき渡りつつ雨降り来る
久久ぢや泊つてゆけと禅祥は昼飯の膳のこしらへをなせり
痩こけし六十ばかりの尼法師つんけんとして茶を汲み来る
禅祥さん帰りますよとわが言へば是非に一宿せよと勧むる
尼さんの仕打が私の気に食はぬと言へば禅祥黙してうなづく
   酒嫌ひ
酒代がいると思うて尼法師ふくれてゐると禅祥師言ふ
客あれば酒のむくせの老衲を思ひ出してふくれてゐるのだ
禅祥師両手を打ちて尼をよびこの客人は酒きらひといふ
洒きらひと聞くより尼は笑顔してお泊りなされと愛嬌ふりまく
尼『和尚さんは酒癖悪く人を見ればすぐにくだまき私を困らす
結構な穴太の寺をほり出され私も一緒に苦労してます』
一軒の檀家も持たず老人が糊口が出来ぬと暗い顔する
ふところをしぼりて三十銭出せば尼は手にとりにこにこ笑ふ
和尚さんこれで今夜は夕飯が気楽に食へると尼は出でゆく
   貧寺の夕飯
しばしして米と醤油を買ひ来り野菜をたきて夕飯すすむる
昼飯も食はずに和尚と語り暮し腹は無性にすきたりにけり
夕飯の椀を重ねて腹満たせ飯びつの底あらはれにけり
けちけちと貧乏寺の夕飯は咽喉につまれどたらふく食ひたり
   愚痴述懐
初夏の夜を貧乏寺の老僧と尼と三人語り明かせり
この尼は昔は祇園の芸妓なりし禅祥和尚にうけ出されしもの
若き日は女の色香にまよひつつ寺追ひ出されこのざまと言ふ
お互ひに死ぬまで苦労をちかひだる仲ではないかと老尼の述懐
禅祥『老人が貧乏寺の世話をするこの苦しみはさながらの地獄』
愚痴なこと仰有りますな恥づかしいとしなべた尼は鼻すすり居り
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