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文献名1神霊界
文献名2大正8年1月15日号(第78号)よみ(新仮名遣い)
文献名3神諭よみ(新仮名遣い)
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掲載号1919/01/15号 ページ9 目次メモ
OBC M192919190115c03
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本文 大正8年1月1日
 大正八年一月一日 旧大正七年十一月二十九日 水曜日癸の丑四方拝の日
 艮の金神大国常立之尊の筆先で在るぞよ。此の地の世界は旧で無ければ作物一切は見当が取れんので在れど、新暦に致した為に十五日にも真の暗が在りたり、一日に満月が在りて、天地の昔から定まりた規則を破りて居るから、地の上の作り物が皆虫が這入りたり、雨も降るべき時に降らなんだり、風が狂ふたり、何一つ碌な事は出来は致さんぞよ。今の日本の人民は年頭と申して祝酒を飲んだり、餅を搗いたり、松竹梅を門に建て目出度がりて居れども、肝腎の天地の巡行に逆ふて居るから、天地の神々は余り歓びは致されんぞよ。世の元の神の行り方は、月の神様を元と致した旧の月日でないと、誠の歓こびと勇みは無いのであるが、今の人民は何も判らぬから斯んな事で天地の調和が出来ると思ふて居るのか、是が暗黒の世と申すのであるぞよ。旧の正月元日は六合拝を致すのであるぞよ。六合拝と申すのは天と地との祖神を始め、東西南北の神々を礼拝し、上御一人に御礼を申上げる神事であるぞよ。此の大本の教どほりに日本の人民が致すやうに成らぬと、誠の神国にはならんぞよ。是でも時節が参りたら天地の神が元の昔の神代の行事に立直して見せてやるぞよ。悪い病の流行るのも豊作の取れぬのも、皆日本の上下の守護神が、天地の動かぬ規則に反対いたして居るからの事であるぞよ。朝の雪は晴れても人民の心に積る冷たい雪が解けねば、地の上は結構にはならむぞよ。大正忠臣蔵四十八霊の心の雪は未だ解けぬぞよ。此の謎早く解けねば三千世界はユキ約りツマツて約らん事が出来るぞよ。
 神国の松の神代が近寄りて、一の艮めは国の宮、御国を守る八重垣の、神の社に鎮まりし、豊国主の大神と、神素盞嗚の二柱、禁闕要の大神も、大地の底から現はれて、木花咲耶姫神の、天地和合の御守護で、弥々明かき火々出見の、神の御言の世と成れば、五日の風や十日の雨も、揃ひて賑はしく、人の心も清滝の、水の流れも美はしく、治まる神代の目出度さは、我が神国に天照り徹り、助け幸ひ生国と、上下揃ふて梅の花、一度に開く楽もしき、永き神代を松が枝に、月冴え渡り天津日の、陰も豊かに茜さす、内外の国の神人が、心の鬼も打和め、世界一つに治まりて、天津日嗣の御稜威を、仰ぎ敬ひ歓こびつ、千歳の鶴も万世の、亀も舞ひつつ丹波路の、綾の高天に参集ふ、神の経綸ぞ尊とけれ。
 大正八年新一月一日 瑞の御魂
大正7年12月27日
 艮の金神の筆先で大本内部の役員に気を付けるぞよ。明治二十五年から変性男子大出口の守の身魂に苦労を致さして、二十七年の間神界の御用をいたさして在りたなれど、出口直が天地の冥加が畏ろしいと申して、何程厳しき冬の寒空にも、日に三度五度の水行を致して、其上に神の御用を勤めて下されたなれど、何程寒うても火鉢一つ使ふた事も手を暖ためて筆先を書いた事も無く、誠に慎みの良い身魂であるから、永らくの間大本の中の役員信者に鏡にして見せてありたが、今迄の大本の役員は直が申す事や行状を能く呑込みて、ミロクの行り方を致して下されて、神の経綸も段々と出来て来たなれど、誰も楽な方へ行き易いもので在るから、今の大本の中の役員の行り方は、薩張り精神が緩みて了ふた、世間並の行り方に逆戻り致して居るぞよ。出口直は八十三歳になりても火鉢一とつ抱えた事は無かりたぞよ。出口直を鏡に出して世の立直しの行り方が致して見せて在りたなれど、今の大本の行り方と申すものは、若い者が火鉢を持たな何一とつ能う致さず、金竜殿へ修行に参る守護神人民は沢山に火鉢を並べて贅沢な今の行り方、ソンナ事で斯の世の立直しの大本の修行は到底出来は致さんから、冬の修行は火が無ければ出来んような弱い人民は、修行を止めて一日も早く各自の国元へ立帰らして下され。折角永らくの間大出口直に苦労さして、今まで築き上げたる教の土台が転覆いたしかけて居るから、神は誠に困りて居るなれど、今の人民さんは鼻高が多いから、知らず知らずに慢神が出て、神の教に背くやうな事が出来いたすのであるから、余程大本の役員は隅から隅まで気を付けて下されよ。世界から参りて来る守護神人民は可成は外に宿めて下されよ。大本の内部に宿まれる様になるのは、余程の研けた身魂でないと、誰でも是からは構はずに止める事は出来ぬから、堅う心得て下され。神界から一度筆先に出して気を付けた事は、早速に聞いて貰はんと、大変な邪魔になりて後悔いたす事が出来て来るぞよ。神界の都合が在るから、此の節分からは修行者は一人も宿められんから、其覚悟を致して下され。役員信者の家で止めて下さるのは誠に結構であるぞよ。是から斯大本は神界の御用は段々と激しく成るから、国々から出て参る修行人を内部に止めて居るやうな事で在りたら、肝腎の神界の大事の経綸を、未だ訳の判りて居らん守護神が生聞きいたして、却て仕組の邪魔を致すから、神の集合する事も出来ぬ故、神の経綸が遅れて来る斗りで在るぞよ。此の大本は地の高天原の竜宮館、神宮坪の内と申して、天地の元の生神の天地へ昇降いたす神聖な地面で在るから、御地を踏む丈けでも恐れが多い所であるのに、何も判らぬ守護神人民を神の座より上の二階に寝さしたり、広前に休ましたり、何時までもそんな事致して居りたら神聖な場所が汚れて了ふから、神が集まる事が出来ぬから、其心得に此の中の役員から改めて下され。大出口直の身魂は国替いたしたなれど、肉体の時よりは一層酷しく成るから、今のやうな行り方は到底赦されんから、節分限り大本に宿める事は止めて下されよ。此の大本の立廻り役は止むを得んから、今の内は大本で寝起きを為せて修行なり御用をさせるぞよ。
 大正七年十二月二十七日 旧の同年十一月二十五日
大正8年1月2日
 艮の金神変性男子の御霊が、丹波国は南桑田郡曽我部村大字穴太の延喜式内小幡神社の御主神、開化天皇の御引合はせに由り、氏子の中の変性女子の御魂を申受けて、明治三十一年の二月の八日に、何彼の因縁を打ち明けて、弥々氏神様の御承知が出来たから、翌る日の九日の夜から女子の身魂を高熊山に連れ参りて、帰神の修行を致させてあるのも、昔の神代からの経綸の時節が参りたので在るぞよ。其折には不二の山の芙蓉坊と、男山八幡様の松岡殿とに守護が命せて在りたので在るぞよ。高熊山で女子に神界から授けた、不思議な物は今度東京から大本へ納まりた十二の鶴石でありたぞよ。弥々時節が参りて来たから、実物を今日変性女子の身魂に授けて守護いたさすから、世界の国々の様子が是からは今迄の世とは一日増して変りて来るから、此の大本の中と世界とを気を付けて見て居ると、何彼の神界の仕組が身魂の研けた人民でありたら大方の見当が付くやうに成るぞよ。今はモチト筆先にも口にも肝心の事は出されんから、自己の心を研いて悟りた上、神界の生きた御用を致して下され。神界からは誰に何役彼に此の役と申す事は言はんから、其人の心次第の御用を致さすぞよ。今度の大戦争は世の立替の三番叟が済みたので在るから、モウ是で天下泰平に世界が治まるであらうと申して歓こびて居ると大変な大間違いが出来致すぞよ。是から後になると露国の悪神さえ能う掘り出さなんだ竜宮の御宝を、今度は英米西大国が自由に致す仕組を致して居るが、此の宝は今度の二度目の世の立替の神の宝で、昔から隠して有りたので在るから、体主霊従の国魂には自由には致させんぞよ。金銀銅鉄水鉛石炭木材食物は、何程でも竜宮の乙姫が守護致して日出の神に渡してあるから、肝腎の時には掘上げて、三千世界の立直しに使ふて、五六七の神代を建るぞよ。寒い国では在れど、今まで人民の自由に致さぬ様に、態とに寒い国の広い所に創造て蓄へてありたので有るぞよ。日本の人民も外国の人民も大変な目的を立て、我の自由に致さうと思ふて一生懸命に骨を折りて居るなれど、神の宝に人民が勝手に手を掛けたら大騒動が起るぞよ。是も時節であるから、外国の身魂がモウ手を出し掛けて居るなれど、九分九厘まで行つた所で手の掌を覆して、欲の皮を脱いて見せてやるぞよ。海は一つ隔てて居りても日本の神の宝であるから、外国の自由には神界から致させんぞよ。神が一度申した事は何時になりても間違いは無いぞよ。
 日本の人民は皆天地の神の殊愛の御子と拵らへて、誠一つを貫きて世界の人民を愛撫るやうに、斯の結構な神国に生れさして在る神の容器の身魂であるから、一日半時でも泣いたり悔みたり、不足を申して暮すやうな事では日本に生れた甲斐が無いぞよ。誠の日本魂が授けてある日本の人民は、何んな難渋が出来て来ても苦しみが在りても微躯付く様な事では、神国の神民とは申されんぞよ。日本の国は天地を日夜に讃美して神の活動を致し、悪い国を善に進開き導びき、勇んで神の行為を致し、世界万国を統一守り、一家を修め身を修めて、天地に代りての大事業を身魂に享けて居る、神の御宮の神民であるから、御土も家も身も霊魂も日々清らかに致して、天国極楽の花を咲かし、実を結ぶ天職のある尊といものであるのに、薩張り外国の宗教に身魂を自由自在に汚され曇らされて、今の日本の神民の腰抜様と申すものは、ドーして天地の祖神様に顔が合はされようか。外国人の身魂よりも劣りた人民が八分までも出来て居るが、是も時節とは申し乍ら、余りの事で、腰の立たせやうが無いぞよ。夏咲く花の紫陽花の色ほど変る魂線で、此の後の世をドウして立て行かうとするのか。一つも日本魂の活動が有りはせんぞよ。今の中に一人なり共多く日本魂に立帰りて居らむと、日本の国は此儘でウツカリ致して居ると、今に外国の四ツ足の餌食に致されて了ふぞよ。夫れで綾部の大本は神界の因縁の在る結構な地場であるから、二度目の天之岩戸を開いて、日本の霊主体従の光を天晴れ世界へ輝かして、天下万民を神国に助けたさに、明治二十五年から、大出口直に艮の金神が憑りて、間に合ふ人民を引寄して経綸を致して居るので有るぞよ。それで此大本へ引寄せられた人民は、男女に関はらず、皆神界の経綸の綱が掛けて在るのであるから、充分に心を落付けて御神徳を落さぬやう、神の結構な御用に離れんやうに、能く明治二十五年からの筆先を腹へ入れて下され、筆先が少しでも腹へ這入りたら、這入りた丈の誠を尽して、日本の為世界の救助のために、力を尽して下され、尽した丈けの事は神が万倍に致して御礼申すぞよ。今が世の境の大峠であるから、国を助け人民を助ける真心のある誠の役員信者は、今の間は家や妻子に心を曳かれるやうな事では物事成就いたさんぞよ。大正の忠臣蔵は綾部の大本高天原の神境に仕組が致してあるぞよ。万古末代死なず亡びず生通しの日本義士、数は四八の瑞秀の身魂、三千世界を照らす生魂斗りを集めて、弥々敵討の段になりたら世界中の神、守護神、人民に歓こばれて、千歳の松の緑り益々青く、弥々清く、鶴は空より舞下り、地に這ふたる万代の亀は御空に舞上り、天地揃ふて穏かに松の神代と相成るから、夫れ迄に教監役員信者は用意を致しておいて下され。肝腎の性念場に成りてから何程あせりても役には立たぬから、今の世界の一寸静まりて居る間に、我一と身魂を研いて神の経綸の御用を悟りて其様の施設を致して下され。世の元の昔の初りから未だ一度も無い大望な世の立替立直しで在るから、今の世界の人民と変りて居らねば、今度の神界の御用は到底勤め上らんぞよ。中々今の役員の思ふて居るやうな立替立直しの経綸で無いぞよ。九分九厘まで行た所で一厘の経綸は人民には解らず、神は今の今まで肝心の一厘の仕組はドンナ結構な身魂にも明かして知らすと云ふ訳には行かんから、余程胴を据えて居らん事には、一厘の所に成りてから神徳を落す者が出来るぞよ。夫れで此の大本の経綸の御用致す人民は、気宥しはチツトも出来んと申して毎度知らして在るのぢやぞよ。抜刀の中に据りて居るやうの覚悟を致して居れと申して気を付けてあるぞよ。一寸でも慢神と油断が在りたら直ぐに変る恐い所の結構な所であるぞよ。来年は余程世界には国難が出て来るなれど、誠の日本魂さえ研けて居りたら別に心配は要らぬから、大本の役員信者は申すに及ばず、日本の人民も確かり致して、利己主義の行り方を変へて了はんと凌げん事が出来いたすぞよ。日本も金が殖えたと申して安心致して居るなれど、此の金は滅多に日本の役には立んから、向ふの国に預けてある金は当にならぬぞよ。早速の間に逢いは致さんぞよ。外国人に自由自在に致されて居りても、未だ気が付かぬ人民が八分あるから可愛相なものであるぞよ。日本の上の守護神に結構な日本神国の因縁が解りて居らんから、斯んな損害が出来るので有るぞよ。中の守護神も下の守護神も、薩張り盲目同様で一寸先きが見えぬから、日本も段々苦しく成るので在るぞよ。何程人民が骨を折りても天下泰平に治まると云ふ事は無いから、今度は天の御三体の大神様の御許しを戴きて、尉と姥との生神が世界の始末を就けるのであるぞよ。夫れに就ては日本の人民を道具に使ふて、二度目の岩戸開きを致すので在るから、因縁の深い身魂から地の高天原へ綱かけて引よして霊魂を研かすので在るから、今大本に御用致して居る人民は、一人も粗末に来る人を扱ふ事は成らぬぞよ。結構な神様が世に落ちて御座るから、何人に憑りて御出なさるやら、人民では解らぬから、其人の姿を見て取扱ひを替る様な事は致されんから、皆心得て下されよ。明治に成りてからの人民は追々と日本魂が外国へ移りて了ふて、人民の格といふものが低うなりたから、名よりも格よりも金銀斗りに心を奪られて、昔の剣より今の菜刀と申して、国の位も人の格も忘れて、体主霊従の行り方斗りに成りて居りたなれど、今度二度目の岩戸を開いて夜が明けたら、昔の剣を世に出して、日本魂の光を出して、天下を泰平に末永き神国の政治に立直すぞよ。綾部の大本、地の高天原へ、天目一之命を引寄して、日本魂の篭りた剣を鍛えさすぞよ。モウ時節が来たから何時から始めるやら知れんぞよ。天の斑駒も引寄して神界の経綸を開き初めるぞよ。鶴と亀とが竜宮館へ舞下がる時節が近寄りて来たぞよ。吃驚いたす事があるぞよ。珍らしき経綸の蓋を開けて見せるぞよ。
 艮の金神国常立之尊変性男子の御魂が、竜宮館の高天原を守護致さす変性女子の御魂の手を借りて、世の立直しの筆先を書きおくぞよ。今の日本の人民は外国の体主霊従の行り方に心酔て了ふて居るから、家や倉庫を立派に建並べ、要りもせぬ別荘なぞに金を惜まず、人夫を惜まず、神の大宮でも叶はんやうな贅沢な生活方をいたし、家の柱は桧作り、何も彼も桧づくめで、屋根迄も桧皮茸に致して、肝腎の氏神の社は粗末な事に打捨て、雨が漏りても柱が朽ちても、産土神や氏神の社を修繕と申す事は、金を惜みてゴテゴテ申して出さず、要らぬ事には金を湯水の様に使ふて、ヱライ人間の様に鼻斗り高ふ致して居る野天狗や、四ツ足の守護神斗りで有るから、世界に幸福き事は一つも出来は致さうまいがな。村々に仏の堂は見晴しの良い高い場所へ持つて行きて、無暗に立派なものを拵らへ乍ら、肝心の天地の祖神と氏神を地に落し、村下の低い所に小さい粗末な御宮を建て、年に一度の祭典も形斗りで、食たり飲んだり空騒ぎ斗り致して、食ふと呑むと寝る事より知らん四ツ足御魂斗りで在ろうがな。日本の人民の中に心の底から神を大切に思ふものも、丁重に御給仕をいたして、神の大恩、先祖の御恩に報いる精神の人民は、僅に一分が六ケ敷き、今の日本の神国の現状であるぞよ。今の間に一時も早く守護神が改心致さんと、肉体に気の毒な事が出来いたして、外国へ行かねば成らぬ様に成るぞよ。折角に結構な日本の国へ上げて貰ふた守護神も肉体も、神から外国行きに致されては、今迄の御魂の苦労が水の泡に成りては、モウ此の先は末代取返しの成らん約らん事とは思はぬか。我身知らずの我魂知らずと申しても余りであるぞよ。今の日本の神国は外国魂斗りが蜘蛛の巣を張りた様に、天地を搦みて居るから、天の日輪様の御威光も恐れぬ様に成りて了ふて、神国と申すのは名斗りで、暗黒の世の中であるから、上の守護神も下の人民も脚下に在る深溝が眼に付かぬ、誠に一寸先きの見えぬ盲目ばかりの世であるから、綾部の大本、地の高天原から光りを出して、身魂を照らしてやろうと思へぼ、まばゆがりて迯げて去ぬもの斗りで在るから、未だ未だ誠の事は申して与れんぞよ。誠の守護神人民は我と我身魂を研ひて、斯の大本の教を腹へ入れて下されたら、神界から何も申して与らいでも、自づと判りて来るから、結構な御用が出来て、日々勇みて嬉し嬉しで暮せる様になりて来るぞよ。三千世界に大本の神の御用ほど結構な尊とい楽もしひ御用は、何国にも在りは致さんぞよ。
大正八年一月二日 旧同七年十二月一日
大正8年1月2日
 釈迦は照寺、五十鈴川曇る、愛の月照弥満朝雨が降る。仏が栄えて、何処も彼所も寺ばかりで、肝腎の天照皇太神宮の御宮まで、一旦は奥の院に阿弥陀仏を祭り込み、大神様を有る甲斐なしに致して、日本の国魂までも曇らして了ふて、其の国魂の精を享けて生れた神国の人民は、大神の御神体なる八咫御鏡言霊までが曇りて来たので、其れから生れた人民が天気の小言を申すやうに成りて、段々と天地を曇らして来たから、何時も天災地変の起り詰であるぞよ。天地の変災は皆人民の心と言霊が濁りて居るから、一年増しに多くなる斗りであるから、日本の言霊の幸ひ天照る国の人民は、第一番に心の立替立直しを致して言霊を清め、善言美詞を用ふて、天地の神様と人民の心を和げん事には、何時迄も天災地変が治まると云ふ事はないぞよ。今の人民は一人も善言美詞を使ふものは無い斗りか、日夜に人の悪口斗り申して歓こび勇み、何んど悪事醜行が新聞にも出ては来んかと、夫れ斗りを待ちて居る曇りた人民斗りで、外国人よりも精神が悪く汚れて居るから、天に坐します大神様が堪忍袋を切らし遊ばして、何うしても世の立替を一度に致さねば成らぬと申されるのを、艮の金神が是まで開けた世界を潰されては、何にも知らぬ人民が可愛相なり、一人なりとも改心さして残してやりたいと思ふて、天の御先祖様に日時を延ばして戴き、斯世を潰さずに大難を小難に祭り替て下さるやうに、大出口直の体内に憑りて今迄御詫をいたして居りたなれど、今の守護神人民が一寸も聞いて下さらぬから、止むを得ず艮の金神変性男子大出口の神は、手を曳きて天へ帰りて守護を致すやうに成りたから、世界に何事が出来致しても、艮の金神と大出口の神に不足は申されまいぞよ。二十七年に渡りてクドウ気を付けておいたぞよ。いよいよ仁愛神様の御出ましに成りて、月の大神様の御守護と相成りて、瑞の御魂の御用が廻りて来たから、月の大神様が暗の世を隅々まで御照遊ばして、日の出の守護となると、罪悪の深い国々、所々、家々、人々に火の雨が降ると申して、昔から愛の土山雨が降ると申して謳を作りて、神から気が付けて有りたなれど、盲目聾に化り切りた日本の人民が、能う解けんから、艮の金神が日本の守護神や人民に、説いて聞かして改心さして、身魂を助けてやり度いと、一心に心を砕いて、明治二十五年から変性男子の体内を借りて知らしたなれど、今に一寸も解らぬやうな守護神人民は、気の毒でも止むを得ずの惨事が出来いたすなれど、誰を恨める様も無い事に成りて居るぞよ。昨年の十二月二十七日には、東京で蛙の集会が初まりたが、今度の集会は何年とは変りて居ろうがな。其日に綾部の大本へは神界の経綸の世界の国魂が集りて、千秋万歳楽の基礎が定まりたのも、五六七の大神様の御命令であるぞよ。結構な国の基になる十二の宝が集りて来たから、モウ此の先は何彼の事が迅くなりて、経綸が段々と人民の眼にも判るやうになりて来るぞよ。是から世界は十二ケ国に約まりて日本の一つの王で治まるのであるが、其所へ成る迄には世界に大混雑が湧いて来るから、余程確りと腹帯を締ておかんと、途中で腹が破れるやうな事が出来いたすぞよ。
 大正八年一月二日、旧十二月一日、甲寅の日竜宮館に艮の金神変性女子に憑りてしるしおく。
大正8年1月5日
 大正八年一月五日 旧七年十二月四日
 艮の金神国常立尊が、三千世界を五六七の神代に立直すに就て、変性男子の御魂が世界の一切を調査いたして見れば、余り大きな間違いと誤解で、神も呆れるより外は無いぞよ。今の政治と云ひ、教育と云ひ、宗教と云ひ、実業と云ひ、軍事と云ひ、何から何まで日本の精神が皆抜けて居るから、逆様ばかりで神も手の付け様が無いから、矢張り元の神世からの経綸どほりに、埒能く致して立替て了はねば、到底この間々にして立直すと云ふ訳には行かぬから、世界に何事が出来いたしてもモウ神に不足は申されまいぞよ。今に国の大難が突発て来たら今の外国魂の守護神は、皆我の故郷の外国の行り方に着いて了ふもの斗りで、誠のものは千人に一人より有りは致さん、惨い事に成りて居るぞよ。
 世の立替に就ては昔の元の生神の神力つくしの世の限りしまい、火の手上りて天地は一度に震り動くぞよ。一度に開く梅の莟みも桜しま。何時破裂いたすやら人民には判るまいが、モウ時節が迫りて来たから、チツトの油断も出来ぬぞよ。人民の改心が一日遅れても、天地は大変な違ひであるぞよ。夫れで一日も早く此の大本の中から早く立直さぬと、世界から先に成りて、綾部の大本は永らくの間阿房が何を為て居りたのじやと、世界から笑はれて面目ない事が出来るから、神がクドウ申すので在れども、今の人民は何程神が言い聞かしても、シブトウて一つも耳へ這入らず、行状も直らず、神も助けかけが出来んなり、助けて与らねば又た神に不足を申すなり、誠に困り果てたもので在るぞよ。何時初まるか知れんが、初まりたら何彼の事が引き続いて湧起てくるから其覚悟をなされよ。日本は神国と申して昔から至精至浄を専一と致して神に仕へ、政治を行ふた国であるから、血に穢れたり死穢に踏合ふたり、身体の不具なもの、肉食をしたものは神の御前に出仕事は許さぬ国であるから、日本人は何処までも五穀野菜と鮮魚より外のものは口に入れる事は許して無いので在れども、今の日本の人民は皆外国人の真似を致して、牛馬の肉を喰い、猪鹿犬猫何でも構はず、四ツ足と見たら共喰い致すやうになり、たまたま謹みて四足獣を喰はぬ人民があれば、時勢後れの馬鹿と申して嘲笑ふやうに成りて了ふて、此の神州清潔の国土も、神聖至浄の神民も皆汚れて了ふて、今日の国家の状態、神の住居を致すべき場所が、地の上には錐一本立つ場も無き所まで曇りて了ふて居るぞよ。夫れで元の神代の神政に致すに付ては、一旦世界の大掃除大洗濯が初まるから、日本の人民なら一日も早く大洗濯のあるまでに身魂を清めて置かぬと、ツツボに落されて苦しま社の空たかく飛回りては、墜落いたして生命を失ふのは誠に可愛相であれども、今の人民は智慧と学とで編み出した機械より、大丈夫なものは無きやうに迷信て居るから、鳥船の首に神霊を鎮め祭り、身を清浄に致して空を飛ぶ事を致さぬが、何程堅固な機械でも、神の上を通りたら、日本の人民は大抵生命が無くなろうがな。外国人は日本の空を飛び回りても、元来の身魂が畜生に近い体主霊従の性来であるから、余り神界の御咎め無いのであるぞよ。鳥や猫や鼠は何程尊とき神社の上へ昇りて糞や尿を放りかけても、神罰がチツトも当らぬではないか。畜生の霊魂は初めからそれだけの身魂に致してあるからで在るが、日本の人民は神の直々の分霊、礼儀も知らねばならず、敬神尊皇の至誠をも発揮すべく、天から選まれた神の大御宝であるから、神社の多い日本の空を飛ぶ事は出来ぬ人民であるぞよ。然れど御国の為に止むを得ぬと申すなれば、第一に其鳥船に天照皇大神宮の御尊霊を奉斎申し上げ、身魂を水晶に清めてから、神の御許を受けて飛行致せば大丈夫なれど、夫れが判らぬやうな事でありたら、何程立派な飛行機でも終に墜落いたす道理であるぞよ。斯んな見安い道理が日本の守護神に判らぬやうに成りたのは、薩張外国魂に肝心の日本魂を曇らされて了ふて居るからであるぞよ。大本では出口教祖の奥津城を築づく折には、役員信者を御用に使ふて御苦労になりたなれど、皆神霊の頭上で働くのであるから一々烏と化りて土や石を運ばして在るぞよ。神が本宮山と申して在るのも都合のある事、肝心の経綸は今の人民欲に眼が眩みて了ふて居るから、出来上るまでは申さんから、大分思いが違ふて、ヂリヂリ舞を致す人民が綾部にも沢山出来るから、出口直に御苦労になりて、永らくの間知らして気を付けてあれど、今に隣知らずで、身欲斗り申して、神の仕組の邪魔斗り致して居るが、今に脚下から鳥がたちて、止むを得ずの事になるぞよ。神に不足は後で申して下さるなよ。神は充分に気を付けてあるぞよ。
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