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文献名1大本史料集成 2 >第1部 明治・大正期の運動
文献名2第3章 幹部その他関係文書
文献名3第1節 一葉落ちて知る天下の秋
著者天行道人(友清歓真)
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
OBC B195502c1301
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本文

 世界立替の日は愈々迫る!
 次の世界はドンナ世界乎!

 戦ひの来るのは戦ひの来るの日に来るのではない〔ことは〕事の成るは成るの日に成るのでないのと同様であります。暑くなつた今が夏の真つ盛だと思ふ時には既に地底には秋の気が旺んに張裂けるばかりに満ち充て居るのであります。明日も太陽は東から出るから明日も平和であらう。
 今年も平和であつたから、明年も先づ此んなもので有らう。無論活きた世の中だから多少の変動は有らう。けれど、大体に於て先づ此んなもので有らうとは百人の中の九十九人が左う思つて居る処であります。然るに夜となく昼となく声を涸らして其んなボンヤリした思想に反対して、大事の日にく迫る事を警告して居るものが一人あります。それが丹波綾部の皇道大本であります。
 此の二、三年来の世の中の色々な出来事を何う考へて居りますか、普通の人間から言へば天災地変、又は人間社会の一波瀾に過ぎないと思つてるで有りませうが、世の中に偶然の出来事なるものは一つもありませぬ。善い事にあれ悪い事にあれ、何れも皆悉く神慮の発現ならざるはありませぬ。風の行くのも、雲の動くのも鳥の鳴くのも、豚の寝てるのも、其処のラムプの燈の消へたのも、貴下の箸の先きから飯粒が一つ落ちたのも皆な神意の発現であります。ナザレの予言者は「吾人は恰かも飛ぶが如くに進みつつあり」と申しましたが、実は自分で飛んでるのではなくして飛ばされて居るのです。茲に於てか昔の人でも少し気の利いた連中は「一葉落ちて天下の秋を知る」なぞと云つて、烟の立つを見て既に火のある事を悟りました。「天津橋上に杜鵑の声を聴いて時勢の変を知る」男も出ました。けれども心無き者には如何なる神の啓示も、いつも啼く烏が啼く程にしか感じられませぬ。軍艦が爆沈しても寧ろ奇蹟に近い鉄道の事故が起つても、火元の分らぬ大火があつても「原因取調中」で葬られて了ふ○○の爆発があつても、気象学上殆んど見当のつかぬ暴風雨が襲来しても、夢の醒めぬ人達が大部分であります。此の夢を見てる人達にも二た通りありまして、本当に眠つてる人なら揺り起せば気がつけば起き上りますけれども、狸寝入をしてる連中は揺り起してもナカナカ起きませぬ。皇道大本でも此の狸寝入の連中は眼中にありませぬ。
 イヤ実は神界に於て綱の切れてる連中なのであります。仏者の所謂縁無き衆生であります。此の記事を見ても只だ馬鹿々々しく感ずる連中が即ち其れであります。
 今ま此の新聞を手にせられた人の中には、始めて皇道大本なるものの存在を知り、皇道大本とは何であるか、全く不案内の方があるで有りませうから一寸掻い摘んで皇道大本の要点を申し上げますが、丹波国何鹿郡綾部町に於ける皇道大本の発端は、明治二十五年正月元日を以て開祖出口直子刀自が神懸り状態になられた時からで、既に二十七年の歴史を有して居りますが、其の憑依つて居られる神は地の世界の造り主たる国常立命でありまして、今や何千年来の御計劃実現の時節が到来して、因縁の身魂たる出口開祖に憑られて、愈々此の悪の世を善一筋の世に立替ヘる大経綸に着手されたのであります。所謂建設の前の破壊で、此の現状世界が木つ葉に打ち砕かれる時期が眼前に迫りました。それは此の欧州戦争に引続いて起る日本対世界の戦争を機会として、所謂天災地変も同時に起り世界の大洗催が行はれるので、此の大洗濯には死すべきものが死し、生くべきものが生くるので、一人のまぐれ死も一人のまぐれ助かりも無いのであります。外国人ばかりではありませぬ。日本人も同様で、無論大変な事になるのでありますから、何が大問題と云つても此れ程の大問題は有りませぬ。そんなら日本対世界の戦争が何時から始まるかと云ふと、それは今から僅か一ニケ年経つか経たぬ間に端を啓きます。皇道大本の言ふた事で千百中只の一つも、毛筋の幅程も間違つた事はありませぬ。日清戦争も、日露戦争も、此度の欧洲戦争も、皆な大本神の、世界立替の準備行為の様なものでありまして、従つて其の計画実行の中府==神と人との集合所たる皇道大本では、何れも明治二十五年から分明に前知されてあつたのみならず、事情の許す限り堂々と前以て発表してあります。此度の欧洲戦争は実に突発的に起つたもので、其の一日前までは此の様な騒動が起らうとは誰れ一人夢想もする人は無かつたが、皇道大本教主出口王仁三郎先生は其の約一ケ月前に公開の席上で今ま直ぐ世界的大戦争が欧洲に起ると云ふ事を発表されて了はれました。去る六月二十五日から七月九日まで松江、米子、鳥取方面を巡講された皇道大本の浅野総務は到る処で日本の西比利亜出兵は最近に決定すると云ふ事を言明して歩かれたので、知識階級の頑迷な部分に属する連中は、当時の政界の模様から観測して、そんな馬鹿な事があるものかと嘲笑して居たが、それから十数日を経過すると出兵決定の号外が出た。馬鹿でも何んでも事実は事実で、如何ともする事が出来ませぬ。いろいろの予言を発表して社会の喝采を博するのが目的なら、此んな問題はイクラでもあるが、皇道大本は其んな道楽をしてる処ではないのでありまして、事実に世界の立替を計画実行する神と人との策源地でありますから、大抵な事は皆な秘密になつて居て、其の発表を神界から禁ぜられて居ります。
 疑ふ者は皇道大本に来つて研究修行を積みなさい。其の人の信仰の程度と神界の御都合とに依つて、其の人々の力徳相応に、次第に分明に解つて参ります。併し神界の秘密を相手を吟味せずに洩らす様な人には容易に解らして貰へませぬ。実は綾部の皇道大本は世界の鏡で、何も彼も世界の事が大本へ反映る事になつて居りますので、大本内部の一草一木、如何なる人の一挙手、一投足にも深い意味のある事で霊活の心眼を以て見れば大本の内部を見て居るだけでも少しは解る筈です。此頃いろいろ重要にして最も神聖なる使命を有する建築物等が相次いで竣工せんとして居りますが、大本では不必要な時機に不必要なものは一つも出来ませぬから、世界は何彼の事が余程迫つて来た事が分りませう。もう少し突ツ込んで書いて知らせて上げたいけれど、それは出来ませぬ。神様の眼が光つて居ります。
 従来は現界も神界も未成品時代でありましたのが、此度国祖国常立命が何千年来の御経綸成就の時機となつて、愈々世の立替が出来る事になつたのでありますが、此の旧世界から新世界に移る瀬戸際は随分現界の人々も骨が折れますので、其れは覚悟をして居らねばなりませぬ。此節頻りに米が高い高いと愚痴を並べて居りますが、まだ此れどころではありませ癜。今から半年もすればウンと高くなります。愈々日本対世界の戦争となつて少し日が経つて難局に陥りますと、一昨年の露国位ゐな事ではありませぬ。露都で米が一舛が二円もすると云つて驚いたけれども、愈々となると日本は小さい島国でありますから経済界の神経は一層過敏で、愈々日本が絶対の孤立となりますと、一舛二円出しても拾円出しても米は買ふ事が出来ぬやうになります。其時は政府は非常手段を講じて、名義は何う云ふ風にしても事実上食料品の私有を許さず、一切国家が直接に保管して配給する様な政策を執るのでありませうが、以て経済社会の混乱は想像する事が出来ませう。武器の如きも無論不足欠乏しますから、寺院の釣鐘も鋳潰されるし、民間では五寸釘の折れまで取り上げられる事になり、老若男女を問はず何うか斯うか動けるものは挙つて国防の事に当らなければならぬ様になります。決して空想ではない。委しい事は綾部へ来て研究せられねば分りませぬが、今ま直ぐに起つて来る事実問題であります。故に国民は今日只今より、食料、武器及び一般人の軍国的精神の涵養と云ふ事に念々不絶の注意を払つて頂かねばなりませぬ。桑を植へて養蚕をして居ても生糸なぞは買手が無くなります。本当を言へば今は猫の額程の土地にも芋でも何でも食糧品を植付けて、其れを数年を保存し得る様に澱粉にでも製造して置くべき時なのです。他のものは倹約しても男子と云ふ男子が銃の一挺位ゐは買つて、業務の余暇射撃でも練習して置かぬばならぬ時なのです。其外女も子供も軍国的精神を涵養して、スワ鎌倉と云ふ時に何彼の役に立つものでも用意して置かねばならぬ時なのです。愈々の場合には神様のお力に依つて解決が出来るのでありますけれども、人間としても相当に働けるだけの手なり足なりを神様から頂いて居るのであるから、人間は人間として全力を尽さねばなりませぬ。
 併し此の世界の立替の大芝居は神界に於てチヤンと筋書が出来て居るので、一時は日本国も何うも斯うも手も足も出ぬ処まで行き詰ります。
 其筋の当事者や軍人の中にも終には極めて劣等の考へを抱く奴が出て来て、○○○○されて了ふ様な醜態も演じます。敵の艦隊は△△や△△を根拠地にするまでに進んで参ります。某某某地点から次第に上陸して日本も一時は○分の○を○○されるさうですから、日本人は今から確乎と胴腰を据えて居らぬと、今のハイカラなチヨロコイ考ヘでは、眼の玉を飛び出して睾丸を釣り上げてクタバツて了ふより外はありませぬ。敵の上陸に依って行はれる惨状は実に眼も当てられぬもので、白耳義あたりに行はれたものよりも幾層倍惨酷を極めたものですが、日本人で其の時敵の毒牙に懸るものは其の因縁を有する人達で、其時に成つては如何ともする事が出来ませぬ。そして愈々と云ふ時に普通の人間から云ヘば天災地変ですが、霊活偉大壮厳を極めたる神力の大発現がありまして、大地震、大嘯、大暴風雨、火の雨等によつて解決されるのですが、其時死滅すべき因縁の者は皆死滅して了ひます。現在の建築物の如きも木ツ葉に砕かれたり焼かれたりします。其処で始めて此世の大洗濯が出来るので、其の大惨状、大混乱の光景は過去の歴史に曾つて未だ無い処のものでありますから、想像も及びませぬ。神があるの無いのと云ふ理屈も、アーメンが真理だとか、念仏に限るとか、法華経の霊威とか云つて見た処で、何も彼も事実の前には如何ともする事が出来ませぬ。事実は鉄の如く冷やかで有ります。抑そも神国に生れて神を無視するのは日本天皇陛下の国に生れさして頂いて、天皇陛下を無視されますのと同じで、現界神界両様の罪を免がれざる賊徒である。如何に其の日常の行為が道徳的であつても、君子らしい聖人らしい人であつても、根本の大義名分が分らねば気の毒でも此度は黒血を吐いて滅び、幽界に入りては永久無限の責罰を受く可き事断じて確実で、如何ともする事は出来ぬ。救ひか滅びか。貴下は其の最後の岐れ路に立つて居られます。
 繰返して申します。時期は日に日に刻々と切迫して参りました。モウ抜差しならぬ処まで参りました。眼の醒める人は今の間に醒めて頂かねばなりませぬ。日の経つのは夢のやうですが、今から一千日ばかりの間に其れ等の総ての騒動が起つて、そして解決して静まつて、大正十一、二年頃は此の世界は暴風雨の後の様な静かな世になつて、生き残つた人達が神勅のまにまに新理想世界の経営に着手してる時であります。今度の新理想世界には貨幣制度撤廃で、且つ貨幣に代用すべきものも無いと云ふ事に就て疑問をいだく人があるやうでありますが、それは決して不可能事ではない、左りとて昔の物々交換の不便を繰り返すワケでも有りませぬ。今度の世では各人の職務は何れも神勅によつて決定せられ、私有財産なるものは絶対に認められませぬ。即ち新世界の経営は人民の私有財産全部を天皇陛下に奉還する事より始まるので、家屋の如きは其人の職業、地位、家族の数等に適当したものが提供せられるし、其他生活需要品等一切適当の方法と組織との下に適当に配給されるので、何の不安も心配もなく、そんなら人間に競争心、奮闘心が無くなつて、怠け者の世の中になりはせぬかなぞ考へる人もあるが、それこそ無要の心配で、人々何れも其の天分を知つて安んずると同時に、各人何れも其の天職に精励するやうに出来て居ります。社会主義者どもが主張するやうな悪平等主義ではないので、地位職業の差別もありますが、其の職業の価値に等級は認められませぬ。併しイクラ理想時代と云つても貨幣、若くは此れに代用するものが無くては、汽車に乗るのは何うするか、宿屋に泊るのは何うするかと考へ込む人がありますが、そんな事は要らぬ心配で何も彼も都合よく出来て居ます。何しろ此世界の経綸者たる国常立命が結構な世として許される世界なのですから、今日より人間の小智を以て彼れ此れ詮義する丈愚で有ます。元来人間には私有財産なるものは無い。
 人間の生存力からして既に自分のものでない神より死を宣告せられた時には如何に焦慮つて見ても駄目である。自分の髪の毛一筋さヘ自由にすることの出来ない人間が、草一本、石一つでも私有と云ふ考ヘを起すのが既に誤つて居る。けれども其れが長年間の因習で誰れも彼れも財産に対する私有の観念を抱くやうになつた。委しく説明すると一寸面倒になるが、世の中が今日の如く濁り乱れる第一歩たる、霊主体従から体主霊従のヤリカタに片足を踏み込んだ時から、根本観念に誤謬を生じて、其れが年月の進むに連れて益々増長して来て、遂には其の誤まれる考へが正当な考へであるかの如くに感じられて、誰れも疑はぬ様になつて来たのである。言葉を換へて言へば今の人民は臭いもの身知らずの境界に陥つたのである。浅墓なる人間の考へと云ふものは、昔から今日まで「誤り」から「誤り」を伝うて移り変つて来たので、其時其時の「誤り」を正当と考へて怪しまないほど憐れむべきものであつた。一例を引いて言ふならば或る時代には一頭の牛を盗んだ者を死刑に処して怪しまなかつたが、今日では殺人犯者を死刑に処するさへ躊躇する世の中となつた。何も彼も皆な此の通りである。今日考へて私有財産は現身の神たる日本天皇陛下へ全部奉還すると云へば如何にも至難な寧ろ不可能事であるかのやうに考へられるけれども、明治維新の時に於て各大名の領有せる土地と人民とを全部皇室へ奉還すると云ふ思想の起つた時と丁度同じ心持ちである。其の当時迄に於ては諸大名が土地人民を領有してる事は如何にも正当な事のやうで、誰れ一人怪しむものは無かつた。それは恰かも今日一般人民が私有財産なるものを握りしめて居る考へと何の撰ぶ処もない。
 同じ道理、同じ筋道である。国祖の御神諭にも「時節ほど結構なものの恐いものはないぞよ」とありますが、何も彼も時節だから如何に頑張つても駄目です。名門だからの、家柄だからのと言つても其れは人間の誤れる考へから勝手に考へた因習の然らしむる処で、厳正なる神の眼からは其んな手加減はありませぬ。経済学者に言はせると自足経済時代から封域経済となり、国民経済となり、商工経済となるのは人間の欲望が精選され分化されて行く自然の発達であつて、それに伴つて布だの、羊だの、石だの、貝だの、亀の甲だのが貨幣として発達して、遂に金銀為本の経済が成立したのであるから、此の金銀為本の経済は或時期に進んで更らに進化発達はしても、人間の生きてる限り決して撤廃されるもので無いと云ふ風に説きますけれども、今日の世界に行はれる経済学説の如き其の抑そもの思想の湧いてくる処の出発点たる根底の『欲望』なるものが既に不純な、体主霊従の、天則違犯のものでありますから、今度の世は、そんな思想が根底から覆つて、世界が水晶の世に洗ひ替へられるのですから、今日の根本から間違つてる学説を金料玉条として額に青筋を立てて気張つて見たところで何んにもなりませぬ。経済学者が神様のやうに有難がつてるマルクスもリカードーも所謂守銭奴の多い猶太人である。耶蘇教の親方と同じ故郷であつて先天的に罪の子たるは彼等の持ち前である。リカードーは相場で儲けた男でマルクスはリカードーの著書を倫敦の客舎で研究して名を為したのである。アダムスミスは彼等の旧套を脱した様ではあるけれど、一方に於ては更らに堕落して居る。斯う云ふ露骨な体主霊従系統の思想をシナイ山の啓示のやうに有難がつてる連中が、寄り集つて我が神国の政治まで一も二もなく、十露盤づくめでバタ臭い指の先きから弾き出さうと云ふんだから神のお怒りを蒙るのも尤も至極な次第である。御神諭には「いまのよはきんでおさまるやうにをもふておるが、きんのよはほろびのもとであるぞよ。こんぼんからたてかへるぞよ」とある。出口王仁三郎先生の養訓には『現世制度金銀為本之財政経済策也。金銀為本之経済策亡国之基本焉。要根本的変革矣』と解してあります。
近ごろ皇道大本の話を聞いた人で、半ば信じて半ば疑ってると云ふやうな人は、『皇道大本の警告する処は真実であるかも知れぬが、併し世間を見渡すのに皇道大本の事を知つてる人はイクラも無い〔の〕であるから、今少し形勢を見て、日本対世界の戦争も実現して、世間が騒ぎ出してからボッボツ洞ケ峠を下つて行つて篷くはあるまい。神様も左う大多数の人間を○される程お怒りでもあるまい。又た世間には皇道大本の存在さへ知らぬものが百中の九十九を占めて居る。神様も何の警告無しに一と網ばツさりやられるワケでもあるまいから、信ずる信ぜぬは別問題として、先づ誰れも彼れも皇道大本の存在位ゐは知つてからに為やう』と斯う云ふ風な考へを有つてる人がありますが、そんな虫の好い事を考へて居ても駄目です。御神諭にもある通り、今日の地上の人類は驚くベき大多数の滅亡者を出すので、此れは何千年来の身魂の因縁上如何ともすることが出来ないのです。今日神界で非常に心配して居らるるのは生き残るべき因縁の身魂で、根本から改心せずに居る連中が多いので、其等の人達は折角生き残るべき結構な因縁を有しながら、改心を躊躇して居る間に遂に因縁の綱の切れる事があるので、ソレを神界から気の毒で見て居られないから、八釜しく言はれるのであります。ですから此処を取違へせずに気の注いた人から一刻も速やかに改心帰順して神界の御役に立つて頂かねばなりませぬ。又た神界から何の警告も無しには……と云ふても其れは追々御研究になれば分りますが、人間には誰れにも彼れにも守護神と言ふものがありまして、其の守護神には悉く神界から警告がしてあります。どう云ふ手続きで何時警告があつたかと云ふても、それも追々御研究になれば分りますけれど、人間としては知らぬでも、チヤンと各人の守護神は今回の国常立命様の御経綸は皆な一と通り知つて居るので、無警告云々と言ふ事は問題になりませぬ。そんな勝手な事を考へさせるのは、実は其人の守護神が何だか大本神に帰順するのが烟たいやうな、窮屈なやうに思ふてソンナ考ヘを起させるのですから、各人天賦の直霊の威力を揮ひ起して其の守護神の牽制力に打ち勝つて、断として進むべき道に進んで頂かねばなりませぬ。申上げて置きますが躊躇して日を延べるのが最も悪いので、其の間に邪悪の守護神が勢力を扶植して、取返しのつかぬ気の毒な人を生ずる場合があります。疑ひがあればあつて宜しいから、何物を犠牲にしても先づ思ひ切つて綾部ヘお越しなさい、病気になつたと思ヘば少々の日時と費用は何でもありませぬ。綾部へお越しになれば必ず御満足が得られまするし、大歓喜と大勇気とを持つて貴下が持ち切れぬ程のお土産を持て帰られます。貴下が今ま此の拙い仄聞の一小紙片を手にせられるのは偶然の現象ではない。神界から特に貴下に御用があるからです。斯う云ふとナニ俺のやうな者を、神様が左う特に眼をつけられる筈はない。神様が御用に使はれるなら世の中にマダマダ立派な人も手腕のある人も人格の高い人も沢山ある。俺のやうな者が何うして其んな因縁があるものかと考へられる人がありませうが、それは霊統の因縁で、普通の人間からは全く見当が取れませぬ。霊統の因縁と云ふても俺は名もない平民の子だと思ふ人も有らうが、今日の家柄や血統は少しもアテになりませぬ。現界と同じく従来は幽界も未成品時代であつたので、血統と霊統とが一致して居りませぬ。途方もない処へ飛んで居ります。今ごろ綾部へ引寄せられる人は大抵霊統の立派な人でスワと云ふ時には充分に神様の御用を勤めて大いに働かねばならぬ人ばかりです。今度の立替が愈々切迫致しますると、大本神に帰順してる因縁の霊統の人々は、神力が加はりまして、各々神通力を発揮して言霊の妙用、鎮魂術の発揮によつて大活動する事になつて居ります。即ち今度の戦ひは其処まで押詰りますと、物質主義の学力に対する神力の戦ひとなりますので、有史以来未曾有の大活劇が演ぜられるワケであります。
 従来の学力に対する我が神力の如何に卓越せるものなるかは、愈々現実に試験せられる時期が到来したのでありますが、ソレは全く比較にも何にもなつたものでは有りませぬ。皇道大本の浅野文学士が某理学士を神懸り状態にして置いて、代数の問題を三百題ばかり提出しましたが、何れも一問題、一、二分間に正確に解決しました。更らに其の理学士を平常の状態にして同じ問題をやらせてみると、骨を折つて一問題に二十分も三十分もかかる。此等の例は神通力の威力を知るに足る一端ではありますが、併し愈々の今度の大機が到来した時に、大本関係者が発揮する神威の霊力に決してそれ位いの程度のものではないので、今日の人間から考へては到底想像も及ばざる大神通力の発揮となるので、普通の場合に於ける神通現象から判断することは不可能な位ゐの偉大なものであります。又た皇道大本の話を聞いて半信半疑の人は何うかすると『俺れは救くはれなくても宜しい、滅びれば滅びるベしだ』なぞとヤケクソを申しますけれど、此頃皇道大本の綱のかかる人は、自分だけ救はれるの救はれぬのと云ふ様な小さい問題を彼れ此れ言ふべき秋ではないのでありまして、今時分神様から綱をかけられて引き寄せられる人は、皆な大いに働いて神界の御用を勤め、進んで多くの同胞を救はなければならぬ大使命があるのであります。即ち大にしては、今回の宇宙大修祓の大神業を輔け奉り、小にしては我が国家空前絶後の大国難に対して一生懸命の大奮闘をして、真の忠君尊皇愛国の大義の為めに血戦するのであります。
 平生口頭で忠君だの愛国だのと申しても、這の活ける実行が出来ねば何にもなりませぬ。今日に於て貴下に最も必要なるものは只『決心』の二字であります。(完)
(「神霊界」大正七年九月一日号)
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