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文献名1大地の母
文献名2第12巻「永久の道」
文献名3開祖昇天
著者出口和明
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
OBC B138912c09
本文の文字数31007
本文のヒット件数全 2 件/稚姫君命=2
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本文  大正七(一九一八)年十一月三日、「神界の都合により」と称して延期されていた秋の大祭が執行される。前日来の雨は大祭前にきれいに晴れ上がって、洗い立てのような青空を見せた。
 金龍殿内も縁側も庭も身動きならぬほど、人で埋まった。旅館も大祭の前後は空前の繁盛で、町の一等旅館の亀嘉など、奥も裏も部屋という部屋はすべて参拝者で占められ、「ようやく亀嘉も妖魅を追い払われて、立派な鎮魂ができたわい」と、宿泊者が妙な感心をした。
『神霊界』十月一日号の「出口教主の病気は神界の御都合で七十五日間ということになっておりますから、十月の末には全快されるはずです。むろん十一月三日の秋季大祭には、斎主を司られることでしょう」という奇妙な予告通り、金龍殿で王仁三郎が斎主をつとめた。直は「そなたは式に出いでもよいと神さまが申し下さるゆえ、休ませてもらいます」と言って、式典には参列しなかった。
 この日、大阪の岡崎直子から白蛇が献納された。身長五尺、全身純白の鱗があり、二つの耳が生え、時に金色の光明を放つ。岡崎が香具師より買い受けたものだが、その白蛇を捕えて香具師に売った人は、たちまち両眼失明したとか。
 大祭後、王仁三郎が箱に入れた白蛇を捧げ持ち、梅田信之教統以下各教監が金龍海に浮かぶ新造の屋形舟に乗りこみ、大八洲神社に参詣した。
 今まで微動もしなかった白蛇がしきりに動き出し、王仁三郎が岩戸の入口に箱を向けると勢いよく飛び出して、岩戸の奥深く身を隠す。この白蛇に因み、新造の屋形舟は白龍丸と命名された。
 四日午前中は祖霊社の祭典と篠原国彦の講演があった。篠原の赤裸々な神がかり体験談は、聴衆を抱腹絶倒させた。午後は湯浅仁斎の講演、夕方は福島久が霊験談で手振り足振りの熱弁を奮った。この日、一日中晴天。
 五日、曇り。午前中、信徒大会が開催され、王仁三郎の講演があった。それがすむと参拝者たちはそれぞれ帰途につき、神苑内は次第に静かになっていく。
 その日の午後、福島久が直のそばで喋っていると、岡崎直子・八木の福島つま子・斉藤こう(久四女)・福島国太郎(久長男)が退綾の挨拶にきた。
「またというのも大層なさかい、皆、もう一晩泊まって明日に帰りなされ」と、直が別れ惜しげに何度もすすめた。
 困った顔の一同を見て、久が助け舟を出す。
「汽車という便利なもののある世の中やさかい、いつでもお参りできますわな。また出直してお蔭をいただくとして、あまり家を明けてもおれんじゃろうし、やっぱり今日はお帰りなはれ」
 彼らはそのまま綾部駅へ向ったが、国太郎だけは途中で引き返した。「またというのも……」と、すぐにでも綾部へ戻らねばならぬような直の言葉が気になり、もう一晩だけ泊まる決心をしたのである。
 大正四年、久の三十日の度胸定めの行の時、母の両眼にこびりついた目脂を舌でなめとった国太郎は、今は十七才の逞しい若者に育っていた。
 午後四待頃、神苑脇の自宅で筆先を拝読していた星田悦子は、なぜだか直に会いたくてたまらなくなり、教祖室ヘ急いだ。珍しく蒲団が敷かれ、その傍に櫓炬燵があった。けれど直は、蒲団からも炬燵からも少し離れ、人待ち顔で独りぽつねんと坐っている。
 星田はあわてて言った。
「そこではお体が冷えますよって、どうぞお蒲団の上ヘお移りなさいませ」
「いえ、ここで大事ござヘん。お澄がなあ、わたしの体を案じて、無理に床をとっていったのですわな。あなたの来なさるのを待っていたんですで。今日は夜が明けるまでゆっくり、話しておきたい。今が峠じゃし……」
 直は「今が峠」という言葉を何度か口にしたが、星田にはその意味が解せなかった。寡黙な直が、今夜はいつになく多弁であった。
 大正天皇のこと、王仁三郎・澄・三代のことなどをくわしく喋ったが、星田はその内容を秘して記録していない。「綾部と八木との仲取持ち御苦労ながら頼む」と直はくどいほど念を押した。
 奥の神前の間で物音がする。
「誰じゃろう。見て下され」
 星田が隣室の襖を開けると、四方与平が神さまのお給仕をしていた。人に聞かせたくない話らしく、直は声をひそめる。また廊下にひそかに音がして、話がとぎれる。
「神さまがなあ、わたしに『今日はお礼をせいでもよい』と言いなさる。明日からは代わりに先生がなされます」
 従来どんなことがあっても礼拝を代行させたことのない直であった。
 中村こまが食膳を運んできて、星田がお相伴する。直は粥を一口すすって箸を置いた。
 星田が食の細いことを案じると、直は口辺に娘のような羞じらいの微笑を浮かべた。
「わたしはなあ、昔、三世相を見てもらったことがあります。わたしのような食運の強い者はないげな。けれどさっぱり逼塞してしもうて、自分の子供らにも話されんような恥ずかしい目をして、おなか一杯食べたこともなく、胃袋が小そうなったと思うぐらいでも、誰も察してはくれんじゃろ。わたしはなした阿呆じゃろと思うて、神さまに不足言うたこともあります。そしたら神さまがなあ、『そなたは世界中の者に腹一杯食べさすようにせなならんから、それでそなたの食を取り上げて食わせんのじゃ』と申された。それじゃとしたら、何と結構な御用……」
 福知山支部長の稲次要蔵が挨拶にくる。直は話題をかえて機嫌よく喋る。いろいろ有難い話があり、「今が峠や。腹帯しめねばならん時じゃで頼みますで」と繰り返した。そこへ竹安芳太郎と塩見じゅんが入ってきて、仲間に加わる。稲次はそれをしおに、汽車の時間があるので辞去する。
 塩見じゅんは四方平蔵とともにもっとも古い信者の一人で毎日のように顔を出していた。じゅんの来ようが遅いと、「じゅんさんはまだかいな」と、直の機嫌が悪いぐらいであった。
 夜がふけるにつれて冷えこみが激しくなり、竹安が気を使って、直に炬燵に入るようすすめる。けれどどんな時でも、直は炬燵に入ったまま来客に接したことはなかった。
「そうじゃ、今夜は夜が明けるまででも、どうしても話したいことがござる。わたしは炬燵にあたらしてもらうさかい、皆さんも炬燵にお入りなされ」
 その思いつきが気に入ったのか、直は星田の手を引っぱる。竹安がそっと星田の膝に触れ、御遠慮せよと合図する。星田も畏れ多い思いで、直の言葉に従う気にはなれなかった。
 じゅんが見かねて囁く。
「星田はん、もったいないけど、お傍に入らしてもらっちゃったらええのに。遠慮のし過ぎはかえって御無礼になるかもしれんでよ」
 炬燵にあたりながら、満足げに直はうなずく。覚悟を決めて、星田は身を固くし炬燵に膝をすべらせたが、心は感激に震えていた。
 いつもなら直日は祖母と梅野の三人で床を並べて一緒に寝るのだが、この日は客がいつまでも帰らず、それに直日もまた風邪気味で先に別室で寝ていた。梅野はまだどこかで遊んでいるらしい。
 竹安とじゅんもまたすすめられるまま炬燵により、四方山話にふけった。
 星田はだんだん腹が立ってきた。今夜はわたしと大事な話がしたいと言われるのに、二人の者が邪魔するから肝心のお話はされないだろう。けれどこの調子ではいつ帰るとも知れず、あまり遅くなってはお体にさわる。仕方がない。今夜はおいとまして、明朝早くうかがおう。
「教祖さま、もう遅うなりますさかい、これから帰ってお筆先をいただきます。お筆先をいただいておれば、お傍におるのも同じでございますし……」
 直の残り惜しげな顔を見ながら、星田は去りたくもない炬燵から抜け出た。星田が帰ったのは、午後十時頃。
 風邪気味の母が気がかりで、澄が熱っぽい体を起こして様子を見に現われた。竹安はすでに帰った後で、直とじゅんが語り合っていた。
「教祖さんのお体がようないのに、なんとお尻の長い人や。よいころかげんに去んだらよかりそうなものや」と澄は思いながら、二人の様子があまり睦まじそうなので、注意しそびれて自室へひっこんだ。
 入れ違いぐらいに、宵っぱりの梅野がいとこの福島国太郎と一緒にやってきた。八木に帰ったものと思っていた国太郎がいるので、直は嬉しそうであった。若者たちの不遠慮な会話にさえぎられて離れたくない思いをようやく打ち切り、じゅんが腰を上げた。梅野も「あっちで寝るわ」と言って飛び出した。
「国太郎、もう遅いさかい、あんたはここでお休み……」
 直に言われるまま、国太郎は炬燵に足をつっこむと、あっというまに眠る。
 久は、火の気のない神武館で、牧寛次郎と時の立つのを忘れて語り合っていた。気がつくと、深夜の十一時を過ぎている。統務閣に戻り、足音を忍ばせて教祖室をうかがった。
 直が一人、褥の上にきちんと坐っている。
「お久かい。じゅんさんや星田さんが来てござったが、みな去になさったとこですで。遅うまで御苦労さん、もうお休みなされ」
「はい、そうさせてもらいます。なんと国太郎が……」
 炬燵には、八木へ帰ったはずの息子がおそれげもなく高いびきで眠っている。自分も母と国太郎の横でぬくぬくと寝てしまいたい。
 激しく久はそう思った。久がそうすると言えば、人恋しげな今夜の直はきっと喜ぶに違いない。けれどもしここで国太郎と寝てしまったら、他人はどう言おう。「教祖と血がつながっているばかりに、また偉そうに親子が慢心いたして高い所に上がって寝てござる」と蔭口を叩かれては残念だ。ひがみっぽくなっている久であった。
 と、急に太平楽に寝ている息子に腹が立った。
「寝かしておきなはれ、お久……」と直が止めるのも聞かず、久は邪険に叩き起こした。
「なした厚かましい子やいな、この子は。神武館に床がとってあるさかい、早う下がって寝なはれ」
 寝ぼけまなこの国太郎は、泳ぐような手つきをしながら出て行った。
 久は炬燵の火を調べる。朝起きて直が炬燵にあたる時、ちょうど良い温度にしておきたい。ちょっと迷った。いま炭をついでは朝まで熱くなり過ぎるし、つがねば朝まで持ちそうにない。そうだ、朝早く炭をつぎに参ろうと思いついて、久は教祖室を下りた。
 この夜半から早朝にかけて、本宮山・和知川を中心に陸軍の大演習がある。和知川には攻撃軍が陣取り、本宮山には防衛軍が立てこもる。敵味方、本宮山をめぐる攻防戦を繰り返すという設定であった。
 午前一時頃から、金龍海辺では演習の鉄砲の音が激しくなった。星田悦子はランプの下で襟をかき合わせ、筆先を筆写しつつ、その鉄砲の音を聞いていた。筆先通り日本と世界の戦争になれば、鉄砲の弾も尽き果て、人がばたばた倒れていこう。九分九厘駄目になった時、いよいよ教祖さまがお立ち上がりになって大神力を……。
 夜の白々明けまで、星田は筆先を写し続けた。一時間でも休んでおかねば肉体が持たぬと寝床に横になったが、直の「今が峠」という言葉と昨夜の話し明かしたそうな様子が気になって寝つかれぬ。あきらめて起き出し、着物を着かえて神苑へ出かけた。七時であった。
 本宮山のまわりに、演習中の兵隊が走り回っている。いつもなら金龍海の池畔から大神さまを遥拝するのに、足は自然に直の居間ヘ急いでいた。庭から入って統務閣の縁側の傍にひざまずき、障子越しに教祖室の神前を拝して小声で祝詞を奏上する。
 その頃、久は炭をつぎに教祖室へ行き、そのまま褥の裾へ回って、そっと直の足をさすった。
「誰じゃ」と直の静かな声。
「お久ですわな」
「はばかりながら、お水をおくれなはれ」
 久が湯呑みに水を運んでくると、直はうまそうに飲み干し、もう一杯所望する。二杯目も半分まで飲んだ。水でさえ「もったいない」と言ってむさぼらず、ほんの喉を湿す程度の直であるのに。
「教祖はん、えらいことお水をいただかれはりますなあ」と久が驚いた。
「はい、えっと喉が乾いていたので、大変おいしかったわいな。神さまのお恵みを心ゆくまでいただいて、もったいないことじゃった」
「足をおさすりしますさかい、どうぞまた横になっとくれなはれ」
「おおきに、その前に手水に行かせてもらおかいな」
 久は直の手を引いて、厠に供した。この時、ひっきりなしに聞こえていた鉄砲の音がやんだ。攻撃軍が敗退し、防衛軍が本宮山を守って勝利を占めた瞬間であった。
 廊下を戻る途中、直は空えずきし、久の腕にもたれかかるとみる間にくず折れた。半ば抱き止めつつ、久が叫びを上げる。
 縁の外に膝まずいて祈っていた星田が、驚いて駆け上がった。
 星田は王仁三郎に急を知らせようかと思ったが、心せくまま金龍殿に走りこみ、宿直の四方与平を探すが見つからぬ。神さまにお詫びしつつ、神前の御神水とおひねりを無断でいただき、走り戻って久に手渡す。直は拝むようにして飲み干した。
 まず一安心と後を久に任せ、星田は王仁三郎の部屋に走る。朝拝の後、苑内の見回りにでも出たのか、王仁三郎は見えず、ほかに誰の姿もない。
 急いで元の所ヘ戻ると、直が廊下の柱にもたれ、「ああ、しんど……」と呟き、うとうとと眠りかけた。途方に暮れる久に、星田は声を励ます。
「こんな所に休まれていては、お体にさわる。お久さま、お寝間に運びましょ」
 星田が直の頭の下に手を入れ、片方の手で胴をしっかり支え、「さあ、お久さま、おみ足の方を……」とうながす。
 震えながら、二人で抱え上げた。直は目をあけ、ほやっと笑み何か二言ほど語りかけたが、そのまま意識を失った。
 熟睡していた直日は、鉄砲の音で目ざめた。
 ――ひどい音や。お祖母さん、あの音聞いてびっくりしちゃったらどないしょ。お祖母さん、死んでやないやろか。
 後で思い返すと、骨格のしっかりした芯の強い祖母であるのに、なぜあんなに危っかしく感じたか解らない。鉄砲の音で祖母の死を思うなど……色の白い生肌のきれいな人なので、この日頃、ことに弱々しく思えたのかも知れぬ。
 鉄砲の音が遠のいたのでほっと起き上がると、教祖の異常を知らせる誰かの声がした。
 王仁三郎、澄、直日、役員信者たちが前後して駆けつけてきた。あまり楽そうな直の寝顔なので、これが臨終に近づきつつある姿だと悟った者は、誰一人いなかった。ただ王仁三郎を除いては――。
「きっと艮の金神さまがちょっとの間、御肉体からお出ましになったのじゃ。そのうちお帰りになろうでよ」
 誰かが子細ありげに言うと、皆が素直に納得した。これまでも、これに似た状態が時々あった。「神さまがいろんな所へ連れて行って下さる。居ながら諸国漫遊さしてもろてます」と直は嬉しげに語っていたものだ。
 そうには違いないけれど、それにしても早くお戻り願わねばと、久は隣室の神前で祈願した。と、久の目に、いつも直が筆先を書く机に向って直日が筆を取る幻影が映る。かねがね「直日さんが十七になりたら世を譲ります」と言っていた直の言葉をとっさに思い出した。
 そう言えば半年程前、「旧九月の末になりたら変わりたことがあるから、腹帯をしっかりとしめておくのやで」とも言っていた。今日は十一月六日、旧ならば十月二日、三日ほど遅れたが、もしかしたら御昇天の予言ではないか。そう思うと、久は震えが止まらなかった。
 居間に戻るなり、久は王仁三郎に聞いた。
「もしかしたら、これは……御危篤では……」
「そうでもないやろが……」と半ば慰めるように呟き、王仁三郎は複雑な顔をする。
「教祖はん、教祖はん……」
 直の耳に口をあて、王仁三郎は呼んでみる。直の安らかな表情は変わらない。
 王仁三郎は顔を上げ、
「お久はん、あんたの方が声がよう透る。あんたが呼んでみてくれ」
 久が代わって懸命に呼び続ける。ついに諦めて、久は血走った目で皆を見渡した。
「わたしが三十日の度胸定めで十万道(地獄)へ参った時、祝詞の声が聞こえると無理にも高天原へ舞い上る気がしたものじゃ。ぼやぼやしとらんと、ほれ、皆で祝詞を奏上しなはれ」
 昏睡の直を囲んで、祝詞の声が湧き上がった。
 午後になっても、その状態は変わらず続いた。王仁三郎はしぶる役員たちの尻を叩いて、各地に教祖危篤の電報を打たせた。
 その夜、佐藤忠三郎は、王仁三郎と梅田信之が言い争っているのを聞いている。梅田は京都から妻安子・妾あい・息子伊都雄の家族全員を連れて秋の大祭に参拝していたが、「今から京都へ帰る」と言い出したのだ。それを王仁三郎が必死で止めている。
「ほんまに今夜が危いんじゃ。頼むさけ、もう一晩泊まってくれ」
「やめとくれやす、もうそんな阿呆なこと聞きとうおへん。教祖さんが昇天されるちゅうなら、お筆先はみんな嘘になりまっしゃないか。阿呆な、阿呆な、けったくその悪い。絶対そんなことあるかい。お安、何ぼけっとしとる、早よ支度せんかい」
 梅田は講話に出る度に、「教祖さまの御生存中に、立替えは起こる。もしその前にお亡くなりになることがあれば、わては殉死してみせる」と断言していた。だから王仁三郎が危篤の電報を打たせたことも、死を見越しているかのような言動も、何も彼も癪の種であった。
 これ以上、教祖の尊厳を侮辱されていいものか。肉体のお疲れのため神さまがしばらく休養させていられるものを。うろたえ廻るな、阿呆どもと、王仁三郎さえいなければ、わめき散らしたかった。京都に用事があったわけではない。意地であり、王仁三郎ヘの面当てであった。
 直の傍に坐りこむ安子やあいを叱りつけ、梅田はぷりぷりして汽車に乗った。
 波が間断なく打ち寄せるように、祝詞は朝から休みなく続けられていた。久と星田は、直の枕元を一歩も離れなかった。
 不意に星田が宙に目を据えて叫んだ。
「あっあっ、教祖さまが……」
 天上より薄い緋色の紐が幾筋も下ったと見るや、直の肉体が仰臥したまま引き上げられそうになる。そうはさせまいと、星田は必死に直にすがり、声を張り上げて祝詞を奏上した。久は久で、直の手を握りしめている王仁三郎に叫んだ。
「天照皇大神宮殿が迎えにこられたのじゃろう。今そんなことされてはどもならん。先生、お祈りして下され」
 王仁三郎と久が、神前に向って祈願をこらす。
 午後九時半頃のことであった。霊気が居問の内外にみなぎり、星をちりばめたような絢爛たる瓔珞が天上よリ舞い降りてくる。それが畳二枚いっぱいぐらいの大きさに近づくと、直の肉体から十二単衣を召した二十七、八才ほどの美しい姫が浮き上がった。そのお姿は王仁三郎と久だけでなく、四方平蔵も稲次要蔵もまた霊眼で拝している。
「ああ、稚姫君命が天へお昇りなさる」
 王仁三郎の悲痛な声とともに、神言を奏上していた人たちは、ふっと自分の体が天へ吊り上げられるような感覚を味わった。
 久はたちまち神がかりして、
「義理天上日の出神であるぞ。申し聞かすことがある。星田と牧はこれへ」と叫ぶ。星田と牧寛次郎があわてて直の枕辺を離れ、久の前に進み寄る。
 この時の問答を、星田日記は記述する。
「久『さ、ここじゃ、かねて申し聞かせし生証文にいたすは、その方両人なり。二代殿に取違いなきように、三代殿を立派に仕立て申し上げねばならぬ。もしやこの御用をしとげずば、生首抜くぞよ、必ず、よいか……』、星田『いま一度、大神殿(直のこと)を戻して下され』と願い候へば、牧『皆の和合ができたらと申されたが、とても和合の間に合わぬ、いさい承知いたします。まずおん鎮まり下されたく……』とお鎮め申し上げた。大神殿は稚姫君命となりて、ついに天へ昇りなされた。かかる不思議なことは実におそれ入りて、口にも筆にも尽くされず。この時なりと先生に、牧殿・久子殿、星田とかたくお話いたしました」
 直の霊魂の昇天が午後九時半頃とすれば、直の肉体の死は約一時間後、静かに安らかに息を引いていった。
 乾いた声で王仁三郎が最後を告げ、ふいに部屋を出て行った。誰もが理不尽な宣告を聞いたように黙っていた。ややあって一人のすすり泣きが漏れるや、それが大きな波のうねりとなって神苑内を押し包んでいく。
 やがて犬の遠吠えのように、間を置いてオーオーと長く尾を曳く泣き声が廊下を流れてきた。まるで今夜の悲しみを独り占めしたかのような派手さである。
 統務閣に詰めかけた人たちは、顔見合わせてうなずいた。泣き声の主は言わずもがな王仁三郎だ。こういう時の教主の手放しの泣き様は、すでに六合大の死で知れ渡っていた。気がすむまで、泣き涸れるまで、何が何でも泣く気だろう。
 誰も遠慮して、王仁三郎の部屋に近づこうとはしない。
 急に襖が開いて、澄が立ちはだかった。大の字に畳に伏して号泣中の王仁三郎を見下ろし、激しい調子でどやしつける。
「この男、何しとってんじゃいな。そんなどこかいな、今は。なした男やい、この男は……」
 王仁三郎はびくっとして坐り直し、涙と水鼻でだらしなく汚した顔を歪めてしゃくり上げる。
「もう止まらへんわい、お澄、泣かしてくれやい」
「ど阿呆が。先生が立ち上がらんで、この大本はどないなる」
 澄の勢いに押されて、王仁三郎は立ち上がった。
 女房を押しのけ大股で教祖室へ向う夫を見て、澄は身を支え切れずに柱にもたれ、ずるずるとしゃがみこんだ。谷間の木蔭の岩肌が滲み出る水滴に自ら濡れて黒く光る……そんな澄の涙であった。
 廊下に足音が近づく。振り向く間もなく、誰かがいきなり澄にしがみついて泣き出した。スぺイン風邪で長く臥していた姉の出口龍である。あわてて起き出してきたせいか、髪から病人くさい匂いがした。
 この姉と二人で、屑買いから戻る母を待ち切れずに空腹のまま子犬のように抱き合って眠った幼い日々……澄は泣きじゃくる龍の背を突き放し、頓狂な声を上げた。
「あれ、姉さん、おかしいでよ。あんまりびっくりしたもんで、わたしの風邪、ヘこんでしもうた。あの咳、どこヘ逃げ出してしもたんやろ」
「ほんに、そう言うたら、わたしもひどい咳じゃったのに、まあっ……」
 龍もつられて微笑した。
 大正七年十一月六日(旧十月二日)午後十時三十分、享年八十三才。直はその苦難の生涯にふさわしく、未曽有の飢饉年であり悪病の猖獗した天保七年に生を受け、米騒動とスぺイン風邪に動乱する大正七年に没したことも、奇しき因縁と言うべきか。昇天のこの日は、五年にわたる世界の戦さが実質上矛をおさめた日となった。まるで今朝の本宮山攻防戦が、その雛型を演じてくれたように――五日後の十一日、ドイツと連合国の間で休戦協定が調印され、第一次世界大戦は終る。
 午前零時、王仁三郎によって金龍殿で昇天奉告祭を執行、終っても帰る者はなく、一同、直の霊前で夜を明かした。
 誰もが忘れ得ぬ思い出を持っていた。
 出口慶太郎が悔やんでいる。
「この春、金龍餅で電話を引いたんですわな。そこで初めて梅田お安さんと電話で話しました。そのことを教祖さまに申し上げたら、『綾部と京都で話ができるのですかい』ととても不思議がっちゃってなあ、『このぐらい便利でなければ、三千世界の立替えはできまいのう。わたしも一度聞いてみたい』言いなさる。その頃、大本ではまだ電話取りつけの申しこみ中でな、やっとこのお盆に取りつけられたというのに、忙してそのままになってしもて……ああ、一度でよいさかい、電話の教祖さまのお声が聞きたい」
 古い役員の田中善臣が語る。
「今の長楽座(明治三十四年に出来、大正十一年焼失)ができる前、あそこには『馬場の常小屋』という小さな芝居小屋があったんどす。年に二、三回も芝居がかかったかいな。ある時、『忠臣蔵』がくるというので、なかなかの前景気どした。木戸銭はただの四銭やったが、大本は貧乏時代で誰も金など持ってへん。何かの用で大神さまのところへおうかがいすると、神床から二銭持ってこられて、『田中はん、二銭ほど持ってじゃないか』と聞きなはる。あては一銭もなかったけど、まあ何とかなるやろと思うて『ヘえ、それぐらいなら』とお答えしたんや。そしたら大神さまが『二銭は後でできたら上げるから、これを持って忠臣蔵を観てきなはれ』とこうどっしゃろ」
「ヘえ、大神さまがなあ」と誰かが意外そうな声を出した。
「入信前のあては道楽者どしたよって、しょぼくれとるの見てかわいそうに思われたんかも知れんなあ。それとも芝居好きの政五郎はんのことを思い出されたんかも……。
 芝居観た翌日、大神さまに御挨拶に行くと、待ちかねたように大神さまは言うてんどす。『忠臣蔵はどんな所まであったかいなあ』、『へえ、序盤から大切りまでありました』、『浅野内匠頭が切腹なさる時、何と言うたのや』、『予は残念であるぞよとだけしか言うてまへん』、『それそれ、その一言を聞いただけで、大石内蔵助という人はあれだけの苦労をし、四十七士にも苦労をさせたんじゃろ。艮の金神さまが三千年も押し込められていなさった無念さ、くやしさ、それを思えばどんな苦労でも耐えられます。内蔵助という人はあれだけよくできた人じゃけれど、吉良を改心させずに殺してしもうたのは、ほんとに惜しいことじゃ。あれではまだまだ本当の忠義ではない。艮の金神さまに忠義を尽くすということはのう、敵も歓び、味方も歓び、世界の者がみんな歓ぶ世界を造ること。人間だけやござへんで。獣も鳥も虫も草も木も石ころまでも……そのためには、大本の役員信者は、みな内蔵助より以上の至誠を貫かねば、神さまに本当の忠義を尽くしたとは言えんでなあ』、そのお言葉は、あての胸にぐんと泌みましたで」
 しんとした沈黙が通夜の席を支配し、虫のすだく声のみかしましい。
 田中はくぼんだ目をしばたたきながら、言葉を続ける。
「ある時、ある人がとしとくけどな、大神さまのお傍へ来て言わはったんどすわ。『わたしは、この御神苑の掃除番でもしたいのどす』、『それは結構なお考えじゃ』と大神さまは答えなはった。けどどっせ、その人が帰りなはってから、大神さまは悲しげに洩らしてどした。『何というもったいないことを言うてん人じゃろ。なかなか見抜いた人でなけら、箒一本持たすことのでけぬ尊いところじゃのに……それでもそんなことを言うていては、誰も寄ってこんでのう』あてはこのお言葉を思い出すたびに、自分のことを言われているようで……」
 田中はうつむき、涙をすする。直の筆先を信じ、だからこそ王仁三郎を小松林の悪神と思いこみ、現教主に徹底的に楯ついてきた田中であった。
 王仁三郎に敵対してきた古くからの仲間たちはすでにみな大本を去るか死んでしまい、残るは田中のみである。
 大正五年の神島開きによって王仁三郎にかかる霊が天のみろくさまと明らかにされ、今、直の死によって王仁三郎に道統は継承されようとする。箒さえうかとは持てぬほど尊い大本で、王仁三郎の書きためた山のような原稿まで灰にした自分は、もう取り返しのつかぬ過失を犯していたのであろうか。と思うと、直という寄り処を失った田中は、地底に陥ちこむほどの絶望感に襲われた。

 スぺイン風邪で並松の自宅に臥床中の浅野和三郎は、何日も前から食事も受けつけず、熱も四十度に近かった。
 妻多慶から教祖帰幽の報を受けた時、浅野は譫言のように呟いた。
「そんなことがあるはずはないさ。それは君、何かの間違いだよ」
 それほど直の死は、浅野にとって、突飛も突飛、意外も意外であったのだ。教祖在世中の立替えを信じ、明治五十五年立替えを雄叫びした狂奔の過去――それが幻想に過ぎなかったと知る時の責任の重さに、押し潰されそうになる。
 けれどその衝撃も最低限に受け止め得たのは、高熱によって神経が麻痺していたせいであろう。
「違う、約束が違う」
 昇天したという直の後を追って、そうなじりたかった。八十三才という高齢を除けば、何一つ直の死を思わせるものはなかったではないか。その年齢にしても、確か一昨年、神さまが「直よ、そなたの年を十五ほど若くしてやる」とおっしゃった。それからの教祖は健康状態もますます良く、血色・気分ともに若々しい。だから百歳近くまでは生きられると信じていたのに。
 空転する浅野の思考に、ふとひっかかりができた。
 ――あれ、待てよ。「十五歳ほど若くする」ということと、「十五歳ほど命を延ばす」ということは、まるきり別の問題ではないのか。永く「生きてほしい」という念願が、それを一つのものと錯覚させてしまったのではないのか。
 黒雲の中に一条の光がさすように、浅野の頭脳が冴えてきた。
 最近の御神諭の中には、「もう立替えについての筆先は出し尽くした。これからは立直しの筆先を出さねばならん」としばしば現われている。立直しの分担は変性女子であることを百も承知していながら、立直しの筆先も教祖直によって出されるであろうと、心待ちに待った。
 けれど今にして思えば、立替えの筆先の終結は、現世における教祖の寿命の終結を告げるものであったのだ。これで立替えの準備が終り、いよいよ実行に入る段階なのだ。
 そうか、いよいよ日本も大本も最後の本舞台に入ったのだな。直の昇天が、むしろ明治五十五年立替え説を一層裏づけるかに思えてきた。
 浅野はさらに熱中して考え続ける。
 今年は大本の中にしばしば重要な出来事が起こったが、中でも重要なのは、教主出口王仁三郎の心身の大修祓ではなかったか。七十五日にわたる大修祓・大潔斎と教祖の御昇天は密接不離の関係、たとえば車の両輪・鳥の双翼の関係にあるようだ。
 王仁三郎にかかる神も従来多数の筆先を出したが、直が表の神諭を出す間はいわゆる裏の神諭であり、あくまで副の位置、補助の立場であった。純粋無垢の瑞の御霊の御神諭が出るためには、王仁三郎の心身の一層の清浄化を必要とした。だからこその七十五日。何しろ三千世界の立直しという大使命を持つ唯一無二の身魂だから、その準備もまた一通りではない。一方に教主の準備の大成ということは、他方において教祖の任務の完結を意味するのだ。
 ぼくが今、こうして心身の修祓をさせられているのも、大神業をお手伝いすべきよほどの任務が与えられているからではないか。
 それに思い至った時、浅野は、スぺイン風邪で消耗し尽したと思った体力・気力がまだまだ涸れ切っていないのを自覚した。
 直の帰幽と第一次世界大戦の終結が軌を一にしたと知るや、浅野の確信は一層強まった。
 浅野には、大本教祖の帰幽に対して、五年間ドンドンガンガン騒ぎ散らした欧州戦場が急に休戦条約を締結し、世界の鳴物を禁止して謹慎哀悼の意を表したかに思えた。世界の現状が大本内部と歩調を合わせて急変しつつあるのは、いかに神の摂理とはいえ、なんとも奇妙不可思議なことよ。
 ――王天下は永う続かんということが、これまでの筆先に書いて知らしてあろうがな。何かの時節が参りて、何事も一度に出てくるぞよ。善きことも悪きこともみな一度に現われて、外国には惨酷ことがしばしばあると申して知らしたことが、実地になりてくるぞよ……。
 明治二十六年にすでに「王天下は永う続かん」と神は宣言した。それが昨年旧九月に再び神は念を押されているのだ。恐ろしい断言であった。
 古くは仏国から始まって、近代では葡国が共和国になり、支那の王天下は一朝にして覆った。近くは露帝ニコライ二世の悲惨な最後、そしてロマノフ王朝は滅び去り、革命は野火の如く広がる。目まぐるしく世界の小国は独立する。今度の休戦にともなってドイツ皇帝の退位、続いて墺国皇帝カールの退位、ハプスブルク朝は露と散った。まさに古き世界は崩壊し去り、新しき世界が生まれるのだ。
 病床に臥す浅野の耳にも、新旧世界の立替えの足掻と軋みが遠雷のように鳴り響いてくる。
 この間見舞いに来た友清から、浅野はまた怪情報を得ていた。
「世界の悪神の首領八頭八尾の大蛇は露国の王を捨ててカイゼルに憑って荒び廻っていたが、十一月一日から米国のウイルソンに憑りかえた」と教主が誰かにしゃべったという。そう言えば最近の筆先にこんなのがあった。
 ――露国に上りておる守護神が、も一つ向うの国へ渡りて、向うの国の頭を自由自在に至して、世界を悪の世に致すつもりであるが、それでいかねば手をかえ、品をかえ、どこまでも悪の目的を立てようといたすぞよ。
 十一月一日といえば、教主七十五日の行の上がった翌日である。そのこととはたして因果関係があるのか。あったとすれば、それは何を意味するのか。そして五日後には教祖直の帰幽。
 とにかく大正七年十一月六日という日は、世界史上でも何たる重要無比の転換期日であろう。大本教祖の現肉体としての任務、即ち世界の守護神や人間に警告と教訓を与えるべき世の立替えの準備行動はこの時を境として終わりを告げ、何の未練もなく大本教主のためにその位置を譲った。
 いよいよこれから世の立替えの実行期に入る。これから百日ぐらいは教祖の葬儀やら服喪やらで大本の活動も中止しようし、それを型として世界もまた一時休戦期の安逸をむさぼろう。これは大活動・大飛躍にかかるまでの煙草一服であり、教祖の喪期の明ける頃から大本も世界も果たしていかなる方向に進み行くであろうか。

 十一月八日深夜、舟入式(納棺式)。九日午後四時、柩を居間より金龍殿に移す。役員信者が全国より参集し、さしもに広い金龍殿が人であふれる。直に「神政開祖(惟神真道弥広)大出口国直霊主命」の諡名がおくられる。
 墓地(奥都城)は、王仁三郎が昨年の春買収しておいた綾部市田野町才ケ首、通称「天王平一の瀬」と決定した。神苑を西南に去る約二キロ、直と因縁深い弥仙山を真正面遥かに仰ぎ、本宮山と相対する山腹だ。
 十二日より大規模な、お山開きの工事が始まった。直を慕う多くの役員信者らの献労により、玉砂利を敷きつめた奥都城が築造される。
 十一月二十七日午後四時、金龍殿で遷柩の式を執行。終わった頃には日は暮れかかり、冷たい雨がしとど降り出した。霊柩を奉持して天王平へ供する者たちは、そぼ濡るることを覚悟し、白衣の衿をかき合わせる。王仁三郎は統務閣前に据えた霊石の傍に歩み寄り何事かを念じるや高らかに一声、
「水分の神、雨やみたまえ」
 それが雨やみの言霊と知って、一同、暗夜の雨空を見上げる。と、風が吹き初めて雨を散らし、雲の切れ間から星明りがさしそめる。思わず感嘆の声が湧き、いっせいに合掌する。
 五時半、霊柩はしずしずと発する。柩が大きいので、西門の横の垣をこわして新しい道が造られていた。かがり火と松明の灯に導かれて一行は進む。天王平に到着した頃には半分ほどは雲がなく、星空が初冬の気に冴え渡る。まだ奥都城の工事は仮に整えられたばかり、なまなましい土の匂いが悲しみをそそるのか、あちこちですすり泣きが洩れる。
 仮埋葬の儀。王仁三郎が従者の持つ剣をとって抜き放ち四方を祓うや、星は燦然と輝きを増し、松吹く風の音さえやみ、霊光の気が全山に満ち満ちた。
 十二月二日、艮の金神が王仁三郎にかかって筆先が出る。
 ――変性女子の身魂を明治三十二年の六月二十三日に龍宮館の高天原へ引き寄して、いろいろと気苦労をさして、身魂の荒研きをいたさしたが、女子もあまり、我が強かりたので、改心さすのに十年かかりたが、明治四十二年の七月十二日から坤の守護にいたして、大本の経綸の御用を命してきたぞよ。それでもまだ世の立直しの御用さすにはあまり混りがありて間に合はぬから、大正七年の七月十二日女子の肉体の誕生日から、この世の荒衣を脱がすために、七十五日の肉体と霊魂の大洗濯をいたさしたぞよ。
 出口直は十三日の間食物を取り上げたなれど、女子の肉体はあまり曇りが激しいから、四十八日の間食物を取り上げて身魂に苦労をさして、二度目の世の立直しの御用に使うのであるぞよ。何事もみな神から命令でさせられるのであるぞよ。
 変性女子の身魂を〆木にかけて汚い分子を吐き出さしておいて、五十日目から国常立尊が坤の金神と引っ添うて、女子の霊魂を世界中連れ回りて世の立直しの守護がさしてあるぞよ。
 七十五日の床縛りが済みて二日の間肉体を休まして、三日目には大本変性男子の肉体の最後の大祭をいたさせ、四日目は祖霊社の祭を済まさせ、五日目には変性女子の口を借りて大本の立直しの厳しきを教え、大本の役員信者に申し聞かしてあるから、チットも間違いの無いように、これからこの大本の中は心配りをいたして下さらぬと、肝腎の仕組みが遅れるから、天地の神々様に申し訳のない事になりてしまうぞよ。
 明けて六日目、旧十月の三日、新の十一月六日の五つ時(午前八時)、神界の経綸が成就いたして、今度の世界の大戦争をちょっと止めさしておいて、その晩の四つ時(午後十時)に天からのお迎えで、出口直は稚姫君尊の御魂と引き添うて天ヘ上りたぞよ。
 これからは天の様子も明白に判り出すぞよ。いったん出口直は天ヘ上りたなれど、直の御魂は三代の直霊に憑りて地の御用をいたさすぞよ。
 直の御魂は、天にありては国常立尊と引き添うて大国常立尊大出口神となりて、世界の守護をいたすなり、地に降りては、変性女子の身魂に国常立尊が憑りて、立直しの筆先を書かすなり。出口直の御魂は、木花咲耶姫殿の宿りた身魂の三代直霊に憑りて直霊主尊となりて、地の神界の御用をいたさす経綸が成就いたしたから、これからの大本の中はこれまでとは大変わりがいたすぞよ。
 直昇天一カ月後の十二月六日(旧十一月三日)、本葬が盛大に行われた。役付の者だけで三百数十人にのぼり、二キロの道程はほとんど会葬者で埋められた。斎主は梅田信之、副斎主は田中善臣がつとめた。
 直の臨終の時、梅田は引き止める王仁三郎の手を振り切って京都へ帰り、追いかけて直の死亡通知を受けたが、初めは嘘っ八だと笑って取り合わなかった。けれどそれが冷厳な事実と否応なく分かるや、
「だまされた、だまされた、『直は死んでも死なんぞよ』と、あんなに約束したやないかい」
 畳をかきむしり、転げ回って、梅田は泣き狂った。
「旦那はん、だまされたんやおへんえ。『死んでも死なんぞよ』というお筆先は、『死んでも、死なん』で、やっぱりお肉体は死ぬことどっしゃろ。お肉体の命はなくなっても、それでも霊は死なんぞよと……」と、安子も必死でさからった。
「そんな馬鹿な、ばか、ばかっ」
 わめきつつ梅田は起き直り、真っ赤に腫れた目を天井に据える。
 なるほど、お安の言う通りかも知らぬと、思い返した。
 ――種まきて、苗が立ちたら出てゆくぞよ。刈りこみになりたら、手柄さして元へもどすぞよ。
 日頃愛誦している明治二十七年旧五月の筆先が、この時、梅田の脳裡に浮かび上がった。種は蒔き、苗が立った。後は刈り込みを待つばかり……。
 この筆先は日清戦争当時の唐行きのことと思っていたが、そうか、これこそ教祖御昇天の予言ではないか。苗が立った今、教祖直はこの世から出て行かれる。
 銀の鈴のような直のやさしい声が、信之の体にしみ通る。
 ――ほのぼのと出て行けば、心淋しく思うなよ。力になる人が用意してあるぞよ。
「お安、綾部ヘ行こう。早よ行こ。教主さまにお会いするのや」
 梅田は激しく安子の肩をつかんでいた。
 蔭で「梅田はんはいつ殉死してんやろ」と囁く信者もいたが、梅田はもう気にならなかった。神が用意し給う「力になる人」、男が男として惚れこんだ出口王仁三郎は、今ここに大地を踏みしめて立っている。
 斎主梅田信之は涙を払って、永遠に生き続ける直の霊魂を奥都城深く鎮めまつる。
 ぶすっとふくれ顔で、直日は、小山のように土を盛られた墓を見つめていた。
「わたしが死んだらなあ、静かな松の木かげの小さな墓に、目立たぬように埋めてもらいたいんじゃがなあ」
 梅田安子にも語った直のひそやかな願いを、直日もまた祖母の口からじかに聞かされていた。そんなお墓を瞼に描いて、直日は子供心に「よいなあ、しゃれてるなあ」と思った。だのに祖母の願いは、教祖であるばかりに、死んでからもかなえられぬものであろうか。あまりに大きく立派過ぎる墓が、祖母の高潔な人格にひどくそぐわぬものに思え、無念でならなかった。
 本葬を終り、この時まで消されずに燃え続けていた霊前の神火が持ち帰られ、教主出口王仁三郎と澄に、古式にのっとった道統継承の「火継ぎの神事」が行なわれた。

 鵲橋を渡って、直日は言霊閣の石垣を登る。土台造り半ばの石垣は、それでもかなり高かった。三月ほど前、父が祖母を負うて立っていたというその場所から、ぽってりとした鵯がはすかいに飛んだ。同じ場所に自分を置いて、男袴の裾を踏んばって立つ。南の眼路の果て天王平一の瀬の奥都城は、もう冷めたい夕闇に閉ざされていた。暮れなずむ山も野も薮も片端から淡く溶かして、霧は押し渡ってくる。
 すべてはこの葛湯色の丹波霧が生みなした幻想ではなかったろうか。
 父王仁三郎は暖い人柄ながらへんに気が弱く、そのくせ粗野で大袈娑で傍若無人なところがあり、直日の感覚ではついていけない。いや、時には生理的な嫌悪感すら抱くことがある。母澄は強靭でおおらかな翳のない人、それでも繊細な直日の神経とは、どこかで行き違うことが多かった。直日にとって、祖母こそは人間のあるべき理想の姿であった。現実とは受けとれぬ祖母の死が、一人になった今、耐えがたいせつなさで直日の胸を熱してくる。
 艮の金神がこの大地を生みなされたまことの母であるならば、澄みきり澄みきる水晶の世の到来まで、その大経綸が終焉することはあるまい。教祖さまのお体は天王平の土と朽ちようとも、その霊魂は人々の心の奥底に消ゆることのない燈火となって燃え続けよう。救いの道はここに、永久に残されている。
 そうは思っても、ほろほろとあふれ落ちる涙をどうしよう。女々しいと拳で拭って、直日は木刀の柄をぐいと握りしめる。ふと仰ぐ味方平の上空に、はやオリオン星座が煌き始めていた。

 直の昇天以来、連日のように王仁三郎の手になる筆先が発表されていた。
 神が出口直の手を通して示した筆先を「表の神諭」、直の昇天までに王仁三郎の手を通して示した筆先を「裏の神諭」、そして直の昇天後、王仁三郎の筆で神意の伝達されたものを「伊都能売神諭」と通称される。
 ――艮の金神国常立尊が、明治二十五年から永らく出口直の体内を借りて、稚姫君尊と引添ふて変性男子と成りて、三千世界の世の立替えの経綸を、筆先に書かして知らしたなれど、後の立直しの筆先は未だかかして無いから、変性女子の体内を籍りて是から時節に応じて書かすぞよ。(大正七年十二月二日)
 右の筆先の示すように、「伊都能売神諭」は「後の立直しの筆先」として、「表の神諭」と明らかに性格を異にする。
 十二月二十七日も王仁三郎は帰神状態になり筆先を書く。筆先が出ているとあって、誰も入室を許されない。だが龍宮館全体から緊張した緻密な空気が立ちこめ、知らずとも近寄るのをはばかるものがあった。
 どれほどの時がたったろう、筆が止まると同時に王仁三郎の体が弛緩し、紅潮した頬の色が薄らいだ。ほっと吐息し、厚く積まれた『神霊界』用の原稿用紙を手にとり、ぱらぱらと眺めやる。最近出る筆先は、どれも激しいものばかりであった。
 ――艮の金神国常立尊が、龍宮館の高天原に現はれて、世の立替え立直しの筆先を書きおくぞよ。三千世界の立替えの御用いたさすために、変性男子の身魂大出口直に長らく苦労をさしてあるぞよ。
 天保七年十二月十六日、天照皇大神宮殿の御誕生日にこの世へ出してから二十七年の間、直は結構に気楽に暮さしてあるぞよ。さう申しても世間並の気楽さではないぞよ。なかなかいろいろと肉体について人に変りたことがさしてありたぞよ。二十八才の冬から五十七才まで三十年の間、人民界では誰もよう堪らん艱難苦労をさして、現世の衣を脱がして御用に立てたぞよ。五十七才の正月元旦から、艮の金神の体内に這入りて、今年で二十七年の間、神界の経綸で筆先を書かせ、口で世の立替えを知らしたぞよ。
 何時も三十年で世の立替えといたすと申して知らしたことが、モウ一分になりて、跡三年残りたなれど、水も漏らさぬ仕組であるから、三年の間は変性女子の手を借りて立替え立直しの御用をいたすから、これからは一日ましに世界から判りて来るから、何程の鼻高でも成程と往生をいたすようになりて了ふぞよ。
 変性女子は神界の経綸で明治四年の七月の十二日にこの世へ出して、二十七年の間はこれも普通の人民ではできぬ苦労をいたさせ、二十八才の二月九日から、神が高熊山へ連れ参りて、身魂を研かして、世の立直しの御用の経綸がいたしてあるぞよ。二十八の歳からこの大本へ引寄して、有るにあられん気苦労をいたさして、いよいよ身魂が研がきかけたから、三十九才からボツボツと大本の経綸にかからしてあるが、この先まだ十年の気苦労をいたさすから、そのつもりでおりて下されよ。
 三年先になりたらよほど気をつけて下さらぬと、ドエライ悪魔が魅を入れるぞよ。辛の酉の年は、変性女子に取りては、後にも前にも無いような変りたことが出来てくるから、前に気をつけておくぞよ。(大正七年十二月二十二日)
 ――いよいよ来るか。おののきが我知らず背を走る。
 三年先の辛の酉といえば大正十年、次々に襲いかかり爪をむいてひっさらう猛禽群がまっ黒に天をおおうのが、王仁三郎には見える。前兆はすでにひしひしと身に迫っていた。
 教勢が加速度的に拡大するにつれ、世間の大本攻撃も劣らず激化した。新聞・雑誌は競って大本批判の記事を載せる。警察当局の目も鋭く大本の動きにそそがれる。飢えた狼の如き警察をそそのかすこの筆先……。
 王仁三郎はみずからの手で国家の大弾圧を招き寄せる口実を作り出しているのだ。
 現に最近の筆先の中からでも、警察がその気になってほじくれば、不敬罪の種は随所にあろう。
 ――外国人に自由自在にいたされ、眉毛の数まで読まれておりてもまだ気がつかず、ケツのケまで抜かれて了ふておりながら、まだ眼尻を下げて歓こんでいるといふ、今の日本の○○○○の体裁、開いた口がふさがらぬと申すのは、ここのことであるぞよ。今に脚下から唐土の鳥(ふりがなは原文通り)がたつが判ろまいがな。○○の○○と申しても余りでないか。一日も早く○○いたして下されよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護といたして、万古末代世界中を泰平に治める経綸のいたしてある、神国の○○と人民が何も判らぬとは、惨いことに曇りきりたものであるぞよ。(大正七年十二月二十二日)
 ――艮の金神元の国常立尊変性男子の御霊が下津岩根の高天原に現はれて、世界のことを書き知らすぞよ。
 東の国は一晴れの実のりのいたさぬ薄の○○、実のりいたさな国は栄えぬぞよと申して、今までの筆先に毎度繰り返し繰り返し知らしてありたことの、実地が近うなりてきたぞよ。○○の天津御空には黒雲ふさがり、地には泥水溢(ふりがなは原文通り)れて、人民の憂瀬に沈み苦しむ者は数知れず、餓鬼畜生の今の有様、誠の神ならこれをじっとして高見から見物いたしてはおれんはずなれど、今の世に出ておれる方の守護神にも誠の日本魂の臭いもないから、その日暮らしの今の世の持ち方、これでも日本神国の神と申されようか。
 力量がないと申しても、無経綸と申しても、あまりではないか。一日前の世界の出来事も判らぬような暗い御魂では、世界どころか、小さい日本の国だけでも治めることはできぬではないか。何もかも一切万事が行き詰りて了ふて、進も退りもならぬようになりておりても、まだ心が賤しいから、大事に抱ヘてよう放さん厄介な守護神ばかりであるが、外国にあれだけの見せ示がしてありても、まだ気がつかぬか。岩を抱へて海ヘ這入るやうなことばかりいたしておるが、神界の誠の生神の目からは危険うて見ておれんぞよ。
 日本の国の上の守護神よ、しっかりいたさんとハラが今に破れて、三千世界の恥さらしにならねばならぬようなことが、内と外から持ち上がるぞよ。根本から曇りきった鏡には神の申す誠の姿は映ろまいなれど、どこまでも神は人民を助けたさにクドウ知らしてやるぞよ。これで聞かねばモウこの先に何事が突発てきても知らんから、神と出口に後で不足は申して下さるなよ。モウ何も知らんぞよ。ナヅナ七草の用意を早くいたしておかぬと、今に唐土の鳥が渡りてくるぞよ。唐土の鳥が羽が強ふて口嘴が長くて鋭いぞよ。脚も長いし、数も沢山にあるぞよ。日本の鳥は余程しっかりと神力がないと、天空から蹴り落されるようなことが出来いたすぞよ。
 鵲の橋が落ちかけるから、神が守護はいたしておれど、日本の守護神の改心が遅れたら、一旦はどうなろうやも知れんから、神が心を苦しみて、日夜の守護をいたしておれど、日本の神にも守護神にも今ではチットも気がつかんぞよ。
 五十鈴の滝が濁ってきたぞよ。川下の人民がこれからは可愛相であるぞよ。時節参りて綾部の大本龍宮館の高天原から水の御魂が現はれて、濁り水を澄まして、水晶の流れにつけかえて、世界の人民を泥から助けて、誠の神の身魂に清めて助けるぞよ。じゃと申して心の直らぬ人民は、助けるといふことはできんぞよ。
 世界の難儀を幸ひにいたして、膨れた袋鳥は袋が破れ、腹が引裂け、夜食に外づれてアフンといたして開いた口は閉さがらず、六ケ敷をいたして泡をくうのは、今目の前に出てくるぞよ。欲に迷ふて慢心いたすとその通り、誠に気の毒なれど、各自の心からであるから仕様はないぞよ。今にせっかく造りた立派な巣を潰すやうになるぞよ。上から下まで大きな間違いができてくるぞよ。
 天が地になり、地が天になるぞよ。天災地妖が続いて起るぞよ。目も鼻も口も開かぬやうなことが来るぞよ。餓鬼がだんだん殖えるぞよ。思はぬ国替いたす人民も沢山あるぞよ。だんだん人気が悪るなるばかりであるぞよ。医者と坊主と葬式屋の豊年は続くぞよ。米はだんだん騰貴るばかりで、何ほど金銀出しても手に入らぬことになるぞよ。用意が肝心であるぞよ。日本の上の守護神に気をつけておくぞよ。大きなものは、一時にバタバタと潰れてしまふぞよ。
 広い城の馬場で俄の天狗風が吹き出すと、合羽干の爺さんもハラをもむなれど、とうてい人民力では治まらんぞよ。狼狽え騒いだその上ケ句の果が、堀りヘ落込み土左衛門となるのが定まった道筋、どこに一つも重い押えがないから、ドウにもこうにも始末がつかんやうになりてくるぞよ。神が構ふてやらねば、治まりはつきはいたさんぞよ。比日谷ケ原ヘなにほど糞蛙の盲目虫が集まって喧ましう鳴き立てても、この天狗風は防げんぞよ。目のない千鳥、彼方へヒョロヒョロ此方らへヒョロヒョロ、兵糧尽まわってトコトンの果は、手の鳴る方ヘ頼らねばならんことになるぞよ。手の鳴る方は、神の大前ぞよ。神は天地をこしらえた肉体の、今にそのまま生きている元の生神、国常立尊であるぞよ。(大正七年十二月二十五日冬至の日、変性女子の手を借りてしるす)
 ――大出口の神と現はれて天からこの世を見渡せば、何処も同じ秋の夕暮、霜先の激しき状態、口で言ふやうなことではないぞよ。○○○今の○○○の行状を見れば、奥山の谷の奥深き人民の能ふ行かぬ所で、四ツ足と一つになりてジャレておりて、国が立うが立つまいがチットも念頭にないといふやうなことで、ドウしてこの神国は治まりて行くと思ふか、神は残念なぞよ。
 今の中に守護神肉体が改心して神国の一の行ひいたして下されば結構なれど、何時までも四ツ足の自由にいたされるやうなことなら、神は是非なく一限りにいたして、新つの松の世にいたさうより仕様はないぞよ。
 千里万里の奥山に住む山の神の精神が悪いから、雌鶏の時を告げる世であるから、世界に誠のことは一つも出来いたさんぞよ。何ほど守護神に気をつけても改心いたしてくれねば、神界から止むを得ず処置をつけることにいたさなならんから、どうなりても神を恨めて下さるなよ。日本の一の守護神にくれぐれも気をつけるぞよ。(大正七年十二月二十四日・陰暦十一月二十二日)
「何と、神さんもよう言うてや。こんなこと発表したら、わしの命一つで足りるけい」
 ほっと溜息をつき、王仁三郎はつぶやく。辛い運命を予知しながら避けては通れぬ予言者の悲しみであった。多くの人が王仁三郎に唾して捨て去り、ユダが続出しよう。「ここぞ」と排斥運動を強める人々の顔、顔……世間からは悪魔のようにののしられ、虐げられる。それに耐え、どれだけの人がわしを信じ踏み止どまってくれるか。
 信者たちは、出口直を「大神」とたたえ、信じていた。確かに、目に見えぬ神に信仰を捧げるより、手応えのある肉身を持つ人を生神とする方が安易であり、充実感があろう。
 だがその肉体信仰は、曇りガラスを通しては真の象が把握できぬように、主神への主一無適の信仰をいかに妨げてきたか。低俗な肉体信仰に生きる者の多くは、直の死につきあたった時点で神を見失い、「裏切られ」て大本を去る。
 それでも去りかねた人たちは、懲りずに次なる肉体神を求める。その対象が王仁三郎であった。
 しかし肉体信仰を愚劣として駆逐できぬところに、組織者としての王仁三郎の弱みがある。教団エネルギーの大半は、三千世界の立替え立直しが生神の指揮によって行なわれるという、盲信から発しているからだ。今、教団はものすごい勢いでふくれ上がっている。だがそれは、いったん衝撃が加われば、風船玉がしぼむようにはかないものであることを、王仁三郎は知っていた。
 次々と――こうして容赦なく篩にかけられながら、誠の神の子が選り分けられていく。
 知れたことではあるが、この日本こそ、天照大神の天孫知食す生神の国、日本人一人残らずが「現人神天皇」の信者、ただなびき伏すべき民草なのだ。
 王仁三郎の背中には黒子が三つ、まるで墨で描いたように、等間隔で縦に印されている。かつて湯浅に語ったように、おのが宿命の星はオリオン星座の三つ星だと、王仁三郎は信じる。巨大な囚の字型に四隅を封じこめられた形の三つ星こそ、天の囚獄オリオン星座で瑞(三つ)の御霊が千座の置戸を負って立つ姿。その宿命の極印を背に生きねばならぬ王仁三郎。
 オリオンは、ギリシャ神話の最高神ゼウスの弟で大海原を治めるポセイドンの子、海上を自由に歩ける狩の好きな美しい巨人であった。太陽神アポロンの妹・月の女神アルテミスに愛されたが、アルテミスは兄神アポロンにあざむかれ、海中を歩くオリオンを射殺する。気がついたアルテミスは、嘆きのあまりその死体を天の星の中に閉じこめてしまった。
 オリオンが海を治める神の子で月の女神を愛し太陽神と争って星に囚われるなど、王仁三郎にかかる素盞嗚尊の宿業を暗示させるではないか。
「素盞嗚尊が地の高天原を奪りにまいりた」と直にかかって雄叫んだ天照大神。
 ぎいっと髪が逆立ち天井まで体ごと舞い上がった素盞嗚尊の激しい降霊を、昨日のことのように王仁三郎は思い出す。
 その疑いが晴れぬ限り、火水の戦いは時を超え、舞台を変えて続くのか。
 これから始まるであろう過酷な弾圧も神々の誓約。
 二度、三度、雛型は日本へ写り、世界へ広がる。それが神の経綸とあれば、せいいっぱい体を張って受けるだけや。
「どれ、こいつを編集に回すか」
 王仁三郎は伏字だらけの筆先の束をつかみ、ちょっと首をすくめて立ち上がった。

 大正七年十二月三十一日、つまり大晦日の午後、袴の股立ちとった馬上の男が一頭の馬を曳き、質山峠を下ってくる。男を乗せた馬は栗毛、曳かれる方は茶で、たてがみと尾が漆黒。二頭とも外国産の駿馬であろう、道行く人が足を止めて見惚れるほどの見事さだ。
 が、それにも増して人目を魅くのは、木洩日を浴びる馬上の男、目鼻立ちの派手づくりな、一種の妖気さえただよう美貌だった。
 眼下に開けた綾部の町を見はるかし、芝居口調もはずんで、男は一人ごつ。
「親分、深町孝之亮、只今参上つかまつる」
 王仁三郎に初めて会った時の強烈な印象は、今なお新鮮である。
 ――わしとしたことが、あの瞬間から、自分の運命を王仁三郎というどえらい男につかまれてしもた。
 深町孝之亮、明治十六年、神戸で生まる。どう見ても年よりぐんと若いが、実際は人生も半ばの三十六才。戸籍では敏雄・とくの長男となっているが、妾の子だとか、歌舞伎の尾上菊五郎の兄弟だとか、おせっかいにも知らせる奴がいた。だがそんなことは気にしない。木の股から生まれたのでないことだけは確かだから。
 少年時代からやんちゃで名を売ったが、長じてもその性格は矯められず、今日まで自由奔放に人生をつっ走ってきた。
 明治四十一年、二十六才で鈴と結婚、二人の娘が生まれた。大阪市南区清水町で電気銅(電気精錬によって得た銅、電線などに使用)を扱う深町商会を設立する。
 大正の初め、父の持ち山である伊豆の土肥金山を義兄から受け継ぐと、これが面白いようにあたって、急に多量の金が採掘され出した。よほど運が強いのか、米相場もやる度に勝った。
 男っぷりは良し、金はうなるほどあり、女どもはむらがり寄る。望むがままに次々女を征服し、何人かに子を生ませ、金で解決した。だが山田広子だけは別だった。
 広子は元は梅勇という売れっ子芸者で、舞いの名手であった。深町は広子を落籍せ、神戸に愛の巣をかまえる。明治四十四年十一月には、武一という男の子も授かった。広子には本気だった。
 広子の父は文楽で日本一の三味線弾きといわれた鶴沢道八、本名を浅野浩司という。鶴沢から大本の噂を聞かされた深町は、十二月五日、広子と八つになった武一を連れて初参綾した。
 ひとまず亀嘉旅館に宿をとり、大本へ行く。
 金龍海の畔で、すでに面識のある海軍大佐矢野祐太郎と出会った。
 深町は、誰とでもやたら握手する癖があった。知らぬ土地でひょっこり知人に出会うのは、とりわけ嬉しい。握手する手に力がこもった。
「知らなんだ、矢野さんが大本信者とは……」
「古くはないがね。僕は東京住まいだが、この春から、妻子は綾部に移転させた」
「へえ、こいつは驚きや。それで休暇だすか」
「明日は出口開祖の本葬だから、特別に休暇をとったのさ。家が狭いから、僕だけ亀甲屋に投宿中だがね。やれやれ、さすがの豪傑も、とうとう大本の虜になったか」
 矢野は愉快そうに肩を叩く。
「なに、ひやかしの見物だす。開祖はんの葬式があるちゅのも、ここへ来て初めて知ったぐらいだァ。最近世間を騒がしとる大本とはどんなとこか、この目で確かめよう思て。それにこいつの親父が大本にかんかんやさけ……」
 広子は深町の背越しに、色っぽく頭を下げた。武一は池の鴛鴦に夢中で戯れている。
「はて、この美人は奥さんじゃなさそうだし……」
「ははは、わしの御側室や。こいつの親父が、ほれ、三味線弾きの鶴沢道八……」
「そうか、鶴沢さんの……愛人同伴、けっこうけっこう」と矢野は冷やかす。
「大本が食わせ物なら、鶴沢のためにも、わしが化けの皮をひんむいてやるつもりだす」
「あい変わらず元気がいいね。大本は偽物じゃない、正真正銘の本物だよ、君。わしが保証する」
「信者になった者から保証されても、信用なりまっかいな」
「そりゃそうだ」と矢野は頭をかき、
「しかしせっかく来たんだから、鎮魂帰神を受けてみんかね」
「おう、願うところや。それのうまい奴、誰かいまっか」
 矢野は苦笑し、
「おいおい、ここではもう少し言葉を慎め。ところで神戸新聞の主筆をしとった今井梅軒という男、知ってるかね」
「名前だけなら……なかなか切れ者ちゅう噂や」
「うん、たいした男だよ。その今井さんが、九月に一家を上げて綾部に移住してきた」
「ほう、あの男までが……大本ちゅうところは、いったん綱がかかると、なかなか抜けられんようだすなあ」
「今井さんは覚えたての鎮魂に夢中だ。審神者としての筋はいいらしい。彼にやらしてみよう。連れてくるから、宿で待っててくれ給え」
 宿で広子に耳の穴を掃除させながら待った。深町の両耳の穴からは、毛がもみ上げまではみ出して伸びている。その長い耳毛も自慢の一つ、丁寧に手入れさせた。
 やがて矢野が今井を連れてきた。
 今井は胡麻塩頭、金ぶち眼鏡、細面に白い支那髭を生やした小柄でほっそりした男。深町が水もしたたるいい男なら、一方は絵で見る仙人をひん曲げたような貧弱さだ。
 ところがどうして、対座するなり静かで丁寧な言葉つきながら、ぐんぐん人を圧する何かがある。なるほど、こいつは大物やと、深町は舌を巻いた。
 今井が審神者、深町が神主になって鎮魂が始まる。今井の指先から何かしら熱いものが発射されるのを感じる。こいつはけったいな、けど負けてたまるか。腹に力を入れ、ぐりっと目をむいた。
 と、不思議な現象が起こった。神主の深町が平然としているのに、審神者の今井の頭が次第に垂れ下がり、額から脂汗がにじみ出した。ついには畳に頭をすりつける。深町が力を抜くと、今井は荒い息を吐きながら面を上げ、眼鏡をはずして額の汗を拭く。
「おかしいなあ。抵抗できん何かの強い力が僕の頭をぐんぐん押えつける。新米審神者の僕には不可解な現象です。ちょっと待って下さい。先輩の浅野先生にお願いしてみましょう」
 飛び出していった今井は、ほどなく浅野和三郎と陸軍大佐小牧斧助を引っぱってきた。
 小牧は五十三才、鹿児島県人、頭が禿上がり、丸顔ででっぷり太った大男だ。福知山工兵第十大隊長として福知山に赴在、稲次要蔵の導きで大本に入信、予備役となったのを機会にこの九月、綾部に移住してきた。海軍関係の入信者は多かったが、陸軍関係では、この小牧をもって嚆矢とする。
 一同の注目する中、浅野の審神者で鎮魂が始まった。五分、十分、今井の時と同じ現象が起こり、浅野も激しい抵抗を示しながら、ついに頭を畳にすりつけた。
「うーん、わけが分からん」と浅野は嘆息した。
「わしにはよっぽど強力な霊がかかっとるみたいやなあ。どうりで昔からわしの頭を押える奴がおらなんだわけや」
 深町は鼻翼をふくらませ、顎をしゃくってにんまりと笑ってみせる。その威張りようが子供っぽくて、憎めぬ感じだ。広子は頬を紅潮させ、惚れ惚れと深町を眺める。
「いや参った参った、形なしだ。審神者が神主に頭を押えつけられたんでは、初から鎮魂にならんよ。後は出口先生しかない」
 浅野は兜を脱いで、教主・王仁三郎に面会をすすめた。
 王仁三郎は神苑北側の湯浅仁斎家の近くで、小屋の建築工事を監督中であった。深町の顔を見るなり、底抜けに明るい声をかけてくる。
「よう来たのう、待っとった、待っとった」
 教主はん、誰かと人違いしてはると、深町は思った。
 浅野の紹介を待たず、深町は大声で言った。
「神戸から来た深町だす。初めまして」
 ちょっとうなずいただけで、王仁三郎は、広子の手につかまっている武一の頭を撫でた。
「この坊は、わしみたいに目鼻立ちの整った美男やのう」
「武一です。ほれ、御挨拶おしやす」
 広子に言われてぺこんと頭を下げる武一に、王仁三郎は目を細める。
「おう、よい子や、よい子や。坊、役者になれよ」
 隠された自分の血を指されたようで、深町はどきっとした。
 これが予言なら、わしの血ばかりか邦楽の鶴沢の血まで受け継ぐこの子は、一世をなびかせる名優になるかもしれん。
 浅野は先刻からの経緯を正直に語る。
 王仁三郎は大口あけて、朗らかに笑った。
「そやろのう、深町はんにかかっとるのは、あんたらの手に合う霊やない。良くも悪くも強い龍神が守護しとる。追い出すことはできるが、そうしたら深町はんはただの極道や。まあ、気長につき合うことじゃ。浅野はん、御苦労はん、後はわしが引き受ける」
 納得いかぬ顔で浅野は引き上げる。
 王仁三郎は建築用材の丸太に腰かけ、「おい、深町」と手招きした。本来なら、初対面で呼びつけにされて黙っておれるはずがない。が、どうしたことか、「はい」と思わず答えていた。
「ええか、よう覚えとけよ。お前は世間のしがらみという杭から綱をふりほどいて暴れ狂う放れ駒じゃ。このままではどこへ飛び出し、どこへ鼻面ぶっつけるか。危い、危い。どうや、わしを乗せてみんか。わしの手綱さばきに任せてみんか」
「へえ、こんなじゃじゃ馬でも乗っとくれやすか」
 これが気合い負けというものか、考える間もなく、ぐいと頭を下げてしまった。
 ――こんな阿呆な。今井や浅野にすら、頭を下げさせたわしやのに。
 じーんと涙が湧いてきた。口惜し涙ではない。魂が暖かくやわらかく大きなものにくるまったような安心感。今まで体験したことがないが、これがきっと嬉し涙というやつだ。
 武一が驚いた目で父をみつめた。
 王仁三郎は満足そうにうなずき、
「ところでこの小屋は何やと思う」と柱だけ立つ土間を指さす。
「さあ……」
 深町は、まだ夢見心地だった。
「分からんか。これは馬小屋や。神馬を入れる」
「神馬いうたら……はあ、さよか、先生を乗せるわしのことで?……」
「まさか。ほんまの馬を入れる。それも二頭。そのために建築を急がせとる。御用してくれ」
 あっと声を呑んだ。
 ――わしが競馬馬を六頭持っとるのを、この人は知ったはる。かりに誰かから聞いたとしても、気まぐれ者のわしが綾部に来るかどうか、それも大事な馬など奉納するかどうか、誰が知ろう。なのに既定の事実として馬小屋を。どうなっとるんや、この男は……。
「そらまあ、先生の命令なら喜んで御用させてもらいまっせ。けどわしは、馬を六頭持ってます。どれにするか、神戸まで見に来てくれはりますか」
「その必要はない。神さまの使わはる神馬は天馬やさけ、太陽と月にちなんで名前をつけといたぞ。金龍と銀龍、どや、思いあたるやろ」
「ヘえ、その二頭なら確かにわしが……アメリカ産の栗毛の名がサン、つまり金色の太陽や。イギリス産のがムーン、月やさけ銀……」
「それや、それや、金龍と銀龍は……後はいらんぞ」
「おおきに。それでいつ連れてきたらよろしおっしゃろ」
 自分の言葉に驚きながら、深町は喜びが熱く突き上げるのをこらえている。
「来年は馬のいななきで初春を迎えたい。そうじゃ、大晦日の午後がよいのう」
 歌うように王仁三郎は続ける。
「機の始まり丹波の綾部、あやの神戸にあるわいな……知っとるか、こんな歌を。いよいよ神戸から神の戸を開いて神馬が来ると、神さまがお喜びじゃよ」
「ほんなら何だすか、先生が待ったはったんは、馬だすか、わしだすか」と、深町がふくれる。
「ははは、馬に乗った男とその馬じゃ。どっちもや。見とれ、金龍と銀龍は立役者、それに乗ってこれからおもろい働きをするぞ」
 翌日、開祖の本葬に参列して神戸に帰るや、深町はさっそく六頭いた持馬のうち四頭を売り、ついでに金山まで未練気もなく手放してこの日を待った。
 神戸から綾部への道は初めてだった。だが王仁三郎の「心配いらん。馬が教えてくれるわい」という言葉を信じて、岐路に立つと手綱を放した。すると馬が勝手に方角を決めて歩き出し、深い山道を一度も迷わずにここまで来たのだ。
 このちっぽけな盆地の中に、わしを生かす親分がいる。神さんなど二の次だった。大きく息を吸い込むと、二頭の馬は高くいななき、とっとと峠を下る。待ちかねたように、天から粉雪が落ちてきた。

 ついこないだまで神苑を赤く彩っていた紅葉はあとなく散り、裸木に粉雪が吹きつけ初めた。しびれるような寒さもいとわず、王仁三郎は新築なった馬小屋をあきず眺める。
「先生、またここにおっちゃったんですか。早う御飯を食べなはれ」と、澄が呼びに来た。
「待て、お澄、もうすぐ金龍と銀龍がやってくる」
「そんなこと、分かるかいな」
「わしには分かる。遠くから馬のいななきと蹄の音が聞こえとるのや」
「今度は馬道楽かいな。うちは好かん。立替え立直しが迫っとるのに、馬どころですか。それに深町という男、人の噂では、権太くれでしょうもない女たらしやげな」
「まあ、そう言うな。そうそう、深町はお澄と同い年やそうじゃ」
「ごまかしなはんな。年なんて関係ござへん」
「そらまあ、ないない」
 細く華奢だった澄は最近ふっくら肥え出して、貫録がついてきた。
 王仁三郎はますます澄に弱い。機嫌とるように語り出した。
「お澄、日に日に変わる大本やが、時期的にはそれぞれ段階があるやろ。浅野はんが来て神霊界を発刊し、開祖はんが昇天になり、続くこれからの三年……浅野和三郎も岸一太も友清天行も谷口正治も……そして深町孝之亮もまた、濁酒時代を作るに必要な男や」
「またわけの分からんこというて……人を煙にまこうとしてじゃ。濁酒時代って何のことやいな」
「濁酒……滓を漉し取らぬ白く濁った粗製のあれや。この大本で醸造した濁酒を天下に売り出したら、上戸も下戸も先を争ってこれを呑む。呑んだ酒なら酔わなきゃ損じゃ。酔えば管巻く奴もあり、喜び勇んで踊るもあり、笑うか泣くか反吐吐くか、転んで頭を打つ奴か。酔うた酒ならいつかは醒める」
「なに寝言を言うとるのやろ、昼間っから……ほな、濁酒時代の次は何どす」
「いよいよ神の醸した清酒を売り出す。銘柄は大江山の鬼殺し、世界の鬼を退治して心の鬼も殺す珍無類の清酒や。この清酒をほどよく燗して適当に飲み、五臓六腑に染みこませたら、まさに天国に遊ぶ気分になる」
「その……清酒って何ですいな」
「教えじゃ。神素盞嗚大神のまことの教えじゃ」
「ふーん」と、澄はまだ納得いかない。
「明日から大正は八の年、八は弥の年いよいよの年や。お澄は三十七、わしは四十九か。早いものやのう、お前と結婚して十八年になる」
「いろいろなことがござしたなあ」
「ほんまやのう。わしはこれから天馬空を行く。オリオン星座の中にも飛びこまなならん。わしの留守中、大本をしっかり守るのは、お前の役目やぞ」
「よう言うてくれてや。留守なら、すまんが先生の顔忘れるほどしてきましたわな」と澄がにらむ。
「待て、その話は後や。深町が、ほれ、あの橋を渡ってきよる、きよるわい」
 王仁三郎の指さす方角から、粉雪を蹴って二頭の駿馬が駆けてくる。
「よう、待ちかねとったぞ」と王仁三郎が迎えに立つ。
 馬の背を飛び降りる深町のはずんだ姿から、子供のような喜びがこぼれ落ちる。
 王仁三郎は二頭の馬の首に代わる代わる抱きつき、嬉しげに頬ずりした。
 深町は報告する。
「こいつら、偉いもんで、本能的に親分の……いや、新しい主人の居場所を知ってるんどすなあ。誰にも聞かんと、ちゃんとここまで辿りつきましたで」
「そやろ、そやろ、けど妙なもんじゃのう。大正七年は午の年、この年に御昇天になった開祖は、神馬にまたがって天地を駆け巡り世界の御守護しなはる。待ちに松たる鶴の首じゃ。そこで午年のこの大晦日は、馬で納めて綾部と神戸の機の仕組みも織り上げた」
「それで明日からの未年は?……」と深町が問う。
「おう、よう聞いてくれた。来年には未の生まれのこの王仁三郎、めでたく坤の姫神と現われて、百千万の敵をも恐れず、いよいよ晴れの舞台に登るのや。
 わしの名前はオニ三郎やが、百済の王仁博士のおかげで世間じゃワニさんと呼びくさる。それで結構。わしは鬼にもなれば、鰐にもなるわい。
 丹波の国の山奥に角のない鬼が現われて、摺鉢峠の鉄棒で世界の権力亡者、金力亡者どもを片っ端から打ち懲らし改心させる。また和知の流れに引き添うて大きな鰐が首もたげ、世界の知者、学者どもを食い殺し呑みこんで、この世の害を除くつもりや。
 お前は鱶やが、小鰐になってついてこい。深町が楽屋入りせんことには、芝居の幕が上がらんのじゃい」
 吹きたい放題の親分の大ぼらに、深町まで大口あけて笑っていた。わけがわからんくせに、心が勇んでならなかった。
「阿呆かいな、濁酒時代のこの男たちは……」と澄はいまいましげにつぶやいた。だがなぜだか腹が立たぬ。
 澄が王仁三郎と連れ添う限り、これからも苦難は絶えまい。直の死によって母と夫の火水の戦いは終わりを告げたが、それを雛型にしたようなどえらい戦いが……国を向うにまわした戦いがいつ起こるか知れぬ予感は澄にもある。
 それが神の仕組んだ立替えなら、笑って耐えもしよう。男どもの濁した酒なら、漉して澄ませるのが、わたしの役。天馬空を行くのが夫なら、その急所をぐっと握って、うちは大地を踏みしめて立つ。
 ゆく年のすべてをかき消しつつ、粉雪は天と地を白く閉じていく。
 ――明日はまたどんな大芝居の幕が開くじゃろ。

(了)
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王仁DB (王仁三郎データベース、略してオニデビ)by オニド /出口王仁三郎の著作物を始め、当サイト内にあるデータは基本的にすべて、著作権保護期間が過ぎていますので、どうぞご自由にお使いください。また保護期間内にあるものは、著作権法に触れない範囲で使用しています。それに関しては自己責任でお使いください。/出口王仁三郎の著作物は明治~昭和初期に書かれたものです。現代においては差別用語と見なされる言葉もありますが、当時の時代背景を鑑みてそのままにしてあります。/本サイトのデータは「霊界物語ネット」掲載のデータと同じものです。凡例はこちら。/データに誤り等を発見したら教えてくれると嬉しいです。
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