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文献名1大本史料集成 2 >第2部 昭和期の運動
文献名2第2章 昭和神聖運動 >第4節 神聖誌(抄)
文献名3皇国経済考
著者内田良平
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
OBC B195502c220415
本文の文字数16020
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本文 皇国経済考
      昭和神聖会副統管 内田良平
   改革非改革の闘争
 方今天下の形勢を通観するに、二大潮流あり。而して二大潮流分れて四派となり、四派互に闘争せり。二大潮流とは、政治並に経済機構を改革すべしとするもの、改革すべからずとするもの、之れなり。四派とは、改革すべしとするものの中に於て、皇道為本、日本主義を以て改革せんとするもの、欧米為本即ち共産主義、自由主義、其の他種々なる外国思想を以て改革せんとするものの二派あり。改革を非とするものの中に於ても、現状維持を主眼とするものと、民主主義、議会政治を完全に出現せしめんとするものの二派あり。此の四派中、現状維持派の議会中心主義と、欧米為本の改革二派とは、学問思想上互に共通する点あり。日本主義を以て、共同の敵なりとする傾向あるを以て、日本主義者は孤軍奮闘せざる可からざる立場に在り。
   皇道為本と欧米為本
 吾等は皇道を為本として政治並に経済機構を改革せんと欲するものなれば、飽く迄欧米為本主義を排斥せざる可からず。如何となれば、現代の弊害は欧米模倣の制度文物より発生せるものにして、其の弊害を改革せんとするに、再び欧米模倣の社会主義共産主義等の理論を応用せんとするは、改善にあらずして改悪の結果を招来すベきこと必然なるのみならず、欧米の思想に征服せられ、皇国をして何時迄も世界指導の位置に立つ能はざらしめ、遂に亡国的破滅に陥らしむるに至る可きは明かなる帰結なるを以てなり。
   個人主義の弊
 皇道為本の改革は、家族主義を基礎とするものにして、欧米の個人主義と反対なるものなり。個人主義は自由の権利主張となり、自由の権利は自由経済となり、富の偏重を生じ、随て権力の偏重を生じ、常に其平を得んとして闘争に次ぐに闘争を以てし、一面に於てマルクス主義の如き理論を生じ闘争益々激甚を極め、階級打破、資本家打倒の勢ひ全世界に波及し、愚者は賢者を凌ぎ、賢者は愚者を欺瞞し、相愛し相和し相互扶助すべき道を知らず。如此して共存あるなく共栄あるなし。之れ皆個人主義より出でたる弊害にして、人間の個々存在を許されざる天則無視の結果なりとす。
   皇道
 我が皇道に於ては、男女性能を異にし、其性能を異にしたる男女の契合によつて子孫を生じ、人間の生命を無窮ならしむるものなるを以て、夫婦を一体とし、親子も亦た一体とし、親子生命の継続点に道徳の基礎を置き、敬神崇祖、子孫長久、万世を通じて一人格とする集団的家族を結成せり。又た男女性能の異なる所に分業と経済の基礎を置き、夫婦相和し各々特有の性能を発揮して長短相補ひ、物質的生活の向上発展を計るを以て一家の団結力を鞏固ならしめたるものなり。
   家族制と責任
 万世を一人格とする道徳は、一家と云ふ集団より生じ、其の集団たる家族は各々過去即ち祖先に対する責任、将来即ち子孫に対する責任、及び現在に対する三大責任あるものとす。而して其の責任なるものは、信の顕現にして、信は天地を創造し万有を生成化育し給ふ処の造化惟神の道なりとし、信の顕現たる責任を以て、家族集団の大精神となせり。故に信は一家の生命にして個々の生命なれば、信の顕現たる責任を重んずる事生命よりも重しとなし、父祖の責任は必ず継承して之を果さんとし、若し果す能はざる場合に於ては家門の瑕瑾、自己の恥辱なりとし、世間に対する面目なしとせしものなり。
   家族制と信用の基礎
 我らの改革基礎を家族の集団に置けるは、信用の基礎を唯物的物件に置かずして、対人的一家の集団に置かんとするに出でしものなり。如何となれば万世を一人格とし、過去現在将来に亘る三大責任を有する絶対信用組織は、世界何れの国に求むるも発見する能はざるものなればなり。而して一家集団の拡大せられたるものは町村にして、町村の延長せられたるもの府県、府県の統一せられたるを国家とするを以てなり。
   国体に反する個人制度
 我国の国体は皇室を中心とし、上御一人を絶対として成立し、国民其者も皇室より出でたる家族なれば、国体の細胞となり、上御一人の意思に活動する組織となれり。故に家族制度を破壊すれば、国体の細胞を破壊することとなり、皇室を孤立せしめ、国体の危険を生ずるは当然のことなりとす。然るに現代の制度は個人主義を以て制定し、家族制度を破壊したる結果として、人心は権利の主張あるのみとなり、義務観念薄く責任感に至つては法律の定めたる条文以外履行するものなく、良心的大麻痺を生じ、苟も免かれて恥なき徒のみとなり、茲に根本的改革大維新を必要とするに至りたるものなり。
   尊卑の別
 華族は逓下制とし、臣民より新たに列せらるることなく、皇族の臣籍に降下せられ庶民に至らせらるべき階梯となすべきものなり。之れ尊卑の別を明かにし、家族制度秩序の基礎をなすものにして、古より尊卑の別は上御一人の血統に近きものを尊族貴戚とし、遠きものを卑族臣民とせられたるものなるを以て、国民一般の典礼悉く此の序に成立し、社会の秩序亦た此の典礼に準拠して成立したるものなればなり。
   世襲財産と家族制保護
 華族に対して世襲財産の特別制度を設けられたるは我が家族制を保護する上に於て必要なるものなりしなり。然るに独り華族のみに限りて、一般民に及ぼさざりし結果、国民の家族制破壊を容易に促進せしめたる観あり。須らく現在の華族を逓下制とすると同時に、士族平民の族称を廃し、総て之を皇民と称せしむベし。而して皇民は華族の如く家族制の保護法を制定し、之をして家門を根本とする組織たらしむる必要あり。
 家族保護法は世襲せしむべき財産の定額を法定し、子孫に伝ふるに当りて相続税を免じ、又た家門の歴史的由緒ある物品に対しては予め登録なさしめ、差押ヘを得ざらしむベきなり。
   農民の生活保障
 農民の生活保障法を制定し、一般労働者の生活保障は農民の保障法を基準として別に之を制定することとすべし。而して農民の保障法は古法の如く一反歩には三十人手間、一人手間三升、合計九斗とし、外に種代肥料代として古法は三斗七升五合なりしも四斗の保障となし、合計一石三斗の先取特権を付与し、凶歳に於ては徴税も之を侵す能はざることとすべし。而して農業なるものは、田租及び手間料(生活費)、種代、肥料代を耕作者に於て差引きたる余剰を以て純利益とすべきものなれば、地主を有する小作人に対しては、以上の諸費用及び保障米を除きたる外純利益の分配を七三と定め、地主は上米七割を取得し、小作人は荒本米、中本米、屑米を混じたる下米三割を取得せしむることとすベし。
   地租の古制
 田租の古法は(徳川時代)四公六民制にして、一反歩の平均収穫率は二石五斗とせられ、公定収穫率を二石とし、其の二石に対して四割税を課したるものなれば八斗の公納米となり、之と生活保障の九斗及び種代肥料代四斗の合計二石一斗とを一般平均収穫率の二石五斗より差引く時は四斗の残米となり、其四斗を七三の割にて地主と小作人との間に分配すれば、地主の取得分は僅々二斗八升に過ぎざる少額となるべし。併しながら之に対し地主は増収の方法を計り、土地を肥沃ならしめ、農作の改良進歩に全力を注げば、三石五斗収穫に達する事必らずしも困難ならざるにより、三石五斗の収穫とすれば九斗八升七合五勺の取得高となり、四石の収穫とすれば一石三斗四升七合五勺の取得高となり、小作人も三石五斗の収穫時には四斗五升七合五勺の増収となり、先取権の九斗と合して一石三斗五升七合五勺、四石の収穫時は五斗七升七合五勺の増収と先取権の九斗とを合し、一石四斗七升七合五勺となり、相互の利益する所少なからず。是に於て農事の進歩と増収とは地主と小作人との協力によつて得らるべきものとす。蓋し此の増収穫に就ては近年大阪毎日新聞社主催の富民協会奨励実験の報告に見るも其の一等作は一反歩八石四斗の収穫に及びたり。右は特別入念の作法によるものなりとは云へ、今後改良の暁には一般収穫に於ても一反歩四石五石を穫ること容易なるべきを疑はざるなり。
 又た化学肥料は其の費用多額に上り徒らに農民を苦ましむるのみならず、地質を荒らし其作物を弱らしむると同時に、国家経済上実に亡国肥料なり。今年東北地方に於ける被害の人工肥料用地に比較的少なかりしに反し、化学肥料用田地には特に甚だしかりしに見ても知らるベし。農事の改良上宜しく此の亡国肥料を廃し人工肥料の復活に努むべし。
   農家の公徳
 全国に於ける一反歩の収穫米は、平均二石五斗ありたるに係らず、公定収穫率を二石としたる所以のものは、良米を標準としたるものにして、農家の公徳とせる本米と荒本米、中本米等を混合せしめざる周到の用意に出でたるものなり。本米とは籾摺して第一番に殻を脱し来りたる実のりよき良質米にして、荒本米とは一番摺の際に脱殻せず二番摺にて漸く出で来りたるもの。中本米は又其の次に出づるものなれば、実のり完全ならず。此の荒本米や中本米と本米とを混ずる時は、虫付き早く貯蔵米とならざるを以て、封建時代に於ては絶対混合せざるを農家の公徳とし、税法も亦た此に留意したるなり。然るに明治以来の為政者は洋食を理想とせるものなれば、米穀などのことは何等意に介することなく、遂に善悪両米を混合せしめ、国民の食ふて生きるベき産米をして、徒らに虫に食はしむる結果を生ぜるなり。之れ皆制度の欠陥より生ぜる弊害にして、改革せざる可からざる重大事なり。
   古今の収穫率
 現在に於て全国の耕地水田は三百三十余万町歩あり。昨年七千余万石の収穫ありたるは大豊作なりと称せらるるを見れば、平年作の反別当りは二石以下となるべし。然るに幕政時代の平作二石五斗なりしとするは過大に失する如くなれども、当時に於ては無税地あり。無税地は其の反別を平均収穫率の数字内に加算せず。故に二石五斗となりしものなり。之等の除外せられたる無税地は、水源涵養又は魚寄せの為めに必要なる山林或は道路樹の繁茂せる下に所在せる田畑の日蔭又は露落等の為めに収穫少なく、徴税する時は山林、並木を枯らし火を放つ等の憂ひあるにより、樹木保護費として免税せられ、又た堤防下は堤防を守らしめ、洪水の際決潰の憂なからしむる為めに免税せられたる所ありしなり。
 古への政治組織は如此粗にして洩さず、実際的にして経済的なる自治を行ひたり。記して簡易政治構成の参考とす。
   一般労働者の生活保障
 一般労働者に対する生活保障制は、古法の如く農業に比し強力なる労働を要するか、或は技術を要し、又は危険を伴ふ職業に在りては、三升以上四升五合迄の差別を為し、農業よりも容易なる職業又は不熟練なるものは、三升以下一升に至る差別ありし如くに等級を設け保障せざる可からず。而して永続的労働者に対しては、生活保障以外、事業より生ずる相当なる利益の配当を受けしむべく、其割合は農業に於ける地主小作人の利益分配率に準じて決定すべきものなり。
   俸禄制
 封建時代に於ては、農工労働者のみに限らず、上は支配階級に及ぶ迄、職業に対する生活保障と就業任務に対する報酬の別を立て、人を使役するものは官民共に生活保障を第一義となし、労役任務に対しては其の技量によりて報酬を与ふべき俸禄制を立て、社会一般の定則となせり。禄は生活保障にして、俸給は業務と技量に対する報酬なり。武士は国防と安寧を維持する国家の干城なるを以て、其の干城たる職業に対する生活保障即ち禄なりとす。禄は百石二百石を有し、或は数千石幾万石を有するも、禄高の二割を私用するを得るに過ぎず、余は兵士を養ふべき兵士用生活の保障に要する禄高なりとす。兵士の禄は平均三十石にして戦国時代に在つては一人にても多く兵士を養ふべき必要ありたる為め、高禄者の私用すべき二割も大に節減したるものなり。而して封建時代は武士政権を握りて政治行政の任に当り、有能なる人材を以て之に任じ、其の職給即ち俸給を授けたる為め、武士をして一層文武に精励せしむる所ありたるものなり。
   官吏のみに生活保障あり
 俸禄制は支配階級のみならず、社会全般に適用せられ、農民職工其の他有ゆる職業を通じて行はれたる制度にして、生活を保障し技芸を進め能率を増進せしめたる良法なりしなり。然るに現代に於ては官吏のみ身分を保障せられて俸給厚く、年末賞与あり恩給あり勲功の年金あり、俸禄制も遠く及ばざる待遇ありと雖も、国本を為せる農民職工民の生産者に対しては、生活の保障あるなく、職業の保護あるなく、其の不公平を補綴する為め、労働保険其他各種の法制を乱立し、社会状態をして益々複雑混乱せしめつつあり。之れ亦た改革を要する重大案件の一なり。
   国民生活の基準なき経済機構
 現在の経済機構には、物価の基準なく、物価なるものは唯だ通貨の伸縮と生産品の増減との両方面より変動し来ることとなり、生産夥多の時には物価は下落し、然らざる時には騰貴するを常とし、一定の常軌なきを以て国民生活は之に随つて動揺し、不安を常態とするに至れり。之れ一に為政者たるものが、治国の根本たる国民生活の基礎を定めず、放漫なる制度を作りたる結果にして、国家の生産者たる農民、職工は生活難の窮境に陥り、配給者たる不労の徒のみ跳梁跋扈する時代を現出せしめたるものなり。此の現実を以て単に資本主義の弊害に出でたりとするものあるは、一を知つて未だ二を知らざる皮相の見解なりとす。今其の実例を挙げて証せん。
   生産者と配給者
 都市の市場に於て売買せらるる魚類野菜類の如きに見よ、市場の相場よりも小売値は三、四倍の高価を以て需要者に販売せられ居るは常事なりとす。数月の労力と肥料代とを費し漸く生産し得たる品物を市場に運び来り、大根一本の価二、三銭に売れたりとすれば、之を買ひ取りたる小売商人は、即日遅くも二、三日中に於て十銭内外に売り上げ、利する所正に三、四十割に相当する所得をなすなり。此の一事に見るも生産者は配給者の犠牲となり、配給者たる小売商人の利益の如何に不当なるものあるかを知るに足るべし。之れ実に政府者が国民生活の基礎を破壊し、自由経済と称する不統一なる経済機構を作りたる弊害にして、小売商人は如斯暴利を得るにあらずんば、自己の生活を維持する能はざる事情を生じ、遂に生産者並に需要者を犠牲に供するの結果を招来したるものなり。
   衣食住の均衡を失す
 元来国民生活の基礎は衣食住の三事に在りて、衣食住は土地より生ずるものなれば、土地制度を以て衣食住の均衡と物価の平衡を調節し、国民生活を安定せしめざる可からず。然るに欧米の経済組織を模倣し、金主物従、天下の生産を挙げて貨幣に左右せらるることとなり、有無相通ずる物資交換の媒介物たる貨幣を以て絶大の権力あるものとなしたる結果、古来不可分のものとして国民生活の基礎としたる衣食住の三事は自然的分離作用を起こし、個々の相場を出現し来り、三事の平衡関連を失ひ、物価の基準なく生活の基準なきこととなり、土地価格の如き突飛なる騰貴を生じ、為政者之を制せざるのみならず、却つて之を助長する経済機関を作り益々騰貴の勢を促進せしめ、農事の生産は土地価格の金利に伴はず、都市に於ける生活費は甚しく膨脹し、生活の基準となれる住宅費借家賃は一層騰貴することとなり、暴利を得るにあらざれば商人自ら生存する能はざる状態に陥入れらるるに至れり。
   農村の目的は生活の独立
 皇国の農村は衣食住男女の道を全ふせんが為め家族の集団を生じ、一家族の増加は一村となり、産土神を祭りて之を中心とし、道徳経済不二一体の自治政治を行ひ、生活の独立向上を計り、人間生活に必要なる物資は其の種子材料をの内外より収集し来り、悉く居村に於て生産せしむることとなし、家庭工業の如きあらゆる方面の進歩発達を遂げ、他より供給を仰ぐ必要なきに至り、完全なる独立生活の大家族集団を為したるものなり。故に当時の我が国民には生活が集団的独立自治に在りたるを以て、他より供給を受くベぎ物資の必要なく、随つて媒介物たる貨幣の必要なかりしものなり。
   農村独立生活の破壊
 徳川幕府の時代に及び国を鎖して外と断絶したる結果、藩政は自給自足的経済組織を完成し、農村の独立生活は益々強化せらるるに至りたるが、維新の変革により、明治六年地租改正せらるるや、全国耕地の地価を公定し、其の地価の三分を税率とし、穀税を改めて金税とし、明治十年減租の詔を発せられて三分税率を二分五厘とし、日清戦争後再び増税して三分三厘とせられたり。此の地租改正によつて、農村の独立せる生活破壊の端となり、税制紊乱、収拾すベからざる弊害を生じたるものなり。
   地租改正
 地租改正は穀納税を廃して金納税とする目的なりしを以て、前記の如く全国に於ける耕地の地価を公定し始め其の地価の三分を課税したる者なるが、当時地価は収穫の多寡によりて上等田、中等田、下等田の三級に分ち、交通運輸の便未だ全く開かれざりし大阪相場米価五円を標準として定められたるものなれば、各県の地価に甚しき高低差額を生じ、永世の定制とするに足らざるものなりしなり。故に運輸交通の開発に伴ひ、地価修正を為すにあらざれば、租税の公平を保つ能はざるは当然のことなりとす。況んや地価の公定は、地租改正当時既に不公平なるものあり、交通機関の具備を待たざるも、再び改正すべき必要ありたるものなり。
 其の実証として東京、大阪地方の地価を示さんに、
 上等田東京府の四十七円なるに、神奈川県は五十七円、埼玉県の六十三円、千葉県五十六円、山梨県六十二円、茨城県六十五円、群馬県六十四円なり。大阪府は六十三円にして、京都府六十一円、兵庫県六十九円、奈良県八十九円、和歌山県六十一円、滋賀県六十九円の類にして、全国中に於て最も低価なる地方は沖縄の二十一円、北道の二十四円は番外として、新潟県の三十七円、福島県の三十七円、山口県の四十五円等にして、最も高価なるは徳島県の八十四円、高知県の八十四円、佐賀県の八十六円なりとす。
 若し中等田、下等田の地価を挙げ来りなば、一層甚だしき不公平を証明するに足らん。
租税の不公平
 地価は上記の如く公定せられたる時既に不公平なるものありしを以て、交通の開発とともに速かに改正せざる可からざる必要ありしに拘らず、此に着眼する有識者なく、断行する政府の能力なかりし為め永く之を放棄し、地方自治制を布くに及び、地方費として附加税を徴収するを得せしめたる結果、地方の事情によりて益々厚薄の弊を生じたるのみならず、税目は複雑となり、税制を改革するにあらざれば、土地制度のみ改革する能はざる状態となれり。現在地価なるものは公定地価の十倍以上に騰貴し、公定地価は単に税率の標準となり居れる観あるも、国家は土地収用法を適用する時に於て、公定地価を持ち出し国民を脅威するの具に供し居れり。之に反し登記所の如きは国家の公定地価を認めず、時価によつて登記料を徴収せんとするため、売買者は登記料の多額に上るのみならず、財産収得税を課せらるる税額関係より不利益尠からざるを以て、売買価格を偽りて公定地価にあらず時価にもあらざる登記所相場を作り出すに至りたり。是れ等悪制度の及ぼす害毒は、善良なる国民をして偽瞞的行動に出づるの不得止境遇に導き、甚しく人心を悪化せしめたるなり。
   農村に貨幣の必要なかりし
 地租改正が農村生活の独立を破壊する端緒となりし所以のものは、貨幣の重用に過ぎたるに在り。古来農村は生活に必要なる物資は、悉く居村に於て生産せしめ之を製作して使用したる為め、他より供給を受くベきものは魚塩に過ぎず、其他は自給自足の基礎に立ちしものなれば金銭の必要なかりしものなり、元明天皇の時百姓をして銭を蓄へしむる詔、行旅銭を用ゆる勧奨の詔、用銭強制の詔等、屡々詔勅を以て金銭使用の利便を勧告せられたれども、百姓等は銭の必要を感ぜざるより、広く世に行はれず。而して漸く金銭の行はるるに至りたるは、寺院の建設盛んにして、賦役に徴集せらるる農民等が、行旅に利便なるより使用するに至りたると、田畑の売買に金銭を以てせざれば無効なりとして官没せらるる強制法の発布せられしに由る。然りと雖も、農村に於ては尚ほ独立生活の基礎に立ち、依然として金銭の必要を痛感せず、広く融通せらるるに至りたるは遙に其の後に在りしなり。
   独立生活と人心の破壊
 然るに農民は明治に至り地租改正により穀納税を廃して金納税とせられたる為め、金納を至難なるものとし、所有田を放棄するものさヘ続出するに至りたり。之れ農民の伝統的慣習に反して制定せられたる租法の不可なるより起りたる恐慌にして、彼等は彼等の最も短所とする商業的行為に出で、生産品を金銭化する必要を生じたる為め、純朴なる農村の人心を破壊し、且つ社会分業の大勢は農民の副業たる家庭工業を奪ひ、生活用品は悉く他の供給を仰ぎ、加ふるに政府の自家用酒造禁止、煙草専売の如きは、彼等唯一の保健慰安の代物たりし自家用酒並に煙草の一葉さへも自作する能はず、之が為めに生活の独立は全く破壊せられ、生産物は米麦の類のみとなり、供給よりも需要過多の状態となり、農村窮乏の原因をなしたるものなり。
   農村の自治機関
 窮乏せる農村の根本救済を為さんとするには、都市生活と農村生活の均衡、税制の改革及び自治機構の改革を先行せざる可からず。現在の農村は其複雑なる自治機関に累せらるること、恰も二の膳三の膳付きにて食事をなせるが如き組織にして、其の費用の負担に堪へず、窮乏枯渇するに至りたるは当然の結果なりとす。我らが政治機関の簡易化を主張するは、此の弊を改めんとするものにして、国家維新の重点とすベきものなり。今ま此に農村自治の諸機関を列挙せんに
一、村役場 二、村会 三、農会 四、産業組合 五、水利組合 六、消防組合 七、学校 八、在郷軍人団 九、青年団 十、青年訓練所 十一、神社 十二、寺院
 之れ悉く消耗機関にして生産と関係あるものは極めて少なく、農会、産業組合の如きものも、実際小作農とは何等の関係なく、専ら地主級の自利機関に過ぎず、縦令之等の機関にして多少有益なるものありとするも、簡易なる組織となさざる以上、農村の窮乏は何人と雖も救済する能はざるべし。農村窮乏の弊根は斯くの如く遠く且つ広く深きものあるを以て、国家制度の全般と相俟つて根本的改革を行ふにあらざれば、真の救済復活は期待せられざるべし。
   田租は穀納とすべし
 田租を穀納税とし、税率は三公七民制乃至四公六民制とし、附加税及び県税村税を廃し、地方費は此の内より分配することとし農事に使用する牛馬車輛其の他一切の税金は、宅地家屋税を除き賦課を免ずべし。
   宅地制
 国民居住の土地は一家を構成するものの為めに宅地の坪数を制定し、之に対する宅地税及び家屋税は極めて少額を徴収することとし、制定の坪数を越ゆるものは倍加累進税となすべし。古法は農家百五十坪、町家三十坪を限度とせられしも、現代に在つては町家の地坪は百坪に増加する必要あるべし。而して工場漁場等産業に要する土地は更に適当なる特別法を設けざる可からず。
   耕地山林の相続税廃止
 耕地及び山林を所有するものに対しては相続税を課す可からず。元来相続税なるものは、制度の欠陥に生ぜし富の偏重を防ぐ為めに設けられたるものにして、税法上並に家族制度の上より見る時は頗る不法なる課税なりとす。国民は営業収益税を納め、尚ほ利益を得たる後所得税を納め、其の余れるものを積み、之を子孫に伝ヘんとするに対し、相続税を課するは疑ひもなく三重課税なり。家族制度の破壊なり。如[#レ]斯悪税は速に廃止するを可なりとす。富の偏重を防ぐは金権奉還、金融国営の実現と、他の制度改革に由つて容易に其の目的を達するを得ベきなり。国民をして不法ならざる富を積ましむるは国民の富にして有害ならざるものなり。
   大都市の弊
 近来頻りに大都市を作り、大都市の建設を以て誇りとする傾向あれども、大都市の出現は健全なる国家の発達と為す可からざるものあり。如何となれば、大都市に要する莫大なる経費は、都民より徴収せざる可からず。而して都民は其負担と都会の高価なる生活費との資源を外貿易等より得来るもの少なからずとするも、大部分は地方より搾取するを以て農村窮乏の一大原因となれり。況んや都会に密集せる大人口は激烈なる生存競争を生じ、人情軽薄、壁を隔てゝ住するも尚ほ千里の如き観あり。危険思想此に発生し、共産主義等外来の悪思想と合流し、国家腹心の病患をなせり。此の大患を除去せんとするには、家族制度を基礎とする町村市区の自治機構を改革するの外決して良法あることなし。
   金権と憲法の欠陥
 金権は憲法制定の時当然、天皇の大権下に直属せしめざる可からざる重大のものなりしに係らず、之を国民の自由に委することとなしたる結果、国民の生命とせる金銭を以て何人も之を預り自由に取り扱ふことを得ることとなり、銀行其の他の預り主等は損失を招き破綻を生じたる場合に於て、悉く預金者の損害に帰し銀行は却つて有限責任なるを以て、幾多の銀行を破産せしめ国民に大損害を被らしめたること枚挙に遑あらず。而して事業順調なる時に在つては、己れに可ならざるものに対して金融を為さず、恐るべき金力を擁して天下を賊する資本閥を作り、大なる富の偏在を生じたるものなり。
   金融国営
 銀行保険信託等の金融機関は悉く国営とし、物件信用を排して対人信用となし、金到は五分を以て公定最高率とし、五分以上の金利を禁制し、名義の如何に係らず金銭貸借に関し五分以上の利得を為すものあれば厳罰に処することとし、金利の為め生産事業の発展を妨げ、或は金利に衣食して不労有閑の徒あらしむる弊害を除去すべきなり。蓋し対人信用の基礎は家族制度に在るを以て、国家の経済機構は細大漏さず家族制度化する必要あるなり。
   我利我欲の個人主義
 現在の制度は個人主義を以て漸次に旧来の家族制度を破壊し来りたるものなれば、混合錯綜して矛盾撞着せるあり、或は上に行はれて下に行はれざるものあり。為めに国民の生活を脅かし、国家を惨害せるもの挙げて数ふ可からざるあり。而して之等の悪制度、悪法律が存置せられ、毫も改廃せらるることなき所以のものは、個人主義思想の暗黒面を実現せるものと認むるを得べし。苟くも自家に不利ならざれば、国民大衆の苦境も意とする処にあらず、地位を得れば不平なきも、元来識見なく済世の経綸あるなし。偶ま有るが如きものは自己の利害欲望に立脚せる徒輩のみなるは、既成政党者及び官僚輩の行動に見て肯首せらるべし。
   個人主義経済の行き詰り
 欧米の個人主義に立脚したる経済組織は、信用の基礎を物件に置くの外危険防止の方法なきを以て、遂に生命保険法迄も案出するに至りたるものなり。個人主義を以てすれば、親子夫婦の財産は各自の所有権に属するのみならず、親の負債を子の負担すベき理由なく、夫の負債を妻が負担すべき理由もなく、親の債務は親個人に限られたるものなれば、信用の基礎は物件に置くの外安全を期すること能はざるため、凡ての責任が個人生命の存続期間に限定され居る結果として、死後の信用を保証すべき必要より、保険の発達を見るに及びたるものなり。欧米人は彼等の原始時代より個人を本位とするの不[#レ]得[#レ]已生活様式に慣習付けられ、現代の政治経済機構を成就したりと雖も、個人主義は既に行き詰り、壊滅時期に到達せり。如何となれば個人主義の組織は自由競争によりて進歩発達を促す如くなれども、其の実造化の天理に背反し永続性を具備せざるを以てなり。
   一家の集団を認めざる法律
 我が伝統的家族制度を無視し、個人本位の法律を制定したる結果、立法の精神を失ひ、国家の統制を紊り法の執行は其の適用を誤ることとなり、甚しき不合理を生じ、国民をして国法を重んずる能はざる思想を起さしめ、滔々として人格低下、犯罪増加の禍根を作りたり。家族制度は一家共同の責任にして父子夫婦一体なりと雖も、現在の法律は父子夫婦各自の財産権を分離し、個人を認めて一家を認めず、故に父より子に財産を与ふる時は相続税を課し、子の所有権を確定せしむることは、恰も土地を買収するものに対し、財産取得税を課して所有権を確認すると同一法理に出で、又た選挙権は二十五歳以上の男子に与ヘ、一家内に数人の有権者を生ぜしめし如き、個人権を認めて一家の集団権を認めざる確証なり。
   法は個人制執行は家族制
 然るに個人本位に成れる法の執行に当つては、個人の財産権を認めず、一家族共同責任の旧慣に随つて処分せらるるもの多く、今や一家の集団は、解散命令を受けたる状態に陥り、人心頽廃、農村衰微中流以下の家族悉く流離顛沛せんとする苦境に在りとす。上中流の社会に在りては、限定相続法によりて父の負債は子に及ぼさざるを得るも、中流以下のものは之れが手続費用なきため、父の負債は子に伝はり、依然として家族制度の旧慣に律せられつつあり。加之のみならず債権者より差押ヘ処分を受くる場合は、妻子の衣類器具に至る迄差押ヘ競売せらるるを通例とし、法律上認められたる妻子の所有権は消滅して立法の精神全く不明となり、家族制か個人制か鑑別すべからざる状態にあり。然るに之を認めざるは矛盾至極の法律にして、政治家法律家等が一人として此の不合理を指摘するものなきは驚くべきことなりとす。
   現代教育の弊
 現代の教育は日本人を作る教育にあらずして外国人を作る教育なり。人間を作る教育にあらずして機械を作る教育なり。独立の人を作る教育にあらずして、傭人を作る教育なり。之が為め外国の事に通ずるも皇国の事を知らず。知らざるが故に悉く外国化せんとしつつあり。機械なるが故に他力を借らざれば運転する能はず。雇傭人なるが故に傭主を得ざれば働きを為す能はず。如斯教育を受けて年々学校を出で来る幾十万人のものは、皆な傭主を求め就職難を絶叫す。而して傭人となるや、資本家の横暴を鳴らし同盟罷業を為し傭主を苦しむることを年中行事とし、恩なく義なく遂に傭主を倒し自ら失職し、怨言呪詛自滅に至るもの現代の常態にして、教育の弊此に至りて極れりと云ふベし。
   教育に成年なき弊害
 封建時代の教育は十五歳に達すれば一人前となり得べき教育を与へ、元服せしめて成年の証となせり。成年に達すれば大人一人前の仕事を為し、独立の資格を有するものにして、独立の要は人の道を会得し、人間の生命を無窮に伝へんが為め、忠孝の性情、男女飲食の性欲を全うする能力を発揮するに在るを以て、士農工商各自の職業によつて学ぶ所異同ありと雖も、独立生活の目的に於ては異なる所なく、何れも十五歳を以て成年とせり。然るに明治に至り二十歳を以て成年とするに至りたるも、二十歳迄に独立して一人前と為るべき学校の制を設けず、教育制度と国法とは背馳して相伴はず、全国民をして高等の学府を卒業するに非ざれば一人前にあらず、又た人の上流に立つ能はざるが如き錯覚を起さしめ、遂に教育亡国の現状を呈したるものなり。
   文部省の改革
 現在の教育が日本人を作らず外国人を作る結果となれるは、帝国大学の誤れる学問より起りたるものにして、大学の誤れる学問は中学に及ぼし、中学は高等の学府に進む予備階梯の学校となり、大学が外国語を以て基礎とせる為め、中学は大学に至らんとする少数学生の為め多数の学生を犠牲とし、英語を以て重要科目となし、授業時間の大部分を之れに費し、中学校を卒業するも一人前となり得る学力は少しも与へられず、人として独立の能力なきを以て、益々高等の学府に到るの必要を生ぜり。
 然るに高等学校に入り帝国大学に入るには、限定せられたる員数あるため容易に入校する能はず。之れが為めに私立学校の隆盛を来したりと雖も、是れ亦た皇国の皇道を教へず、単に機械的雇傭人たる学問を授くるに過ぎざれば、思想殆んど外国化し、皇国の大害を培養せり。故に之等の弊害を一新し皇国民を作り皇国の天職を成就せんと欲せば、文部省の名を改め教務省と為し、皇道を以て宗教教育を統制することとし、従来の学校制を改革せざる可からず。元来文部省の名称は文教に偏し、武教を度外せるものなれば、此の意味よりするも其の名を改めざる可からず。
   政府部内統制なし
 一犬虚に吠えて万犬実を伝ふるは独り犬の社会のみに限られたることにあらず。人間社会に於ても此の事実あり。近年統制の一声起り、米穀統制、産業統制、何々統制等、有らゆる事業に対して統制の声を挙げ、統制の声は会社合同の名目を作り、製鉄合同、ビール合同、何々合同と合同は恰も統制の一端なるが如き感を起さしめ、之れに乗じて私利私欲の外何物もなき資本家をして、鴟梟の欲を逞しうせしむるに至れり。而して政府は一犬の虚声に共鳴し、自己の職責を忘れ、各種事業の統制を計らんとしつつあるは、吾等の大に注意せざる可からざるところなりとす。如何となれば政府なるものは国家の統制機関にして、統制上有らゆる権力を付与せられたるものなり。然るに政府者は、数十年来内閣を統制するの能力なきため、各省対立予算分取の不統制を常習とし、民間事業の統制など思ひも及ばざるの状態にあり。
 之れが為め国家社会の事業は統制なく統一なく、学問は自由、言論は自由、経済は自由、凡て自由の名の下に統制なき放縦自恣を散てし、国家社会を紊乱せしめ、拾収すべからざる状態に陥いれ、其の結果此に初めて統制の必要を感じ、一人統制を叫んで万人統制を叫ぶに至りたるも、其実真に統制すべきの道を知らず。為めに其の方法を誤り、益々国家を紊乱に赴かしめんとしつつあり。若し夫れ真正なる統制を行はんと欲せば先づ政府部内より着手して、各省の統制を行ひ、内閣一体の活力を鞏固ならしめ、然る後民業の統制を行ひ、以て官民一体の活力となさざる可からず。
   金融と統制
 金融の国営を行はずして経済界の統制を行はんとするは、縄なくして鵜を使ふが如く、鵜をして規律ある行動を為さしむる能はざるべし。政府が金権と云ふ鵜縄を持たずして産業統制、貿易統制等を為さんとするは害あつて益なく枝を撓めて木を枯らすの結果を生ずるや明かなり。之れ吾等が金権奉還、金融国営を主張せる所以にして、金融国営の暁は諸般の統制令せずして行はれ、命ぜずして自から成るに至らん。而して金融は上下普遍的に流通し、血液全身に循環することとなり、初めて健全なる国家たるを得べし。現在の金融機構は、資金の流通範囲極めて狭隘にして中流以下に及ばず、国民大多数の金融は質屋、高刊貸の手に頼らざる可からざることとなり、如何なる有利の事業と雖も、資本の高利に搾取せられ失敗に帰するを常態とす。
   金融国営と金利低下
 故に金融機関は凡て国家の手に収め、預金利子を一分五厘平均とし、貸付け利子は三分平均とするに於ては、金利の低下に由つて企業を容易に、事業経営を安全ならしめ、生産品は廉価に国民生活は健全に、不労有閑金利に衣食するもの、及び高利貸を営み強欲非人道を行ふ徒輩をして自滅せしめ、国家生命の不健全なる部分を除去することを得べし。而して国営銀行の投資貸出を為すべき信用の基礎は、対人的にして従来の如き物件信用を基礎とすべからず。茲に皇道経済の家族制度によつて運用せらるる重大なる関係を発見すベきなり。
   地方金融と地方銀行
 金融国営と同時に各県に地方銀行を設け、其の地方のみに於ける金融の統制機関たらしむべし。現在地方の疲弊は金融の中央集中によりて各地方を枯渇せしめ事業資金の融通に由なからしむるによるものとす。現に各地方に在る有力銀行は、概ね中央大銀行の支店にして、是れ等支店の地方預金は何れも之れを中央本店に吸集せられ、其の金融は預金地に何等の関係なき中央本店の縁故者にのみ与へられ、其の地方には全く金融上の用を為さざるなり。是れ単り銀行のみに止まらず、保険金然り、郵便貯金然り、地方応募の株金皆な然らざるなし。斯くの如くにして地方の殷富を望み、地方事業の振興を図らんとするは矛盾も甚だしからずや。是れ地方の金融は一切其の地方のみに於て運用せしむるの途を取らざるべからずとする所以なり。
   皇国の土地所有権
 皇国に於ける土地所有権は、欧米諸国の土地私有権と根本に異なる性質を有するものなり。皇国の土地は天皇の土地にして、国民は永代使用権を与へられたる使用権の所有者にして絶対的私有権あるものに非ず。故に天皇は国家に必要ある場合に於て、土地収用の法律を定めさせ給へり。若し絶対の私有権ありとすれば、収用法に服従する義務なきこととなるベし。普天の下率土の浜、何れか皇土にあらざるなしとの義は、真に我が国民の土地所有権に対する古来よりの信条にあらずや。之れ我が国土の所有権が天皇にあつて国民の所有権は使用権の永続私有権に過ぎざるものと解せざるべからず。国民は祖先より天皇の土地を預り其の土地を外人に奪取せらるる等のことあつては、君父に対して保管の責任を全うせざることとなり、不忠不孝甚だしきこととなるを以て、尺寸の地と難も死守したるものなり。故に愛国心は君父に対する責任より起り、忠君心即ち愛国心となりたるものなれば、忠孝と愛国とは不二一体たるなり。
   皇民の経済的精神
 我が国民の土地所有権は、外国人の私有権と異なり、農工人等が各種の生産に従事する目的に於ても、外国人と全然異りたる思想精神を有したるものなり。支那人が井を掘つて飲み田を耕して食ふ、帝力我に於て何かあらんと、我が為めに耕し我が為めにする個人主義にあらずして、農人は一粒の米も多く収穫を得て他の飢ゆるものなからしめん為めに働き、工人は我れを食ましむる人々をして寒からざらしめ、不便なからしむる為めに働き、相互扶助することを以て、天皇に仕へ奉る道なりとし、所謂皇道他人なしとする家族制より、百姓各其の職に忠実なりしものなり。此の精神こそ真の皇道経済組織の基礎を為すものなれば諸士の維新精神も、亦た此に立脚せざる可からず。
(了)
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