王仁DBβ版 出口王仁三郎と霊界物語の総合検索サイト 文献検索 画像検索 単語検索 メニュー開く

文献名1大地の母
文献名2第7巻「火水の戦」
文献名3春蔵の亡霊
著者出口和明
概要明治33年(1900年)11月1日、広間が元大島家に移転。筆先で「龍門館」と名づけられる。11月13日、四方春蔵、死亡。野崎に春蔵の霊が懸かり喜三郎を襲う。
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2018-05-30 01:29:50
OBC B138907c03
本文の文字数11445
本文のヒット件数全 0 件/=0
これ以外の情報は霊界物語ネットの「インフォメーション」欄を見て下さい 霊界物語ネット
本文  明治三十三(一九〇〇)年十一月一日(旧九月十日)、東四辻元金光教広前から、艮の金神は元大島家に遷座した。元大島家を購入したのが昨年の十二月一日、ところがこの家屋を借りていた洗濯屋が感情的なもつれから居座りを宣言、一年近くももめ続けたのだ。ついに鬼三郎が交渉に行き、彼一流のやわらかい言霊で包んだ。洗濯屋は三日のうちに明け渡すことを約した。喜んだ鬼三郎、家賃二ヶ月分を免じた。
「借家人でもやっぱり感情の動物ですさかいな。鬼三郎はんには負けますわい」と苦笑しつつ、洗濯屋は約束通り並松へ移転した。
 この家屋は、直の夫、大工の政五郎が生前建てたもの。澄の生まれた元屋敷の南隣である。西北隣には内田家、西南には四方源之助の大きな家。
 藁ぶきの屋根が並ぶ綾部町では、珍しい二階建ての瓦ぶきであった。北側の一間間口の土間から入ると東側に三畳、四畳半、三畳、床の間つき七畳半の四室。さらに渡り廊下をへだてて別荘と呼ぶ六畳の裏座敷。土間の西側には四畳半、外側の車井戸。一間半ほど置いて薪置場、風呂、厠とならぶ。二階は板廊下をへだてて八畳、六畳の二間。西側の八畳に神床があり、二間の襖を引き払うと、神前にはかなりの人数がつめこめた。この家は、筆先によって「龍門館」と名づけられた。
 遷座祭の時、始めて大本式の宮三体を作り、八足台の上に祀った。「天地揃うた飾りのない宮を作るように」との直の指示通り、京都の信者で当時宮大工をしていた近松政吉が作った。初め檜で作ったものを、「檜ではもったいないから松で作ってほしい」と注文し直し、苦心の末、樹脂の比較的少ない白地の松板をもとめて完成。(現在の大本の宮は檜。寸法に変遷があるが、形はこの時のままを継承している)
 この日より、大広間と修行場が立て分けられることになる。龍門館の二階八畳の間を大広間とし、東四辻の家を修行場とした。
 直は龍門館の六畳の別荘(裏座敷)にこもって、筆先を書き続けた。四方平蔵、中村竹吉、竹原房太郎ら役員十四名がかわるがわる龍門館につめかけ、神務に従事する。また東四辻の修行場では南部孫三郎、谷口熊吉、野崎篤三郎、土田雄弘、上仲儀太郎、内藤半吾らが幽斎の研究をする。
 ようやく金明霊学会は、完全に自分の所有になる大広間を持ったのである。役員の勇みようは一方ではなかった。

 十一月に入ったある日、鬼三郎の内命を受けて、福林安之助が上谷へ見舞いに行った。
「みんなひどう心配しとってやで……」
 福林のやさしい言葉にも、春蔵はかたくなに背を向けて黙している。
「それでは春蔵はん、お大事に……」
 仕方なく、福林は座を立った。敷居のところで振り返った時、病床からこちらをみつめている春蔵の眼とぶつかった。福林は胸がつまった。これがあの春蔵だろうか。数日見ぬまに美しい頬はこけ、眼窩はくぼんで見るかげもなく老け、衰え果てている。 力ない視線を福林の顔に当てながら、春蔵は涙をこぼした。
「すまんかった。わしはもうあかん。教祖さま……先生にも……そう伝えとくれなはれ」
 枕元に戻って、福林は震え続ける春蔵の細い手を握りしめた。
「何いうとるんや。これからが花のあんたや。まだ十九歳の小僧っ子やないかいな。なした年寄りみたいなことを……」
「恐かった、恐かった……年とってしもうた、一遍に……」
 囁く春蔵のしゃがれ声。
「鞍馬で何があったんや。あの火の玉は……」
「ああ、言わんでくれい」
 のどをひくつかせて、春蔵はむせび泣く。
「鞍馬に行く前、教祖さまに見せられたものがあった。あの時……ああ、あの時、心の底から改心できとったら、わしはまだ生きとれたかもしれなんだ」
 春蔵は、裏庭の柿の木の下で起こった出来事を、言葉少なに語った。
「わしにはよう分からん。それにどんな意味があるんじゃいな」と、福林は問いかける。
「一寸の虫にも五分の魂というやろ。わしの目には、それがはっきり映ったんや。蛙に呑まれたちっぽけなみみずの魂が黒蛇にかかって蛙を呑み、蛙の霊はお長にかかって黒蛇を噛み殺し、黒蛇の死霊は黒猫にかかってお長を殺そうとする。お長の霊は主人の先生を動かして、黒猫に仇を討とうと夢中や。急にわしは足元の石を拾った。先生が憎い。いきなり石をぶつけてやりたい衝動にかられた」
「お前が……」
 あきれたように、福林がいった。
「その時、『春蔵はん』と不意に教祖さまのお声がした。『分かりましたか』……」
「……」
「はっと目がさめたようやった。黒猫の生霊がわしにもかかっていた、信じられんことやが……わしは恐なって、そっと石を捨てた。あんな動物の生霊ですら、凄まじい恨み、呪いの執念を人にかける。ましてや人間の精霊の怨念が……」
 春蔵は独白する。
「あれは、自然に起こった現象やない。わしの改心のために、わざわざ神さんがして見せちゃったんや。何でいうたら……神さまは、わしの心の恨みを、その心につけ入ってかかった邪霊のねらいを知ってござった」
「お前は、わしらと違うて霊眼がきく。霊学の力はたいしたもんや。若うて頭がようて、人にうらやまれる環境に育った男や。それだけ悟る力も、省みる心もあるくせに、何で素直になれんのじゃろ。あんなにも先生に逆らう気持ちが、わしには分からん」
 春蔵は寝返って、うつろに天井をみつめた。
「わしはお澄はんが好きやった。ずっと前から……まだあの人が花月にいた頃から……。父さんに連れられて広前に行くのは、神さん拝みにやない、お澄さんに会いたいと思う一心からやった。こんな話し打ち明けるのは、福林さんにだけや。あんたやさかい言うのや」
「……」
「たまたまお澄さんと出会うても、特別の話したことはない。けれど教祖さまはわしを可愛がってくれちゃったし、教祖さまと父さんの間で、わしを澄さんの婿にする話も出とったみたいじゃ。まわりの人達も、わしと澄さんを結びつけて噂しとったわな。わしかて、いずれはそうなると信じとったでよ、あの先生が出てきてんまではな。平蔵はんが先生を連れてきちゃってから、大本は変わってしもた。霊学が入ってきて、上谷のわしの家が修行場になる。先生はどえらい霊力もっとってや。『お澄が世継であるぞよ。上田どのが大将になるぞよ』……どんどん筆先は出る。上田先生にお澄さんを奪られそうな気がした。わしは上谷で幽斎修行に夢中になった。負けたくない、誰にも。必死で覚えた。あいつに追いつき、追いこせ」
「……」
「何やっても、あいつはできる。歯が立たん。それが口惜してなあ」
「年が違うわな、十一も……」
「そんなこと言うとられんわいな。わしは知恵をしぼって邪魔した。憎い。呪い殺したいほど憎い。実際になんべんか呪い釘も打った。殺そうと計画をたて実行にもうつしたけど、そのたびあいつには守護がつく。盤古大神の霊がわしにかかってきた時は嬉しかったでよ。『邪神でも何でもよい、わしに力を貸してくれい』と祈ったんや」
「お前は、阿呆な奴や。春蔵」
 怒った声で叫び、福林が春蔵を揺さぶる。
「後悔なんかせんわいな。お澄さんを奪ったのはあいつや。あいつさえいなんだら……」
「やめてくれい、春蔵。お前はいったい、何を信じとったんや。先生とお澄さんが結婚しちゃったんは、艮の金神さまの御命令やからや。お筆先にある通り、まちごうてへん。お前は艮の金神さまを信じていたんやないのか、え」
「さあ、今となっては、わしにも分からん。大本の世継になりたい、お澄さんの婿になりたい。なれさえすれば、どんな神さんでもよかった。力が欲しい、あいつを殺す力を、魔王さんにそう祈った」
「春蔵、今からでも改心してくれ。お詫びはわしがしてやる」
「先生に許してほしい。詫びられたら、どんなに楽やろ。けど、わしの心に食いついとる何かが、今はもうわしを離さんのや」
「お前は若いのやさかい、神さまは必ず許してくださるわな」
 皺の寄った額ごしに、春蔵は福林を見つめた。
「もうおそいでよ。鞍馬の魔王さんがわしの魂を引き抜いて、連れて去んでしもたのや」
「しっかりしてくれ、春蔵。わしが抱いて連れ戻したのを忘れたのか。お前は生きとる。ここにほれ、ちゃんと生きとるんや」
 春蔵はかすかに首を振った。死人のように冷たい顔になった。
 あくる朝、福林は疲れきった様子で広前に現われた。鬼三郎が待っていた。一目で察したようであった。
「御苦労やったな。報告せんでもよい、分かっとる」
「先生、お願い申します。許してやっておくれなはれ」
 福林は両手をついた。両眼は涙でいっぱいだ。
「許してやりたい。春蔵はどんなにか苦しかろう、淋しかろう。しかし今となっては、春蔵の罪を許すだけの力はわしにはない。福林はん、教祖さまに御祈願お頼み申してくれ。わしは上谷に行ってくる」
 澄が綿入れを夫に着せかけた。急いで土間に立ち草鞋をはこうとすると、表戸が開いて、枯れ葉が広前にまで吹き込んできた。
「先生、兄さんが……」
 寒風にさらされて、頬も耳も真っ赤にした兄妹が立っていた。春蔵の弟敬蔵(十七歳)と妹たき(十五歳)であった。
「春蔵はんに何かあったか」と、鬼三郎が緊迫した声で聞いた。
 澄がいたわって、兄妹を土間の中へ招じ入れる。
 敬蔵は風呂敷をあけて、中から一尺ほどの細長い木箱を取り出した。
「これ、兄さんからわし、預かったんや。『誰にも見せるんやないで』といわれたさかい、ずうっと隠してましたんやけど、昨日とうとう父さんに言うてしもたんですわな」
 木箱は封で閉じられている。箱の蓋には、走り書きでこうあった。
 ――これをあけしもの、めをつぶすべし
「家の人たちは恐がってよう開けんのや。広前の先生に持って行けと父さんがいうちゃったさかい」とたきがいう。
「何が入っとるのやろ」
 澄が無造作に封をはがしかける。その手を福林が払いのけ、箱を奪った。
「やめとくれなはれ、眼がつぶれると書いたりまっしゃないか」
「よし、わしが開けたる。中味は書き置き一枚や」
 透視したのだろう。怖れ気もなく鬼三郎が蓋をとって、その紙を取り出した。じっと書き置きをにらんでいたが、
「福林はん、今日は何日やったい。いま何時や」
「へえ、今日は……十三日」といいながら柱時計を見上げて、
「八時四十分ですわな」
「しまった。間にあわんかも知れん。おい、先に走るで」
 鬼三郎は外にとび出した。
 福林は書き置きを読み上げた。
「死亡。明治三十三年十一月十三日。午前九時。四方春蔵十九歳」
 上谷の春蔵の病床に鬼三郎が駆けつけた時は、十時に近かった。春蔵は予告通りの九時にこときれていた。自分の死期を悟り、それを書き置くことによって、自分の霊学の才を鬼三郎にのみ誇示し、死を飾りたかったのであろう。
 ――それが十九歳の命をかけたわしへの最後の挑戦、お前の探究した霊学の到達点だといいたいのか。お前はそれで満足か、幸せか。安らかに目をつぶれたのか。
 ものいわぬ骸の氷のような両手をとって胸に組み合わせてやりながら、鬼三郎は激しくなじった。
 ――何のための霊学やったのや。お前のためには霊学は命とりの凶器。慢心取違いの末、我が魂を我が手で邪神どもに売り渡すとは。
「許してやる、春蔵……その代わり、わしのことも許してくれ」
 声に出して、鬼三郎はいった。
 ――この男に霊学を与えたのはわし。この男を心ならずも依怙地にさせ、邪道の泥沼に堕ち入らせたのもわし。常に傍に引きつけて、ことあるごとにいましめようと努めながらも、ついに守りきれずに、青く未熟なままを散らせてしまった。よし肉体は我が手で滅ぼし得ようとも、魂までは殺すことはできぬ。春蔵よ、知っとるのか。日に背けば暗く、日に向けば明るいことを。愛と信真に満たされた光と熱の国はそこにあるのに。お前は、神にそむいてまで、なぜ地底の世界を選んで逝くのだ。
 これからの春蔵の永劫の魂の苦しみを思えば、暗然と嘆いてばかりはおれなかった。鬼三郎は心をはげまして、天の数歌を宣り上げ続けた。
 村人や信者たちが集まってきて、若い春蔵の死を悲しみつつ、手厚い野辺の送りをすませた。しかし彼らは、春蔵の肉体の死を悼むばかりで、血みどろの魂の遍歴の苦しみには思い及びようもない。

 何鹿の野は深雪におおわれて、月も風も凍る。淙々たる水音を響かせる堂山の滝壺のまわりも氷雪が厚く閉ざしていた。鬼三郎は夜の滝の辺にたたずんで、水の音に心を放った。滝水の轟きは、頭上から鬼三郎の身も心も打ち砕けとばかり落下してくる。さっと吹き降ろす風に、梢の白雪の大きな塊が落ちて滝壺に吸われる。
 我に返ると、いやらしい笑い声が背で起こった。ぞっと総身がすくんだ。
「誰やい」
 雪の野に人影が黒くよどんでいる。笑いつつ、ゆらゆらと近づいてくる。
「春蔵か」
 鬼三郎は一歩下がって、ひきつった声で叫んだ。
「先生、迎えにきたでよ。さあ、お供しますで」
 月光にすかし見ると、西原の野崎篤三郎(十九歳)。上谷の修行にも参加して、春蔵の仲間となっていた男だ。
「どこへ連れて行く」
「先生が行くとこや、春蔵のいるとこや。ひっひっひ……」
「笑うな、いやらし奴」
「ひっひ……けど、あんまり嬉して……」
 野崎は躍るように先に立った。
 鬼三郎は、春蔵の墓に詣ろうと思い立って、一人この夜半を抜けて来たのだ。恩讐を越えて、心ゆくまで春蔵の霊と語らねばすまぬ気であった。いや、初めから春蔵に招かれたのかも知れぬ。春蔵が野崎篤三郎に憑って迎えに来たのだから……。
 杖を頼りに、堂山を下った。上谷の里に近づく。野狐がぎゃあと怪しく叫んだ。
 四方春蔵の新墓は、上谷の村を越えて、杉木立の下道を曲がりくねり、熊笹をわけ入って上がった小山の中腹にあった。上谷の共同墓地であろう。十坪ほど開けた中に立ち並ぶ数戸の墓石。雑木林がその上に枝を張り、暗く陰を落としている。
 野崎は後になり先になりしてついて来たが、急に立ちどまってふるえる手で墓を指す。
「ほれ先生、こわい……青い火や……春蔵が出た」
「阿呆ぬかせ。春蔵の幽霊がこわいわしなら、何でわざわざ夜更けに来るもんか」
 強がりをいいながら、鬼三郎の五体もわなわな震え出してくる。春蔵の新墓にはボーッと提燈がともっていた。
 持ち前の臆病神を払いのけるべく、鬼三郎は雪の上に正座鎮魂。やがて、高らかに神言を唱え出した。滅入ってくる魂をふるい立たせ、ふるい立たせ、鬼と変じた春蔵の亡霊を根底の国から浮き上がらせんと、心をこめて言霊を宣る。月が消えて、粉雪が舞い始めていた。春蔵の新墓に重たげに積っていた雪が、風もないのに崩れ落ちる。
 ようやく祈り終り、立ち上がろうと杖を握り持つ。凍えた足に感覚はなかった。後からぐいと杖を引く者がいた。
「やめえ、ほたえるな、野崎」
 苦もなく転倒しながら、鬼三郎が叫ぶ。
「この杖をくれ。これが欲しい。雄松はわしのもの……」
 恐ろしい執着をむき出した春蔵の震え声であった。鬼三郎は負けぬ気になって杖にすがる。
「やるけい。これをお前に渡したら、お前はもう救われんのじゃ。放せ、馬鹿たれ」
 鬼三郎は、春蔵の憑霊した野崎を蹴りとばす。雪まみれになって起き上がった野崎が、やにわに春蔵の墓脇に突っ立っていた棒を引き抜く。
「あっ」
 鬼三郎は蒼ざめた。それはあの青竹の杖ではなかったか。
 野崎は青竹の杖を振りかぶって近づいてくる。
「やめんかい、野崎、いや春蔵。その杖を使たらあかん。竹(武)は害国の守護や。お筆先を忘れたか、杖を放せ」
 鬼三郎は、自分の雄松の杖を雪中に投げ捨てて叱咤する。野崎ののどがひくひく動いた。激しい慟哭が野崎の背をふるわせ、やがて青竹の杖が雪中にころがり落ちる。
「春蔵……」
 鬼三郎が野崎にしがみつく。二人は抱き合いつつ、雪中を激しくもみ合った。愛と憎しみが火花を散らした。ふりほどき、とびすさって、鬼三郎は叫ぶ。
「お前は人を愛したことがあるのか、春蔵」
「……」
「雄松の杖はな、愛を知らぬ奴にはやれんのや」
「わしは愛しとる、今も、お澄はんを……」
「阿呆、お前が愛しとるのはお澄やない。よう考えてみんかい。生まれてからこの方、お前は人を愛したことはない。愛したのは自分の影……自分が可愛いばかりに、お澄が欲しい。自分の欲望のために、お澄を自分のもんにしたいだけじゃ」
「……」
「そやさけ。お前は子供なんや。まだ子供から抜けてない。自分しか愛せぬ奴はのう」
「畜生、畜生……」と、野崎はがちがち歯がみする。
「松の世待たるると、お筆先にあるやろ。松は政事。神と人、天と地、上と下、右と左、すべてを調和、真釣り合わせる心や。大切な松の世を、愛のない者の手にゆだねられるけい」
 鬼三郎はたたみかけて言いつのる。
「お前は、子供みたいに、自分のことのほかは何も見えん。そやからお前にふさわしい霊がかかったのや。盤古大神を名乗るお前の憑霊は今の世をつくり上げた側の神、自己愛の権化じゃい。愛する者の本当の幸せを祈ってやる大人の心がお前に分かるけい」
 毒気を抜かれて突っ立つ野崎の顔が醜くべそをかいている。鬼三郎はさっと杖を拾って逃げ出した。
「待ってくれい」
 野崎が追ってきた。鬼三郎が雪に足をとられて、どうと転がる。野崎がおさえこんで袂を握りしめた。
「行かんといてくれ、おれとここにいてくれい」
 春蔵の亡霊は、子供のように泣きながら鬼三郎にかじりついた。
「春蔵、お前が頼るのはおれやない。日の向く方を見ろ。神さまを思い出せ。何のために大本で修行したんや」
「こわい、こわい」
「放せ、おい。お前にとり憑かれとるわしの方が、よっぽどこわいわい」
 恐怖が、ほんとうに鬼三郎の魂を凍りつかせていた。このまま春蔵の亡魂にひきずられ、夜中雪野を引きまわされていたのでは、野崎も鬼三郎も共に凍え死んでしまうだろう。
 袂を夢中でふり払い、裾はしょりして、いっさんに村をめがけて駆けおりる。
「ほうい……ほうい……」
 カマキリのような手つきで招きながら、どこまでも野崎は追ってくる。
 西原の断崖道にかかった。かつて春蔵一味らに襲われかかった地獄谷。細い雪の崖道は、一歩踏みはずせば命がない。
 組み合った時にはずれたのか、鬼三郎の六尺の褌がほどけて尾を引く。あわてて端を握って走る。追いすがる野崎の荒い鼻息が遠のいた。一息ついて振りむくと、一、二間後で野崎は提燈をくわえ、崖道を這っている。
「やあ、どうした」と鬼三郎は立ちどまり、心配になって声をかける。
「どうしたもこうしたも……お前の褌がじゃまで歩けんわい」
 なるほど、長々とのびた褌の端が、崖道いっぱいにはためいているのだ。うっかり踏んづけようものなら、つるつる凍った足元はひとたまりもない。野崎は這いながら褌の先を握ろうと手をのばす。そうはさせじとまた逃げる。
 ようやく崖道を抜けきって、雪野原の一軒家にとび込んだ。
「あけてくれい、友蔵、わしや」
 がたがた戸を揺さぶる。
「やあ、先生か」
 信者西村友蔵の家であった。閂をはずしてくれる間にも、野崎が追いせまる足音。戸を開けて鬼三郎を入れるなり、友蔵は顔色を変えて表戸を締め切る。
「こらあ、友蔵、上田を返せい」と、外から野崎がわめく。
「先生、野崎やろ。あいつ……」と、友蔵はまだ事態が呑み込めぬ。
「野崎の奴、春蔵の死霊がついて、わしを襲って来やがった」
 鬼三郎が急につんのめった。戸の外にはみ出た褌の先を執念ぶかくも野崎が引張っているのだ。気づいて、鬼三郎は手を放した。
「杖の代わりや、褌くれちゃる」
 ずるずると褌をたぐり寄せ、尻もちをついた野崎が泣き笑った。節穴から外をのぞいていた友蔵が溜息をつく。
「かわいそうに、春蔵はんの霊も浮かばれんと見えますなあ」
「恐かったでよ。睾玉縮み上がりよる」
 友蔵がまじまじと眺め、あきれた声を出した。
「先生、よう見なはれや。縮んどるどころか、だらんと垂れとるわな」
「ほんまやのう」
 鬼三郎はへたり込んだ。
「ともかく、夜明けまでここに泊まりなはれ」
 親切な友蔵の言葉に甘えて、鬼三郎は置炬燵にもぐり込んだ。寒さと疲れがゆるんできて、すぐ高鼾となる。
「ぎゃあっ」
 すごい悲鳴で目がさめた。
「どうした、友蔵……」
 寝ぼけまなこを見開くと、野崎が提燈をくわえて、友蔵の枕元に立っている。
「やっ、どこから入りおった……」
 にやりと野崎が笑った。
「先生、どないしよう、どないしよう」
 度を失った友蔵の目に、部屋の隅の棕櫚箒が映った。つかむなり、友蔵は思いきり野崎をなぐりつける。提燈がふっ飛ぶ。ゆらりと野崎の体が傾いて、大の字に倒れた。
「口惜しい」と倒れたまま野崎は歯ぎしりし、凄まじい恨みをこめて狂気の目を釣り上げる。
 人間の怨霊ほど恐ろしいものはないと、鬼三郎は改めて総毛立ち、震える。
 夜明けを告げる家鶏の声。東雲の空は、ほのぼのとした明るさを天窓ににじませた。その薄い光の中に、友蔵の家の神床が浮いて見えた。鬼三郎は神前にすがり寄る。懸命に天津祝詞を奏上。友蔵ははね起きんとする野崎を全力で押えこんでいる。
「おい、しっかりせんかい、野崎はん。先生、なんとかしとくれなはれ」
 友蔵の呼び声で振り返った。野崎はぐったりと気を失っている。鬼三郎は野崎を抱き起こし、背を叩いて、「えっ」と活を入れる。野崎がようやく正気に復して泣き出した。
「先生、どないしたらよいんや。ときどき、春蔵の霊がうつってわしを苦しめます。なんとかしとくれなはれ」
 震え泣く野崎の顔は傷だらけ、無惨にも狂気の名残りをとどめている。
「この提燈……ひぇー、春蔵の墓場のや」
 友蔵が、野崎のくわえこんだ提燈を外に放り出した。
「もう、こうなったら、大神さまに祈って祈って祈りたおそう。ともかく、綾部の広前へこい」
 野崎と友蔵をうながし、鬼三郎は暁の雪道に出た。綾部まではまだ一里の道のりである。
「春蔵の亡霊の奴、あきらめたかな」
 友蔵がつぶやいた時だった。西原の村はずれから、ふらりと女が現われた。
「あ、西村のお松はんやでよ。春頃から時々おかしいんや」と友蔵。
 野崎が急に走り出した。女も走り寄って、道の真ん中でさもうれしげに野崎に抱きつく。
「おう、会いたかった……春蔵はん」と松。
「おう、春蔵、待っていたぞ」と野崎。
 鬼三郎はぶるっと胴震いして、二人を見比べた。全く顔形の違う男女でありながら、どことなく共通する影。春蔵の遺恨が二つに分かれて、二人の肉体に貼りついているのだ。
 ――あかん、春蔵の奴、二人に憑依しやがった。器用なことさらすわい。
「今のうちや、友はん、逃げよ」
 鬼三郎は、友蔵の手を引いてこわごわすり抜けた。
「あ、あいつが逃げおる」
 二人が気づいて追いかける。狙いは鬼三郎一人か、よたよた走る友蔵には目もくれず、追い抜いて執拗に迫る。野崎と松の形相の凄まじさ、まるで二匹の鬼だ。
 鬼三郎は逃げながら後ろ手に褌をはずした。友蔵に借りて締め直していたもの、昨夜の褌の効用を思い出したのだ。
 松は六尺を踏んづけて幾度かころがったが、しかし崖道と野道とでは事情が違った。追いついた野崎は六尺の端をつかみとり、後から鬼三郎の首にひっかけようと投げる。首をすくめてかわしかわし、綾部大橋にさしかかった。
 橋のたもとまで四方祐助が迎えに来ている。「地獄に仏」と、鬼三郎は悲鳴を上げた。
「助けてくれーい」
 祐助は拳骨をふり上げて仁王立ちとなった。泣き虫のくせに、時には思いもかけぬ蛮勇をふるう爺だ。どうかしたきっかけで荒魂が発動するや、他の三魂を押えて猛然となる。
 祐助が二匹の鬼をせき止めている間に、鬼三郎はだだだっと龍門館に駆け入った。澄が鬼三郎の下半身を見て、あきれ声を放つ。
「わっ、先生。夜中に抜けてったと思たら……夜這いに行ったな」
「違うでよう、阿呆」と、六尺を持った手を、もどかしくひらひらさせた。
「ばれて追われてきたんやろ……なした男やいな」
 弁解したくても、うまい言葉が浮かばぬ。そこへ友蔵が辿りついて、土間のあがりがまちにぶっ倒れた。
 澄に胸ぐらをとられながら、鬼三郎はほうっと安らいでいた。悪夢にうなされて母親にゆり起こされた子供みたいに、臆病風は手足のすみずみからも溶け失せていた。
 二階の神前からは、直のさわやかな祝詞の声。ああ、ここは天国やと、その時、心底から思った。急いで六尺を締め直して二階に上がり、直の後ろに座して声高らかに祝詞奏上。階下では、元気をとり戻した友蔵が澄をつかまえて恐怖のさまを物語っている。澄のはじけるような笑い声。祐助、野崎、松の三人がわめき合いつつ入ってくる。直と共に鬼三郎は階下に降りた。
「こいつら、わしが審神しちゃるいうのが気に入らぬとぬかすんですわな。先生に審神させるとききまへんのや」
 祐助が不満げに訴えた。直の目が背後の二人を射すくめ、低く叫ぶ。
「その方らにかかった霊は何者……」
 二人は縮み上がって平伏する。直の一声で、西村松はふっつり正気に返った。野崎はすきを見て、きりきり舞いしてとんで逃げた。松は再び狂うことはなかったが、野崎はその後も春蔵の亡霊に時々襲われては、堂山の滝に打たれさまよった。
 ――出口の神の因縁を知らずに、もう一つ世を盗みて世を持とうと思うて春蔵に生まれ、大将になろうと仕組みておるから、鞍馬へご苦労になりたのは、なかなか大もうな事でありたのざぞよ。(明治三十六年旧十月十日)

 この年(明治三十三年)、冠島、沓島、鞍馬山と熱情的に出修が続いた。その前後、教線はのびて夏から冬へと京都、伏見の入信者が相次ぎ、綾部を慕って参ってくる。団扇屋の本田作次郎、瓦屋の請負師安田荘太郎、御簾屋の御牧治三郎、元刑事の杉浦万吉、扇屋の小島寅吉……ほとんどが元金光教信者であった。
 彼らはいちように鬼三郎の霊学によって眼を開かれながら、反会長派の役員の示唆によって、小松林のかかる鬼三郎を批判する。中村竹吉の筆先一途の信仰や四方春蔵の若くして秀でた霊力などに傾倒、鬼三郎排斥の動きに同調しだすのだ。
 こうして四方春蔵の死後も、会長批判は下火にならなかった。
霊界物語ネットで読む 霊界物語ネット
出口王仁三郎と霊界物語の大百科事典『オニペディア Onipedia』がオープンしました(2019/3/15)
王仁DB (王仁三郎データベース、略してオニデビ)は飯塚弘明が運営しています。 /出口王仁三郎の著作物を始め、当サイト内にあるデータは基本的にすべて、著作権保護期間が過ぎていますので、どうぞご自由にお使いください。また保護期間内にあるものは、著作権法に触れない範囲で使用しています。それに関しては自己責任でお使いください。/出口王仁三郎の著作物は明治~昭和初期に書かれたものです。現代においては差別用語と見なされる言葉もありますが、当時の時代背景を鑑みてそのままにしてあります。/本サイトのデータは「霊界物語ネット」掲載のデータと同じものです。凡例はこちら。/データに誤り等を発見したら教えてくれると嬉しいです。
連絡先:oni_do@ybb.ne.jp(飯塚弘明)
プライバシーポリシー
(C) 2016-2019 Iizuka Hiroaki