文献名1三鏡
文献名2玉鏡よみ(新仮名遣い)
文献名3大本は型の出る所よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日----
神の国掲載号1933(昭和8)年08月号
八幡書店版197頁
愛善世界社版122頁
著作集
第五版258頁
第三版259頁
全集
初版219頁
OBC kg697
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本文
「大本に在りたことは皆世界にある、即ち大本は型をする所である」と云ふ神諭のある事は皆がよく知つて居るところである。故によい型をよい型をと出すようにせねばならぬのであるが、さうばかりも行かぬのは誠に残念な事である。大本は全く正義の団体であるにも拘はらず常に疑ひの妙な目をもつて見られて居る。大正十年に起つた大本事件の如きは、当時幾何誠意の陳述をしても、それが全く受け入れられないで、恰も大本は横紙破りでもする如く、すべてが取られて行つた。今世界に対する日本の立場が全く大本のそれと同じで、正義の主張が一つも通らぬのである。松岡全権のあの正々堂々の議論に対しても、恰も横紙破りの主張を日本がしてゐるやうに世界各国が誤認して、日本の云ひ分が一つも通らなかつたのである。併し最後は大本が天恩に浴し、公訴権の消滅によつて全く青天白日、元の白紙状態にかへつた如く世界から日本の正義を認められる日がやがては来るであらうけれど、其間、日本は可なりの苦痛を嘗めさせらるる事であらう。大本は七年間迫害と攻撃の渦の中に隠忍自重して来たのである。日本も最後にはきつとよくなるのであるから隠忍せねばならぬ。