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文献名1三鏡
文献名2水鏡よみ(新仮名遣い)
文献名3神と倶にある人よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
神の国掲載号1928(昭和3)年10月号 八幡書店版175頁 愛善世界社版9頁 著作集109頁 第五版179頁 第三版180頁 全集434頁 初版174頁
OBC kg140
本文のヒット件数全 1 件/弥勒の神業=1
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本文  仏の面から御光が射したとか、こんな不可思議が在つたとか、どんな御利益が在つたとか、五色の雲がたなびいて仏陀が現はれたとか、さういふ伝説めきたる事は論外として吾々人間が恁うして生きてゐる、その間の天恵地恵、それを毎日刻々に体験して味はつて見れば、吾々の周囲は皆神であり、弥陀であり、弥勒である。天の恩恵地の恩恵、それ等は悉く神仏弥勒の本体では無いか。一滴の水も、一点の火光も、人の情も、土も太陽も、月も、星も、数へ来たれば皆吾々人間に幸福を与へて居る。感謝の念慮から想ひを致したならば、宇宙に存在するもの凡てが有難く想はれる。夫が弥陀であり、神であり、キリストであり、弥勒である。木仏金仏石仏絵仏はそれを顕はした所謂大いなる仁恵の具体化したものであつて、その目は慈愛を現はし、其手の挙げられたるは智の光明を顕はし、一方の手は救ひを示したるもの、或は両手を天地にたとへ其像全体を宇宙としたとの説明も良いだらう。即ち大なる恵みの理想化されたものが仏の像であると云つてもよい。吾々大本人から云つたら、日々の生存は神の恵みの裡に包含されてゐるのみでなく、神の生宮である、神の御子である。云はば神と合体である。現在も未来も神と合体である。仏者の説のやうに十万億土まで探して行く必要はない。毎日神と倶に生き、神と倶に働き、弥勒の神業に奉仕してゐるのだ。是ほど現実で心地の良いことはない。吾々の生命は永遠無窮に神と共に栄えて行くのである。
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