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文献名1神霊界
文献名2大正8年1月1日号(第77号)よみ(新仮名遣い)
文献名3神諭(伊都能売神諭)よみ(新仮名遣い)
著者
概要
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掲載号1919/01/01号 ページ3 目次メモ
OBC M192919190101c02
本文の文字数15342
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本文 大正7年12月22日
 艮の金神国常立の尊の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、世の立替立直しの筆先を書きおくぞよ。三千世界の立替の御用致さす為に、変性男子の身魂大出口直に永らく苦労をさしてあるぞよ。天保七年十二月十六日、天照皇太神宮殿の御誕生日に斯世へ出してから二十七年の間、直は結構に気楽に暮さしてあるぞよ。さう申しても世間並の気楽さでは無いぞよ。中々いろいろと肉体に就て人に変りた事がさしてありたぞよ。二十八歳の冬から五十七歳まで三十年の間、人民界では誰も能う堪らん艱難苦労をさして、現世の衣を脱がして御用に立てたぞよ。五十七歳の正月元日から、艮の金神が体内へ這入りて、今年で二十七年の間神界の経綸で筆先を書かせ、口で世の立替を知らしたぞよ。何時も三十年で世の立替と致すと申して知らした事が、モウ一分になりて、跡三年残りたなれど、水も漏らさぬ仕組であるから、三年の間は変性女子の手を借りて立替立直しの御用を致すから、是からは一日ましに世界から判りて来るから、何程の鼻高でも成程と往生をいたすやうになりて了ふぞよ。変性女子は神界の経綸で明治四年の七月の十二日に斯世へ出して、二十七年の間は是も普通の人民では出来ぬ苦労を致させ、二十八歳の二月九日から、神が高熊山へ連れ参りて、身魂を研かして、世の立直しの御用の経綸が致してあるぞよ。二十八の歳から此の大本へ引寄して、有るにあられん気苦労を致さして、いよいよ身魂が研きかけたから、三十九歳からボツボツと大本の経綸にかからしてあるが、此の先まだ十年の気苦労を致さすから、其積りで居りて下されよ。三年さきになりたら余程気を付けて下さらぬと、ドエライ悪魔が魅を入れるぞよ。辛の酉の年は、変性女子に取りては、後にも前にも無いやうな変りた事が出来て来るから、前に気を付けて置くぞよ。外国から今に六ケ敷難題が持かけて来るが、今の番頭の弱腰では到底能う貫ぬかんぞよ。是も時節であるから、何程智慧学がありても今度は一文の価値も無いから、日本の人民が揃ふて改心いたせば良し、到底改心が出来ぬなら止むを得ず気の毒が出来いたすぞよ。世界の九分九厘が近よりて来たぞよ。一厘の仕組で三千世界を立直すのは、綾部の大本より外には無いぞよ。今この仕組が日本の人民に判りたら、三千年の神界の仕組が成就いたさんから、今の今までは誠の元の一厘の所は申さんから、疑ふ人民は未だ未だ有るぞよ。
 富士と鳴戸の昔からの経綸が判りて来たら、世界は激しく成りて、外国が薩張り帰順いたして日本へ末代従ふやうに成るぞよ。東京の経綸はミノヲハリ、尾張の経綸は世の終り、伊勢は丹波に丹波は神都、みやこの経綸は万古末代つづくぞよ。続く血筋は世の本の天と地との直系の日の大神と地の神、天地揃ふて水晶の誠一とつの末永き結構な神代に致すぞよ。神代に成りたら人民の身魂にも御光が刺すぞよ。暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しくなるぞよと、今迄出口直の筆先に知らして置いたが、今が其時節であるぞよ。未だ未だ世界は安心な所へは行かぬぞよ。是からが彦火々出見の初りであるぞよ。目無堅間の神船はこれから出て来るぞよ。水火地の大名は何処に現れて居るか、これを知りた人民今に一人も無いが、燈台元暗の誓えの通りの世であるぞよ。
 艮の金神が明治二十五年に、竜宮館に出口の守と現はれた折の初発に、竜宮の乙姫殿が御越なされて、今日の御祝儀お目出度存じますると仰しやつて、今まで海の底に溜めて置かれた御宝を、陸の竜宮館の高天原へ持遊びて、艮の金神様にお渡し申すと仰せになりたが、海の中には金は幾何程でもあるから、竜宮様の御改心で今度はいよいよ受取りて、新つの金を吹く時節が参りたぞよ。斯世一切の事は皆神の自由であるから、何程人民が智慧や学で考えても、神の許し無き事には、肝腎の艮めを差すといふ事は、何時になりても出来は致さんぞよ。竜宮の乙姫殿は誠に欲の深い御神様で在りたなれど、今度の二度目の世の立替のある事を、世の初発から能く御存知であるから、第一番に御改心が出来て、艮の金神の片腕となりて御働き遊ばすから、是からはこの大本の内部も、世界を日増に大変りを致すぞよ。三千世界の宝は皆国常立尊の拵らえたもの斗りで在るから、世が元へ戻りて、何も彼も艮の金神が自由に致す時節が参りたから、今迄の事を思ふて頑張りて居るとスコタンを喰ふ事になりたぞよ。人民の力で行れるなら我を出して何なりと行りて見よれ、初めはチト良きやうに在るが、先へ行く程つまりて途が無くなりて、行きも帰りも成らぬやうに致されるぞよ。是が今迄の世とは違ふと申すのであるぞよ。珍らしき事を致して、三千世界の善の鏡と悪の鏡とを出す世界の大本は、何彼の事が厳しくなるぞよと申してあろうがな。キカねばキクやうにして改心さすと申してあるが、今が大事の性念場であるから、心に当る人民は一日も早く我の欲を捨て、神界の御用第一に致すか結構であるぞよ。神は困まらねど其人が可愛さうなから、神がクドウ気を付けておくぞよ。今の人民は永らく体主霊従の中に染り切りて居りたから、容易一寸には改心が出来にくいなれど、モウ時節が来たから、改心さす間が無いから、今までの学や智慧を横へ遣りておいて、只一心に神の申すやうに致されよ。考へたり研究いたしたりするやうな気楽な時では無いぞよ。モウ二進も三進も成らぬ所まで世が差迫りて来て居るぞよ。何程道の為じや御国の為じやと申しても、誠生粋の道思ひ国思ひの人民は尠ないから、人民の申す事は嘘が多いから、神も中々油断が出来ぬやうに成りて来たぞよ。今の人民の盲目聾の欲に抜目の無いのには、神も閉口いたして居るぞよ。利己主義の行り方ばかり致して居ると、夫れが世が代りて居るから、自滅自亡の種になる二度目の世の立替であるぞよ。此の大本の行り方と世界とを比べて見たら善と悪との鏡が出して在るから、改心せずには居れぬ事に仕てあるぞよ。世の立替が初りたら、世界は上り下りで騒がしくなると申してありたが、外国の王の今の有様、まだまだ斯んなチヨロコイ事ではないぞよ。何処へ飛火が致さうも知れんぞよ。夫れで永らくの間艮の金神が出口直の身魂を使ふて、脚下へ火が燃えるぞよ。鳥がたつぞよ気を付けよと申して知らしたが、日本の人民は上から下まで欲斗りで目が眩みて了ふて居るから、今に判りて居る人民が何程も無いが、今に成りてからバタ付ても、モウ守護神人民の力では到底叶はんから、艮の金神の申すやうに、今迄のやうな利己主義の精神を立直して、水晶の生れ赤子の心に成つて、今度の肝腎の御用を勤めたなら、末代名の残る結構な事が出来るなり、今までの心で行りて行くなら、十人並のお出直し誠に気の毒な事が出来いたすぞよ。神の申す事毛筋も間違は無ぞよ。
 東京で経綸をするが身の終りと申して知らしてありたが、キモがアノ通りの失敗をいたし、次にイヤが真似してアノ通り、カカが金を掘り出すと申して失敗り、マサがまた思はく立たず、是だけ鏡を出して見せても未だキカねばキクやうに為て改心させるなれど、其処へ成りての改心はモウ遅いから、一日も早く今の内に行方を薩張り替えて下され、取返しのならん事が出来いたして、世間へ顔出しのならん事に成るぞよ。今大本の教えを拡め行くと申して、ソハのそはそはしひ遣り方、斯んな弱ひ誠の無い精神で、三千世界の大神の御用が勤まると思ふて居るか。大慢神も大間違いも程があるぞよ。トモもモウ少し筆先を調べて下さらぬと、抜きも差しも出来ぬやうな事になるぞよ。大本の役員信者一同に気を付けるが、今が何より肝腎要めの性念場であるぞよ。早く眼を覚して下されよ。外国の体主霊従金銀為本之政策で、何時までも世が続くやうに思ふて、一生懸命に四脚の守護神が操掻いで御座るが、モウ世が済みたから、何程骨を折りて見た所で、百日の説法屁一つにも成らぬぞよ。猿も狐も狗も蛙も皆奥山に隠れて了ふて、今の体主霊従の経綸の真最中であるが、気の毒ながら日本の神国の行方は四脚の手には合はぬから、要らぬ御心配は止めて下されよ。武蔵野に今は狸の腹鼓たたいて鳴らして、八畳敷まで拡げた○○の跡の始末は何ふする積りか。人民では斯終局は就くまいぞよ。日本の神国を茲まで四脚が曇らして置いて、未だ飽き足らひで今日の世の持方、神はモウ肝忍袋の緒が切れたぞよ。日本の上に立ちて外国の下を働らく四足の守護神よ、気の毒ながら、神の申す間に聞かぬと、昔からの経綸通りに気の毒でも致さねば、神界の永らくの大神業の邪魔に成るから、其仕組の蓋を開けるから、跡から神に不足は申して下さるなよ。神は気を付けた上にも気を注けて在るぞよ。
 斯大本の役員も余程確り致さぬと、未だ肝腎の仕組が解りて居らんから、俄にバタ付かねば成らん事になるが、夫れで大本の役員と申しても世界へ申訳の無い事が出来いたすぞよ。出口直が上天いたしてからは、斯大本は一段に厳しく成るから、其覚悟で居らぬと、トチメンボウを振らねばならぬ事になるぞよ。筆先を充分腹へ入れて能く消化して居らぬと、筆先が間に合はぬから、モ一度念を押して置くぞよ。
 艮の金神は是から暫時の間は、大出口直の代りに変性女子の身魂を籍りて、色々と化かして御用致さすから、余程気を付けて居らぬと大きな取違いを致して、跡で愧かしき事が出来いたすぞよ。三千世界の大化物じやと申して、是までの大出口直の筆先に毎度出さして在ろうがな。此の大化物が全部世界へ現はれる時節が近ふなりて来たぞよ。神が一度筆先に出したら何時になりても違ひは致さぬぞよ。斯の大化物は三千世界の晒し物であるから、今の普通の人民では見当が取れんやうに致して在るが、今に何も彼も皆判りて来て、日本の人民がアフンと致して、眼舞いが来る者が沢山に現はれて来るぞよ。珍らしき事の判る世界の大本で在るぞよ。世は持切りには致させんと申すのは、今度明白に判りて来るぞよ。外国の八尾八頭の守護神が、渡りて来られん筈の日本の神国へ渡りて来て、日本の女を自由に致して、今では機械同様、神は誠に残念なぞよ。是でも見て居ざれよ、今に善悪の身魂の審判が始まるぞよ。天王台の神庭会議が始りたら、何如な守護神でも薩張尾を出して、化けの皮を表はすやうに成るぞよ。そうなりては可愛想なから、其所に成るまでに改心をさして、化けを表はさずに此儘で続いて行らしたいと思へども、余りの事で改心の為せやうが無いぞよ。思ひの違ふ人民斗りが現はれて、世界は開いた口が塞がらぬ事斗り出来するぞよ、是の判りた人民今に無いぞよ。
 艮の金神国常立之尊が三千年の経綸いたして、待ちに待ち兼た松の代五六七の神代が廻りて来たから、今年からは何彼の経綸の蓋が開いて、何も知らぬ世界の人民がアフンと致すやうな大事業が完成て来るぞよ。一番に斯大本へ世界の宝を竜宮殿の御手伝で世に上げて、三千世界を鳴らすぞよ。松の老木に鶴が巣を組む時節が来たぞよ。鶴と亀とが此の大本へ舞ひ下るぞよ。人民には今では判らねども、跡に成りたら判りて来るぞよ。十二の卵を産み並べ、名も高砂の尉と姥、夫婦揃ふて大地の掃除を致したら、跡は結構な云ふに言はれぬ楽もしき世となるぞよ。アとスとの御用は誠に結構であるぞよ。夫れに就けてはキの御用御苦労であるぞよ。神の経綸の開く初発の肝腎の五六七の御用であるぞよ。この大本は因縁の身魂でないと、何事も肝腎の御用は致させんぞよ。二十七年も此の大本へ立寄りて居るテハの身魂は、昔から悪に強い身魂の性来で、元の生神を艮へ押込めた身魂であるから、元からの性来は一寸やソツトには直らぬから、今に成りても陰になり陽になり、大本へ這入りて邪魔斗り致す事を考へて居るが、是も神から鏡に出してあるのであるから、改心いたせば助けて遣るなれど、何時までも改心出来ねば、天地の規則通りに致して了ふぞよ。気の毒でも身魂に改心が出来ねば、天地の規則はナンボ神でも変えると云ふ事は出来んから、助け様が無いから、神が気苦労致せども、守護神と其人の心とは世の元の神の心と正反対であるから、何う致す事も出来ぬぞよ。
 暑さ凌いで秋吹く風を待てど、世界は淋しく成るぞよと申して、毎度警告して置いたが、世界の大戦争が一寸片付いて、是から世界の人民は安神に暮せると思ふて居れど、是から先きは段々と約りて来て世界は淋しく、一旦は火の消えたやうになるとの神言でありたぞよ。戦争は是で済みたのでは無いぞよ。戦争と申しても殺合ひの喧嘩斗りでないぞよ。何に就けても大戦争であるぞよ。少しでも食物の用意を致さねば、後で地団太蹈んでも追付かぬ事になるぞよ。四足の餌の奪り合ひが始まりて来るぞよ。未と申とが腹を減らして惨たらしい酉やいが初まるぞよ。今迄世界の人民の苦しむ大戦争を喜こんで、結構な事に成りて金銀を積んで高振つて居りた人民は気の毒ながら、真逆様に地獄のドン底に落ちて苦しむぞよ。我欲本意の行方では永うは続かんと知らして在りた事の実地を神から為て見せてやるぞよ。是を見て世界の人民は一時も早く改心を致されよ。我の所有は天地の間に木の葉一枚も無いぞよ。頭の毛一筋でも下駄の裏に付いた砂一つでも、神が造りたもので在るぞよ。今の人民は余り結構すぎて冥加と云ふ事を知らぬから、世の立替の折には、天地からの戒めに逢ふて驚愕いたして、頭を下に致して歩行かねば成らぬやうに今に成りて来るから、艮の金神は夫れを見る眼が辛いから、明治廿五年から大出口直の体内を借りて色々と苦労をさして、世界の守護神と人民とに気を付けたので在りたぞよ、今この大本へ色々と世界の心になりて居りた体主霊従の守護神を、神から引寄せて居るから、大本の役員は御苦労であれども昔の事から後の世の事まで説き聞かして改心さして、神世の柱を研かねばならぬから、第一に役員から水晶に成りて下さらんと、一寸でも濁りが在りたら、世界から出て来る守護神人民を改心さして、神の柱に用ふ事が出来んから、片時の間も早く誠を覚りて下されよ。判りたと思ふても未だ未だ中々誠の事は解りては居らんぞよ。茲で役員が誤解を致すと、三千年の永らくの経綸が遅れて来て、世界は遅れた丈けは永らく苦しまねばならぬぞよ。斯大本は世界へも移り世界からも移りて来るから、大本の中からキチンと立替立直しを致して、アレでならこそ世界の立直の大本じやと、世間の人民が申すやうに成る所まで、各自に身魂を研ひて下されよ。モウ時節が迫りて来て、改心の間がないぞよ。大地の上は邪神の眷属やら四ツ足の守護神に脚一本置く所も無いまで汚されて了ふて、昔の天地の元の生神の居る所も無いやうになりたから、綾部の大本は昔から神の経綸で隠して在りた結構な所であるから天地の神が昇降を致して今度の二度目の天の岩戸を開く地場であるから、塵一本でも無いやうに清らかに致して下され。今までは誠の元の生神は、丹后の男島女島と播磨の神島とに隠れて、三千世界の守護いたして居りたぞよ。時節参りて天の大神様の御命令を頂きて、竜宮館の高天原に現はれて、水晶の世の御用を致すのであるから、人民は猶更この大本へ引寄せて貰ふた人民は、余程心を清らかに持ちて、善の道へ立帰らぬとウカウカ大本へ参りて致して居りたら、御神徳いただく所で無い恐い事が出来て来るぞよ。是からは神は日増に烈敷くなるぞよ。人民も改心せずには居られんやうに成るぞよ。この大本は誠に結構な所の恐ろしい所であるぞよ。大化物が隠くして在るぞよ。この化け物は普通の化け物でないから、現はれたら心の悪るき守護神人民は腰が抜けて了ふて、四ツ這ひに成つて苦しむぞよ。
 この大本には三千世界の大気違いやら大化物が表はれて、世の立替立直しの神界の御用を致して居るから、普通の人民の眼からは見当は一寸取れ難いなれど、世界の大本に現はれた気違いが申した事は、一分一厘間違いのない、チト実のある気違いであるぞよ。神から見れば今の日本の人民は真正の狂人斗りで、言ふ事も為る事も皆間違ひだらけであるぞょ。それで今の人民の致す事はチツトも尻が結べて居らぬから、何時も縮尻るので在るぞよ。毎日毎夜嘘つく事ばかり勉強いたして、是が文明開化世の行方と申して居るが、今の人民の致した事は、政治に因らず教育に由らず、何一つも碌な事は出来ては居ろまいがな。夫れで日本神国の人民と申されやうか、判らぬと申しても盲目と申しても余りであるぞよ。外国人に自由自在に致され、眉毛の数まで読まれて居りても、未だ気が付かず、ケツのケまでも抜かれて了ふて居り乍ら、未だ眼尻を下げて歓こんで居ると云ふ、今の日本の○○○○の体裁、開いた口が塞がらぬと申すのは、此所の事であるぞよ。今に脚下から唐土の烏がたつが判ろまいがな。○○の○○と申しても余りで無いか。一日も早く○○いたして下されよ。梅で開いて松で治める、竹は外国の守護と致して、万古末代世界中を泰平に治める経綸の致してある、神国の○○と人民が何も判らむとは、惨い事に曇り切りたものであるぞよ。是から三千年の経綸、竜宮館の玉手箱を明けのカラスと致して、日の出の守護に掛るから、日本の守護神の内にも大分慮見の違ふ御方が出来るぞよ。明治二十五年から艮の金神が無間の鐘を掘り出して、地の高天原で変性男子と女子の身魂が力限り根かぎり打ち鳴らして、世界の守護神人民に警告せ共、聾か生倉か一人も誠の者が無りたなれど、大正五年の五月に、五六七の大神様が大本へ御降臨あそばしてから、余程判る人民が大本へボツボツ参りて来るやうになりて、今では世界の大本と申しても、余り耻かしう無い様なれど、神から見れば未だ未だいろはのいの片方までも判りては居らんぞよ。この節分を堺といたして、ソロソロと経綸の玉手箱を開けるから、浦島太郎の日本男子よ、腹帯を確りと〆て御座れよ。今迄一生懸命に成りて善と思ふて歓こんで致して来た事が、薩張煙と成つて消えて了ふから、了見の違ふ守護神人民が大多数出現ぞよ。今の人民の精神の持方では、余程改心致さんと、日本男子の桃太郎殿も、何程かしこい猿智慧でも、何程強い犬を使ふても、雉子長泣女の先導でも、鬼が島の征伐が六ケ敷いぞよ。正反対に鬼に征服れるやうな事になるぞよ。変性男子と変性女子の尉と姥の申す事が、耳へ這入らぬやうな事では、日本の神国は到底も立ちては行かぬから、神は昔から斯世が来るのが能く判りて居りての、三千年の永い経綸であるから、攻めては大本の教を一口なりと聞いた守護神は、其覚悟を致して、神界の御助けを致して下され。神は取りもぎには致さんぞよ。今度日本が潰れたら世界中が暗黒となりて、悪神の自由になるから、斯の暗き世を、天照す皇大御神の神の子が、日本の国の光を現はして世界を照さねば、天地の祖神様へ申訳が立たぬ事になるぞよ。日本の人民は天の大神様の分霊なり。肉体は国常立之尊の守護であるから、人民は神と同じ事であるぞよ。この結構な神の御宮の玉を追出して、薩張り悪神やら四足の住宅に致されて居るのであるから、今の人民の所作柄と申す者は、サツパリ鬼か蛇か畜生にも劣りて居るぞよ。夫れで今の人民の致す事は、逆様斗りより出来は致さんので在るぞよ。それで今度は天と地とを拵らえた元の生神が、綾部本宮の世の本の地場に現はれて、今度の世界を構ふて遣らねば、何時までも天下泰平には成らんから、経と緯との機織の仕組が世の元から致してありたのじやぞよ。
機の初り丹波の綾部、あやの神戸にあるわいなと、昔から歌が遺してありたのは今度の世界の立替立直しに就ての譬であるぞよ。経糸はモウ出来上りて天へ上りたから、是から先は変性女子が御苦労なれど、緯糸をかけて棚機姫殿の御用を致さすのであるぞよ。珍らしき機の仕組であるぞよ。
二十七年に渡りて、艮の金神が出口直の手と口とで知らして置いた事の実地が今年から判りて来るから、此の大本は何彼の事が忙はしく成りて、目の廻る如くに成るから、モチト役員しつかり致して、神界の忙がしいやうに、人間界も急いで御用いたして下されよ。一日が愚かでないぞよ。片時も早く人間界で出来る丈けの仕組にかかりて下されよ。今の大本の立廻りの人民余り気楽過ぎるぞよ。斯んな事で神界の御用には成らんぞよ。我一と骨を折りて勤め上げねば今の立廻り心が緩みて居るぞよ。怠惰な人民が一人でも居ると何彼の一切の邪魔になるから、可愛相でも暫らく成就する迄控えさして下されよ。大本の上の枝に頼むぞよ。今の大本には外国の御魂は寄せられんぞよ。十日も大本に居りて、未だ神の事が解らいで疑ふやうな人民は帰らすがよいぞよ。却て神界の仕組の邪魔に成るぞよ。一寸でも邪魔が這入りた丈は、神界の経綸世の立直しが遅れるから、一日でも遅れただけは世界が苦しまねば成らぬから、大本の上の枝になりた役員は遠慮は要らぬから、ビシビシと筆先通りに致して下され。今が一大事の時であるぞよ。出口直の神影は金銀取りては下げられんぞよ。神界に伺ふて許可を請けてからで無いと、売物に致したら厳しき戒があるから、一寸気を付けて置くぞよ。出口直の神影には人民の名を出す事は相成らんぞよ。是は変性女子の御用であるから、神影は神が憑りて書すなれど、女子の身魂は日増に忙がしう成るから、因縁の在る身魂に御手伝いを許すぞよ。神の姿は何程大事の役員でも妄りに筆を執られんぞよ。能く心得て居りて下され。教監役員に気を付けて置くぞよ。
 大正七年十二月二十二日、旧十一月の二十日、竜宮館に女子の体内を借りて国常立尊が書きおくぞよ。
大正7年12月25日
 艮の金神元の国常立之尊変性男子の御魂が、下津岩根の高天原に現はれて、世界の事を書き知らすぞよ。東の国は一晴れの実のりの致さぬ薄の○○、実のり致さな国は栄えぬぞよと申して、今までの筆先に毎度繰返し繰返し知らして在りた事の、実地が近うなりて来たぞよ。○○の天津御空には黒雲塞がり、地には泥水溢れて、人民の憂瀬に沈み苦しむ者は数知れず、餓鬼畜生の今の世の有様、誠の神なら之を依然として高見から見物いたしては居れん筈なれど、今の世に出て居れる方の守護神にも、誠の日本魂の臭ひも無いから、其日暮しの今の世の持方、是でも日本神国の神と申されようか。力量が無いと申しても無経綸と申しても余りでないか。一日前の世界の出来事も判らんやうな暗い御魂では、世界どころ乎、小さい日本の国だけでも治める事は出来ぬでは無いか。何も彼も一切万事が行き詰りて了ふて、進も退りも成らぬ様になりて居りても、未だ心が賤しいから、大事に抱へて能う放さん厄介な守護神斗りであるが、外国に彼れだけの見せ示がしてありても未だ気が付かぬか。岩を抱いて海へ這入る様な事斗りいたして居るが、神界の誠の生神の目からは危険うて見て居れんぞよ。日本の国の上の守護神よ、確かり致さんとハラが今に破れて、三千世界の耻晒しにならねば成らぬ様な事が、内と外から持ち上るぞよ。根本から曇り切つた鏡には神の申す誠の姿は写るまいなれど、何処までも神は人民を助けたさにクドウ知らして与るぞよ。是で聞かねばモウ此の先に何事が突発て来ても知らんから、神と出口に後で不足は申して下さるなよ。モウ何も知らんぞよ。ナヅナ七草の用意を早く致して置かぬと、今に唐土の鳥が渡りて来るぞよ。唐土の鳥が羽が強ふて口嘴が長く鋭いぞよ。脚も長いし数も沢山にあるぞよ。日本の鳥は余程しつかりと神力が無いと、天空から蹴り落される様な事が出来いたすぞよ。鵲の橋が落ちかけるから、神が守護は致して居れど、日本の守護神の改心が遅れたら、一旦は何う成ろうやら知れんから、神が心を苦しみて、日夜の守護を致して居れど、日本の神にも守護神にも今ではチツトも気が付かんぞよ。五十鈴の滝が濁つて来たぞよ。川下の人民が是からは可愛相であるぞよ。時節参りて綾部の大本竜宮館の高天原から水の御魂が現はれて、濁り水を澄まして、水晶の流れに付け代えて、世界の人民を泥から助けて、誠の神の身魂に淸めて助けるぞよ。じやと申して心の直らぬ人民は、助けると云ふ事は出来んぞよ。世界の難儀を幸ひに致して、彭れた袋鳥は袋が破れ、腹が引裂け、夜食に外づれてアフンと致して開いた口は閉さがらず、六ケ敷貌を致して泡を吹くのは、今目の前に出て来るぞよ。欲に迷ふて慢心いたすと其通り、誠に気の毒なれど、各自の心からで在るから仕様はないぞよ。今に折角造りた立派な巣を潰すやうに成るぞよ。上から下まで大きな間違いが出来てくるぞよ。天が地に成り地が天となるぞよ。天災地妖が続いて起るぞよ。目も鼻も口も開かぬ様な事が来るぞよ。餓鬼が段々殖えるぞよ。思はぬ国替を致す人民も沢山あるぞよ。段々人気が悪るなる斗りであるぞよ。医者と坊主と葬式屋の豊年は続くぞよ。米は段々欠乏する斗りで何程金銀出しても手に入らぬ事になるぞよ。用意が肝心であるぞよ。日本の上の守護神に気を付けておくぞよ。大きなものは一時にバタバタと潰れて了ふぞよ。広い城の馬塲で俄の天狗風が吹き出すと、合羽干の爺さんもハラをもむなれど、到底人民力では治まらんぞよ。狼狽え騷いだ其上ケ句の果が、堀へ落込み土左衛門と成るのが定まつた道筋、何処に一つも重い押えが無いから、ドウにも斯うにも始末が付かんやうに成りて来るぞよ。神が構ふて与らねば治りは付きは致さんぞよ。比日谷ケ原へ何程糞蛙の盲目虫が集まつて喧ましう鳴き立てても、斯の天狗風は妨げんぞよ。目の無い千鳥、彼方へヒヨロヒヨロ此方らへヒヨロヒヨロ、兵糧尽まわつてトコトンの果は、手の鳴る方へ頼らねば成らん事になるぞよ。手の鳴る方は神の大前ぞよ。神は天地を拵らえた肉体の今に其儘生きて居る元の生神、国常立之尊であるぞよ。
 大正七年十二月二十五日冬至の日、変性女子の手を借りてしるす。
大正7年12月24日
 三千世界の大本、地の高天原は大正七年午の年、教祖の神は神馬にまたがり、天地を駆け廻りての世界の御守護遊ばすを、待ちに松なる鶴の首、馬で納めて綾部と神戸の機の仕組も出来上り、目出度坤の姫神が豊国主と現はれて、世界の守護に掛るぞよ。未年には未の生れ、百千万の敵も恐れぬ変性女子と現はれて、弥々晴れの舞台に登るぞよ。丹波の国の山奥に、角無き鬼が現はれて、摺針峠の鉄棒で、世界の亡者を片端から打ち懲らして改心を為せるなり、又和知の流に引添ふて一つの鰐が首を上げ、世界の学者を喰い殺し呑み込んで、世界の害を除かせる仕組の実地が出て来るぞよ。三十年の世の立替の御用も、最早後三年に約りてきたから、是からは段々と激しく物事が成りて来るから、改心する身魂も追々と出て来るぞよ。時節が来たぞよ迅いぞよ。大本の経綸の一の土台は、天王平の一の瀬の奥津城、是から段々開けて来るぞよ。二番の土台はアとクの名の付いた守護神の御用であるぞよ。体主霊従の行り方を薩張り改心いたして、神界の御用いたさす為に、地の高天原へ引寄せるぞよ。今では斯んな事書いて出しても人民には見当は採れんなれど、後から判る仕組であるぞよ。アサの仕組の御用も判りて来て、コミの御世話で永らく秘してありた、陸の竜宮の宝が十二揃ふて大本へ治まるぞよ。斯宝が大本へ納まらぬと、世界の立直しの経綸は成就いたさんのであるぞよ。人民の目からは何んでも無いやうに見えるなれど、神界では結構な経綸の御宝であるぞよ。天地の間にモウ一つと無い結構な御宝であるから、この御用いたした守護神は、復旅の政蔵と申す御魂であるぞよ。明治二十五年から筆先に出して在りた通り、此の人の身魂が御宮仕の御役を致すぞよ。是も御魂の因縁で、神から命すので在るなれど、慢神が出たら途中で変るから、何んぼ神から命令の下りた身魂でも油断は一寸も出来んぞよ。明治三十一年の旧の二月に、変性女子を高熊山へ連れ参りて、伊都の御魂から瑞の御魂に渡して置いた三千世界の神宝であるぞよ。この宝が大本へ這入りて来るから、坤の金神が受取りて、夫れ夫れの経綸を致すのであるから、何事もビシビシと埓が明いて行くぞよ。それに就ては此の大本の中は是までとは厳しくなるぞよ。大本の仕組の世の元の根本の天地の生神が、肉体その儘でいたして居るのであるから、今迄の宗教の行り方とは天地の相違であるから、間違ふた行り方いたして居る大本の中は是までとは厳しくなるぞよ。大本の仕組は世の元の根本の天地の生神が肉体その儘でいたして居るのであるから、今迄の宗教の行り方とは天地の相違であるから、間違ふた行り方いたして居る大本の分社は今度は皆取払ひに致すぞよ。役員も信者も皆その通りであるから、早く改心いたして下され神から重ねて警告しておくぞよ。神が一度筆先に出したら夫れが天地の規則で在るから、万古末代かはらぬので在るから、何程可愛相でも神の自由に天地の規則は柾げられんぞよ。
   ◎
 艮の金神国常立尊変性男子の宿りて居る大出口の守が神界の御用地の上の守護が一段片付いたから、後の御用は変性女子坤之金神の身魂に地の上の御用一切を渡して天へ上りて惟神真道弥広大出口国直霊主之命と現はれて、天地をモ一度調査いたして見れば、思ふたよりも一層甚い世の乱れ方で在るから、チヨロコイ戒しめ位ゐでは今の守護神、人民は到底改心は出来んから、矢張り昔からの経綸通りに致さな容赦の出来ん事に成りて了ふて居るぞよ。それでも世界の守護神人民は天地の直々の神の子であるから、一日なりと立替の大峠を延ばして、改心さして助けたいと思ふて汗を掻いて神は居れども、人民には一寸も神の精神が了解りて居らぬから、誠に困つたもので在るぞよ。万物の霊長と申して居る人民であり乍ら、何を言ふて聞かしても天地から見せ示を致して気を付けても馬の耳に風同様、モウ神も堪忍袋が断れるぞよ。
 大出口の神と現はれて天から斯世を見渡せば、何処も同じ秋の夕暮、霜先の烈しき状態、口で言ふやうな事では無いぞよ。○○○今の○○○の行状を見れば、奥山の谷の奥深き人民の能ふ行かぬ所で、四ツ足と一つに成りてジヤレて居りて、国が立うが立つまいが、チツトも念頭に無いと云ふ様な事で、ドウして此の神国は治まりて行くと思ふか、神は残念なぞよ。今の中に守護神肉体が改心して、神国の一の行ひ致して下されば結構なれど、何時までも四ツ足の自由に致されて居れる様な事なら、神は是非なく一限りに致して、新つの松の世に致さうより仕様は無いぞよ。千里万里の奥山に住む山の神の精神が悪いから、雌鶏の時を告げる世であるから、世界に誠の事は一つも出来いたさんぞよ。何程守護神に気を付けても改心いたして呉れねば、神界から止むを得ず処置を付ける事に致さな成らんから、何うなりても神を恨めて下さるなよ。日本の一の守護神に呉々も気を付けるぞよ。立替が初まりても可成は今の姿の儘で立替をいたして遣りたいのが神の胸一杯であれども、余り曇り様が惨いから艮めは矢張り昔からの経綸どほりに尉と姥とが現はれて松の根本の大掃除を致して、天に届いた高砂の古き松樹の植え直し、末代続く神代に代えて了ふぞよ。開いた口が塞がらぬ、午の糞が天下を取ると申すのは、今度のたとへでありたぞよ。
 大正七年十二月二十四日 陰歴十一月二十二日
大正7年12月26日
 坤の金神豊国主之命が変性女子の手を借りて世の立替立直の神言を書きおくが今度の二度目の天之岩戸開きは神界でも大事業で有るぞよ。何事も神界斗りでは地上の立直しは出来ぬから、阿直王仁の身魂を斯世へ現はして三千世界を修理かえて新つの松の五六七の神政に致すに就ては、大出口直は若姫君の命の御魂と一つに成りて、上天致して、天の大方を修め、亦た地へも下りて此の地の上の立替に掛るなり、変性女子は地の高天原に鎭まりて出口王仁の肉体を使ふて地の世界の立直しに掛らすぞよ。それに就ては女子の身魂に七歳の時から坤之金神が引添ふて世界の塩踏がさして在るぞよ。十壹歳の七月十二日に始めて帰神に致して天眼通、天言通を授けて、十三歳の七月十二日から言霊の応用を教へて神が色々の不思議を為して見せたなれど、丹波の穴太と云ふやうな草深い田舎の事で在るから、誰も身の上を分けて呉れるものは無く、只だ村の人民は不思議な少年じやと噂さをいたす斗りで、女子の両親も神界の事を申すと大変に立腹いたして家には置かぬと申して、幾度も放り出した事が在るぞよ。仏法の隆盛な土地で有るから、親族株内近所の人々が大変に心配いたして、夫れほど神様狂ひに成りて了ふては先祖の後が継げぬ。我村には神道は一戸も無いのに、村に反対の神道に凝るなら此の村には居りては貰えんからと申して四方八方から攻め立てられ、止むを得ず小学校の助教師を勤めさされたのは、女子が十四歳の時で在りたぞよ。十四歳の時、小学校の教員室で一生懸命に神道の話を致して居りたら、上級の教員山本と申す亀岡生れの僧侶の教員と大きな衝突が出来て、其れが為に小学校を退く事に成り、十五歳の秋から隣家の奉公人と成り下り、一ケ年余り無事に勤めた折、村人百三十五戸と女子の父、上田吉松と公事が突発いたして九死一生の父の難義を救ふために奉公を辞し、直に宮垣内の父の家に帰り、村人を相手に二三日対抗の結果、邪は終に正に敵し難く、上田家の大勝利と一旦は成りたなれど、多勢に反対を受けた上田の家は忽ち生計に大困難を来たし、親子七人路頭に立たねば成らぬ所まで苦しみたなれど、誰一人として同情する者は無く、貧乏は一入甚く成り、世間の人情の紙よりも薄く、氷よりも冷たきを悟りた変性女子は、朝に夕に産土の神に参拜致し、弥々信念は岩の如くに固まりたなれど、其日暮しの上田の家では神様斗りに仕える事も出来ず、父子が荷車曳きと成つて其日の細い煙を立てて居りたのも神界から変性女子の御魂を今度の二度目の世の立直しの御用に使ふ為に神界の深い経綸で、態とに片田舎の貧しい家に生れさして、種々の艱難苦労を命したので在りたぞよ。何事も皆神から知らず知らず為せられるので在るぞよ。女子が十八歳になりた春、丹波国大枝坂の梨の木峠で神界からの経綸で霊学中興の偉人、本田九郎親徳に途中に対面いたさせたのも、皆神の経綸の引合せで有りたぞよ。それから変性女子の身魂にそろそろと敬神行為の自由を神界から赦したから、両親も親族も近所株内も、何時とは無しに邪魔を致さぬ様に成りたぞよ。何事が出来るのも皆神の経綸であるから、時節の来ぬ間に、何程人民の心で焦慮て見ても何一つ思ふやうに行きは致さんので在るぞよ。それから女子が二十三歳になりた夏から、獣医と牧畜の事業に就事して身魂を研かしてあるぞよ。二十八歳の春までに、神界から色々の苦労艱難を命して、何事にも驚かぬ様に幾度も生命の危ぶい修行を命してあるから、今は何事が出来いたしても微躯とも致さぬ身魂に研けたから明治三十一年の二月から弥々神界の誠の修業に掛らせたぞよ。二十九の年から綾部の大元へ引寄して、亦改め十年の修行を命して、身魂を水晶に洗ふて、神界の経綸をボツボツと申し付けてありたが、女子が弥々三十九の歳でありたぞよ。今年で亦十年目になりたから、七月の十二日から七十五日の身魂の三度目の大洗濯を致して竜宮館の誠の御用に使ふやうになりたから、変性男子の御魂と、変性女子の御魂とが、天と地と二つに別れて世の立替は男子が天地へ昇降致して守護をするなり、女子は地の高天原に豊国主之命と現はれて、地の世界の一切の立直しを致す御役と定まりたから、百千万億人の敵でも百千万億の悪魔でも、チツトモ恐れん身魂と成りたから、世界に何事が出来いたしても綾部の大本の許しの無き事は、ドンナ小さい事業でも我では行かぬ神政に変りて来たぞよ。我で行くなら何なりと人民の力で行りて見よ。八九分までは行くなれど、肝心の艮めが刺せんぞよ。是が世が変りて居るのであるぞよ。天地の間は八百万の金神が守護いたすなり、天地の主宰神は大国常立之命であるぞよ。坤の金神は奧の役で在るから、地の一切を主護いたして、天地が揃ふて水晶になりたら、天の御先祖様に御還し申して、五六七の神代末代動かぬ松の世と致して、天上天下は清浄太平に治まるので在るが、モウ時節が近寄りて来たから、一人なり共早く改心いたして、日本人だけの誠の行ひを致して下されよ。日本は結構な国であるから、日本に生れた人民は神の御用が出来る身魂に元から拵らえてあるので在るから、勇んで身魂を研いて何彼の御用を我一と致して下され。綾部の大本には変性男子の身魂と女子の身魂とが現はして、世界の鏡が出してあるから、此の鏡に我の姿を移して、一日も早く世の為国の為に夫れ夫れ身魂相応の活動をいたして下されよ。神界は何事も皆帳面に記して在るから、滅多に使い棄しには致さぬから、安心いたして、今までの体主霊従の心を入れ替て、何なりと経綸の助けを致して下され。何時まで鎭魂や帰神の修行を致して居りても、実地の行ひを致さねば、神界の手数を掛ける斗りで、斯の通りに世が迫りて来て居る二度目の世の立替の邪魔に成る斗りであるぞよ。誠さえありて神の申す事が一度に解る人民の御魂でありたなら、鎭魂や帰神の修行は要らぬので在れども、一度で解らぬ疑ひの深い人民の為に、この大本で神が手数を掛けて居るのであるぞよ。今の人民程困りたものは無いぞよ。天地の先祖の生神でも今の人民の解らぬ身魂には困りて居るぞよ。
 大正七年十二月二十六日 旧の十一月二十四日 坤の金神が竜宮館に現はれて、変性女子の身魂を使ふて書き誌るしおくぞよ。
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