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文献名１冬籠
文献名２よみ（新仮名遣い）
文献名３〔四〕秋の丹波よみ（新仮名遣い）
著者浅野和三郎
概要
備考
タグ
データ凡例
データ最終更新日2025-01-24 22:22:00
ページ170
目次メモ
OBC B142500c44
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本文
今から振りかへつて考へて見ると、自分が大正五年の冬の初めに綾部へ引越してから、翌年九月に至る十箇月間は、第一期の新兵教育時代とでもいふべきものであつたらしい。神様は思ひ切つて荒療治をしてくだすつた。矢継早に事件が突発して、ノベツ幕なしに目を回しつづけ、考へて居る隙も何もない。書く、喋べる、鎮魂する、失策る、騒ぐ、死ぬ、生る、出る、戻る……。まるきり五里霧中に十箇月を過して了つた。書けば自ら順序が立ち、又日常些末の事柄は省かれるので、左程でもなく見ゆるが、実際行つて居る身には、却々忙しいことで十箇年分を十箇月の間に、圧搾したやうな生活ぶりであつた。
お蔭で在来の娑婆臭い、コセコセした、主我的の悪習慣は幾らか脱けて行つた。神さまから御覧になれば、まだまだ垢だらけの駄々ツ児としか見えぬに相違ないが、一般世間のヤリ方とはまるで筋道をかへて行く大本式呼吸が、不知不識の間に、少しは感得されたやうに思はれぬでもなかつた。大本生活もドウセ一年や二年では甘く手には入らぬが、兎に角、世界中に大本位霊肉を浄めて行く修行場は、二つとは無いと思ふ。苟くも、この大転換期に於て、真に意義ある仕事をしようと思ふなら、一遍は大本へ入つて泥と、汗と、血と、涙との洗礼を受けることが、絶対的必要条件であるやうだ。
神様は常に阿呆になれ、生れ赤児の生の心になれと教へらるる。味はつて見ると斯麼に痛切な箴言はないやうだ。現代人士の通弊は、余りに賢し振り、余りに大家振ることである。何か問題が起る毎に、直に意見や感想の吐露と来る。自身にはとても判りもせず、又行れもせぬ事を、臆面もなく人前に並べ立てる。先づ此悪癖の打破が一と仕事だ。ギユーの音も出ぬ所まで、神様から躾られでもせねば、とてもこの癖はやまりはせぬ。大本では真先にこの修行をさせられる。矢張り地の高天原と言はるるだけの事がある。
この数年以来、大本が受けた数ある非難の中の一つは、綾部生活の不生産的、穀潰し的なことだ。世の中で働かせれば、立派に役に立つ屈強ざかりの男や女が、綾部へ引越して神様イジリは、以ての外の不心得だ。そんな不生産的人間ばかり出来たら、什麼して国家の維持が出来るかといふのだ。
至極御尤も千万なお悧巧者のなさる議論だが、一皮剥いてその裡面に立ち入ると、腐つた腸の臭が紛々として鼻を衝くやうだ。成るべく楽に仕事がしたい。神業に直接関係のない現在の職業、現在の地位、現在の収入から滑り落ちずに、このまま権妻の地位からズルズルベツタリ、正妻の資格に乗りかへたいといふ、虫の善い考へのあるデモ信者などに限つて、よく斯麼文句を並べるらしい。
一年や三年や五年位の不生産的の綾部生活は、大局から見ると決して言ふに足りない。準備無し、薫陶無しに、水晶の身魂になれるなら、それに越した結構な事はないが、実際は到底出来ない相談だ。この筆法で行くなら、学校生活も不生産的であり、軍隊教育も亦不生産的ではないか。それ所ではない、赤ン坊時代、小児時代、未成年時代は不生産的だから中止する必要があるではないか。尺蠖の屈するは延びんが為め、暫時の雌伏時代は、後の大飛躍の確実堅固な素地を築き上げる為めだ。斯んな肚の底まで見透かされるやうな囈言を並べて、神様から愛想を尽かされぬ中に、神洲清潔の民よ、奮起して神の修行の真味を嘗めよだ。
之を要するに、綾部の大本は神界から設置された修行場、身魂磨きの道場だ。従つて茲へ来るものは、他に何等の注文があつてはならぬ。綾部は飛行機が飛ばず、又地震もない安全地帯だから逃げ込むのによいだの、生活費が廉いから移住しやうだのといふものがあらば、それこそ飛んだ心得違ひだ。況んや世の中で飯を食ひ損ねた落伍者が、神をダシに使つて生活の安定を得ようだの、善い地位にありつきたいだの、金儲けの材料にしようだのと、目的を立てて乗込んで来るに至つては、それこそ不心得の極点、罰当りの頂上、単に不生産的どころの話ではない。
近頃は修行者の数も殖え、又大本の仕事も複雑になりつつあるので、亀岡に大本の大道場が設けられ、此処でも独特の活きた教育が実施されつつあるが、亀岡にしろ、綾部にしろ、修行に来る人は余程の覚悟決心を必要とする。そして一旦此処で浮世の塵芥を祓ひ清めて貰つた暁には、常に神命のまにまに、何処へでも行き、何事でも辞せぬといふ、素直で、無欲で、そして松の緑の変らない心掛がなければならぬ。
例によつて筆はあらぬ方角に走つて行つた。自分はこれから大正六年の秋の丹波の思ひ出を語らねばならぬ。
お蔭で在来の娑婆臭い、コセコセした、主我的の悪習慣は幾らか脱けて行つた。神さまから御覧になれば、まだまだ垢だらけの駄々ツ児としか見えぬに相違ないが、一般世間のヤリ方とはまるで筋道をかへて行く大本式呼吸が、不知不識の間に、少しは感得されたやうに思はれぬでもなかつた。大本生活もドウセ一年や二年では甘く手には入らぬが、兎に角、世界中に大本位霊肉を浄めて行く修行場は、二つとは無いと思ふ。苟くも、この大転換期に於て、真に意義ある仕事をしようと思ふなら、一遍は大本へ入つて泥と、汗と、血と、涙との洗礼を受けることが、絶対的必要条件であるやうだ。
神様は常に阿呆になれ、生れ赤児の生の心になれと教へらるる。味はつて見ると斯麼に痛切な箴言はないやうだ。現代人士の通弊は、余りに賢し振り、余りに大家振ることである。何か問題が起る毎に、直に意見や感想の吐露と来る。自身にはとても判りもせず、又行れもせぬ事を、臆面もなく人前に並べ立てる。先づ此悪癖の打破が一と仕事だ。ギユーの音も出ぬ所まで、神様から躾られでもせねば、とてもこの癖はやまりはせぬ。大本では真先にこの修行をさせられる。矢張り地の高天原と言はるるだけの事がある。
この数年以来、大本が受けた数ある非難の中の一つは、綾部生活の不生産的、穀潰し的なことだ。世の中で働かせれば、立派に役に立つ屈強ざかりの男や女が、綾部へ引越して神様イジリは、以ての外の不心得だ。そんな不生産的人間ばかり出来たら、什麼して国家の維持が出来るかといふのだ。
至極御尤も千万なお悧巧者のなさる議論だが、一皮剥いてその裡面に立ち入ると、腐つた腸の臭が紛々として鼻を衝くやうだ。成るべく楽に仕事がしたい。神業に直接関係のない現在の職業、現在の地位、現在の収入から滑り落ちずに、このまま権妻の地位からズルズルベツタリ、正妻の資格に乗りかへたいといふ、虫の善い考へのあるデモ信者などに限つて、よく斯麼文句を並べるらしい。
一年や三年や五年位の不生産的の綾部生活は、大局から見ると決して言ふに足りない。準備無し、薫陶無しに、水晶の身魂になれるなら、それに越した結構な事はないが、実際は到底出来ない相談だ。この筆法で行くなら、学校生活も不生産的であり、軍隊教育も亦不生産的ではないか。それ所ではない、赤ン坊時代、小児時代、未成年時代は不生産的だから中止する必要があるではないか。尺蠖の屈するは延びんが為め、暫時の雌伏時代は、後の大飛躍の確実堅固な素地を築き上げる為めだ。斯んな肚の底まで見透かされるやうな囈言を並べて、神様から愛想を尽かされぬ中に、神洲清潔の民よ、奮起して神の修行の真味を嘗めよだ。
之を要するに、綾部の大本は神界から設置された修行場、身魂磨きの道場だ。従つて茲へ来るものは、他に何等の注文があつてはならぬ。綾部は飛行機が飛ばず、又地震もない安全地帯だから逃げ込むのによいだの、生活費が廉いから移住しやうだのといふものがあらば、それこそ飛んだ心得違ひだ。況んや世の中で飯を食ひ損ねた落伍者が、神をダシに使つて生活の安定を得ようだの、善い地位にありつきたいだの、金儲けの材料にしようだのと、目的を立てて乗込んで来るに至つては、それこそ不心得の極点、罰当りの頂上、単に不生産的どころの話ではない。
近頃は修行者の数も殖え、又大本の仕事も複雑になりつつあるので、亀岡に大本の大道場が設けられ、此処でも独特の活きた教育が実施されつつあるが、亀岡にしろ、綾部にしろ、修行に来る人は余程の覚悟決心を必要とする。そして一旦此処で浮世の塵芥を祓ひ清めて貰つた暁には、常に神命のまにまに、何処へでも行き、何事でも辞せぬといふ、素直で、無欲で、そして松の緑の変らない心掛がなければならぬ。
例によつて筆はあらぬ方角に走つて行つた。自分はこれから大正六年の秋の丹波の思ひ出を語らねばならぬ。
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