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文献名1大地の母
文献名2第1巻「青春の詩」
文献名3園部殖牛社
著者出口和明
概要園部で獣医と牧畜の修業。岡田惟平との出会い。動物の解剖。歌祭りを伝授される。
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-04-09 01:02:54
OBC B138901c08
本文の文字数28380
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本文  八木の北部鳥羽で大堰川(保津川)は支流の園部川を合流させる。この園部川に沿って開けた小盆地の中心地が、喜三郎の青春の一時期を埋没させる園部である。亀岡から五里ばかり西の地点だ。
 園部は、元和元(一六一九)年、小出吉親が封地の中心と定め小出氏三万石の城下町を作り上げるまでは、無住の荒野であったといわれる。小出氏十代、三百年の封建治政の間、なだらかな低い山脈に囲まれた園部は、山陰街道の宿場町として、静かにつつましやかに息づいてきた。
 亀山藩と園部藩との性格の差を比較してみよう。
 亀山藩の所領五万五千石の内訳は、亀山城を取巻く実質の禄高三万石余、あとは氷上郡に一万石、備中玉島に一万二千石と散在していた。二万何千石かの飛地支配には、奉行・代官・同心二人というわずかな人員ですんだ。全体の五分の二の所得を最低の人件費で得られるのだから、その利益は大きい。それは亀山城下の繁栄にもつながり、富裕な商人も多く散在した。
 一方、園部藩三万石はすべて園部中心であった。三万石だけで切り盛りするには、
「万事質素に、質素に」と、城主以下耐乏生活を余儀なくされた。
 この両藩の優劣の差は維新によって逆転する。版籍奉還に伴う領主の還元により、飛地を多く支配する大名の城下町は不景気になった。亀山もその例に洩れず、飛地からの収入が絶え、急激に衰亡に向う。
 一方園部は飛地がないためにさほどの影響を受けず、むしろ逆に活況を呈し出すのである。
 喜三郎が滞在した頃の園部は、北桑田・南桑田・船井三郡を含む口丹波の中心としての役割をにない、諸官庁・諸役所が集まっていた。たとえば税務署・裁判所・郡役所・土木工営所・畜産所などの多くの官公庁が蝟集していた。特に土木工営所で入札する土建業者などが集まり、芸者置屋・やとな置屋・料理屋などは約五十軒に及び、日夜歓楽を尽くした。大きな料理屋では三亀・木虎・わた儀・魚福・石川屋などがあった。喜三郎は解放された気分を満喫できたであろう。
 井上猶吉の生家は園部の東約一里の高屋村にあったが、獣医の開業に不便なので、当時、周囲が田ばかりの園部袋町(現在美園町)に小さな家を一軒借り受け、一人で暮らしていた。喜三郎を迎えて、猶吉は二間しかない奥の間へ通した。庭はすなわち他家の畑で、白く乾いた土に下肥のかすがこびりつき、そこはかとない匂いを送る。
「喜三やんよう、こういうことは初めが大事なさけ、今後のことをはっきり取りきめしといた方がええ」
「そらそうや」
「まず井上猶吉と上田喜三郎は従兄弟同士である」
「そんなこと決まったる」
「けんど往々にして、こういうことは忘れ勝ちなもんやさけのう。そこで喜三やんは従弟の愛情で、わしが万一困った時には、親身になってわしを助けてくれなあかん。つまりわしが喜三やんの将来を案じて、園部に引っぱったようにや」
「そうや、持ちつ持たれついうわけや」
「しかし喜三郎は獣医を志して、井上猶吉の下へ弟子入りしてきた。ここで新しく師弟の関係が生じた。わが大事な従弟である以上、喜三やんには立派な名医に成長してほしいと心から願う。そのためには一にも二にも修業じゃ。わかるか」
 猶吉は眼をむいた。さっきからもっともなことばかり言われて、喜三郎も、もっともな答えをした。
「そら、そのつもりで穴太から出て来たんやさけ……」
「よろしい。そこで修業に邪魔になるのは、従兄弟という血族意識や。それがあると、すぐ甘ったれたくなる。だから涙をのんで、わしは従兄弟という意識を今限り捨てる。喜三やんにもそれを望みたい」
「ええこっちゃのう、猶はん」
「ほら、それがいかん。わしは喜三やんの師やさけ、先生と呼ぶのや。わしも君を上田君と呼ぶことにする。わかったけ、上田君」
「へい、わかりました、先生」
「よっしゃ。そこで良き獣医となるためには、まず動物の生態をくわしく知らなあかん。そのためには願ってもない研究材料がある。ついてきたまえ」
 猶吉はふんぞり返って前を進む。田の畦道を通って百米足らずの地、天神山に連なる小高い丘に、藁ぶき屋根の白崖山南陽寺があった。
「由緒ありげな寺やなあ」
 喜三郎は畦道に立ち止まって、石垣の上にどっしり構えた山門の左脇、若々しい緑の枝をいっぱいに張った大榧の樹に目を奪われた。その榧は肌色のつややかな幹を抱き寄せていた。細っそりとやさしく枝をたれ、その先に淡紅色の可憐な花房を開き始めた百日紅だ。
 一瞬、喜三郎は、弁と寄り添った陶酔の束の間を思い起こした。
「おーい、上田君、はよう来んかい」
 思いもかけぬ連想から我に帰ると、猶吉が、南陽寺の南、丘の下の木柵にもたれて、手招きしている。柵の中には、白黒まだらの二頭の乳牛が、のんびり草をかんでいた。乳牛は、この地方のこの頃では、非常に珍しい。猶吉は、誇らしげに柵で囲った土地を指さした。
「これがわが井上猶吉の経営する、園部殖牛社や」
「へえ、牧場もやったはりますのか」
「そうや。もっとも先端を行く事業やろ。南陽寺の和尚から境内の土地を借りて、最近にはじめた。二頭の牛から乳しぼって、お得意さんに配達しとる」
「誰が?」
「おれがや」
「へえ、獣医はんがでっか」
「しょうがないやないけえ、今まで人がなかったさけ。けんどこれからは、上田君の役目になる。ゆくゆくは牛も増やし、人も増やし、園部殖牛社の牧場に築き上げる。どうや、豪快な夢やろ、わっはっはっはっ……」
 井上は腹を揺すって、豪傑笑いをして見せた。
「けんど、わしは獣医の勉強に……」
「そやさけ、牛の生態から研究するのや。良き獣医たるには良き牧夫たれ。わしは何しろ獣医と兼業で、猫の手も借りたいほど忙しいのや」と最後の方で本音を洩らす。
 牛馬を治す医者が牛の乳をしぼるために猫の手も借りたいという。一体これはどないなっとるのやと喜三郎は面くらう。しかし猶吉はあくまでまじめで、
「さて、上田君との契約は月給三円いうこっちゃったのう。けど若い者が持ちつけん金持つと、つい身を持ちくずす元になる。そやさけ一円だけは小づかいに渡すが、あとの二円は、わしが責任持って積み立てといちゃる。もちろん、その中から食費なり、日常の費用は差し引くけどのう。まあ、四、五年もまじめに勤めてみいや。獣医開業の資金ぐらい、楽にできる寸法や」と立板に水の雄弁で喋るや、喜三郎に反問のすきを与えず、ぽんと肩を叩いた。
「今夜は盛大に上田喜三郎君の歓迎会をせなあかんのう」
「わし、酒の方はからきしや」
「心配すな。修業中の身に酒飲ますかい。今朝しぼりたての牛乳が余っとるさけ、二人で牛飲しよやないか」
「今朝しぼりたてかて、飲むのは夜やろ」
「暑い折やさけ、ちょっと匂いがするかも知れんけど、なあに、大丈夫やろ。なんしろ腐っても牛乳で、栄養ちゅうもんがたっぷりあるさけのう」
「いつもそんなに牛乳があまるのけ」
「なんせい、牛は生き物やさけのう、その日の調子で、乳の出る多少はある。おまけにその日にことわる客もあれば、急病人があるさけ分けてくれ言う臨時の客かてある。そうそう、これは牧場経営者の心得として大事なこっちゃが、もし乳が不足の場合、上田君ならどうする」
 猶吉は、テストするように喜三郎の顔をのぞきこむ。さほど困難な質問とは思えぬので、すぐに答える。
「丁寧にお断わりしたらええのや」
「あかん、そんなもったいないことしたら罰があたるわい。頭を働かせ、頭を。五粒しかない豆を六人に分けるのはちと厄介なが、牛乳は水もんや。そんな時は米のとぎ汁で薄めて間に合わせい」
「ほいでも薄うて客が気がつきまっしゃろ」
「よんべ牛に水を飲ませ過ぎたとでも言うとけ。万一ばれたかて、園部界隈に井上牧場一軒よりあらへん。独占事業の強みや。次に今日のように牛乳が余った時はどうするか」
 喜三郎は自信を持って答える。
「前に薄めた時の埋め合せに、量をようする……」
「お前はよくよく阿呆や。八文喜三いわれただけのことあるのう」
 穴太で天下の麒麟児などとおだてたことなど、忘れた顔で首をひねる。
「点数つけたら零点の答、経営者失格ちゅう奴や。そこでやな、余った時こそ、腐らんうちにわしらでがぶ飲みする。そして一食抜く。それで飯代が浮く勘定や。栄養学的にいうたら、二、三食抜いてもお釣が来る。人間、何事も抜け目のう、辻褄合わせんなんとこは機転をきかす。どや、分かったら仕事や。まず晩げの乳しぼりから教えたるさけ、明日からは一人でするにゃぞ」
 猶吉はいうなり、颯爽と先に立って歩き出した。
 牛舎は申しわけに雨露を妨げる程度のバラック建てで、天神山を背に東向きに立っていた。その脇に大鍋をのせた竈のある作業場、一間半の納屋が並ぶ。作業場で湯を沸かすと、猶吉は乳しぼり用の前掛けと低い木の椅子、木桶を持ち出し、太い棒くいにつないだ乳牛のそばへ寄った。
「よう聞いとけよ、二度とは言わすなよ。お前も神童たら言われた男やろうが」
「分かっとるわい……へい、分かっとります先生」
「うむ、まず搾乳時間は五時と五時、つまり十二時間おきにきっかりや。ちょっとでもおくれてみい、モーモーきつう鳴きたてよる。一年三百六十五日、日に二度の搾乳のうち、一ぺんかて休んだらえらいこっちゃで。乳房を石みたいカンカンにこらしよって、たちまち乳房炎になる」
「うっかりさぼれんのう」
「あったり前じゃ。それからまだある。わしゃあ獣医じゃ。つまり、その点、牛もちゃんと心得とって尊敬しよるけどのう、お前二文ばか足りんとこあるやろ。牛になめられて蹴っとばされるなよ。よいか、ここが大事や。乳がようけ出る、出んは、牧夫の愛情と技術一つで決まるんや。なめられてみい、ねき(そば)に寄るなり蹴っとばされんなん。しぼったかと思たとたん桶は蹴ころばされる、一日の乳の配達量わやにしてしもたらどもならん。それもこれもすべて牧夫の責任にかかっとる」
「けどえらい痩せて落ちつかん牛でんなあ」
「あほう。上等のホルスタイン種や。もっともちっとは雑種もかかっとる。痩せとるなら太らすのが、これからの上田君の仕事やんけ。明日はまず夜中起きして、草刈りするにゃぞ。たいていの農家には黒牛(農耕牛)がおるさけ、田のあぜの草無断で刈ったらどやされんなん。刈ってよいのは園部校の土堤草とあとは天神山の笹やすすき。昼寝する間があったら、夏のうちに冬中の干し草づくりに励めよ。草寄せを怠けとったら冬泣かんなん。飼料は野草が主じゃ。金だして買うほど餌代の予算はないさけのう」
 二頭の牛は、頭をふり向け、ちろちろ落ちつかぬ目で二人を見くらべている。牛の右脇から腹の下に入って、低い椅子に座った猶吉は、生ぬるい湯で乳頭をふきながら、喜三郎にどなった。
「おう、ぼんやり見とらんと、この桶おさえとらんかい。今日は新米の見慣れん奴がきよった関係上、牛はん、だいぶ荒れとるで」
 言っている間に後足をガンと前に蹴上げて、桶がころがった。
「ほら見い、言わんこっちゃない」
「こらほんまに癖がわるいのう」
 喜三郎があわてて拾ってきて、おさえこむ。猶吉は顔を赤くして、しゅっしゅっと白い乳汁をしぼり始めた。
 その夜、乳をしぼっていて牛に腹を蹴られる夢をみて眼をさますと、現実にも腹のあたりをぼんぼん蹴る者がある。手さぐりで物体をさぐると、隣の蒲団からのびている毛臑である。
「猶はん……やない、先生、寝相が悪いぞ」
「なんかして(何ぬかして)けつかるねん。お前を起こしとるのや」
「足ででっか、えらい乱暴や」
「ええから、はよ起きんかい」
「先生、まだ暗いで」
「暗いうちから仕事にかからんと、間に合うけえ。ちゃんと昨日いうた手順通りにやっとくにゃぞ」
「先生はどないするのや」
「わしは頭を使う獣医やさけ、よう睡眠をとっとかんなん。先生に起こされる弟子があるけえ。ぐずぐず言わんと、起きさらせ」
 言うなり猶吉は高鼾である。仕方なく、喜三郎はもそもそ起き出し、手探りで服を着る。さすがに気になるのか、しばらくして猶吉の鼾が止まり、
「おい、起きよ」と寝言を言っている。
 喜三郎は篭をかつぎ、教えられた通り園部高等小学校の土堤に草刈りにいく。
 園部高等小学校は、園部城址に建てられていた。園部城郭も、版籍奉還後、大きく変転した。城は取り毀され、城門と角櫓(たつみ櫓)のみが残って、そのまま校門となっている。
 土堤のつゆ草を山盛り刈り取って、寝静まった城南町を通り抜け、天神町の牧場に行く。
 百姓たちは、草に露がこぼれるほどついている早朝の草に養分があると昔から信じてきた。また露のあるうちは鎌がよく切れる。したがって能率も上がる。こうして代々、早起きしては草刈りに励み、牛の大事な飼料とし、そして最も大切な厩肥を作って田畑を肥やし、作物を養ってきたのである。
 暁の光まぶしい中で、刈りたての柔らかいつゆ草をどっさり投げ入れて餌をやる。それから牛を牧場に出し、おぼつかぬ手つきで乳をしぼる。一頭からの搾乳量は一回に三、四升がやっとである。しぼった乳を絹布に濾す。牛の毛やらふけが濾し残されて真っ白になる。一度煮沸消毒した乳を、口先のとんがった五合杓子で一升罐にとり分ける。
 それから昨日のうちに頭に入れておいた得意先を、配達名簿片手に配り歩く。一升入りの牛乳罐から、一合ずつ量を売るのだ。園部と周辺の村々に毎日朝夕二回ずつ。
 配達から戻ると、やっと目ざめた猶吉と自分のために、朝食の支度である。飯のたき方もこの時初めて覚えた。飯に残りの牛乳をぶっかけてかきこむ。
 台所のあと片づけを済ませ、牧場にとんで行って、今度は牛糞さらえ。牛舎や牧場を清潔に保つためには、一日四、五回の場内外の清掃である。午後からは干し草づくりに笹を求めて山を刈り歩く。会計事務に集金、得意先の新規獲得もせねばならぬ。喜三郎の頭はくるくるまわった。仕事に慣れ、乳牛になじむまでは、とにかく体をはって覚えることだ。
 園部について三日目、弁から追っかけるように手紙がきた。
「せっかく立ち寄って下さったのに、気のきかぬ父のためにろくにお話もできず、くやしくてなりません。盂蘭盆の日は穴太寺へ手伝いに参ります。もしお忘れなくば、ぜひ穴太までお帰り下さいませ。つもる話がしとうございます」という意味が書いてある。その日までの一月余が待ち遠しくてならなかった。
 十日ばかり過ぎた。
「お早よう、上田君。入ってもよいけえ」
 聞き慣れぬ透き通った声に、驚いて頭を上げる。朝霧の中から笑いかけているのは、いつも牧場の柵に寄って、黙って牛を眺めている十歳ばかりの少年だ。少年のそばには、大きな犬が従っていた。
「困るのう。これから乳しぼりや。牛は慣れんもんがねきにおると、驚いて蹴りよるさけのう」
「わしなら大丈夫や。この牛とは友達やもん」
 少年は素早く柵をくぐって、牛の角をつかみ、顔をすり寄せる。
「モー……」
 牛は甘えた声をあげ、べろべろと少年の顔をなめた。
「上田君もこの牛好きやろ。わし、見とったら分かるんや」
「そうけ。なんで分かる?」
「猶はんとちごて、上田君は目がきれいや。やさしう澄んどる。それに牛に話しかけてん声で分かる。畜生やのうて、友達にいうのと同じ言い方しとる」
「ふうん、なかなか観察が鋭いのう。けど、『上田君……』言うのは止めてくれへんけ」
「それでも上田君やろが」
「お前みたいな子供に君づけされると、なんやけったいな気がしてのう」
「ほんな何ちゅうて呼ぶねん」
「兄さん、でもなし、まあ喜三やんでよいわ」
「よっしゃ、ほな喜三やんでいこ。わし岡田和厚」
「偉そうな名前やのう」
「わしの責任やない。親が勝手につけたんじゃ。南陽寺の坊主の息子や」
「お寺の子か。なんちゅうて呼ぼ」
「ワコにしとけ。友達になろけえ」
「よっしゃ」と、喜三郎は苦笑する。
「わしは、人を選んで友達にするのや」
「へえ、わしがなんで友達にしてもらえるのや」
「喜三やんが来てから、ずっと黙って観察しとったが、喜三やんは牛が悪い癖だしても、決してどつかん(なぐらぬ)。猶はんと違うてのう」
「猶はんかて、先生かてやな、獣医はんやさけ、牛なぐるような真似はせんやろ」
「ははは……」と少年はのど首をそらして笑った。しゃべりながら乳房にたれた四つの乳頭を湯で拭っていた喜三郎は、手をふって少年を制止した。
「牛が驚く。静かにせんけえ」
 洋犬が激しく吠え立てた。少年が「お黙り」と声をかけると、犬はおとなしくお坐りして見上げる。
「ほう、賢い犬や。そいつはワコの犬か」と喜三郎は乳をしぼりながら、振り返って訊く。
「違う。父さんの犬や。父さんはものすごう犬好きやさけ」
「何ちゅう名や」
「ペス」
「へえ、ハイカラな名やのう」
 少年はしゃがんで喜三郎の手つきを見ながら、真面目な口調で言った。
「猶はんは喜三やんの先生やけど、わし嫌いや。喜三やんをだますさけ。この牛が悪戯して蹴るようになったんは、猶はんのせいじゃ。牛は猶はんがこわい。初めに蠅や虻がたかってつい足を上げたら、乳しぼりの桶がひっくり返ったんや。その時、猶はんはドえらい声でどなりよって、いきなり坐っとった椅子で横腹どつきくさった。棍棒でしばき(なぐり)よったこともある。わし見てたけど、恐いさけ、口出しようせんかった」
 少年は鳶色の切長の目を口惜し涙ににじませている。
「牛はもの言えんさけ、乳しぼられるたび、びくびくする。またどつかれへんかと怯えて足上げる。それが癖になって、桶をころがす。牛に悪気はあらへん」
 だまって聞きながら、喜三郎の手はしなやかに動く。小指ぐらいの細長いふにゃふにゃの乳頭が固くしこってくると、四つのうち前の左右を軽くにぎって、交互に引くようにする。十日ほどの習練で、こつは自然と身についていた。白い乳汁がほとばしり、五、六分のうちに桶にいっぱいたまってくる。乳の出が五升近くにも増えていた。
 口を止めて見守っていた少年も、歓声をもらす。
「やっぱりちごう。ちょっとの間に、猶はんの時よりぐんと乳の出が増えとる。うれしいからようけ食うし、乳も出すのや」
「そう猶はん猶はんいうて比べたら、怒られるで」
 喜三郎はたしなめながら、この感情の激しい子を好きになっていた。
 少年岡田和厚はこの時十歳、利発な子であった。和厚も友がなかったのか、二人は牛を中にして兄弟のように親しんだ。牧場では、喜三郎の仕事を手伝いつつ、二人の明るい話し声や笑いがはずむ。時には、喜三郎と一緒に牧場に泊まりこむほどの親密さである。
 ある時、喜三郎は寸暇を得て和厚に案内され、隣りの南陽寺の境内を逍遥してみた。
 南陽寺は古い由緒のある寺である。元和五(一六一九)年但馬国出石から園部に移封された小出伊勢守は、小向山にあった生身天神を現在の地に遷しかえ、小向山山麓の霞ヶ平に築城した。その頃、南陽寺の前身草月庵は、遷ってきた生身天神を見下ろす地(俗称二本松)にあったが、天神さんの上に寺があると具合がわるいというので、現在の地に遷したという。
 初めて見た時は四分咲きほどだった門脇の百日紅が見事に咲き満ちていて、寄りそって立つ大榧の樹の枝々は青い実がいっぱいだった。山門の右には形のいい鐘撞堂、書院、本堂、本堂横の小さな藁ぶきの一棟をさして、喜三郎は聞いた。
「これは何に使うのや」
「雲水(行脚僧)のたまり場や。衆寮ともいうとる」
 衆寮とは大衆(若い僧)の寮のことである。喜三郎は中をのぞいた。八畳と六畳の二間、壁一面の本棚に古事記はじめ多くの和漢書が並んでいる。喜三郎の眼が書籍の山に貪婪に輝く。
「ようけ(沢山)の本やのう。誰のや」
「お爺ちゃんの本や。お爺ちゃん、偉いのやで」
「へえ、有名な坊さんか」
「坊主やない。岡田惟平いう国学者や。夜はここで塾をひらいてこの辺の青年たちに教えとってやし、月に一回は歌会もある」
「そうか、塾があるんか」
 時間がほしかった。好きな国学書をむさぼり読んでみたかった。だが肝心の獣医学の研究さえ、昼間の労働で疲れきって、夜一人になって行燈に向かっても、ぼーっとして頭に入らない。なんとかして仕事の能率を上げ、時間をひねり出したいと思うのだった。
「ちょっと、和厚、そのお方、こちらに来ていただけよ」
 その声に振り向くと、寺の和尚と並んで背の高い痩せた品のよい老人が、広縁に正坐して手招きしている。その傍にペスが番犬然とひかえていた。
「あ、お爺ちゃんや」と和厚は声を上げる。
 喜三郎が近寄ると、岡田惟平は軽く目礼して、やさしい声でしゃべった。
「お呼びたてして失礼。孫の和厚がいかいお世話になります。あれは無口で気むずかしい子でのう、今まで気に入った友達をつくれなんだのです。それがこの頃、牛と上田君、やない、喜三やんの話でもち切りですのじゃ」
 いかにも孫に目のない好々爺ぶりである。
「穴太の百姓の伜上田喜三郎です。よろしゅう」
 初対面の挨拶のあと、惟平は手で引き止めて、喜三郎の顔をじっと凝視する。惟平の白いあご髭が風に揺れる。
 眼のやり場に困り、喜三郎は惟平と和尚の顔を等分に眺める。惟平と和尚が、年齢の差と髭のあるなしだけで瓜二つというほど似ていることに驚いた。耳は俗にいう福耳で、彫りの深い顔立ちである。誰が見ても親子だと分かる。
 惟平はほっと溜息をつき、
「上田さん、学問はお好きですか」と問いかける。
「はい、時間さえ作れれば、師事させていただきたいんですが」
「不思議だ。あなたはただの百姓や牧夫で終わる人物ではない。そればかりか高貴の相すらある。将来世にいでて非常な傑物になりなさる。しかし一歩誤ると堕落して、兇党界に落ちるおそれがありますぞ。道をあやまらぬよう心がけて学問せねばなりませぬ」
「へえ、兇党界とはなんでっしゃろ」
 和尚が横から口をはさんだ。
「父は耳がまるで聞こえへん。兇党界というのはなあ、仏教でいうたら地獄界のことらしい」
「ふーん、天に昇るか地の果てに堕るかや」
 喜三郎は独りごちて唇をかんだ。
「時々、遊びに来なされ。学問を得ればあなたの前途は洋々。波瀾は免れまいが恐れず進みなされ。夜は若者たちが大勢学びに来ておりますぞ」
 岡田惟平は文政四(一八二一)年、兵庫県川辺郡西谷村大原野に生まれた。この年七十三歳。かつて宮中御歌所の寄人に推薦されたが、健康の都合で辞退し、終始民間にあって国学の教育にあたっていた。一定の居所を構えず、転々と渡り歩いていた。四十歳頃から耳が遠くなり、相手は筆で意を示さねばならなかったが、それもすべて文法にかなうことを要求し、仮名づかいも特にやかましかった。惟平自身も、「ありませぬ」、「存じませぬ」といった叮嚀な言葉づかいであった。佐々木信綱が惟平の遺稿をみて、
「まれに見る仮名つかいの大家である。数多の原稿の中で一字の間違いもなかった」と語ったという。
 和尚の岡田楚玉は安政元(一八五四)年、惟平の次男として出生、惟平は、親交のあった園部町福泉寺住職祖苗和尚に小僧として楚玉を預ける。祖苗はのち南陽寺住職となり、楚玉も従ったが、明治十一年の祖苗の死により、楚玉が南陽寺住職となる。喜三郎が会ったこの頃は、息子楚玉を頼って、惟平は南陽寺衆寮に一時食客として住んでいたのである。

 岡田惟平に会って国学への意欲をかき立てられ、喜三郎は興奮して牧場に帰った。しかし思念する暇もなかった。喜三郎の足音を聞きつけるや、甘えた牛の呼び声が鳴きたてる。餌をやる時間が迫っていた。
「今日は少し遠出の水浴びとしゃれこもうけえ。お前も町を見たいやろ」
 喜三郎は牛を一匹連れ出して、その上にひょいとまたがった。残された牛がモーと鳴く。
「よしよし、交代や。待っとんなよ」
 牧場の三十米ばかり先に細い天神川が流れている。いつもの水浴びの場所だがどうにも狭い。その川にかかっているひとまたぎの天満橋を渡り、喜三郎は得意満面で町を行く。本人は得意でも、馬と違って牛は胴が広い。膝で強くしめるわけにはいかない。どうしても上半身をぐらぐら揺すって、重心をとるはめになる。衿はゆるんではだけ、口は半ば開きっぱなしだ。ぐたぐたと町を行けば、すれちがう人々は呆れた顔で振りかえる。本町の大きな薬屋の前に来ると、塀越しに内から呼びかける男がある。
「こらこら、牛に乗った男――」
「わしのことけ」
 喜三郎は、のんびりした顔で牛の背から見下ろす。
「あたりまえじゃ、牛に乗った男が、そうそこらにおるかい」
「わしになんぞ用だっか」
「お前、柄杓持っとるかい」
「柄杓?」
「そうや。牛の尻のあたり見てみい。痩せてへっこんどるやろ。雨が降ったら水がたまる。それで、かい出す柄杓を持っとるかと言うのや」
「なるほど、あいにくと良い天気やさけ、用意してまへんわ」
「こいつ、あほかい。ぴんとこん奴やな。待てまて、いま麦を一俵持たしたる」
「麦を一俵? なんでやね」
「とぼけるな。この藤坂薬店の前を痩せ牛ひいて通る奴には、麦一俵、牛の餌にくれてやることにしとるんじゃ。もろうた奴は、痩せ牛ひいては二度とこの家の前を通らんわい。この牛は井上んとこのやろ」
「へえ」
「前にも井上がこの牛ひいて通りくさったさけ、麦一俵持たしてやった。さすがに井上の奴、恥ずかしゅうて代わりの男を寄越しやがったな。一頭の牛に、二俵の麦とられるのは、はじめてじゃ」
「わし、麦なんていりまへんで」
「お前にやるんやない。痩せ牛にくれるんじゃ」
「牛は、モウ結構、言うてますで。急ぎますさけ、ごめんやっしゃ」
 喜三郎は、牛に「モウ行こけえ」と呼びかける。牛はのたりと歩み出す。男はくぐり戸をあけて追って来て、牛の鼻環を押えてどなり出す。低い背をのばし見上げながら、町中もかまわぬ大声だ。
「こら、貴様、恥を知らぬか。痩せた牛にまたがってこの藤坂の目前を横切るとは。返せ、戻せい」
「おせっかいな男やな。わし、園部川で、牛ゆっくり水浴びさせるんや。この痩せ牛ともう一頭、あと一月も見とっとくれやす。丸々ふとらしてお目にかけまっさ」
「どあほ。それなら何で今までこんなに痩せさせた――」
「わし、傭われて来たばっかしですねん」
「そうか、新米か。道理で見ん顔や思うた」と言いながら、急に静かな声になり、
「一月で牛を肥らす言うたのう。しかしあの猿食わず柿の井上なら、餌代も渋ってよう出さんやろ」
「渋ちんやから猿食わず柿か。うまいこと言わはるのう」
「へんなこと感心すな。それよりどうやって肥らす?」
「牛が肥るも肥らんも愛情次第でっせ。金かけたら肥るちゅうもんやない。あんたは、家の前を通る痩せ牛には麦一俵やる言わはったのう。けど痩せ牛の主人はもともと牛への愛情が不足しとるんや。愛情があったら、一時間早う起きて、牛の好きな草をどっさり探してやればよい。冬の飼料が不足せんよう、夏のうちから十分に乾草つくって貯めとくことかてできる。麦一俵は欲深か主人を喜ばすだけや。麦の分、草へらされては、牛にとってはちっとも有難いことおまへんわ、どうどう」
 牛をせかして行きかけると、男は後を追ってきてまた叫んだ。
「どうやらわしの負けやのう。お前はよい牧夫になるやろのう。丸々肥えたお前の牛見るのが楽しみじゃわい」
 喜三郎は牛を止め、振返っていった。
「わし、いつまでも牧夫してまへん。これは牛の生態研究のためで、本来は獣医志望や。そのために井上先生に弟子入りしましたんや」
「ほうか、獣医志望か。よし、牛が肥えたら家へ遊びに来なはれ。獣医学のはないけど、薬学の本なら、少しは参考になるのがあるかも知れんで」
「ほんまでっか。薬学の本、そら麦十俵よりなんぼかうれし。ほな藤坂はん失礼します」
 でくでくと牛に揺られて、喜三郎は去っていった。
 この男は、藤坂惣三郎(のち総寿と改名)。安政二(一八五五)年生まれ、この年三十九歳になる。藤坂家は昔は大きな酒屋で、代々、園部の殿さまに御膳酒の御用を承っていたが、惣三郎の代になって薬屋をはじめた。喜三郎との出会いで見るように無類の世話好きで、肥汲みの人に草履を与えたり、乞食を傭い入れて末に須知に支店を持たせるなどの逸話を残した。

 八月九日、盂蘭盆会の夜がきた。五時の乳しぼり、配達を済ますと、ひそかに園部をぬけ出て五里の道をとぶように穴太へ向かった。深夜の穴太寺にはまだ参詣人が群れている。盆踊りの太鼓も懐かしく響いている。
 明々とした本坊の庫裡には襷掛けの女達が立ち働いていた。弁をさがしてのび上がってみると、横から出てきて喜三郎の前に立ちはだかった大女がある。あっ、と喜三郎は目をつぶった。弁の叔母えんであった。
 えんは無言で喜三郎の袖をひき、庫裡の外へ連れ出した。
「誰を探しとるか知っとるえ。どうもお弁がそわそわ落ちつかん、外にばかり行きたがる、と思うとったら、相手は喜三やんやな。この女たらし……」
 えんは腕を組み、ぽってり太った腹をつき出した。
「わし、何も……ちょっと庫裡に用事があって……」
 喜三郎は苦手のおえんに威嚇され、どきまぎして答える。
「へん、男が庫裡に何の用事があるのや。言うてみい。あかん、あかん、うちの眼はごまかされへんえ。ボボ喜三が穴太に居んようになって、やれやれ静かになった思たとこやのに、また生娘の匂いかぎつけて戻ってきたな」
「それ言わんとけや。わし、宗旨がえして、今は神聖な恋愛に身を入れてんねん。好きなんはお弁はん一人。ほんまや、嫁にほしいぐらいじゃ」
「嫁に? あほうぬかせ。誰がお前に嫁なぞやるけ。弁はここの権大僧正の姪でっせ。何ぼでも、金持ちや良い家柄から縁談がおます」
「おばはんはお弁はんを金と結婚させる気こ。お弁はんが好きなんはこのわしや。相思相愛やで。女が幸せになるならんは、好いた男と一緒になれるかどうかで決まるのや。お弁はんが可愛ないのんけ」
「弁が可愛けりゃこそ忠告してやるわいな。色男金と力はなかりけり、や。昔の人はうまいこと言うとってや。好いた男かどや知らんが、一生水呑み百姓で腹へらすより、力のある男はんに嫁いで、安楽に暮らす方が幸せにきまっとる」
 喜三郎は唇をかんだ。えんの言うことは、もっともであった。
「わしには今すぐお弁はんを幸せにする力はあらへん。けど長い目で見とって。わし、きっと一城の主になってみせちゃる。楽させちゃる。なんせい、冠句の号を喜楽というのやさけ……」
「そのうまい口車にのせて、何人女をだましたんや。ふん、そんなことで、このおえんがだませるかいさ。うだうだ言わんと園部へ帰んな。牝牛がお乳はらして待っとるわ。弁にはうちから引導渡しとく」
 突然、泣き声が起こった。渡り廊下の端の暗やみから弁が走り寄って、叔母の背にしがみついた。
「うち、幸せになんかならんかてかましまへん。ただ喜三郎はんについて行きたいん。一緒に居れたら、それでもう嬉しのや」
「お弁はん……」
 喜三郎が涙声で叫ぶ。が、おえんは動じなかった。弁を背に、ぐっと喜三郎をにらんで言い切った。
「お前はのぼせとって前後のみさかいつかへん。こういう時こそ、お前を守るのがうちの役目や。弁の死んだ母親代わりやさけ、うちの目の黒いうちは絶対に許さしませんえ。乳しぼりの分際で、よう弁を嫁にくれなどと厚かましいこと言えたもんや」
 盆踊りのさんざめきが夜気をふるわす道を、喜三郎は面をかくして走りぬけた。誰にも顔をみられたくはない。一人になって思うさま泣きたかった。往きのはずむような足どりと変わって、絶望によろめく足は重い。だが五里の向こうで牛たちが待っている。搾乳の時間に間にあわねば一大事であった。園部に近づくにつれ、おえんの痛罵が、明け方の光の中にはっきりした形をとっていった。
 ――そうや、くやしいけど、おえんはんの言うた通りやった。人に雇われとる身分で女房など……わしが甘かったんや。今日かぎりきっぱり諦めちゃる。仕事や、勉強や、今に見とれい。口だけやない。今に天下をとってみせたるわい。
 喜三郎は脇目もふらずに仕事に没頭した。使用人の領域をはみ出して力を注いだ。
 二頭の牛は見違えるように肥えた。搾乳量もぐんと増した。喜三郎が牛乳の販売先を拡張に廻ると、得意客は面白いようにふえた。すると猶吉はほくほく顔で、新しく蹴り牛を買ってくる。
 蹴り牛というのは、蹴り癖のついた牛のことである。搾乳の時に何かに怯えて牛が蹴上げる。愛情のない飼主だと、牛を打ってますます怯えさせる。怯えて蹴上げる。癖がつくと、乳牛はダメである。乳の量まで激減する。結局、飼主は半値で手放す。
 蹴り牛を見分けるのは容易だから、猶吉は半値以下に買いたたくのだ。二頭が、三頭に、味をしめて四頭にと牛はふえる。安価な蹴り牛が喜三郎の手しおにかかって回復すると、なみの牛以上に良い乳を豊富に出すことを猶吉は知ったのだ。可愛い牛どもの草寄せに、喜三郎は必死になってとびまわった。
 牛はふえるし、一人で刈り取れる草の量にも限度がある。猶吉は、根が吝嗇のたちで、牛の飼料を極度に惜しんだ。喜三郎の働きをいいことにして、資本入らずの野草だけで間に合わそうとする。が、冬が近づくにつれ、覿面に搾乳量は減ってくる。獣医である以上、猶吉だって、牛にも適度な栄養の必要なことくらいの知識はある。が、なんせ、いざとなると出費が惜しい。餌いらずの牛はないものか。
 ある日、喜三郎が真剣な顔で提案してきた。
「先生、牛は金の玉子を産む鶏とは違いまっせ。春までには、牛は栄養失調で死ぬかも知れまへん」
「よう太っとるやんけ」
「今はのう、けど春までは保証できまへんで」
 猶吉はどきんとした眼の色になり、やがて疑い深い顔つきで、
「お前、餌をさぼって、やらんのやないこ」
「無茶言いなはんな。考えてもみなはれ。わし一人で炊事洗濯、牛舎の清掃、搾乳から配達、帳面づけ、おまけに牛はどんどんふえる。この上、野草刈りまで手が廻りますかいな。このままでは、牛より先にわしの方がくたばってしまうわ。せめて先生に嫁はんなともろて、牧場の方も手伝わしてもらわなかなん」
「嫁はんは飯食うさけのう」
「あたり前や。飯も食えば糞もたれますわな。その代わり給料いらしまへん」
「給料いらん? そうやなあ、嫁もらうか」と言いかけて、身ぶるいした。
「やっぱりあかん。女房もろたら子がでけるわい」
「ほんなら誰か一人、雇っとくれやすな」
 猶吉はしぶる。何度も掛け合った。このままでは手が廻りかね元も子もなくなること、それより多少の出費は覚悟しても牧場の管理をしっかりした方が長い目でみればずっと利益であること。実は議論の余地なく、頭では猶吉自身も喜三郎と同意見であった。ついに猶吉は、銭惜しみの本性に打ち克って、牛の飼料の予算をとるのと人を雇うことに同意した。
 猶吉がどこからか連れて来たのは、文助という六十がらみの独身爺さんである。まさに猶吉の提示した報酬に見合うような男であった。年寄りのくせに宵っぱりの朝寝坊。さて労働となると、ときどき同情をひくように人前でよたよたしてみせる。煙草がむやみと好きであった。煙草好きということは一服好きと同様で、ちょっと働いては石の上であろうが土の上であろうがへたりこみ、煙と一緒にぶつぶつ愚痴をこぼしていた。しかしこんな老人でも、手がないよりはよほどましだ。喜三郎も少しは息つく時を得た。
 その寸暇を藤坂薬店に通い、薬学の研究をした。産科学、生殖、生理の勉強は、ことのほか若い喜三郎には興味深い。井上から借りた馬の解剖書や馬の生殖器に没頭していて、飯に火をつけていたのを忘れ、釜の三分の一まで炭化させたこともある。こういう失敗が連日で、ついに猶吉は焦げ飯のために腹をこわし、朝寝坊の文助老人に炊飯をとってかわらせた。
 南陽寺のしまい風呂を時々もらった。生まれてこの方、人の家のもらい湯ばかりで、いつも気がねであった。牛の乳と糞にまみれた毎日に、さすが体じゅう牛臭くてたまらぬ。一度は町の銭湯なるものへ入って、のびのびと垢を落としたかった。
 ある日、身銭を切って本町の銭湯ののれんをくぐり、広々とした浴槽に身を沈めた。体を洗うにも、遠慮なく湯を使えることが嬉しかった。人の入った湯で顔を洗わぬ主義の喜三郎だが、町風呂には上がり湯がある。久しぶりで丹念に顔を洗ってやれと思った。隣の人を見ると、ぶつぶつとあばたのできた石で、踵をこすっていた。なんと便利な物があるわいと感心した。同じような石が喜三郎の前にも転がっている。びっくりするほど軽い。手にとって顔をこすった。ちょっと痛かったが、それだけこびりついた垢が落ちるようで爽快であった。痛みをこらえて更にごしごしこすった。
 湯上がりに火照る身を秋風に快く吹かれながら、喜三郎は良い機嫌で井上家に顔を出した。渋ちんの猶吉はおそらく近所のもらい風呂にしか行ったことはあるまい。ちょっぴり自慢してみたかった。
 猶吉は、喜三郎の顔を見るなり頓狂な声を出した。
「あれ、上田君、どうした。喧嘩でもしたんけ」
「いんや」
「それとも猫にひっかかれたこ」
「ちょっとはひりひりするけど、いまのう、町の銭湯へ行ってきた帰りや。よい気持ちやったぞ」
「けれどその顔、血だらけやんけえ」
 驚いて顔に手をやると、掌に薄く血がついてくる。顔はところどころすりむけて、血がにじみ出ていた。あばた石で洗ったことを告白した。
「ははは……それは軽石いうて、足の踵を洗うもんや。もっとも面の皮が厚いさけ、軽石が手頃やったやろ……人間の顔ならたいがい石鹸で洗うけどのう。ひっひっひ……」
 その失敗談がよほど気に入ったのか、猶吉は人を見る度に大げさに吹聴する。あげくに、喜三郎のことを、
「軽石」としか呼ばなくなった。
 ――全く人を軽うみとる。
 喜三郎は憤然となった。腹にすえかねた喜三郎は、土のついたままの二十貫余りの大石を持ち上げ、座敷の真ん中にどかんとすえた。往診から帰って来た猶吉が、その有様をみて憤怒した。
「こら軽石、何さらすねん。こ、このどでかい石をどけんかい」
 喜三郎は大あぐらかいてうそぶいた。
「ようどけんわい。軽石か重石か見せたったんじゃ。分かったか、猶吉……」
「な、なにお、先生に向かって……」
「先生と言ってほしかったら、宣り直せやい。お前はわしを上田君と呼び、わしが先生というのは、初めからの約束やないけ」
「か、軽石の分際で……石をどけさらせ」
「いやじゃ。どけたかったら勝手にどけ。わしは見物しとっちゃるわい」
 喜三郎は床の間に腰かけ、頬杖をつく。猶吉は小さな体で石にすがりつくが、一、二寸何とか持ち上げても、それ以上は手に合わぬ。悪戦苦闘の末、ついにへなへなと坐りこんだ。
「えらい重い物、持ちこみよった。こら軽石、何とかせいやい」
「いやじゃ。軽石に重いもん持てる道理はないやろ。取り消さなんだら絶対に石を下ろさへんぞ」
「ちぇっ、この阿呆。取り消したるわい。上田君、頼む、下ろしてくれ」
「よっしゃ、もう二度とぬかすなよ」
 喜三郎は、双肌ぬぎになって、石に両手をかけた。穴太にいた当時は二十貫の五斗俵米を楽々と持ち上げたものだ。二十貫の米と二十貫の石では、同じ重さでも手ごたえが違うようだ。運び上げた時は猶吉の鼻を明かしたい一心であったが、どけるとなるといやに重い。うんうんうめいて歩き出したが、敷居の手前でつんのめり、手がすべった。
 ――ばっしーん、大石は虫の食った床板をへし折り、畳を逆立ててごろんとばかり床下にめりこんだ。こうなると足場は悪いし、押せども引けども石は動かぬ。
「ひやー、家ぶっこわしよった。えらいこっちゃ、誰かきてくれえ」
 猶吉は泣き声たててどなりまくる。やり過ぎたと後悔していた喜三郎、大工を呼びに外へ飛び出す。
 大工の常さんが床板を張るのを眺めながら、猶吉はつくづく考えた。
 ついに喜三郎の奴、反乱を企てよった。あんな無茶野郎いつまでも置いといたら、しまいにどもこもならんようになるやろ。というて、いま追い出しては牧場は立ち行かんし、すぐに代わりを見つけなあかん。
 さて誰をとなると、なかなか条件通りの男はなかった。誠実で、働き者で、丈夫で、主人に対して無私の愛を抱き、頭もようなけらあかんし、しかも無給で……。
 急に猶吉の顔が輝いた。
 ――あった。あった。あまり身内すぎて気がつかなんだが、高屋村で母と共に住む一番下の弟徳三郎だ。次の弟弥二郎は百姓をしているが、徳三郎はただ手伝うとるのに過ぎぬ。もう十七歳、労働者として一人前だ。弟だから、給料など水臭いことはよも言うまい。その代わり牧畜でも獣医学でも親身になって教えてやるし、また教え甲斐もある。徳三郎を連れて来て半年も喜三公につけておけば、やがてあいつの仕事もすっかり覚えこむだろう。
 床板の損害を忘れて、猶吉は一人でほくそ笑んだ。

 数日後、にきびだらけの若い男が連れられてきた。猶吉は、いつになく愛想よく喜三郎に話しかけた。
「上田君、紹介します。これ徳三郎いうて、わしの弟や。いずれ上田君には立派な獣医になってもらわんならんが、そのためには上田君の代わりに早く牧場を世話する者が必要や。つまり上田君のために、高屋から引っぱって来たようなものや」
「おおきに。そんなら徳やんもわしの従弟になるわけや。仲良うやりましょかいな」
「お願いします」と徳三郎は頭を下げる。
 猶吉は好もしそうに弟を見て、
「こいつは小さい時から病気一つしたことのない丈夫な男でのう。喜三やんも獣医学を勉強したかったら、思いきりきびしゅう仕込んだってや。はよ一人前になれるようにな」
 猶吉が去るや、徳三郎はごろんとひっくり返った。
「あんた、床板をぶち抜かはったんやてなあ。へっへっ、やるのう」
 あまりの豹変ぶりに、喜三郎はあきれて、
「兄貴の前で猫かぶっとったな。お前、本気で牧畜習う気こ」
「なかなか。百姓がかなんさけ、ちょい息抜きに来ただけや。高屋よか園部の方がおもろいさけのう。あほらしい、牛の乳しぼるぐらいなら、娘の乳しぼるわい」
「ませたるなあ。お前、女を知っとるのこ」
「あたりき車力、けつの穴ぶりきじゃ。それより今夜は乞食芝居あるいうて、ふれが出とったぞ。行こけ」
「そら結構ですなあ。ぜひお供しましょ」
 文助爺さんは相好をくずしてのり出した。
「爺さん、頭が痛うて、乳しぼりもでけなんだん忘れたか」
「それはさっきのことやな。四百四病は気から出るのや。『乳しぼり、いややなあ』と思うたら頭が痛うなるし、芝居見れる思たら気が晴れて頭痛が治る。自在なもんや」
 文助と徳はたちまち意気投合した。
 その夜、町の小屋に三人連れ立って芝居見物に出かけた。園部は遊ぶにはかっこうな町であった。若松町、俗にいう裏町の夜は、官公吏をはじめ土木業者や遠近の男衆を集めて活気だっていた。赤提燈の飲み屋が軒を並べるあたり、通りすがりの男を招く不見転女も多かった。味をしめると宵ともなれば落ちつかない。喜三郎の読書の夜も、文助と徳は出かけていった。猶吉はそれに気づくと、
「喜三公の奴、わしの弟を誘惑して悪い癖つけやがったのう」とぼやくことしきりだ。六つも年長なのに止めなかったのは事実なので、喜三郎はただ笑って頭をかいた。

 乳牛は十頭になっていた。可愛い仔牛も生まれた。牧夫三人、頭かずはそろった。喜三郎は初志を貫くために、牧畜の暇をぬって勉強にはげんだ。井上の所持する家畜医範十六冊五千頁を残らず浄写しようと、深夜まで灯の下に筆を走らせる。年の暮れまでには、浄写が終わった部分の大略を暗記していた。
 手に入る解剖書もむさぼり読む。だが草を噛む牛の筋肉の動き、張ってくる乳房の生理、猶吉に手伝ってこの目でみた牛のお産。皮におおわれた下の熱い血汐の通った内部の営みが、解剖書の死んだ図解とはちがった迫力をもって迫ってくる。霊妙なる生命のからくりのすべてを実地にのぞきみる術があったら――。
「よんべの女子のう、大きな声でよがり泣きしよったで。帰ったらいや言うて離しよらへん。……おう、喜三やん、何ぼんやり見とるねん」
 徳三郎が、話半ばで反応のない喜三郎の顔をのぞきこむ。牧場の午後の陽だまりには親牛が立ったまま目をつぶっている。棒杭につながれて、母牛と離された仔牛が哀れに鳴き立てている。
「獣医の学校ではのう、実際に生きものの腹を割って教えてくれる。手術の実地訓練かてある。けんど、独学で書物読んだり解剖図解を眺めて勉強するだけでは、ほんまに、いざという時の役に立つかのう」
「何、兄貴だってやっとるこっちゃ。心臓が強いさけ、学校もそこそこ出たぐらいで、ろくすっぽ勉強せんでも、うまいことごまかしよる。要領のええ奴が勝ちや」
「その代わりいつまでたっても藪医者やんけ。わしはもぐりにはなりとうない。堂々と試験を受けて資格もとる」
「ほんなら、喜三やんかて、解剖したらええやんか」
「それがでけるぐらいなら苦労するけえ。第一、解剖する家畜がおらん」
「あほやなあ、だいぶ足らんのとちゃうか。あれ見い、材料がごろごろしとる」
「え?」
 徳三郎が指さす彼方の小道には、大きな野犬が寝そべっていた。
「そうか、野良犬か。うーん」
「すきさえあれば牛舎に入って乳なめよるし、こないだは一升罐ぶちまけおって、兄貴もカンカンや。一度野良犬狩りせなあかん、いうとったとこやさけ、一石二鳥やんけ」
「うーむ」
「ちぇっ。何もたもた思案しとるんじゃい。犬に飽いたら野良猫、鼬、狸退治……材料にことかかんばかりか、村人には感謝される」
「けど、つかまるこ?」
「牛乳で釣るのや。やるなら、手え貸しちゃるぞ。喜三やんは兄貴んとこからメスとってこい」
「お前、若いくせに知恵がまわるのう」
「あたりきや。思いたったが吉日、早いとこやろけ」
 徳がまだ寝そべっている野良犬にあごをしゃくると、
「よし、やったる」と喜三郎も意を決して立った。
 牛乳で野犬をおびき寄せて、樫の木刀の一撃。犬はくるくると廻って、声もたてずに死んだ。牛小屋の陰へ犬の死骸を運んで、メスを構える。うぶ毛の生えた鹿の孕み仔の姿が脳裡にちらつく。多くの家畜を救うための止むを得ぬ犠牲やと自分に言いきかせ、まだ生温かい犬の死体を解き剖く。一度メスを入れてしまえば、すでに知識の鬼である。解剖図解を徳に開けさせて見較べ、臓腑を子細にしらべる。徳も息をはずませながら興味深く見つめる。
 藁小屋で昼寝していた文助が体をかきかき出て来て、眼の色を変えた。
「おっ、赤犬やんけ。うまそうやのう」
 二人が呆れて見上げると、文助老人は涎の落ちそうな顔で肉に見入っている。
「おっさん、これ食うのか」
 喜三郎の問いに、怪訝な表情で、
「食うために料理しとるん違うのけ」
「忘れとった。赤犬がうまいと聞いたことがある。解剖して見るだけではおもろない。ほんまもんの獣医になるんやったら、舌でも試して研究せなあかんわ」と徳が文助の尻馬にのってけしかける。
「あったり前やで、喜三やん。まさかこの肉、土に埋めて蛆虫に食わす気やないやろのう」
「そや、蛆虫にやるよか、人間さまの腹におさめてやった方が成仏するやろ」
 相談はたちまち一決する。鍋に肉を投げこみ、砂糖と醤油でぐつぐつ煮る。すき焼きのにおいが空腹にしみ入る。待ちかねたように文助と徳が箸でつまんで食い、「うまい」と嘆声をもらせば、喜三郎もおずおず箸を出す。粗食で脂肪の欠乏している彼らには、久しぶりの動物性蛋白質だ。肉体が求めるのか、とろけんばかりうまかった。たらふく食っても、肉はまだ残った。
「そうや、和厚も呼んでやろ。そこらの子供ら集めて食わしたれや」と、喜三郎が提案する。
「ただし牛肉いわんと、気がわるいで」
「よっしゃ」
 徳は走って行き、たちまち悪童連を集めてくる。子供たちは牛肉と聞いてわっと歓声をあげ、がつがつむさぼり食う。
「一石三鳥やった――」と、喜三郎はつぶやいた。
 和厚は誘ってもこなかった。文助と徳三郎が牧場に来て、喜三郎が獣医学に没頭しだしてからは、めったに顔をみせなくなっていた。好き嫌いの激しい彼である。また遠くからただ眺めるだけになった。
 ――もっとも和厚は寺の子や。生臭さは喰わんやろ、と喜三郎は気にもしなかった。
 その夜、更けるのも忘れて、ていねいに野犬の骨にまといつく肉をこそげ落とした。余分なものを洗い清めて骨格だけにし、木箱の上に飾った。満足であった。平板な解剖図では理解しにくかった部分も、目で見、手でさぐって、立体的に頭脳に収めた。興奮して寝つけぬまま、ランプの灯にゆれ動く白い骸骨を写生した。何べんも書き直し、気に入るまで骨組みを正確に写しとった時には夜が明けていた。
 一睡もせず、草刈り篭を背に冬の野に出る。小笹を求めて刈りながら、目は笹の根の小穴を探る。犬を知ると、猫を極めたい。ついでに小動物の鼠、小鳥……土龍でもよかった。獲物のある日は活々としてとんで帰った。
 肉は食らい、子供らにも食わせた。自慢の骸骨は大小その数を増していった。かつて、京都天誅録に面をそむけた喜三郎が、己れの殺した生きものの臓腑や骸骨やしゃれこうべの図を分厚く綴じた解剖図に夢中になった。

四つ足で食わないものは炬燵ばかりと
得意になって鼻うごめかす

 始末に困るのは皮であった。うまくなめすことも出来ず、半乾きのまま積んである。燃やせば臭いし、埋めるには嵩ばる。閉口して、ある夜、皮を抱えて小屋を出た。いい月夜であった。どこかに放かそかとうろうろすると、野犬が見咎めて吠え立てる。ふり向いてにらむと、きゃんと悲鳴を上げて、尾を股にはさんで逃げていく。かつて野犬はたいていは喜三郎の友であった。尾をふって慕い寄ってきたのに。

 農家の外便所に手燭の灯が動いている。むらむらといたずらの虫がふくれ上がる。死ななきゃ直らぬやっかいな虫である。皮をかぶって近寄ると、あけっ放しの汲み取り口へどぶんと大きな石を放りこんだ。
 きゃっと若い女の悲鳴が上がった。喜三郎は手を叩いて大笑いすると、ずり落ちた皮を抱え、逃げ出した。あまり面白かったので二、三軒、雪隠に人の入るのをねらって繰り返した。
 本町通りは表戸を閉ざして寝しずまっていた。
 ――そや、藤坂はんに親愛の情を披露せんなん。
 喜三郎は、藤坂邸の塀越しにどさっと生皮を投げこんだ。ついでに裏へ廻って、便所に入る運のわるい奴を根気よく待って、大きな石を――。
 翌日、何くわぬ顔で藤坂薬局をのぞいた。主人の惣三郎、ぎろりと上目使いに喜三郎をみる。
「どや、獣医学進んどるけ」
「うん、ぼつぼつや」
「解剖の腕もたいしたもんやてのう」
「あれ、知ったはったか」
「犬や猫さばいて、始末はどないするねん」
「食うとる。四つ足で食わんもんは炬燵ばかりや」
「肉は食うても、皮は歯がたたん。それで深夜のお土産か」
「そやさけ……う、ばれたか」
「このドあほう。皮投げこむばかりか、わしの尻まで糞まみれにしよって……」
「ただ石ほかしただけやんけ。あとのことは知らんでえ」
「お、お前は馬鹿か利口か……牛を舐めるように可愛がるかと思うと、動物を見さかいなく殺しよる。何とも調子のとれん奴っちゃ」
「そやけどのう、生剥ぎ・逆剥ぎ・けものたおし・糞屁ここたくの罪は、わしがし始めやないで。まわりを糞して廻ったり生皮投げこむのんは、須佐之男命はんがちゃんと手本示してくれたはるわい」
「それがいたずらの弁解かい。このやんちゃ野郎、とうとう祝詞から古事記までひっぱり出しよった」
「もしかしたらわし、須佐之男命はんの生まれ変わりとちゃうやろか」
「言わしとけば……うーむ待てい。頭から水ぶっかけちゃるわい」
「やれやれ、神退いに退われるか」
 尻たたきながら喜三郎、愛する藤坂惣三郎の前を退散した。

 解剖のためであろう、喜三郎の臨床術は、知らぬ間にかなり進歩していた。それがたまたま、妙な事件で実証された。
 和厚少年もペスも寄りつかなくなって、久しくその姿を見なかったのだが、ある日、楚玉和尚が前足を引きずり苦しそうに喘ぐペスを猶吉の所へ連れてきて、心配そうに診断を乞うた。猶吉は聴診器や検温器を取り出し、聴診・望診・打診・按診などの結果、重々しく発表した。
「気管支炎らしくもみえるが、つまるところ、関節炎リュウマチスやな。うん、間違いない」
 それ以来、毎日、猶吉が投薬していたが、一向に良くならぬ。だんだん痩せ細り、足の引きずりかたもひどくなる。独学が進むにつれ、喜三郎はその診断に疑問を感じた。家畜医範と照らし会わせると、露出粘膜の乾燥している点、呼吸の逼迫の度合い、脈拍の頻数なる点、足の運びぐあいから見て、胸部に疾患があるのではないか。喜三郎は病名に思いあたった。
 ――えらいこっちゃ、ほっといたらペスは死んでしまう。
 心配のあまり、喜三郎は猶吉に申し出た。
「先生、あれはどうも関節炎リュウマチやのうて、心臓糸状虫やと思います。一度、虫薬飲ましてやったらどうでっしゃろ」
 猶吉は鼻で笑った。
「ふん、臨床の素人が何ぬかすねん。家畜医範かじって解剖ごっこしたくらいで、よい気なもんや。お前みたいな素人に分かるぐらいなら誰も獣医に診断を頼みはせんわい。ええか、わしは痩せても枯れても駒場農学校の獣医科卒業やぞ」
「そうやなあ。何しろ先生は名医と噂される医者の端くれやさけ」
 猶吉は皮肉られたとも知らず機嫌を直した。
 犬は発病後百日余で斃死し、南陽寺境内の墓地に手厚く葬られた。和厚の悲嘆は喜三郎の心をうずかせる。何と言われようと虫薬をやるべきではなかったか。
 どうでも己れの診断を確かめねば落ちつけなかった。その夜、喜三郎は真っ白な解剖服をそっとまとい、青、赤、紫のガラスで囲ったカンテラ片手に南陽寺の庭を横切り、竹やぶの脇の石段を山に向かってのぼっていった。山の中腹は一面南陽寺の墓地であった。カンテラを樹の股にひっかけて、鍬で犬の新墓を掘り起こす。犬の硬直した死骸にメスをふるう。心臓を目がけて解剖刀を突きさすと、思わず背筋が寒気だった。死臭にむせながら心臓を開く。切り口にカンテラを近寄せのぞきみると、糸状虫が玉になってうようよしている。
「勝った、わしが勝った」
 血ぬれるメスを片手に思わずにたりと笑った。と、突然悲鳴。楚玉和尚が便所からころげ出して、いざるように本坊へかけ込んでいく。カンテラに映し出された喜三郎の笑顔が、墓をあばいた人食い鬼にでも見えたのか。あわてて犬の死骸を埋め、墓標を元のように立て直し、切り取った心臓を紙にくるんで逃げた。
 翌日、朝の仕事が一段落するや、喜三郎は紙包みを持って猶吉の前に坐りこんだ。
「先生、見てんか。ここにうようよしとる虫、何でっしゃろ」
 血だらけの肉塊をのぞいて、猶吉は顔色を変えた。
「ど、どこから持ってきよった。ひ、ひどい糸状虫や」
「そうでっか、ほなやっぱり糸状虫やな。これは南陽寺の死んだペスの心臓でっせ」
「こ、この野郎……師匠をなめくさって」
 師匠の体面を潰された猶吉は、逆上して棍棒をふり上げる。
「ま、まった、暴力はいかん。話し合いでいこけえ……」
 喜三郎はじりじり後退する。
「従弟や思て可愛がってやったら、貴様の図にのった態度はどうや。そやさけ、弟の徳までわしをなめくさりよる。お、お前のせいや」
 狭い部屋を逃げ廻る。追いかける猶吉。縁から庭に飛び下りた喜三郎はぶざまにひっくり返った。その脳天目がけて力一杯振ってくる棍棒を、喜三郎は必死で大豆の桶で受け止めた。桶はふっとんで一斗の大豆が庭に散った。
「豆が、えらいこっちゃ、豆が……」
 ドけちの猶吉は、散乱する豆をみて、怒りを忘れた。棍棒を投げ捨て、四つん這いになって豆を拾い出したが、にやにやしながら眺めている喜三郎に気がつき、
「おい、上田君、豆や豆、豆を拾わんか」
「拾たら、もう、どつかんこ」
「どつかん、どつかん。早う拾わな、鳥がかぎつけて食いに来よるわい」
「ほな手伝いまっけどな」と、言って喜三郎も豆を拾いながら、
「大体、こんどの事件は、先生が悪いんや。診察違いしやはったん、そもそも先生の方や」
「わかった、わかった。ほれ、豆を踏んづけとるぞ」
「わしの言い方もようなかったけど、あた恐ろしい、真夜中の墓場まで行って犬の心臓切りとってきたんは、真実を知りたかったことが一つ……」
「そやそや。一粒でも拾い落とすなや」
「もう一つは、先生も間違いを気がついて謙虚に反省してくれはったら、今後の臨床にも役立つ、そう思いましたんやで。診察違いは誰かてある。けれどそれをよい経験として次の診察に役立ててこそ名医になる」
「とにかく暗うなるまでに拾わんと、見えんようになるぞ。もぐらや野鼠がようけいよるさけのう」
 豆を拾い終わるまで何をいっても猶吉の耳に入らぬ、と気がつくと、喜三郎は馬鹿らしくなって黙りこんだ。
 翌朝、何食わぬ顔で寺をのぞき、掃除している雛僧に声をかけた。
「和尚はん、どうしたはる?」
 雛僧は声をひそめて言う。
「それが上田はん、昨日の夜中、墓から恐ろしい怪物が出てきてなあ、それを見た和尚はん、腰抜かして寝とってじゃ。いつも和尚はんは、世の中に幽霊や化け物はないちゅうて、わしらに教えてはったのに・……」
 遠くから喜三郎の足音を聞きつけて、牛は甘えて啼きだす。乳しぼりの支度をして寄ると、いっせいにぴたりと啼きやむ。安心して、ゆったりと自分の乳しぼりの番がくるのを待つ。喜三郎を信じ、喜び、まかせきった牛たちであった。
 それが近頃、変わってきた。近寄ると牛はピクリとし、耳をそばだて目をそむける。刈った草を抱えてゆくと、腕の中に首をつっ込んで食べ始めたものが、鼻息荒げて後退さり、すぐには口にせぬ。
 搾乳量も減ってきた。新入りの文助や徳の荒っぽい仕種や怒声に怯えただけではない。喜三郎自身の変化、その身辺に漂う殺伐たる気配に、誰よりも敏感なのは牛たちであった。草食動物の本能であろう、血なまぐさい匂い、その手にこびりつく血と脂に警戒する。
 洗っても拭っても落ちぬ汚臭となって、知らぬ間に体内にしみ入ったのか。喜三郎は両掌を開いて鼻を近づけ、悄然と肩を落とした。小屋に帰って寝ころぶと、うつろな眼窩の骸骨が並ぶ。
 死臭漂う小屋をとび出し、南陽寺山門を力なく登った。夏中、弁の面影を想い起こさせ、喜三郎の血を波立たせた百日紅も、すっかり葉を落としている。
 ――弁は嫁いだろうか。
 淋しさが、身にしみて、堪えがたかった。
 喜三郎の変わりようをみつめているのは、牧場の牛たちだけではなかった。山門右脇の鐘撞堂に昇って、足をぶらぶらさせながら、唇をへの字に結んで見下ろしている子供がいた。
「和厚――」
 気がついて喜三郎が声をかける。返事はなかった。和厚は、空を向いている。にじんでくる口惜し涙を、こぼすまいとしている。
「何で怒っとるんや、和厚。この頃は、口もきいてくれへんやんか」
 気弱く、喜三郎が言った。
「お前は、いつから墓あばきになりよった。わしのペスまであばきくさって……どんな気持ちやったか言うてみい」
「……」
「犬殺しの墓あばきなぞ、わし、友達にしたおぼえないぞ。気やすう呼ばんといてくれ」
「堪忍してくれ、和厚、もう解剖はせん。前みたいに友達になろけえ」
「嘘つけ。犬や猫の肉喰らいよった奴なぞ……もう元に戻るけえ。けがらわしい、寄るな」
 叫びざま和厚はとび上がって、鐘撞堂の撞木に激しくぶら下がった。ごおうーんと時ならぬ鐘が鳴る。喜三郎が駈けのぼり、ゆれる和厚の体を抱きとめる。
「喜三郎はん、先生が呼んどらはるで」
 寺の雛僧が出てきてどなった。和厚の体を下ろし、雛僧に従って、本堂脇の衆寮に入った。岡田惟平翁がにこやかに喜三郎を招く。
 臥床中なのか、和尚の姿はない。
「和厚がすねとりますようじゃ。子供のこと、生一本で幅がありませんでのう。しかし子供というのは恐ろしい。それだけによう見抜きます」
 言いさして惟平は、ひたと喜三郎の面に見入った。
「無理をされとるようじゃ。人にはそれぞれ持前の本性がある。本性に逆ろうてことをなせば、いつかは、無理を生じて破れます。上田さん、兇党界の霊にまどわされてはいけません。獣医学はあなたには向かぬ。身を立てるに急くあまり、器を小そうせばめてはなりませぬ」
 喜三郎は、無言で深く頭を垂れた。穏やかな物言いながら、肺腑をつく鋭さがあった。
「人には生まれてきて成さねばならぬ使命がありましょう。一身一家をしかみることの出来ぬ常のお人とは、あなたはちごう。それを悟りなさることじゃ。わたしに及ぶかぎりの道の手ほどきをして進ぜよう。今のあなたには、それが必要なようじゃ」
 翁はやわらかい声で質問する。
「和歌、すなわち敷島の道を御存じかな」
 喜三郎は筆をとって、耳の全く聞こえぬ翁のために、すらすらと返答をしたためる。
「存じませぬ。冠句、狂歌、都々逸は好きでつくりましたが」
「霊ちはう神代の道を問わまくば古事記をひらきてぞ見よ。これは私の歌ですけれど、敷島の道を学ぶためには、先ず国体を知らねばなりませぬ。和歌の発祥は神々の御因縁にまでさかのぼりますのじゃ。八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を。どなたのお歌かご存じかの」
「須佐之男命が八岐大蛇を退治されて櫛名田姫を得られ、新しく出雲の須賀に宮をつくられた時のお歌です」
 喜三郎の筆はよどみない。そして口に出してつぶやいてみる。

八雲立つ出雲八重垣妻ごみに
八重垣つくるその八重垣を 

「この神歌が和歌の始まりですのじゃ。解釈は昔から様々ありますがのう、『八重に雲の立ち昇る出雲の国に、私は宮を建てるのだが、私と妻をとじこめるように雲は八重の玉垣をつくっている。ああ、雲は八重の玉垣をつくっているよ』というのが、一般的解釈でありましょう。しかし私は、別の解釈をしております。出雲八重垣の出雲はいずくも、八重垣は、行く手をはばむ多くの垣、妻は日本の国、秀妻の国のこと。『伊邪那岐尊からお任せいただいたこの大海原、即ち地上世界を治しめすのに、どの国にもむら雲がわき立っている。八岐大蛇つまり出雲地方の賊は退治したものの、更に八重に閉じこめてくるさまざまな垣。その八重垣をこそ、取り払わねばならぬ』との密意と信じます。尊の御心情を慰めはげますために、姫は桶を伏せた上に弓をゆわえつけ、その弓弦を梅の小枝で打たれた。それが古代楽器弓太鼓のいわれですのじゃ」
 喜三郎の心は、弓弦のように張りつめていた。
 その弦を翁に打たれて、底深く鳴り響く思いがする。
 血なまぐさい世界から、ふいに明るい故郷の森や泉に舞い戻ったように、むすぼれた胸の解き放たれる喜びが満ちた。
 喜三郎はもどかしく筆を走らす。
「古典にある『歌垣の中に立たせ給う』の意、御教示下さい」
 幾人かの国学者に聞いても判らなかったのだ。翁は目を光らせてうなずいた。
「あなたは打てば響くお人じゃ。喜んで、私の長年の研究をあなたに伝えましょう。歌垣こそ、須佐之男命の御神歌、あの八雲たつの歌の密意を伝える祭りですのじゃ」
「……」
「まず御神歌をうつした短冊を霊降木として、そのまわりをそれぞれ歌をかいた八枚の色紙で囲む。そのまわりを、また八重に色紙の歌でとり巻きます。この歌垣を中心にして、昔は年にいっぺんずつ村々で歌祭りをしました。平素からの村人間のもめごと、怨み妬みもいざこざもすべて歌に宣り上げ、その歌の色紙で形どった八重垣を一枚一枚とり除いていく。一切の罪を水に流して村人の心を和し、神意をなごめる平和な祭りでありました。歌の中には、素朴な相聞歌も多かったのです。昔は自由結婚でしたからのう。男から想う女に歌いかける。女から返歌があれば、一切はそれで決まって生涯の妻となります。歌のことばは言霊であり、真言でございます。うそは許されぬ。この言霊をもって、四方の八重垣をうち払い、喜びもまたうたい上げる、ゆかしいみ祭りでしたのじゃ」
 翁は言葉を切って、昔を偲ぶまなざしになる。
「この歌祭りも、源頼朝が鎌倉に幕府を開き武家の世になってからは、絶えてしもうた。藤原定家卿が、小倉山の二尊院で歌祭りをされたのが、おそらく最後でしたろう。今はわずか宮中に歌会として残っているくらいですわい」
 喜三郎は膝をすすめ、思わず大声で言った。
「その歌垣を今の世にうつしましょう。須佐之男命の御神歌の真言は、そのままこの世に生きはります。すたれたままで埋もらすことはでけしまへん」
 翁は笑んで、手を耳にかざされる。赤くなって、喜三郎は筆をとり直し、気負い込んだ字で、太く書き示した。
「わたしが歌祭りを復興してみせます。いつの日か必ず」
「それでこそあなたじゃ」
 見交わす目に、年齢を越えた共感がきらめく。
 これに似た情景があった。荒れ果てた亀山城址の大銀杏の下。
 ――昔の城の姿に戻したる……
 そううそぶいた日があった。
 翁と別れてからも、幻影は一つにとけてからみあう。月光に映ゆる天守閣、緑の老松を背に、あかあかと燃ゆるかがり火。歌垣の八重の献詠歌を前に坐して、喜三郎は出雲神歌をうたい上げる。力強く打ち鳴らす弓太鼓の響き、冴えた琴の音、舞いかざす天女の袖。
 ぽっかりと口をあけて宙をみつめる喜三郎のそばに、いつか和厚がより添っている。
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