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文献名1大本七十年史 下巻
文献名2第8編 >第3章 >1 世界連邦運動よみ(新仮名遣い)
文献名3世界連邦運動のおこりよみ(新仮名遣い)
著者大本七十年史編纂会・編集
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ページ1112 目次メモ
OBC B195402c8311
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本文  世界連邦ないし世界国家の思想は、世界各国にはやくから芽ばえていたが、これが国際的な規模をもつ運動に発展したのは、第二次世界大戦の時期以降に属する。広島・長崎に投下された原爆の体験から、もし第三次世界大戦がおこるならば人類は滅亡するかもしれない、なんとかしてこれを防がねばならないという声が、急速にわきおこってきたのである。この人類のあたらしい切実な要求にこたえようとして登場したのが、戦後における世界連邦運動である。当時のスローガンは、「世界連邦か、人類滅亡か」「ただ今すぐ世界連邦を」という悲痛なものであった。
 終戦の年一九四五(昭和二〇)年には、「世界憲法」シカゴ案の起草がはじまり、翌年にはA・アインシュタイン博士たちの提唱により、各国の世界連邦主義者たちがルクセンブルグにあつまって、世界連邦主義者世界協会(WAWF)の前身である「世界連邦政府のための世界運動」を組織した。一九四七(昭和二二)年にはスイスのモントルーで、その第一回大会がひらかれ、世界二〇ヵ国から五一の団体代表約五〇〇人が参加して、世界連邦の原則をあきらかにした。すなわち「一、全世界の諸国、諸民族を全部加盟させる。二、世界的に共通な問題については、各国家の主権の一部を世界連邦政府に移す。三、世界連邦法は『国家』に対してではなく、ひとりひとりの『個人』を対象として適用される。四、各国の軍備は全廃し、かわりに世界警察を設置する。五、原子力は世界連邦政府のみが所有し、管理する。六、世界連邦の経費は、各国政府の供出ではなく、個人からの税金でまかなう」という六原則がそれである。運動のすすめ方としては、現在の国際連合を世界連邦政府に発展させる方法と、世界人民代表会議をひらいて「世界憲法」を起草し、各国政府の批准をえて世界連邦政府を発足させる方法との、二つが同時に確認された。いま各国でおこなわれている世界連邦運動は、大体この六原則を基本としてすすめられている。世界連邦の国際的な運動と組織は、事実上はこの時からはじまり、現在、その本部はオランダのパークにおかれている。
 日本でも、終戦と同時にこの運動への関心がたかまり、一九四八(昭和二三)年八月六日、広島の原爆三周年記念の日に世界連邦建設同盟を結成し、のち世界連邦主義者世界協会に加盟した。さらに一九四九(昭和二四)年の秋には、世界連邦運動を支持する衆・参両院議員一八〇余人が世界連邦日本国会委員会を組織し、ロンドンに本部をおく世界連邦国会議員協会(世界四〇ヵ国の国会委員による組織)に加盟した。また一九四九(昭和二四)年六月、フランスのカオール市に端を発した都市世界領宣言運動は、わが国では翌一九五〇(昭和二五)年一〇月、大本の発祥地である綾部市の世界連邦都市宣言ではじめてとりあげられ、日本国内での世界連邦運動の発展におおきな刺激をあたえた。
 一九四六(昭和二一)年春ごろ、インドのプラタップからの手紙が愛善苑へよせられた。この手紙は大本が愛善苑として発足後に、外国人からよせられた最初の書簡であり、それには、「自分は今、世界連邦政府樹立運動に奔走している。この運動はかつての大本・人類愛善会運動の現代版といってよい。日本でもぜひやってほしい」という主旨がのべられていた。その後、世界の各地からの要望があり、また国内における愛善苑への期待もたかまって、二代教主のつよい決意にもとづき、一九四九(昭和二四)年一二月八日には、人類愛善会の再発会式をおこなった。こうして大本はふたたび人類愛善会の名のもとに、世界連邦運動をはじめとする平和運動を推進することになった(七編四章四節)。
 大本が、世界連邦運動のよびかけにただちにこたえ、教団をあげてこの運動にとりくむようになったのは、大本教義のなかに、世界連邦の思想に共通する理念がふくまれていたからである。神諭には「七王も八王も世界に王があると、いつまでも口舌が絶えんから、一つの王で治まる仕組みがしてあるぞよ」(明治25年)、「お照しは一体、世界一つにおさまる経綸がいたしてあるぞよ」(明治26年)とあり、『道の栞』にも「天に二つの日なきが如し。地にも一つの王者(主権)でなければ治まらぬ」としめされている。これは世界が一つの主権、一つの憲法、一つの政府によって治めらるべきことを意味していた。すでに世界連邦=世界国家建設の基本原理が、大本教義にもしめされていたということができる。出口聖師はこうした思想的基盤のうえにたって、「世界一家の地上天国」建設をとなえ、人類の真の平和と幸福は、世界が一つの神、一つの主権によっておさめられるようにならねば、実現できないと主張してきたのである。また、当時の「世界連邦政府のための世界運動」のバッジが、丸に十字の「巴」であったことも大本の裏紋と一致し、出口聖師の「世を救う弥勒の神の標章は丸に十字の神定めなる」などの歌とも符合していた。人類愛善会の二代総裁に推された二代教主出口すみ子によって、この運動はとりあげられ、〝かむながらせかいれんぽうへいわなるみよをつくらむひとりひとりが〟とその方向をしめして、積極的にすすめられることとなり、一九五一(昭和二六)年四月にローマでひらかれた世界連邦政府のための世界運動第四回総会には、すすんで出席を決意されるなど、みずからもこの運動の先頭にたった。また一九五〇(昭和二五)年一二月末からジュネーブでひらかれた、世界憲法制定会議に出席した出口伊佐男会長も、世界連邦運動の積極的推進の必要性をますます痛感し、その決意をあらたにした(七編四章)。

〔写真〕
○人類愛善会は世界にさきがけて原水爆禁止運動をおこし大衆に平和への結集をつよくうったえた 平和憲法の精神を生かし世界軍備の全廃を求める平和大行進 p1113
○大本の平和運動は筆先に根ざし一貫している p1115
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